すっかり日も暮れ、夜行性の動物たちが活動を始める時間となった幻想郷の森。その中
から、今日も
ゆっくり達の悲鳴が聞こえてくる。
「……うー! うー!」
「や゛め゛て゛え゛え゛え! ゆ゛っぐりざぜでえ゛え゛え゛え!」
四匹のゆっくり達が、まだ体の生えていないゆっくりれみりゃから逃れようと、必死の
形相で飛び跳ねているのだった。目を覚ましたばかりで空腹のれみりゃは、獲物をいたぶ
るような真似はしない。懸命にぴょんぴょん逃げる二匹ずつのゆっくりれいむとゆっくり
まりさにあっという間に追いつくと、一気に急降下して最後尾にいたれいむの後頭部にが
ぶりと噛み付いた。
「ゆっ、ゆ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ! やめでやめではな゛じでえ゛っ、ゆ゛っぐ
りざぜでえ゛え゛え゛え゛え゛っ!!!」
両目を剥き、涎を飛ばしながら絶叫するゆっくりれいむ。それを聞いた他の三匹は、愚
かにも、もしくは立派なことに、足を止めて後ろを振り返る。三匹の目に映ったのは、満
面の笑みを浮かべながら獲物に牙を突き立てるゆっくりれみりゃと、牙が皮を貫く痛みに
震えるゆっくりれいむの姿だった。
「は、はなしてね!」
「ゆっくりやめてってね!」
「ゆっくりできないよ、ゆっくりさせてね!」
三匹が抗議の声を上げる。本当ならばすぐにでも助けてやりたいが、全員でかかっていっ
たところで、単に全滅が早まるだけ。だがそれでも、これまでずっと一緒にゆっくりし
てきた仲間は見捨てられない。三匹にできるのは、こうして叫び続けることだけだった。
そんな三匹の苦悩などどこ吹く風、ゆっくりれみりゃは自らの空腹を満たすため、ゆっ
くりれいむに噛り付く牙に力をこめた。
「いだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛い゛いぃぃぃぃ!! あああ゛あ゛あ゛
あ゛っ゛!!!」
れいむの皮に突き立った牙が餡子に到達し、その中に潜り込んで容赦なく進んでいく。
れいむの絶叫が夜の森に響く中、れみりゃはそんなものお構い無しに食事を続ける。
「ゆああ゛あ゛っゆっがっあっあっあっあっああ゛あ゛っ゛っ゛っ゛!!!!」
ついに、れいむの体はれみりゃによって噛み千切られた。れみりゃの牙が餡子の中心に
達したとき、れいむの体は飛び跳ねんばかりに大きく痙攣した。その光景に、残された三
匹の声も止まる。六つの眼に映るのは、体の四分の一以上を噛み千切られ痙攣を続ける仲
間の姿と、その四分の一を口一杯にほおばり幸せそうに咀嚼している捕食者だった。
「……ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
体の一部を欠き、白目を剥いて、涙と涎でぐちゃぐちゃになったれいむの口から、体の
痙攣にあわせてそんな泣き声ともつかぬ音が断続的に漏れていた。一方、れみりゃは満足
そうな顔で口の中のものを飲み込むと、残った餌を食べようと再びその口を開き、れいむ
へと噛み付いた。れいむの顔の内、口より上の部分がすっぽりと、れみりゃの口の中に納
まった。
「ゆうっあっ、がっ゛っ!!!」
ろくな叫び声を挙げる暇もなく顔を噛み切られると、残ったれいむの体からは力が失わ
れ、そのまま動かなくなった。仲間の身に降りかかった惨事に言葉を失っていた三匹のゆ
っくりも、その死を目の当たりにして再び声を上げ始めた。ただし、今上げるのは抗議の
声ではなく、仲間の無残な死を嘆く声だ。
「れいむう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ!」
「どおじでえ゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ!!」
「もっどゆっぐりじだがっだよお゛お゛お゛お゛お゛!!」
三匹の悲痛な叫びが周囲を満たす。しかし、三匹とずっと一緒にゆっくりしてきた仲間
は、その叫びを聞いても、もう何も言ってはくれなかった。それが悲しくて、叫びは更に
高まる。
「……うー!」
場違いに楽しそうな声が上がり、唐突に叫び声が止まる。あまりの出来事に忘れていた。
今自分達は、危険な捕食者の前にいることを。気付かなかった。哀れなれいむを食い散ら
かしたれみりゃが、次の獲物に狙いを定めていることに。思い付かなかった。逃げ出すこ
となど。
「いっ、いや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!! ゆっぐりざぜでえ゛え゛え゛え゛え゛
え゛!!!」
ついさっきまで仲間だったものに背を向け、三匹は全力で駆け出した。死にたくない。
もっとゆっくりしていたい。仲間の死に様が更なる恐怖を駆り立て、三匹を追い立てる。
「ゆっ!」
二匹いるゆっくりまりさの内の片方が、木の根に引っかかった。あっと思う間もなく、
そのまま顔から地面に転がる。真っ白になったまりさの頭の中に絶望が襲い掛かるよりも
早く、れみりゃの牙が二匹目の獲物を捉えた。
「……ゆううううう゛う゛う゛う゛っ゛!!!」
まりさの絶叫に、残りの二匹が思わず振り返る。しかし、先程と違って何やらまごつい
ている様子だ。このまま逃げる足を止めてしまえば、また同じことの繰り返しになるとい
うのが、ゆっくりの頭でも分かっているのだろう。だが、
「だっだずげで!!! だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇ……」
助けを求める仲間の声が、二匹を逃がしてはくれなかった。恐怖と友情の板ばさみの中、
喰われ行くまりさを見つめながら、二匹はみんなでゆっくりできた頃のことを思い出して
いた。四匹でずっと一緒にゆっくりしてきた。ずっと一緒にゆっくりしていけるのだと思っ
ていた。悔しかった。無力な自分たちが惨めでたまらなかった。もう声も出ない。代わり
に涙があふれて止まらなかった。
二匹目の餌が動かなくなると、れみりゃは更なる獲物を求めて飛び上がった。そのまま、
何かを諦めてしまって動かなくなった二匹のゆっくりへと飛び掛る。二匹はそれを避けよ
うとはしなかった。
「うー! うーぐえっ!?」
と、突然妙な声が上がった。思わず二匹が顔を上げると、そこにはれみりゃではなく、
もっともっと大きな影があった。突然の乱入者に涙も止まる。
そこにいたのは人間だった。片足を、今まさに何かを蹴り上げたかのように上げたまま
の、一人の人間だった。二匹がそれを呆然と見上げていると、
「……う゛あ゛あ゛あ゛っ!! いだぁいよお゛お゛お゛お゛お゛!!!」
ちょうど上がったままの人間の脚が向いている方から、こんな泣き声が聞こえてきた。
見れば、れみりゃが地面に転がって泣き叫んでいる。呆然とする二匹には目もくれず、人
間は上がったままだった足を下ろすと、れみりゃへと歩み寄っていった。
「う゛っ? うー! だべぢゃうぞー!!」
目の前にまで近づいた人間に対し、泣きながらも威嚇をするれみりゃ。しかし人間はそ
れを完全に無視してれみりゃの前にしゃがみこむと、無言でその脳天に手刀を叩き込んだ。
手刀と地面にはさまれたれみりゃは短い悲鳴を上げると、そのまま気絶した。
動かなくなったれみりゃの羽をつまみあげ、人間は残された二匹のゆっくりの方へと振
り向き、初めて口を開いた。
「……大丈夫か?」