「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」
畑仕事を終えた帰り道、聞きなれた声が森に唱和する。
ふと目を向ければ、そこにいるのは当然、
ゆっくりだ。
れいむとまりさのつがいが二組、道行く途中で出会って挨拶を交わしたようである。
なんでもない日常的な風景だ。俺は無視して歩き出した。
ここで近所の虐待お兄さんなら「ヒャッハー!」と有無を言わさず捕獲にかかるのだろうが、俺はそんなことしない。
あんな饅頭虐めて何が楽しいんだろうかと思う。うるさいだけじゃないか。
かといって、俺はゆっくりを愛でる趣味もない。ゆっくりに関わるといえば、畑を荒らしたやつを駆除するときくらいなものだ。
なのだが、ちょっと今回は事情が違った。
「「ゆっくりしていってね!!」」
「ゆっくりしてるよ! れいむとまりさはどこからきたゆっくりなの?」
「このへんじゃみなおかおだね!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
「ゆゆっ! ゆっくりしてるよ! だからどこからきたのかおしえてね!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
「ゆぅ~! だからゆっくりしてるってば!」
「いいかげんにしてね! おはなしきいてね!」
何やら言い争いになっている。
どうも、新参のゆっくりに前からいた古参のゆっくりが怒っているようだが、どうしたんだ?
ゆっくりにとって、「ゆっくりしていってね!」という言葉は挨拶以上のものを持つものだと聞いている。
人間風に言えば、スローガンというかポリシーというか信念というか。
ゆっくりは、ゆっくりできないこと、を何よりも嫌う。その顕れである言葉ではないのか?
それを繰り返されるのがそんなに嫌なのだろうか。
とうとう、古参まりさは顔を真っ赤にして飛び跳ね始めた。
「ゆぅぅぅぅ!! れいむたちとはゆっくりできないよ!!」
「「ゆ?」」
そこで初めて、新参ゆっくり達は首、もとい頭を傾げた。
「「ゆっくりできないの?」」
「ゆっ……!! ゆっくりできないわけないよ!! まりさはゆっくりしてるよ!!」
「れいむもゆっくりしてるよ!!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
「「ゆゆぅぅぅぅぅ~!!!!」」
何故か悔しげに地団太(?)を踏む古参ゆっくり達。
……ワケが分からん。
あの二匹はただ「ゆっくりしていってね!!」と言っているだけなのに、何をそんなに怒っているのか。
「「ゆっくりしていってね!!」」
「うるざいよぉぉぉぉ!! れいむたちはもうどっかいってね!!」
「「ゆゆーっ!!」」
とうとう古参達が体当たりをし始めた。新参達は反撃するでもなくされるがままだ。
「「ゆっくりしていってよー!! ゆっくりー!!」」
「うるさいよ!! ゆっくりしてるよ!!」
「ゆっくりできないのはれいむたちのほうだよ!!」
攻撃が段々苛烈になっていく。
……うーむ。
ゆっくり同士の喧嘩など、普段は珍しくもないのだが、なんだか今回は事情が違う気がする。
ちょっと興味が湧いてきたのだ。俺は事情を聞いてみることにした。
とりあえず声をかけてみよう。
「まぁちょっと待てお前ら」
「「「「ゆゆゆゆっ!!!!」」」」
びっくりした反応は全部一緒だった。
だがその後が違う。
「ゆゆっ! にんげんだよっ! にげるよれいむ!」
「ゆっくりできないよー!」
これは古参ゆっくり。
「ゆっ! おにいさんはゆっくりできるひと?」
「ゆっくりしていってね!」
これは新参ゆっくりだ。
古参は人間である俺を恐れているが、新参はそんな様子は微塵もない。よほど人里離れた場所からやってきたのだろうか。
「いや別に取って食いやしねーよ。お前達が喧嘩してたみたいだから、気になったんだ。一体全体、どうしたって言うんだい」
身を屈めて視線を低くしてやりながら、俺は訊いた。
口を開いたのは古参ゆっくりだった。
「ゆゆっ! あのこたちうるさいんだよ! ゆっくりしていってねってなんどもいうの!」
「れいむたちはゆっくりしてるのに!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
ゆっくり、という言葉に反応したのか、新参達が声を上げる。
「「だからうるさいよぉぉぉ!!」」
もう我慢できないのか激昂する古参達だが、その姿はどう見てもゆっくりしていない。
「お前ら、ゆっくりできてないじゃないか」
「ゆゆっ!? そんなことないよ」
「なんでそんなこというのぉぉぉ!?」
「だって、ほれ」
すぐさま突っかかってきた二匹を、新参ゆっくりのほうに見せてやる。
「「ゆ??」」
いきなり注目を浴びた二匹は、可愛らしく首をかしげるばかりで、どうして自分が見られているのか全然分かっていない様子だ。
知恵のついてない子供みたいな反応だが、それだけにむしろ泰然としたものまで感じさせる。
「ほら、あんなにゆっくりしてるだろ」
「「ゆううううううう……!?」」
反論が出ないあたり、この二匹も新参ゆっくりのゆっくりっぷりを感じ取ったのだろう。
「な? だからゆっくりできないのはお前らなんだって」
「ゆぅっ! ちがうよ! まりさはゆっくりできるゆっくりだよ!」
「そうだよ! あれはどんかんっていうんだよ! あんなにゆっくりしてちゃれみりゃにたべられちゃうよ!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
「「だからうるざいよぉぉぉぉぉ!!」」
できてねーよ。ゆっくりできてねーよ。
どうも、古参達は自分達こそがゆっくりできるゆっくりだと思っているのだが、しかしあの新参ゆっくりの真のゆっくりの前に、自信喪失寸前のようだ。
余裕のない態度がその表れであろう。
「まぁ、大体事情は分かった」
とりあえず俺の手に負えないってことは。
「とりあえず、俺の家にでも来るか。飯くらいは食わせてやる」
このまま放置しても良かったが、そうすると新参二匹がまた襲われてしまいそうだ。
ゆっくりなどどうでもいいことに変わりはないのだが、この二匹のことをもうちょっと知りたくなった。
あまりのゆっくりっぷりに癒されつつあったことも、まぁ認めよう。
「ゆ! ごはん! おにーさんのいえにつれてってね!」
「ゆっくりはやくね! ごはんー!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
古参二匹のふてぶてしさは正にゆっくりらしい。新参二匹も、どことなく声のトーンが上がっている。
俺は四匹を腕に抱きかかえると、家路についた。
その途中、談笑している虐待お兄さんと愛でお兄さんに遭遇する。
……趣味が相反していそうな二人が、やたら仲が良さそうなのに驚く人もいるだろうが、別におかしなことではない。
他はどうだか知らないが、この愛でお兄さんは自分の飼っているゆっくりだけに愛情を注いでいるのだ。
それを偏愛だの差別だのという奴はまさかいないだろう。人間とて、飼い犬と野犬に注ぐ愛情には天と地ほどの差があろう。
犬とゆっくりの立場が置き換わっただけだ。だから愛でお兄さんも、実際はただのゆっくりを飼っているだけの人と言えよう。
もっとも、十数匹も飼って育てている時点で、既に普通ではないが。
「やぁ、どうも」
「これはこれは、とうとうあなたもこの道に……」
「違いますやりませんあんたと一緒にしないでください」
きめぇ丸もかくやという顔で擦り寄ってきた虐待お兄さんを遠ざける。
ちなみにこの虐待お兄さんは、何の変哲もない普通の虐待お兄さんである。
「そうですか。残念です。しかしそれならば何故ゆっくりを?」
「ええ、実はかくかくしかじか」
「まるまるうしうしということですね。なるほど」
日本語って便利だ。
「というわけで思わずこうして連れてきてしまったんですが、どうしたもんでしょうか。
このまま離してもこっちがこっちを虐めちゃいそうで、なんか後味悪いんですよね」
ふむふむとお兄さんズは頷きあったあと、「ならばこうしてみると良いでしょう」と提案してきた。
俺は二人に礼を述べると、再び家路についた。