《 樽(たる)の中のれいむ 》



大きな赤いリボンをつけた大きな頭が、バラバラに散らばった木の前で途方にくれていました。

「ゆぅ……れいむのお家、こわれちゃったよ……」

頭だけの生き物、「ゆっくり」でした。彼女の名前は「れいむ」と言います。
「れいむ」の他にも「ゆっくり」はたくさんいましたが、その「れいむ」は特別な「ゆっくり」でした。
これからするのは、そのれいむの話です。
私たちの街に住んでいた、特別なゆっくりの話です。



れいむはいつの間にか私たちの街に来ていたそうです。
親もなく、たった一匹でしたから、いったいどこで生まれたのかわかりませんでした。
ある日、街の人がたずねました。

「お前はどこの生まれなんだ?」

れいむはきょとんとしていましたが、やがて頭をゆらしながら考えはじめました。
そうしてから答えました。

「ゆゆっ、お日さまの下で生まれたよ」

その話を聞いて、ある人はバカにして笑い転げましたし、またある人はなるほどと感心したそうです。



れいむは食べ物をめぐんでもらって生きていました。
ある日、とある金持ちのところに行ってお願いしました。
金持ちはうんざりしていました。
もともと大変けちんぼうだったのですが、そのれいむは何度も何度もやってくるのでした。
そのたび何度も何度も追いはらってきたのですが、今日もまたやってきたのでした。
いいかげん我慢できず、金持ちは家の外に飛び出してどなりつけました。

「いいかげんにしろ! お前にやれるものなんか持ってない!」

れいむはニコニコしながら言いました。

「おじさんのお腹のものを少しわけてくれるだけでいいよ!」

その話を聞いて、ある人は「あつかましく無礼だ」と嫌な顔をしましたし、
またある人は感心して、お金だとか財産だとかについて考えたそうです。



れいむに食べ物をめぐんだ人はたくさんいました。
れいむは食べ物をもらうたびに「ありがとう。ゆっくりしていってね!」と言いましたが、
ある日、こんなことがあったそうです。

子どもが散歩中のれいむに、たまたま自分の持っていたお菓子をあげました。
甘いお菓子で、れいむはおいしそうに食べました。
子どもの母親がそれを見て、「えらいわね」とほめました。
するとれいむはとても嬉しそうな顔をしたのです。お菓子をもらったときより嬉しそうでした。
母親が理由を聞くと、れいむはニコニコして言いました。

「ほめられたから嬉しいんだよ」
「この子が?」

人がほめられると自分のことのように嬉しくなるのか、そう母親は思ったのですが、違いました。

「れいむがほめられて嬉しいんだよ。
お菓子をもらえるれいむをほめてくれてありがとう。ゆっくりしていってね!」

その話を聞いて、ある人は「感謝の気持ちを持たないやつだ」と腹を立てましたし、
ある人は「自分に自信があるからまっすぐでいられるのだ」とうなずいたそうです。



れいむは家がありませんでした。
しかし、やがて捨てられた樽の中に住むようになりました。
れいむはそれを自分の「お家」だと思っていましたが、ある人はやはりただのゴミだと思っていました。

ある日、れいむがもらったダイコンを川で洗っていると、別のゆっくりが通りかかりました。
ペットとして飼われているゆっくりで、飼い主と散歩していました。
飼われているゆっくりはれいむに話しかけました。

「こんにちはー、れいむ」
「ゆっ、ちぇんだね。ゆっくりしていってね!」
「ちぇんはお散歩してるからゆっくりしていられないんだよ、わかってねー」
「ゆゆっ、ゆっくり理解したよ」
「ところでれいむ」
「ゆ?」

ちぇんは銀色のくさりにつながれた赤い耳かざりをゆらしながら聞きました。

「なんでちぇんみたいに人間さんに飼われないの? お家にも食べ物にも困らないよ」

れいむは青い葉っぱのついた白いダイコンを水に浮かべながら答えました。

「れいむはお家も食べ物もあるよ。ところでちぇんはそんなくさりをつけていて動きづらくないの?
好きなときに好きなところに行った方が、お散歩たのしいよ」

その話を聞いて、ある人はれいむがのたれ死ぬことを望みましたし、
またある人はれいむがこのままのびのび生きることを望みました。



れいむは頭だけの生き物でしたから、食べるときは地面に顔をつけるようなかっこうでした。
ある日、通りがかりの人がその様子を見て、「まるで犬だ」とからかいました。
れいむは特に怒ることもなく、こんなことを言ったそうです。

「そっちはまるでカラスだね。でもこれはれいむのだからあげないよ」

その話を聞いて、ある人は「ゴミあさりする鳥といっしょにするな」と怒りましたし、
ある人は「生きるために食べ物に集まるカラスの方が、まだましだろう」と考えました。



ある日、この街をおさめる王様がやってきました。
王様は広い領土を持っていて、今も領土をどんどん広げていました。
街の人たちはみんな王様にあいさつにいきましたが、れいむはあいさつしにいきませんでした。
それで、王様の方がれいむに会いにいきました。
れいむについては、いいうわさも悪いうわさもあちこちに広まっていたので、
王様はれいむに興味があったのです。

王様が大勢の兵士といっしょにれいむの所へいくと、そのゆっくりはひなたぼっこをしていました。
王様はれいむの前に立ってたずねました。

「お前がれいむかね」
「ゆっ、そうだよ、おじさん。ゆっくりしていってね!」

王様はおじさんと呼ばれるのは生まれて初めてでしたが、怒ることなく話を続けました。

「お前は私をこわがらないのかね」

後ろではたくさんの兵士が武器を持っていましたが、れいむはそれがまったく見えないかのように
のんびりとしていました。

「おじさんは悪い人?」
「どちらかというと悪い人ではないと思うがな」
「じゃあいい人なんだね。こわくないよ」

王様がれいむの勇気に感心していると、れいむが聞きました。

「おじさんは何をしている人?」
「私かい? 後ろの兵士たちといっしょに領土を広げているんだよ」
「広げてどうするの?」
「世界をおさめるのさ」
「おさめてどうするの?」
「おさめられるかわからないが、もしできたなら、そのときはお前のように休みたいね」

れいむは不思議そうに言いました。

「休みたいなら、今かられいむといっしょに休んだらいいのに。ゆっくりしていってね」

王様はそれを聞いて、しばらくきょとんとしていましたが、
やがてあごをいじりながら考えこんでしまったそうです。
れいむはあいかわらずニコニコとしていました。

しばらくしてから王様は言いました。

「私には無理だ。いや、誰にも無理なことだ。すばらしいな、
お前は何も持っていないが、全てを手に入れているのだな」

けれど、れいむは言いました。

「よくわからないけど、れいむにもほしいものがあるよ」

意外な言葉に「ほう」と王様は驚いて、聞きました。

「それは何だね。この私が何でもあげよう」
「ひなたぼっこのじゃまだから、ゆっくりそこをどいてね」

れいむがお願いしたのはそれだけでした。
王様がそこをどくと、日の光がれいむにあたり、そしてれいむは気持ちよさそうに昼寝をはじめました。

れいむのところを立ち去るときに、王様はこうつぶやいたそうです。

「今度生まれ変わるときには、あのようになりたいものだ」



ある日、れいむが散歩から帰ってくると、住んでいた樽がこわれていました。
信じられないくらいバラバラになっていて、れいむはそれが樽の残がいであることにしばらく気づきませんでした。
少しの風も吹いていない日でしたから、そんなふうになってしまったのは誰か心ない人がこわしてしまったのでしょう。

「ゆぅ……れいむのお家、こわれちゃったよ……」

大きな赤いリボンをつけた大きな頭は、バラバラに散らばった木の前で途方にくれました。
持ち物と呼べるものは何も持ってないれいむでしたが、それでも雨を避ける場所だけは持たないと
いけませんでした。
しかし、そのただ一つの場所はもうありませんでした。

ある人は、れいむがこの街から出て行くことを望みました。
それだけれいむはひどいことをされたのですが、そうはなりませんでした。
自分の家はありませんでしたが、れいむはこの街にいつづけました。

れいむはいろいろな所で過ごすことにしたのでした。
いろいろな人の家、いろいろな店、いろいろなたてもの。その屋根の下にれいむは自分の身をおきました。
追いはらわれることもたくさんありましたが、受け入れられることもたくさんありました。
そうしてれいむは、樽がなくてもずっと幸せに過ごすことができたのです。
さて、れいむは屋根を貸してくれた人に感謝していたかというと、やっぱりこんなことを言っていたそうです。

「れいむのためにこんなところを作ってくれるなんて、とってもうれしいよ。ゆっくりしていくね!」

それからしばらくして、れいむに新しい樽がおくられました。
誰がおくったのかは知りません。
自分の家を持たせてあげたいと思った人がおくったのかもしれませんし、
人の家をかってに借りるれいむを迷惑に感じた人がおくったのかもしれません。

こうしてれいむはまた樽の中でくらしはじめました。



これが私たちの街のれいむの話です。
そのれいむはこの街で一番に嫌われていました。また、一番に愛されてもいました。

「これほどのゆっくりは、そうはいない」

この言葉を口にする人はたくさんいました。その言葉には人それぞれの意味がありました。
しかし、どのような意味であったとしても、れいむは変わらず幸せだったでしょう。
それだけは誰もがそう思っていました。そうしてそれは事実だったにちがいありません。
れいむはとても幸せでした。



「ゆっくりしていってね!」   

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最終更新:2022年05月21日 22:27