注意:俺設定、バッヂ設定あり



「おばかなおにいさんとはゆっくりできないよ! ゆっくりでていくね!」

そう叫びながられいむは小さな家を飛び出した。
そのリボンにはゆっくりれいむを模した銅のバッヂが輝いており、れいむが飼いゆっくりである事を示している。

もう我慢の限界だ、ここでは全然ゆっくりできない。
れいむはそう激怒しながら、全力で道を跳ねてゆく。

お兄さんの家では美味しい物も食べられないし、狭いケージに閉じ込められて自分の意思では外に出られない。
限られた時間しか家の中を歩き回れないし、理不尽に暴力を振るわれたりご飯を持ってこなかったりする事まである。
それに小言は煩いし、あまり一緒に遊んでもくれない。
オマケに子どもをつくるどこか他のゆっくりと会う機会すらないのだ。
そんな環境でゆっくりできるわけがない。これなら昔の様に外で暮らした方がマシだ。
と、ここまでがお兄さんの家を飛び出したれいむの主張。

れいむを飼っていたお兄さんは模範的な飼い主であり過ぎた。
お兄さんの意を自分の家だと主張しない様に、ケージを与えて立場を分からせる。
毎日栄養を考え、増長しない様味を落とした食事を決まった時間に五度与えてもいた。
悪い事をしたら体罰を交えた躾を行い、何度も何度も粘り強く教えていく。
お兄さんは熱心にゆっくりの躾本を読み、れいむを良いゆっくりにすべく努力してきたのだ。

だがそんなお兄さんの行動も肝心のれいむには微塵も伝わってはいない。
それがれいむのためになると、バッヂを手にいれるべく懸命に努力したというのに。

そう、バッヂさえあればれいむは自由に外で遊べるし友達だってできるだろう。
里ではバッヂのないゆっくりは例え飼いゆっくりであったとしても、殺されても文句は言えない。
バッヂはゆっくりの生命を保証する代わりに、飼い主に賠償の義務が与えられる。
それが害獣であるゆっくりを可愛がる変わり者に与えられたルール。
逆に言えば飼いゆっくりを殺害した場合は、それなりの制裁が待っているのだが。

バッヂの種類はゴールド、シルバー、ブロンズの三つ。

ゴールドは厳しい審査に合格したゆっくりのみに与えられる。
基本的に店などでも買い物が可能であり、畑に入っても怒られる事は稀だ。
もっともその審査に合格できるゆっくりはほとんどいないが。

シルバーは少々高額だが金さえ出せば手に入るバッヂ。
ただし、殺されたり暴力を振るわれたりしないだけで邪険に扱われる事も多い。
所詮は金さえあれば手に入るので、性格が悪いゆっくりが付けている事が多く、
またシルバーバッヂを付けているという事はゴールドバッヂを取れないゆっくりと考えられているからだ。
金くずれ、などと馬鹿にされる事も珍しくはない。

ブロンズは安価で手に入る。が、ほとんど野良と変わらない。
一応は飼いゆっくりであると主張はできるが、殺されても賠償請求はできない。
もっとも、流石に飼い主の目の前で殺害された場合など、明らかに犯人が分かっている際は別だが。
無論、飼い主の同伴なしで出かければ即座に物言わぬ饅頭となるだろう。

そして全てのバッヂには巫女特性の御札が付いており、ゆっくりの行動を監視している。
仮に付けているゆっくりが盗み、恐喝、同族殺し、人間への敵対行為などを起こしたら赤く点灯。
そうなったゆっくりはバッヂの没収か罪に応じた罰金を支払うかの2択を迫られる。
もっとも、大抵の飼い主はバッヂとともにゆっくりも回収してもらう事を選ぶが。
自分の躾を忘れこんな事になるゆっくりには、流石に愛想も尽きるだろう。

現在はゴールドとシルバーの間に、試験を受けたゆっくりにのみ与えられるバッヂを作る事が協議中だとか。
もっとも、実現の可能性は薄い。ゆっくりに様々なランクが付こうが、非ゆっくり愛好家にとっては知った事ではない。
バッヂ制も非ゆっくり愛好家たちの大幅な譲歩で決まった面もあり、更に面倒な仕組みを里に押し付けるのは難しいだろう。
ゴールドのハードルが高すぎるのが問題らしいが、それくらいでないと逆に問題が起きてしまう。
仮にゴールドより1ランク下の認定バッヂができたところで、シルバーと同扱いになるのがオチだ。
それでも貧しいゆっくり愛好家にとっては大喜びの事態だが、それで里にゆっくりが溢れたらたまったものではない。



話しが逸れたが、先ほどのれいむのバッヂはブロンズ
お兄さんはシルバーを買えるほど裕福ではなかったし、このれいむではゴールドは夢のまた夢。
現にゴールドの一次試験すら突破できず、既に三度もお兄さんを落胆させている。
この銅の輝きは、そんなにれいむを哀れんで与えられた物に過ぎない。

だがそれも仕方がない。ゆっくりは喋る事ができるとはいえ、所詮は饅頭。
ゆっくりの名の下に良いところだけを欲し、不都合があれば不満を覚えて喚き散らす。
だからこそれいむはあれだけれいむの事を思ってくれたお兄さんを罵倒し、家を飛び出した。
お兄さんに出て行けと言わなかったのは、一応は躾を覚えていただろう。
ぷんぷんと自ら口に出しながら、れいむは森へと向かって跳ね続けた。

幸いな事に、お兄さんが住んでいた家は里の外れだ。
そのため周囲には家や畑はなく、飼い主同伴でないれいむを襲う者もいない。
ブロンズのれいむが里を我が物顔で歩けばどうなるか。
答えは簡単、餡子を撒き散らして死ぬだけだろう。



「ゆぅ……おなかすいたよ……おにいさん、ごはんまだなの?」

夕焼けが森を照らしだす頃、れいむはお腹を空かせてお兄さんを待っていた。
飼われていてただでさえ甘いのに、甘え根性の染み付いたれいむが遠くまでいけるわけもなく、
れいむは未だお兄さんの家から300メートルほどの所にいた。

が、当たり前だがお兄さんが来るわけがない。
ここはお兄さんの家ではないし、肝心のお兄さんはれいむに愛想を尽かしている。
お兄さんはれいむを一歩も追う事はなく、溜息を吐いて静かに扉を閉じていた。
そしてれいむのケージと遊び道具を捨て、一人酒を飲み始めている。

「おにいさんはやっぱりばかだね! れいむがこんなにおなかをすかせてるのに!
 なんでごはんもってこないの? ばかなの? しぬの?」

我慢しきれなくなったのか、れいむは頬を膨らまお兄さんを罵倒する。
これもまた何時もの光景だ。お兄さんが何度言おうと、この頭と口の悪さはとうとう直らなかった。
お兄さんがれいむの要求に応えて食事を持ってきた事など、一度もないというのに。

余談だがゆっくりが怒った際に頬を膨らませるのは、人間のそれとは違い威嚇の意味を持つらしい。
頬を膨らませる事によって少しでも体を大きく見せようとしているのだとか。
もっとも、何処の誰にも効果はないし、人にとっては苛立つだけだそうだが。

「おにいさんがぐずなのはわかってるかられいむはゆっくりまってあげるよ!
 おにいさんはやさしいれいむにゆっくりかんしゃしてね!」

そう言うとれいむはふてぶてしく、勝ち誇った様な場でその場にへたれこんだ。
れいむは最後まで、お兄さんを自分の飼い主だと認識しなかった。
自分がお兄さんの保護なければ生きていけない脆弱な存在で、お兄さんの機嫌次第では命を落す事もありえる。
なんて事は思いもしない。

「ちょっと寒くなってきたね。まったくおにいさんはやくにたたないね」

このれいむにとって、お兄さんは機嫌の良い時は同居人。悪い時には役立たずの召使い程度の認識しかなかった。
だからこそ、一度もなかった筈なのにれいむの命令に従って食事を持ってくると本気で思っている。
次こそは聞くだろうという都合の良い考えで。
そのお兄さんを罵倒し、家から飛び出してきたにも関わらず、だ。

れいむは寛大な自分に酔い痴れているのか上機嫌に歌を歌いだす。
その歌を教えたのは餡子を分けた母でも父でもなく、お兄さんだという事をれいむは忘れている。
それは人間からすれば聞くに堪えない雑音だが、それでもゆっくりの中ではマシな方。
お兄さんが丁重に、何度も何度も歌い方を教えた結果だ。

「ゆゆ?」

そしてそんな雑音に惹かれてやってきたのは一匹のゆっくりまりさ。
冬越えに備えて食料を集め回っている最中だったのか、帽子の上には美味しそうなキノコが乗っている。

「ゆっくりしていってね!」

れいむは久々に会った同族に対し、満面の笑みを浮かべて歓迎した。
そしてそのれいむの笑みに、まりさは心を奪われた。

栄養状態の良いゆっくりは肌の張りや髪のツヤが違う。
顔にほとんど違いの出ないゆっくりにとって、美しさの基準は髪と肌だ。
勿論綺麗になろうとただ食っていれば太るだけなので、野良と管理された飼いゆっくりには天と地ほどの差がある。

それらの事情から、美しいゆっくりほど食糧事情が良いことを示している。
つまり野良基準であれば、そのゆっくりか親姉妹は狩りが上手く美味しい物がある場所を知っているということになるのだ。
だからゆっくりは本能的に髪のツヤなどが良いゆっくりに惹かれるのだろう。
何故ならそのゆっくりと番になれば、自分もゆっくりできるのだから。

そしてこのれいむはどうなのだろうか。
お兄さんが毎日五食栄養を考えて作ってくれていたのだ。そこらの野良とは格が違う。
野良から見れば手が届かない高嶺の花、世界一と思えるほど美ゆっくりなのだ。
まあ、飼いゆっくりの中では運動不足も祟って中堅どころなのだが。

そんなれいむを見てまりさは確信した。
このれいむと番になればきっとゆっくりできると。
素晴らしい家庭が築けるに違いないと。

「ゆっくりしていくね!」

まりさも負けずに笑顔で返し、れいむへと近寄っていく。
近くで見るとれいむの美しさに圧倒されそうで、まりさは頬を染めて帽子の淵で目元を隠した。

「ゆゆ! まりさのキノコおいしいそうだね。ゆっくりれいむにたべさせてね」
「ゆゆっ!? ……いいよ、れいむはかわいいからあげるよ」

が、れいむから返ってきたのはいきなりのずうずうしい要求。
流石に眉を顰めたが、お近付きになりたいと思っていたところだ。
もしかしてこちらの食糧事情を探っているのかもしれない。
などと深読みしたまりさは、自身の力を誇示するべくキノコを差し出した。
美人に良いとこを見せたいのはゆっくりでも同じか。

「むーしゃむーしゃ」

キノコを頬張っているれいむを見て、まりさは決心した。このれいむに告白しようと。
れいむはこの程度のモノではしあわせー、などと言わないのはもっと美味しい物を食べているからだろう。
めっちゃうめぇ、などと汚い言葉遣いもしないし、やはりれいむはまりさの想像通りのゆっくりだと思って。

まりさは冬越えのために食料を集めていた事から分かる通り、それなりに賢い固体だ。
だからこそ食糧事情も良く、群れで評判の美ゆっくり。今まで告白された数はそれこそ両手の指でも足りない。
それでも誰とも番にならなかったのは自分に寄生する気のゆっくりばかりだったからだ。
だがこのれいむは違う。このれいむとなら共に助け合ってゆっくりできると。

決心には早いと思うかもしれないが、それは人間の感覚の話だ。
ゆっくりは寿命が短いし、自然や天敵の存在によって何時死ぬか分からない。
だからこそ決断は早く、気が合えば直ぐに番になってしまう。
中には幼い頃から友人や姉妹と番になるゆっくりもいるくらいだ。

「れ、れいむ……いっしょにゆっくりしようよ!」
「うん、いっしょにゆっくりしようね!」

そしてまりさの覚悟にれいむは躊躇する事なく答えを返した。
れいむもまりさの事を一目見て気に入っていたのだ。

飼いゆっくりを見た事のないれいむにとっては、まりさは相当な美ゆっくりだ。
野生を忘れたれいむにとって、自分をゆっくりさせてくれるとかは関係ない。
ただ美ゆっくりのまりさとスッキリしたいという考えだ。
まあ、大抵のゆっくりはその場その場で生きているから仕方ないのだが。

れいむはまりさに跳ね寄り、親愛の情を込めて頬擦りをする。
お前ばれいむが他のゆっくりと頬擦りをしたのは何時以来だろうか。
それにまりさは力強く返し、二匹は互いに頬を染め合う。

「これからずっといっしょにゆっくりしようね!」
「もちろんだよ! それでどっちのおうちでゆっくりしようか? まりさはどっちでもいいよ」

実のところは半数くらいのゆっくりは自分の巣を持っていない。
自分で掘るのは大変だったり、探し出せなかったり、他のゆっくりに奪われたり。
巣を持ってない多くのゆっくりは、茂みの中で夜を過ごすのだ。
もっとも冬を目前にしたこの季節では凍死するものがでてくる。
おかげでそれを逃れようと、いっそう激しい巣の奪い合いが始まるのだが。

だからこそ巣は財産であり、ゆっくりの中ではステータスの一つだ。
巣と備蓄の食料が目当てで番となるゆっくりもいるくらいなのだから。
にも関わらずまりさがどちらの巣でゆっくりするかと聞いたのはそれだけれいむを評価しているということ。
これだけゆっくりしているれいむがおうちを持っていない筈がない。などとまりさは考えていた。

「れいむのおうちはちょっとせまいんだ、だからまりさのおうちでゆっくりしようね」
「わかったよ。それじゃあゆっくりついてきてね。まりさのおうちはとってもひろいんだよ」

そういうとまりさは上機嫌で跳ねていき、それに笑みを浮かべたれいむが続く。
楽しそうに跳ねる二匹。れいむはこれからの幸せな生活を想像しているのだろう。

まりさもそうではあるが、誇らしさで一杯だった。
自分のおうちがこんな美ゆっくりであるれいむのおうちに勝ったと思って。
親から継いだ巣を拡張していき、努力の甲斐あってかなりの広さを誇る。
大人のゆっくりが十匹入ったもまだまだ余裕はあるだろう。
それに加えて侵入者を防ぐ二重のドアと、緊急用の避難経路。
大き目の貯蔵庫といい、どのゆっくりにも褒められてきたまりさの自慢の巣だ。
その自らの誇りを褒められた様な気がして、まりさが喜ばない筈がない。

二匹はしばらく跳ねていき、やがて茂みの前で立ち止まった。
そうしてまりさが木の枝で茂みをどかすと、巣の入り口が出現する。

「ここがまりさのおうちだよ! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていく……ゆ?」

れいむに自らの巣を自慢するかの様に、まりさはそう言った。
寝室には一生懸命集めた葉があり、貯蔵庫にはキノコや虫の死骸、枯葉や雑草が詰まっている。
いざという時に武器になる木の枝まだ揃えているのだ。
これだけのものを一匹で集めたのだから大したものだろう。

「どうしたの、れいむ? まりさのおうちがあんまりにもひろくてびっくりした?」

だが自慢気なまりさはは対照的にれいむは固まっていた。
狭いし、虫の死骸の匂いで臭いし、地面が冷たいのだ。
もっとも自分の家であった透明な箱はもっと狭いのだが、それはもう忘却の彼方。
都合の悪い事を忘れ、人間であるお兄さんの家とゆっくりであるまりさの家を比べている。


「……まりさのおうち、あんまりひろくないしきたないね。それにちょっとさむいよ」
「ゆゆっ!?」

れいむの言葉に流石のまりさもショックを隠せず、同時に怒りを覚えた。
今まで招待した全てのゆっくりには褒められたし、自分の自慢であり誇りであった。
それに両親の残した遺産でもある。それを貶されて怒りを覚えない筈がない。

だが世間を知らない飼いゆっくりが気の利いた世辞など言えるわけもなく。

「ご、ごめんね……まりさのおうちせまくてごめんね……」
「ううん、いいよ! れいむはやさしいからゆっくりがまんしてあげるね」
「ゆっ……ゆっくりしていってね……」

れいむの言葉に、まりさは怒りを押し殺して無理矢理笑みを浮かべた。
当たり前だ。誰だって自分のもの誇りを貶され、なおあんな台詞を吐かれて嬉しい筈がない。
それでもまりさは我慢した。れいむは美ゆっくりであるし、もっと大きな巣を持っていたんだろう。
そう考える事にして。

「それじゃあまりさ、さっそくすっきりしようね!」
「ゆゆっ!? だめだよ、あかちゃんできちゃうよ!」

何を言っているんだこのれいむは。
冬はもうすぐそこ。こんな時期にすっきりしたら冬越えできるわけがない。
あくまでもすっきりして子を作るのは春になってから。
少なくともまりさはそう考えていた。

だがれいむにはそんな事関係ない。
冬越えを経験する前にお兄さんに飼われ、餌取りの苦労も知らない身だ。
ただ自分がすっきりしたいがために、欲望のために行動する。

「だいじょうぶだよ。ふたりでいっしょにそだてようね!」
「ゆ……ゆっくりいっしょにそだてようね!」

が、まりさはれいむの言葉を深読みし過ぎてしまった。
一緒に育てようと。今までは一匹だったのが、二匹なら赤ゆっくりの分の餌もきっと集まる。
植物型妊娠なら直ぐに生まれるし、赤ゆっくりには巣で留守番してもらってその間に集めればいい。
そしてそれだけの餌を置くスペースがまりさの巣にはある。

冬の間は好奇心旺盛な赤ゆっくりも外に出ないし、餌さえあれば安全に育てられる。
成長すれば春になって外にでても死亡率は下がるだろうし、何より冬越えを教える事ができる。
そう考えれば悪くないのかもしれない。
それに、まりさだって美ゆっくりのれいむとすっきりしたい。
そんなこんなで二匹は頬を摺り寄せ合い、大声を上げながら謎の液体を撒き散らした。




「ゆーゆー……ゆっ!?」

翌朝、まりさは慌てて目を覚ました。
規則正しい生活を送っていたまりさの体内時計が、寝坊した事を知らせている。
れいむが起きる前に美味しい餌を取ってきて、家の件を挽回して頼れるゆっくりである事をアピールしようと考えていたにも関わらずこのザマだ。
横を見てもれいむはいない。これでれいむが餌を取って来ていたら情けないにもほどがる。
れいむが愛想を尽かして出て行ってしまうかもしれない。
広がる不安の中、まりさは急いで寝室を飛び出した。

「……これもおいしくない。ろくなものがないよ……」
「ゆゆっ!? なにしてるのれいむ! それはふゆをこすためのごはんだよ!」

そこでまりさが見たものは、自分が冬越えのために集めた食料を貪る愛しの伴侶の姿。
大半のものを一口だけ口にし、吐き捨てられて貯蔵庫に惨状が広がっている。
オマケにまりさが大事にとってあったキノコは全て食い尽くされていた。
キノコはまりさにとっても貴重品であり、何時か食べる日を楽しみにしていたというのに。

まりさは憤怒の表情を浮かべてれいむに詰め寄る。
返答次第ではれいむを許す気はない。そう覚悟をして。

「ゆ? どうしたのまりさ、そんなにおこるとゆっくりできないよ」
「れいむがゆっくりできなくしてるんだよ!
 なんでせっかくたべたごはんをたべちゃうの!」
「ごっ、ごめんねまりさ……れいむしらなかったから……」
「ゆー……せつめいしてないまりさもわるかったんだよ、ごめんねれいむ」

罵倒したくなるのをぐっと堪え、涙目で見つめてくるれいむをまりさは許した。
本音を言えば許したくはなかった。これが美ゆっくりのれいむでなかったら間違いなくまりさは追い出しただろう。
それに、れいむの頭に生えた蔦を見たら何も言えなかった。
れいむは生まれてくる子のために栄養を取っていたのかもしれないと。

だが、今ので集めた食料の大半がダメになってしまったのは変わらない事実。
これから毎日頑張ったところで本当に必要な分を確保できるかどうか。

そしてまりさの心に疑念が生まれたのもまた事実。
本当にれいむはゆっくりできるゆっくりなのか? そう思えて仕方がない。
だがグズがここまで綺麗な髪と皮を持っているわけがない。
親が優秀であっても、このれいむなら独り立ちしている筈。
なら何故こんな事を? まりさは餡子脳で必死に考える。

そんなまりさとは裏腹に、れいむは暢気だ。
まりさが怒っている理由など理解してなく、あの場は適当に謝っただけに過ぎない。
それどころか食料の味に不満を覚え、まりさに文句を言うつもりですらあった。

苦労を知らずれいむには食料の重要さが分からない。
この季節、餌を求めてどれだけのゆっくりが必死になって野山を跳ね回っているか。
だが飼いゆっくり暮らしが長いれいむには、食事とは勝手に供給されるもの。
だから野良の基準で考えるまりさなどと認識が合う筈がない。

すっきりの件だったそうであるし、赤ゆっくりができればその可愛さでお兄さんが改心する。
そして自分にもっと尽くす様になると馬鹿な事まで考えていたのだから。

「しかたないし、きょうはゆっくりごはんをあつめにいこうね。
 ゆきがふるまえにあかちゃんのぶんのごはんをいっぱいあつめないと」
「ゆ? そんなことしなくてもだいじょうぶだよ。おにいさんがごはんをもってきてくれるよ」
「ゆゆ、そうなの!? れいむはかわいいからにんげんがいうこときくんだね!」
「そうだよ! れいむはかわいいっておにいさんがいつもいってたし!
 おにいさん! かわいいれいむにごはんちょうだいね!」

ふふん、と勝ち誇った様にれいむは叫んだ。
まりさにお兄さんを自慢してやろう。
あの不味いご飯と違ってお兄さんは美味しいご飯をくれるのだ。
ついこの間までお兄さんのご飯を不味いと言っていた事も忘れ、れいむは幸せ一杯だ。
番となったまりさは無能だが、それでも美ゆっくりだ。
巣もお兄さんの家に引越し、ご飯はお兄さんに作らせればいい。
そしてまりさとすっきりして、子どもたちと一緒に幸せに暮らそうと。

一方でまりさの不満も一気に解消した。
人間が言う事を聞くのなら、れいむのあの行動も納得がいく。
まりさは比較的賢い種だが人間を知らない。だかられいむの言葉が嘘だと気付けない。
れいむの可愛さなら人間がメロメロになって言う事も納得だ。
人間は強くてゆっくりでは敵わないと言う事は知っているのに、こう考えてしまうのは所詮ゆっくりと言う事か。

が、当たり前だがお兄さんは来ない。そもそもれいむの現在地すら把握していない。
貯蔵庫の食料を臭いという事で全て巣の前に捨て、二人で一緒に引っ越そうなどと幸せな会話に花を咲かせている。

「……こないよ?」
「またおにいさんはぐずぐずしてるんだね! おんこうなれいむでいいかげんおこるよ!」
「ばかなにんげんなんだね! れいむをまたせるなんて!」
「そうだよ! かわいいれいむをまたせるなんてしつれいにもほどがあるよ!」

そうして一時間をが経過した。未だお兄さんは現れず、朝から何も口にしていないまりさはお腹を空かせていた。
怒りはお兄さんへと向けられ、二匹揃って罵倒の嵐。
お兄さんがいれば間違いなく潰されていただろう。

「……れいむ?」
「れいむがこんなにおなかをすかせてるのに! おにいさんはなにやってるの? ばかなの? 死ぬの?」

太陽が真上で輝く頃に、まりさの疑念が再燃する。
当たり前だ。もうどれほどの時間が経っていると思っているのだろうか。
ますますヒートアップするれいむとは裏腹に、まりさの心は冷めていく。

「どおじでおにいざんごばんもっでぎでぐれないのおおお!」
「れいぶのうぞづぎいいい! もうれいむとはゆっくりできないよ! ゆっくりでていっでね!」

そして夕暮れ時。遂にまりさの怒りは限界に達した。
強烈な体当たりをしかけ、れいむの巣の外へと追いやっていく。

れいむは自分が集めた食料を食い散らかし、自分では餌も取りに行こうとしない。
挙句の果てに嘘までつき、時間を浪費させただけの厄介者。
自分一匹ならば食料を失う事もなく、冬越えもできてもっと良い伴侶を見つけられた。

まりさだって美ゆっくりは好きだが、それで全てを許すゆっくりではない。
れいむの行動に耐えてきたのは、自分をゆっくりさせてくれるゆっくりだと思ったからだ。
その前提が崩れた今、まりさを思いとどまらせるものは何もない。
子どもにしたって、子どもどころかまりさ一匹が生き残れるかも分からない状況だ。
気遣う余裕などありはしない。

「どおじでぞんなごどいうのおおおお! うぞじゃないのにいいいい!!」
「うるさいよ! かわいいからってちょうしにのらないでね!」

怒れるまりさの体当たりを受け、れいむは遂に巣から弾き飛ばされた。
巣の前に捨てた筈の食料は既にない。
れいむからすればゴミも同然なそれは、他のゆっくりにとっては宝の山。既に誰かが持ち去った後だ。

「まりざあああ! ゆるじでよ、あやまるからゆるじでよおおおお!」
「いいからどっかいってね! れいむなんてかおもみたくないよ!」

れいむは巣の中のまりさに叫ぶが、まりさは冷たく一蹴して巣を塞ぐ様に入り口に仁王立ちした。
その瞳が、態度がれいむを許すことはないと示している。

ゆっくりの中では番になって早々に別れるのはよくある事。
各々が我侭な性格をしているゆっくりなのだから、ふとした事で上手くいかなくなるのも無理はない。

それでも番でいられるのはゆっくりが物事を直ぐ忘れるからに過ぎない。
昨日の喧嘩も一日過ぎれば仲直り。それが普通のゆっくりというものだ。
後夫婦間を繋ぎとめるのは相方に褒められたいからだったり、すっきりしたいからだったり。
番がいるとゆっくりできると。赤ちゃんがいればゆっくりできると考えている。

が、このまりさは違う。
比較的に賢く将来をちゃんと考えられ、都合の悪い事だって覚えている。
だからこそお馬鹿なれいむとは上手くいくわけもない。
これが馬鹿なゆっくりならば何も言わずにれいむに貢いだだろう。

そう、二匹が出合った事は互いにとって不幸なことだ。
まりさはれいむに出会わなければ幸せに過ごせ、何れ良いパートナーを見つけただろう。
れいむは自分に貢ぐ馬鹿なゆっくりのもとでそれなりに暮らせたかもしれない。

が、れいむは謝ると言っているものの、未だに自分が嘘を吐いたと思っていないし、悪い事したとも思っていない。
だからこそどんなゆっくりと付き合ったところで、必ず何時か破綻するだろう。

「まりざあああ……いれでよ、ざむいよおおおおおお!」
「こんなきたなくてさむくてせまいおうちにはいたくないんでしょ! まりさはおぼえてるんだよ!」

諦め悪く巣に入ろうとしたれいむを、再びまりさは体当たりで吹き飛ばす。
れいむは跳ね飛ばされ、背中から地面へと落ちてそのまま転がっていく。
落ちていた石で背中が傷付き、餡子が微かに漏れ出す。
野良ゆっくりならば掠り傷だが、怪我になれてないれいむにとってはこれでも激痛だ。
悲劇のヒロインを装いながら、れいむは涙目で縋る様にまりさを見た。

「ま、まりざあ……」
「…………」

まりさの心に灯りしは憤怒の炎。
近付けばまた攻撃されると、流石のれいむにすら分かるほどの顔。

「まりざあ……どおじでうらぎっだのお……」

痛みから、まりさから、嫌なものから逃れる様にれいむはその場を後にした。
傷が痛い、心が痛い、どうしてこんな事になったのか。
まりさはどうして自分を裏切ったのか、あんなに仲良くしてたのに。一緒にすっきりしたのに。
お兄さんはなんで餌を持ってこないのか。れいむには分からない事だらけだ。

「さむいよ、おなかすいたよ、ゆっくりできないよ……」

れいむは冬の風に晒されながら呟く。
今の時期に巣の外で夜を明かすなど自殺行為以外なにものでもない。
だがれいむに巣はなく、巣の作り方や探し方すら知らない。
親ゆっくりから受け継いだ知能はお兄さんとの生活の中で消え、今では自分だけでは何もできない。
落ち葉すら落ちていない山を歩きながら、れいむはふと今までの生活を振り返った。

お兄さんが自分のために食事を用意し、美味しいものを沢山食べれた。
毎日お風呂に入れてもらっていたし、髪を梳いてもらった事だってある。
そんな幸せな日々が続く筈だったのに、どうしてこんな事になったのか。

自分に都合が悪い事は削除されている記憶を掘り返しながら、れいむは地面に倒れ込んだ。
まだ巣から20メートルと離れていない距離だが、れいむは傷の痛みで歩くのを止めた。
所詮あまやかされて育った飼いゆっくりだ。嫌な事を直ぐに投げ出す事を覚えている。
だからこそ、ゴールドの試験に合格する事もできないのだが、

こうしていればお兄さんが助けに来てくれる、まりさが自分が悪かったと謝りにきてくれる。
どこまでも、どこまでも、幸せな未来を想像してれいむは眠りに付いた。
決して目覚める事はない、限りなく幸せな眠りへ。



あとがき
全体的に書き直しました。まだまだ誤字脱字ありそう

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最終更新:2022年06月03日 22:20