• 虐待分薄め。ぬるいじめ多め
  • ぶっちゃけ前編
  • 現代が舞台











チチチ……チュンチュン……
まどろむ意識の中で小鳥の声が聞こえる。僅かに射しこむ光が眩しい。
まどろんだ意識で感じる爽やかさと布団のぬくもりがたまらない。
うーん、もう少しだけ……あと5分……

ぺったん、ぺったん、ぺったん、ぼみゅん。
ぼいん!ぼいん!ぼいん!ぼいん!

「おにいさん、おなかすいたよ!!ゆっくりはやくおきてね!!」

粘着質な音を立てながら我が家のれいむ様のご登場だ。ああ、さよなら俺の爽やかな朝……
もはや我が家の風物詩になった光景、だがこのイラだちは何度体験しても慣れるもんじゃない。

ガシッ
俺は片手で腹の上で跳ねている饅頭を掴むと

「お前は何遍言ったらわかるんだ」
「ゆぐぅ!!」

うにょーん
両手でおもいっきり頬を引っ張ってから

「俺が起きるまでは絶対に」
「ぼにいざん、いだいよやべでええ!!」

ブンッ、ビタァン!!………ぼとり
前方の壁に全力投球した。

「この部屋に入るなっつったろーが!!」
「ゆびゅ!!……びえ゛え゛え゛え゛!!!」

寝起きの俺の前に広がる光景は、あまりに投げすぎて茶色い染みが付いた壁と
顔を真っ赤に腫らして泣き叫ぶゆっくりれいむだった。

俺がれいむと暮らし始めて早くも一ヶ月。れいむは毎日毎日、俺をぼいんぼいんと叩き起こしては思いっきり壁に投げられている。
最初の頃は力加減を誤って思いっきり餡子を吐いていた時もあったが(あの時は必死で近所のコンビニまで餡子を買いに行ったっけ)
今では限界ギリギリの力で投げれるようになった。まぁ、たまにはちょっと吐餡させる事もあるが。



元を返せば、こうなったのも全ては大家さんとの約束のせいだ。

「ここに入居するなら一つだけ条件を守ってもらいます」
「どんなゆっくりでもいいから、一匹以上と一緒に生活する事」
「つまりゆっくりを飼えって事だね。あとは定期的に話をしてくれれば問題ないよ」

実際、このアパートの家賃は格安でゆっくりの世話代を概算しても十分すぎるほどの値段だった。
それに俺も始めての一人暮らしで少し寂しくなるか不安だったし、最近話題になったゆっくりにも興味があったんだ。
だから俺はこの条件を受け入れ、ここに住むことにした。その結果待っている様々な苦労を知らないまま。

何はともあれ、そういう約束をしてしまったからにはゆっくりを手に入れなければならない。
近所のコンビニで立ち読みしたゆっくり解説書によると

  • 野生のゆっくりは罠を仕掛ける事で簡単に捕まえられますが、気性に難がある場合があります。
  • また、飼育する場合は各種予防接種や避妊処理の必要もある為、初心者はゆっくりショップでの購入をオススメします。
  • 最初に飼うなら素直で癖の無いれいむ種がよいでしょう。また、ちぇん種も人懐っこく扱いやすいです。

との事らしい。俺は読み賃代わりに缶コーヒーを一本買って、その足でゆっくりショップに行く事にした。


「ゆっくりしていってね!!かわいいれいむをペットにえらんでね!!」
「おにいさん!!はやくまりさをかうんだぜ!!まりさのぼうしはいちばんかわいいんだぜ!!」
「むきゅ!!いちばんかしこいのはぱちゅりーなのよ!!かうならぱちゅりーがおすすめだわ!!」
「と、とかいはのありすがあなたのかいゆっくりになってあげてもいいわよ!!」
「おにいさん、しっぽのきれいなちぇんをかいたいんだね?わかるよー!!ちぇんのことだよー!!」

ゆっくりショップの存在は知っていたが、実際に行ってみるとそこはなんというか……監獄の死刑囚。この一言に尽きる。
どこのペットショップでも、飼われなかった動物の末路は悲惨な物だ。こいつらはそれを知っているんだろう。
もちろん、それを直接アピールしたり泣き喚くような奴は最初からペットとして扱われるはずがない。
こいつらは全てを知り、助かる為に "自分が出来る唯一の方法で" こちらにアピールしているんだ。
これがもし、意味の通じない動物の鳴き声やしぐさならここまで心に感じる物はなかっただろう。
だが、これが言葉ならどうか。意図の通じる言葉なら、直接言われなくても人間は真意を理解する事が出来る。出来てしまう。
それは自己アピールという名の命乞いだった。

正直、俺は入って1分もしないうちに、かなり消耗していた。早く選んで帰りたい。
最初から買うのはれいむ種にしようと決めてある。他の連中を見ても辛くなるだけだ。
俺がまっすぐにれいむ種のコーナーに行くと色めき立つれいむ種たち。意気消沈する他のゆっくり達。

「おにいさん!!れいむがいちばんかわいいかたちのリボンだよ!!ゆっくりみてね!!」
「れいむのほっぺがいちばんぷにぷにだよ!!さわってもいいのよ!!」
「れいむがいちばんきれいないろのリボンなんだよ!!とてもゆっくりできるよ!!」
「れいむのおうたはとってもひょうばんだよ!!ゆぅ~ゆゆぅ♪ゆぅ~ゆゆぅ~♪」

誰も彼もが満面の笑みで柵に体を擦り付けながら全力のアピールを行っている。
きっと、彼らが主張する内容は全て事実なんだろう。意見が被るゆっくりは居ないし誰も他のゆっくりを否定しない。
だからこそ、俺はその一丸となった命乞いを直視する事が出来なかった。

逸らした俺の視線の先には、一匹のゆっくりが居た。
そいつだけは他の皆のようにアピールをしない。遠慮がちに柵の中から「ゆっくりしていってね」と言うだけだ。
俺の勘が正しければ……こいつは……


「すいません、あいつと話させてもらっていいですか?」
「いいですよー、ちゃんと話をしてパートナーを決めてあげてくださいね」

そう、笑顔で話をする。これだけがここで許された命乞いのルール。
そして選ばれなかったゆっくりは助からない。なのに。
柵の中に入った店員がそいつを連れ出す時に他の連中はまったく動じていなかった。
こいつだけは絶対に選ばれない。という確信が、貼り付いた笑顔の上からでも透けて判るようだった。

「はい、戻す時はゆっくり入れてあげてくださいねー」

店員から渡されたそいつは、戸惑いながらも「ゆっくりしていってね!!」と言った。今度はしっかりと。

俺はそいつを片手で抱えながら柵の中のゆっくりに聞いた。

「なぁ、こいつはどうしてアピールしないんだ?」

その瞬間、腕の中でビクッと震えるゆっくり。柵の中のゆっくり達も笑ったまま何も言わない。
きっと禁じられているんだろう。他のゆっくりを馬鹿にする事は。
ただ、その笑みの中に嘲るような印象を感じた。そして、それは最高にいやらしい笑みだった。

「お前、もしかしてアピール出来る事が無いのか?」

疑問は確信に変わった。そいつは何も言えず、ただ俺の腕の中で震えるだけだ。
笑みこそ崩さないもののその瞳は震え、悲しみと絶望がありありと写し出されていた。

その笑みは俺がここで見た全てのゆっくりの中で一番魅力的で、そして俺の心に暗い炎を灯す笑みだった。


「すいません、こいつ貰えますか~」

また腕の中でそいつはビクッと震えた。最初との違いを挙げるとするなら、柵の中のれいむ種全ても同じ反応をした事だが。

「おにいさんみるめがないね!!そいつはここでいちばんののうなしだよ!!そんなクズをえらぶなんて…」

俺の選んだ選択があまりにも想定外だったのか、一匹のれいむが俺に対して文句を言ってきた。
同じような気配を発していた周りのゆっくり達もその言葉を聴いたとたんに表情が変わる。ああ、本当にタブーなんだな……これ。
失言から間もなく横に居た店員が飛びかかり、口を捻って口封じをした。

「ゆびゅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「お客さん、ちょっと待ってくださいね~」

手馴れた物だ。即座に店の裏に連れて行く。失言一つで人生終了だなぁ……あのれいむ。

「うっかりくちがすべったんだよ!!ゆっくりゆるして……」と叫ぶ声が聞こえなくなってしばらくすると店員が戻ってきた。
「申し訳ありません、うちのゆっくりが粗相を……その分お値段をサービスさせて貰いますので……」

思いの他サービスしてくれた。ありがとう失言れいむ、君の事は忘れない。たぶん。しばらくは。

他にも飼うのに必要な道具を買って、俺は店を出た。
店から帰る途中、ケージの中のそいつは脱力しきっていた。本来ならはしゃいでもおかしくは無い状況だけど、
あそこでの絶望的な立場を考えればそんな余裕は無かった事くらいはわかる。

「ゆぅ……ゆぅ……zzz」

まぁ、俺が必死にこいつの荷物を抱えてるのに寝られるのはさすがにムカつくのでちょっと派手にケージを振ってやった。

「ゆぐ!!ゆぁ!!ゆう゛ぅ……いだいよぅ……」

おお、起きた起きた。こんだけ振ってもこっちには文句を言わない辺り、さぞ存分に教育されていたんだろう。あそこのゆっくりは。
そんなゆっくりの反応を見ながら、俺はときたまケージを振りつつアパートに帰る事にした。

大家さんに軽くゆっくりの顔をみせてから(「なるほど……君らしいね」と一目見ただけで言われた。あの人やっぱり只者じゃない。)
アパートの一室に戻った俺は、ケージから出したこいつと向き合いながら悩んでいた。
……何から話せばいいんだ?つい暗い衝動にまかせて買ったはいいが、どう接すればいいんだろうか。
戸惑っているのはこいつも同じらしく、きょろきょろとあたりを見回しては俺の視線に気付き

「ゆっくりしていってね!!」
「ああ、ゆっくりしていいぞ」

と一言交わしたらまたお見合いが開始する始末だ。こりゃだめだ。俺から話振らないと絶対先に進まないぞ。

「えーっと、だな。今日から君はここで飼われる事になりました」
「ゆ!ゆっくりりかいしたよ!!」
「でだ、まず君の事を知る為に自己紹介をして欲しいんだが」
「ゆっ……れいむはしょうかいできることがないよ……」

ああ、こいつに単に自己紹介をしろといってもあそこの二の舞になるだけか……。
これは一つ一つ誘導してく方法じゃないとダメだな。

「それじゃれいむ、まず名前を言ってごらん」
「れいむはれいむだよ!!」
「よくできました。じゃあ、次はどこで生まれたのかな?」
「れいむはきがついたらあそこにいたよ!!」
「ふーん、じゃああそこのゆっくり達には兄弟もいたのかな?」
「そうだよ!!まりさおねーちゃんたちとれいむおねーちゃんたち、かわいいいもうともいたよ!!」
「なるほど。じゃあその子達も一緒に飼った方がよかったかな?」
「ゆぐっ!!……れいむのきょうだいは……みんなさきにうれちゃったのぉ……」
「そっか、つまりれいむは売れ残りだったんだね!!なんでかな?」
「それは……れいむは……れいむには…………」
「あ!!わかったよ!!れいむには長所が無いんだもんね!!れいむは長所無しの役立たずだもんね!!」
「ゆぎゃっ!!!……………………………」

あー駄目だ。やっちまった。また顔引き攣らせてフリーズしてるよ、かわいいなぁ。
しかし、こいつと話してるとどうしてもこいつが嫌がる展開に話振りたくなるな…いかんいかん。

ぺちぺち、ぺちぺち

「おーい、だいじょうぶかー?」

駄目だな。起きない。もうちょい強めにいくか。
パン!パン!パン!パン!スパンキング!!

「おーい、だいじょうぶかー?」
「………………ゆっ!だ、だいじょうぶだよ!!」

頬を真っ赤に腫らして言う台詞じゃないだろそれ…

とりあえず晩飯も作らないとな。解説書には確か野菜クズや余った食事でいいって書いてたな。
ただし辛い物は厳禁、凄い嫌がります、だっけか……。
ここはあえて、反応を見る為に俺と同じくカレー食わせてみるか。

「おーい、れいむー。ばんごはんだぞー」
「ゆっ!ゆっくりたべるよ!!」

テーブルの上には大盛りのカレーが二皿。一つは俺用、もう一つはこいつの。
流石に犬食いで火傷すると面倒なので、こいつはあぐらの上に置いてスプーンで食べさせてやる。

「ほーら、よくふーふーして食べろよー」
「ゆっくりふーふーするね!!ふうー、ふうー。」
「よーしいいぞー、ほら、あーん」

ぱくっ

「ゆぅーん、むーしゃ!むーしゃ……ゆっべええ!!」
「どうした~?おいしくなかったかな?」
「ゆぎゅ!!と、とってもおいしいよ!!しあわせー!!」
「そうか~、もっとあるから遠慮しないで食べていいぞ」
「ゆびゅぅ!!……………………………」
「あー…なるほどなぁ。」

負荷が一定超えるとトんじゃうみたいだ。多分、普通のゆっくりだと泣くか怒るかってところのラインなんだろう。
本当によく教育されてるよ、こいつは……。

確かに、あの店のゆっくりは良く躾けられている。能無し呼ばわりされてたこいつでも。
でもこれはゆっくりなんだろうか……。ゆっくりと言えるのだろうか。
俺の見た本の中に居たゆっくりはもっと感情豊かで傍若無人だった。
そして、俺が魅力に感じたのもそうした喜怒哀楽を過剰に表現するゆっくりだったんだ……。

まず、こいつのフリーズ癖を治そう。これはこれで可愛いのは事実だがこのままじゃラチがあかん。
こいつが思考停止するのは「自信の無さ」と「笑う以外の感情表現を許されていない」環境だったせいだ。
だから笑ったまま固まる。そうしなければ死ぬ事になるから。
この躾はある意味では完璧だろう。決して泣き喚かず怒りに暴れる事も無い完璧なゆっくり。
でもそれじゃ俺は息苦しい。あいつが苦しんでるのはわかっているからこそ、尚。
それにこれじゃまるで「ゆっくりロボット」じゃないか。
こいつを一人前の「ゆっくりれいむ」にしてやろう。そしてたっぷりと泣き、怒る様を見てやろう。
そう決意して俺はその日は眠りに付いた。慣れない寝床で震えるれいむにタオルをかけて。





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最終更新:2022年05月03日 15:32