母を失ってから数日後、まりさ達姉妹は何とか無事に全員生き延びていた。
今は六匹揃って仲良く草原を移動しているところだ。
この数日、まりさは身も心も休まる日が無かった。れみりゃに襲われたと思ったら次はありすに犯された。
あの日以来ずっと旅を続けているが、安全にゆっくりできる場所はまだ見つかっていない。
だからまりさ達は今もゆっくりプレイスを探して自然の中を歩き続けていた。
日も暮れてきた頃、自分たち以外のゆっくりを見つけた。
それは大きなれいむが一匹、小さなれいむが十数匹の家族だった。
「ゆ! おねーちゃん、ほかのゆっくりがいりゅよ! あいしゃつちようよ!」
一匹の妹れいむが目の前の家族を見つけて言った。
まりさも家族連れなら安心だと思い、みんなで声を合わせてれいむ一家に挨拶をした。
「「「「「ゆっくりしていってね!」」」」」
「「「「「ゆっくりしていってね!」」」」」
れいむ一家も笑顔で返し、母親と思われる大きなれいむがまりさに尋ねた。
「このへんじゃみかけないこだね? まりさたちはどこからやってきたの?」
「ゆ…それが」
まりさは親れいむに自分達はゆっくりプレイスを探していることを説明した。
そしてそれを見つけるにはどうすれば良いか見当もついていないことも。
そのことを聞いた親れいむはまりさ達に言う。
「じゃあれいむたちのむれにくるといいよ! きっととてもきにいるよ!」
まりさは少し考えたが、今日はもう遅く、妹達もずっと歩き続けて疲れているので、
とりあえずゆっくりできる場所が欲しいと思った。
「ゆ! じゃあおねがいするよ!」
「うん! さあ、おちびちゃんたち! もうかえるよ! まりさたちもゆっくりついてきてね!」
周りの子供達を連れ、親れいむは群れへと帰る。
まりさ姉妹もれいむ一家とお喋りしながらついていった。
「ゆ! ようこそ! ここがわたしたちのゆっくりぷれいすだよ!」
そこはまさにゆっくりプレイスという言葉がふさわしいような場所だった。
森の木々に囲まれた適度な大きさの広場。
巣は周りの枯れた木の中や根元、自然にできた段差に穴を掘って作っているのもある。
周囲の森には木の実や昆虫も豊富で食糧にも事欠かない。
そこでは数多くの様々な種類のゆっくり達が幸せに暮らしていた。
「すごい…!」
今までゆっくりの群れというものを見たことが無かったまりさは感嘆の声を漏らした。
ゆっくり同士が助け合って生きている。これほど素晴らしい場所があったなんて!
その様子を微笑みながら見ていた親れいむは言った。
「きょうはもうおそいし、つかれてるでしょ? こんやはれいむのおうちでねるといいよ!」
その言葉を聞いたまりさは一瞬ありすの事を思い出したが、今回は大丈夫だと思った。
このれいむは信頼できる。それに群れの中にいるから万が一何かあっても大声を出せばいいので安心だ。
そう考えたまりさは親れいむの家で休ませてもらう事にした。
れいむの巣へ入り、皆で晩ご飯を食べる。
「むーちゃむーちゃ、しあわしぇー!」
「すっごくおいちいね!」
「こらこら、そんなにいそがなくてもごはんはたっぷりあるからね!」
総勢二十匹ほどにも及ぶ大人数での食事。
騒がしかったがとても楽しい。こんな愉快な食事は久しぶりだとまりさは思った。
夕食後。しばらく遊んでいたまりさの妹達も、れいむの子供達も寝静まった。
まりさは親れいむに感謝の意と、これまであった事を話した。
母親がれみりゃに殺されたこと、ありすに酷い目にあわされ、妹達も死んでしまったこと。
それから眠るとき以外はほとんど休む暇もなく、ずっと森を歩き続けていたこと。
「それはつらかったね。でもここはだいじょうぶだよ。みんなやさしいからね」
それを聞いた親れいむはまりさに優しく頬擦りをした。
交尾ではない、心温まる抱擁。
親れいむに母親の姿が重なり、まりさの中にかつて家族で過ごしていた頃の記憶がフラッシュバックする。
とても優しかったお母さんもこうしてくれたっけ。
と、心の底から安心したまりさの瞳に涙が浮かんだ。
それは次々と溢れ出し、まりさの意思と関係なくこぼれていく。
そんなまりさに、親れいむは母性溢れる笑顔を浮かべながら優しい頬擦りを繰り返した。
「よしよし、いいこだね。きょうはゆっくりおやすみ」
その日、まりさは久しぶりに心の底からゆっくりできた。
翌日。親れいむは群れのゆっくり達にまりさ姉妹を紹介した。
皆歓迎してくれたことがまりさにはとても嬉しかった。
まりさはこここそが自分のゆっくりプレイスだと思い、群れに入れてもらう事にした。
その日のお昼。秋がやってきた証である涼しい風が吹いていたこともあり、赤ちゃん達は元気に外で遊んでいる。
「ゆー! まりしゃのかちー!」
「ゆゆっ!ちゅぎはれいみゅもまけないよ!」
「まりしゃのおねーちゃんはとってもしゅごいんだよ!」
「れいみゅのおかーしゃんもしゅごいよ!」
「すーやすーや」
かけっこをするもの、お喋りをするもの、お昼寝をするものと様々にゆっくりしていた。
そんな中、一匹の蝶々が三匹でゆっくりしていた赤ちゃん達の元へとやってきた。
「ゆ! ちょうちょしゃんだ!」
「おいしそうだにぇ!」
その三匹の赤ちゃんゆっくりは全てまりさの妹達だった。
まりさ種が一匹にれいむ種が二匹である。
三匹の妹達は飛んできた蝶々を食べようと、ぴょんぴょんととび跳ねた。
だが赤ちゃんゆっくりの跳躍力では届かず、そのまま蝶々は森の奥へとひらひら飛んで行く。
「ゆ~! ちょうちょしゃん、ゆっきゅりまっちぇね!」
「まりしゃがおいちくたべちぇあげりゅよ~!」
慌てて三匹も蝶々を追いかけて森の奥へと進んでいった。
一方そのころ、まりさはれいむの巣の中でこれからのことについて話し合っていた。
自分達の暮らす場所についてやこの群れでのルールについてだ。
巣については空いているおうちを貰う事にした。
そして今は『群れで絶対にやってはいけないこと』について親れいむはまりさに話している。
他のゆっくりから食料を奪ってはいけない、喧嘩は仕方がないがそれが原因で群れに迷惑をかけてはいけない等々である。
それらについて一通り説明し終わった後、それから最後にもう一つ、と親れいむは言った。
「さっきいもうとちゃんたちにもいったけど、もりのおくにはぜったいにいっちゃだめだよ!
ゆっくりできないものがいるからね!」
「ゆっくりできないもの? それはいったいなんなの?」
「それはね――」
親れいむは真剣な顔でまりさに"ゆっくりできないもの"について説明し始めた。
森の奥。まりさの妹達は暗く、じめじめした場所へと迷い込んでいた。
遊びに行く前にれいむから言われたことは、蝶々を追いかけているうちにすっかり記憶の彼方へ消えていた。
本能に従って食べ物を夢中で追いかけ、気が付けば自分達は知らない場所にいた。
「ゆ~、ここどこぉ~?」
「くりゃいよぉ~、ちょうちょさんもどっかいっちゃったよ~」
「もうやだ! おうちかえりゅ!」
だが他に返事を返してくれる者はいない。
普段は穏やかに聞こえる鳥のさえずりも、今は不気味な怪音でしかなかった。
ゾクゾクと赤ちゃんまりさ達の背中に寒気が走る。
ここは怖い、ゆっくりできない。
恐怖により赤ちゃん達は早足になっていた。
しばらく木々の間を行ったり来たりしていると、どこからか寝息のようなものが聞こえてきた。
「ゆ! だりぇかがおねんねしちぇるよ!」
「いっちぇみようよ!」
三匹はその音を頼りに、森を進んでいく。
そしてようやくその寝息の正体を見つけた。
「ゆ! みたことないおねーしゃんがいりゅよ!」
「ほんちょだ! しゅごくゆっくちしちぇるね!」
森の奥で眠っていたのは一匹のゆっくりだった。
綺麗なピンク色の髪を持ち、頭には三角形が付いた青い帽子を被っている。
寝息が聞こえるので当然だが、彼女は現在眠っており、口の端からは涎が垂れていた。
赤ちゃん達は怖い森の中でやっと出会った自分達以外のゆっくりに安堵感を覚えていた。
「ゆ! おねーしゃんおきちぇよ!」
「れいみゅたちをまりしゃおねーちゃんのところにつれちぇって!」
だがいくら叫んでもそのピンク髪のゆっくりは全く起きる気配がない。
痺れを切らした赤ちゃん達はついに体当たりしはじめた。
「ゆー! れいみゅをむちしゅるなー!」
「ゆっきゅりしすぎなおねーしゃんはゆっくりしにぇ!」
ポスポスと体当たりを続ける赤ちゃん達。
しばらくすると、そのゆっくりは目を覚ました。
そして寝ぼけ眼でしばらく辺りを見回す。
「ゆ! おねーしゃんやっとおきちゃね!」
「れいみゅたちをゆっきゅりちゅれていっちぇね!」
だが桃色髪のゆっくりはまるでその言葉が聞こえていないかのように大きく欠伸をした。
否。ように、ではなく本当に彼女の耳には赤ちゃん達の声は入っていなかった。
何故なら。
「こぼねーーーー!」
目覚めたゆっくり――ゆっくりゆゆこは寝起きでとてもお腹がすいていたからだ。
「ゆゆこ?」
「そう! それがゆっくりできないものだよ!」
親れいむに"森の奥のゆっくりできないもの"について説明を受けていたまりさは聞いた。
「それはそんなにゆっくりできないの?」
「すごくゆっくりできないよ!」
まりさが聞く限り、そのゆゆことやらは自分達と同じゆっくりらしい。
だが違うのはそれが自分達を餌にするゆっくりということだ。その話を聞いてまりさはれみりゃを思いだした。
なるほど、確かにそれはゆっくりできない。
「それがちかくにすみついちゃったの?」
「そうなの! でももりのおくのほうにいるからむれはあんぜんだよ!」
親れいむの言うとおり、ゆゆこのいる場所は群れからそれなりに離れていた。
それに群れとは反対方向の森には食べ物が沢山生えている。
これはゆっくり達がわざと残したままにしているものだった。
もしゆゆこが目を覚ましてもそちらの方向へ進んでいくだろうと考えての事だ。
だが万が一、という事も考えて群れの皆はゆゆこに近づかないようにしている。
「むれのいどうもかんがえたんだけど、もうこんなゆっくりぷれいすがあるかわからないし――」
と、そこで親れいむの言葉が途切れた。
群れのぱちゅりーが慌てて巣に入って来たからだ。
全速力で走って来たのか、はちゅりーは肩で息をしている。
「ゆ! どうしたのぱちゅりー!」
「む、むきゅ、たいへんよれいむ! あ、あいつが…ゆゆこがこっちにむかってるらしいわ!」
その言葉を聞いてれいむとまりさは巣を飛び出した。
一見、辺りは何の変わりもない。しかし群れのゆっくり達はパニックに陥っている。
"あれ"が起きたのは本当なのか? 本当だとしたら一体何故?
ゆゆこが目を覚まし、群れの方向へと移動している。
それは先程、たまたま上空を飛行していたうーぱっくが知らせてくれた情報だった。
嘘か本当かわからないその話によって群れはとてもざわめいている。
そんな混乱した状況の中で、何とかまりさは妹達を探し出した。
だがその数が少ない。五匹いた妹は二匹のまりさ種だけになっている。
「ゆゆっ!? ほかのいもうとたちはどうしたの?」
「そ、それがきがちゅいたらいなくなっちぇちぇ…」
「どお゛していっしょにいな゛いの゛おぉぉぉぉぉ!!」
妹達を叱りながらまりさは辺りを見回すが、どこにも他の三匹の姿が見当たらない。
一体どこへ行ったんだろう、と考えているまりさの耳に、探していた声が聞こえてきた。
「お゛に゛えぇぇぇぇぇぇぇぢゃんだずげでええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
見ると、居なくなっていたまりさの妹れいむが涙を流しながら森の奥から必死に走って来た。
だが一匹だけだ。他の二匹はどうしたんだろう。
まりさがそこまで考えたとき、それは森の奥から現れた。
「こぼねー!」
「「「「ゆ、ゆゆこだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」
まりさの妹の後ろからゆっくりゆゆこが飛行しながらやって来た。
本来なら赤ちゃんゆっくりなどすぐに食べられてしまうだろう。
事実、他の妹二匹は既にゆゆこの腹の中だった。
しかし、周囲のありとあらゆる"食べられる物"を喰らいながらゆゆこは進んでいるため、この赤ちゃんはなんとかここまで逃げてこれたのだ。
群れの場所へと帰ってこれたのは偶然か、それとも生存本能のなせる業か。
ともかく赤ちゃんれいむは優しく頼りになる姉の元へと戻って来た。
それが最悪の結果をもたらすことも知らずに。
「こぼねー!」
「「「「い゛や゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」
その姿を確認するや否や、群れのゆっくり達は反対方向へと一斉に駆け出した。
だがそれがいけなかった。
ただでさえ群れのゆっくりが全て巣から出ており、周囲に所狭しと並んでいた。
それらが一度に同じ方向に向かうという事は――。
「だずげでええぇぇぇぇぇぇ!!」
「ごわ゛い゛よ゛おぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぶべっ! や、やべでえぇぇぇ! ふま゛ないでええぇぇぇぇ!!」
地獄、とはまさにこの事だとまりさは思った。
ゆっくりがひしめき合い、我先にと逃げ出す。
当然進むのが遅い老ゆっくりや赤ちゃんゆっくりなどは次々と踏み潰されていった。
だがそれを気にかけるものはいない。というより気づいてすらいない。
皆自分が生き残るのに必死だった。
そんな中、親れいむが自分の子供達を口に含んだ。
「ゆ! おちびちゃんたち! ゆっくりしないであんぜんなおかあさんのおくちにはいってね!」
「ゆっきゅりはいりゅよ!」
それを見たまりさも同じように近くにいた妹まりさ二匹を口に入れ、一目散に逃げ出す。
ゆゆこに追いかけられている妹も助けたかったが、状況がそれを許してくれなかった。
「どおおおしち゛ぇれいみ゛ゅを゛おいちぇいぐの゛お゛お゛ぉぉぉぉぉぉ!?」
森から完全に姿を現したゆゆこは移動するのを止め、その場に着地した。
一体何をする気だろう、とまりさは逃げながら振り向く。そして見た。ゆゆこが大きく口を開けるところを。
刹那、まりさの正面から突風が吹いてきたように感じた。
しかし、それは風ではない。押す力ではなく引っ張る力。
まりさが感じたそれはゆゆこの恐るべき吸引力だったのだ。
「おね゛え゛ぢゃんのばがあ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自分を見捨てた姉を罵りながら、ゆゆこの一番近くにいた妹れいむが真っ先にその口内へと吸い込まれた。
ゆっくりゆゆこ。捕食種の中では非常に性格の大人しいゆっくりである。
身体能力自体ではれみりゃにも劣る。だが真に恐ろしいのはその食欲。
一度お腹がすくと、自分の周辺のありとあらゆる"食べられる物"を喰らい尽す恐るべきゆっくりだ。
れみりゃだろうが何だろうが一度でも捕食の対象となれば逃げられない。
獲物が多い時は口を大きく開き、驚異の吸引力で周囲の食べ物を全て吸い込んでしまう。
「ゆ゛うぅぅぅぅぅぅ!?」
「い゛や゛あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「もっぢょゆっぐちじちゃかっだよおおぉぉぉぉぉ!!」
まずは力のない赤ちゃんゆっくりが吸い込まれていく。
それから子ゆっくり、老ゆっくり、ぱちゅりー種と踏んばる力の弱いものから順々にゆゆこの口内へ収まっていった。
「ゆ゛う゛うぅぅぅぅぅぅぅ!!」
体全体が引っ張られ、飛んで行きそうになる。
だがまりさは堪えた。なんとしてでもこの場を生き残る。
近くの太い木に口でしがみ付き、帽子が飛ばないように木と頭で挟む。
ふと横を見ると、親れいむや他の大人ゆっくり達も同じようにして耐えていた。
体が引き千切られそうな痛みを感じながらまりさは思った。
なんだあの化け物は、と。
まりさは捕食種と聞いて、てっきり"ゆゆこ"もれみりゃのようなゆっくりかと想像していた。
だからいざという時は自分が囮になり、妹達や群れの皆が逃げる時間ぐらいは稼ごうと考えていた。
攻撃を避けることに徹していれば時間稼ぎぐらいはできるだろうと。
だがこの化け物は囮がどうとかそんなレベルの話ではない。
大人も子供もれいむもまりさもぱちゅりーも…全て平等に一度に喰らっていく。
誰も逃げることなど出来ない。その場から少しでも力を緩めるとあっという間にゆゆこの口の中なのだから。
「い゛や゛あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「わ゛がらな゛い゛よお゛おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぢぢぢぢぢーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんぽおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
地面から足の部分が離れたゆっくりの悲鳴が次々と聞こえてくる。
その声を聞きながら、れいむはどうしているだろうと思ったまりさが再び横を見た瞬間にそれは起きた。
ベリッ
という大きな音と共にまりさの隣で木にしがみついていた親れいむの体の後ろ半分が千切れた。
千切れた半身はすぐにゆゆこの口の中へと吸い込まれていく。
自分の身に何が起こったのかわからず、呆然とする親れいむ。
だがそれだけでは終わらなかった。
「ゆううぅぅぅぅぅぅ!? どおちてえええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「たちゅけでえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あんじぇんだっていっだのに゛いいぃぃぃぃぃ!!」
「おがーしゃ゛んのうぞづぎいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
親れいむの切断面からぽろぽろと口の中に保護されていた赤ちゃん達がこぼれ出し、吸い込まれていく。
体半分と最愛の子供達を失い、親れいむの心は砕けた。
「うふ…あはは…あひゃひゃひゃひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
木にしがみ付くのをやめ、狂ったように笑い声を上げる親れいむ。
支える力を失った彼女もまた、子供達と同じようにゆゆこの口の中へと姿を消した。
そんな親れいむを皮切りに、次々と木に噛み付いて堪えていたゆっくり達の体が千切れていく。
ベリッ、ベリッベリッ、ベリリッ、と不規則に皮の引き千切れる音が周囲に響いた。
否が応でも聞こえてくるその音を耳に、まりさは目を瞑ってひたすら吸引に耐えた。
飛び交う小石や枝がまりさの体に衝突し、切り傷や打撲を与えてく。
それでもまりさは涙を流しながら必死に堪えた。
どのくらい経っただろうか、突然まりさの体が地面に付いた。
それはゆゆこが吸い込むのをやめたことを意味する。
「こぼねー♪」
満足したのか、それともただ単に最後に残ったまりさには気が付かなかっただけなのか、
食事を終えたゆゆこはボロボロのまりさを残して上機嫌でどこかへ飛んで行った。
まりさに生き残った安堵感が押し寄せる。だが周囲を見回し、絶望がそれを塗りつぶした。
群れのゆっくりは全てゆゆこに吸い込まれ、食べられていた。
周りにあるものすべて…草も綺麗な花もキノコも全部なくなっている。
ついさっきまで群れのゆっくり達が心の底からゆっくりできていたゆっくりプレイス。
それが今や、草花や昆虫の命も何一つ無い荒れ果てた大地となってしまっていた。
まりさは涙を流した。せっかく理想のゆっくりプレイスにたどり着いたと思ったのに。
たくさんの優しいゆっくり達と巡り合えたのに。
と、そこで口に入れている妹達がやけに大人しいのに気づき、まさかと思って急いで吐き出した。
幸運なことに、まりさの最悪の予想は外れていた。
二匹の赤ちゃんまりさはすーやすーやと幸せそうに眠っている。
こんな時に呑気なものだ、とまりさは思った。
だがそれと同時に、せめて無事に生き残ったこの妹達だけでもしっかり守っていこうと心に決める。
まりさは妹達を再び口に含み、ゆっくりとその場を後にした。
それからまた数日が経った。
まりさと二匹の妹はたくましく生きている。
妹達は赤ちゃんゆっくりから子ゆっくりへと成長し、きちんと物を考えて行動する事が出来るようになっていた。
まりさはというと、完全に大人ゆっくり並みの大きさである。
本来、ゆっくりがこれほどの早さで成長するのはあり得ないが、これも進化の恩恵か。
季節は初秋。夏の暑さも身を潜め、涼しい風が吹き始める時期である。
現在、まりさ姉妹は木の根元の小さな窪みで眠っていた。
すやすやと寝息を立てながらの寝顔はとても幸せそうである。
やがてそんな彼女らを日が照らし、まりさは目を覚ました。
「みんな! あさだよ! ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!」」
まりさの朝の挨拶に反応し、二匹の妹達も目を覚ます。
近くの水辺で体を洗い、まりさ達は今日もゆっくりプレイスを探して歩き始めた。
それからしばらく進むと、大きな川が目の前に現れた。
どうやらここで行き止まりらしい。
どこかに川を渡れる橋のような物がないかとまりさは辺りを見回す。
だがそんな物はどこにも無く、ただ大きな川が広がっているだけである。
ここから先に進むにはこの川を渡っていくしかないとまりさは思った。
「ゆ! いまからこのかわをわたるよ! ゆっくりぼうしをとってね!」
まりさ種は帽子を使って川渡りをすることができる。
勿論それはこのまりさ姉妹も例外ではない。
まりさはれいむ種だった母親からは一度もその方法を教わった事が無い。
しかし、それはまりさ種の本能に刻まれていた。
だからまりさも二匹の妹も、迷わず近くにあった適当な木の枝を拾い、帽子を川に浮かべてその中に乗り込んだ。
幸いこの川は流れがそれほど激しくはない。
子ゆっくりでもきちんと進めば向こう岸に辿りつくことができるだろう。
「じゃあいくよ! ふたりとも、まりさのあとについてきてね!」
長女まりさが最初に漕ぎ始め、妹達が後に続く。
それほど激しくないとはいえ、ゆっくりにとっては決して穏やかではない流れである。
それでも何とか三匹は向こう岸を目指して一生懸命に進んでいく。
しかし、丁度半分ほどまで進んだ頃、まりさ達を絶望に陥れる声が周囲に木霊した。
「うー! おいしそうなのがいるぞぉー!」
「たーべちゃうぞぉー!」
「「「!?!?」」」
バサバサと羽音を立てて、それらは舞い降りてきた。
現われたのは二匹の体無しれみりゃ。
無邪気な笑顔を浮かべながら、彼女らは獲物へと近づいていく。
一方、まりさ達は突然訪れた命の危機にパニック状態になっていた。
「た、たすけでええぇぇぇぇぇ!!」
「れ゛みりゃいや゛ああぁぁぁ!!」
「ごわ゛い゛よおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
叫びながら今まで以上に必死で川を渡っていく三匹。
特に長女のまりさはれみりゃの恐ろしさを身をもって体験している。
今ここにいるのは体付きではないが、それでもあの時の恐怖は忘れる事が出来ない。
圧倒的な力で掴まれ、なす術もなく食べられそうになった。
母に助けられ、何とか生き残ることができたが、その代償に母がれみりゃに食べられてしまった。
もうあんな怖い思いはしたくない。そう思ったまりさは我を忘れ、無我夢中で進む。
だが突如聞こえた悲鳴がまりさを現実に引き戻した。
「い゛や゛ああぁぁぁぁぁぁ!! やべでええぇぇぇまでぃさをたべないでええぇぇぇぇ!!」
それは最後尾にいた妹まりさの声だった。
まりさが振り返ると、そこには頭を一匹のれみりゃに咥えられ、宙に浮かぶ妹の姿があった。
鋭い牙を獲物の頭部に食い込ませながら、れみりゃはにこにこと笑っている。
「うー! れみりゃはこっちからたべるぞぉー!」
もう片方のれみりゃが妹まりさの底面を咥えた。
妹まりさの体に激痛が走る。涙を流しながら放してと訴えるが、二匹の捕食種は笑顔のまま無視している。
まりさはこれから起こるであろうことを考え、目をそむけた。
「も゛っどゆ゛っぐりじだがっだよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
断末魔と共にビリビリと皮の裂ける音が聞こえた。
妹まりさは体の上下をれみりゃに引っ張られ、綺麗に真っ二つに千切れたのだった。
二つになった妹まりさをれみりゃ達はむしゃむしゃと幸せそうに咀嚼した。
「うー! おいしいぞぉー!」
「もっとたべるぞぉー!」
その言葉を聞いて、まりさと残ったもう一匹の妹まりさに再び恐怖が訪れる。
「ゆっ、ゆっくりしないではやくすすもうね!」
何とか平静を装い、まりさは最後の妹に声をかけた。
だが妹まりさはそれどころではなかった。
自分の真後ろで姉妹が食べられてしまったのだ。
パニックに陥った妹まりさは、れみりゃから逃れようと無理に体を動かし――。
ボチャン
とバランスを崩して川へ落ちてしまった。
「あぶぇびゅぁっ! お゛、お゛ねぇえぢゃん! だずっ、だずげでええぇぇぇぇ!!」
溺れながら必死の形相で姉に助けを求める。
だがまりさにはどうすることもできない。ただ頑張ってと声をかけるしか出来ないのだ。
川の流れには逆らえず、そのまま最後の妹まりさは下流へと流されていった。
「うー! かわにおちちゃったんだぞぉー!」
「おいかけるんだぞぉー!」
二匹のれみりゃは妹まりさの流された下流へと進んでいく。
残されたまりさは涙を流しながらその隙に川を渡っていった。
ようやく岸に着き、何とか帽子を被り直して心を落ち着かせる。
これで姉妹は自分一人になってしまった。そう思うとどんどんと涙があふれてくる。
ごめんね守ってあげられなくてごめんね、とまりさは俯きながら何度も何度も呟く。
そんな彼女の耳に、恐ろしきハンター達の声が再び聞こえてきた。
「うー! けっきょくたべられなかったんだぞぉー!」
「もったいないぞぉー! ぷんぷんだぞぉー!」
二匹のれみりゃが羽を動かし、すいすいと空中を泳ぐかのようにして戻って来た。
どうやら溺れた妹まりさを食べることができなかったらしく、少々いらついている。
「じゃああのまりさをたべるんだぞぉー!」
「うー! まるまるとしてておしそうだぞぉー!」
次の標的は自分。
そう察知したまりさは一目散に正面の森へと逃げ出した。
全速力でまりさは走る。何とかれみりゃを撒こうと小さな木々の隙間等を利用して進んでいく。
だが小回りの利く体無しれみりゃは、木にぶつかることもなく恐るべきスピードで難なくまりさを追跡してきた。
これが体無しれみりゃの特徴だ。
力こそ体つきより少ないが、そのかわりに飛行スピードがとてつもなく速い。
目の他にも、うーうー!と鳴くと同時に発する超音波の反響によって進行方向の障害物の位置を特定し、綺麗に避けることが出来る。
怖い怖い怖い怖い怖い。あれに捕まったら死あるのみだ。
片や地面を蹴って進むしかないゆっくり。片や障害物も関係無く飛行しながら進むことのできるゆっくり。
追いつかれるのも時間の問題だった。
「うー! いただきまーすだぞぉー!」
やがて一匹のれりみゃがまりさに襲いかかった。
地面へと滑空し、涙を流しながら逃げるまりさの後頭部に噛み付く。
ブスリとまりさの皮に鋭い牙が食い込み、そのまま引き千切られた。
「うあ゛ああぁぁぁぁぁぁ!! いだい゛よ゛おおぉぉぉぉぉぉ!!」
滝のように涙を流しながら、まりさは悲鳴を上げた。
あまりの痛みにまりさは足を止めてしまい、その場でのたうちまわる。
「ひぃっ! い゛だい゛ぃぃ! だずげでおがあぁぁざぁぁん!!」
亡き母の姿を思い浮かべながら、まりさは涙で顔をぐしゃくじゃにした。
そんな彼女を二匹の不気味な笑顔を浮かべた捕食者が取り囲んだ。
片方のれみりゃは今しがた齧りとったまりさの一部をむしゃむしゃと食べている。
だがどういうわけか、それには餡子が付いていなかった。
「うー? あまくないぞぉー? でもおいしいぞぉー!」
「うー! れみりゃもたべたいぞぉー!」
「じゃあ…」
「「ふたりではんぶんこするぞぉー♪」」
うーうーと鳴きながら二匹は獲物を挟み撃ちにしようと移動した。
まりさの正面と背後にれみりゃ達がそれぞれ回り込む。
そしてまりさの前方にいるれみりゃが口を開けて急降下してきた。
迫り来る死。もうすぐあの鋭い牙が自分を捕えるだろう。絶望がまりさを襲う。
と、そこでまりさは考えた。どうせ死ぬなら最後のあがきぐらいはしてみようと。
無駄かもしれないが何もしないで死ぬよりはマシだ。
「う゛…う゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
目を瞑り、捨て身の覚悟でまりさは正面から迫ってくるれみりゃに突進した。
そして。
ドガッ
「う゛あ゛ーー! いたいぞぉーーー!!」
「…ゆ?」
大きめの衝突音の後、まりさが聞いたのは自分以外のものの悲鳴だった。
ふと眼を開けて確認すると、自分へ向かってきたれみりゃが地面の上でもがいているではないか。
顔を苦痛にゆがませ、涙を流しながら地上で羽をバタバタさせている。
同じような大きさの捕食種に通常種が力で勝るなど、本来はあり得ない。だからこその捕食種だ。
だがこのまりさは違う。何万、何億分の一の確率で突然変異…いや、進化をしたまりさなのだ。
普通のゆっくりよりもその皮はいくらか分厚く、また力も強い。
死に物狂いだったこともあり、油断しきった体無しれみりゃになら打ち勝つほどの力をまりさは得ていた。
それと同時に自然治癒力も高くなっていた。
その証拠に先程れみりゃに噛み千切られた後頭部はまず餡子まで届いていないし、傷も既に再生し始めている。
れみりゃが食べたのはまりさの皮の部分だけだったのだ。
目の前でジタバタするれみりゃを見たまりさは一瞬呆気に取られたが、すぐに思考を切り替えた。
今なられみりゃに勝てる!
そう判断したまりさは高く跳躍し、体重を乗せてれみりゃへと飛びかかった。
「うあ゛ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
ブチュリと音をたてて潰れ、れみりゃは絶命した。
飛び散った肉汁の感触が気持ち悪かったが、気にする暇もなくまりさは背後を振り返った。
そこには笑顔ながらも困惑の汗を流した、もう一匹のれみりゃが空を飛んでいる。
その残るれみりゃへと、まりさは大きな声を放った。
「なんだ! れみりゃってよわいんだね! きっとそっちのれみりゃもよわいんだろうね!」
「う゛ー…」
れみりゃは混乱していた。
今までの経験から、まさか獲物が反撃してくるなどとはれりみゃはこれっぽっちも考えていなかったのだ。
自分は余裕をもって追いかける存在で、相手は必死に逃げる存在。それがれみりゃの中での常識だった。
それに、自分達は獲物よりも強い力を持っている。
たとえ反撃されたとしても、返り討ちにできるほどの力を。
だから目の前で起きた事が信じられなかった。
獲物は今まで何度も食べて来たような何の変哲もない弱っちいはずのゆっくりまりさである。
それが相棒を殺したなど信じてたまるか。
「どうしたの? まりさがこわいの? れみりゃのくせにおくびょうなんだね!」
まりさの言葉にれみりゃはカチンときた。
弱いくせに! 食べ物のくせに!
激怒したれみりゃは牙を剥き出し、全速力でまりさへと突撃した。
かかった!
まりさは心の中で自分の計画が上手くいったことに喜んだ。
いくられみりゃの片割れを倒したとはいえ、このまま逃げても再びもう一匹に追いつかれるだけだろう。
むしろ体力を無駄に消耗させるだけだ。そうなれば今度こそ食べられてしまう。
そこでまりさは、ここでもう一匹も殺すことにしたのだった。
だがいくらまりさが強くなったとはいえ、普通に戦えば勝負は五分五分といったところだ。
だから相手を挑発し、わざと怒らせようというのがまりさの考えだった。
そしてそれは見事に成功した。
単純な挑発に頭の悪いれみりゃはいとも簡単に引っかかった。
頭に血が上った相手ほど倒しやすいものはない。
真っ直ぐに突っ込んできたれみりゃにタイミングを合わせ、まりさは再びれみりゃを踏み潰した。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーー!!!」
れみりゃの断末魔と共に、ブチュリと肉が潰れる感触がまりさの足を伝う。
その気持ち悪さと、あのれみりゃに打ち勝った嬉しさ、そしてそれ以上の妹達を全員失った悲しみがまりさの中に渦巻いた。
家族は皆死んでしまった。優しい母も、可愛い妹達ももういない。
幸せだったころの家族の記憶が頭に浮かび、どんどんと涙が流れてゆく。
だがいつまでも悲しんでばかりはいられない。
確かにもう家族はいない。だから自分だけはしっかりと生き残らなければならない。
姉妹最後の一匹となったまりさは決意を胸に、新たな一歩をしっかりと踏み出した。
あとがき
私ね、捕食種って結構怖いと思うのよね。
ゆっくりは人間や自然災害がなくてもゆっくりによってゆっくりできないと思うのですよ。
それにしても、れみりゃはまだしも、このゆっくりゆゆちゃんは人間にとってもかなり迷惑そうな存在である。
それいけ! ゆっくり仮面
ゆっくり仮面の憂鬱~邪悪な心~
お兄さんの逆襲 前後編
ゆっくりれいむの悪夢
あるゆっくりまりさの一生 前編
by.ダイナマイト横町
最終更新:2022年05月03日 15:47