fuku2428.txtの続編です
※人間、妖怪等は出てきません
※俺設定あります


まりさは緑に覆われた山を歩いていた。
人間にとってはそれほどでもない坂道も、ゆっくりにとってはとても険しい斜面である。
だがまりさは特に息も荒げずに進んでいる。
このまりさは餡子遺伝子が突然変異し、進化したゆっくりであった。
そのため、普通のゆっくりよりも体力があるのだ。
今日も今日とてゆっくりプレイスを探し、当てのない旅を続けている。

「ゆっ! ゆっ! もうすぐはんぶんだね!」

丁度山の五合目ほど。木々が無くなり、辺りを展望できるような場所があった。
あそこから眺めればゆっくりプレイスを見つけられるかもしれない。
そう思ったまりさは歩くスピードを速めた。

「…ゆ?」

と、そこであること気づいた。
まりさが目指しているその場所から何匹かのゆっくりの声が聞こえてきたのだ。
一体なんだろうと思い、まりさは静かに近くに寄って行った。

「ほら! めーりん! さっさととびおりなよ!」
「くずなめーりんはそうやってまりさたちをたのしませるぐらいしかできないんだぜ!」
「はやくしなさいよ! とかいはのありすたちがみててあげるのよ! ありがたいとおもわないの!?」
「じゃ、じゃおおおおん…」

見ると、一匹のゆっくりが三匹のゆっくりに虐められていた。
切り立った崖を背に、涙を浮かべているのはゆっくりめーりん。
そしてめーりんを逃がさないように取り囲んでいる三匹は、れいむ、まりさ、ありすのお決まりトリオである。
特に珍しくもないが、まりさにとっては初めて見る光景だった。
自分が生き残るための戦いや喧嘩なら仕方がない。だが目の前の光景はどう見ても一方的な弱い者いじめだった。
助けなければ!
そう思ったまりさは四匹の前へ姿を現した。

「そんなことしちゃだめだよ! そのこないてるじゃない!」
「ゆっ!? なんなんだぜおまえは!」

突然現れたまりさに、三匹の中のまりさ――ややこしいのでだぜまりさとする――が警戒した。

「よわいものいじめはだめでしょ!! そんなこともおそわらなかったの!?」

どうらやこの現われたまりさはめーりんをたすけるつもりらしい。
そう理解しただぜまりさはゲラゲラと笑った。つられて周りにいるれいむとありすも笑い始める。

「なにいってるんだぜ! くずめーりんなんかいくらいじめてもかまわないんだぜ! しょせんくずなんだぜ!」
「それはわるいことだよ!」
「うるさいんだぜ! くずのみかたするやつもくずなんだぜ! れいむ! ありす! いっしょにこのくずをやっつけるんだぜ!」

だぜまりさの号令で三匹はまりさへと襲いかかった。しかし、まりさは次々に攻撃してきた彼女らを難なく跳ね飛ばす。
何度攻撃しても返り討ちにされ、三匹が焦り始める。

「ゆゆっ! こいつつよいよ!」
「さんにんがかりでもかてないなんて…!」
「こ、こうなったら…!」

だぜまりさは背中を向け、一気にまりさとは逆方向へと走り出した。

「にげるんだぜーーーー!」
「あっ! まっ、まってよまりさー!」

れいむとありすもだぜまりさに続いてその場から逃亡する。
そして三匹の姿が完全に見えなくなった後、まりさは虐められていためーりんと向き合った。
相手を安心させる為に笑顔を浮かべ、まりさはめーりんに優しく言う。

「もうだいじょうぶだよ! わるいゆっくりたちはおいはらったからね!」

良い事をした後は気持ちがいい。きっとこのゆっくりも安心しているだろう。
だがそのめーりんの反応は、まりさが全く想像していなかった物だった。

「けっ! よけいなことするんじゃねーお!」

先程まで涙を潤わせていた両目は冷やかに据わり、まりさを睨んでいる。
あまりの予想外の返事に対処できないまりさに、めーりんはきつい口調で言った。

「おまえのせいで、せっかくのえさがにげちまったじゃねーかお!」

実はゆっくりめーりんは二種類存在する。
まず"ノーマル型"と呼ばれる心優しいゆっくりめーりん。
このタイプは自然や他のゆっくりを愛し、他の通常種のゆっくりと同じ様に木の実や昆虫を食べる。
だが悲しい事に「じゃおおおん」としか喋ることができず、他のゆっくり達と意思疎通が出来ない。
そのため、性格の悪いゆっくり達に虐められることがしばしばある。
そしてもう片方は"ちゅうごく型"という種類のゆっくりめーりんである。
こちらはノーマル型と違い、きちんと言葉を話すことが可能だ。
しかしその性格は悪く、何より他のゆっくりを食べてしまうという恐ろしい特徴があった。
現在まりさの目の前にいるめーりんはこの"ちゅうごく型"である。
ノーマル型めーりんを装い、自分を虐めにやってきたゆっくり共を捕食するというずる賢い性格だった。

「ったく! よけいなことしてくれるお!」

助けてあげたのに罵倒される。
この理不尽な状況にまりさは思わず声を荒げた。

「ゆっ! そんないいかたないじゃない!」
「うるせーお! こうなったらおまえをたべてやるお!」

言い終わるや否や、めーりんはまりさの頭に齧りついた。
顎に力を入れ、そのまままりさの頭皮を金髪と共に噛み千切る。

「ゆぎゃ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

激痛にまりさは顔を歪めた。
一体何なんだ。折角助けてあげたのに、どうしてこのゆっくりはこんなことをするんだ。
混乱するまりさの前で、めーりんはむしゃむしゃとまりさの皮を食べている。
そしてそれを飲み込むと、顔を輝かせた。

「じゃお!! これめちゃくちゃうめーお! もっとくわせるんだお!」

再びまりさに齧りつこうと、めーりんはまりさへ突進する。
だが黙って食べられるようなまりさではない。すぐに身を整え、反撃に出た。

「ゆゆっ!!」
「じゃおん!?」

めーりんの攻撃のタイミングに合わせ、体当たりで反撃する。
ドカッと二匹がぶつかる音が周囲に響いた。
突然変異し、餡子の質が向上したまりさは力も強い。
あの捕食種である体無しれみりゃでさえも打ち負かす事が出来るほどだ。
それに以前、れみりゃを二匹倒したことによって、まりさはゆっくりの力に大きく関係する"自信"をつけていた。
自分と同じ大きさのゆっくりになら例え捕食種相手でも負けることはないだろう。
そう思っていたこともあり、まりさは衝突後に少し油断してしまった。
めーりんは自分の攻撃によって遠くまで跳ね飛ばされると思っていたからだ。
しかし、その予想は外れた。

「じゃおじゃおじゃお! いたくもかゆくもねーお!」
「!?」

そんな馬鹿な、とまりさは困惑した。
めーりんが跳ね飛ばされるどころか、まるでダメージなど無いかのように笑っていたからだ。
その原因はめーりんの皮膚だった。
めーりん種はゆっくりの中でも比較的皮が分厚い。
だから刺されたり切られたりするならまだしも、ただの打撲等の衝撃なら大抵は吸収してしまうのだ。
そんな事は全く知らないまりさの混乱をよそに、めーりんは再びまりさに噛みついた。
今度はまりさの右顔面に齧りつき――目玉ごと噛み千切った。

「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

右側の視界が黒く染まり、同時に激しい痛みが走る。
残った左目には自分の目玉を美味しそうに食べるめーりんの姿が映った。

「じゃお! こりこりとはごたえがあってうめーお!」

暫く噛み続けた後、めーりんはゴクンと飲み込んだ。
まりさはただその様子を痛みに耐えながら見ていることしかできなかった。
というより痛みに耐えるので精一杯で、他の事は何も考えることが出来ない。
左目から涙を流し、苦悶の表情を浮かべるまりさを見て、めーりんはニマリと笑う。

「のこったほうのめもたべるお! おとなしくしてるんだお!」

口を大きく開け、めーりんはまりさへと近づく。
とっさにまりさは近くにあった小さな石を口に咥え、そして一気に自分に迫るめーりんめがけて噴き出した。
運よく石の尖った部分がめーりんの皮膚を貫いた。
石が皮に食い込み、めーりんはチクリとした痛みに足を止める。

「じゃおおおおおおん!! なまいきだお! これでもくらうがいいお!」

そう言ってめーりんは口を尖らせると、その口内から勢いよく赤い液体が噴き出し、それがまりさの残った左目に直撃した。

「ゆぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!? いだいぃっ! からい゛いぃぃぃ!! めがみえ゛ない゛!」

吐き出された赤い液体、その正体はめーりんの中身である激辛チリソースだった。
刺激物である中身を相手に吐き出し、怯ませる。これがめーりん種の奥の手だ。
今のように目にかければ、相手は視界を失う。
その隙に逃げるなり捕食するなりするのだった。

「じゃおじゃおじゃお! それじゃあいただきますだお!」

めーりんの大きく開けた口がまりさの顔面へと近づいてゆく。
とその時、緊迫したこの場にふさわしくない呑気な、けれどもゆっくりにとってはとても恐ろしい声が聞こえた。

「うー! たーべちゃうぞぉー!」

パタパタと羽をはばたかせながら、ニコニコ笑顔の体無しれみりゃがやってきた。
目は見えないが、まりさにはその恐ろしい姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。
先程の逃げたゆっくり三匹を食べてきたのか、口の周りには餡子やカスタード、リボンの欠片、そして金色の髪が少量ついていた。
まりさと、そしてめーりんにも戦慄が走る。

「げっ!? れ、れみりゃだお! これはまずいお!」

れみりゃは殆どのゆっくりにとって脅威である。それはめーりん種も例外ではない。
いくら皮膚が衝撃を吸収するほど分厚いとはいえ、れみりゃの鋭い牙の前ではただの厚みのある皮である。
チリソース噴射も、体無しれみりゃのスピードなら楽々とかわす事が出来るだろう。
それほどまでに、れみりゃの力はゆっくり達に対して圧倒的なのだ。

「さ、さっさとこのばからにげたほうがよさそうだお!」

めーりんは焦ってその場から逃げ出そうとする。
だがまりさがそれを許さなかった。
がっちりとめーりんの髪を口で掴み、動きを封じる。
善意を踏みにじったどころか、自分を食べようとまでしためーりんをまりさは許そうとは思わなかった。
例え命が無くなっても、このゆっくりだけは許さない。

「は、はなすんだお! まじやべーんだお!!」
「ぜったい゛にはなずもんがあああぁぁぁぁぁ!!」

とその時、二匹のいる崖の端部分に亀裂が入り、そして崩れ始めた。
一度崩壊が始まった足場は、ガラガラと音を立てて崩れていく。

「ゆ゛ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「じゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」

それぞれ悲鳴を上げながら、二匹は崖から落下した。



しばらく後、まりさは目を覚ました。
どうやら自分は気絶していたようだと理解したまりさは妙な感触に気が付いた。

「……ゆ?」

何か柔らかいものが足元でぶにぶにとしている。
一体なんだろう、とまりさはうつむき――。

「ひっ!?」

ぺっちゃんこになっためーりんの死体を見た。ぶにぶにとした物はめーりんの皮膚だったのだ。
思わずその場からまりさは跳びのいた。
どうやらめーりんは顔から撃墜したらしい。
その顔は墜落の衝撃で完全に潰れ、周囲の地面がチリソースで赤く染まっている。
運よくめーりんの上に乗っかっていたことで、まりさへの落下時の衝撃は和らいでいたのだ。
とそこでまりさはある事に気が付いた。

(ゆ…? みぎめがみえる…?)

さっきまでは完全な暗闇だった右の視界に、若干ぼやけてはいるが周りの景色が映っている。
めーりんに食い千切られたはずの右目。信じられないことに、それが新たに再生されてた。
捕食種、それも希少種のゆっくり以外は無くなった器官が再生する事はあり得ない。
だがこの変異まりさは例外なようだ。
両目が元に戻ったまりさは早くこの場から立ち去ろうと歩き始めた。
しかし。

(ゆぅ…からだがうごかない…)

いくらめーりんの分厚い皮で落下時の衝撃がやわらいだとはいえ、崖から落ちて無事なわけがない。
ほとんど動かない体を引きずりながら、しばらく進んだところでまりさの意識はだんだんと薄れていった。



ガサゴソという物音でまりさの意識が覚醒した。
どうやら自分は再び気絶してしまったようだ。状況を理解したまりさは、ぼやける視界で周囲を見回す。
と、そこで何か丸い影が自分へ近づいてくるのが見えた。
だんだん視界が鮮明になっていく。両目が完全に機能したとき、その影はまりさに声をかけてきた。

「むきゅ、きがついたのね」
「…!!」

それは非常に美しいゆっくりぱちゅりーだった。
体はとてもふっくらとしており、綺麗な紫色をした髪はつやつやと輝いている。

「だいじょうぶ? どこかいたいところはないかしら?」
「…えっ!? ああ! うん! だいじょうぶだよ!」

ぱちゅりーの美しさに見とれていたまりさは
その様子が可笑しかったのか、ぱちゅりーはふふっと微笑んだ。
これもまた魅力的な笑顔であった。

「それにしてもおどろいたわ! おさんぽをしていたらきずだらけのまりさがたおれているんだもの!
いったいどうしたの?」
「ゆ…それが…」

まりさは崖から落ちた出来事について説明した。
ぱちゅりーはそれを全て聞き終わるり、なるほどねと納得した様子だ。
ちなみにまりさの体の傷は既にほぼ完全に回復していた。

「たすけてくれてありがとう! でもどうしてぱちゅりーはこんなところにいるの?」

見たところこのぱちゅりーは一人暮らしのようだ。
巣の外は静寂に包まれており、他のゆっくり達がいる気配もないから群れの中でもないのだろう。
そう思ったまりさはぱちゅりーに聞いたのである。

「むきゅ、そうね…あまり楽しい話じゃないけど――」

次はぱちゅりーが話し始めた。
このゆっくりぱちゅりーは元々人間に飼われていたゆっくりだった。
まだ赤ん坊のころに家族をれみりゃに殺され、人里へと迷い込んだところを保護された。
それからしばらく、ぱちゅりーは人間に飼われることとなり、良い物を食べてすくすくと美しく成長した。
だがある日、飼い主が新しい赤ちゃんゆっくりを飼い始め、もう育ちきったぱちゅりーはいらないと捨てられてしまったのだった。
成長期に人間に育てられたゆっくりが野生で生きていくのは難しい。価値観の違いから群れに所属することも出来ない。
それでもぱちゅりーは何とか生き延びた。最初は不味いとしか感じられなかった雑草や昆虫も克服した。

「ゆ…、そうなんだ、たいへんだったんだね。ごめんね、へんなこときいちゃって」
「むきゅ、べつにいいわよ。かこのことだし、このせいかつにもなれたしね」

まりさは"にんげん"という生き物がどんなものかは知らなかったが、ゆっくりをそんな風に扱うということは
自分達ではどうあがいても勝てない存在なのだろうという事は理解した。
また、自分を助けてくれたぱちゅりーに恩返しがしたいと思った。
ぱちゅりーはたった一匹で、厳しい自然を乗り越えてきた、精神肉体共に強いゆっくりだ。
だがいくら他に比べて強いとはいえ、ぱちゅりー種の体力では餌集めは中々に難しい。
さらにこれから越冬の為の備蓄の食べ物も必要である。
群れに所属していないぱちゅりー一匹だけでは餌集めは不可能に近い。
だからまりさは申し出た。

「ゆ! たすけてくれたおれいにまりさもごはんをあつめるのをてつだうよ!」

一瞬ぱちゅりーは驚いた顔になったが、少し考えてからまりさの提案を受け入れた。
確かに自分だけでは冬に備えるのはとても苦労するだろう。
どうやらこのまりさは悪いゆっくりではないようである。ならば手伝ってもらった方が良いに決まっている。

「むきゅ。それじゃあおねがいするわ! よろしくね!」
「うん! まかせてよ!」

次の日からまりさとぱちゅりーは二匹で野をかけた。
一緒に走り回り、一緒に休憩をし、一緒に食べ物を持ち帰り、一緒に眠った。
そんな二匹が深い仲になるのはそれほど時間がかからなかった。
お互い家族を亡くした身、色々共感するところもあったのだろう。
そしてとある夜、まりさとぱちゅりーはゆっくりと巣の中で愛を確かめ合った。



秋も本番。森が赤色に染まり、風も涼しくなってくる季節。
そんな中、まりさは家族のために忙しく餌を集めていた。
せっせとキノコや木の実を集める姿は忙しそうだが、その顔は幸せに満ち溢れている。

「ふぅ、こんなものかな!」

頬にたっぷりと食べ物を詰め込み、まりさは巣へと帰った。

「ただいま! ゆっくりかえったよ!」
「むきゅ! おかえり、まりさ!」
「「「「まりしゃおかーしゃん、おきゃえりなしゃい!」」」」

出迎えてくれたのはぱちゅりーと、そして十数匹の赤ちゃんゆっくり達だ。
あの夜の行為の後、ぱちゅりーは植物型にんっしんっをし、元気な子供を沢山生んだのだった。
その為まりさは今まで以上に餌集めに走り回らなければならなかったが、そんな事は家族を持った喜びに比べれば些細なことだ。

「はい! これがきょうのごはんだよ! ゆっくりたべてね!」
「「「ゆっくちたべりゅよ!」」」

まりさが口から取り出した木の実や花を赤ちゃん達はおいしそうに食べ始めた。

「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇー!」
「むきゅ~、とってもおいちいわ!」

その様子をまりさとぱちゅりーは笑顔を浮かべながら眺める。
あともう少しすれば赤ちゃん達も大きくなり、一緒に冬越しの為の食べ物を集めることが出来るだろう。
皆で集めれば冬も怖くない。
それから春になったら家族皆でゆっくりとお散歩に出かけよう。
自分も春はどんな物か体験した事がないが、かつて母から聞いたことがある。ぽかぽかと暖かく、とてもゆっくりできる季節らしい。
きっと家族揃ってのお散歩はとっても気持ちいいはずだ。
と、目の前の可愛い我が子達を見ていると、これからの生活が次々と浮かんでくる。
まりさはとても幸せだった。



季節は過ぎ、あっというまに冬となった。まりさ達一家は巣の中でゆっくりしていた。
入り口も塞いだし、食料もたくさんある。子供達もちゃんと物事を考えられるぐらいに育った。
まりさの生まれて初めての越冬はぱちゅりーの知識もあり、完璧だった。

「ゆー、はやくふゆがおわらないかなぁ」
「きっともうすこしだよ! みんなでゆっくりまとうね!」

まりさが子供達とじゃれあうのをぱちゅりーは優しく微笑んで見つめている。
ほのぼのとした一家団欒。家族が幸せにゆっくりと過ごしている。
だがその時、巣の入口がガタガタと大きく音をたてた。
それを聞いたまりさとぱちゅりーは顔を険しくし、子供達を避難させる。

「ゆっ! ぱちぇ、こどもたちをたのんだよ!」
「ええ、きをつけてねまりさ!」

まりさはゆっくり慎重に入り口へと近づいてゆく。
入り口には雪や寒気が入ってこないよう、石や枝で厳重に補強した扉が作ってある。ちょっとやそっとの風では壊れはしない。
それが音を立てて震えているということは何かしらの危険が迫っている可能性がある。
そしてまりさがあと一歩で辿り着くという時、それは起きた。
扉が割れる轟音と共に、何者かが勢いよく巣の中へと侵入した。
まりさはそれに跳ね飛ばされ、巣の壁へと叩きつけられる。
意識が飛びそうなほどの衝撃。
だが直後に聞こえてきた声がまりさを現実へと留まらせた。

「むきゅぅぅぅぅぅ!! たすけてぇぇおかぁぁさぁぁぁぁぁん!!」

それは子供の悲鳴だった。
見ると、一匹の子ぱちゅりーが侵入してきた物に捕まっている。
そこでまりさは初めて侵入者の姿を見た。
それはとても長くて細いぬめぬめとしたモノだった。
先端が丸く、その異様な長さを除けばまるで生き物の舌のような形をしている。

(…べろ!?)

そう思って巣の入り口を見たまりさの背中に悪寒が走った。
雪が吹雪く光景が見える筈のその場所には大きな口があったからだ。
唇を上下に開き、その奥から長い舌を巣の中へ挿入させている。
まりさは知らないことだが、その舌の持ち主はゆっくりれてぃという。
ゆっくりれてぃは元々個体数が少なく、春から秋にかけては森や山の遥か奥地で眠っていることが多い。
そのため、野生では滅多に見ることができない。
体長は1mを超える、大型のゆっくりだ。
非常に動きが鈍いが、こう見えてゆっくりれてぃは捕食種である。
活動期間は冬。ほとんどのゆっくりが巣の中から動けない時期に、れてぃは活発に動き始める。
たとえ猛吹雪であろうが、めーりん以上の分厚い皮を持っているため、どれだけ寒くても平気なのだ。
れてぃの標的は主に巣内で越冬中のゆっくり。その長く強靭な舌を活かし、巣の入り口を破壊して中のゆっくり達を絡めとる。
丁度今のように。

「み、みんな! ゆっくりしないでおくにひなんしてね!」

まりさが急いで指示し、ぱちゅりーが子供達を連れて巣の奥へと移動していく。
だがゆっくりの巣はそれほど広くはない。どこへ避難しようがれてぃの長い舌からは逃げられない。
少し逃げるのが遅れた子まりさに、れてぃの舌から分泌された唾液が垂れた。

「べどべどずるう゛ううぅぅぅぅ!! きぼぢわるい゛よ゛おぉぉぉぉぉぉ!!」

れてぃの唾液は非常に粘着性が高い。
成体ゆっくりでもそれを浴びれば動きがとても鈍くなる。
まして非力な子ゆっくりなら完全にその場から身動きできない。
舌に直にひっつけばどんなゆっくりでも二度と自力では離れることはできないであろう。
巣の中の獲物の数が多い時は、アリクイのようにその唾液を分泌した舌でゆっくり達をひっつけて捕食するのだ。

「から゛だがうごかな゛いよ゛おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

涙を流しながら、れてぃの唾液を何とか払い除けようとする子まりさ。
だがあがけばあがくほど、余計にべっとりと体に纏わり付く。
その様子を見て、愚かにも避難していた子まりさが一匹、姉妹の元へと駆け寄った。

「ゆ! おねぇちゃん! あそんでないでさっさとこっちにきてね! まりさがてつだってあげるから!」
「むきゅぅぅぅ!? そっちにいっちゃだめえぇぇぇ!!」

母であるぱちゅりーの制止も聞かず、妹まりさは姉の体に付いている液体に触れてしまった。

「ゆゆっ!? なに゛ごれ゛えぇぇぇ!!」

今の今まで唾液の粘着性を理解していなかった妹まりさは漸く身をもってその恐ろしさを知った。
姉の体に付いていた唾液が妹にもからみつき、二匹を身動きできなくする。

「い゛や゛あぁぁぁ!! ゆ゛っくり゛できない゛ぃぃぃ!!」
「どおじでごんな゛に゛べだべだずるの゛おぉぉぉぉ!!」

唾液が糊となってくっ付いた姉妹は悲鳴を上げる。
そんな二匹をれてぃの舌が捕らえた。

「「も゛っどゆっぐりじだかっだよ゛おおぉぉぉぉぉぉ!!」」

同じ叫び声を上げながら、まりさ姉妹はれてぃの口内へと収まっていく。
少しの間をおいて、再び巣内へ侵入してきたれてぃの舌が縦横無尽に巣の中を動き回った。

「むぎゅうっ!?」
「だずげでえぇぇぇぇぇ!!」
「ぞんな゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

舌にひっつき、捕えられた子ゆっくり達は次々と食べられていく。
ゆっくりだけではない。巣に貯蓄されていた越冬用の食料も全てれてぃに食べられてしまっていた。
まりさも必死に子供達を助けようとするが努力空しく、素早く動き回る舌に翻弄されっぱなしだった。
やがて震える子供達を背に守っていたぱちゅりーが標的とされた。
勢いよくぱちゅりーへと迫るれてぃの舌。
何とかそれを避けようとするが、悲しい事にゆっくりの中でもひ弱なぱちゅりーではれてぃのスピードには敵わない。
あっけなく、残った子供と共にべったりとした舌に捕らえられ、ぱちゅりーはれてぃの口内へと連れて行かれる。

「むきゅぅぅぅぅ!! まり゛さああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

パートナーの名前を叫びながら、ぱちゅりーは完全にれてぃの体内へ収まった。

「ぱぢゅり゛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

まりさも叫び、伴侶が消えていった巣の入り口へと近づく。
そしてある程度れてぃの口へと近づくと、まりさの耳に妙な音が聞こえてきた。
それはとても小さな、聞き逃してしまうかもしれない音。
だが一度意識するとそれははっきりと耳に入って来た。

「ゅ゛ぅ゛ぅぅぅ……」

それはゆっくりの苦痛の声のように聞こえる。
一体何なんだろうと、まりさは警戒しながられてぃの口内に視線を這わせる。
そしてまりさは後悔した。見なければ良かったと。
それはまさにゆっくりにとって悪夢のような光景。

「…ゅ゛っ…ゅ゛っ………」
「ゅ゛っぐり……でぎ…な…」
「……も゛っ…ゅっぐ……がっだ…」

れてぃの口内。
そこには大量のゆっくりが所狭しとひしめいていた。
どのゆっくりも目の焦点があっておらず、中には体の半分が溶けてなくなっているゆっくりもいた。
ゆっくりれてぃの口からは『黒幕液』という唾液とは別の液体が分泌されている。
これは捕らえたゆっくりを長期間保存しておくためのものだった。冬の間に蓄えた大量のゆっくりが、春から秋の間のれてぃの食料となる。
黒幕液に触れたゆっくりは意識がほとんど削がれ、身体能力も奪われ、体を強制的に凝縮させられる。
生きているとは言えず、かと言って死んでもない状態のゆっくり達は意識を保ちながら一年かけてじわじわと溶け、れてぃの養分となるのだ。
そのあまりの光景にまりさの体がガクガクと震えた。
愛するぱちゅりーや子供達はあの地獄の中に入っていったのか。
そう思うとどんどんと体の震えが強くなってゆく。
と、そんな無防備なまりさをれてぃの舌が捕らえた。
ねっとりとした粘着性の高い唾液がまりさを覆う。

「こっ、こんなも゛の゛おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「くろろっ!?」

まりさが自分の体に絡みつくれてぃの舌に噛みついた。
思わぬ痛みにれてぃは長い舌を巣の中で暴れさせる。
壁、天井、床…かつて家族を守るものであったそれらにまりさは何度も何度も叩きつけられた。
体のあちこちに痣ができ、破れた個所から餡子が漏れ出すが、それでもまりさはれてぃの舌に必死に噛み付いていた。
かつてゆゆこの吸い込みにも耐えることのできた顎の力。それががっちりとれてぃの舌を捕える。
思わずれてぃは舌からも少量の黒幕液を分泌し、噛む力の弱まったまりさを弾いた。

「ゆぐっぅ!!」

巣の壁に激突し、口から勢いよく餡子を吐きだす。
だがそれでもまりさは立ち上がり、ボロボロの体でれてぃを睨みつけた。
その目は怒りに燃えている。

「はぁ…はぁ、どうしたの? まりさひとりたべられないの!? よわっちいね!!」

以前れみりゃにそうしたように、まりさはれてぃを挑発した。
だが今回はそれも無駄に終わることとなる。
ゆっくりれてぃは体内に詰まっている餡子が多いせいか、ゆっくりの中では比較的頭が良く、冷静だ。
普通のゆっくりなら意地を張り、何が何でもまりさを捕食しよう――つまり目的を達成しようと思うだろうが、れてぃはここで退くことにした。
別にこのまりさにこだわらなくても、まだまだ越冬で巣に籠っているゆっくりは沢山いるからだ。
簡単なそちらを捕らえればいい。
そう判断したれてぃは舌を口内へと戻し、その場を後にした。
まりさだけが残された巣の中に凄まじい寒気が入り込む。
つい先程までの温かな光景が嘘だったかのように、巣の中は荒れ果てていた。
十数匹いたゆっくり達はまりさを残し、すべてれてぃに食べられた。
掃除がいきとどいていた床や壁も唾液でべとべとになり、綺麗な石のような調度品も壊れたガラクタとなっている。

「う゛う゛…まて…までええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

傷ついた体を引きずり、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、まりさはれてぃの後を追いかけた。
外は吹雪だがそんなことは関係ない。
怒りと絶望に顔を歪ませながら、まりさは白き狩人に向かって叫ぶ。

「がえ゛ぜえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
ぱぢゅりーをがえぜ!! こども゛だちをがえぜ!!
ま゛り゛さのかぞくをがえ゛ぜええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

だがれてぃは聞く耳持たず、雪の中へと姿を消してゆく。
吹雪吹き荒れる中、まりさの絶叫が寂しく周囲に木霊した。
やがてじわじわとまりさの体が寒気によって凍り始める。だがそれでもまりさは叫び続けた。
家族を返せ、幸せな生活を返せ、と。
れてぃの姿が完全に見えなくなる頃、まりさの体は完全に凍りついていた。



時は流れ、春が訪れた。
辺りに積っていた雪も溶けだし、森の木々にも緑が生い茂る。
そんな中、まりさは地面に倒れていた。
その体はまだ凍りついたままだったが、しばらくすると春の日差しで徐々に解凍され始めた。

「……ゆぅ?」

完全に氷が溶け、意識が戻ったまりさは辺りを見回す。
気が付けば周囲は春の陽気に包まれていた。
一体何故だろうとまりさは記憶を辿り――。

「…ゆっ!!」

全てを思い出した。
突然おうちに侵入してきたゆっくりにぱちゅりーが、子供達が食べられてしまったこと。
そのれてぃを追いかけ、冬の寒さに体が凍りついたということを。

「うぅっ…ぱちゅりー……こどもたち…ごめんね…」

まりさは数ヶ月越しの涙を流した。
再び家族を喪失してしまった。
どうしていつも自分だけ生き残るのだろう、どうして一人だけ取り残されてしまうのだろう。
脳裏に浮かぶのは優しい母や可愛い妹達、美しい妻に愛しの子供達。
皆死んでしまった。なのに自分はのうのうと生き残っている。
悔しさで涙が止まらない。
体中の水分が無くなるのではないかと思われるほど泣いたあと、まりさはお腹がすいているのに気が付いた。
本能の欲求には逆らえず、とりあえず食べ物がないかと周囲を探し始める。

「ゆぅ…ひどい…」

惨劇の爪跡、とでも言おうか。
この周辺に点々と存在していたゆっくりの巣は全て破壊されていた。
おそらくあのれてぃに襲われたのだろう、ゆっくりの姿はどこにもないし、どの巣の中も滅茶苦茶に荒らされている。
そして食べ物もどこにも見つからない。空腹でまりさは倒れそうになった。
と、そこでついに発見した。
大きな木の根元に禍々しい色をしたキノコが生えていたのだ。
今まで見たことないキノコだったが、まりさはそれを躊躇なく食べた。
美味しい! と感じたのも束の間、次の瞬間にはまりさの意識は闇に堕ちた。


まりさは夢を見た。
死んだはずの最愛のぱちゅりーと交尾する夢を。ねちゃねちゃと淫靡な音を立てて頬を擦り合わせた。
現実の事ではないとはいえ、それはとても気持ち良く感じた。


「…ゆぅ?」

次に気が付いた時、何とまりさの頭から蔦が生えていた。その蔦には幾つかのゆっくりの実がなっている。
原因はまりさが食べたキノコだった。
あのキノコには幻覚作用があり、そのせいでまりさはにんっしんっしたのだった。
とは言っても実際に餡子種のやりとりをしたわけではないので、生えている子供は全てまりさ種だった。
交配によって生まれたものではない、まりさの餡子遺伝子と全く同じ物で構成されている、いわば分身のようなものである。
よくわからないが自分は再び母になったらしい。そう理解すると、まりさの頬を涙が伝った。
今度は悲しみではなく喜びの涙。

「ゆ~♪ ゆっくりしていってね~♪」

まりさは歌う。かつて自分がまだ実だった頃に聞いた母が歌っていた歌を。
毎日毎日優しく歌ってくれた、記憶の奥に刻まれていた歌を。

「ゆゆ~♪ ゆっくりしたあかちゃんがうまれてね~♪」

とその時、実の一つがぷるぷると震えた。
しばらくするとその実がポトリと蔦から離れ、地面に落ちる。
少しの間もぞもぞと動き、生まれ落ちた赤ちゃんまりさは大きな目をぱっちりと開けた。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」

まりさの時と同じく、生まれてきた赤ちゃんまりさも活舌良く喋った。
それから次々と赤ちゃんが生まれ、可愛い目を開いてゆく。

「まりさがおちびちゃんたちのおかあさんだよ! ゆっくりしていってね!」
「「「「ゆっくりしていってね!」」」」

と、そこで一番最初に生まれた赤ちゃんまりさがあることに気づいた。

「ゆ? おかーさん、ないてるの? なにかいやなことがあったの?」
「ううん! みんながうまれてきてくれて、とってもうれしいんだよ!」

まりさにとって三度目の家族。
今度こそは家族皆で幸せに生きようと子供達に優しく頬摺りしながらまりさは固く決心した。






あとがき
まりさ不幸ってレベルじゃねーぞと書きながら思いましたがまあいいか。
下手に生命力強いと逆に辛いよね。
まだ続くのかよという気もしますが、一応次で完結予定です。

  • 今まで書いたもの
それいけ! ゆっくり仮面
ゆっくり仮面の憂鬱~邪悪な心~
お兄さんの逆襲 前後編
ゆっくりれいむの悪夢
あるゆっくりまりさの一生 前、中-1編

by.ダイナマイト横町

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最終更新:2022年05月03日 15:53