※飼われて愛されているゆっくりがひどいことになります
※人間いじめ的な要素があります
人里に、仲睦まじい飼いゆっくりのつがいと愛でお兄さんの姿があった。
いや、本当に両者の仲は睦まじかったのだろうか?
見る者が見ればその関係は、かわいい愛玩動物に鼻の下を伸ばす青年に、
適当に媚を売り、飯炊き係として利用している醜い畜生、そのように映ったかも知れない。
何しろこのゆっくりども、物を盗む、壊すなどの悪さこそしないものの、
不遜な態度や物言いを繰り返し、飼いゆっくりバッヂを輝かせながら、村人の不快感を煽っていた。
悪さをしないのも、単に村人が自分達に罰を与える口実を作らせたくなかったからである。
その全てを見下したようなニヤケ面に村人は、躾不足だ、癇に障るなどと苦言を呈していたが、
飼い主とくれば、それは人間の被害妄想。動物の挙動をいちいち曲解しすぎだなどと返し、どこ吹く風だった。
確かに、それが犬猫の類であればそういう意見も納得出来る。
しかし奴らはゆっくりだ。人語を解し、人間に極めて近い表情を作る生き物なのだ。
そんな詭弁が通ってなるものか? ここにいる男、平凡な虐待者である鬼意山もそう思っていた。
「ゆっゆっゆっ。まりさがとおるよ!ばかなこどもはどいてね!!」
「ゆっ!おじさん、きたないおようふくだね!そんなものかわいいれいむにみせないでね!!ぷんぷん!!」
今日も村人の顔をしかめさせて回る、飼いゆっくりのまりさとれいむ。
週に何度か、飼い主の若者が仕事に出ている間は自由に散歩させているのだ。
このゆっくり、特別性根がねじ曲がっているわけではない。ありのままの自然な姿だ。
甘やかされて育っているため、自然体でありすぎるというのが難点と言えば難点か。
だがゆっくりに対する躾とは、痛い目に遭わせてそのような性根を矯正することである。
飼い主のお兄さんは、ゆっくりにそのような仕打ちをしたくはなかったのだ。
そのような心優しい人間もいれば、正反対の事を考える人間も世の中には当然いる。
(ああ、虐待したい……己の罪を判らせ、苦痛と絶望の中に叩き込みたい……)
物陰でゆっくりを見守る鬼意山は、心に空いた穴からどす黒いものが噴出すのを感じていた。
人間の庇護下に置かれ、更にはその人間をも見下し王様気分に浸っているド饅頭。
鬼意山ならずとも、村人達も本当はその場で叩き潰したいと思っている。しかし、奴らは飼いゆっくり。
単なる野良饅頭であればどう扱っても構わないが、人の物を壊すということは社会のルールに反する。
鬼意山といえど、そこまで虐待に全てを賭してはいなかった。
大体あんなものをかわいがる、愛でお兄さんも愛でお兄さんだ。
以前彼は愛でお兄さんに「ゆっくりは醜い生き物だ。可愛がるなんてやめて痛い目を見せたほうがいい」と説いたことがあった。
しかし当然というか、愛でお兄さんは呆れ顔で「君みたいな狭量で暴力的な人と一緒にしないでくれ」などと言ってきた。
鬼意山は逆ギレしかけたが、なるほどなるほど、確かに傍から見ればそうかも知れないと自らを戒めた。
だが、腐っていた心がゆっくり虐待によって救済され、彼の仕事面や健康面に多大なる好影響を与えていたのも事実。
彼は虐待に対する義務感、いや一種の恩義のようなものすら感じている変人だった。
だからこそ陰では鬼意山などと標榜し、世間のアウトローを気取っているのだ。
その鬼意山として、あのようなゆっくりを看過していいものだろうか。そんなはずがない。
(このルール、必ず抜け道がある……鬼意山の名にかけて、絶対に見つけ出してみせる!)
彼がその情熱を仕事に傾けていれば、年収が一桁違ったとさえ言われている。
しかし情熱というのは、基本的には転用不可能なものである。
「ゆ~、きょうもおさんぽたのしかったね!!」
「おいしそうなおやさいがいっぱいあったね。こんどたべにいこうね!!」
「だめだよ!!おにいさんがいじめられちゃうよ。そしたられいむたちがゆっくりできなくなるよ!!」
「ゆぅ~・・・ゆっ、おにいさんがごはんをたくさんくれるからがまんするよ!!」
「ゆん!でもきょうはおにいさんかえってくるのおそいね」
「ゆぅ~~・・・」
愛でお兄さんはその日急な残業を言い渡され、いつもより帰宅が遅くなっていた。
飼いゆっくり達の日々の暮らしといえば、おさんぽから帰って来るなりお兄さんにご飯をもらう、
食べたら遊んでもらう、遊んでお腹が減ったらおやつをもらう、おやつを食べたら寝る、
このルーチンワークである。しかしお兄さんのいない今日は、非常に手持ち無沙汰だった。
暇なゆっくりのやることと言えば一つである。
「ね、ねぇれいむぅ・・・おにいさんがいないうちに・・・」
「ゆぅん、まりさったらぁ・・・」
互いに気味悪くしなを作り、ぷにぷにと頬を寄せ合うれいむとまりさ。
「ゆっゆっゆっゆっ・・・」
「ゆぅ・・・ゆぅ・・・ゆぅ・・・」
やがて餅肌のこすれあうすりすりという音は、粘液の絡み合うネチャネチャという音に変わり、
れいむとまりさは顔を激しく上気させ、白目を剥きながらあらゆる体液を垂れ流しにしているようだった。
ゆっくりの醜悪なセックスである。
「んほおおおおぉぉぉぉぉっ!!れいむぅぅぅ!!ずっぎりずるよぉぉぉぉぉ!!」
「ぎてっきてっまりざ!!れいぶにまりざのあがちゃんにんっしんっさせてえええええ!!すっきりー!」
「ぼおおおおおずっぎりーー!!れいぶもういっかいざぜでえええええ」
「いいよまりざあああああぁぁぁ!!いっぱいあかぢゃんづくろうねぇぇぇぇ!!」
この姿を見れば、愛でお兄さんと言えども顔を顰めて愛想を尽かしてしまうかもしれない。
それほどの醜さだったが、運良くというべきか、お兄さんはまだ帰って来なかった。
代わりに、戸外にまで響くその嬌声に聞き耳を立てる変質者が一人。鬼意山である。
ゆっくりが果てたのを確認すると、彼は口元を歪めてその場を立ち去った。
「ただいまー」
「「ゆっくりしていってね!!」」
「まりさにごはんをちょうだいね!!」
「れいむにはおおめにちょうだいね!!」
「はーい、わかりましたよ……っと?」
残業を終えた愛でお兄さんが帰宅すると、そこには愛しの飼いゆっくりがお出迎え。
というより、飯の催促。お兄さんもニコニコ顔でご飯の準備に取り掛かろうとする。
しかし仰天させられたのは、れいむの頭に生えた数本の茎である。
「れいむ、これは一体……?」
「ゆっ!れいむとまりさのかわいいあかちゃんだよ!!」
「おにいさんはこんなにかわいいあかちゃんがみられてしあわせだね!ゆっくりかんしゃしてね!!」
母体が充分な栄養を蓄えているからだろうか、赤ちゃんの形成スピードは速く、
三十匹はいるかという赤ちゃんが今夜中には生まれそうである。茎にぶら下がった赤ちゃんは、寝息を立てながら揺れている。
かわいいれいむたちに優しくしてくれるお兄さんなら、きっと赤ちゃんを見たら大喜びだろう。
そうすればもっと自分達はゆっくりさせてもらえるに違いない。そんな期待を込めてお兄さんの顔を見上げるゆっくり。
しかしお兄さんは、いつも通りのニコニコ顔でありながらも、眉間に皺を寄せていた。
「う、うん! とっても可愛い赤ちゃん達だね。見せてくれてありがとう!」
「でしょ!ゆっくりしたいいこにそだつよ!だからおにーさんもいっぱいごはんちょうだいね!!」
「そうだね。頑張るよ、出来るだけ……」
いつもは自分達とハキハキ会話をしてくれるのに、歯切れの悪い語尾を残し、肩を落として去っていくお兄さん。
れいむは直感していた。このままだと自分達はゆっくり出来なくなる、と。
元々この二匹は、お兄さんの家に勝手に侵入して荒らし回っていたのを、厚意で飼いゆっくりにしてもらったのだ。
だかられいむには、お兄さんの蓄えがあまり多くはないことを予め知っていた。
愛でお兄さんはお人好しゆえ、少し要領が悪い所があり、稼ぎはあまり良い方ではなかったのだ。
この上これほど多くの赤ちゃんが生まれればどうなるだろうか?
取り分が減る―――こういった直感がゆっくりに働くことは稀であり、その点れいむは賢明なゆっくりだった。
晩御飯を食べた後、身重のれいむは遊ぶわけにもいかず、お兄さんも仕事に疲れて寝床についてしまった。
まりさはもっと赤ちゃんを自慢したかったが、お兄さんが寝てしまってはやることが無いので、自分達も寝ることにした。
静まり返った家の中で、赤ちゃんゆっくりの小さな寝息と、れいむとまりさのひそひそ声(ゆっくり基準)が響いた。
「ゆ~ん!れいむ、あさまでにはあかちゃんうまれそうだね!おにーさんをびっくりさせようね!!
きっとたくさんあさごはんがもらえるよ!!」
「まりさ、ゆっくりきいてね。ちょっとあかちゃんがおおすぎるよ!」
「ゆゆっ!?れいむなにいってるの?あかちゃんいっぱいいたほうがゆっくりかわいいよ?」
「でもあかちゃんたちにごはんをあげたられいむたちのぶんがなくなるよ!!
おにいさんはそんなにいっぱいごはんをもってないよ!これじゃゆっくりできないよ!」
「ゆゆっ!?なんでぞんなごどいうのお゛ぉぉぉぉぉ!!れいぶがあかちゃんいっぱいほじいっでいうがらあぁぁぁぁ!!」
「へんだいのばりざがなんどもすっきりしようとするがらでしょおおぉぉぉぉぉ!!」
ついつい大声で口論する二匹だが、お兄さんが「う~ん」と言いながら寝返りを打ったのを見ると、
びくりと全身を震わせ、再び家の中は水を打ったように静まり返った。
「ゆ・・・わかったよれいむ。でもどうするの?」
「ゆっくりきいてね。おにいさんがおきてくるまえに、あかちゃんをすこしすてようね」
「ゆ゛っ!?」
「こんなにいっぱいいたらすこしぐらいへってもきづかれないよ。ゆっくりりかいしてね」
それはれいむの餡子脳では四以上の数字を数えられないというだけのことだったが、
人間にも当然のごとくそれを当てはめてしまう辺りも餡子脳たる所以である。
「ゆっ!れいむはあたまいいね!!」
「はやくしないとみんなうまれちゃうよ。ゆっくりすてにいこうね」
二匹はお兄さんが作ってくれたゆっくり用の出入り口から外に出て、
お家から離れた原っぱへと向かった。
ここに捨てられた赤ちゃんゆっくりは、自力では帰って来れまい。野犬やれみりゃに食べられるかも知れない。
赤ちゃんたちの身体はもうほとんど出来上がっていると言ってよく、すぐに切り離しても元気に動き出すことだろう。
「れいむ、あたまをゆっくりさげてね!」
「ゆっ」
れいむが顔を丸めるようにして頭の茎を下に降ろす。まりさは赤ちゃんの中でも特に大きく、
よくごはんを食べそうな子を選ぶと、起こさないように優しく口に含み、茎からぷちりと切り離した。
「ゆっ」と小さく呻いたものの、まだゆっくり寝ていたいのか、地面に下ろしても目覚める気配は無かった。
「だいじょうぶそうだね!」
「このちょうしでいくよ!!」
一匹切り離す度に、自分の食べられるごはんが増える。そう考えるとまりさは、ついつい多めに赤ちゃんを捨ててしまった。
れいむも頭の茎が軽くなるたびに、増えていく自分のごはんを想像して口によだれが溢れてきた。
どちらにせよ今まで食べていた量よりは少なくなるだろうに、不思議な話である。
結局引き揚げる頃には、半分近い赤ちゃんゆっくりがその場に捨てられていた。
「ゆん!これだけすてればだいじょうぶだよ!」
「あしたはのこったあかちゃんとゆっくりしようね!!」
「おにいさんにおいわいぱーてぃーをひらいてもらおうね!!」
「あかちゃんがへったから、まりさたちがおなかいっぱいになれるね!ゆっくりできるよ!」
仕事を終えた二匹は、軽い足取りでお家へと帰っていく。
野ざらしになった捨て子のゆっくりたちは、親達の凶行に気付く様子もなくすやすやと寝ている。
「クク……ククキキキケケケケ……」
そこに近付く影が一つ。鬼意山であった。
彼が最近、一体いつ寝ているのか? それは誰も知らない。
「う~ん……もう朝かぁ」
「「さん、はい!!」」
「「「「「しぇーの、ゆっくちちていっちぇね!!」」」」」
「うわっ、何だい!?」
起床した愛でお兄さんを待っていたのは、いつもよりも多く甲高い声。
誕生した赤ちゃんゆっくり達が、笑顔でお兄さんを取り囲んでいた。
「れいむのあかちゃんたちがうまれたよ!!」
「ゆゆん!ゆっくりかわいいでしょ!!」
「「「「おにーしゃん、かわいいれいむ(まりさ)たちとゆっきゅりちてね!!」」」」
「あはは、皆よろしく! ゆっくりしていってね!」
昨晩はつい家計の心配をしてしまったが、可愛い赤ちゃんたちを目の当たりにすると思わず頬が緩む。
赤ちゃんたちの分も自分が頑張れば良いんだ。そんな気持ちで仕事に臨めそうだった。
親ゆっくりが自分で餌を取りに行けば良い話なのだが、れいむとまりさには元より、お兄さんにもそんな発想は無かった。
一通り破顔したところで、ん、とお兄さんは首を傾げる。
「れいむ、昨日見た時より赤ちゃんが少なくないかい? まだ他にもいるのかな?」
「ゆっ?もとからこれしかいないよ!!」
「お、おにーさんあかちゃんのかずもかぞえられないの?ばかなの?」
「うーん、そっか。疲れて見間違えたかな? まあいいや。よおし、お祝いに朝ご飯は豪勢に行くか!」
「「「「「ゆゆ~~~ん!!!」」」」」
何とか誤魔化し通せた親れいむと親まりさは、内心ホッとしながらお兄さんの作ったごはんをぐちゃぐちゃと平らげた。
昨晩、もう少しお兄さんに赤ちゃんを自慢していたら危なかったかもしれない。怪我の功名というやつだ。
その後、赤ちゃんのお披露目にゆっくりみんなで散歩に出かけた。村人達の訝しげな視線はかわいい赤ちゃんに釘付けだった。
その日の午後には、お兄さんが店で買って来たバッヂが赤ちゃん全員の髪飾りに付けられていった。
「ゆ~~ん・・・ゆ?ゆっきゅりちていってにぇ!」
「ゆっくちゆっくち!」
「ゆ?おかーしゃん?おとーしゃん?」
「ゆゆ・・・ここどこにゃのおぉぉぉぉ!!」
「「「「ゆあぁぁぁぁぁん!!」」」」
捨てられた赤ちゃんゆっくり達は、どことも知れない薄暗い場所で目を覚ました。
茎で寝ている時、自分達に餡子を送り込んでくれていたお母さんの姿は無い。
頼れるもののいない恐怖に、泣き出す赤ちゃんたち。
と、突然辺りが明るくなる。
赤ちゃんたちがいたそこは、簡素な木箱のようなものの中だった。
ゆっくりの跳躍力では超えられないほどの壁が四方にそびえていたが、広さは赤ちゃんが暮らすには充分だ。
わけのわからない状況に戸惑っている赤ゆっくりたちに、一つの声が聞こえてきた。
「みんな、ゆっくりしていってね!」
「「「「ゆ?ゆっくちちていってにぇ!!」」」」
姿は見えないが、生まれて初めて聞く声。
ゆっくりの声では無いようだが、その柔和な響きに、赤ちゃんたちは束の間の安心感を得られた。
「僕は君たちのお母さんに頼まれて、しばらくお世話をさせてもらうことになったんだ。
この中に居ればいっぱいゆっくり出来るから、泣かないで安心してね!」
「ゆゆ!ゆっくちできゆの?」
「おにーしゃん、まりしゃおなかがしゅいたよ!!」
「れいみゅもおにゃかすいたー!!」
「ごはんをたべさせてね!!」
「ちょっと待ってね、いまごはんを中に入れるよ!」
声がそう言うと、箱の壁に穴が開き、さっとお皿が差し入れられた。
その上に載っているのは大量の餡子。普通の赤ゆっくりが生まれて最初に食べるのは、
親の餡子が詰まった茎なので、相応しい食事と言えた。
「ゆゆっ!いいにおいがしゅるよ!!」
「まりしゃこんにゃにたべられないよ~!」
「れいみゅもいっぱいたべゆよ!」
「むーちゃ、むーちゃ、ちあわせ~!!」
「あまあま~♪ とってもおいちいよ!」
「とってもゆっくちできるよ!!おにーしゃんありがちょう!!」
お腹がいっぱいになった赤ちゃんたちは、箱の中で飛びはねて遊び始めた。
よく見れば箱の中には、そろばんやスーパーボールなど、楽しそうなおもちゃがいくつもある。
それらでゆっくり遊んでお腹が空くと、またご飯の乗ったお皿がすっと差し入れられる。
夜になって疲れて来ると、明かりが消えて眠りやすい暗さになる。
自分達のお世話をしている人物の姿は全く見えなかったが、赤ちゃんゆっくり達は、
それはきっと自分達をゆっくりさせるために現れた神さまのような存在なのだろう。そう思いながら眠りについていた。
二週間後、お兄さんの家に生まれた赤ちゃんゆっくり達もソフトボール程度の大きさに成長し、
子ゆっくりと言えるほどの大きさになっていた。
赤ちゃんの為にお兄さんが発起したこともあり、稼ぎは若干増え、何とかみんなで毎日満腹になれていた。
お昼の散歩をする一家の姦しいことは、公害レベルに近付いていた。
ものの分別が付かない子ゆっくり達は、人の野菜や花壇のお花を勝手に食べたりして怒られていたが、
その度に親まりさや親れいむが出て行って、「あかちゃんのやったことだよ?ばかなの?」などと仲裁していた。
「ゆゆっ!かわいいあかちゃんをつくってほんとうによかったね!!」
「おにーさんのごはんもまえよりおいしくなったよ!」
「これからもずっとゆっくりできそうだよ!」
「「「「おかーさん、おとーさん、いっしょにずっとゆっくりしようね!!」」」」
「おにーさんもいっしょにゆっくりさせてあげるね!!」
そんな風に寄り添うゆっくりの家族を、愛でお兄さんは微笑ましいといった表情で眺めていた。
たまに悪戯のとばっちりで自分が叱られることもあったが、この笑顔を見るためなら安いものだと思った。
赤ちゃんの為に仕事も頑張れるようになったし、おいしいごはんを出す為に料理も上手くなった。
趣味を持たない彼だったが、ゆっくり達のおかげで人生が充足していくのを感じていた。
ある日の夕方、おさんぽから帰って来たゆっくり一家に、いつものようにごはんを出すお兄さん。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!」
「はふっはふ、うっめ!これめっちゃうっめ!!」
「ぐっちゃぐっちゃ」
「おいしくてゆっくりできるよ!!」
「ゆーん、もっとたべたいよ!!」
べちゃべちゃと下品に食べ散らかす家族だったが、お兄さんはむしろその自然で奔放な有り様が好きだった。
ニコニコしながら眺めていると、何かの違和感に気付く。
はて、子ゆっくりの数が少し多いような? 確かれいむとまりさは同数だった気がするが……
そう思って数え直してみる。しかし違和感とは裏腹に、思っていた通りれいむとまりさは同数だった。
ふむ、見間違いか。これだけ元気なのが沢山いると、目で追うのも大変だもんなあ。
そう切り上げ、お兄さんは読書をするため自室に戻っていった。
「おかーさん!むしさんつかまえたよ!」
「ゆゆっ!いいこだね!おかあさんはおなかすいてるからたべさせてね!!」
その時、一匹の子まりさが物陰から虫をくわえて飛び出してきたことには気付かなかった。
次のおさんぽの日。晴れ渡る空の下、まりさはお気に入りの石段の上でゆっくり日向ぼっこをしていた。
まりさがそこを占領している間、村人はそこを避けて通る。道にしゃがみこんでるヤンキーみたいな邪魔さだった。
目を細めてうとうとしていると、一匹の子れいむが擦り寄ってくる。
「ゆゆ~ん!」
「ゆ~・・・?どうかしたの、れいむ・・・?」
寝ぼけ眼に、その子れいむはあまり見覚えの無い顔のような気がした。
といっても、ゆっくりの顔なんてどれも似たようなものなのだが。
しかし髪飾りについたバッヂですぐに自分の子供だと解った。
自分の子供の顔も覚えきれないなんて……ちょっと子供を作りすぎたのだろうか。
まあ、いっぱいいるに越したことはないよね。親まりさはそう思考を停止させた。
「おかーさん、れいむはうまれてきてしあわせだよ!!」
「ゆん・・・まりさもかわいいこどもがいてゆっくりしあわせだよぉ・・・」
「ゆっゆっ・・・おかーさん、ずーっといっしょにゆっくりしようね!!」
「そうだねぇ、ゆっくりしようねぇ・・・」
そのまましばらくぬくぬくと寄り添っていたが、日が暮れて石段が冷えて来たので、一緒にお家に帰ることにした。
それから一週間の間に、三回ほどおさんぽに出かけた。
そして晩御飯の時間を迎えるたびに、ゆっくり一家には不満が増していくのだった。
「おかーさん、れいむまだごはんたべたいよ!」
「ゆー、おなかすいたよ!これじゃゆっくりできないよ!!」
「おにーさん、ぜんぜんごはんがたりないよ!!もっとたくさんたべさせてね!!ぷんぷん!!」
「おにーさんはかわいいれいむたちをおなかいっぱいにするぎむがあるよ!!」
「あれ? 足りなかった? ごめんごめん、今作り足すよ」
身体を膨らませて怒りを表現するゆっくり達。ごはんが足りないというのだ。
お兄さんとしても、馬鹿にならない食費、きっちり量は計算して出していたつもりだったのだが、
おさんぽに出て身体をいっぱい動かしていたせいか、子供達の成長が思ったより速かったと見えた。
多少収入は増えたとはいえ、その分食い扶持も増えているので家計は苦しい。
しかし今や人生の希望となったゆっくりたちを飢えさせるわけにもいかない。
苦労して世話をした分だけ、ゆっくりは素敵な笑顔を返してくれる。悲しむ顔は見たくない。
仕方なく、お兄さんは収入が増えるまで自分の食費を切り詰め、身の回りのものも少し処分することにした。
子ゆっくりがこっそり遊んでいた大好きなサイコロなどのおもちゃも、いつの間にか売られていた。
「ただいまぁ~……」
「ゆっ!おにいさん、ゆっくりしていってね!!」
「ごはんをちょうだいね!」
「まりさとあそんでね!!」
「う、うん、ちょっと待っててね。今ごはん作るから……」
更に一週間も経つと、子供達が大きくなったためか家は手狭になってゆき、要求されるごはんの量も更に増してきた。
お兄さんはどんどん残業を増やし、少しでも給料の足しにしようとしていた。
帰って来れば疲れ果て、手の込んだ料理を作る気力も無ければ、ゆっくりたちと遊ぶ体力も無い。
急に遊んでくれなくなったお兄さんにゆっくり一家は不満顔だったが、
すぐに家族同士で楽しそうに遊び始め、それを見たお兄さんも安心して眠りにつくことが出来た。
自分が少しぐらい苦労しても、ゆっくり達がゆっくりすることが出来れば……
眠りの時間は瞬く間に過ぎ、また早朝からお兄さんはふらふらと仕事に出かけるのだった。
ある雨の日。大好きなおさんぽにも出られず、お兄さん家の中で跳ね回って遊ぶゆっくり一家。
何だか狭苦しく、密度の高さから蒸し蒸しと暑くなってくる。
朝ご飯も何だか物足りなく、膨れないお腹が未だにきゅるきゅると言っている。
生まれた時こそ小さくてかわいい赤ちゃんだったが、大きくなった今では、親まりさには邪魔だとすら感じられていた。
自分で食べ物をやって育てたわけでもない子供達に対するゆっくりの母性本能など、その程度のものだった。
そんな親の気持ちを知る由もなく、狭い家でも伸び伸びと遊ぶ子ゆっくりたち。
大きくなった体があちこちにぶつかり、色々なものが倒れたり破けたりした。
しかし子ゆっくりたちは、生まれてからほとんど叱られたことがないのだ。それが悪いことなどとは思わない。
「ゆ、ちょっとこどもをつくりすぎたね・・・」
「れいむ!これじゃぜんぜんゆっくりできないよ!!」
「ゆ!?まりさがあかちゃんつくろうっていったんでしょ!ぷんぷん!」
「ゆぐぐ・・・でもどうせならもっとあかちゃんをすてておくべきだったね・・・」
「そうだね・・・」
子供達が聞いたら「どぼじでぞんなごどいうのおぉぉぉぉ!!?」と泣き叫ぶこと必至な会話をする親二匹。
ふと、れいむが「ゆ?」と首を傾げ、何か違和感の正体に思い当たったような顔をしていた。
「ゆ・・・ねぇまりさ、なんだかこどもたちがおおいよ!」
「そんなことわかってるよ!いまはなしたばっかりでしょ!ばかなの?」
「ちがうよ!あたまがいいれいむはゆっくりきづいたよ!さいしょのころよりふえてるよ!!」
「ゆ!?なんでえぇぇぇ!?」
訳が解らないといった顔で部屋を見回す親まりさ。しかし沢山の子ゆっくりたちが跳ね回っており、
四匹目のゆっくりを見たら一匹目を忘れる程度のまりさの脳では、とても数など数え切れなかった。
しかし確かに多いような……そんな気もしていた。
「みんな!!ゆっくりあそぶのやめてね!!」
「「「「「ゆ?」」」」」
「おかあさんたちのまえにゆっくりならんでね!」
親れいむは部屋中に響き渡る大声で号令をかける。子ゆっくり達は、渋々遊ぶのをやめて集まってくる。
「どうしたの?おかーさん」
「ゆっくりおいしいものくれるの?」
「おさんぽいくのー?」
「ちがうよ!ゆっくりきれいにならんでね!!」
まりさ種を一列、れいむ種を一列に並べ、「ゆっ、ゆっ、ゆっ・・・」と横から順々に数えていく親れいむ。
そして最後まで数え終わった時「ゆゆっ!」と驚愕を露にする。
「なんだかこどもたちがすごくおおいよ!!」
「なんでちゃんどかぞえられないのおぉぉぉぉ!!れいぶのばがああぁぁぁぁ!!」
頭に疑問符を浮かべる子供達。このバカ親達が何をやっているのか解らない。
しかし子供が増えているような気がするという得体の知れない不安に囚われている親達にとって、
子供の数を正確に数えられないというのは何よりもどかしく、恐怖なのであった。
子供が増えれば、自分の分のごはんが減る。原因が解らなければ、ごはんの減少に歯止めはかからないのだ。
早々に限界を迎えたれいむの餡子脳はオーバーヒート寸前だった。
そもそも、気付くのが遅すぎたのだ。子ゆっくりの数は既に最初の二倍近くなっていたのだから。
とはいえ愛でお兄さんとて、仕事に追われていたとはいえ、じわじわと巧妙に追加されていく子ゆっくりには気付けなかった。
それもどうかとは思えど、餡子脳に気付くことが出来なくても仕方がないのかも知れない。
「ゆゆ?おかーさんおねーちゃんたちなにしてるの?ゆっくりできるあそび?」
「ゆ゛っ!?まだふえだあああああぁぁぁ!!!」
部屋の隅から一匹の子れいむが這い出てくる。単にかくれんぼをしていて、呼び出しの時に出て来損ねただけなのだが、
半狂乱の親れいむは、どこからともなく沸いて出たゆっくりが自分のごはんを奪いに来たという妄想に囚われ、
現れた子れいむに駆け寄っていき、渾身の体当たりをぶちかましていた。
「ゆ゛べっ!?ゆぎゃっ!おっ、おがっ!!」
「なんでふえ゛るの゛おぉぉぉぉぉ!!これいじょうれいむのごはんたべないでえぇぇぇ!!!」
激しい体当たりを繰り返す親れいむ。子れいむが何度も壁に打ち付けられ、全身の傷から餡子が漏れ出す。
徐々に物言わぬ餡塊と化していく子ゆっくりから、甘い匂いが漂い出した。
「ゆっ?あまあまのにおいがするよ!!」
「おやつだね!!ゆっくりたべるよ!!」
「ゆっくりおなかすいたよ!!」
何匹かの子ゆっくり姉妹が列を抜け出し、周囲に飛び散った子れいむの餡子を食べ始める。
親れいむの暴行が陰になっていて見えなかったため、それが姉妹の死骸だなどとは気付かない。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」と言いながら、涙を流して喜びに咽んでいる。
この姉妹達もまた、お腹が空いていたのだろう。
しかしふと我に返った親れいむは、その状況を見てまたも狂乱していた。
「ゆゆっ!?れいむたちなにやっでるの゛お゛おおおおぉぉ!!
な゛んでかぞぐをたべちゃう゛のおおぉぉぉぉ!!!おねえざんでじょおぉぉぉぉ!!?」
「「「「ゆゆうぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」」」」
自分で潰しといて何をという感じだが、親れいむは激怒して家族食いの子供達を叱責する。
その様を見ていた親まりさは、何か閃いたように頭上に電球を光らせた。
「いいことかんがえたよ!」
「ゆっ?なあにまりさ?いいことって?」
「おかーしゃん、いいことってなあに?れいむもゆっくちちたい!」
親まりさの隣にいるのは、姉妹でも一番小さい末っ子の子れいむ。
親まりさはそのれいむを笑顔で一瞥すると、軽くジャンプしてプチッと踏み潰した。
平然と家族を殺した夫の姿に、またもや親れいむ大混乱。
「ゆ゛うぅぅぅぅぅ!?まりざなんであがぢゃんごろずのおぉぉぉぉぉ!!?」
「こうして・・・」
そしてぺちゃんこの死体になった子れいむをぺろりと口に入れると、
むーしゃむーしゃとやって飲み込んでしまった。その双眸は据わっていた。
そして唄うように宣言する。
「いらないこをごはんにすれば、おうちはひろくなるしおなかもふくれるよ!!」
「ゆ!?・・・・ゆ、そうだね!!」
「「「「「ゆ゛う゛ぅぅぅぅぅう!!!?なんでおがあざんだぢぞんなごどいうの゛お゛おぉぉぉぉぉ!!?」」」」」
「うるさいよ!おまえたちのおかげでおかあさんたちのごはんがへっちゃったんだよ!
いつのまにかふえてるこどもなんてかわいくないよ!どんどんたべてへらすよ!!」
「「「「「い゛ぎゃああああああああ!!!」」」」」
子供が知らないうちに増えていく、ごはんが日に日に減っていく恐怖、そしてこの狭苦しさによる蒸し暑さと酸欠。
小さな要因がいくつも重なり、親れいむと親まりさの脆弱な精神は破綻をきたしていた。
増えすぎたゆっくりの群れが破綻して始まるものといえば、殺戮である。
「い゛ぎいぃぃぃぃぃ!!おがあざ、つぶっ、ざっ、にゃびっ、ぎぇ、びゅっ」
「ゆ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁん!!!!ゆ゛あ゛あああぁぁぁぶぎゅ」
「あああああああこのれいむをつぶしていいからまりさはだずげでねぇ!!まりさはたすけてねまりさはたすけたすびょ」
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」
「どぼじでごんなごどにいいいいいぃぃぃぃ!!」
「じねえ゛えええぇぇぇ!!ごどもをだべるわるいおやはゆっぐりじないでじねぇぇぇぇえ!!!」
「おにいじゃああああああんん!!!ひどいおや゛をゆっぐりごろじでねぇぇぇぇじょび!」
「おねえちゃんおいしい!!」
「さすがまりさのこどもだね!とってもあまくておいしいよ!!」
充満する餡子の匂いに刺激されたのか、姉妹同士でも食い合いが始まっていた。
最後に残るゆっくりは何匹になるのだろうか。親しか残らないかもしれない。四匹ぐらいは残って欲しいなあ。
そんなことを考えながらその男、鬼意山は小窓から家の中を覗きながら、餡子の匂いを嗅いでいた。覗きは犯罪である。
何故子供が増えたのか? とても簡単なことである。
最初に親達に捨てられた赤ちゃんたちを男がこっそり回収し、育てていた。
そしておさんぽに出てくる一家を観察し、同じタイプの飼いゆっくりバッヂを購入して拾った赤ちゃんに取り付けた。
おさんぽの最中、子ゆっくり達は親から離れて遊んでいることも多かったので、
適当なところまで育った捨て子ゆっくりを、そこに一匹ずつ紛れ込ませていったのだ。
何度か親ゆっくりの姿を見せたり、子ゆっくり達とさりげなく遊ばせたりするなど、
自然に家族に溶け込める為の教育は万全にしていた。
元々が同じ茎で育った姉妹達だったので、馴染むのは早かったようだ。
子ゆっくりの成長時期に合わせて送り込んでいったので、多少部屋が狭くなっても子供が成長したからだとしか思えず、
ただでさえ多いゆっくり数に一匹プラスされている、などとは気づき難いようになっていた。
そして更に、狭い村社会だ。愛でお兄さんの収入状況などすぐにわかってしまう。
なかなか頑張っているようだったが、二倍にも膨れ上がった家族を養い切れるわけもなく、
浅ましいゆっくりどもは遠からず痺れを切らすだろうと思っていた。そしてこのざまである。
ゆっくりの家族を奪うのは、ルール違反……ならば逆に増やすのはどうか?
そんな鬼意山の発想から考えられた、これは実験であった。
増やすと言っても、居るべき場所に戻しただけという認識だったが。
自分のしたことを正直に愛でお兄さんに話しても、まあ良い顔はしないだろうが……強く非難も出来ないだろう。
思えば自分が虐待に目覚めたのも、飼っていたゆっくりのおぞましい姿を見せ付けられ、幻滅したからだった。
愛でお兄さんも同じ道を辿るだろうか? それともこれに懲りずにゆっくりを愛し続けるのだろうか?
どちらにせよ、強く生きて欲しいものだ……
今までのように、ゆっくりなんかに振り回されないぐらいに強く。
餡子塗れになった部屋の中を一瞥すると、鬼意山はそのまま森の中へ去っていった。新たな虐待対象を探しに……。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
雨にぬかるんだ道を、傘を差した愛でお兄さんが小走りに駆ける。
その顔には、久々に心の底からわきあがってくる笑みが浮かんでいる。
最近の頑張りが認められ、今日昇給を言い渡されたのだ。
これで残業を減らし、ゆっくり達と遊んでやれる時間が増える。
更に、小脇に抱えた包みの中には職場でもらった麩菓子の詰め合わせ。
自分で食べてみたところ非常に甘くておいしく、是非ゆっくりたちにも食べてほしいと思った。
最近、おやつをあげられてなかったからな。久しぶりに甘いお菓子を食べてもらい、
幸せそうな笑顔を見せてもらいたい。あれだけの子供がいれば、きっと幸せも何十倍だろう。
そんな光景を想像しただけで、ついつい目じりが下がってしまう。
朝ご飯もろくろく作ってやれなかったから、お腹が空いてるかもしれないな。
早く帰って、一緒にゆっくりしてやろう。じきに雨も上がる。
―了―
最終更新:2022年05月03日 16:26