お手軽な甘味として大勢に親しまれている「ゆっくり」たち。
ただ食べるのではなく、さまざまに趣向を凝らされているのが、長い流行の秘密だろうか?

ふとある方法を試してみたくなってので野生のゆっくりを捕獲することに決めた。
外に目をやると日も落ちかけていて、空がゆっくりと暗色に染まっていく。
ゆっくりの生態について知らないことが多いのだが、やはり夜のほうが捕まえやすいのだろうか?
昼日中であれだけ動き回っているのだから、夜はゆっくりと休息をとっていると考えるのが妥当だが、
なんとなく夜中でも「ゆっくりしていってね!」と叫びつつ飛び跳ねているような気もする。

せん無いことを考えながらもすでに外に出て、ゆっくりを探しはじめる。
できれば夜中は遠出をしたくないと考えながら耳をすますと、草木のざわめきや虫たちの合唱にまじり、
あきらかに場違いな声があった。
奴らだ!
良かった、どうやら近くにいるようだ。今夜中に捕獲できることに安堵し、声の方向に向かう。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりやすもうね!」

おあつらえ向きに二匹のゆっくりたちが今日の寝床であろう木の根元に寄り添っている。
思わず頬がゆるむ。
微笑ましいと感じたのではない、あまりにも幸先がいいから出た笑みだ。
そのまま捕まえてもいいのだが夜に騒がれるのは本意ではない。

「ゆっ、ゆっくりしていってね?」
「ゆっ!?」
「ゆゆっ!?」

泣き声を真似て近づいた。どもったのは恥ずかしかったからだ。
が、それが功を奏したのかゆっくりたちは無警戒に声をかけてきた。
人懐っこいとは聞いていたが、警戒させないにこしたことはない。

「ゆっくりしていってね!」
「おじさんもゆっくりする?」

赤いリボンに黒い髪。二匹とも「ゆっくり霊夢」と呼ばれる個体のようだ。

「ありがたい申し出だけど、ここじゃあゆっくりできないよ」
「どうして?ゆっくりできるよ!」
「ゆっくりしていこうよ!」
「ここは何でも食べちゃう妖怪の棲みかなんだよ。こんなところでゆっくりしたらむしゃむしゃと食べられちゃうよ」
「ゆ゛っ!?」
「ゆぐっ!」

かぶりつく身振りと共に言ってやる。子供騙しもいいところだが、表情を見るにすっかり信じたようだ。
何を想像したのか「ゆっぐりじだい!」「ゆっぐりざぜでえええ」となみだ目で震えている。
さて。

「ものすっごくゆっくりできる場所があるけど、いきたい?」
「いきたい!いきたい!」
「すっごくゆっくりしたい!!」

満面の笑みで言うゆっくり。それは媚びている笑みなのだろうか?
そうして、二匹のゆっくり霊夢を抱きかかえて帰路につく。

「さ、ここでゆっくりしようか」
「「ゆっくりしていってね!」」

二匹をおろして扉を閉める。二匹は興味津々と言った態で家中を飛び跳ねている。
ここからが正念場だ。
ゆっくりと三和土からあがり、あぐらをかいて座ると笑みを浮かべながら二匹に声をかける。

「さ、いっしょにゆっくりしようか」
「ゆっくりしようね!」
「すっごいゆっくりしたい!」

近寄ってきたゆっくり霊夢たちをわしづかみにすると、そのままぎゅうぎゅうと押さえつける。

「ゆぎゅんぬぬぬぬぬぬぬ」
「ゆぐりじたいっゆぐりぃいい」

と声ならぬ声をあげるゆっくりの手触りからはみ出るかはみ出ないかの境界を推し量る。
なにぶん初めてだから失敗してしまうかも知れないが、なぁにそのときはまた持ってくればいいのさ。
中身が少しずれた感触が伝わってきたので、解放する。

「「ゆっ!!!」」

体が自由になり、怒りの言葉を出そうとする二匹。しかし口を開いた瞬間二匹を強くゆすった。
大きく、緩やかに、時にかきまわすようにゆする。

「ゆっゆっゆっくっりしっしして」
「いいいってっててってってねっね」

という泣き声が、しばらくすると

「ゆーゆーーゆーゆゆーーー」
「ゆ~ゆ~~~ゆ~ゆ~ゆ~」

と歌っているかのようなものとなる。
今度は小刻みに激しくゆする!
すでに二匹の表情は赤らんでいて、目がうるみを帯びている。鼻息も荒くなり、明らかに熱を発している。
思い切り殴りつけたい気分を押し殺し、そのまま蠢動を続ける。

「「ゆっゆっゆっゆっゆっ」」

機械的に泣くようになったら、手を離して放置した。
一仕事終えたような感覚で、三和土の甕から水をすくって飲む。
振り返ると二匹のゆっくり霊夢は身を寄せ合って震えていた。
いや、これはお互いをこすりあっているのだ。それが徐々に鈍い動きになっていく。
いよいよか!と思い目を凝らすが違う。
二匹の体表に粘り気のある透明な液体が流れているのだ。粘度の高いそれはねとねとと音を立てて水溜りを作っていく。

掃除するはめになることにうんざりしながら見つめていると、粘液の音と「ゆっゆっ」という機械的な声に、
さらに荒い息遣いが混じって、とても精神衛生上よろしくない音が奏でられる。
吐き気を抑えるように水を一口ふくんだ。

しばらくすると、二匹が同時に

「ゆ゛ゆ゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーッん!!」

と絶頂に達したように一声泣いた。
すると、これはもうやばいんじゃないかというくらい痙攣し始め、白目をむいて限界まで見開く。
さらには口もこれ以上ないほどに開かれ、まるで断末魔をあげているようだ。

表情の変化が終わると、痙攣も止まっていた。そのまま目に見えてわかるほどに色が黒ずんでいく。
二匹の頭の天辺から芽が出て、葉が伸び、蔦のように伸びていく。
蔦にいくつもの実をつける頃には二匹はからからに干からびていた。

身体をこすり合わせ始めてからここまでで、まだ一時間と経っていない。
植物か動物か定かではないが、生命の神秘の一端を垣間見た気がした。
同時に、あれだけ乱獲されているゆっくりが絶滅しない理由がわかったように思う。

やがて肉色の実は徐々に、だが確実にそれとわかる形を成していった。
黒い髪に赤いリボン。親と同じゆっくり霊夢だ。
一匹につき十個はあろうか、プチトマト程度の小さなゆっくり霊夢が並んでいるのは、壮観というよりは気色悪いと言えた。

そのまま観察していると、実のうちのひとつがゆっくりと震えはじめる。
眠りから覚めるように、糸のようにぴっちりと閉じられた目がゆっくりと開かれていく。
完全に見開かれると

「ゆっくりしていってね!」

と蚊の泣くような声で産声を上げた。
目覚めたゆっくり霊夢は、そのまま目だけできょろきょろと左右を見渡している。
蔦から離れないと自由に動けないのだろうか?
目があった。

「ゆっくりしていってね!」

その声はこちらに言ったものだろうが、それがきっかけになったのか他の実もぶるぶると震えだす。
二十個ものゆっくり霊夢のひとつひとつが目覚めて産声を上げている。
無事に繁殖は成功したのか、目覚めないものはひとつもなかった。

さぁ、長かったがここからが本番だ。
一番最初に目覚めたゆっくり霊夢に手を伸ばす。

「ゆぅ~?」

自分に近づいてくるそれをなんの危機感もなしに見つめているゆっくり霊夢。
そのまま無造作に蔦から引きちぎる。

「ゆ゛っ!」

一声なくとそのままぐったりしてしまった。手のひらで転がすがなんの反応もない。
しまった!早すぎたか!?
そう思ったが、そのゆっくり霊夢はゆっくりと起き上がる。

「ゆっぐりじだがったのにぃ~~~」

涙をこぼしてこちらを見るゆっくり霊夢に安堵のため息をつくと、それを無造作に口の中に放り込んだ。
そのまま舌で口の中を転がすようにゆっくりと味わう。
時折、

「ゆっぶぅ~」
「ゆっぶりじゃぜでぇ」
「ぐらいよーっぜまいよーっごわいよーっ」

と口の中から聞こえてくる。お構いなしにゆっくりと味わい、咀嚼する。

「ゆっぎゃぶぅッ」

と聞こえたきり、なにも聞こえなくなった。

「あ……甘酸っぱいんだ……」

十分に成熟しきってないゆっくりは酸味があるようだ。食感も通常のゆっくり霊夢よりもいくらか歯ごたえがなかった。
お子様やお年寄り向けにできるかもしれないと思いつつ、次のゆっくり霊夢に手を伸ばす。
今度は口に入れたら弄ばずに即座に飲み込んだ。

ゆっくり霊夢の踊り食いだ。

これが一番やりたかったのだ。のどの奥から

「ゆっくり落ちるよ~!」

という声が伝わってくる。どこか滑稽で思わず噴出してしまった。
やがて胃に達したのか「ゆッ」という声とチャポンという音を聞いた気がした。

「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしたいお?」「ゆっくりしようね!」

と聞こえてきて、すぐに

「ゆゆっ?」「とける?ゆっくりとけてる!?」「ゆっぐりじだいのにぃ」

となり「ゆっぐりざぜでぇえ…………」と沈黙した。

腹の中から聞こえるという不思議なことに興奮した。面白っ。
興奮した僕はゆっくり霊夢たちをちぎっては呑み、ちぎっては食べた。
声を上げてのどを通り過ぎていき、胃に落ちていく感覚に思わず熱い息をもらしてしまった。
腹から聞こえるゆっくり霊夢たちの声に、熱くほてっていく身体。
熱っぽい目で見ると、もうゆっくり霊夢は残り一匹になっていた。

それまでの惨状をおぼろげにも理解したのか、それはふるふると身を震わせていた。
ゆっくりと最後のゆっくり霊夢に手を伸ばし、やさしくつかみ、細心の注意を払ってちぎった。
声はあがらなかった。

それを手のひらにおき、見つめる。ゆっくり霊夢はなみだ目で震え、にっこりと笑うと

「ゆっくりしていってね!」

と言った。泣き笑いの表情と必死の物言いに、まるで命乞いをしているように見えてしまった。
思わず微笑み

「ゆっくりしようね」

というと、ゆっくり霊夢は満面の笑みを浮かべた。心からの微笑みに見えた。
それをやさしくつまみ、ゆっくりと持ち上げていく。
ゆっくりと口を開き、濡れた舌を出す。

ゆっくり霊夢をそこに近づけると

「ゆ、ゆっくり!?」

となぜか驚いたように言った。
そのまま舌に乗せると、飛び出そうとするのをかまわず口を閉じた。
口蓋に何かが当たった気がしたが、そのまま舌で口の中に転がし、存分に味わう。
泣き叫ぶゆっくり霊夢。
胃の中でどれだけが溶けて、どれだけが原型をとどめているかはわからないが
寂しくないようにと仲間のもとへと送ってやった。

プチトマトほどの大きさとはいえ、二十匹ものゆっくり霊夢をたいらげたので満腹だった。
げっぷに混じって、「ゆっくりしていってね!」という声が聞こえた。


おわり。


お付き合いくださりありがとうございました。


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最終更新:2024年03月27日 23:39