※これはfuku2216「ある復讐の結末(中)」の続きになります




愛でお兄さんにもらったみたらし団子も食べ終わり、とうとうすることが無くなった。
クリームにまみれたふらんの体を拭く愛でお兄さんを見ながら、ゆっくりれいむは困り果てた。
これまで問題を先延ばしにしていたが、これ以上は無理だと思った。
打ち明けるか否か。どっちに転がっても自分の運命は変わらぬというのなら、もうどうなってもいいやとさえ思っていた。

そんな時だった。
体を拭き終わったふらんがとてとてとこちらに歩いてきた。
机の前に立つと、じーっ、と机の上にいるれいむを見つめてきた。

「……ゆ、ゆぅ? なぁに?」

ゆっくりふらんとは思えぬ温厚さと愛でお兄さんの保証があるとはいえ、ふらんは捕食種だ。
本能からくる恐怖にビクビク脅えながらふらんに訊ねる。
それに対するふらんの反応は、れいむの予期せぬものだった。

「……あそぼ」
「……ゆっ?」

れいむを受け入れる、というかのように両手を広げるふらん。胸に飛び込んで来い、とも見える。
何がなんだか分からなかった。ふらんといえば子供の頃からゆっくりを食べる怖い種だった。
先ほどクイーンありすを殺したことからも、そのイメージは覆っていない。
そのイメージを根底からひっくり返すかのような発言に、れいむは本日何度目になるか分からない混乱を覚えた。

「ふらんと、遊んでやってくれないかい?」

そんなれいむに、ふらんの後ろにやって来た愛でお兄さんが言った。
ぽん、とふらんと肩に優しく手を乗せる。
ふらんは広げていた両手を愛でお兄さんの手に添えるように持っていった。

「ふらんはね、子供の頃からゆっくりの友達が居なかったんだ……。
 外で友達を作ろうとしても、捕食種だからって皆逃げてしまう。同じ捕食種の友達でもできれば良かったんだけど、今はもう野良にはドスまりさの群れの者以外は殆どいなくてね」
「うぅ~……」

悲しげに語る愛でお兄さんの話に合わせ、ふらんも悲しそうに俯く。
そんなふらんを見て、クイーンありす達に襲われた直後の自分を思い出した。
群れで生き残ったのは自分だけ。家族も友人も仲間も全て失った自分。
最初から居ないのと有ったものを失ったの。
どちらが不幸なのかは分からないが、少なくとも、れいむがふらんに同情と好感を覚えるほどには似通っていた。

「ゆぅ。わかったよ、おにいさん! れいむ、ふらんとあそぶよ!」
「ほんと?」

ふらんが不安そうに訊ねる。

「ほんとうだよっ!」

それに対しれいむは安心させるように笑顔でその場で跳ねてみせた。
承諾した理由はお菓子をくれた礼でもあり、こうして対面すると思ったよりも怖くないという理由でもあり、なによりれいむ自身が遊ぶことによって今の不安を和らげたいという理由があった。

れいむの返答を聞くと、ふらんは笑顔になった。
満面の笑み、というわけではない。口の端がわずかに上がった程度である。
それでもれいむは、捕食種の笑顔を見るのは初めてだった。

ふらんは両腕を伸ばすと、れいむの体を持ち上げた。
捕食種に触られるという事にれいむは僅かに身じろぎしたが、手から伝わってくるぬくもりには全く恐怖を感じなかった。
ふらんは挟み込むようにして持ったれいむを更に高く持ち上げた。
そして、

「たかい、たか~い」

ぽーん、とれいむを上に放り上げた。

「ゆゆゆっ!?」

突然のこの行動にれいむは半狂乱に陥った。まさかこのまま投げ飛ばされるのではないかとさえ思った。
だが上空に舞った後、落ちてきたれいむをしっかりとふらんは受け止めた。
その後もう一度れいむを「たかいたか~い」と言いながら放り上げる。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、れいむは恐怖よりも楽しさが上回った。

「ゆ~♪ おそらをとんでるみた~い」
「たかいたか~い」

家の中に、二匹のゆっくりのとても楽しそうな声が響き渡った。












そうした遊びがしばらく続いた。
ふらんが猫じゃらしのようなものを持ってれいむがそれを追っかけたり、
ふらんがれいむの頬をむにむにとこねくりまわしたり、
ふらんとれいむで、全く合っていないのに本人達は楽しそうな歌を歌ったりもした。

そうしてれいむが今の自分の置かれている状況も忘れるほど楽しい時間を過ごしていると、一人の青年が愛でお兄さんの家を訪れた。
こんこん、と扉をノックする音がする。
愛でお兄さんが「はいはいはい」と駆けよって扉を開いた。

「お邪魔するよ、っと」
「やぁ、いらっしゃい。『虐待お兄さん』」

入ってきたのは、れいむの知る人物だった。

「ゆゆっ!! さっきのおにいさん!?」

それは先ほど、クイーンありすとの待ち合わせ場所にれいむが向かう途中に出会った、ゆっくりれいむとゆっくりまりさを見なかったと訊ねた青年だった。

「うん? さっきの? …………あぁ、さっきのれいむか」

青年──虐待お兄さんは一目では分からなかったようだが、思い出した。
あの誘拐したれいむとまりさについてまた何か訊かれるかもしれないと思ったれいむだったが、虐待お兄さんはそれどころではないといった様子で愛でお兄さんと話し始めた。

「愛でお兄さん、ここに来る途中大量のゆっくりの軍勢を見かけた。恐らくドゲスまりさの群れだ。
 方角からして十中八九ここを目指している。
 あの進軍の方角で一番近い家はここだしな。この近辺に他にゆっくりが向かいそうな場所は無い」

虐待お兄さんのその言葉を聞いた瞬間、れいむは忘れていた事実を思い出した。
見つかった。
れいむは教えていないのに何故バレたかは分からないが、群れはもうここにふらんがいることを突き止めている。
もう猶予はない。先延ばしにしていた決断を今こそ下さねばならない。

愛でお兄さんはれいむに優しくしてくれた。ならば愛でお兄さんに打ち明けて味方になってもらおうかと考えた。
だが愛でお兄さんはゆっくりが大好きとも言っていた。これからここにくる群れのゆっくりに対して、一切抵抗せずにやられてしまうかもしれない。
仮に愛でお兄さんやこの家にいる他二人の人間が戦ったとしても、ドゲスまりさの群れは巨大だ。
クイーンありすを殺したものへ報復に向かうのならばそれこそ千匹以上の大軍で押し寄せることだろう。
きっと助からない。

ならば捕らえられていたなどと適当に嘘をついてでも群れに戻ろうか?
いや、だとしても人間との衝突になれば群れの全滅は免れられない。れいむの命が助かる確率は殆どないだろう。

れいむは恐怖で青ざめ、ガタガタと震えだした。
目には涙が溜まっている。
パートナーのまりさの仇を自分で討つこともできず、自分に優しくしてくれた人たちも危険に晒そうとしている。
自分の未来にはきっと死しか待っていない。
理不尽に突然襲い掛かってくる死よりも、避けることの出来ない死がじわじわやってくる方がよっぽど恐いということを、れいむは初めて知った。

生きたい。生きたい。もっと生きていたい。
生きて、もっとゆっくりしたい。
ゆっくりの原初の本能に刻まれた欲求が、れいむを苦しめる。

どうしようどうしよう。
いや、どうしようもない。
何をすべきか分からない。何をしようかも決められない。

狂ってしまいそうな程の恐怖の中にいたれいむの頭に、優しい手が添えられた。
それは愛でお兄さんの手だった。
俯いていた視線を上げる。愛でお兄さんの視線とぶつかった。
愛でお兄さんは言った。

「君は、ふらんを追ってここにきたんだね?」

────あぁ、終わった。
自分のせいでこの人たちに危害が及んだ。自分がふらんを追ってきたせいでドゲスまりさの魔の手が伸びてきた。
協定や自分の命なんてどうでもいい。あの時自分が命令を拒否さえしていれば、この心優しい人達のゆっくりを邪魔することなんて無かったのに。

れいむは愛でお兄さんやふらんに嫌われるのが恐かった。
短い時間ではあったが、れいむはこの一人と一匹がとても好きになった。群れを失ってから、初めて心を許せる相手に出会ったと思った。
そんな人たちに、自分のせいで危険が迫ったと思われたくなった。
よくも騙したな、と罵られたくなかった。

なんで分かったのかは分からない。
いや、虐待お兄さんががいるのだから、自分がドゲスまりさの群れのゆっくりであることはすぐに分かったことか。

だが少なくとも、自分は愛でお兄さん達を傷つけたいとは思っていない。
それだけは分かって欲しかった。
そう思って、れいむは口を開いた。

「ゆゆっ、れいむは────」

だが、

「お前は好き好んであの群れにいるわけじゃ、ないんだろう?」

愛でお兄さんの隣に立つ虐待お兄さんが、れいむの言葉を遮るように言った。
その言葉で、れいむの目に溜まっていた涙が零れ落ちた。

「なんで……なんで、わかったの?」

れいむは自然と、口を開いていた。

「僕達を誰だと思ってるんだい?」

愛でお兄さんがいたずら少年のような純朴な笑みを浮かべて言った。

「俺たちはゆっくりのスペシャリストだぜ?」

虐待お兄さんがガキ大将のような不敵な笑みを浮かべて言った。















「「それぐらい、分かるさ」」

二人の青年の声が重なった。


その瞬間、れいむの両目から涙がとめどなく溢れた。
もう、どうしようもないぐらいに、れいむは嬉しかった。
これまでずっと一人ぼっちだった。ドゲスまりさの群れの中にいても、周りは全て敵。仇だった。
最愛のパートナーを失ってからずっと、れいむの心は孤立していた。
愛でお兄さんにお菓子をもらった時も、ふらんと遊んでいた時も、心の端では騙しているという罪悪感があった。
それが、ここに来て、ようやくれいむの心は救われた。
今、れいむの心の傍には、目の前の青年たちがいた。

「ゆぐっ、ゆぐっ…………ありが」

礼を言おうとした時だった。
ゆっー、ゆっー、と遥か先から聞こえてくる大軍の気配が届いた。
慌てて視線をその方角へ移す。視線の先は壁に阻まれていたが、その壁越しに怒りと殺意に満ち溢れたゆっくりの大群の気配を感じた。
いや、既に声も聞こえていた。

「ゆっ、ゆっ……!!」

遂に、来た。

「団体さんのお出ましだね」
「せいぜい歓迎してやるさ」

愛でお兄さんと虐待お兄さんが受けて立つと言わんばかりの自信を漲らせ扉の外へ向かおうとする。
れいむはそれを止めようとした。無謀だと。
ドゲスまりさの群れの脅威はこの二人よりも自分の方がよく知っている。
いくら人間といえども二人では殺されてしまう。
だから止めようとしたのだが、

「大丈夫。君は僕たちが守ってあげるよ」

愛でお兄さんに笑顔でそう言われ、口を開くことができなかった。
二人は扉を開けて外に出て行った。止められなかった。
落ち込むれいむの頭に、ぽんと手が乗せられた。
手の主はふらんだった。

「だいじょーぶ。ふらんもみかた」


















わずか二十メートルの距離を隔て、千数百匹からなるゆっくりの大軍と、れいむ達は対峙している。
れいむは今ふらんに抱えられ、揺らぐことのない大樹のように立っている虐待お兄さんと愛でお兄さんの後ろにいる。
大軍の先頭にいたゆっくり──だぜまりさがそんなれいむを見て開口一番罵った。

「ゆ゛っ!! れいむ゛っ! うらぎったんだぜ!?」

その言葉に周りのゆっくりが一斉に罵声を浴びせかけた。
裏切り者! クイーンありすの仇! 非ゆっくり!、と。
れいむはそれに対し何も返さない。既にそれは事実となったからだ。
れいむは託すことにした。愛でお兄さんやふらん達に。
その結果自分がどうなっても後悔はしないと、決めたのだ。

「まぁまぁ、待てゆっくり達よ。君たちはドスまりさの群れのゆっくりだろう? 不可侵協定を忘れたのかい?」

罵声を飛ばし続けるゆっくりの群れに、言い聞かせるように虐待お兄さんが言った。

「ゆんっ! そんなのもうむこーなんだぜ! にんげんたちがくいーんありすをころしたんだから、まりさたちもにんげんをころすんだぜ! 
 やぶったのはそっちがさきなんだぜ!」

だぜまりさのその言葉に、虐待お兄さんは何も言い返さなかった。
あぁ、そういう答えと分かってましたよ、と全てを知っていたかのような顔をしていた。

「つまり、君たちの要求はなんだい?」

今度は愛でお兄さんが大軍──のリーダーであろうだぜまりさに訊ねた。

「そこのふらんをこっちによこすんだぜ!」
「それは出来ない相談だなぁ」
「じゃあしぬんだぜ!」

交渉は決裂だとばかりに一斉にゆっくり達が戦闘態勢をとる。
口に石をくわえたり、先の尖った木の枝や竹を咥えて構えた。
最初から話し合いで解決するつもりなんて毛頭なかったのだろう。
改めて目の前の圧倒的な戦力にれいむは慄いた。
恐怖で震えるれいむに、ふらんが「だいじょーぶ」と優しく声をかけて頭をなでた。 

「さてと、ようやく私の出番か」

一触即発。
誰かが動けばその瞬間戦いが始まる、というその時だった。
愛でお兄さんの家から、一人の青年が出てきた。
それは先ほどれいむが家の中で恐怖を感じた、鋭い眼をした青年だった。
悠然とした歩みで虐待お兄さんと愛でお兄さんの間に並ぶようにやって来たその姿は、まるで岩石を彷彿とさせた。
その手にはあるものが握られていた。槍だ。竹の先に包丁が括り付けられただけという簡素なものだが、それは間違いなく槍だった。

「えぇ、随分お待たせしてすみませんでしたね」
「存分に暴れてくれや」




「「虐殺お兄さん」」



────────
あとがきのようなもの

すみません、思ったよりも長くなりそうなので続きを楽しみにして下さった方のためにここまでで上げます。
生殺しじゃねぇかバカ! って方はごめんなさい。今夜中には残りを上げますので


これまでに書いたもの

ゆっくり合戦
ゆッカー
ゆっくり求聞史紀
ゆっくり腹話術(前)(後)
ゆっくりの飼い方 私の場合
虐待お兄さんVSゆっくりんピース
普通に虐待
普通に虐待2~以下無限ループ~
二つの計画
ある復讐の結末(前)
ある復讐の結末(中)

byキノコ馬




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最終更新:2022年05月03日 20:22