あるところに一匹の若いゆっくりぱちゅりーがいた。
よく晴れた春の日餌を探して巣から出たところで
「むきゅううう!!こないでええぇぇ!!」
ぱちゅりーはゆっくりありすの群れに出くわし
「ぱ、ぱちゅりいいぃぃぃ!!」「病弱っ娘かわいいぃよおぉぉおお!!」
「やめでえええぇぇぇぇぇ!!」
「「「すっきりー!!」」」
ありす達は当然のごとくその場を立ち去り、あとに残されたのは衰弱したぱちゅりー
「ゆ゛う゛う゛ぅぅぅ…」
やせ衰えた体を引きずって巣に戻ったぱちゅりー
そこでぱちゅりーは気がついた。自分が妊娠している事に。
はたしてこの体で産めるのかしら?
ぱちゅりーは薄暗い巣の中で唸った。
数日後にはぱちゅりーの腹ははちきれんばかりに膨らんでいた。
『動物型出産』と称される出産方法であるのは明白、本来十分に成熟した個体が行なう方法であるが
衰弱した体ではこの方法がよいと肉体が選択したのだろう。
もはや一匹分の体力しか残されていないのだ。
まだ出産の経験がないぱちゅりーにもその時が近づいている事はよくわかった。
この数日間での回復具合からして生む事は出来るだろう。だが自分は無理なようだ。
負担の少ない植物型出産ならばあるいは生き延びられるかもしれない。
だがその先はどうだろうか。ただでさえ弱い体をありす達によって痛めつけられた自分では未熟な子供を育てきれるかどうか。
ならば比較的成長した状態で生まれてくるこの方法に賭けてみよう。それがぱち。。
ゅりーの結論だった。
ぱちゅりー種は巣に大量の餌をため込む習性をもつ。
ほとんど動けなかったこの数日を生き抜き、体力を回復する事が出来たのもそのおかげ
動物型出産ならばこの備蓄した食糧が食べられないほど幼いという事は無いはず
自分がいなくともしばらくは生き延びれるだろう。
跳ね回れるくらいに成長して生まれてくれればさらによいのだが
自分の体を省みてみるとそれは望めそうにもない。
それからまた数日が過ぎた時ついに「その時」がやってきた。
膨れ上がった腹にわずかな亀裂が走り、みちみちと拡がってゆく。
「むぎゅぅぅううう…」
同時に凄まじい痛みがぱちゅりーを襲った。
この方法で生むには若すぎる体であるとは思っていた。だがここまでとは!!
全身からじっとりとした脂汗が流れ、足元に溜まってゆく
この痛みはかつて腐りかけの魚を食べてしまった時の比ではない。
「む゛ぎゅう゛う゛ぅぅぅ…」
同時に腹の亀裂は拡がりきって穴となっている。きっと真正面からは赤子の顔が見えているだろう。
果たしてどんな子か、自分はそれを見ることができるのか。
幾度か気絶しそうになりながら痛みに耐えるぱちゅりー
もはや死産を覚悟しかけた時、ポンと音を立てて腹から赤子が飛び出した。
「ゆぅぅぅ~~~!!」
蜂蜜色の髪に赤のヘアバンド、ぱちゅりーではない。
ゆっくりありすであった。
「ゆっ…くり…していってね…」
息も絶え絶えになりながらわが子に話しかけるぱちゅりー
「ゆっくりしちぇいっちぇね!!」
元気よく返すありす。植物型出産の子よりは幾分大きいが動物型出産によって生まれる子の平均よりは大分小さい。
どうやら跳ねることはできそうにもないようだ。這うのが精一杯だろう。
若すぎる体から生まれた以上当然といえば当然であるがこれでは外に餌を探しにいけそうにもない。
成長するまでは蓄えが頼りだろう。
まさかありすなんてね――――――――――――我が子を眺めながらぱちゅりーは思った。
めったに生まれないはずであるありすが虚弱な自分から生まれる。異常は異常を呼ぶらしい。
とはいえ自らの子である。かわいくないわけがない。
その時猛烈な疲労感と眠気がぱちゅりーを襲った。
ああ、ついにこの時が来た。産むことができたのはよかったが、まだこの子は幼い。
餌のこと。仲間のこと。愛すること。できればもう少し色々と教えてあげたかったがそれもできそうにない。
誰かが拾って育ててくれると良いのだが。
はたして一人きりで生き延びられるのかしら?願わくば健やかに育たん事を。
「ゆっくりしてね…」それがぱちゅりーの最後の言葉だった。
生まれてからわずか数分にしてありすは孤児となった。
とはいえ亡母の遺した蓄えは十分にある。すぐに死ぬという事はないだろう。
ありすの生の始まりは安穏としたものになりそうだ。
それから外に出られるようになるまでの間ありすは巣の中で暮らした。
備蓄された食糧は赤子一匹には十分
長期保存を考えて日持ちの良いものが中心であり傷むという事も無かった。
「ゆぅううううう…」
食料の中には防犯対策にいくつか毒餌が混ぜられていたが、ありすがそれを食べたときには数日間寝込む程度で済んだ
ありすが育った巣は立地条件にも恵まれていた。
ゆっくり随一の頭脳を持つゆっくりぱちゅりーによって作られたその巣は
外敵から身を守ることができる茂みによって巧みに隠され
周囲には餌も豊富であった。
外に餌探しにでるようになったありすは様々なものを見つけた。
おいしそうな木の実やいい香りのキノコ
経験のないゆっくりがつい食べてしまうこれらをありすは避けた。
かつて寝込む羽目になった餌に似ていたからである。
母が遺した食料は「食べてもいいもの」と「食べてはいけないもの」を教えてくれた。
ある意味で最大の幸運といえるのは茂みに大きな蜘蛛が住み着いたことである。
「ゆ、ゆううぅぅぅ!!ゆっくりしていってね!!ゆっくぅぅぅ!!」
ありすはこの蜘蛛を恐れ避けた。この蜘蛛がを避けるために
今までしたことがなかった『跳躍』をしたのだ。
ありすのように赤子の状態で親をなくしたゆっくりは
他のゆっくりに拾われなかった場合、長くても一か月で死ぬ。
原因は様々である。
外敵に襲われる。毒のある餌を食べる。巣作りができず衰弱死する。
本来なら親によって守られる死にさらされ続け、最後に飢えがやってくる。
この飢えは周囲の餌を食べつくしたことによる飢えである。
ゆっくりの『跳躍』は親に教わるべきもっとも重要なものである。
これができず這うことしかできない場合行動範囲は大幅に制限される。
その結果が一ヶ月後の飢え死になのだ。
蜘蛛という敵を得たありすは『跳躍』を習得した。
これによりありすの行動範囲は餌が尽きかけていた巣の周囲よりさらに拡大した。
そしてありすは
「ゆ!はじめてみるこだよ!!」
野イチゴの木の下で生まれて初めて他のゆっくりに出会った。
ありすと同じ年頃かもう少し年上のゆっくりの一団
彼らも始めてみるありすに興味津津である。
「なまえはなんていうの?」
「ゆっくりしていってね!!」
「どこからきたの?」
「ゆっくりしていってね!!」
「…このこおかしいよ?」「ゆっくりできないこ?」「でも…」
別にありすはおかしいわけでもふざけているわけではない。
生まれたときから一人だったありすは「ゆっくりしていってね!!」以外の言葉をしらないのだ。
何をいっても「ゆっくりしていってね!!」としか言わないありすに
ゆっくり達は困り顔、だんだんと皆黙っていってしまう。
ありすも皆の困惑を察して黙ってしまう。
その場に流れる気まずい空気
それを破ったのは
「そいつからはなれてえええ!!」
「にげてえええぇぇぇ!!」
猛烈な勢いで走ってきた親ゆっくり達だった。
「おかーさん!!」「どうしたの?」「なになに?」
「そいつからはなれて!!そいつは『ありす』だよ!!」
「「「ありす!!」」」
ありすの周りにいたゆっくり達が一斉に後ずさる。
『ありす』、それは彼らにとっての忌まわしきもの
つまるところあのゆっくりありす達のことである。
ぱちゅりーを襲ったありす達はこの群れも襲っていたのだ。
発情したありすは容易には止められない。
この群れにおいても交尾に耐え切れずに衰弱死するものや
望まぬ妊娠をすることになるものが続出し大きな被害を被った。
その結果がこの状況である。
「またきたねこのしきま!!」
「むきゅ、とかいはのありすなんていってるけどけっきょくはばいたよ」
「ゆっくりしていってあげるよ!なんていわれてもねがいさげだよ!!」
「またはなのあなをふくらませておいかけまわのね」
一匹の若いありすのために群れのほとんど全員が駆けつけていた。
それほどまでにこの群れのありすへの憎しみは強い。
親たちは憤怒の表情でありすをにらみつけ
幼いころから『ありす』の怖さを聞かされて育った子どもたちは
親たちの影からじっとありすを見つめている。
ありすは後ろを向いて立ちさがるしかなかった。
夕日を浴びながらありすは今日投げかけられた言葉を思い出していた。
はじめて…なまえ…きた…そいつ…おかーさん…
初めて聞く言葉の洪水の中に混じる何か
ありす…とかいは…ありす…とかいは…
聞いた覚えはない。だがどこか懐かしい気がする。
動物型出産で産まれたゆっくりは親の記憶を引き継ぐ、という説が発表されたことがある。
なぜならゆっくりは親の脳である餡子を受け継ぐから。
一笑に付されて終ったその説は
あるいは一分の真実を含んでいたのかもしれない。
「ときゃいひゃにょありしゅ!!」
ありすが自分を知った瞬間だった。
一度拒絶されながらもありすはあの群れの子どもたちに近づいた。
あの日のことを思い出すと話しかけることはできなかったが
物陰から眺めることはできた。
そんなありすを子供達も気づいてはいた。
ありすの生態を知らない彼らはありすを拒絶する事は無かった。
だが親たちから聞かされた話を思い出すと気軽に「ゆっくりしていってね!!」とは言えなくなる。
ありすと子供たちの関係は平行線をたどったまま時間だけが過ぎていった。
ありすは毎晩巣の中で会話の特訓をした。
会話といっても相手がいるわけでない。
その日耳にした言葉を思い出して喋るのである。
「れ、い、む、は、き、の、み、が、す、き、だ、よ」
「ま、り、さ、は、き、の、こ、が、す、き、だ、ぜ」
ありすは少しずつ、少しずつ言葉を覚えていった。
「あ、か、ちゃ、ん、は、と、て、も、か、わ、い、い、よ」
「お、か、あ、さ、ん、は、す、ご、い、ん、、だ、よ」
時々ありすにはわからない言葉が混じる。
それらについてありすは想像してみることがあった。
あかちゃんもおかあさんもなにかとってもいいものらしい。
おいしい食べ物かな?でも一緒に遊んだらしいからそうじゃないよね。
そういえば「お母さんのマネ」するときは膨れていた。
なにかおおきいものなのかな?
同時にあの子たちとゆっくりすることも考えた。
おいしい食べ物をもってけばゆっくりできるかな。
頭には花を挿しておめかしをしよう。
甘い木の実を咥えていってあの子たちに会う。
それでとかいはのありすがゆっくりしてあげるよ!!というと
あの子たちもゆっくりしていってね!!
と返してくれて、それからみんなで…
夏が過ぎ秋が過ぎ冬が訪れようとしていた頃。
結局ありすはあの群れに交じることは出来なかった。
幾度も接触を図った。
おいしい餌を咥えていったこともあった。
勇気を出して茂みから飛び出したこともあった。
だがどうしてもその先ができない。
あの日のように「ゆっくりしていってね!!」と言えない。
「とっ、とかひゃのありしゅがゆっくるぃ…」恥ずかしさの余り走って逃げた。
いつもいつも妙な言葉を叫んで逃げるへんな子、それがありすの評判だった。
ありすと同世代のゆっくりはお姉さんになって妹達の面倒を見るようになり
そして親になってあの場所に来なくなる。
群れの巣から近く外敵もいないあの場所は子供達のえさ場であり訓練場である。
あの場所で過ごすことでゆっくりは餌の取り方や幼いゆっくりの世話の仕方を学ぶのだ。
秋のなかば頃にはありすは自分の妹、あるいは子供ほどのゆっくりと仲良くしようとしていたのだ。
「餌場に現れる変な子」の話は姉から妹、親から子へと受け継がれる。
最後の頃にはありすが現れるだけできゃいきゃいと騒ぎ出し、仲良くなるどころではなかった。
ありすの越冬の準備は問題なかった。
餌に囲まれて育ったありすは餌を貯蔵することを自然に覚えたのだ。
冷たい風が吹きはじめたころにアリスは他のゆっくりを真似て
木の葉と泥と苔と石で穴を塞ぎありすは冬ごもりを始めた。
巣の入り口は不慣れなアリスでも塞げる程度にごく小さく作られていた。
今は亡きパチュリーは今もアリスを守り続けていた。
冬中アリスは黙ったままだった。
食べ物はある。寒さが入り込んでくる事もない。
だがアリスの心は猛烈な飢餓感と寒さを感じていた。
特訓もシミュレーションも何の意味もなかった。
ついに一人の友達も出来なかった。
ついに誰かと会話する事は無かった。
一緒に餌取りに出かける事も笑いあう事も無かった。
雪に埋もれた巣の中でありすは泣いた。
なぜか心に『いなかもの』という言葉が浮かんだ。一度も聞いたことのないその言葉は
なぜか自分のことであるかのように思えた。
数ヵ月後
春の訪れと共にありすは巣を開いた。
今年こそはと思っていた。
今年こそはあの群れと仲良くなろう。
友達を作って一緒にゆっくりしよう。
大丈夫、きっと大丈夫だ。
春の日差しはこんなにも心地よいのだから。
その時だった。
一匹のゆっくりがありすの巣に向かってやってきたのは。
蜂蜜色の髪にヘアバンド
そうそれはありすの同族であるゆっくりありすだった。
今だかつて自分の巣に誰かが来たことなどなかった。
だがいまそれが目の前に来た。初めての来客
ありすは急いで外に飛び出した。
「ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりしていってあげるよ!!」
「あ、ありしゅのおうちへようこそ!!どうぞなかにはいってね!!」
「おじゃまします!!」
初めてのお客様、丁寧におもてなししなくては
たしか去年の胡桃がまだこのあたりに…
食料庫を覗いていたありすは気づけなかった。
この来客の目に浮かぶ危険な光に
来客は突然ありすの尻に圧し掛かると猛然と腰を降り始めたのだ。
「んほおおおぉぉぉぉ!!」
「いやあああああああぁぁぁぁ!!」
ありすには何をされているのかはわからなかった。
ただ不快な行為である事のみが感じられた。
「やめてぇぇぇぇ!!やめてよおぉぉぉ!!」
「んほっ!!んほほ!!ありす!ありす!ありすかわいいよぉぉぉ!!」
そのままその行為はいつ果てるでもなく続いた。
なんど叫んでも、なんど懇願しても終わらなかった。
終わらない苦痛の中でありすの意識は薄れていった。
気がついたときあの来客はいなくなっていた。
見回すと冬篭りの食料の残りが殆ど消えていた。
周囲には飛び散った唾の後、よほど急いで掻きこんだのだろう。あるいは元々目こちらが目当てだったのかもしれない。。
その時ありすは違和感を覚えた。体の重心が動いたような奇妙な感覚
なにがあったと頭上を見た時ありすは違和感の正体に気がついた。
頭から蔦が生えているのだ。
うねうねと伸びたその先には粒状のものがいくつか。よくみると蜂色の髪と赤いヘアバンドが見て取れる。
赤ちゃんだ…ありすには確信できた。
コレが赤ちゃんだ。きっとそうだ。自分にもできたんだ。赤ちゃんができたんだ。
体の疲れも忘れてありすは叫びだしそうな喜びを覚えていた。
数日間ありすは最小限の行動を心がけてすごした。
なるべく急がないようん、なるべく静かに
今年が食用になる植物が多く、餌には困らなかった。
なんて運がいいんだろう。ありすは思った。まるでなにもかもが自分を祝福しているようだ。
そして出産の時
ありすはじっとその時を待った。
もう赤子たちは十分育った。あとは…あとは…
眠っていた子供たちは次々と目覚め、その身を揺すって落ちてくる。
この日の為に集めた柔らかな下草の上に一匹、また一匹と
「「「ゆっくりしちぇっちぇね!!」」」
合計八匹、初産としてはかなり多い。
全員を一箇所に集め終わりありすはやっと一息ついた。
自分の赤ちゃん、ありすの赤ちゃん
その眼には一片の曇りもない。その声に一片の不安もない
ありすは確信していた。
ああきっと、きっとこの子達は自分を押し上げてくれると。
惨めな一人ぼっちのいなかものから皆に愛され、尊敬されるとかいはへ変えてくれると
あの群れと…あの群れと仲良くなって一緒に笑え合えるようにしてくれると。
「ありすのあかちゃん!!とかいはにそだててあげるよ!!」。
「なんでたべてくれないのおぉぉぉぉ!!」
巣の外まで聞こえそうなありすの叫び声
その原因は一匹の赤子、なぜか一切の餌を受け付けないのだ。
かじる事はある。だが飲み込むところまではいかない
初めは好き嫌いの問題だと思った。八方手を尽くし様々な餌を集めた。
甘い木の実にいい香りのキノコ、丸々太った芋虫
しかしどれも食べてくれない。
何で?どうして?もしかしてありすがきらいなの?
日に日に弱ってゆくその子を見ながらありすはもうどうすることもできなかった。
ありすには分からぬことであったがこの子供は先天的に虚弱体質だった。
餌を食べないのではなく食べられなかったのだ。
ゆっくりにも時折こういう子供が生まれる。
普通その場合は親が餌を柔らかく噛み砕いて与える。そうすれば数週間後には丈夫な子になる。
数日後その赤子は動かなくなった。
もう「ゆっくりちていってね!!」とは言わない。「おかーしゃん、あったかい」と甘えてくる事もない。
ありすは他の子供に餌を与えた後、一匹でお墓を掘った。
「おかーさんはだいすきだったよ。」言えたのはただそれだけだった。
誰かに相談する事も出来ずにただ一匹だけでの子育て
せめてあのありすがいてくれれば、と思うがそれももう叶わない。
この子達には自分しかいないのだ。無邪気な寝顔を見るたびにそう思う。
自分のように一人きりのいなかものにしてはならない。きちんととかいはにしなければ。
またある日ありすはとてもいいものを見つけた。
色とりどりの木の実がなった木だ。
どれもありすの好物であり味は抜群、普段はなかなか手に入らないのだが今日は運良く沢山見つけることが出来た。
ちょうど季節なのだろうか。木の付近にはたくさんのゆっくりがいた。
とり尽くされるかもとも思ったが無事とって帰ることが出来た。なぜか避けられている実があったからだ。
普段ありすも普通に食べている実であるので危険があるはずはない。
口いっぱいに押し込んで子供たちの笑顔を思い浮かべながら帰路を急いだ。
「おかーしゃん、ごはん!」「まんま!まんま!」
「はーい!みんなごはんだよ!!」
育ち盛りの子供たちは皆争うように木の実を食べてゆく。
「みんななかよくね!!まだまだいっぱいあるよ!!」
結局その日とった木の実はほとんどが赤子の餌となった。
「みんなおいしかった?」
「おいしかった!!」「またたべたいよ!」
子供たちの笑顔はやはり良いものだ。眠りにつきながらありすは思った。
深夜、ありすは奇妙な音によって目覚めた。
まるで唸るような、空気を絞りだすような奇妙な音
不思議に思ったおりすが外に出ようとした時、その原因に気がついた。
「ゆ、ゆぐぐぐぅぃぃ…」
「ありすのあかちゃん!!」
赤子達が猛烈な腹痛に呻いていたのだ。
顔は蒼ざめ体はぶるぶると震えている。
「どうしたの!みんな!!どうしたの!!」
「ぐるじいぃぃぃょぉぉ…」「ぐぎぎぃぃぃ…」
「みんな!!」
腹痛の原因はあの木の実の毒素だ。
あの木の実には微量の毒素が含まれる。大人が食べてもどうということはない。
だが子供が、しかも大量に食べれば話は別。
他のゆっくりがこの実を避けていたのは子供が誤って食べてしまう事態を避ける為である。。
翌朝、ありすは三つの墓を前の墓の隣に建てた。
犠牲となったのが三匹、残りは四匹。わずか数週間の間に半減したのだ。
ありすの衝撃は計り知れない
きっと地面の下ではみんな仲良く遊んでいるに違いない。ありすはそう思いたかった。
そしていっそう強く思うのである。もうこのような悲劇を繰り返さないと。
それから数週間、赤子たちは順調に育っていった。
巣の外への興味も出始めたらしく、しきりに「おそとにはなにがあるの?」と聞いてくる。
そんな時ありすは答えるのだ。「とってもいいところだよ」と。
まだ外には出せないなとありすは考えている。とにかく子供たちを危険な目に合わせたくない。
毎日出かける時は「おそとにでないようにね!!」が欠かせなかった。
いつもの様に餌を集めて巣に戻る。
今日は大きなミミズを捕まえられた。子供たちも喜ぶだろう。
勢いよく跳ねながら巣に戻ったありす。
そこでありすが見たのは
「ゆ!ありしゅのだよ!!」「ちがうよ!ありしゅのだよ!!」
餌をめぐって争う子供たちだった。
「!!!!!!!」
「ありしゅのごはんだよ!!」「ゆぅぅぅ…ありしゅがみつけたんだよ!!」
争っているのは子供たちのうちの二匹
ほかの子供たちは遠巻きに見ているだけだ。
二匹の間には一弁の花びら、花びらはこのあたりによく咲いている花のものであり
蜜が多くありすも時々子供たちに与えていたものだ。
二匹はこの花びらを巡って争っているらしい。
「とったのはありしゅだよ!!だからありしゅのだよ!!」
「でもみつけたのはありしゅだよ!!!ありしゅがとろうとしたらありしゅがとったんだよ!!」
この類のケンカはさして珍しいものではない。
『自分のもの』という意識が芽生える頃にはよくあること。『他人のもの』を知るのはもう少し先のことだ。
つまるところは子供のケンカであり、放っておけばそのうち仲直りするだろう。
たとえどちらかが勝ったとしてもきちんと餌を与えれば成長にはなんの問題もない。
よほどの事がない限り親はただ見守ればよい。
だが
「だめでしょおおおおぉぉぉぉ!!」
ありすにはそれがわからない。
「なんでけんかするの!?なんでなかよくできないの!?おんなじとかいはでしょ!?なんでなんでなんで!!」
猛烈な勢いで怒鳴りつけるありす、子供たちは驚いてありすの方を振り向いた。
一人きりで育ったありすにケンカの経験もない。
昨日まで自分が与える餌を仲良く食べていた子供たちが争う。到底受け入れられるものではない。
少なくともありすにとってはそうだった。
「とかいはのありすのあかちゃんはとかいはじゃなきゃいけいないの!!いなかものじゃだめなの!!
わかった?ねえわかったの?!わかんないよね!!だからそんなふうにけんかするんだよね!!」
捲くし立てるありすに呆然とする子供たち。それにも気づかずに叫び続けるありす
結局この時は数分後に我に返ったありすが「みんな、どなってごめんね。」と謝って終わった。
だがその数日後
いつも通り餌をとって巣に帰ってきたありすは巣の中を見てぎょっとした。子供たちがいないのだ。
「み、みんなどこ!?どこにいっちゃったの!!」
ありすは巣を飛び出して子供たちを捜した。
誰かにさらわれたのか?何かに襲われたの?
それとも…
もしかして自分が嫌いになったのでは?みんなでここを逃げ出そうと計画していて、実行したのでは?
だとしたら
また一人ぼっちに戻るの?
ありすの頭の中で止め処もない考えが流れてゆく。
幸い子供たちはすぐに見つかった。
巣からさして離れていない木の下で遊んでいたのだ。
「あ、おかーしゃん!!」「ゆっくりちちぇっちぇにぇ」
木の葉を咥えて振り回しながら母親にじゃれ付く子供たち
外に出たのは遊びたかったから。真に子供らしい理由
そんな子供たちはをありすは無言で口の中に押し込んだ。
子供たちは「まっくらだよ!!」「おかーしゃん!!だして!!」と叫んだが
ありすは口を開くことなく巣まで帰り、子供たちを口から出した。
その日ありすは一人で夕食を食べた。
子供たちの食事は抜いた。
言いつけを守れなかった罰が必要だと思ったから。
子供たちはひもじさに泣いていたが怒鳴りつけて黙らせた。
ありすは思い通りにいかない子育てに苛立ちを覚え始めていた。
ささいな事でも怒鳴りつける。食事抜きに始まった罰もエスカレートし圧し掛かりや噛み付きも加わった。
ありすは必死だった。この子達を育てきれないのではないかと、この子達も孤独ないなかものに育ってしまうのではないかという不安と戦い続けた。
誰にも相談できなかった。ありすは一人だった。
子供とは存外に鋭いものである。親自身も気がついていない感情を読み取る事もある。
ありすの苛立ちは子供たちへも伝わっていた。子供には解決できないその苛立ちはストレスとなって心身に食い込んでくる。
子供たちに出来るのはただひたすらにありすに従い、いい子になる事
自分勝手に動いてはならない、おかあさんは嫌がるから。
騒ぐのは悪い事、ケンカするのは悪い事、勝手に外に出るのは悪い事
お母さんが言う事をきいて、みんなでとかいはになろう。それがおかあさんが望んでいる事だから
初夏の頃
子供たちは皆大きく育った。だがそれ以上ではなかった。
「ゆっくりしていってね!!」と叫ぶ子供はいない。外に飛び出して餌をとってくる子供もいない。
無言で巣の中を這い回り、ありすの取ってくる餌を食べる。それだけで一日を終える。
ありすの目には子供たちは落ち着いてくれたように見えた。やっとわかってくれたんだと。
もう帰ってもケンカしていたり、勝手に外に出て迷子になるような事は無くなった。
きちんと巣の中でおりこうにしてありすの帰りを待っている。
とかいはの子は当然聞き分けがいいはずだ。自分の言う事を分かってくれる子供たちはもうりっぱなとかいはだ。
そんな子供たちをありすは誇りに思った。
ありすの子供たち
無気力でうつろな目をした彼らにはなにか健康上の問題があるわけではない。跳ねる事ができないくらいだ。
そう、彼らは跳ねることが出来ない。
外出を禁止され、餌はすべて与えられた。そんな彼らが跳ねる事ができないのは当然の事であった。
本来なら大問題である。前述のようにそれはゆっくりの生命に関わることなのだ。
だがありすにとっての最大の問題は「この子達をいかにとかいはに育てるか」ということ。
そして子供たちはありすの考えるとかいはの条件を全て満たしている。
おとなしく、聞き分けが良くて慎み深い。親の言いつけを破るようなことはもちろんない。
ケンカをすることはない。勝手に外にいく事もない。
ありすが「おいしい?」と問えば「おいしいよ」と答える。
ありすが「たのしい?」と問えば「たのしいよ」と答える。
もうはや完璧なるとかいはである。
この子達が一緒ならばあの群れとも仲良くなれるだろう。このとかいはの子供たちを見れば皆驚くだろう。
「ゆゆ!!すごくかっこいいゆっくりだよ!!」「あれはどこのこ!?」「ありすのこだってよ!!とかいはのゆっくりはやっぱりちがうよね!!」
そうなれば皆仲良くしてくれる。きっと仲間になれる。
自分自身も「とかいはのありす」になるのだ。
ゆっくりと餌を食べる子供たちを見ながらありすは幸福な未来を思い、微笑んだ。
by課本
/****今までに書いたもの
最終更新:2022年05月19日 13:33