「まりさー、まりさじゃないまりさー。どこー?」
人間が聞けば頭を抱えるであろうその問いかけはゆっくりの中では不思議な事ではない。
まりさは自分の友人、すなわち自分とは別の個体である「まりさ」を探していたのだ。
「ゆふぅ・・・もう疲れたよ。」
友人の「まりさ」がいなくなってからもう二日が経っていた。ゆっくりの中にも日数を数えるなどという概念を持つものもいるにはいるようだがこのまりさに関して言えば数という概念すら怪しかった。
「まりさ、どこにいるの?」
まりさは他の友人達にも「まりさ」が行方不明になっているという事は伝えていた。
十数匹のゆっくりがまりさと同じ様に野を駈け草を分けて探してくれていた。しかし一向に「まりさ」が見つかる事は無かった。
人間の畑を襲いに行った時につかまって…と一部のゆっくりは考えていたが当の「まりさ」は森での狩りに楽しみを見いだすゆっくりだったので友人であるまりさはそのような考えは「まりさ」のことをよく知らない新参者によるものだと憤慨していた。
「ゆ〜、お腹へったよ〜。」
真面目に友人の捜索に集中しているとはいえそこは単純な生き物であるゆっくり故か、まりさの腹時計はちょうど正午を指していた。
「ゆゆゆ!おいしそうなキノコだよ!」
友人ではなく食料を探し始めたまりさの目に日頃食べなれたキノコが飛び込んできた。
群れの長やその側近からはキノコの中には毒をもったものもあるから不用意に食べるなとは言われていた。
まりさはその言いつけを頑に守っていたので今まで食事で痛い目を見る事は一度も無かった。
まりさの隣の巣のれいむは少し頭が弱かった事もあり見つけたキノコを片端から巣に持って帰っては子供達と一緒に食していたらしく、ある日のこと、友人のありすがれいむ宅を尋ねてみると一家全員が口から泡と餡を吹いて痙攣していたという。
「このキノコは食べれるキノコだね!まりさはこのキノコが大好きだよ!」
そう言うとまりさは小さく群生するキノコの一本にぱくりと食いついた。
「むーしゃ、むーしゃ、し・あ・わ・せー!」
一口飲み込む度に体を漂う満足感でまりさの顔はさっきまでの緊張にあふれた顔とは打って変わって気の抜けたものになっていた。
そこに一陣の風が吹いた。
「ゆゆゆっ!」
まりさはその目に入る風と巻き散る雑草、砂埃に耐えられずギュッと目を閉じた。
するとまりさはその直後妙な違和感を感じた。風は一瞬吹いただけだった。
しかしまりさの違和感は頬に伝わっていた風の感触が無くなった後にも残っていたのだ。
「なに?なにが起きた・・ゆゆゆ!!?」
目を開けたまりさは目に映った光景に唖然とした。そこには自分がまりさ種である証の大きな三角帽子が宙に浮いていたのだ。
正確に言えば浮いていたわけではない。箒にまたがった人間がその三角帽子のてっぺんを握りつぶすように掴んでいたのだ。
「ふむ、なかなかいい帽子だ。これはもらっていくぜ!」
そう言うと人間は森の奥へとぐんぐん進んでいった。
「まっでえええ!!まりさのお帽子かえしてええ!!!」
まりさは半狂乱になって人間を追いかけ始めた。
一ゆっくりである為に不可欠な飾りの一つである三角帽子、もし紛失しようものなら群れで暮らすどころかそれ以降生きていくことすら怪しくなってしまう。
「おぉ、なにやら幻聴が・・・これはいけない早く家に帰らなければ。」
「まりさだよぉ!まりさの声聞いてぇ!!」
「いやーしかしいい帽子が手に入った。あの木の根元は帽子の宝庫だな。」
「まりざのお帽子かえじでえええええ!!!!」
人間とゆっくりの奇妙なやり取りが森の中で響いた。
「ゆひぃ…ゆげぇ…おぼうし…かえじでぇ…」
まりさの体力もとうに限界をこえて更に12分が経った頃、ようやく人間の箒が止まり人家に入っていくのが見えた。
まりさは体力を振り絞り扉が開け放たれたその人家に這いずりながら進んでいった。
「おぼ…お帽子…!まりさのお帽子どこ…?」
家の中は灯りが無く森の木々に囲まれた窓からも大した光は差し込んでいないためまりさの眼には暗闇しか映っていなかった。
すると突如四方からパッと光が発せられた。全ての光の中心にはつり下げられた三角帽子がただ一つ。
「お探し物はこれかい!?」
「あああ!!まりさのお帽子ぃ!!!!」
暗闇から出てきた三角帽子に喜びと興奮が押さえきれないまりさは自分の頭上の遥か上にあるその宝物に向かって助走をつけてあらん限りの力で飛び跳ねた。
「ゆっぎゅぅー!とどけー!」
しかし、まりさの跳躍はつられた帽子にかする事すらできない程低い。ゆっくりと沈んでいくまりさの表情はその高度に比例するように暗く醜く歪んでいった。
「まりざのおぼうしー!!!」
虚しく頭上を見つめるまりさ。しかし空中にいる間、まりさはまだ帽子を諦めていなかった。
一度でだめなら何度でも、まりさは帽子を口にくわえるまで飛び続けるつもりだった。
「だしてー!!ゆっくりできないよー!」
ジャンプしてから10秒後、まりさは直方体の透明な箱にすっぽりと入っていた。
跳躍から地上へ帰ってきたまりさはちょうど着地点におかれていた箱に自ら進んで入る事になっていた。
三角帽子を取ろうとして力強く跳躍した事が仇となった。走る事も力を込める事もままならない狭い箱の中では先程の様な跳躍はできないため自ら脱出する事は不可能となってしまったのだ。
「やあやあまりさ、ゆっくりしてる?」
慌てふためくまりさの前方から聞こえてくる声、それは間違いなくさっき自分の帽子を奪っていった人間のものだった。
「ぜんぜんゆっくりできてないよ!お帽子返してー!!」
「これ?はいよ。」
「ゆっ?」
返せと言ってすぐに頭に乗せられたその帽子はまごう事無く長年かぶってきたまりさの三角帽子だった。
「ゆゆーん!お姉さんありがとう!」
「はっはっは、当然の事をしたまでだよ。」
何故帽子が無くなったのか、何故自分が箱に閉じ込められているのかということをまりさは深く考えない。
すでに帽子が帰ってきたという喜びでいっぱいだったのだ。
「じゃあお姉さん、まりさはもうお家にかえるからここから出してね!ここは狭くてゆっくりできないよ!」
「ダメです」
「ゆゆゆっ?」
「まりさは当分ここで生活してもらいます。」
「ど、どういうこと!?」
突然おかしな事をいう人間にまりさは戸惑った。こんな狭い箱の中で一体誰がゆっくりできるのか、いや、こんな友達もいない場所で時間を過ごすなど寂しがりやのまりさにとってはたまったものではなかったのだ。
「い…いやー!!だしてー!おうち帰るぅ!!!」
まりさは精一杯の抵抗として箱の中で暴れ始めた。しかし、箱の外側表面四方には重りがついているためまりさ一匹の力程度では箱は動くわけが無かった。
「あらら、なんでここに住むのが嫌なんだい?」
あまりに乱暴に抵抗するまりさに人間は不思議に思ったのか穏やかな口調でまりさに質問した。
「暗いよぉ!せまいよぉ!さびしいよぉー!!!ゆぅぅぅ!!!」
あらん限りの声で叫ぶまりさ。特に“さびしい”のフレーズに力が込められている事に人間は気づいたようだった。
「むむむ、暗いのと狭いのはどうしようもないが・・・寂しくはさせないぞ。」
「どうしてぇ!ここには友達がいないんだよ!!?」
すると人間は奥の暗がりでなにやらごそごそと物を取り出し始めた。まりさは涙目で人間の様子をみつめている。
人間が何かを抱えて暗がりから戻ってくるとその物体をまりさの目の前にどすんとおいた。
「お姉さん、ここはちょっと明るいね。まりさは少しだけ気分がいいよ。」
先程人間の家に辿り着いたまりさはその物体を見て絶句した。そこには午前中まで探していた友人の「まりさ」が自分と同じように箱の中に捕われていたからだ。
「ま、まりざぁぁぁ!!!どうしてこんなところにぃ!!!?」
「ゆっ!まりさ!!まりさこそなんでここに!?」
「えっ、知り合い?」
「そうだよ!まりさはまりさのお友達だよ!こんなところにいたんだね!」
「こりゃあ驚きだ、適当に捕まえてきた二匹が御友人とは…これは吉兆かな?」
「ゆっ?なんのことお姉さん?」
「いんや、ただの独り言。」
まりさは「まりさ」に出会えた幸運に歓喜したがどうも「まりさ」の様子がおかしい。二日前と比べて明らかに元気が無かった。
「お姉さん!まりさに元気が無いよ!早くここから出してあげて!」
自分が出たいという事もあるが何より友人の様態が気になるまりさは未だに顎に手を当てて何かを考えている人間に頼み込んだ。
するとまりさをちらと見た人間は思いついたような顔をしてこう言った。
「うーん、実はそのまりさは病気らしくてね。森で見つけたのを治療の為に拾ってきたのさ。だからそのまりさはちょっと元気が無いんだよ。そして私の見立てでは…お前も同じ病気だなあ。」
「び、病気!?まりさが病気!?どんな病気なの!」
まりさは人間の言葉を聞いて焦った。病気と言えば以前長から教わった風邪やカビなどと言うゆっくりにとっては命さえ危ぶまれるものであるという情報しか得ていなかったからだ。人間はそんなまりさを見つめふっと笑うと
「大丈夫、まりさ二匹は必ず私が治してやるからな。それまではおいしい食事をあげるしおやつもあげよう。でもお外には出れないんだ。」
「ゆー!お外に出てみんなと遊びたいよ!」
「外に出るとまりさの病気がお友達にうつっちゃうんだ。そしたら皆苦しむぞ〜。」
人間が軽く脅すように病気が伝染することを話すとまりさは動かない箱の中でがくがく震えだした。
「いいいいやぁ…皆に病気うつしたくないよぉ…」
「だろ?だから治るまでここにいてくれ。な?」
まりさは人間の申し出にしぶしぶ承諾した。友達思いのまりさにとって周りのゆっくりが苦しむ様を見る事は堪え難かったのだ。
「ゆぅ…じゃああとどれくらいでまりさ達はお病気が治るの?」
「そうだなあ…」
人間はちょっと考えると自信がなさそうにまりさの質問に答えた。
「三日後かな…」
最終更新:2022年05月21日 22:54