十二月二十五日。ありすがまりさをレイプし、人事不省の全身大火傷を負った日。
その日から、六日が経った。
十二月三十一日。大晦日である。

ありすはまだ生きていた。
全身は黒こげで微塵も動くことは出来ず、髪も全て焼け落ち、喋ったり瞼を閉じることすら叶わない、しかし世界を見たり聞いたりすることは出来る。
そんな状態で、六日も生きてしまった。
ありすがその間知った、閉じ込められている透明な箱の外の世界と言えば、物置と化して真っ暗で、誰も入ってこない部屋と、
毎日のように隣の部屋から聞こえてくる、まりさを母と呼ぶ我が子の声と、まりさの嘆きと激昂の声だけだった。
他にもまりさを飼う男性の声やその他の物事も見たり聞いたりできたりはしているが、ありすの中には残っていなかった。

────あがぢゃん゛……ありずのあがぢゃん……。

記憶に残らない認知は存在しないのと同義である。
ありすは泣いた。もう枯れ果てて涙は零れぬが、顔を泣き顔に歪めることは出来ないが、泣いた。
誰にも存在を認知されずにいたこの六日間。ありすが嘆いたのは我が子の事だった。

ありすは子供の頃からずっと家族を欲していた。
家族愛の強いゆっくりの中でも、一際家族への執着が高かった。
親は居ない。姉妹も居ない。そんな天涯孤独の身で育ったありすだったが、一度は子を身ごもった。
だがそれも、産まれる前に死別することとなった。

その後ありすは子を産むことも産んでもらうことも出来ない体になってしまった。
その時のありすの絶望は本人の語彙で表すことは到底不可能なほどだ。

それが何の因果か、再びありすは子を作ることが可能になった。
そうして先日、六日前。ありすが望んでいた形とは些か違う形とはいえ、ありすは遂に自分の子を作ることが出来た。
今度は、死別することなく全員揃って無事に産まれることが出来た。

だというのに、ありすは我が子と壁一枚を隔てて離別。
一度も我が子の顔を見ていない。一度も我が子に自分を見てもらっていない。
一度も自分の存在を知られていない。一度も、自分を母親だと知られていない。
ありすが母と呼ぶのは、自分が強姦したまりさだけだった。

────ゆ゛ぐっ゛……ゆ゛あ゛……!!

ありすは声にならない泣き声を上げた。
仕方がない。幾ら自分の意志が介在していないとはいえ、他人を襲って作った子供だ。
そんな自分が我が子と触れ合う権利なんてない。

最初はそう自分に言い聞かせた。だがそれも限界はすぐに訪れた。
毎日毎日、隣から聞こえてくる我が子の声。母を呼ぶ声。
ありすは応えてやりたかった。自分はここにいると。
ありすは願った。自分を母と呼んで欲しいと。

だが、それも全て叶わず。
ありすは我が子の声を聞くたび、家族への執着と、子と会いたい渇望と、かつて幸せだった暮らしを思い出した。
それらは全て、ありすの心を苛む。












十二月三十一日。まりさを飼う男(便宜上以降マサオと称する)のもとを一人の男が訪れた。
その男こそマサオの友人にして、ありすにぺにぺに再生治療を施しレイパーへと改造させた男であった(便宜上以降カイゾウと称する)。

「よう、一体どうした?」

玄関の扉を片手で開けたまま、マサオは戸口に立つカイゾウに訊ねた。
カイゾウは開かれた扉からマサオの部屋を眺め回し、逆に訊ねる。

「あのありす、どうした?」
「ありす……? あぁ、あのレイパーありす」
「まだ残ってたら貸して欲しかったんだが……」
「貸すも何も元はお前のだろう」
「だがお前にやったんだから今はお前の物だ」
「そうか。でもすまねぇな、殺したわ…………って、思い出した、まだ死体処分してねぇや」

マサオは慌てた様子で部屋に戻るとありすを放置した部屋へと向かった。
カイゾウはマサオが手を離したことにより閉まる扉から身を滑らせ、勝手知ったる風にマサオの部屋へとあがりこんだ。

「…………なんでお前のまりさゴミ袋入ってんの?」
「んぁ? あぁ、そいつ今日自分の子供『ばりざはばりざのあがぢゃんがほぢがっだの゛ぉぉぉぉぉ!!!』なんてイミフな事言って殺そうとしたから、捨てることにした」
「…………あぁ、お前最近『重力ピエロ』読んだばっかりだったな」
「今度の生ゴミの日に捨てる。口と足は焼き潰したから迷惑にはならんだろう」

世間の認識はともかく、ゆっくりは現在法律的にも科学的にも生物とは認められていない。
生物の定義とも言える排泄をしないこともそうだが、何よりこんな餡子と小麦粉だけの不思議饅頭を生物と人は認めたくないのだ。
無生物とは言えないだろうが、生物とは認められない。そんな状態。
なので、周りに被害が及ばないように処理していればゆっくりを生ゴミとして出すことも出来るのである。

「あぁ、あったあった。これこれ」

マサオが物置と化した部屋から黒こげありすが入った透明な箱を持ってきた。
一見すれば、確かに死んでいるように見える。というか死んでいるようにしか見えない。
だが、これまで数多のゆっくりの生死に触れ合ってきたカイゾウは、ありすがまだ生きていると見抜いた。

「そのありすまだ生きてるぞ」
「マジで!! これで!?」
「あぁ、目がまだ動いている」
「……うわっ、本当だ」
「生きてるなら使えるな。それ貸してもらえるか?」
「もう用済みだからそれはいいけど……」

マサオはカイゾウにありすの入った透明な箱を手渡す。
その際ありすの目は焼かれた瞼の下で忙しなく動いていたが、マサオは気にも留めなかった。

「そんな死に損ない、何に使うんだ?」
「……いや、最初は別の事に使うつもりだったが、今この場でこいつの役割は決まった」
「なんだよそれ」
「新しい実験体だ」

その後手短にニ、三言葉を交わした後、カイゾウはマサオの家を後にした。
ありすが入った透明な箱を小脇に抱え、携帯を取り出し、電話帳からある人物を選び出し電話をかける。

『もしもし?』
「もしもし、俺だ」
『はいはい、何の用?』
「またお前の家の予備パーツゆっくりを使わせてもらえないだろうか」

電話の相手はカイゾウの虐待仲間だった。
その男はゆっくりを飼育しながら虐待しており、一匹のゆっくりを長く痛めつけることを嗜好としている。
そのため飼っている虐待用ゆっくりが瀕死のケガを負った時、その傷を治すため移植パーツのためのゆっくりを何匹も所有しているのだった。

『別にいいけど、俺これから出かけるんだけど』
「……彼女さんか?」
『まぁな♪ なんかロトくじにあたったみたいでなんか良い物食べようー、って誘われてさ。その後はそのまま初詣だ』
「妬ましい あぁ妬ましい 妬ましい」
『まぁそれはそれとして、あと三十分以内にうちに来るなら俺の部屋に残ってゆっくり使ってもいいぜ』













二十分後、カイゾウは男の家に到着した。普通のマンションの一室である。

「よっ、来たな」
「すまんな」
「いやいや、最近は精神的虐めにハマっててスペアゆっくりあんま使わなくなったからさ。死んで腐る前に使ってくれるなら大歓迎さ」

会話しながら、二人は男の虐待部屋へと到着した。
そこは虐待用に防音加工された部屋で、壁際にはスペアパーツ用ゆっくりが入った透明な箱がズラリと積み重ねられていた。
スペアパーツ用ゆっくりはそのどれもが元気が無く、ぐったりとしている。ずっと閉じ込めらて、なおかつエサも与えられていないのだから、当然だ。

「ほい、スペアキー渡しておくから。後は自由に使ってくれていいぜ」
「せいぜい彼女さんと仲良くしてくるがいいさ」
「悪いがそうさせてもらうよ」

男はカイゾウに家の鍵を渡すとそのまま出かけていった。
男が今飼っている虐待用ゆっくりは虐待の一環として、現在狭く暗い場所に百四十時間閉じ込めている最中だそうだから気にしなくていい。
後は自分との戦いである。

「…………よしっ!」

カイゾウは気を引き締めた。
床に座り込み、透明な箱からありすを取り出す。
最早うめき声すらあげられぬ体だが、生きている証拠として目はまだ動いていた。

カイゾウはこのありすを、再び動いたり喋ったり出来るように再生治療を施すつもりなのだった。
別にありすに情が移ったとか、可愛そうに思ったからではない。これはカイゾウの挑戦だった。

カイゾウの趣味はゆっくりの虐待というよりも、ゆっくりへの肉体的処置だった。
不思議な体をしているゆっくりの体を弄くりまわし、己の知的好奇心と達成感を満たす。
ありすのぺにぺに再生治療もそんな趣味の、新たな挑戦の一環だった。
数多のゆっくりに触れてきて、数多の肉体改造にも等しい処置を施してきたカイゾウは最早ゆっくりの外科医と称してもいいほどの腕前を持っていた。
そんなカイゾウの新たな挑戦。
この死んだも同然の全身丸焦げゆっくりを、かつての健康体へと治療する。
もちろん焼けたものを焼ける前へと戻すなんて芸当は出来るはずもない。やることは他のゆっくりから皮等を持ってくる、移植手術だ。

カイゾウは男も持っているゆっくり改造キットを部屋の隅から取り出し、スペアゆっくり(ありす種)が入った透明な箱を何個か壁際から部屋の中央へと持ってくる。
部屋の中央には全身丸こげのありすとカイゾウ。それに工具にも見える改造キットと衰弱した数匹のありす種ゆっくり。

現在午後六時。
長い長い、ありすの年越しが始まる。








────ゆびゃ゛ぁ゛ぁ゛!!!

最初体に刃を入れられた時は大したことは無かった。
カチカチの黒焦げになった皮は、もはや感覚は殆ど残っていなかったのだ。
しかし、刃の切っ先がまだ無事なありすのカスタードクリームに触れた瞬間、ありすに激痛が走った。

久しく忘れていた痛み。かつて嫌という程受けた痛みをありすは思い出した。
先ほどまで忘れていたが、目の前の男はありすの体を散々弄くった相手。ありすはそれを思い出して怒りを燃やした。

だが激痛による叫びも怒りの咆哮も音にならない。喋ることは出来ないのだから。
ありすはただ甘んじて、再び自分の体が弄られるのを受け入れるしかない。

カイゾウは器用な手さばきでありすの頬の皮の一部を剥ぎ取った。まだ無事なクリームがそこから流出しようとするが、そこにすかさずラップをあててそれを防ぐ。
れいむ種まりさ種と違ってありすの中身は漏れやすい。ありす種の改造をする時は常よりも細心の注意を払わねば殺してしまうことになる。

カイゾウは痛みで内心転げまわっているありすを尻目に、透明な箱から取り出した一匹の衰弱ありすを手に取ると、

「……ゆっ? ゆ゛びぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」

ザクザクとその頬を切り取った。
これまでぐったりとして殆ど動かなかったありすが痛みでジタジタともがくのを押さえつつ、丁寧に刃を走らせる。
エサもろくに食わず衰弱したゆっくりの抵抗など物の数ではない。

「い゛や゛っ! やべでっ゛! ありずのほっべだどらないで゛っ!! いぢゃい゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

ありすは同族が痛みにもがき苦しむ様を見て再び流れぬ涙を流した。
目の前に苦しんでいる者がいるのに何も出来ない悔しさ。その姿を見てかつての自分の痛みを思い出す悲しさから。

カイゾウは衰弱ありすにもラップを貼り、再び箱に戻すと衰弱ありすから切り取った頬を今度はありすへと持っていく。
ありすの頬をラップを剥がし、カスタードクリームが流出する前に切り取った頬をそこに当てて、水で溶かした小麦粉やセロテープで貼り付ける。
後は自然に癒着するのを待ちながら、他の部位の修復へと移る。

後は基本、この繰り返しだ。まるでつぎはぎのパッチワークのようだが、ある種ゆっくり相手ではこれで充分だ。
それにカイゾウとてこんな大規模移植手術は初めてである。これまでの経験と知識を基にやるしかない。
どうせ実験。これがダメなら他の方法をするまで。
このありすが死んだら他のゆっくりを焼いて用意すれば良い。





ありすは五回目のつぎはぎ作業に至って、ようやく理解した。
目の前の男が何をしようとしているのか。
自分の体を治してくれる。それは嬉しい。嬉しいことこの上ない。
このまま誰にも知られずに死んでいくと思っていた。それが、また再び動けるようになるかもしれないと。

しかし、それも目の前の地獄が無ければの話だが。

「いや゛っ!! ぼうやべでっでばぁ゛ぁ゛!! もうありずはのごっで────ゆびぃ゛ぃ゛!!」

一匹の衰弱ありすが、全身ラップまみれになるまで皮を持っていかれた。ありすとは体のサイズが違うのでこの衰弱ありすの皮全てをもってしてもありすの再生にはまだ及ばない。
頭皮以外に最後に残った口元から足にかけての皮を動かし、衰弱ありすは声を絞り出している。

「ゆ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……やべで、どぼじで……ありずもういや゛ぁ゛……おうぢがえる゛……み゛ゃ゛み゛ゃ゛、だずげで……」

当然のことながら衰弱ありすの願いは叶わなかった。
その後最後に残った口元と足の皮も剥がされ、口も動かせず見ることと聞くことしか出来ないというありすと同じ状態にまでされた上、
ありすへの髪移植用に全ての髪を引き抜かれて、更にラップの押さえが甘くそこからカスタードクリームが少しずつ流出。
ゆっくりと死への恐怖に怯えながら、まだ成体になる前であろう衰弱ありすは死を迎えた。

衰弱ありすのパーツ全部を持ってしてもまだありすの再生には及ばない。
カイゾウは二匹目の衰弱ありすを透明な箱から取り出した。
一連の惨劇を見ていた衰弱ありすは、カイゾウの手の中でガタガタと震えながら、

「やべでね……とがいはなありずをおうぢにがえじ────ゆ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!」

皮を持っていかれた。






────もうやべで……やべでよ゛ぉ゛……。

その後もありすは惨劇を見続けた。
泣きながら助けてくれと懇願し、虚しく皮を剥がれたありす。自慢の髪を引き抜かれていったありす。
少しずつ新しい自分の体が馴染んでいく感覚を得ながら、ありすはその地獄を目の当たりにしていた。

カイゾウは目元と口元、足の作業は後に回しているらしく、ありすは未だに喋ることも逃げることも目を閉じることも出来ない。

「…………おっ、もうこんな時間か。あと五分で年越し、か……」

ふと見た時計で時間を確認したカイゾウは、そこで作業の手を止めて休憩に入ることにした。
立ち上がり、部屋を出るカイゾウ。ありすは部屋の中央に取り残された。まだ皮は完全に馴染んでおらず、動くことはまだ出来ない。

しかし、見ることは出来る。ありすは目の当たりにする。
かつて生きていた、ありすだったクリームだまり。瀕死の状態で痙攣しているありす。髪だけ引き抜かれて透明な箱の中で涙を流すありす。
目だけ奪われて光を求めるありす。
そんな地獄と、地獄の中心に居る自分を見つめる、壁際にある透明な箱に閉じ込められた数多のゆっくりの視線。
殆どがこの惨状に怯えて震えている。

────ごべんなざいごべんなざいごべんなざい…………。

ありすは心の裡で謝り続けた。
自分のために死んだもの。自分のせいで大事なものを失ったものへ。
死屍累々の地獄の中心で、枯れ果てて流れぬ涙を零して謝り続けた。自身も数多の刃に体を蹂躙されたというのに。













「もしもし? なんだマサオか
 え、子ありす? なんでまた、自分で飼えよ。…………ハッ? まりさ専門? なんだよそれ。
 ……あぁ、はいはい。俺はゆっくりを飼う趣味ねぇからなぁ。今アイツの家にいるからこっちこいよ。アイツなら引き取ってくれるかもよ」











その後カイゾウが部屋に戻ってきて、治療は再開された。

「やべぢぇ゛ぇ゛……ごないでぇ゛ぇ゛ぇ゛…………ゆびゅっ!?」

ずりずりと後退しながら逃げようとした衰弱ありすが、瞼を奪われた。その際手元が狂ったのか、衰弱ありすが動いたのか、目までザックリと刃が走った。

「ゆ゛がびぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」

絶叫。目を切られるという苦しみにのたうち回る衰弱ありす。
カイゾウはそんな衰弱ありすを億劫そうに透明な箱に押し込めた。閉じ込めてもなおガタガタと暴れるそれを、部屋の端まで蹴り飛ばすカイゾウ。
丈夫な透明な箱はこの程度では壊れない。
その光景を見ていた他のゆっくりも皆、一様に震え上がった。

そして衰弱ありすから奪われた瞼は、当然のようにありすへと移植される。
何事もなく移植された瞼、ありすの新しい体の一部。すぐさまこの惨劇から目をそらそうと目を閉じようとしたありすだったが、まだ体に馴染んでいないのか動かすことは出来なかった。

最初は痛みを感じていなかったありすも、段々と痛みを感じてきていた。
焦げていない部分が増えるごとに、皮を切られる痛みも感じてきていた。中身に刃が触れる度に、狂いかねない痛みに見舞われる。
自分の中身であるカスタードクリームが乱暴にラップに押し当てられた時は本当に発狂するかと思った。
もちろん、狂うほどの高尚な精神などゆっくりは持ち合わせていないが。

続けて足、そして最後に口と皮を移植され、ようやく手術は終わった。
まだ殆どの皮は馴染んではいないため、まだありすは動くことは出来ない。
しかし、それでもだ。
ありすは新しい体を手に入れた。かつては焼き焦げて二度と動けないと思っていた自分の体を手に入れたのだ。
つぎはぎで不恰好で、髪もチリチリで、かつての美しかった自分とは大違いでも。
ありすは再び動けるのだ。動ける体を手に入れたのだ。


何体ものゆっくりの犠牲の上に。

「ゆ゛っ゛、ゆ゛っ゛、ゆ゛っ゛…………」
「おべべが……ありずのおべべが……」
「ゆっぐぢ、ゆっぐぢでぎないわ゛…………」

苦しみ生きている者もいる。既に死んでいる者もいる。
そんな衰弱ありす達を見ると、ありすは今すぐにでも泣き出したい気持ちだった。今すぐにでもこの体を返してあげたい気持ちだった。
しかし、それは叶わない。



「よっ」
「……おぉ、丁度終わったところだ」

ありすが水分があったら涙を流しているだろうという所で、マサオが部屋に入ってきた。
既に何度も出入りしている虐待仲間のため、勝手知ってる様だ(もちろん電話で家主に許可はとった)。

「こんな時間にどうしたんだ?」
「初詣の帰り、ついでに里親探し。…………へぇ、ブッサイクだけど本当に元通りじゃん。動けんの?」
「いや、まだ皮が馴染んでいないだろうからもう少しかかるな」
「それにしてもお前、年越しをゆっくりと過ごすなんてな」
「うっさい、っていうかもう朝方か。アイツはどうした?」
「さぁ、始発で帰ってくんじゃねぇの?」

ありすは目の前で対話をする二人の男を睨みつける。
どちらも、ありすを散々苦しめた存在だ。ありすの体を弄くりまわし、焼き、放置し、また体を弄り、地獄を見せ付けた張本人。
出来ることならば、今すぐにでも体当たりをしたい。噛み付きたい。
だが、まだ出来ない。癒着した皮はまだ完全にありすの物とはなっていない。

だけど、そんな体の事情よりも、周りのゆっくりの視線がありすを動けなくしていた。
なんでお前だけ助かるのかという視線。自分たちはここで死んでいく運命だというのに。
そんな恨みがましいスペアゆっくり達の視線がありすに突き刺さっている。ありすは、そんなゆっくり達の視線に射抜かれたように、動けないでいた。
仮に、体が動けるまでに回復していたとしてもだ。

「それで、子ありすがどうしたって?」
「いやね、まりさが産んだ子ありす達、コンポストに使おうと思ったけどうるさいのなんので」
「あぁ、専用の防音箱じゃないと確かにアレはうるさいな」
「飼うのはまりさ種専門なんで、誰か引き取ってくれないかなと」
「アイツだったらスペアでもエサとしても引き取ってくれるだろうさ」

マサオはほれ、と持っていた鞄の中から小さな箱を取り出し、その中身をカイゾウに見せた。
恐らくあの箱の中に子ありすが入っているのだろう。ありすがまりさに産ませた、ありすの子が。
ありすは二人の会話からそれを推測し、目の前にいるであろう我が子を呼んだ。

「……あ゛……が……ぢゃ、……り゛ず……の゛……」
「ん? 今このありす喋った?」
「まさか。まだ喋れるまで時間がかかるはずだ」

ありすの声に二人は特に気にも留めない。箱の中にいた子ありすには聞こえてもいないだろう。
目の前にいるのに、姿を見ることも言葉を交わすことも出来ない。
ありすは悔しくて、悲しくて、もう生きていることさえ辛くて。
もはや、死んでしまいたいという気分にさえ、なっていた。
あのまま、死んでいればいいとさえ思った。おめおめと生き延びて、また苦しむぐらいなら、と。

二人は少し早いが朝飯でも食べにいくかという話になり、部屋を出て外に出ようとした。
そうするとありすは一匹、残されることになる。死んだゆっくりや死にかけのゆっくりで溢れるこの場所に。
だが、そんな時だった。

「ただいまぁ……、っと。カイゾウ、まだいるのか?」

家主が帰ってきたのは。

「おぉ、ようやく帰ったか。もう終わったから帰るとこだったわ」
「よ〜っす、お邪魔してるぜ」
「なんだマサオも来てたのか」

男衆三人が軽快に言葉を交わしあう、そんな中で。
ありすは、聞き逃さなかった。聞き逃すわけがなかった。
あれだけ、聞きたかった。あれだけ後悔した。あれだけ会いたかった者の声を。

「お邪魔しまぁす……あ、初めまして」
「お? 彼女さんか?」
「うん、そう。えぇと、こいつらは俺の……まぁ虐待仲間?」
「バカを言え、俺は改造専門だ」
「俺はどっちかっていうとぬる虐め?」
「うっせぇ、同類だ」

ガヤガヤとやや騒がしく、四人の若者が玄関からありすのいる部屋へと近づいていく。

「彼女さん可愛いじゃねぇの。しかも同好の士だっけ? 妬ましすぎて殺傷しかねんぞ」
「殺すならゆっくりにしろ」
「あ、そうだ。子ありす引き取ってくれね?」
「何の話だ。それでカイゾウ、今日は何をしてたんだ」
「ゆっくりの全身皮膚移植手術だ」
「え、凄いですねそれ。見せてもらってもいいですか?」
「え? えと、まぁいいですよ。もう手術は終わったんで結果のゆっくりだけですけど」

そんな言葉を家の主の恋人である女性に返しながら、カイゾウは部屋の扉を開けた。
中に入る四人。死んだゆっくりと死にかけのゆっくりで溢れる魔境へと踏み込む人間四人。そのどれもがこの惨状を目にしても全く動じていない。
ありすの目には、そんな部屋に入ってきた人間のうちの一人しか映ってなかった。

「ビフォーアフターで見せれればよかったんですけどねぇ。あぁ、写真撮っておけばよかった」
「なんだこれパッチワークみたいだな」
「でも凄いですね。全部の皮膚を移植したんですよね?」
「えぇ、手術前は全身大火傷の丸焦げだったんですよ」
「どうすりゃそんな状態になんだよ」
「コイツのせい」

「お゛……ね゛ぇ゛…………ざ……」

「…………え?」

聞き逃しかねない、小さな声。四人の会話で埋もれてしまいかねない、微かな声。
しかし、女性はそれを聞き逃さなかった。確かに聞いた。かつてあれほど聞いていた声を。

「今の声、このありすですか?」
「え? もう喋ったんですか?」

不思議がるカイゾウを尻目に、女性はすす、とパッチワークありすに近づいていった。その姿を間近で見んと、しゃがみこむ。
そして、耳を澄ませる。他の三人も急に変わった女性の雰囲気に押し黙った。

「お゛ねぇざん…………ありず……もういや゛……」
「…………ありす? もしかして、ありすなの?」

女性は優しく、割れ物を扱うかのようにありすを両手で持ち上げた。
顔を近づける。外見にかつての面影はあるはずもない。だが、その声は聞き間違いようもない。かつて半年も共に暮らし、離れてからもずっと探し続けた相手だ。

「おねぇざん……あいだがっだ……ごべんなざい、いえでじで、ごべんなざい……」
「ううん、ありす、いいの。私の方こそ、ごめん。ありすに散々酷いことしたよね」

ありすは、目の前の女性がずっと会いたかった女性だと認識した。
変わってしまう前の、あの優しかった頃の女性だと。
女性も目の前のありすが、かつて自分と共に暮らしていたありすだと認識した。
離れてから、ずっと探していた、会いたかった家族だと。

「おね゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ざぁぁぁぁぁぁん!!!!」

ありすは、泣いた。もう流れないと、枯れ果てたと思われた雫を流して。
女性は抱いた。もう会えないと、どこかで死んだのではと思っていたありすを。


その後ろで、三人の男が「これどういうこと?」と首を傾げていたが、今のありすにとってそれは世界の外側の出来事だった。















ありすは再び、女性と暮らすことになった。
女性は虐待趣味をやめたわけではない。だが、虐めるゆっくりと愛でるゆっくりを完全に分けるようになったのだ。
そしてありすは、女性にとって愛でるゆっくりだった。

更に、マサオが引き取り手を捜していた子ありすも女性が引き取ることになった。
なんと女性が当てたロトくじの金額は一千万以上にのぼり、ゆっくりを養う程度なら充分な資金を手に入れていたからだ。

「ゆゆ〜♪ ありすのあかちゃん、ゆっくりしていってね!」
『ゆっくちちていってね!』

朝日が差し込む女性の部屋──かつてありすが暮らしていた部屋に、ありすと子ありす達の声が響く。
一度も会ったことないはずのありすを、子ありすはちゃんと親だと認識した。これもまた、ゆっくりの不思議生態の一つだった。

もう戻れないと思っていた幸せな日々。そこに戻ってこれただけでなく、今ではあれだけ望んだ家族がいる。
そして、自分の命を救ってくれた、あの女性も一緒だ。

「さぁ、皆。朝ご飯だよ」
「ゆゆ〜♪ おねぇさん、ありがとう! とってもとかいはだわ♪」
『おねぇしゃん、ありがちょう!』

しかし、それも長くは続かないだろう。
ありすはこれまでの波乱の人生の中で、幾度もその体に大きな負担を負った。
それは、ただでさえ短いゆっくりの寿命を更に縮めることとなった。死神の眼の取引による代償よりも更に多くの寿命を失ったのだ。
それに、ありすは時折うなされる。自分が助かったことにより犠牲になったゆっくり達の悪霊が襲い掛かってくる悪夢を時折見るのだ。

それでも、それでもだ。
ありすは、長い長い苦しみの末に、

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせ〜♪」

至上の幸いを、手に入れたのだ。








おわり





あとがきのようなもの

※ハッピーエンド注意!

最後までハッピーエンドかトゥルーエンドか悩みましたが、結局ハッピーエンドにしてしまいました
たまにはこんなこともありますよ



               ┌─△
────┬─────┴─■
      └─○




byキノコ馬

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最終更新:2022年04月16日 23:18