※今までに書いたもの

神をも恐れぬ
冬虫夏草
神徳はゆっくりのために
真社会性ゆっくり
ありすを洗浄してみた。
ゆっくり石切
ありすとまりさの仲直り

※今現在進行中のもの

ゆっくりをのぞむということ1~


※注意事項

  • バスケの人さんからのお題@大富豪「ニュークレラップ」。あまり消化できてない予感。
  • まず、上掲の作成物リストを見てください。
  • 見渡す限り地雷原ですね。
  • なので、必然的にこのSSも地雷です。
  • では、地雷原に踏み込んで謙虚ゲージを溜めたい人のみこの先へどうぞ。

_______________________________________________

「ゆゅぅん♪ れいみゅ、おしょらをとんでりゅよ!」

 のんきな声が響くのは、人間さんのおうちのキッチンだ。
 ミニトマトサイズの赤ちゃんれいむがゆっくりした笑顔を振りまいているのは、大好きな人間さんの飼い主の手のひらの上。
 数秒間の空中遊泳をゆっくり楽しんだ後、赤ちゃんれいむはやがて優しくテーブルに置かれたお皿の上に下ろされた。

「おにーさん、おちびちゃんをはこんでくれてありがとう!」
「ゆゆん。りぇいむ、たのちかった?」
「とーぉっても、おにーしゃんのおててのうえはたのしかっちゃよっ!」

 天板の上に既に乗せられていた親まりさと親れいむ、それに姉妹のまりさ二匹が空中遊泳を楽しむ赤れいむの到着を出迎えた。
 テーブルの皿の上に置かれたとは言っても、この赤ちゃんゆっくりたちは食用ではない。
 赤れいむたち三姉妹は、両親ゆっくりともどもれっきとした男性のペットたちだ。
 ではどうして彼女たちがこんな場所に置かれたか、それには一つの目的がある。 

「じゃ、行ってくるからな」

 飼い主がこう告げる時は、決まってまりさ一家はこのテーブルの上に乗せられる。
 高さ80センチほどのテーブルは、ゆっくりというナマモノの行動を束縛するには十分だ。
 成体は飛び降りることができてもその逆はできないし、赤ゆっくりはまず落ちてしまえば無事ではすまない。
 悪戯や暴走を防ぐには、高いところで待たせておくのが一番手っ取り早い手段ということだ。

「大人しくしてるんだぞ。暴れたら、危ないからな」
「ゆんっ、くすぐっちゃいよー」

 ともすれば下を眺めようと端っこによりたがる赤ゆっくりを、飼い主はちょんちょんと指で転がし親のそばまで追い立てる。
 彼は赤ゆっくりの頃からきちんと躾けたれいむとまりさをペットとして信用はしているが、彼らの親としての能力までは
 あまり信頼していなかった。
 何しろ、今まで何度も失敗を積み上げているのだ。
 取り立てて物的な損害を伴うものでこそなかったが、多くの場合赤ゆっくりの全滅という形で結末を迎えていた。
 階段や傘立て、掃除機に雑誌。
 人間の家はゆっくりにとって楽園だけれど、そこに存在するあらゆるものは僅かの油断で凶器にも変わる。
 そのくせ外敵がいないものだから、親から離れることが危険なことだということを、なかなか赤ちゃんたちは体験する機会がない――、
 というより、危険を体験するときというのは即ち死を迎えるときに等しい。
 そんなこんなが重なり合って、好奇心旺盛で活動的、少しでも目を離せばすかさず探検に出かけてしまう赤ちゃんゆっくりたちを、
 親ゆっくりはなかなか御しきれないのだった。

『ゆっくりりかいしているよ! みんなゆっくりしてきてね!』

 理解はしていても、実践できないから一家は今テーブルの上に閉じ込められてしまっているのだけど。
 それをなんとなく理解している親ゆっくりたちは少し寂しげに、よくわかっていない赤ゆっくりたちは高所からの視界に純粋に感激して、
 男性のいつもの念押しに親子そろって返事を返す。
 男性の表情は心配そうに曇ったままだったが、とはいえ彼だって車に家族を待たせてある。もう時間はとっくに過ぎているのだ。
 テーブルの上に置いてあるのは、台布巾とニュークレラップの箱ぐらいのものだ。
 危ないものは何もない……高さが既に死亡フラグ、というのは一先ず措くとして。
 それでもリスクはこれが一番少ないんだ。またひとつ、大き目のため息を吐くと男性は今度こそドアノブを回した。

「すぐに帰ってくるから。本当に、大人しくしてるんだぞ」

 最後に駄目押しの一言を残して、彼の姿はドアの向こうへと消えてしまう。
 おそとから聞こえてくるのはゆっくりたちへの重ねての注意ではなく、遠ざかっていく主人の足音だけ。
 やがて外からガレージのシャッターが降りる音と、車の走り去る音が聞こえてきて。

 かくして、この家、このキッチンには総勢五匹のゆっくり一家だけが残された。




    *           *           *




 ゆっくり一家が残されたテーブルの上は、ゆっくりにとってもあまり広いとはいえないほどの面積だ。
 その天板のど真ん中に、親の二匹はそれこそ本物の饅頭のようにじっと固まって動かずにいた。
 何しろゆっくりはバスケットボール大の餡子の塊だ。親二匹が飛んだり跳ねたりしたら、テーブルが傾き倒れてしまいかねない。
 それを知っていればこそ、親まりさと親れいむの二匹は釘を刺されるまでもなく一家身を寄せあってテーブルの中心に静かに蹲り、
 飼い主の帰りを待つしかないときちんと理解しているのだ。

 ……しかし、それは成体にとっての都合でしかない。
 三匹の赤ちゃんが駆け回るには不足のない安定感と広さであることを、この時れいむとまりさはすっかり忘れ去っていた。

「おきゃあしゃん、いっしょにあしょぼ?」

 飼い主の家族が出てから、十分ほどもたった頃。
 れいむにぴったり身を寄り添わせていた赤まりさが、早くも待つだけの時間に飽いた様子でゆんゆんと頬を母の頬へと擦り付けて言った。

「ゆ……ぅぅ? すーや、すーや……」
「ゆぴー……ゆぴー……」

 一方の両親にとっては、飼い主の帰りを忠実に待つというのはもう慣れ親しんだ時間だ。
 わが子の願いも馬耳東風、疾うの昔に夢の世界に旅立った二匹はわずかな反応を示したばかりでこちら側には戻ってこない。

「ゆう、ゆうう。おきゃあしゃん。おきゃあしゃんってばぁ」
「まりしゃ。おきゃあしゃんはおねむしゃんだよ。じゃまするとゆっきゅりできないよ」
「ゆぅぅ……」

 体当たりまでしてしつこく親れいむに迫ったところで、体格が違うれいむには普段のごとく擦り寄られている程度にしか感じまい。
 眠りを覚ますには遠くいたらず、それどころか却って姉まりさからやや強い口調で窘められて、妹まりさは泣きそうな顔をして押し黙った。

「ゆゆ。じゃありぇいみゅたちだけであしょぼうね!」

 そんな姉妹の様子を見かねた真ん中の赤れいむが、そんな提案を口にするにはそんなに時間は掛からなかった。
 このテーブルの上でじっと過ごす時間が退屈なのは、この赤れいむだって姉まりさだっておんなじだ。
 でも、すやすや眠ってるお母さんたちに迷惑なんて掛けたくなかったから大人しくしているだけだ。 

「ゆゆっ、いまれいみゅがいいこといったよ! まりしゃたちだけであしょぼうね!」
「それじゃ、てーぶるしゃんをたんけんしようね!」
「ゆっくりれーみゅおねえしゃんについていきゅよ!」

 お母さんはおねむさん。起こしてしまうのは、かわいそう。
 だったらどうするか、おとなしくしてるなんて選択肢は、幼い餡子脳には最初っからあるはずがない。
 お母さんが寝ているなら、自分たちだけで遊んでいたらいい。
 そんな結論にたどり着いたら、赤ゆっくりたちは次の行動に移るまでは早かった。

「「「ゆんゆん♪ ゆっゆっゆっ♪」」」

 1m×2.3m程のテーブルの四辺を、姉まりさを筆頭に赤ゆっくりの探検隊が進む。
 段差もなく、障害物もほとんどないテーブルの上はまだまだ身体能力の低い赤ゆっくりにとっては格好の運動場だ。
 端っこに三匹揃って身を寄せて滅多に見れない広い視界に興奮し、洗ったばかりの台ふきんを見つけたらその上に転がって遊び、
 胡椒瓶をうっかり転がして僅かに飛び散った粉に大慌てで逃げ惑い……、

「ゆぅ……たかいたかいだけど、なんにもないね」

 きゃいきゃいと遊び続けること四半刻。
 二匹の姉を追いかけていた末の妹まりさが、はたと動きを止めて呟いた。

「ゆぅん。たきゃいたきゃいだけだね……」
「ゆゆーん、つみゃんなくなってきちゃよ……」

 妹の様子に気づいて振り返った姉まりさとれいむもやっぱりどこか浮かぬ顔。
 幾ら赤ゆっくりにとっては狭くはないテーブルの上といっても、飽きるのも早かった。
 何しろ危険がないようにとほとんど全て片付けられてしまったテーブルの上だ、飽きが来ないほうがおかしいのだけれど。

「おねーしゃん。おにごっこしゃんは、もうやだよぉ」
「りぇいみゅも、べつのことしちゃいな……」
「ゆぅん。でも、みんなであそべしょうなのなんて……」

 困り果てた姉まりさは、ぐりんぐりんと頭だけの身体を回転させて四方八方に目を配る。
 このままでは、末まりさばかりかれいむまで加わってまたおかーさんたちをたたき起こしに行きかねない。
 それだけは避けたいと、平べったい天板の上を目を皿のようにして見回して――

「ゆゆっ!」

 見つけた、なんとか遊べそうなもの!
 ずーり、ずーりと少しずつおかーさんたちに近づいていく妹二匹に背を向けて、長姉まりさは見つけたそいつの元に急いで跳ねる。
 そしてそいつ――長細い、あまあまさんの絵が描いてある箱の元にたどり着くと二匹に大声で呼びかけた。

「ねえ、りぇいむ、まりしゃ。こりぇであしょぼう!!」
「「ゆぅ?」」

 突然の大声に、くるりと振り向いた二匹はとても不思議そうな顔をする。

「それは、おにーしゃんたちがつかってるくるくるしゃんだよ」
「くるくるしゃんのつるつるしゃんだ」

 二匹とも、姉まりさが見つけたそれが何かは知っていた。
 飼い主のおにーさんが、食べ物をひえひえのれいぞうこさんに隠すときによく使っているつるつるさんだ。

「ゆーん。これ、あしょべるものなの?」

 そのことを知っていたから、れいむは疑わしそうな顔を姉へと向けた。
 ここにはしあわせ~なたべものはない。くるくるさんでどうやって遊ぼうというのだろう?
 妹まりさもれいむに同感のようで、ゆんゆんと身体を前後交互に上げ下げして頷くような仕草をしている。
 だがそんな二匹を前にして姉まりさは「ゆっへん」と得意げに体を反らすと、箱からわずかにはみ出した『つるつるしゃん』の
端っこを口に咥えた。

「ゆっひょ……ひょふやっへ」

 咥えた端っこを放してしまわないようもごもごと呟きながら、姉まりさは箱から遠ざかる。
 すると見守る二匹の口から「ゆーっ!」と感嘆の声が聞こえた。

「ゆゆっ。くるくるしゃんがくるくるしゅると、つるつるしゃんがどんどんのびりゅよ!」
「ゆっへん! つるつるしゃんをひっぱると、くるくるしゃんがくるくるってなりゅんだよ」
「ゆゆん。まりしゃにもいっしょにやらしぇてね!」

 姉まりさが後ろに下がると『つるつるしゃん』も下がった分だけ一緒に伸びる。
 それを見て興奮したれいむはその場で飛び跳ね、妹まりさは跳ねより自分もがぶりと『つるつるしゃん』に噛み付いた。

「ゆひゅん。ひんひゃでひっひょにあひょぼうひぇ!」

 姉まりさはそんな妹たちの様子に心底嬉しそうな笑みを零す。
 うん、妹たちは喜んでくれた。しばらくは『つるつるしゃん』で楽しく時間を過ごせるだろう。
 姉ゆっくりの面目躍如、赤ちゃんまりさは「ゆっへん」と得意げに胸を反らせた。
 きっと、のちほどおかーさんにことのあらましを報告すれば、「おねーちゃんはえらいね」って褒めてもらえるに違いがないのだ。




    *           *           *




 飼い主の一家が家にいない時間というものは、長い短かいの差はあるにせよほとんど毎日のように訪れる。
 おにーさんはおしごとだし、おねーさんだって買い物にでる。おにーさんのおちびちゃんたちは、ゆっくりの日以外は学校だ。
 おうちの中に人間さんが誰もいないそんな時、親まりさと親れいむは大人しく寝て過ごすのが赤ちゃんが生まれるまでの習慣だった。
 ちょろちょろ動き回っては、ともすれば遠くへ探検に出かけようとする赤ちゃんたちは、とにかく片時たりとも目が離せない。
 目を離せばいつの間にか親の手が届かない場所で死んでいる、というのではとてもじゃないがゆっくりする暇なんてどこにもない。
 だから両親二匹は今度の赤ちゃんが生まれてから後、おにーさんたちの外出時にはテーブルの上に置き去りにするようにしたことに
とてもゆっくりとした感謝の念を抱いていた。
 どれくらいゆっくりとした感謝かといえば、心配そうなおにーさんの顔を思い浮かべながらゆっくりぐっすり寝こけてしまうほどだ。

「……ーん……」

 二匹仲むつまじく寄り添って、どれくらいの間寝ていたのだろう。
 むずむずと体を身悶えさせて、先に目覚めようとしていたのは親れいむのほうだった。

「ゆ……ゆぅ。れいむの……ゆふぁああぁぁ」

 今は夢の中だろうか。それとも、現実?
 まだ朦朧とした意識の中、近いような、遠いような不思議な距離感でいとし子の泣く声が聞こえたような気がした。

「れいむの、あかちゃん……?」

 大あくびをして、目をしばたかせてもまだ泣き声は続いている。見える光景は眠る前と同じ、となればどうやらこれは現実らしい。
 そこまでゆっくりと意識を覚醒させて、身を寄り添わせていたはずの赤ちゃんたちの感触がないことにようやくのこと気がついた。
 どこか、その辺りに散歩に出かけたのだろうか。寝ぼけまなこを左右に向けて、泣き声の元をゆっくりと探す。

「どこなの? どうしたの? どうしてないてる……の!?」

 ゆっくりと、まなこに続いて体全体も左右に振ってわが子を探す、そして見つけた。
 見つけた瞬間、口を大きくあんぐりと開けて凍りついた。ピシィッ、とそんな音が聞こえるぐらい。

「ゆっ、ゆゆゆゆゆゆっ!!?」
「……ゆ?」

 舌の根から喉まで凍りつかせたれいむは驚きをまともな言葉にすることもできていない。ただ意味を成さない叫び声をあげるだけ。
 間近で放たれた奇妙な大声に、まだすやすやと寝息を立てていた親まりさも流石に眠りを妨げられた。

「どうしたのれい……むうううぅぅ!?」

 眠たそうに聞いて、不思議そうにつがいが視線を向ける方向を追いかける――と、親まりさの言葉も中途で絶叫に代わる。

「「うわあああぁぁぁぁ!!!」」

 夫妻揃って目をまん丸にして見つめるその先では、

「ゆぁぁぁん、おきゃーしゃーん!!」
「たしゅけて、たしゅけちぇえええぇっ!!」
「ゆーん、ゆーん!!」

『つるつるしゃん』に包まって身動き取れなくなっている可愛い赤ちゃん三匹の姿があったのだ。

「ど、どどどどおじでれいむのあかちゃんがぐるぐるまきになってるのおおぉぉぉ!?」
「とっとととととりあえずっ、はやくたすけなくちゃ!」

 親れいむと親まりさには、何がどうなってこんなことになっているのかとっさには分からない。理由はさっぱりわからないが、
これがとてもゆっくりできない状況だということだけははっきりしている。
 だから二匹は何を措いてもまず我が子の元へと急いだ。

「「「ゆうううぅぅっ、ゆうううぅぅっ!!」」」
「ゆあああぁぁっ!? これどうしたらはずせるのおおぉぉぉ!?」
「ゆっくりしてね、れいむ! つるつるさんをかみやぶったらいいよ!」

 だくだくと砂糖水の涙を流して悶える赤ちゃんたちを前に、パニック状態の親れいむを親まりさが叱咤する。
 いつもおにーさんたちはこのつるつるさんを簡単に千切っていた。眠る前にはつるつるさんはきちんと箱に収まっていたのだから、
赤ちゃんたちも自分で千切ってお互い包まりあったに違いない。
 なら、大人のゆっくりである自分たちに同じことができないわけがない、そう考えた親まりさの態度は自信たっぷり余裕たっぷりだ。

「ゆっ! まりさはやっぱりあたまがいいね! あかちゃんうごかないでね!」

 そんなつがいの態度に感化されて、親れいむもすっかり落ち着きを取り戻した。
 まずは一番近くに転がっていた、末の妹まりさを包むラップのだぶついた部分にかぶりつく。

「おきゃーしゃん、がんばっちぇね! はやくたしゅけちぇね!!」
「ゆっくりかみちぎるよ! ……かーみ、かーみ! はーむ、はーむ!」

 わが子の声援を受け、ひと噛み、ふた噛み、み噛み……と一所懸命に噛み続ける。
 が、もちろん単純になことで千切れるはずなんてない。赤ちゃん姉妹がつるつるさんを千切れたのは、箱の縁に付いている刃に巧く
引っかかったからなわけで……

「どうしたの、れいむ?」
「おきゃーしゃん、はやくしちぇね!」
「ゆう……? もっとがんばるよ!」

 はて。さっき、まりさが自信たっぷりに言っていたことと様子が違うような?
 そんな疑問がふつふつと親れいむの心に浮かんできたが、それも妹まりさが急かす声を聞けばあっさりすっぱり吹き飛んだ。

「かーみ、かーみ! はーむ、はーむ!!」

 優しくゆっくり噛んでも駄目なら、強く激しく噛んだらどうだ。
 そう思い立った親れいむの勢いときたら、がちんがちん、と歯をかみ合わせる音が聞こえるほど。
 その効果の程はといえば、

「ゆっ、ゆゆっ!? おきゃ、ゃだ、やめ、やめやみぇ……」

 せいぜい目の前に迫るおかーさんの大きなおくちに、赤まりさが怯えはじめる程度のものだったり。
 ぜんぜん千切れる様子のない『つるつるさん』に、親れいむは焦る、苛立つ、加速する。

「ゆうううっ! かーみ、かーみ! はーむ、はーむ!! かーみ、かーみ!!!」
「こわぃっ! おきゃーしゃんこあい、こやいっ!! やめちぇ、まりしゃをたべにゃいでにぇっ!!」

 赤ちゃんが何か叫んでいる、早く助けてあげないと。
 頭に餡子の上った親れいむはさっぱり叫びの内容が聞こえていない。ますます噛み締める力と速さを増して、

「むーしゃ、むーしゃ!!! むーしゃ、むーしゃ!!!!」
「やめやめちゃめらちぇ……ゆぎゃああぁぁぁ!?」

 ……なんか、赤ちゃんがすごい悲鳴を上げたような。
 同時に柔らかいものを噛み潰すような感触が伝わったような気もする。
 親れいむは「ゆゆっ?」と噛み進めるのを中断して、何故か突然分厚く、柔らかくなった『つるつるさん』から口を離して
まじまじと目の前の妹まりさの様子を見直した。

「ゆ゛っ」
「ゆ゛っ、ゆ゛っ」

 親れいむと赤まりさ、揃って口から漏れ出したのは濁った呻き声。

「どうしたのれいむ! あかちゃ……あがぢゃあああぁぁぁぁんっ!?」

 硬直した親れいむの横で、それまで背後にいたはずの親まりさが耳をつんざくような絶叫を上げた――ゆっくりに耳なんてないけれど。
 まあ、それも無理のない話だろう。なにせ、親れいむが見事助けるはずだった赤ちゃんまりさが、少しも自由になっていない、
どころかほとんど真っ二つになりそうな勢いでべこんと歯形を付けられていたんだから。

「でぇぇぇいぶぅぅぅぅぅ!? なんであがぢゃんをかみがみじでるのおおぉぉぉ!!!」
「「おきゃーしゃん、まりしゃをたべにゃいであげてええぇぇぇ!?」」
「こ、これはじこだよ! れいむはさついをひにんするよ!!?」
「じこってレベルじゃないでしょおおぉぉぉ!?」
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……」

 まあ、要するに。必死になって噛み千切ろうとして、親れいむはうっかり赤ちゃんの後頭部に力いっぱい噛み付いてしまいましたと。
 ほぼ真っ二つになった赤ちゃんまりさはぎょろりと白目を剥きだしにして、濁った呻き声と共に痙攣を繰り返している。

「ゆうぅ。あっ、あんこさんもれてないからだいじょうぶだよ!」

 なんて親れいむは弁解するものの、どう見たって大丈夫じゃない。
 まあ確かに、巻かれたラップのおかげで餡子だけは漏れ出していないけど。

「あんまりだいじょうぶじゃなさそうだよ……と、とにかくこのこはおにいさんがかえってくるまでぜったいあんせいだよ!」

 親れいむの言葉を真に受けた訳ではないけれど、もう親まりさにだって手の施しようなんてない話だ。
 おにいさんが早く帰ってきて妹まりさを手当てしてくれることを願いつつ、大丈夫と言い切ったものの未だおろおろしている
親れいむにくるりと背を向けた。

「れいむはそのこをみててね! それいじょうかみかみしたらおこるよ! まりさはこっちのあかちゃんをたすけるよ!」
「ゆぅっ!?」

 一部始終を見ていたからだろう、親まりさの正面に回った赤ちゃんれいむがぎょっとして体を震わせた。

「い、いりゃないよ! りぇいむはだいじょうぶだよっ! おにーしゃんがかえってくるまでまちぇるよ! だかりゃっ」
「そんなかっこうじゃゆっくりできないよ! ゆっくりたすけるから、おとなしくしていてね!」

 今は大丈夫なようだけど、このままぐるぐる巻きになっていて無事に済むとは限らない。
 それに親まりさにだって意地と、飼い主への忠義がある。飼い主のおにいさんの手を、これ以上煩わせるのは嫌なのだ。
 妹の命運を見て必死に放置を訴えかける赤ちゃんれいむの言葉なんて、今の親まりさには届かない。
 ゆんゆん泣き喚く赤ちゃんれいむをぴしゃりと厳しく一喝して黙らせると、親まりさはじろりとその子の格好を眺め渡す。

「おにーさんは、いっつもつるつるさんのきれはしをぴぴっとつまんではがしていたよ。だから……」

 同じようにクレラップの切れ端を咥えて引っぺがせば、問題なく救出できるはずなのだ。
 さっきはれいむのやり方に任せていたからとんでもないことになったが、自分ならきっと巧くやれるはず。

「ゆっ、きれはしさんだよ!」

 ほどなく端っこを上手く見つけ出したまりさは、ためらうことなくそれを前歯で咥えた。
 このまま一気にぐりんと引っ張れば、ころころと赤ちゃんが転がり出るはずだ。

「ゆうぅ……おきゃしゃん、だいじょうぶ……だよね」
「それじゃ……ゆっせーの、せーっ!」

 心配そうな赤ちゃんを他所に、当の親まりさは真剣そのもの。
 だいじょうぶ、と請合う余裕もないらしい。ただ掛け声だけをわが子の不安への答えにして、ぐいっと身を捩ってラップを引っ張った。

「ゆゆんっ♪ ころころしゅるよっ!」

 ぴっ、というラップ特有の音と共に、赤ちゃんれいむの楽しそうな声がする。
 何層にも巻かれたラップが引っ張られ、剥がれて行くのに遭わせてくるくる、くるんと中の赤ちゃんれいむが回転した。

 くるくる、くるくる。
 ころころ、ころころ。
 くるくる、くるくる。
 ころころ、ころころ。

 まりさがラップを噛み直し、勢いよく引っ張るたびに、赤ちゃんれいむを包む厚みが薄くなっていく。
 もうすぐ、後三回、二回、一回で。全部、つるつるさんは剥ぎ取れるはず。
 最後は大体一回転半分ぐらいだろう、そう見て取ったまりさは一度に剥ぎ取ってしまおうとことさら勢いをつけてラップを引っ張った。

「ゆっ、あかちゃんよくがんばった……ねっ!!」
「ゆゆーっ!」

 はたして、残りのラップの長さは親まりさの想像通りおおむね一回転と少し分。
 赤ちゃんれいむはころりころりと転がりながら、無事な解放の予感にきゃっきゃと喜びの声を上げ、

「ゆっゆー♪ ころころ~……とみゃらないぃぃぃっ!!」

 ……どうやら髪飾りに絡まっていたらしく、ぶうんとラップに引っ張られる形で宙をすっ飛んでいった。
 テーブルの上から、その下までへ。とどまることなく一直線。

「「あがぢゃああああああぁぁぁぁぁぁんっ!!!」」
「りぇいみゅううううううぅぅぅぅぅぅっ!!?」
「ゆ゛っ、ゆ゛っ」

 天板の上の家族が叫んでみても、赤ちゃんれいむはもちろん一家の元まで戻ってくることなんてできっこない。
 定番の「おしょらをとんじぇるみちゃいー♪」なんて言葉が聞こえる間もなく、赤ちゃんの姿はテーブルの端の向こうに消えて、

「ゆびぇっ」

 ……しばらくしてから潰れた悲鳴が下のほうから聞こえてきた。
 ぐちゃっ、って潰れたような音もしたような、しなかったような。

「ゆびゃあああぁぁぁっ、まりしゃのいもうちょがあああああぁぁぁぁぁっ!!?」

 気が付けば、ついぞ先刻まで楽しく遊んでいた姉妹がすでに自分ひとりを残すのみ――いやまだ死亡確定してはないけれど。
 ラップにくるくる巻かれた身体では、妹の安否を知るために移動することも、ショックでえれえれと餡子をはくこともできない。
 だからせめて、こんなとんでもないことをしでかす親を詰ろうと自由になる両眼だけをじろりと両親の方へと向ける。

「おきゃーしゃん! どおじでこんなごどずるのっ!! まりしゃのいみょうと、いにゃくなっちゃ……ゆ?」

 そうして怒りに身を打ち振るわせて、悲壮かつ高らかにあげた抗議の声はなにやら不安げな色に塗れて尻すぼみに消えた。
 なぜってそれは、驚き慌て悲しみに暮れていて然るべき両親が、妙に落ち着き払った様子で静かにまりさを見つめていたから。

「ゆ、ゆゆっ? お、おきゃーしゃん……?」

 なんだかゆっくりできない空気を感じ取って、姉まりさは妹の心配も忘れておずおずと親ゆっくりに話しかける。
 でも両親二匹は答えてくれない。ただ、落ち着いた……というより表情の抜け落ちた顔をお互い見合わせ、一つ大きく頷いただけ。 
 それから再び姉まりさの方へと向き直ると、能面みたいな無表情を崩さずずーり、ずーりとゆっくりこちらに近づいてくる……!

「や、やめちぇね。こっちにこにゃいでね……!」

 ゆっくり、ゆっくり近づいてくる二匹のおかーさん。死んだような眼差しがとてつもなく恐い。
 姉まりさは近づいてくる両親との距離を開こうともぞもぞ身体を動かすけれど、十重二十重に自ら包まったラップが邪魔して動けない。

「……まりさ。いまたすけてあげるからね」
「だからゆっくり、おとなしく、しててね……」

 親ゆっくり二匹は表情ばかりか、呼びかける声まで地獄の底から響くよう。
 ぶるぶる震えていた姉まりさの身体は、今や違う理由でがくがくがたがたと震えてる。
 そんなわが子の様子などお構いなしに、ゆっくりゆっくり、まったく同じお顔、同じ速さで近づいてくるお母さん。
 その目はまっすぐ姉まりさの方を見ていて、でも姉まりさのことなんて見ていないようで。

「ゆっくりしてね、だいじょうぶだよ」
「こんどはおかーさんたちにひきで、いっしょにがんばるからね」

 ゆっくり、にっこり、二匹して揃って笑う。

「まりさとれいむのだいじなおちびちゃん」
「いっぴきだけになっちゃっただいじなおちびちゃん」

 笑ってじりじり、にじり寄る。

「ゆ、ゆあっ、ゆああ、ゆあああああっ!!!!」

 じりじりと、ゆっくりと。二匹の身体が窓から差し込む外の日差しを遮って、赤ちゃんを影に包みこむまであとほんの少し。
 目の前に迫ったおかーさんの笑顔に姉まりさは怯え、逃げることも出来ずにただ意味のない叫びを放つだけ。
 やがて閉ざされたラップの中で、砂糖水の涙を滝のように流す姉まりさの間近に二匹の口が迫り――、

「「ゆっくり、していって、ね……!!」」
「ゆぎゃぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」




    *           *           *




 ――いろいろごたごた起きてから、おおよそ一時間ほどの後のこと。

「……ゆううぅぅぅ」
「まりさとれいむのおちびちゃんたち……」

 飼い主一家の帰宅の後、今の片隅に二匹寄り添ってさめざめと泣く親れいむと親まりさが見上げるこたつの先で、

「ぴゅんぴゅん!」
「ゆっくちできにゃいおかーしゃんたちは、りぇいみゅたちにちかづかにゃいでね!!」
「ちかづいたりゃおこりゅよ! じぇったいゆるしゃないからね! ぷくーっ!!」

 ……元気に両親を威嚇する赤ちゃん三匹の姿があった。
 広げられた新聞紙の上に、がっぷりと噛み跡の着いた赤まりさに、高いところから落ちた饅頭のように厚みを失い広がった赤れいむ。
 そして、何やらラッピングを無理やり引っぺがしたみたいに薄皮がところどころ剥げた後のある赤まりさ。
 そんな三匹が居座るコタツの上に並ぶのは、小麦粉の袋と天然水のボトル、水に溶かした小麦がまだ残る調理用のボウルに、
 ゆっくり治療の伝家の宝刀、愛媛県産オレンジジュース。

 あれから程なく飼い主一家が戻ってきたとき、最初に耳に飛び込んできたのは近所迷惑確定の両親ゆっくりの泣き声だった。
 それでまた全滅かと家族揃ってため息こぼしたところで弱弱しい赤ゆっくりの泣き声が混じっていることにようやく気が付き、
 慌てて戸棚からゆっくり治療セットを取り出し親子協力しての治療作業となったのだ。
 幸いにして一匹目は餡子の漏れようもないラッピング具合だったがために、見た目相当な深手にも係わらず生命に別状なく、 
 二匹目はいったん椅子の分厚い座布団に落ち、さらにこの事あるを予期して床に敷かれた毛布の上に落ちたために一命を取り留め、
 三匹目は見た目こそ派手な傷だけど、逆に餡子には一切触れない怪我だったが為に気の狂いそうな痛み以外に問題はなく。

「……生命には問題なく、ってワケだけど。見た目悪くなっちゃったなぁ」

 治したものの奇形もどきの姿になってしまった赤ちゃんたちに、飼い主の男性は今更ながら渋い顔をした。
 そりゃそうだ、飼うならやっぱり愛らしい姿形のほうがいいじゃないか。
 しばらく三匹を眺めていた男性は、やがて名案を思いつく。いっそ命は助からなかったことにして、一度リセットしてみてはどうか。

「なあ、全部なかったことにして、また三匹までなら産んでも……」

 しかし、親れいむと親まりさにとってはそうじゃない。反抗的でも見目が悪くても、あの三匹は紛れもないわが子だから。
 男性の提案を皆まで聞かず、とんでもないと驚愕の様子をにじませてすりすり二匹が男性の足に擦り寄った。

「ゆっ!? だ、だめだよおにーさん。おねがいだから、あのこたちはれいむとまりさにそだてさせてね!」
「おねがいね! おにーさん、あのこたちをまりさとれいむにそだてさせてね!!」

 かてて加えてあの子たちの怪我の原因を質せば、自分たちの責任だって負い目もある。
 足元に縋り付く両親ゆっくりの必死の願いは部屋の外から様子を窺う男性の子供たちの湿度の高い視線に力強く後押しされて、
 男性はため息を吐いて提案を大人しく引っ込めざるを得ない――まあ、元から本気ってワケではなかったのだけど。

「わかったわかった。好きなようにしろ……さてとりあえず、こたつの上を片付けるか」

 両親にゲス的な酷薄さがないのは、飼いゆっくりとしては良い傾向だ。
 歪にゆがんだ形だって、治そうと思えばどうにでもなる。ゆー物病院なんてものだって、この世界にはあるものだし。
 だから男性はまたため息を一つ残して、まとわりつく両親ゆっくりを払いのけてこたつの方へと向かった。

「「「ゆゆん、おにーしゃん。ゆっくちしていってにぇ!」」」
「はいはいゆっくりゆっくり」

 出迎える赤ちゃん姉妹の呼びかけは適当にいなし、さて何からどう片付けたものか。
 まず、ボウルに入った練り小麦はまだ治療の補足に使うかもしれない。ラップを巻いて冷蔵庫に入れておこう。
 男性はキッチンのテーブルからニュークレラップと書かれた箱を持ち寄ると、何やら赤ちゃん姉妹がこちらを凝然と見つめているのを
 不審に思いながらもびーっとラップを引き出――、

「「「「「ゆぎゃぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」

 ……あ。親まで一緒に昏倒した。

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最終更新:2022年05月22日 10:46