※多分ほのぼの
ストロー
「ゆっきゅいしちぇいっちぇね!!」
ちゃぷちゃぷと水音に混じって甲高い声が響く。
バケツの中にはピンポン球程のゆっくりひな、水の上でゆらゆらと揺れている。
何故こんなものが居るのか、それは今朝のことである。
釣り人の朝は早い。
日も開けきらぬうちから竿を片手に水場へ向かう。そうして糸一本、引いては己の腕一本で勝負する。
立ち込める朝靄の中、鏡のような水面を睨む。止め処なく流れる水音が心を研ぎ澄ましていく。
サラサラ、サラサラ・・・ゆっくり、ゆっくり・・・ゆっくり?
ゆっくりって何だ。気の抜ける思いで声の主を探すと、それは川上からやってきた。
どんぶらこ、どんぶらこ。まるで桃太郎の桃しかり、くるくると回転しながらボールのようなものが流れてきた。
ゆらりふらりと遊ばれながら目の前までやってくる。タモ網ですくいあげる。
「ゆっきゅいしちぇいっちぇね!!」
水を中程まで張ったバケツの中、ラッコのように気ままにたゆたう。深みがかった緑の髪は、まりものようにも見える。
物珍しさから持ち帰ってきたものの、はてさてどうしたものか。
「ひなひな!! ひなー!!」
突如として騒ぎ出す。腹が減ったのだろうか。
試しに林檎の皮を与えてみる。スィーっとアメンボのように近づき、勢い良く食いつく。
「むーちゃ、むーちゃ・・・やきゅいわ!!」
あむあむと咀嚼しようとするも、あえなく吐き出してしまう。
それならばと砂糖水を用意し、ストローの片側を指で塞ぎ即席のスポイトを作る。それを口元へ持っていく。
小首を傾げて不思議そうにしていたが、そこから甘い汁が垂れていることに気付き、やがておずおずと口にした。
「ごーきゅ・・・ごーきゅ・・・しあわちぇ!!」
幾らか零し零しであるが、何とか口にしている。
綿棒を使おうかとも思ったが、事故のあった昨日の今日なのでいささか気が引けた。
そうしてコップ半分ほどの砂糖水を飲んだころ、小さくゲップをしたので食事を終えた。
「ひーひーひなひなー♪」
満腹になって機嫌が良くなったのか歌いはじめる。時折くるりとターンを決めると、長い髪と真紅のリボンがふわりと揺れる。
その仕草があまりに可愛らしく、ついついちょっかいを出したくなってしまう。
「ひーひーひなっ!? ななななな!!?」
ストローの端でつんつんと突っつく。油断していたのか変な声を上げる。
必死にいやいやと首を振っている、もう満腹という意思表示だろうか。
ただ突き回すだけというのも芸がない。そこで今度はストローを口に咥え息を吹きかけてみる。
「くるくるー♪」
独楽のように水面を回る、楽しそうな声を上げ、お気に召したようだ。
それならば、すぅっと息を吸い一気に吐き出す。
「ひななななななななな!!!??」
物凄い勢いの回転、ネズミ花火のそれすら凌駕しているのではなかろうか。
これだけ回ればさぞ楽しかろう。休む事無く吹き続ける。
そうして5分はたっただろうか、やきゅい、やきゅいと泣きが入ったので止めてやる。
「ぐるぐる、ぐるぐる・・・うみゅぐっ」
風も無いのに真っ青な顔で未だ回り続けている。中身が回転しているのだろうか。
全身でゆーゆーと荒い息をつき、うっすらと涙を浮かべている。何か色っぽい。
「ゆー・・・ゆっきゅいさせちぇよ!!」
息が落ち着くとプクーと膨れ上がって怒りをあらわにする。
指先で押し込むと半分ほど水に沈み、緩めてやると勢い良く飛び出す。
「ひな!? ひなななあむぶぶぶぶ!!!」
途中水を飲んでしまったらしくケホケホと餌付く。慌てて指を離すと恨めしそうに見上げてくる。
ぷんぷん、ぷんぷんと言いながらポチャポチャと跳ねる。
まだまだ元気そうなので、再度バケツにストローを突っ込む。
「ひななっ!!?」
とっさにひなが身を引く。だがストローはひなを無視し、水中深くに沈んでいく。
不思議そうにストローの先を見つめる。それはザブザブと水中を動き、やがてひなの真下までやって来た。
ボコン
「ひなっ!? ひななー!!?」
突如浮き上がった気泡に足元をすくわれ、ぐるりと一回転する。
そんなひなにお構い無しに、気泡は次から次へと沸きあがってくる。
ぶくぶくぶくぶく・・・
「ゆっきゅいさせちぇ!! ゆっきゅいさせちぇよー!!」
ぶくぶくぶくぶく・・・
「ゆっきゅいさせむあ!!? うむむむぶぶぶぶぶぶ・・・」
終いにひなは口から泡の尾を引き引き、バケツの底まで沈んでいってしまった。
流石にまずいと慌ててストローを動かす。ひなの頬を軽く吸い上げ、そのまま水面を割って吊り上げる。
「なー・・・」
ずぶ濡れになってグッタリしている。
多少水に強そうとは言え結局は饅頭、急いで乾かそうとストローの首を曲げ、そーっと息を吹きだす。
「ひなななななななな!!?」
くるくるくると縦回転を始める。それに伴い勢い良く飛沫が飛び散る。
そういえば子供の頃こういう玩具で遊んだっけ、ふわふわとボール浮かせるやつ。
懐かしい気持ちになりながら慎重に息の量を加減する。強すぎず弱すぎず、途切れなく絶え間なく吹き続けるのは中々難しい。
「ゆっぐいさしぇべーーー!!!!!!」
安定してきたので少し息を強くする。ぶわっとひなが高く舞う。
顔を低くし天井との距離をとり、ぎりぎりまで吹き上げる。ひなの声がドップラーのようにわんわんと響いて面白い。
仕上げとばかりに強く吹き込む。その時悲劇は起こった。
「やぎゅい!! やぎゅいわー・・・うぇぽおおぉぉぉぉ!!」
ついに耐えきれなくなり、空中で盛大にリバースを始める。ひなを中心に吐瀉物が放物線を描く。
こんな花火あったな。そう思ったところで俺の視界は途絶えた。
「・・・やきゅいわね」
目を開いたそこは地獄と化していた。
吐瀉物は天井にまで飛び散り、倒したバケツの水で畳はジュブジュブと湿った音を立てる。
流石厄神、饅頭といえど侮れない。・・・自業自得か。
雑巾をかける俺の背中を、ひなはひたすら冷めた目で見ていた。
「やっきゅいしちぇいっちぇね!!」
終わり
作者・ムクドリの人
最終更新:2022年04月16日 00:01