ある夜、里の家々から現れ、足音も幽かに何処かへと歩き出す黒い影。
 影は少しずつ増え、あるいは、家なき影もいる――つまり、虐待お兄さんと呼ばれる彼らと
 同じ気質を持つ幽霊や妖怪達だ。
 時に非常識とも思える行動を取る”お兄さん”は、実は人間ではないことが多い。
 または、その趣味に身を焦がすあまり人を超えてしまうということもある。
 どちらにしても変わらない。彼らの行為そのものが代名詞なのだから……
 彼らすべてをひっくるめて、人は呼ぶ。『虐待お兄さん』と。


 彼らはお互いを夜闇の中で確認し頷きあう。
 そして、里のはずれにある巨大な地下室へと向かって静かに歩を進める。







 ライブ





 やがて全ての人々を収容したコンサートホールはむっとする熱気に包まれる。
 人々の注視の先にあるステージにはギター、ドラムセットその他の楽器、音響設備があり、
 そして目の粗い金網が張られている。

 誰も何も言わない。
 立ち起こる水を打ったような静寂。咳払いすらも起こらない真空状態。
 その緊張を破るように、人影が金網の向こうに現れる。

 数人からなる楽士隊と、一匹のれみりゃ――このコンサートの歌姫――だ。
 れみりゃの手にはマイクが握られている。出所は不明だが(それを言うなら、この施設の存在そのものが胡散臭い)、
 きちんと機能するしろものだ。

 沈黙を切り裂いて、マイクのガチャガチャ音。続いてれみりゃの吐息が増幅されたボエーという響き。 
 そして第一声が発せられる。
「うっう〜♪おにーざんたぢぃ〜♪きょうはれみりゃのこんさーとにきてくれてありがどうだっどぉ〜!」
 その瞬間、ホールが動鳴する。
「うおお〜〜!!」
「おぜうさまーー!!」
「れみ☆りゃ☆うーーーーー!!」
 人々が足を踏み鳴らしはじめる。
 最初こそばらけているその振動は、たちまちのうちに収斂し、たった一つのリズムとなってホールを揺るがす。
「「「セイ!セイ!セイ!セイ!」」」

 そのリズムは、歌え歌えとせきたてる。

 踊れ踊れと囃したてる。

「うーみんなまちきれないんだっどぉ〜?しょうがないどぉ☆
 それじゃあさっそくぅ、いっくどぉ〜☆」
 れみりゃがやわらかい腕を振り上げた。
 シンバルのワン・ツーから走り出すドラムに待ちかねたようにかぶさるギターと、音の奔流を支えるベースギター。
 その調和の只中に、
「おっぜうさまはぁ〜、とってもえっらいんだっどぉ〜。
 こーまかんのぉおぜうさっまなんだどぉ〜♪うー♪」
 重石を投げ入れるような歌声。しかし音楽は巧妙に歌声をかいくぐり進行を維持してゆく。
 人々は二拍子を刻む一つの機械となり、握り拳を繰り返し高い天井へと差し上げる。
「ぷっでぃんおいちいどぉ〜♪あまあまだいすきだ・っ・ど・ぉ〜♪」
 れみりゃの振り付けにあわせてPPPHも抜かりなく。
「こうまかんのおぜうさま〜、れみりゃおぜうさま〜♪うー!」

「みんなありがとうだっどぉ〜♪つぎのきょくはぁ、おぜうさまのこーまかんのおうたなんだどぉ〜☆」
 再び大歓声。
「おうえんよろしくだっどぉ〜♪うー♪いぇい♪」
 ヒューヒュ−と口笛も飛ぶ。
「おっぜうさまはぁ〜、とってもえっらいんだっどぉ〜……」
 前の曲と歌詞は同じである。だがそんなことは些細なことだ。
 人々はドラムに灼かれ、ギターのリフに全身を切り裂かれ、ベースの潮流にその身を委ねた――

「みんなぁ☆おぜうさまのなまえをいってみるんだどぉ?」
「「「れみりゃおぜうさまーーーーー!!!」」」
「んー?きこえないどぉ?」
「「「れ・み・り・ゃ・おぜうさまーーー!!!!!!」」」
「そうだどぉーー!とってもえれがんとでぇ、とってもぷりちーな、
 か☆り☆す☆ま☆おぜうさまだっどぉ〜♪うっうー!」
「「「うっうーーーーー!!!」」」


 数時間の熱狂の後、無事にコンサートは終了した。
「「「れ・み・りゃ!れ・み・りゃ!」」」
「「「れ・み・りゃ!れ・み・りゃ!」」」
 大喝采の中を手を振りながら退場してゆくれみりゃ。お辞儀をし、一人ずつ去ってゆく楽隊。
 眩しい照明と音響のハウリングが止み、一繋がりだった聴衆たちはその熱を心に宿したまま個人へと立ち戻る。
 雑談するものもあれば、独りでコンサートの余韻を噛み締めるものもいる。
 人々は疲れ果て、しかしその表情は明るくホールを退場してゆく。


 * * * *


 男は家路を急ぐ。
 体は鉛のように重いが、足だけはひとりでに前へと進んでいく。
 つい先ほどのライブを思い返している。
 辺り中から降る音。尻を振るれみりゃ。体を貫く振動。
 手を胸の前に持ち上げぶりっこのポーズのれみりゃ。 
 れみりゃの声音。へたくそなダンス。にこやかな表情。
「れみりゃ……れみりゃ……れみりゃ……」
 足取りが軽くなる。
 ざっ。ざっ。ざっ。
 れみりゃ。れみりゃ。れみりゃ。
 ざっざっざっ
 れみりゃれみりゃれみりゃれみりゃれみりゃれみりゃれみりゃれみりゃれみりゃ
「うっおおおおおおおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 疾走する。
 空はすでに白み始めている。
 疾走する。
 やがてすぐに自分の家が見えてくる。
 家の外に誰かがいる。
「う〜?おにーざーん?よるなのにどこにいってたんだどぉ〜?」
 れみりゃだ。夜間に起き出して、飼い主の不在に気づいたのだろう。男は駆ける。
 手を振るれみりゃがあっというまに近づく。れみりゃもまた、万歳のポーズでよたよたと歩み寄る。
「おなかすいたっどぉ〜。おぜうさまはぷっでぃんたべた」
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
 激しい加速からのラリアットがれみりゃのふとましい顎を刈り取り、
 れみりゃは慣性の法則にしたがって男の家の玄関を、襖を、居間を、寝室を、仏壇をなぎ倒し、
 壁をも貫通するとさらに彼方へと吹き飛んでいった。

 男は、登り行く太陽に握りこぶしを振りかざす。ちょうどあのライブの時にしたように。
「んっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!すっっっきりーーーーー!!!!!!!!」



 * * * *


 人々は鬱憤に飢えていた。
 いまや人々は、ゆっくりがしばしば為す”悪さ”にかこつけて、または特に理由がなくとも鬱憤を晴らせる。
 人々にはストレスが必要だったのだ。


「う〜う〜♪おぜうさまのびせいはせがいいぢだどぉ〜♪」
「うふふ、本当ね」
「だんすもばっちり☆きまったどぉ♪」
「そうね、とっても上手だったわ」
 主催のスタッフはれみりゃをぎゅっと抱きしめる。
「うー!いっしょおけんめいおしごとしたからぁ、おなかすいちゃったどぉ〜。ぷっでぃん〜」
「今持ってきてあげるわね」

 これは、ただ拾われただけのれみりゃである。
 拾われた基準は「一番長生きしそうだから」ただそれだけ。
 ただコンサートに使うため、おだてて褒めて、何不自由ない生活をさせている。
 客にもこのことはちゃんと教えてある。
<・れみりゃちゃんは毎日美味しいものを食べておうたを練習しています。
 ・おぜうさまはぁ、あいどるなんだっどぉ〜!ぷっでぃんたべたいどぉ〜!>
 そのことが、客達の心をより激しく揺さぶるだろうから。
 能天気で放埓な、幸運の寵児。
 人々は、ライブで自制心の縁ぎりぎりまで溜めた”歌姫”れみりゃへの苛立ちを、家に帰って存分に発散するだろう。
 それこそがこのライブの目的なのだ。

 スタッフは冷暗所に保存したぷっでぃんをれみりゃのために取り出す。
 そのぷっでぃんはあたたかいお日様の匂いがした。
「(うう、私も早く帰ってうちのれみりゃいじめたいわぁ……)」








 END


 ■ □ ■ □


 夏といえばライブですよね!ライブ行きたい

    十京院 典明
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最終更新:2022年04月16日 22:41