「ではちょっと失敬させて……」

俺はフレンドリィショップの倉庫に侵入すると、相棒であるキュウコンから風呂敷を受け取り、ダンボールに敷き詰められているモンスターボールを一つ掴んだ
今時風呂敷を使う泥棒なんて俺ぐらいだろう。そろそろちゃんとした鞄だかに新調しようか等と思いつつ、それを風呂敷に収めまた一つ掴む
大量生産されている安物と侮る無かれ、需要も高く、ショップの少ないド田舎などに持ち込めばそこそこの値段で売れるもんだ
そんなこんなでモンスターボールを数十個ほど風呂敷に収め、こそこそと外にでた

外は明かりが点々と付くのみで、暗く静かだった
倉庫から出てくる所を誰かに見られていたら催眠術で眠ってもらうつもりだったが、今回は特にそのようなことは必要はなさそうだった
モンスターボールの入った風呂敷はキュウコンにくくりつけ、気持ち早足で町を出た

森の奥の横穴で夜が明けるのを待つか、と考えを巡らせつつ、霧の出ている草むらを歩いていた
こんな所で霧が発生するのか、都合はいいんだが等と違和感を覚え考えていたためか、すぐ傍の草むらでガサガサと音を立てている存在に気づくのが遅れた

とりあえず催眠術で眠ってもらおうと思ったが、言うより前にキュウコン自身が先に動いていた
キュウコンは風呂敷を振り落とし、跳ね上がったモンスターボールの一つを尻尾ではじいて音のする草むらに飛ばしていた
モンスターボールはその音の発生源にぶつかり、それを捕らえた
一瞬見えたその姿はヒンバスであった

何が起こったのか分からなかった、キュウコンが勝手にヒンバスを捕まえていた
だがこの辺りに水場は無く、こんな所にヒンバスがいるはずがない
しかしキュウコンが回収してきたそのボールには、間違いなくいるはずのないヒンバスが収まっていた


「どういうことだ?こんな時に構って欲しいのか」
キュウコンに幻術か何か掛けられたのだろうか等と考えつつ、散らばったボールを回収しては風呂敷に収めていた
当のキュウコンは鬼火で辺り軽く照らし、虚ろな目で周囲を見渡していた
その視線の先を目で追うと、そこには十数匹かそれ以上の数のヒンバスの姿があった
だがそれらの姿はピクリとも動かず、既に力尽きた後であった
キュウコンはその虚ろな目で一瞬こちらを見たが、すぐに視線をそらした
散らばったボールを回収し終わると、俺は彼らに黙祷し、元来た町へと引き返した


周囲に人が居る訳でもないが周りの目など気にすることなく、急ぎ足でポケモンセンターに入った
明かりは入ってすぐのロビーに灯っているのみで、隅や廊下の先などは暗い
ジョーイさんにヒンバスの入ったボールを渡し、事情についてあることないこと話した所、ジョーイさんは急ぎ足で施設の奥の方へ入っていった
ここで待っていればいいのか、と思いかけたところ、ジョーイさんと入れ違いになる形でラッキーが出てきた
俺とキュウコンはそのラッキーに案内される形で、施設の奥の方に移動した

廊下の突き当りから2つ目の部屋に案内され、そこには主に水ポケモンの治療に使うであろう機械や水槽があった
その側にはジョーイさんもおり、水槽をよく見ると中にヒンバスがいた
さすがと言うべきか手際がよく、治療らしきものが一折り終わると、さっき俺が言ったことについて情報をくれた


ジョーイさんの話によると、最近、生まれたばかりの非力なポケモンを大量に、しかも生態系すら無視して逃がすトレーナーが増えてきているらしい
捨てるなんてもったいないと一瞬思ったが、特に金に困っている訳でなければ売り捌いたりする必要もなく、確かに早く処分したい邪魔な存在なのだろう
俺はそんなトレーナー達と少しだけ考えがずれてるのだろうか。理解しきれない事がいいのか悪いのかは分からず、複雑な思いだった
ふと助けを求めるかのようにキュウコンの方を見たが、当のキュウコンは気落ちしてるのか目線が下がっており、いつになく大人しくなっていた
それでもジョーイさん等に悟られまいとしてるのか、自分で自分に何かを言い聞かせてるのか、目だけを不自然なぐらい見開いており、客観的に見たらかえって無理をしているようだった

俺やキュウコンが困惑している様子だったのか、ジョーイさんは少し間を開けてから、ヒンバスの容体について話し始めた
このヒンバスも、もう少しで手遅れになるぐらいに衰弱していたらしいが、今は安静にしており、すぐによくなるとの事だった
俺は有難う御座いますと一礼すると、キュウコンと一緒に廊下に出た

俺は廊下に出て椅子に座ると、ほっと胸を撫で下ろし、一息ついた
「お前もあんな感じだったんだよなー……。」
キュウコンは虚ろな目で俺をしばらく見たが、やがて目を逸らすとどこか虚を見つめ始めた
俺はキュウコンにくくりつけてあった風呂敷を取り、そっとキュウコンを撫でてやった
幼い頃の助からなかった仲間と、あの力尽きたヒンバスたちを重ねているのかもしれない


しかし何も考えてなかったが、このヒンバスが回復したらどうするべきか
俺はコイキングすらモンスターボールの倍以上の値段で売れるような場所を知っている
ヒンバスも大差ないと思われそうだが、最悪でもそれだけの価値はあるということだ
しかしあんな光景や話を目の当たりにしておいて、加えてキュウコンが助けてくれたあの一匹を私欲のために手放すのは少々気が引ける
だが俺のような人間の下に居てもよいことは少ない、やはりちゃんと生きれる場所に放したり、誰かよいトレーナーに売るなり譲るなりした方がいいのだろうか
財布的にも精神的にも、その辺に捨て置くような事はしたくはない

ふと、キュウコンから取った風呂敷を見た
この数十個のモンスターボールもただ金にするためでなく、もっとよい事に使えるのではないか
しかし、このモンスターボールを今回盗んだりしてなければ、あのヒンバスと出会うこともなかっただろう
しかしもう少し早ければ1匹だけならず、もっと沢山を捕まえることができたのではないか
もしそうだったら、あの多くのヒンバス達ものたれ死ぬ事はなかったかもしれないし、奉仕的値段で売っても金になったはずだ
だがそんなにたくさんのヒンバスを適当に売り捌いたとして、皆がよいトレーナーに当たれたかどうかは分からない

俺はうとうとしつつも寝ることなく、座ったまま様々な思考を巡らせていた
一方のキュウコンは精神的に疲れていたのか、尻尾を丸めて眠っていた
結局、離れる筈の町の中で夜を明かしてしまった


日が昇り始め、ロビーや廊下にトレーナーたちが出てき始めた
「ヒンバスはすっかり元気になりましたよ。」
「有難う御座います。」
俺はジョーイさんからヒンバスの入ったボールを受け取ると、ボールの詰まった風呂敷に一緒に収めキュウコンにくくりつけた
キュウコンは寝て起きて気が晴れたのか、普段通りの様子に戻っていた
その後、今後もあのようなポケモンが居たら、ポケモンセンターに連れてきて欲しいとのことと
昨日フレンドリィショップの倉庫に何者かが侵入してモンスターボールを大量に盗んでいったと言う物騒な話及び、自分の持ち物には気をつけてという趣旨を付け加えられた
物騒も何も目の前に居ます。大体大量という程でも……等と心の中でぼやきつつ、ポケモンセンターを出た

「待ちなさい。」
一歩外に出た所、ジュンサーさんと数匹のウインディに包囲されていた
朝早くだが人がいない訳ではなく周りにいたトレーナー達は一斉に俺に視線を向けた
後ろを見ると、ポケモンセンターの扉が閉まる直前のジョーイさんが、やや苦しい笑みを浮かべていた、気がした
再び前を見たが、やはり状況は包囲されているままだった、穏やかに纏まる話ではない
今一危機感を欠いていたというか、町から離れることももう少し考えるべきだった。迂闊だった

キュウコンに催眠術をばら撒いてもらうにも、数が多く間に合うとは思えない
キュウコンは険しい目でウインディたちを睨むが、ウインディたちに数から負けており、威嚇に気圧されていた
このままおとなしく捕まった方が賢明だろうか、いや少しでも足掻いて逃亡を計るべきか
そう一瞬の時間が流れたとき、風呂敷の中から突如ヒンバスが現れ、辺り一帯に黒く濃い霧を発生させた

俺もキュウコンも、これが好機であるとすぐに悟った
俺はヒンバスを抱え、キュウコンは俺を背に乗せ、カモフラージュの鬼火を放った
ジュンサーさんが何か言っている様子ではあったが、聞き取る余裕などなく、そのまま霧に紛れての逃走を試みた


黒い霧を抜け、町を出て草むらから深い森の奥へと来た。追手が来ている様子はなかった。ここまで来れば大丈夫だろう
もしウインディが全力で追いかけてきたなら逃げ切れたかは微妙な所だった
何らかの理由で諦めてくれたのかも知れないが、キュウコンの疲れ様がひどいので、実は底力か何かで物凄い速度を出していたのかも知れない
俺はふと思い出したかのように、抱えたままのヒンバスをボールに戻し、キュウコンから風呂敷を取った
「寝起きだってのに無茶させたな……ありがとう。」
そう言ってキュウコンの頭をなでつつ、ボールに収めたヒンバスにも感謝の言葉を述べた

森を更に奥へ歩き、夜を明かすつもりだった横穴についた
地底湖にも繋がっていて水に困らない、良い隠れ家だ
俺は風呂敷をその辺に置き、ヒンバスを水の中に出した
キュウコンはヒンバスを見ながら、まだ息が荒いまま声を漏らしている。何かしら話しかけているのかもしれない
そう思っていると、どっと疲れと共に睡魔が襲ってきた。そう言えばポケモンセンターでもうとうとはしたものの一睡ぐらいしかしていなかった

ジュンサーさんらに囲まれた時にヒンバスが急に出てきたのは何故だったのか
もしかしたら、こんな一端の泥棒である俺でも頼りにしてきたのだろうか
まぁそんなことはないだろうが、あのような惨状はもう起きてほしくない等と思って助けてくれたのかもしれない
もしそうなら、俺にできることはちっぽけな事だが、俺なりに世の中を変えていく努力をするべきだろう
このキュウコンやヒンバスと同じようなポケモンを増やさないためにも
こいつらが望んで盗みの道に来ているかは分からないが
このたくさんのモンスターボールは、少しでも多くのポケモン達を助けるために使えるだろうか
様々な思考を巡らせつつ、しばしの眠りについた




「『――子の刻 ウラヤマ邸に
 家宝であるミステリアスパール並びにミラクルダイヤモンドを失敬するため参上致します。 怪盗ヒンバス』……だそうです。」
「わしにまたしてもこんなボロっちい挑戦状を叩きつけおって……名前だって、もっとかっちょいーー名前にできんのか、奴は。」
「手法とかは結構華麗じゃないですかー。それにもし捕まえたりできちゃったら大手柄で、もっと名をあげられますよ!」
「せめて奴がもっと華麗な身なりだったり、盗んだ物をもっと大事にすればいいんじゃが……ええい、あんな奴にまた訪問されるとは腹立たしいことじゃ。」
「確かに、盗んだ物はすぐに売っちゃうって言いますし、あの身なりだってポケモンまで含めて御世辞にも華麗とは言えませんよねー……あのキュウコンやミロカロスだって、あんな風呂敷を身に纏ってないだけでも全然違うと思うのに……。」
「じゃろ?奴が以前来た時、わしもちょっと気になって逃げられる直前に聞いたんじゃが、他のポケモンは兎も角、あのミロカロスは自ら好んであんなボロ切れを纏っているそうなんじゃよ。」
「えー!?ウラヤマさん、怪盗ヒンバスさんと話をしたことがあるんですか!?くぅー羨ましいです。」
「そうじゃろっ そうじゃろっ!もっと聞いてくれ!実はな――」


作 2代目スレ>>881-887

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最終更新:2009年02月24日 23:07