2023年第168回天皇賞・秋

登録日:2024/03/20 Sun 00:05:00
更新日:2024/04/24 Wed 08:07:37
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1:55.2 2023年 G1 UMA たられば論すら黙らせる イクイノックス ギュッと凝縮、11頭 ジャスティンパレス ジャックドール ジョーダン「ウケる、撮っとこ。」 ダノンベルーガ ドウデュース プログノーシス ルメールも楽しメール! レイドバトル レコードブレイク ワールドレコード 伝説のレース 全てを蹴散らす天賦の才 勝てる気がしない 夢の終わり 天皇賞 天覧競馬 天覧調教 少数精鋭 屋久杉 常識の破壊者 府中の風になった 恐怖映像 悪夢に終止符を 挑戦者に大欅の加護を 春分の日に立った項目 東京競馬場 消耗戦 特異点 現実が虚構を超える 異常現象 立本慎吾 競馬 蹂躙 連覇 金の貰える調教


天皇賞(秋)、最高のライバル、最高のメンバー!
~フジテレビ 立本慎吾アナウンサーによる実況~


2023年10月29日、府中・2000mで開催されたGⅠレース。
節目の年、厳粛なる舞台にて、競馬界に衝撃をもたらした。

【馬柱】





馬名 性齢 騎手 人気
1 1 ノースブリッジ 牡5 岩田康誠 10
2 2 エヒト 牡6 横山和生 11
3 3 ドウデュース 牡4 武豊→戸崎圭太 2
4 4 ダノンベルーガ 牡4 J・モレイラ 4
5 5 ガイアフォース 牡4 西山淳也 7
6 6 ジャスティンパレス 牡4 横山武史 6
7 イクイノックス 牡4 C.ルメール 1
7 8 ヒシイグアス 牡7 松山弘平 8
9 プログノーシス 牡5 川田将雅 3
8 10 ジャックドール 牡5 藤岡佑介 5
11 アドマイヤハダル 牡5 菅原明良 9


【前夜】

天覧競馬

本年度の日本競馬界は競馬法制定から100周年を迎えており、本レースは『競馬法100周年記念』の副題がつけられ、更には2012年にエイシンフラッシュが制した第146回天皇賞(秋)以来11年ぶり3回目、令和になってからは初の天覧競馬として実施。即位後初めて第126代天皇・徳仁と皇后雅子の両陛下が観戦なされた。その徳仁が御来場なさるとあって、今回も「何か」が起こるのではないかとの予感があった。

参戦、世界最強馬

本レースの主役はやはりというか前年の覇者イクイノックス。クラシック期の春二冠いずれも2着からの『1番人気は勝てない』『平地GⅠの1番人気の連敗』といったジンクス、そして『沈黙の日曜日の幻影』を打ち破って初GⅠ制覇、そこから破竹の勢いでGⅠ4連勝。今やすっかり世界最強馬の肩書が定着した彼は、ドバイシーマクラシックとの同年制覇による褒賞金が出るジャパンカップを本命としつつ、前哨戦として連覇のかかる本レースに1.3倍の1番人気で参戦。前走の宝塚記念こそ勝ったとはいえ初の関西遠征やドバイの疲労、躓きや大外を周ることになる等の不安要素でギリギリであったが、秋戦線にむけて休養と調教を積んだことで更に成長。万全の仕上がりで迎えることができた。100点満点中200点の仕上がりで屋久杉と例えられていたとか。

果敢なる挑戦者達

一方、前年と異なり本年の3歳世代は軒並みクラシック戦線に向かったことで古馬のみの勝負となり、更に有力な古馬の大半や直近のレースで優先出走権を得ている馬は香港遠征や他のGⅠ競走にむけての調整等で回避したため、グレード制導入以来最少タイの11頭立てとなった。まぁさすがに勢い乗ってるイクイノックスを相手にするとなって日和ってしまうのは仕方ない
されど数少ない参戦馬達は決して引けを取らないメンバーとなっており、少数精鋭で世界最強に挑戦状を叩きつけた。
代表格はイクイノックスの同期である2番人気のドウデュース。2022年にイクイノックスとの死闘の末ダービーをレコードタイムで制し、凱旋門賞にも果敢に挑んだ彼は2023年の京都記念を快勝するも、春戦線の本命である海外レースのドバイターフを目前に出走取消の憂き目にあい、そこから秋古馬三冠路線にむけて逆襲を誓い万全に仕上げ、イクイノックスとダービー以来約1年5ヶ月ぶりの対決に臨んだ。
同じくイクイノックスの同期、6番人気のジャスティンパレス。クラシック期の惨敗を乗り越え、本年の阪神大賞典、天皇賞(春)を制し、春秋連覇をかけて参戦した春の長距離砲。ちなみに本レース参戦の同期ではイクイノックスとの対戦経験が一番多い*1
そして本年の大阪杯をレコードで制した5番人気のジャックドール。前年にも出走した馬の一頭*2でその時は4着。比較的好走でこそあったが、ジャックドールのレーススタイルをしきれていなかった事から、今回はなんとしてもハナを切りたいところである。
それ以外にも金鯱賞と札幌記念を制し勢いに乗りつつあるプログノーシス、掲示板入りしつつも未だGⅠを取れない“激闘王”ダノンベルーガ、前年のセントライト記念を制したガイアフォース、本レース最年長のヒシイグアスなど、アドマイヤハダル以外の10頭は重賞馬、うち4頭はGⅠ馬という凝縮されたラインナップとなった。
ちなみに2022年の二冠牝馬スターズオンアースも出走予定だったが、調教中に蹄の異常が見つかり回避。イクイノックスとの対決は次走のジャパンカップに持ち越しとなった。

閑話~アクシデント~

そんな中、緊急事態が発生。
本レース開始前、ドウデュースに騎乗予定だった主戦騎手の武豊が当日行われた新馬戦後、検量室前で馬具を外そうとした際に右脚を蹴られてしまう。幸い骨は無事だったが、筋挫傷により以降の騎乗予定馬は全て乗り替わり。ドウデュースも戸崎圭太騎手が急遽乗ることになった。


【レース】

前半~中盤-異様なる狂気の消耗戦-

レースはジャスティンパレスとプログノーシスがやや出負けした以外は好スタート。ゲートを出るや否やガイアフォースとジャックドールがハナを奪い合い、最終的にジャックドールがハナを切る形となった。
ジャックドール陣営としては、前年にパンサラッサが超ハイペースでハナを切り2着に食い込んだという結果から、パンサラッサより距離適性に多少余裕のあるジャックドールが自身のレーススタイルで同様の戦法をとればイクイノックスに差しきられる前に逃げ切り勝ちができると判断しての位置取りである。
それでもガイアフォースが約1馬身差で追走してくるが、お構い無しに先頭を爆走した結果、前半1000mの通過タイムは57秒7。前年のパンサラッサの1000m通過タイムとはコンマ3秒差、1400m地点のラップに至っては1分20秒5でパンサラッサよりも速い超ハイペース。さすがにこのペースともなれば(ガイアフォースが追走してくる事を除けば)前年同様に大逃げの展開になる……



ハズだった



なんとガイアフォースの約3馬身ほど後方、3番手の位置でイクイノックスが追走してきているのだ。

これまでの戦績でイクイノックスの脚質不問ぶりは充分すぎるほど知らしめられており、先行策で来ること自体はあり得なくはなかった。
問題は前年に引けを取らないハイペースの中を3番手で、しかも先頭と然程差を空けることなく追走してきていることである。
そしてイクイノックスのみならず、馬群全体の差があまり開かずに追走してくるという、このペースとしては異様すぎる展開となった。

57秒7!? 57秒7!今年も速いぞ天皇賞秋!!

上述の通り大逃げになり得る超ハイペースを刻むジャックドールだが、彼の本来のレーススタイルは溜め逃げ、つまりリードを稼いだあと息を入れて最終直線で再加速するというものであり、本来なら3、4コーナー辺りで息を入れてスパートに備える手筈であった。
しかし外枠からのスタートなうえガイアフォースに突かれていたところにイクイノックスの3番手追走が重なったことで瓦解。
もし息を入れるために緩めたらその隙をついてイクイノックスに抜かされ、逃げ馬である以上巻き返す脚は無い。かといって先頭を維持するためにこのペースで走り続けていればスタミナが保たないという八方塞がり。

そしてイクイノックスより後方を走る馬にしても前年の結果から、差が開き過ぎたら末脚勝負で勝ち目がなく、脚を溜めるとなると差が開きかねないためこのペースに付き合わざるをえないという、ある意味イクイノックスがペースを握っているに等しい展開と化していた

こうなると位置取りもスパートのタイミングもへったくれもない苛烈な消耗戦であり、地力勝負といえる事態だった。

尚、のちにルメール騎手が語ったところによると、このペースですらイクイノックスにとっては『普通のペース』とのこと。冗談だろ…(恐怖)

後半-戦慄のラストスパート-

さすがに異常なまでの消耗戦を先頭で強いられ続けたジャックドールはスタミナをすり潰され尽くし、最終直線に入って程なく逆噴射。
好機とばかりにガイアフォースがじわじわ迫って交わしハナにたつ。
同様に後続が追い上げにかかるも、ろくに脚を貯められなかったためか思うように伸びない。かろうじて、出負けして後方に控えていたジャスティンパレスとプログノーシス、次いでダノンベルーガが他の馬より脚を貯められていたため少しづつ先頭との差を縮めていく。

「さぁ、決着をつけよう直線コース!!」

そんな中、イクイノックスは進路を確保するやハナに立ったガイアフォースを持ったままで抜き去り、残り300mでムチが入ると一気に後続を引き離す。どこにその末脚残ってたんですか…

その間ジャスティンパレス、プログノーシス、ダノンベルーガ等後方勢が手綱を扱きムチを入れて必死に追い縋るも差がなかなか縮まらない。

「外からダノンベルーガ、プログノーシス川田、更にその外から6番のジャスティンパレス!
しかし抜けている!しかし抜けている!7番のイクイノックス!イクイノックス!外からジャスティンパレス、プログノーシス、更にはダノンベルーガ!しかし、『全てを蹴散らす天賦の才』!これが!!イクイノックスだああああ!!!

結果はイクイノックスが最後流しつつも後続に2馬身半突き離してゴールイン。GⅠ5連勝にしてシンボリクリスエス、アーモンドアイに続く3頭目の秋天連覇。

2着は上がり3ハロン最速33秒7のジャスティンパレス。3着は上がり3ハロンがコンマ2秒差のプログノーシス、4着はダノンベルーガ、5着は道中2番手で進めていたガイアフォースという結果となった。
一方、果敢に先頭を走ったジャックドールはシンガリ負けの11着、対抗馬筆頭のドウデュースは長期休養明け、急な乗り替わりで呼吸が合わなかったためか、出足は良かったものの直線で伸び悩み7着で国内戦にて初めて掲示板を外してしまった。

【レース結果】


1着 イクイノックス
2着 ジャスティンパレス 2.1/2
3着 プログノーシス 1.1/4
4着 ダノンベルーガ アタマ
5着 ガイアフォース 2.1/2
6着 アドマイヤハダル 1.1/2
7着 ドウデュース 1/2
8着 エヒト 5
9着 ヒシイグアス 1.1/2
10着 ノースブリッジ 2.1/2
11着 ジャックドール 2.1/2


上がり4F 46.1
上がり3F 34.7

払い戻し

単勝 7 130円 1番人気
複勝 7 110円 1番人気
6 340円 6番人気
9 200円 9番人気
枠連 6-6 1,250円 5番人気
馬連 6-7 1,330円 5番人気
ワイド 6-7 550円 5番人気
7-9 280円 3番人気
6-9 1,650円 15番人気
馬単 7→6 1,500円 6番人気
三連複 6-7-9 2,180円 9番人気
三連単 7→6→9 6,960円 23番人気


レース全体の流れを見ればわかると思うが、1600mのレース並のハイペースで2000m、それも直線が長く登り坂もある府中を走る展開は先行勢不利・後方勢有利な結果になるはずであり、実際、先行勢は軒並み沈み後方勢が上位に来ている。そんな中で先行策をとったイクイノックスが勝つという信じがたい現象が起きたのだ。そんな狂気の展開で2番手追走し掲示板確保したガイアフォースも大概おかしいのだが。

そして掲示板に点いたレコードの赤い文字と勝ちタイム。


1:55.2

「レコード!!!!何とタイムはレコード!!!!」



なんと2011年にトーセンジョーダンが打ち立てたアンタッチャブルレコード1:56.1を0.9秒更新する規格外のタイムなのだ。
しかもこのタイム、芝2000mのJRAレコードどころか1999年にチリで確認された1:55.4を上回る芝2000m世界レコードである。
加えて、4着までがジョーダンのレコードを更新しており、5着のガイアフォースも2019年にアーモンドアイが出した1:56.2に並び、最下位のジャックドールすら1:58.4と全体的に速い決着となった。
その中で世界レコードを更新できたのはイクイノックスだけで、父キタサンブラックが2017年に勝った際の勝ちタイム2:08.3とは13秒1もの差がある。

【その後】

1着のイクイノックスは本命であったジャパンカップに出走。この年の三冠牝馬リバティアイランド等の強豪馬と激戦を繰り広げて見事に勝利した。結果的にはこのジャパンカップがラストランとなり、GⅠ・6勝、10戦8勝2着2回の完全連対という好成績でターフに別れを告げた。

7着に敗れたドウデュースは、その後ジャパンカップに出走。日本ダービーを制した舞台でリベンジを果たそうとするも4着となった。しかし次走の有馬記念では復帰した武豊騎手を背にようやく本来のパフォーマンスを取り戻すことができ、見事に勝利を挙げた。次走は出走できなかったドバイターフを予定している。

2着に敗れたジャスティンパレスはその後有馬記念に出走。1番人気に推されて最後方からの追込戦法で勝負に挑むも直線で捉えることが出来ずに4着に敗れた。次走はドバイシーマクラシックを予定しており、初の海外の舞台で世界の強豪と鎬を削る事になる。

3着のプログノーシスはその後香港カップに出走するも、QEⅡ世Cで敗れたロマンチックウォリアーに再び敗れて5着。しかし翌年の金鯱賞では見事なイン付きを見せて連覇を達成した。


5着のガイアフォースはその後GⅢであるチャレンジカップに出走し1番人気に推されるも、6着と掲示板外に終わった。翌年には何とフェブラリーステークスに出走、初ダートということで適性が不安視されたもののペプチドナイルに次ぐ2着と好走した。

11着のジャックドールは翌年のサウジカップを視野に調整を進めていたものの右前浅屈腱炎が判明。今後9カ月以上の休養を要する見込みとされている。

【実況担当者】


【余談】

  • レース後、ルメール騎手は貴賓席前まで移動し、天皇・皇后両陛下に馬上から*3最敬礼を行った。また、地下馬道に向かう途中に観客から「ルメールも楽しメール!」と声をかけられた際は「楽しメール!」と返していた。ついでに地下馬道でセルフウイニングライブ

  • このレースで7着に沈んだドウデュースだが、本来ドウデュースは道中控えてコーナーから直線で一気に追い上げる切れ味勝負がレーススタイルである。しかし今回、休養明けと乗り替わりが影響してか掛かり気味だったうえ、なまじゲートの出が良かったばかりにイクイノックスの後ろにつける形となったため、自分のスタイルで戦えなかったのが敗因と思われる。誤解無きよう付け加えると、レース展開からして離され過ぎていたら直線勝負にすら持ち込ませられなかった可能性があり、ドウデュース陣営もピンチヒッターの戸崎騎手も急なアクシデントの中、最善策を取ろうとした結果であることは留意してほしい。

  • また、最下位に沈んだジャックドールについても、積極的にハナを切り消耗戦にした挙げ句シンガリ負けとなった点を非難する声もあったが、そもそも前年の展開と自分のスタイルを鑑みて、イクイノックスに少しでも勝てる可能性がある戦い方をした結果が本レースであったと考えれば、むしろよくここまで戦ったと讃えるべきであろう。

  • 実は天皇・徳仁は皇太子時代に御台覧なされた2007年日本ダービーでウオッカによる64年ぶりの牝馬ダービー制覇を目撃している。前述の通りイクイノックスは世界レコードを樹立しており、戦前の予感通り、2度に渡り歴史の目撃者の一人となった。

かつて武豊は自身の理想として「2000mを58秒で逃げて58秒で上がれる。それが誰もかなわない理想のサラブレッド」と語ったことがあった。
あの悪夢から約四半世紀、その『理想』は形はどうあれ『現実』となった。
この日、本当の意味で『沈黙の日曜日』の幻影は消え去り、埋もれてしまった勝者と共に彼らはようやく救われたのかもしれない………



追記・修正は世界レコードを打ち立ててからお願いします。


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最終更新:2024年04月24日 08:07

*1 本レースまでの時点で2022年皐月賞、2022年日本ダービー、2022年有馬記念、2023年宝塚記念、2023年秋天の5回。次いでダノンベルーガが2022年皐月賞、2022年日本ダービー、2022年秋天、2023年秋天の4回、ドウデュースが2022年皐月賞、2022年日本ダービー、2023年秋天の3回、ガイアフォースは本レースで初対戦。

*2 他はノースブリッジとダノンベルーガが出走。

*3 この際下馬対策の為か二人左右に付き添っていた。