後日。
「それでは、次!」
 朗々とした声が裁判所に響き渡る。誰であろう、四季映姫・ヤマザナドゥの声である。
 裁判所に足を踏み入れたのは、小さなゆっくりまりさの霊だった。
「まりさに相違ありませんね」
「ゆっくりしているよ!」
 まるで生前と変わらぬ元気さで、まりさは跳ねる。
 このまりさは、群れを捨てて旅立ったれいむ達の一員だったまりさだ。
 幼いながらに聡明であり、ゆくゆくは群れを率いてくれるだろうと期待されていた。
 しかし岩場を抜けるか抜けないかというところで日がくれ、れいむ達はれみりゃに襲われたのだ。
 そんなとき、このまりさが身を投げ出し、他の群れ全員を逃がすことに成功したのである。
 映姫は滔々と判決主文を述べる。
「まりさ、あなたは群れを助けるために身を投げ出し、れみりゃに喰われて死にました。
 ですが、自己犠牲とは美談として語られながらも、必ずしも褒められたものではありません。
 何故ならば、個々の命を全うすることが、命に課された最大限の使命だからです」
 しかし、と映姫は続けて。
「あなたが犠牲にならなければ、もっと多くの命が道半ばにして途絶えていたことでしょう。
 あなたが取った選択は、あの場で行える、最善の行動でした。
 ──あなたは、他の多くのゆっくりを、ゆっくりさせることができたのです」
 慈愛に満ちた目で、映姫は言った。
 基本的に自分勝手なゆっくり達の中にあって、この小さな勇者は少しだけ輝かしく映ったのだ。
 だがすぐに表情を改め、
「……ただし、決定権のない子供であったとはいえ、仲間が飢えると分かっていて見捨てた罪もまたあなたはあります。
 それらのことを考慮の上、あなたに判決を下します」
 カカンッ、と木槌が打ち鳴らされ、
「ゆっくりまりさ! あなたには、『ゆっくりマウンテン』八合目からの登山を言い渡す!」
 まりさは光に包まれ──次にいたのは、岩肌をむき出しにした斜面の上だった。
「ゆっ?」
 さっきまでとまるで違う光景に、まりさは目を白黒させる。
 すぐに、さっきも聞いていた声が聞こえてきた。
「そこはゆっくりマウンテン。あなた達ゆっくりが罪を償うところです。
 山頂の光を目指しなさい。そこに飛び込めば、あなたは生前の業を清算され、再びゆっくりとして生まれ変わります」
 元来、ゆっくり達の魂は、すぐに同じゆっくりとして転生されていた。
 しかしそれでは、魂に業が蓄積し、穢れた魂のまま転生してしまうのだ。
 そこで、このゆっくりマウンテンである。この山を登ることで、ゆっくりの罪は洗われるのだ。
「ゆっくりのぼっていくよ!」
 まりさはぴょんぴょんと元気良く斜面を駆け上がっていく。
 映姫はうむと満足げに頷くと、
「それでは、次!」



 裁判所にやってきたのは、二十匹前後からなるゆっくりの群れだった。
 どうやら間を置かずしかも同じ場所で死んだため、一緒に運ばれてきたらしい。ゆっくりでは特に珍しいことでもない。
 映姫は判決を下した。
「あなたがたは人の食べ物を盗むという罪を犯しました。しかもそれを罪と思っていなかったことも、また罪となります。
 しかしながら、あなたがたは、自ら、もしくは第三者からの教えによって、自らの罪の意味とその罪科を知る機会を得た。
 己の罪を省みたことは、一定の評価を下すべき善行です。以上のことから、判決を下します。
 カカンッ。
「本来ならば三合目からの登山ですが、罪への反省を考慮し、『ゆっくりマウンテン』五合目からの登山を言い渡す!」
 そして群れは光に包まれ──

「おやおやまた新しいゆっくりが来たようですな」ヒュンッヒュンッ
「これまた大量でありますな」ヒュンッヒュンッ
「おっとこれは失礼」ヒュンッ「きよくただしい」ヒュンッ「うぜぇ丸です」ヒュヒュンッ

 いきなり、うぜぇ丸(の霊)の大群に囲まれていた。
「ぴぎゃあああああああああああ!!!」
「ゆっくりできないよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「うわあああああああああああんん!!!」
 ゆっくり達は、物凄い勢いで山を駆け上っていった。
 ゆっくりを信条とするゆっくりにとって、ゆっくりしていないきめぇ丸は最高に苦手なものなのである。
「そこはゆっくりマウ──あー、説明も聞かずに言ってしまいましたね。
 仕方ないですか、五合目付近はうぜぇ丸がたむろしてますし。それに、あの調子なら案外早く山を登りきることでしょう」
 まぁいいか、と一人納得し、
「それでは、次!」



「……次!」
 もう一度呼んでみても、誰も裁判所に入ってこなかった。
 訝しげに思っていると、ようやくにして扉が開く。だが入ってきたのは、霊だけではなかった。
「いやぁ、こいつらどんだけかかっても川渡れそうにないから、連れてきちゃいました」
 死神、小野塚小町も一緒である。
 小町は三匹のゆっくりの霊を投げ出すと、裁判所の脇にどっかと腰を下ろした。
「それとこいつらで今日の分は終了です。お願いしますね」
「分かりました」
 頷いて、映姫は三匹をみやる。
「……しかし、まぁ」
 そして呆れの溜息をついた。
 その三匹とは、あのまりさ、ありす、れいむであった。
「ゆーっ、ゆっゆっ、ゆゆーんゆーん♪」
「──! ──!」
「…………」
 しかも、それぞれ生前最後の状態のまま、魂魄となっていた。
 つまり、まりさには目と耳がなく、ありすには耳と口がなく、れいむには目と口がない。
 通常、魂は現世にあってはそうそう変質しないものであり、どんな死に方をしても魂は変わらないはずなのだ。
 だというのにこの三匹は、そうではなかった。
 そのため、ありすとれいむは喋れず、まりさに至っては精神崩壊状態のまま、歌い続けていた。
「あの薬師……一体どれほどのことをすれば、魂をここを破壊できるのかしら……」
 こうなったのは、ひとえに永遠亭の天才薬師・八意永琳の手によるものであろう。
 ともすれば、物質的な刺激によって魂までも破壊するという実験の結果が、目の前のこれなのかもしれない。
 映姫は小さく息を吐いて、気を取り直した。
「まぁいいでしょう。ともあれ裁判を始めます。静かですし。
 まずは罪科の読み上げを……と言いたいところですが、あなたがたの罪状は読み上げるだけでも面倒なので一部省略します。
 ではまず、ありすとれいむについて」
 ギロリと温度のない瞳を向けられ、二匹が恐怖に慄く。
「あなた達は、子殺し、親殺しと、およそ看過できない罪を犯した。
 しかしながら、あなた達の最大の罪はそこにあるのではありません。
 藤原妹紅の責め苦を受け、八意永琳の実験を経てなお──己が犯した罪の意味を理解していないこと。
 それが、あなた達が犯した最大の悪行なのです」
 訥々と映姫は語る。
「悪いことをした、と思っているでしょう。反省もした、と思っているでしょう。
 しかしそれは、あなた達自身の内側から発せられたものではない。
 他者からの刺激によって得た、『悪いことをしたからこんなことをされているんだ』という納得の手段でしかない。
 それは罪を贖う精神の在り方ではない。
 罪を、自己の境遇を納得させるための手段とした──罪に対する冒涜、罪に対する罪ですらある。
 よって、以下の判決を下します」
 カカン、と一際高く、木槌が打たれる。
「ゆっくりありす、ゆっくりれいむ、あなた達には、即刻、ゆっくりとしての転生を許します。
 ただし! 前世の業により、あなた達は喋れず、満足に動くこともできない、畸形ゆっくりとしての生を受ける。
 それを、記憶を保ったまま三百回繰り返します。
 その中で、己の何がいけなかったのか、何をすべきだったのかを、知りなさい」
 二匹が拒否するように身体を震わせた。それを映姫は冷ややかな瞳で見る。
「……だから、あなた達は分かっていないというのです」
 二匹は裁判所の床に沈みこむように消えていった。
「ゆっ、ゆっ、ゆーゆゆぅーゆゆーぅうー」
 後にはただ、歌うまりさだけが残される。
「……どうします? これ」
 小町が困ったように言った。映姫はわずかに思案し、言った。
「仕方ありません。とりあえず『ゆっくり専用無間地獄』に入れておきましょう。
 このような状態では罪を自覚することもままなりませんからね。
 あそこで早々に一万回ほど死んでもらって、まっさらな魂魄として転生させましょう」
「あいさ」
 まりさの姿もまた消えた。
 映姫は、小町しかいない裁判所で声を張った。
「本日はこれにて閉廷!」










 また後日。
「…………」
 額に焼印のあるれいむは、ゆっくりと空を見上げていた。
 今日もまた、三匹のゆっくりが群れを飛び出し、いなくなった。
 れいむ達はあの後、銀色の髪の人間の言うとおりの場所を見つけ、そこの住処とした。
 ここに来るまでに、一匹の尊い命が喪われてしまったが、確かにれいむ達は本当のゆっくりプレイスを見つけたのだ。
 聞いたとおりに薄暗く、じめじめしていて、しかしそれだけに食料には困らない場所だった。
 ここで、人間にもそれ以外の動物にも迷惑をかけずに過ごして行こうと、皆で誓った。
 それから一年の月日が流れ──しかし、群れの人数はそれほど増えてはいなかった。
 あれから、群れの中で何匹ものゆっくりが生まれた。
 だが、親達がいくらゆっくりとしたいい親であっても、生まれてくる子までそうであるとは限らないのだ。
 どのような群れにも、問題児は存在する。
 そしてそういったゆっくり達は、ある程度成長すると、親から伝え聞いたかつての明るい土地を求め旅立ち──そして二度と戻ってこない。
 若く瑞々しい心だからこそ為せる、蛮勇がゆえの行動。それは無謀と等しく語られる。
 何度危険を説明しても、れみりゃがいると言っても、無駄だった。
 無理もない。ここはれみりゃさえいない平和な地。言葉をいくら尽くそうと、その恐怖は教えられるものではない。
 力を支配するのは、言葉ではないのだ。
 若き蛮勇は、より強い蛮勇を持つものによって統率される。
 まりさが言っていたことは、紛れもない事実であったのだと、今になって改めて感じていた。
 その力を持たないれいむは、旅立つゆっくり達を止めることはできない。
 いや、止めようとする気持ちさえ持てないでいた。
 何故ならば、自分勝手な者がいなければ、それだけ他の者がゆっくりできるのだから。
 出て行くのはそのゆっくりの意思なのだから、それを押さえつけてまで止めることはないと──
(いいわけだね)
 れいむは自嘲した。
 そして思う。この群れは、ゆっくりゆっくり、滅びに向かっていると。
 この群れにいるゆっくりは、どれも大人しく、落ち着きのある、良いゆっくりばかりだ。
 だがそれだけで、群れとは成り立つものではない。
 多少無謀であろうと、活力に満ちた存在があってこそ、群れ全体に活気が満ちるのだ。
 それが、この群れにはない。
 確かに今、自分達はゆっくりしている。ゆっくりしているが、何かが足りない。そんな気がするのだ。
(まりさ……)
 あの憎たらしいまりさを、懐かしく思うほどに。
「れいむ、そろそろあめがふるって」
 後ろからありすが声をかけてきた。
「わかったよ。こどもたちをあつめてかえってくるよ」
「れいむとありすといっしょにまってるから、はやくかえってきてね」
 頷くと、ありすは巣へと戻っていった。
 れいむとありすは、春に夫婦となった。
 そして子供を生んだが──しかし、そのうちの二匹は、喋ることも満足に動くこともできない、奇形のゆっくりだった。
 それでもれいむとありすは愛情を注いで育てたし、姉達も動けない妹の面倒をよく見てくれている。
 暗い考えを、れいむは振り払った。今の自分は、もう母親なのだ。難しいことを考える前に、我が子がゆっくりできるよう行動せねばならない。
 ただ──あの動けないれいむとありすが、大きくなったその時も、家族皆でゆっくりしていられたらいいと。
 それだけを願い、れいむはもう一度だけ空を見上げた。









あとがき
 な が い 。
 全部合わせておよそ100KBといったところでしょうか……ゆっくりでこれだけのものを書くことになるとは思いませんでした。
 ゆっくりした結果がこれだよ!

 きれいなれいむ全滅エンドも考えてはいましたが、主眼はあくまでゲスまりさの一団であったので今回はスルーしました。
 そっちを期待していた人はすいません。
 あと、原作キャラが原作キャラっぽくて好き、と言ってくれた人もいましたが、このもこたんはどう見ても別人28号です本当にありがとうございました。
 正直、もこたんに蹴り回されたいです。裸で。そして踏み躙られながら罵られたいです。卑猥に。
 でも一番好きなのはパチュリーです。パチュリーは俺の嫁、いや、ご主人様です!

 すいません。

 あと本当に焼き土下座関係ないよねもう。



 以上、お付き合いいただきありがとうございました。





今までに書いたもの
 ゆっくり実験室
 ゆっくり実験室・十面鬼編
 ゆっくり焼き土下座(前)
 ゆっくり焼き土下座(中)




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最終更新:2022年05月04日 22:31