前編から


 水曜日。今日もまた五代君のお留守番。
「そういえば、こないだのポスター、いつ刷るんすか?」
「いま、ちょっとそれどころじゃないんだ、すまない」
「まあ、その分の給料もらったからいいんすけど……」

 そして、私は急ぎ足で出かける。
 目的地は、とある市営自然公園だ。
 そこには、ゆっくり達が棲んでいる一画がある。
 町おこしのために、と市がその場所をゆっくり特別定住区画としたのだ。
 当然、野良のゆっくりたちがゆっくりプレイスを求めて入り込む。
 実は、入り込めるのはその区域だけである、というのがみそなのだ。
 そこから出てきて、人間に向かって食い物を要求したりするゆっくりが出る。
 そういったゆっくりは、容赦なくゆっくり専用ゴミ箱に放り込まれる。

 市の人間は、ゆっくり愛好家達を呼び寄せるつもりで作ったのだろう。
 だが、実際は、というと。
 ゆっくりを愛でる人は、すでにゆっくりショップで用を済ませていることが多い。
 毛並みのいい血統書付きの犬と、汚い野良犬を比べれば、前者を取るのが普通だろう。
 また、その公園にいるゆっくりは、性格があまりよろしくないことが多い。
 元飼いゆっくりだった場合はともかく、そこから一世代でも下がると、もうそれは虐めの対象だ。
 そういうわけで、ゆっくり虐待愛好家の人気スポットになってしまっている。
 それでもゆっくり達はその公園に入り込んで絶えることがないのだが。
 まあ、当初の予想とは若干ずれがあるとはいえ、周辺の人家を荒らす野良が減ったので市の側としても結果オーライなのだろう。

 私はその区画の端のほう、道路の見える辺りにある、一つの高い杉の木の根本に腰を下ろした。
 バッグの中から間食のクッキーの入った袋を取り出し、二個食う。
 れいむとまりさの一家が私を取り巻いてきた。
「ゆゆっ、にんげんさん! ここはまりさとれいむたちのゆっくりプレイスなんだぜ!」
「それくっきーでしょ! しってるよ! れいむむかしそれたべたことあるよ! すっごくあまいんだよね!」
「「「あまあま!? くっきーちょーだい! あまあまちょーだーい!」」」
 私は、その家族に言う。
「ここがお前たちのゆっくりプレイスなのか?」
「そうだよ! そこにだんぼーるさんがあるでしょ! そこでれいむたちすんでるんだよ!」
「……お前達、新参だろ。それもかなり最近ここに流れ着いたな」
「むかしのことなんかわすれちゃったよ! いまはここがいっかのゆっくりプレイスだよ!」
「お前達、知らないんだな。ここにはお前達ゆっくりをゆっくりさせてくれない化け物が出るんだぞ」
「ゆ!? うそつかないでね! まりさはずっとここでゆっくりするんだよ!
 ばけものなんか、まりさのいちげきでたいさんなのだぜ! ゆっへん!」
「すごいねまりさ! さすがれいむのだーりんだね!」
「「「おとーしゃん、ちゅよーい」」」
 私はそれがいる気配を感じた。
「ああ、ようやく来たのか」

 どこからともなく声が聞こえる。
「ここがついのすみかともしらず、ゆっくりせんげんをしておかしをねだる――おお、おろかおろか」
「ゆびっ、こ、こ、こ、このこえは!?」
 親ゆっくりがうろたえて周囲を見回す。
 だが残念、それは上から来るのだ。
 羽音を静閑な公園に響かせながら、すたっとゆっくり一家の前に降り立った少女。
 いや、少女のようなもの。まるで山伏か天狗を思わせる格好をしている。
 その名も。
「き」
「き」
「き」
「「「「「きめえまるだーーーーーーっっっ」」」」」
「どうも、きよくただしいきめえまるです」

 ゆっくり達が蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
 きめえ丸は俊敏な動きで、いちいちゆっくりの前に立ちはだかり、ゆっくりを翻弄する。
 数分もせぬうちに、ゆっくり一家はことごとく、泡を吹いて失神していた。
 失神したゆっくり一家を、ちょうど近くにいた青年がやってきて全部捕まえていった。
「ゆっくりせねばしばらくいのちながらえたものを――おお、あわれあわれ」

「おい、きめえ丸」
「だれかとおもえば、にんげんさん――おお、こわいこわい」
「いや、まあ確かに私は人間だが――そうじゃなくて、私の顔を覚えているか」
 きめえ丸はしばらく首をかしげていたが、ふとわざとらしく手を叩き、ヘッドバンキングのように首を動かした。
 そのうち頸椎痛めるぞ。頸椎あるのかな。
「くっきーくれた。ほどこしはうけぬといったのに」
「いや、言ってないよ。喜んで貰っただろう――実は、ここにクッキーの袋がある」
 きめえ丸はさっと手を差し出すが、私は袋を隠す。
「ただでやるわけにはいかないな」
「じゃあ、いらない」
「あっけないな、おい」
「まえに、くっきーもらったとき、すごくこわいおもいをした――おお、こわいこわい」
 身震いをする代わりに、顔を左右に水平に揺らした。この動きってたまに人間のダンスでも見るけど、どうやってるんだろうな。

「……あのときは悪かったな。だが、今度は安全だ」
「しんようできない。こんどはだまされない――おお、えらいえらい」
「いや、本当に大丈夫だって。今度のは、ただ単に写真を撮るだけだ」
「……なんのしゃしん?」
「お、食いついたな。今ちょうど世間を騒がせているれいぱーありすの写真だよ」
「れいぱー? おお、ひわいひわい」
 と首を震わせた。きめえ丸でもれいぱーありすは怖いのか。意外と女の子らしいじゃないか私は何を考えてるんだ。

「どうだ、やってくれるか?」
「…………」
 悩んでいる。ここで一押しする。
「やってくれるって約束するなら、今このクッキーをやる。仕事が成功したらこの倍のクッキーをやる」
 さらに頭を抱えて脳みそをシェイクして悩む。最後の一押しだ。
「きめえ丸、お前は一世一代のスクープを手に入れるチャンスを逃すのか?」
 きめえ丸の動きが止まる。
「すくーぷ……」
「そうだスクープだ。今は人間のマスコミにまともな取材力なんか無い。
 ここで一発、れいぱーありす事件の解決に貢献できれば、お前は一躍、ゆっくりのなかの有名人だぞ! クッキーも食い放題だ!」
「す、す、す――すくーぷ! ――おお! とくダネとくダネ!」
 ようやくその気になってくれたようだ。
 私はクッキーを手渡した。

 私はきめえ丸を連れて、家に帰った。
 電車の中で、きめえ丸を隣りに座らせている私に、奇異の目が向けられていた。
「おお、はやいはやい」
 きめえ丸は椅子の上に膝立ちして、流れる窓の外の景色にあわせて首を左右に振っていた。
「ちょっとー、ゆっくりごときが人間様の椅子に座るんじゃないわよ」
 私の前に立った、れみりゃよりよっぽど豚まんに近い女が言った。
「にんげんさ――もがっ」
 きめえ丸の口を塞いで椅子からどかせた。
 放っておけば次に喋るセリフはこのようなものだっただろう。
「にんげんさまとか、ぷっ――おお、おろかおろか」
 私は、自分のことを人間様などと語る阿呆な手合いと、いざこざを起こしたくない。
「悪いが、きめえ丸。ちょっと口を閉じていて貰うぞ」
 と、バッグの中のサランラップを取り出して、嫌がる彼女の口を塞いだ。
「あんたの飼いゆっくり? まともにしつけぐらいしておきなさいよ。ほんと迷惑だわ」
「すいませんね」と口先で謝った。
 その後、きめえ丸は私の膝の上に座って、向かい側の窓の景色に、首を振っていた。

「「「「「き、き、き、きめえまるだーーーーっっっ」」」」」
「お、ようやくレアゆっくりを見つけたんすね。それにしてもマジやべえゆっくりっすね!」
「いや、私が探しているのは、もっとすごいやつだよ」
「マジっすか! これもマジぱねえゆっくりだと思うんすけど、まだすげえのがいるんすか、へえー。ゆっくりって奥深いんすねえ」
「へんなにんげん――マジぱねえぱねえ」
「……留守中に、何か変わったこととかなかった?」
「いや、大丈夫っすよ。ゆっくり順調に売れてるっすよ!」
「ふーん、すごいね。他には?」
「あ、そういえば、電話があって、店長さんにありすの件でお願いしたいことがあるって言ってましたよ。
 えーと、№7と言えば分かるって言ってたっすね。かっこいいっすね、何かの秘密作戦っすか?」
 ……そういうことを先に言うべきだと思うのだが。

 私は店の奥で、電話をかける。きめえ丸は私の横に座ってクッキーを食べている。
 №7――あの会議の中で一番の若手だったものだ。会議を無駄に長引かせた主犯。忘れるものか。
「携帯、持ってないんですか?」と名乗るが否や、言われた。
「今のところ、無くても何とかなってますよ。で、用件は?」

 №7が説明したことを、かいつまんで述べると、こういうことだ。
 自分はれいぱーありすの動きを統計学的に調べた。そういうことには自信がある。
 それで、れいぱーありすの行く先をある程度特定出来てきた。時期を考えても、そろそろ次の被害が出てもおかしくない。
 だが、一人でその範囲をカバーするのはさすがに無理なので、助力を頼みたい、ということだった。
 どうして私なのかというと、私が一番、れいぱーありすを捕まえて、
 地位や名誉を得ようとすることに無縁そうだと感じたからだ、と言った。
 捕まえたら、自分の手柄にしてくれ。賞金は半々で。

「賞金?」
「聞いてなかったんですか? 事件の被害者から協会に、賞金のカンパがあったんですよ。今は二十万円です」
 ああ、それで。私は合点がいった。それで他の連中は妙によそよそしかったり、情報の出し渋りをしたりしていたのか。
 私はきめえ丸に助力を頼んだことを伝えた。空から調べられるので、範囲をかなりカバーできる。№7は了承した。

 そして次の日。ちょうど木曜日。ゆっくりショップの定休日だ。
 私は、№7と駅で待ち合わせる。
「へえ、こいつがあなたのきめえ丸ですか。よくしつけられてるようですね」
「私のではありません。自然に棲んでいるんです」
「ペットショップてんいんなのにかんちがい――おお、おろかおろか」
「あー、確かに野良だわ」
「きめえまるをのらよばわりとは――おお、ぶれいぶれい」
「話を進めましょうか」「そうですね」

 私はきめえ丸に使い捨てカメラを二つ渡した。ひもを通して首に掛けてやる。
 使い方は以前教えてあるのだが、忘れているかも知れないのでもう一度教えた。
 そして頭巾の中に、居場所を教える発信器を付けた。昔、山で使っていたものの流用である。
「別にれいぱーありすだけを探すんじゃなく、普通の野良ありすがいたら、それも写真に撮っておいてくれ」
「おやすいごよう――でもだるいだるい」
 そう言って、きめえ丸は飛び出した。
「カラスにつつかれるなよー」

「さて、私たちもこの辺りを調べるとしましょう」
「ええと、めぼしい家にはそれぞれ印をつけておきましたんで、これ、地図です」
 そして私たちは二手に分かれた。

 私は、まず最初の家へ――
 なかなかいい家だ。敷地内から「ゆーゆーゆー♪」と歌う声が聞こえる。
 ……放し飼いにしているのか。
「れいむはほんとうにおうたがじょうずだね!」
「ゆーん、まりさもうまくなってきてるよ!」
 れいむとまりさのつがい。声を聞く限り、二体のみ。一通り見て回ったが、ゆっくりが出入りする隙間はない。
「あんた、何してるの?」
 どきりとして振り返ると、腰の曲がった老婆がいた。
「ここのうちに何かご用?」
 明らかに、泥棒を見る目つきだ。私は名刺を取り出す。
 老婆はそれを見て、私に突き返す。
「ちょうど今、飼いゆっくりの無料健康相談をやってるんです。その営業中なんですよ」
 と出鱈目を吹く。
「どうせなら病気にしてくれた方がうるさくなくていいんだけどね」
 と老婆が吐き捨てる。
「今日もいないよ。あまりにもあの饅頭どもがうるさいから、文句を言いに行ったら、家を留守にすることが増えたんでね。
 警察に行っても、民事には口を出せないとか腰の抜けた言葉しか返ってこないし」
 老婆は愚痴をこぼし続ける。

 ふと、その向こうの――電柱の影に、何かが動く気配を感じたのだが。
「ちょっとあんた、聞いてるのかい!」
 老婆に怒鳴られた。何故か私に怒りの矛先が向いている。
「大体ねえ、饅頭ごときを喋れるからといってペットにしようとすることからして
、狂気の沙汰なんだよ。食べ物は食べ物! 喋ろうが何しようがそれは変わらないの! 
 むしろそこを曖昧にしたままで今までずっとなし崩しにしてきたのが、今の変な世の中なんだよ! 
 最近じゃたまごっちなんて訳の分からないものも流行ったりしたしね! 私が若い頃は――」
 十五分くらい、釘付けにされた。
「「ゆ、ゆ、ゆー♪ ゆーゆっゆーゆっ、ゆーっくりー♪ していってーねー♪」」

 その後、違和を感じた場所を探したのだが、何もなかった。
 心にもやもやするものは感じたが、何もない以上、仕方がない。
 またここは後でもう一度調べよう。
 そう言えば、きめえ丸はどうしてるかな。
 私は受信機を取り出し、そこに光る赤い点を確認する。
 きちんと動いている。たまに動きを止めるのは、写真を撮っているのだろう。
 ちゃんと仕事をしているな。
「特ダネをつかめよ」
 と言って、受信機をバッグに戻した。

 自販機の下から、子ぱちゅりーの「みゅう、みゅう」という鳴き声が聞こえた。
 寄ってきた子供が、かがみ込んで自販機の下に手を突っ込んでいた。
 ある料理屋の裏で、捨てられた生ゴミを漁っている野良まりさがいた。そして、顔を出した店員に見つかり、踏みつけられた。
 小さな公園のゴミ箱から「わからないよー」というか細い声が聞こえてきた。が、すぐに静かになった。
 何を勘違いしたのか、ゴミ回収後のゴミ捨て場に鎮座した親れいむと子まりさが体をすりあわせていた。
「ちびちゃん。もうすぐおとうさんがおいしいごはんをとってきてくれるから、ゆっくりまとうね!」
 そして目の前に一羽の雄大なハシブトガラスがゆっくりと降臨する。すぐに二羽、三羽と続く。

 すでに四軒の家を見て回った。
 どの家の近くにも、れいぱーありすのいそうな雰囲気はなかった。そもそも、もうゆっくりを飼っている様子すらない家もあった。
 まあ、一日目でいきなり成果が出るものでもないだろう。
 そういえばきめえ丸を回収しなければ。どこにいるのだろう。
 私は受信機を取り出す。きめえ丸の居場所を示す赤い点は――最初に私が調べた家の辺りに止まっていた。
 ひょっとして、飼いゆっくりたちにも無差別にシャッターを切ってるんじゃあるまいな。
 あと、私たちが捜索してきた範囲がかぶるのも、ちょっと非効率だ。

 私は最初の家の方に足を進める。
 ――?
 さっきから、全然、赤い点が動かない。五分も同じ所に留まって私を待っているなんて、きめえ丸らしくもない――
「まさか!」
 私は駆けだしていた。

 すでに、№7が家の前で立ち往生していた。
 その中では、何か粘着質な声が聞こえる。
「まありさあああああ、いっしょにすっきりじまじょ~」
「ゆ、ゆあああああああっっっ、やめでえええええっ」
「れいむもいっしょにかわいがってあげるわああああああ」
「ゆうううううっっっ、こないでねええええっ、まりさだけではーれむしててねえええっ」
「どぼじでぞんなごどいうのおおおおおっ、うらぎりものうぶうううっっ」
「わかるわ~、わざとおいつくはやさでにげてるのねえええええ」
「ゆびゃああああああっっっ」
 紛れもない、れいぱーありすの粘り着くような声。
 ようやく、見つけた。私の血が沸く。
 しかし、どうやって入り込んだんだ?

「あんた、背中を貸してくれ! 壁を乗り越える!」
 言われたとおりにすると、№7が、のったりと壁を乗り越えた。
 私も壁に飛びついて、もたもたと乗り越える。
 くそ! 何て運動不足だ!
「な、何じゃこりゃああ!?」
 そして敷地内に降り立った私が見たものは。
「……どうなってるんだ」

 そこに確かにありすは数匹いた。
 だが、ありすだけではなかったのだ。襲われているれいむ(銀)とまりさ(銀)のことではない。
 まりさ、れいむ、ちぇん、みょんといった面子が――
「すっきりすっきりすっきりするんだぜえええ」
「とかいはなみょんのちーんぽでめろめろにしてあげるわああああ」
 などと言っていたのだ。そしてその通りの行為を行っていたのだ。

 今まで見たことがない光景を目にして呆然としている私たちは「ゆーーーーーーっっっ!」という濁った金切り声で我に返った。
 すると、今まで飼いゆっくり達を犯していたゆっくり達が、脱兎のごとく家の裏手へと駆けだした。
 それも、ゆっくりとは思えないほどの早さだ。子供の駆け足程度の早さ。
「待て! 逃がすか!」
 と№7が追いかけた。
「おい、このれいむとまりさは!?」
「ああ? あんたがどうにかしろ!」
 糞! 所詮は自分のことしか考えられない餡子脳か!
 心の中でののしって、被害にあったまりさとれいむに駆け寄る。
 べたりとしたその体を手に取る。

 まりさの頭に一本、二本と植物型妊娠の茎が現れていた。が、この大きさなら二本までなら大丈夫だろう。それを引っこ抜く。
 問題はれいむの方だ。数体のゆっくりに押しつぶされる形で、腹が破裂していた。
 その上、茎の数は四本。かなり伸びて、黒ずんだ小さな球がぶら下がっている。
「ふんっ! まりさをれいぱーたちにうってにげようとしたてんばつだよ! ゆっくりはんせいげぶらっ!」
 集中を乱す饅頭を手で払いとばす。すぐに茎をちぎり取る。が、れいむの衰弱は止まらない。
 ラップで塞いだが、餡子の漏れた量は致命的だ。どうすればいい!?

 ぼいんっ、ぼいんっ、と私のしゃがんだ尻にぶつかっているものがある。
「おじさん! れいぱーにおそわれてこころにふかいきずをおったかわいそうなまりさになんてことするの! ゆっくりしんでね!」
「…………」
「ゆ? おじさん、はなしてね、まりさをゆっくりじめんにおろしてね!」
「ゆっくりに血液型が無くて良かった。いや、餡子型はあるのか。ま、れいむとまりさなら大丈夫だろ」
「は?」
 私はまりさの体に圧力を加え、下腹部の一部分を突起させる。
「ゆ!? おじさん、いたい! いたいよ!」
「れいむを助けるヒーローになれるぞ。良かったな!」
「よぐない! よぐないようぎゃああっ!」
 私はまりさの突起した部分の先端をちぎり取り、それをれいむのだらしなく開いた口にあてがって――
 まりさの体を押した。
「ゆぶるべへえええっ!!!!」
 いくら元気とはいえ、先ほどまでれいぱーに襲われて、二本の茎を生やしたのだ。
 五分の一までが限界か。もちろん、量を誤ることはない。
 少しずつ、れいむの顔に生気が戻ってくる。
「ゆ……まり、さ……たすけて……くれたの?」
「ゆふっ……ゆふう……」
 後は、まりさの傷をラップで塞いで一安心。
 こんな機転が利くのも、長年ゆっくりを取り扱っている者ならではだな。

 はあ、ところで何か忘れているような気もするが……
 …………
「きめえ丸!」
 受信機によれば、すぐ近くにいるはずなのだが。
「お……にいさん」
 と、弱々しい声が――上の方から聞こえた。
 どうしてそんなところにいるのか、屋根の上にきめえ丸の体が引っかかっていた。
 羽がひん曲がっている。今にも落ちそうだ。
 あわてて屋根の下に駆け寄る。落ちてきたものを、何とか受け止めた。
 まるで映画の主人公みたいだな。
 で、こういう場合には一つ、物語としてのお約束があるものだ。
「ぽ」とお姫様だっこのきめえ丸が私の顔を見て言った。
「…………」
 心象を表す擬音語を、わざわざ口で言う必要もないのだが。
 出来たら、人間の女の子に惚れられてみたいなあ……
「すくーぷ……とったよ――おお、えらいえらい」
 と、か細い声で言って――安らかな笑顔で目を閉じる。
「きめえ丸ーーーーーっっっ」
 と叫んだりはしない。ぐーぐー寝息を立て始めたので。
 まあ、こっちも一安心だ。
 あとは、№7の方だが――
 先ほどから、外で「ゆーーーっ!ゆっゆっ!」とか「ゆゆゆっ!ゆゆっ!」という鳴き声が聞こえている。
 「待てやゴルア!」「ひゃあっはあああっ」という人間の声も。

 庭の裏手、ゆっくり達が逃げ出した方に行く。
 出入り口はあった。
 たぶん、庭に水をやるためだろう。蛇口があり、当然外へ通じる排水溝もあった。
 そこから、パイプが直接外の排水溝に流れるように設置されているので、
 まさか、そのすぐ近くに出入り口のない排水溝から出入りしているとは思わなかったのだ。
 これは、この近辺の排水溝の経路を理解していなければ出来ない芸当だ。
 排水溝の蓋が押しのけられていた。その中から、甘ったるい臭いがする。昔、良く嗅いだ臭いだ。
 水を吸って膨張したゆっくりの、ぐちゃぐちゃに踏みつぶされた顔が見える。リボンで野良れいむだと分かった。
 手を排水溝の中に入れて探ってみると、奥の、おそらくパイプに通じる場所まで、
 ずっとゆっくりの死骸が敷き詰められているらしかった。
 れいぱーたちは、ここから、水に濡れることなく入ってきたのだ。そして、躊躇なく死骸を踏みつけて逃げていった。
 一瞬、心が震えた。喉元に狂おしい感覚がこみ上げる。
 おそらく、私は今、これまで会ってきたゆっくりの中でも、最も恐ろしいものと対峙しようとしているのだ。

「おーい、開けてくれー」
 と№7の声が外からした。私は家の門を内側から開ける。
「はあ……はあ……捕まえたぞ! ありすたちを全部!」
 彼は腕いっぱいにありすを抱えていた。二体の足の部分がちぎれて、カスタードクリームが彼の袖を汚している。
 その他の個体にも、限界を超えた走りをしたせいだろう、傷が数多く付いている。
「まあ、とりあえずそのありすたちの傷を塞ぎましょう。生け捕りにした方がいい」
 私はラップを持ってきた。
「かなり、逃げ足の速いありすでしたが、所詮はゆっくりですね。
 排水溝から出てきて、あちこちへバラバラに逃げたけど、足を潰せば動けないのは一緒ですよ」
「ありすの他にいたやつらは?」
「そこまではさすがに手が回らなかったんですよ。まあ、メインはこのありすたちでしょう。
 おおかた、他のやつらはれいぱーに影響されて、ありすと同じ行動をやってみたって程度なんじゃないですか?
 それか、突然変異か。どちらにせよ、メインのありすはこうして捕まえましたし、
 他のやつらもちりぢりになって、そのうち自然淘汰されるでしょう」
 彼の得意げな仮説を聞き流して、私はラップを計五体のありすに巻き付けていく。

「こんなのぜんぜんとかいはじゃないわああああっっっ」
「ありすはまりさとれいむを、とかいはなてくでめろめろにしてあげたのよ! なにがわるいっていうの!」
「ゆあああああああん! おぼうじがあああああっ」
「ねええ? おにいさあん? このあたりにくーるなまりさはいないかしらん?」
「すっきり! すっきり! すっきりしたりないいいいいいっっっ」

 ――?
 私は、妙だと思い、そして気付いて――首の上から、血の気が失せるのを感じる。
「おい」
 私はその「三つ編み」を持ち上げて№7に見せる。
「これのどこがありすだ」
 №7は、満面の笑みを凍り付かせる。
「おぼうじいいいいっっっ。ばりざのおぼうじがあああああっっっ。あでぃずにどられじゃっだよおおおおおおおおおお!!!!!!」
 私の手にぶら下げられたそのゆっくりは。
 ありすのヘアバンドを付けているまりさだった。
「この阿呆!!! ゆっくりショップをやってるくせに、まりさとありすの違いも分からねえのか!!!
 バイトレベルのミスしやがって! 何が統計学だバイトでうんこの世話からやり直せこの餡子脳が!」
「ひいいいっっ、申し訳ありません!」

「この騒ぎは何ですか? あんた達、人の家の庭で何やってるんだ?」
 私たちはその声に、門の方を見る。
 最悪のタイミングで、家主が帰っていた。
「あ、いや、ゆっくりの無料健康相談です」
 通報された。



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最終更新:2022年05月19日 12:17