「きらーうーぱっく」にリスペクトを込めて

 そのゆっくりまりさは草むらの中で焦っていた。人間の畑から少々エサを拝借したまではよかったのだが、目撃していた畑の主に見つかってしまい、追われている。
 その森はゆっくりまりさの庭といえる場所だったこともあり、人間の目を欺いて時間を稼ぐことは出来たが、体力のほうが限界に近い。しかし夜になる前に巣に帰らなければ捕食種のディナーになってしまうし、かといって迂闊に行動して人間に見つかった日には、虐待お兄さんのいいオモチャになるのがオチだ。
 どうしたものか・・・と考えあぐね、仰いだ空にゆっくりまりさは希望を見つけた。
 「うー!」
 うーぱっく。箱状の体を持つこの不思議なゆっくり族は、他のゆっくり族を体内に格納し飛行し、運搬の対価として乗せられたゆっくりがエサを提供するという共生関係を結んでいた。一度上空に飛んでしまえば、大概の危険からは脱出できる。少なくとも今自分を追っている人間からは逃げ切れるだろう。
 これしかない。ゆっくりまりさはうーぱっくに頼ることを決めた。近くの開けた場所を確認したゆっくりまりさは、覚悟を決めて草むらから飛び出し、叫んだ。
 「うーぱっく!ここだよ!!ゆっくりはやくまりさをたすけてね!!」
 「うー!!」
 それを聞きつけたうーぱっくは上空から急降下し、ゆっくりまりさの回収に向かった。と同時に、その声に気付いた人間が声の方向に向けてダッシュを始める。ゆっくりまりさはゆっくり急いで回収ポイントへと跳ねていった。命のかかった鬼ごっこ。背中から聞こえてくる罵声を受けて、ゆっくりまりさは全力疾走する。
 そしてゆっくりまりさは、賭けに勝った。
 ゆっくりまりさの呼んだうーぱっくは間一髪でキャッチに成功すると、凄まじい勢いで急上昇し、空高く舞い上がっていった。さすがに人間も空までは追ってこれないのか、うーぱっくを見上げるとすごすごと帰っていく。
 それを見て安堵するゆっくりまりさ。正直こんな綱渡りを常にやるのは御免蒙りたいし、おじさんが少し気の毒には思う。しかし家にはにんっしんしているつがいのゆっくりれいむがいる。栄養価のある食べ物を手っ取り早く欲しい、という目的が餡子脳を介することで、畑荒らしという行動へとつながったのだ。
 「おじさんごめんねなんだぜ。いつかおかえしをしにいくから、ゆるしてほしいんだぜ・・・」
 自己正当化のため、ゆっくりまりさは高空のうーぱっくの中でひとりごちた。そしてうーぱっくに目的地を告げていないことに気がつき、改めて指示を出した。
 「うーぱっく!みずうみのちかくまでいってほしいんだぜ!!」
 「うー!!」
 まさに間一髪だった。ゆっくりまりさはうーぱっくに感謝した。とりわけ、ゆっくりまりさの呼んだうーぱっくは、うーぱっくの中でも一際強靭で素早いもののようだった。貧弱なうーぱっくであれば、ノロノロ飛んでるうちに捕まってしまったかもしれない。
 「ラッキーだったぜ、うーぱっくありがとうだぜ」
 「うー?うー!!」
 それが間違いであったことを思い知るのは、もうしばらく後のことだった。


  きらーうーぱっく 2


 命を懸けたチェイスから逃れて暫くが過ぎ、うーぱっくの開かれた上面から見える空は茜色から美しいグラデーションを経て紺色、そして黒へと変化しつつあった。キラキラと瞬く星も見え始め、夜の訪れを告げている。
 ゆっくりまりさは疑問を感じた。おかしい。長すぎる。
 確かに先ほど離脱した森から自分の巣までは、ゆっくりにしては少々距離がある。しかしそれは普通に跳ねて飛んでいるゆっくりにとっての話で、空を飛び颯爽と最短距離をなぞるうーぱっくにとっては大した遠さではない。先ほど鮮やかなフライトテクニックを見せた、この強靭なうーぱっくであればなおさらのことだ。とっくに到着していてもいいはずなのだが・・・。
 ゆっくりまりさはうーぱっくに告げる。窮地を助けてもらっておいて気は引けるが、夜は捕食者の時間。なるべく出会うリスクは減らしておきたい。
 「うーぱっく!わるいけどちょっとゆっくりいそいでね!!」
 「うー!!」
 ゆっくりいそぐという難しい注文に元気よく応えるうーぱっく。悪気はなさそうだ、きっとさっきのアクロバット飛行で疲れているのだろう。ゆっくりまりさはそう考え直すと、到着をゆっくり待つことにした。

 さらにしばらくして。ゆっくりまりさを積んだうーぱっくは、まだ高空にいた。既にあたりはとっぷり闇に沈み、墨を流したように暗くなっている。明かりは空を瞬くお星様と、ゆっくりのようにまんまるまるいお月様ぐらいだ。さすがに焦るゆっくりまりさ。
 空を飛べるとはいえ、うーぱっくも所詮ゆっくり。妖怪の時間になればそこまで安全というわけでもない。互いの安全のため、ゆっくりまりさは再度警告した。
 「うーぱっく?!いそいでね!!もうよるだよ!!」
 だが先ほどとは違い、元気な返事はない。
 「?どうしたの?なにかあったの?」
 再度問うが、返事はない。そのとき。
 ぱたん。
 ゆっくりまりさの上で何か音がしたとたん、急に視界がまっくらになった。うーぱっくが上部のフタを閉じたのだ。
 「ゆ?!なに?なにがあったの?!」
 「・・・」
 「どうしたのうーぱっく?なに?」
 「・・・」
 返事はない。かわりにうーぱっくの内部はなんだか湿っぽくなり、同時に気温が上がってきた。ゆっくりまりさは何かヘンだと思い、フタを開けようと体を伸ばした。
 しかし。
 体が思うように動かない。それどころか体がどんどん柔らかくなり、全身に力が入らなくなってきている。足も・・・動かない。底面にぺったりはりついてしまったようだ。もう完全に動かせるのは口と目を動かすのがやっとのようだ。ゆっくりまりさは異常を伝えようとうーぱっくに叫ぶ。
 「う、うーぱっく!!なんだかおかしいよ!!まりさのからだがうごかないよ!!」
 「・・・うー♪」
 「え?なにかあったの!!ゆっくりおしえてね!!はやくだしてね!!!!」
 「うー・・・うー!!」
 ズブシュッ。
 その声が合図だったように、ゆっくりまりさに突如何かが刺さったような痛みが走る。
 「ゆ・・・ゆ?!ゆっくり?!」
 わけがわからない。ゆっくりまりさが混乱していると、「何か」が刺さった部分から、体の中のものが吸い取られるような感触を感じた。
 ズブブブブブ。
 ごっくんごっくん。
 ズブブブブブ。
 ごっくんごっくん。
 吸われる。食われる。餡子が。
 「うー♪うー♪」
 「ゆ、ゆ゛ううううううう!!!う、うーぱっく!な、なに?!なんなのおおおおおお」
 「うー!!」
 「やめでええええええええええええええええ」
 痛みと混乱の入り混じった感覚を味わいながら、ゆっくりまりさはどんどん中身の餡子を吸い出されていく。一方でうーぱっくは楽しそうな声をあげている。餡子が段々となくなり、混濁していく意識の中でゆっくりまりさは悟った。こいつはピンチを助けてくれたじゃない。まりさを食べるために捕まえただけなんだと。
 このままでいればうーぱっくのエサ。だが脱出しようにも体が動かない。万が一体が動いているうちに気付けたとして、脱出した瞬間高空からのフリーフォールで砕け散るのがオチ。このうーぱっくを呼んでしまった時点で、ゆっくりまりさの運命は決していたのだ。
 ごめんねれいむ。まりさはかえれそうにないよ・・・まりさは餡子を吸われながら、つがいのゆっくりれいむに詫び、こんなものを信じてしまった自分を呪った。ラッキーだなんてとんでもない。とんでもない大ハズレじゃないか。
 「ゆ・・・ゆ・・・ゆっくりうーぱっくをしんじたけっかが、これだよ!!」
 「うーーーーー!!」
 最後の一押しとばかりにうーぱっくが叫ぶと、ゆっくりまりさは残った餡子をまるごと吸い上げられた。つがいのゆっくりれいむへの思いも、楽しかった家族の思い出も、全部。
 そして、ゆっくりまりさは絶命した。

 ディナーを終えたうーぱっくが下面を開けると、ぺらぺらのふにゃふにゃになったゆっくりまりさの死体が空を舞った。落ちた先は、ゆっくりまりさの巣がある湖の近く。皮肉なことに、注文どおりの運搬であった。
 翌日つがいのゆっくりれいむは変わり果てた夫の姿を見つけ、涙した。しかしそれがうーぱっくの手によるものであるとは、1週間後グルメお兄さんに待望の赤ちゃんごと珍味ゆっくり揚げにされるまで、終ぞ知ることはなかった。


 うーぱっくはゆっくり族を高空で運搬する共生生物であり、数々の対ゆっくり処置を無効化することから、農家ならびに虐待お兄さんたちにはことさら嫌われている生物だった。
 ただ、タダでは転ばないのが虐待お兄さんズ。絶対な信頼を誇る絶好のパートナーは、裏を返せば最強のハンターとしても機能するのではないか。そう考えた有志は加工場やメカ好き河童の協力を仰ぐことで、うーぱっくの品種改変に成功。本来の友好的うーぱっく同様にゆっくりたちを載せ高空に上げ、逃げられなくなった状態でゆっくりと内部で溶かし、吸血・・・もとい、吸餡子する亜種・「きらーうーぱっく」が誕生したのだった。
 きらーうーぱっくの内部に消化液の分泌機能と、餡子を吸い出す吸引器官が備わっている。野菜だけを食べる通常のうーぱっくに比べると、栄養価の高い餡子を直接摂取することも出来るため、一般的に体が強靭で動きも俊敏になる傾向にある。
 数多く繁殖されたきらーうーぱっくは一般市場に販売された。よく飼いならされたきらーうーぱっくは、飼い主のGOサインひとつで人間の里を不埒なゆっくりを確実に始末する番ゆっくりとして有能な存在だったのだ。
 だが一方できらーうーぱっくを生み出した虐待お兄さんたちの魂胆は、別にあった。

 繁殖されたきらーうーぱっくの一部は、野に放たれた。多少強靭であることをのぞけば通常のうーぱっくと同じであるきらーうーぱっくは、非吸餡子うーぱっくを装いながら信頼を勝ち取り、機会を見ては頼ってきたゆっくりに舌鼓を打って生活していた。時同じくして、森では何かで溶かされながら餡子を吸い尽くされた皮だけのゆっくり変死体が次々と発見されていたが、歯牙にかかった者は悉く帰らぬ饅頭となったため、ゆっくり達はよもやうーぱっくの仕業であるとは想像だにしなかった。

 だがきらーうーぱっくが吸い尽くした皮を下面から落としたところをあるゆっくりが目撃したことが転機となり、きらーうーぱっくの凶行が明らかとなる。しかしゆっくりはおろか、作ったお兄さん達にさえ通常のうーぱっくときらーうーぱっくの見分けはつかない。ゆっくりたちはうーぱっく種をまるごと信じることが出来なくなってしまったのだ。
 ゆっくり族とうーぱっくたちの蜜月は崩壊した。それだけでなく不信感から互いに憎しみを抱きあうようになり、闘争状態に陥っていったのだった。信じていたものたちに裏切られた分憎しみは殊更に強いものとなり、この闘争はここ一帯のゆっくりないしはうーぱっくが完全に殲滅されるまで続くことになるだろう。

 その気になれば皮ごと消化させる仕様にも出来たのにそうしなかったのは、この状況こそお兄さん達の望むものだったからだった。
 さる地域の虐待お兄さんは、うーぱっくを脅迫して殺ゆっくりを繰り返すことでゆっくりとうーぱっくの信頼関係を崩壊させ、24時間365日常に続く壮大な虐待を実現した。きらーうーぱっく開発者達もまたそれに憧れ、そしていまここに成就させつつあるのだ。

おわり

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最終更新:2022年04月11日 00:38