「さあ、まりさ。この水を飲むんだ」

まりさを助けてくれたお兄さんは、そんな事を口にした。
お兄さんが用意したお水さんの入った容器はまりさ3匹分先に置かれている。
けれど、まりさのあんよは虐待によって焼かれてしまったから、そこまで這って行くことすら出来ない。

「・・・おにーさん、まりさのあんよがうごかないのはしってるでしょ!?」
「知ってるよ。だから言っているんだ。いいかい、これはドスになるための訓練なんだ」
「ゆゆっ!まりさ、どすになれるの?」
「ああ、ここから自分の力だけであの水を飲むことが出来たらね」

まりさは躊躇うことなくそのお水さんを自力で飲む決心をした。
だって、ドスになれたら・・・まりさの大事なれいむと子ども達を殺したあの人間に復讐が出来るから。
だから、お水さんが飲めなくてゆっくり出来ないのも、お腹が空いてゆっくり出来ないのも我慢してやる。
お部屋が暑いうえに、じめっとしていて空腹や喉の渇きとは別の面でもゆっくり出来ない。
でも、ドスになるためだったらそれだって我慢する。

「ゆうううう!ゆんっ!ゆっ!」
「どうした?全然前に進んでいないぞ?」

一生懸命跳ねようとあんよを動かす。けれど動かしているつもりになっているだけで、全然動かない。
跳ねるのがダメなら今度は這いずって・・・けれど、それも思うようにいかなかった。
転がるのも当然ダメ、舌を使って移動できないかと頑張ってみたけれど、やっぱり無駄だった。

「ゆぐうぅぅぅ!うごいで!ばりざのあ゛んよざん、ゆっぐぢうごいでね!?」
「そんなに叫ぶと喉が渇くだけだぞ?」
「ゆ゛ぅぅぅうぅぅぅ!どうどでいごいでぐでないのお゛おおお゛お゛おお!?」

頬も、口も、目も・・・動かせる場所を全部動かして何とかあんよを動かそうと頑張ってみる。
が、やっぱりまりさは一歩もお水さんに近づくことは出来ず、やがて頬が疲れて動かせなくなってしまった。
大きな目から零れた涙が口の中に数滴入ってきたけれど、半端な満足感はそれ以上に生殺しの苦痛をもたらす。

「ゆ゛っ・・・ぼう、だべ・・・」
「そうか。まあ、お前達は案外飢えには強いから一眠りしてからまた頑張るんだな」
「ゆ゛・・・ゆっぐりりがいぢだよ・・・」



結局、お水さんを飲むことが出来なかったまりさは力尽きて眠りについた。
けれど、夢の中でさえもゆっくりすることは叶わない。
瞳を閉じたまりさの脳裏によぎるのは不気味なマスクをつけた人間がまりさを髪を掴んで持ち上げたときのあの光景。

「ゆっ!おそらをとんでるみた~・・・ゆぎぃ!?」
「お空を飛んでるみたい、じゃねえよ糞饅頭」

まりさを罵るお兄さんの髪を掴んでいない方の手には人間がライターと呼ぶ代物。
それによって生み出された赤々と燃えるゆっくり出来ない炎を、まりさのあんよに押し当てていた。
もっとも敏感な部分から発せられる危険信号は強烈な痛みとなってまりさの餡子を駆け抜ける。

「ゆ゛びぃ!?いぢゃ・・・いぢゃい!やべでぇ!?ばぢざのっ!あんよ゛っ!?」
「ゆゆっ!やめてあねげてね!いたがってるよ!?」
「「おかーさあぁぁぁぁぁぁぁあぁん!ゆっくちー!ゆっくちぃー!?」」
「「やめてね!おかーさんをいぢめないでね!?」」

まりさも、まりさのハ二ーのれいむも、可愛い子ども達も必死に「止めて」と懇願する。
けれど、お兄さんは「ぎゃぎゃぎゃぎゃ・・・」と奇妙な笑い声を発しながらまりさのあんよを炙り続けた。
このままでは、まりさのあんよが二度と治らなくなってしまう。
カマキリさんも、ダンゴ虫さんも、アリさんも、1度だけちょうちょさんも捕まえたまりさの自慢のあんよが。

「ゆぐっ・・・!ゆ゛っ・・・!」
「おにーさん、やめてよー!ゆっくりしてよー!?」
「「「「ゆえーーーん、ゆっくちできないよぉー!」」」」

涙も涎も、脂汗のようなものも垂れ流しにしながら、お兄さんにお願いをする。

「やべでえぇぇぇぇ!?ばりざ、おぢごどでぎなぐなっぢゃううううううう!?」
「知ってる。だからやってるんだよ!ゆっくり理解してね」

それがお兄さんから返ってきた言葉だった。
理由を聞けば理由なんてない。そもそもそんなもの必要ない、と高笑いをする。
悪いことをしていないと言えばだからこそやり甲斐があるんだと抱腹絶倒し始めた。

「なあ、まりさ?もうそろそろ痛みが引いてきただろ?」
「ゆぎぃ・・・ゆっぐ・・・」
「それ、脚が使えなくなった証拠だから」

あんよからの痛みが徐々に弱くなって行き、やがて全く何も感じなくなってしまった。
必死にあんよを動かそうと頑張ってみたもののやっぱり動かない。
どうしよう・・・これじゃ、れいむや子ども達をゆっくりさせてあげられない。
れいむには、れいむのぽんぽんには・・・

「ゆっぐ・・・ごれじゃあがぢゃんとゆっぐぢでぎないよぉ・・・」
「ま゛りざあああああああああ!?ゆっぐぢー!れいぶがゆっぐぢがんばるよおお!?」
「ゆっぐ・・・ばりしゃもがん、ばるよ!」
「ばりぢゃ・・・おでーぢゃんだがら、がんばる゛よ!」
「「れいむも゛・・・あがぢゃんといっぢょにゆっぐちぢだいよ!」」

家族の中で一番狩りが得意で、今までみんなをゆっくりさせてきたまりさ。
でも、大事なあんよがずっとゆっくりしてしまったらもう、みんなをゆっくりさせてあげられない。
なのに、こんな温かい、ゆっくり出来る言葉をかけてくれるなんて・・・。
まりさは、みんなをゆっくりさせてあげられないのに・・・それなのに、こんなにゆっくりしたことを・・・。

「み、み゛んなぁ・・・!ゆ゛ッ、ゆっぐぢぢでいっでね!」
「ゆっくりしていってね!」
「「「「ゆっくちしていってね!」」」」

そうだ、自分には最高の家族がいるんだ。
こんな体になってしまったけれど、子ども達に色々教えてあげるくらいは出来るじゃないか。
まりさはまだ、みんなと一緒にゆっくり出来るんだ。

「そうか、れいむはにんっしんっしてるのか」



「やべでえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」

悲鳴とともに目を覚ましたまりさの視界にはれいむの姿も家族の姿も無く、ただ蒸し暑い部屋の壁と、お水さんがあるだけだった。
嫌な汗でぐっしょりと濡れていることに気付くと、あんよ以外の動かせる部位を思いっきり揺すって汗を払う。
そして、渇きと飢えに苦しみながらも再び焦げたあんよでお水さんの入った容器とのにらめっこを再開した。

「あん゛よざん・・・ゆっぐぢうごいでね・・・!」
「ずーりずーり・・・ゆぅ、ぜんぜんうごがないよ゛おお゛おぉぉ゛ぉおお゛!?」

現実はあまりにも非情。どんなに願っても、どんなに頑張ってもまりさのあんよも、容器の中のお水さんも微動だにしない。
泣きはらした目と、ふやけた頬を泣き顔に近い表情に歪めながら、一生懸命進もうとするが、全くの徒労。
どんなに叫んでも、体を揺すっても、舌を伸ばしてもまりさを取り巻く状況は何一つとして好転しなかった。

「ゆっぐ・・・どうぢで・・・どうぢでぇ・・・」
「おびずさぁん・・・いじわるしないでご~ぐご~ぐざせでねぇ・・・」

結局、安眠を得られなかったまりさは先ほどよりも早くに根を上げ、再び眠りについた。



「ゆびぃ!!?ゆ゛ゆ゛ゆ゛・・・・・・!」
「「おかーさぁん!?やめてね!おかーさんをいぢめないでね!」」
「ゆっくりぃーーー!ゆっくりー!?」
「ゆ゛・・・やべ、やべでね!れいぶのぼんぼんにはあがぢゃんがいるんだよ!?」

しかし、お兄さんはおもむろに霊夢の頭をつかんで持ち上げると、無常にも産道に手をねじ込んだ。

「ゆゆ゛っ!おそら゛をとんで・・・ゆびゃぁ!?」
「で、でいむうううううううううううう!?」
「「「「ゆっぐぢぃーーー!?」」」」
「さて、赤ちゃんは何処かな~?」

はっきりとは見えないけれどお兄さんはれいむの中で手を乱暴に動かし、赤ちゃんを探し始めた。
彼の手の動きに合わせてれいむがビクンビクンと痙攣し、涙や涎を、時には餡子を垂れ流す。
まりさと子ども達はそれをやめさせようと何度も何度も体当たりを仕掛けたけれど、何の効果もなかった。

「ゆ゛っ・・・ゆひっ!・・・ゆ゛・・・・・・っ」
「ゆ゛!・・・や゛、やべでぇ・・・お、おねが、ぢば・・・」

時折、手に掻き分けられた餡子が皮を突き破って漏れ出す。
けれど、お兄さんはそんなことは気にも留めずにれいむを弄り続ける。

「あ゛、ゆ゛っ・・・ゆ゛っゆ゛っゆ゛っ・・・」
「ゆげぇ・・・お゛ぉ・・・」

不規則に動く手は時折気まぐれに激しさを増してれいむを苦しめる。
不快感と苦痛に耐え切れなくなったれいむは口から唾液と混じって水っぽくなった餡子を吐き出した。

「やべで・・・やべでぇ!でいぶをいぢべるなああああ!?」
「「「「おがーぢゃんをいぢべるなああああ!?」」」」
「おお、うざいうざい。・・・よし、発見っと」

まりさ達の抵抗を鼻で笑いながら陰惨な笑みを浮かべたお兄さんは手をれいむから引き抜く。
そして、れいむを乱暴に巣の奥に放り捨て、まりさ達もれいむの傍に蹴飛ばした。
転がりながらもお兄さんの手を見ると、そこには産まれたばかりの小さなまりさとれいむの姿があった。

「「ゆっくちちていっちぇね!」」
「ゆ゛・・・れ、れいぶのあがぢゃん・・・ゆっぐ、ぢ・・・し」
「いただきます」
「ゆびゅ!?」「ぎゅ・・・!」

ほんの数秒。生まれてからたったそれだけの時間で、赤ちゃん達はあまりに短すぎるゆん生を終えた。
それがまりさ達にとって赤ちゃんと過ごした唯一の時間に、思い出になってしまった。
同族が食べられる。あまりに絶望的な光景を前に子ども達は声も出せずに目を見開いて驚愕し、恐怖に震えている。

「ば、ばりざのあがぢゃ・・・ん!?」
「ゆ゛っ・・・・・・・・・ゆげぇ・・・お゛ゅ、ゆ゛ぁ・・・」

執拗に餡子をまさぐられ、もとより瀕死に近い状態にあったれいむは産まれたばかりの我が子を失った絶望に殺された。
眉にしわを寄せ、目を見開きながら白目を剥き、傷ついた体と口と産道から餡子を漏らした酷い死に顔だった。
ザッ、っとお兄さんが土を踏みしめる音を聞いたまりさは再び視線を彼に戻す。

「ぎゃぎゃぎゃぎゃ・・・」
「「ゆえーん!ゆっぐぢいぃぃぃぃー!?」」
「ごっぢこないでね!ゆっぐぢできないよー」
「ゆ゛ぅぅぅうぅぅうぅ・・・!まりし゛ゃぼうおごっだよ!?」

奇怪な笑い声を上げながらゆっくりと歩いてくる彼の目は何よりも雄弁にその心中を語っていた。
『まだ、殺し足りない。まだ、嬲り足りない。もっと苦しんで俺を楽しませろ』と。
怯える子ども達の中でただひとり、れいむの仇を討とうと突っ込んでいくまりさを見てにィ・・・と口の端を吊り上げた。



「いっぢゃだべええええええええええええええええ!!?」

またしても悲鳴と共に目を覚ましたまりさ。
眠る前と変わらない蒸し暑い部屋の中に、大きな変化が訪れていた。
容器の中でばしゃばしゃと波を立てて揺らぐ水面。その原因はまりさでもお兄さんでもない。
お水さんの中で溺れている小さなれいむの、ぴこぴこと動く揉み上げが波を立てていた。

「ば、ばりざのおぢびぢゃん!?」
「ゆびゅううう!たぢゅ、たぢゅげちぇえええええ!?」
「おぢびぢゃん!ゆっぐりまってでね、まりざがだずげであげるよ!」

体をふやけさせ、お水さんを飲みながらも助けを求め、泣き叫ぶ小さなれいむの傍に駆け寄ろうと跳ねる。
いや、跳ねたはずだった。跳ねたつもりだった。しかし、一歩たりとも跳ねることは出来ない。

「たしゅ・・・たしゅげでぇ!でいむ、ゆっくちした、いよぉ!?」
「ゆっくりしてね!ゆっくりだよ!ゆっくりー!ゆっくりぃー!?」
「ゆぅ・・・ゆっく、りぃ・・・」

時は無常にも進み続け、小さなれいむは次第にお水さんに溶けてゆく。
このままじゃまりさのおちびちゃんが・・・そう思った瞬間、とっさにお兄さんに助けを求めた。
しかし、お兄さんにはれいむが見えないらしく「おちびちゃん?そんなのいないぞ?」と一蹴されてしまった。

「じゃあ・・・まりざにしかみえないおぢびぢゃんは?」

見間違え、幻・・・そう言った類のものなのだろうか?
だとしたら助ける意味なんて微塵もないかもしれない。が、そういう問題じゃない。
まりさに見えるなら、まりさに助けを求めているなら助けない訳には行かない。

「おぢびぢゃ・・・ゆっぐぢまっででねぇ・・・」

そう言って幻かもしれない我が子に微笑みかけた時、奇跡が起こった。
僅かに、本当に僅かにお水さんの入った容器がまりさから遠のくように動いたのだ。
出来れば近づいてくれるほうが嬉しかったけれど、頑張れば容器をひっくり返せるかもしれない。
そう信じてまりさは、さっきの感覚を反芻しながら何度も何度も容器を動かした。

「ゆ゛ぅうぅぅ・・・おびずざん!はやぐ、ひっぐりがえっでね!ばりざのあがぢゃんをゆっぐぢさせてあげでね!?」
「ゆっ・・・もう、だべ・・・」

やがて、まりさの能力が限界に達し、容器はこれ以上動かなくなってしまった。
もし、人間の用いるコップであったならばれいむを助けられただろう。
が、犬などの動物の餌を盛るための容器は底面が広く、まりさの能力でひっくり返せるものではなかった。
結局、まりさに出来たことは容器をほんの1メートルばかり動かすことだけだった。

「もっど、ゆっくち・・・したかったよ」

小さなれいむは容器の中の小さな海の藻屑となってしまった。
そして、まりさはまたしても我が子を救えなかった悔恨の中で慟哭しながら、再び意識を手放した。



「ゆびっ!?」
「おぢびぢゃああああああああああああああん!」

勇敢な、それ以上に無謀な小さなまりさの決死の突撃は全くの無駄に終ってしまった。
圧倒的な力で踏み潰され、目が飛び出し、皮が破れ、餡子が漏れ出し、一瞬にして黒い餡子だまりが出来上がる。
その凄惨な光景を目の当たりにした残りの3匹は嘔吐してしまう。

「ゆぺぇ・・・エレエレエレ」
「ゆ゛っ・・・お゛ぉぇ・・・!」
「ゆっぐ、ぢぃ・・・・!」

しかし、このお兄さんがまりさ1匹で満足する筈がない。
まるでまりさなど居なかったかのように平然とこちらへと歩み寄り、1匹のれいむを摘み上げる。
当のれいむは抜け出そうと必死に底部をばたつかせ、身をよじるが何の意味もなさない。

「やべぢぇええええええええ!ぎょわいいいいいいいいいいいい!?」
「も゛うやべで!ばりざの、だいぢなおぢびぢゃんをゆっぐぢさせであげでぇぇぇぇええええええええ!?」
「よし、わかった」
「ゆ゛っ、ゆゆっ!おに゛ーざああん、ありがど・・・・・・!?」

まりさがお礼を言い終える前にれいむは渾身の力で地面にたたきつけられた。
飛び散る餡子に弾ける皮。どの部位よりも早く体から離れたおめめがころころと転がる。
悲鳴すら上げる暇もない、あまりにもあっけない最期だった。

「これで、ずっとゆっくり出来るだろ?ぎゃっぎゃぎゃぎゃぎゃ・・・」
「ゆ゛・・・どほぢで、どほぢでごんなのどずるのお゛おお゛お゛おおお゛お゛おお゛おおおおお!?」
「楽しいから。だからもっとゆっくり虐待するために残りの2匹は貰ってくよ?良いよね?」
「だべにぎばってるでしょおおおおおおおおおおお!?」
「ダメって言うけどさ、どうやってこの子達を養うの?俺の家にいれば俺が飽きるまでは生きられるんだよ?」

そんなことは分かってる。でもお前にだけは言われたくない!
どうせいつかは殺すくせに!殺して、また別の家族から子どもを奪うくせに!?

「ゆぐっ!?」
「それとも何?お前は子ども達に飢え死にして欲しいの?最低だね、ゲスだね、クソ饅頭だね。死ねばいいのに」
「ゆ゛ぁああ゛あ゛あああ゛ああ゛あああ゛ああ゛ああああああああ!?」

けれど、子ども達を養う術を持たないことは紛れもない事実。
現実を打開する方法が見つからず、涙を零して叫ぶまりさをせせら笑いながら、お兄さんは残ったれいむとまりさを連れて行った。

「おかーしゃああああああああん!?」
「だぢゅげでえええええええええええ!!」

彼の手の中で助けを求める子ども達にまりさは何もしてやることが出来なかった。

「ん、餡子くさいな・・・ゆっくりの巣か?にしてはデカイけど」
「ゆっぐ・・・ゆっぐ・・・ゆ゛っ・・・」

それから数時間後。
まりさは偶然やって来た冒頭のお兄さんに助けられた。
そして、全ての事情を話し、あらゆる面で彼の世話になることになった。



「おい、まりさ。目を覚ましたか?」
「ゆぅ・・・おにーさん?ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね」

目覚めた時、まりさの視界に広がっていたのは清潔感のある白い天井と壁だった。
その部屋は蒸し暑さとは無縁の快適さで、とてもゆっくりしていた。

「まりさ、おめでとう。君はドスになり得るものの持つ力、ドスモスを習得したよ」
「でも・・・おぢびぢゃんをたすけられなかったよ・・・」
「気にすることはない。君が見たれいむはただの幻だよ」
「ゆっくりりかいしてるよ・・・」

そうだ。まりさのおちびちゃんはあのお兄さんに殺され、奪われたのだ。
まりさは家族を、元気な体を、俊敏なあんよを何もかも全て失ってしまったんだ。
何もかもあのお兄さんに奪われてしまったんだ。

「ゆぅ?」

その時、不意に違和感を覚えた。
何か良く分からないけれど、確かにゆっくり出来ない感覚がある。
普段なら、幸せだった頃ならば気のせいだといって済ませたその気持ち悪さ。
その正体をゆっくりと突きつめているうちに、答えにたどり着いた。

「ねえ、おにいさん?」
「なんだい、まりさ?」
「どうしてまりさのみたおちびちゃんが“れいむ”だってしってたの?」

自分に限らずゆっくりは子どものことをあまり名前で呼ばない。
いちびちゃんとか、赤ちゃんと呼ぶのが一般的である。
そして、まりさもその例に漏れない。

「・・・・・・ぱにくってたから覚えてないだろうけど」
「まりさ、おちびちゃんのことはなまえでよばないよ!」

だからこそ、意識しなければ子どものことを種族名では呼ばない。
ましてや、さっきのような緊急事態にとっさに名前で呼んでしまうような事もありえない。
じゃあ、どうしてお兄さんは見えもしなかったはずのおちびちゃんがれいむだったと知っているんだろう?

「仕方がないか。じゃあ、種明かしだ」

お兄さんはポケットからまりさの子どもの、唯一死ぬ姿を見ていないまりさとマスクを取り出した。
マスクをつけて目の辺りを覆い隠すと、そこにはまりさの全てを奪った悪魔が姿を現した。
野生のゆっくりのまりさは人間の判別はあまり得意ではないけれど、間違いなくあのお兄さんだった。

「ゆゆっ・・・!?」
「ぎゃっぎゃぎゃぎゃぎゃ・・・はいよ、お前の子ども返すわ」
「ゆゆっ!おかーしゃん、ゆっくちしげぇ!?」
「おぢびぢゃあああああああああああああん!?」

ようやく生きて再会する事の出来た最期のおちびちゃんは、馬鹿みたいにあっけなく潰されてしまった。
あまりに目まぐるしくてゆっくりしていない展開に状況が飲みこめない。理解が追いつかない。
それでも、ひとつだけ分かったことがある。

「ゆ゛・・・ゆ゛っ・・・ゆ゛っぐぢぢねえええええええええええ!!」
「おお、怖い怖い」

怒りに任せてあの力をお兄さんにぶつけた。
何度も何度も、きっと容器を動かした時とは比べ物にならないほどの力で。
けれど、お兄さんは陰気な笑みを浮かべたまままりさを見つめるばかり。

「こんな力で人間に勝てると思ったわけ?馬鹿じゃねーの?」
「ゆうううううううううう・・・!」
「ぎゃっぎゃぎゃ・・・無駄無駄。そんなもん効かねーし、それを身に着けたってドスにゃなれないんだ」
「ゆ゛うぅぅぅうぅぅぅぅううう・・・!」

まりさの渾身の力を込めた能力を受けながらもお兄さんは何もないかのように腕を振り上げる。
そして、まりさの努力の全てを否定した挙句、「良い暇つぶしだったよ」と吐き捨てて握りこぶしをまりさに叩きつけた。


---あとがき---
「ゆっくりしね!」は作中のまりさが使うのに違和感を覚えた
かといってこれ以上に的確に怒りを表す言葉も思いつかなかったぜ・・・

byゆっくりボールマン

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最終更新:2022年04月15日 23:41