「勘弁してほしいわよ、ほんと...」
あたしは雨に濡れるのにも構わず膝をかかえ蹲る。
配られた名簿には知った名前があった。このゲームの中心となる帆高くんとさっきまで共に行動していた高井刑事。
そして、陽菜の弟の凪くんとあたしの叔父の圭介―――圭ちゃん。
新たに齎された情報は、私を追い詰める為のものでしかなくて。
あの老婆の意地の悪さをとことん突き付けられたように思えた。
早く皆と合流しないととは思うけれど、それでもまだ足は動いてくれない。
高井刑事。先ほど身を挺して護ってくれた彼の末路が私の足を押しとどめる。
彼を喪ったことへの悲しみと喪失感。もちろんそれはある。
けれど、私の大部分を占めるのはもっと根本的なこと。
動けば死ぬぞ。逆らえば死ぬぞ。
このまま帆高くんに構わず隠れてやりすごした方が安全だ。
そう、身体が訴えかけてくる。
でも、いかなくちゃ。
恐いのは帆高くんも同じだ。
いや、むしろ彼は参加者全員の命を担い且つ狙われているようなもの。
恐怖は私の比じゃないはずだ。
そう思っても、弱い私はやはり震えて縮こまってしまう。
ああ、いつもならまっとうな常識人なんてゴメンだと軽薄に振舞えるのに、いざ異常事態に晒されるとこれか。
ダッサいなあ、本当に。
どうか、お願い。誰でもいい。圭ちゃんでも凪くんでも帆高くんでもいい。どうかこの震えを止めてください。どうか...
「こんなところに蹲っていると風邪を引きますよ」
そう願う私に応えるかのように、頭上から優しい声がかけられた。
「落ち着きましたか?」
「...はい、ありがとうございます竈門さん」
竈門炭治郎と名乗った彼は私を傍の民家までエスコートし、身体を拭くためのタオルやら温かい白湯やらまで用意してくれた。
気品の滲み出る整った顔立ちや立ち振る舞い。こんなカッコイイ人に手を引いてもらえるなど滅多にない体験だ、と普段なら思っていただろう。
流石に今はそんな気分になれないけど。
「夏美さん。なにかあったのですか?」
そんな私を気遣い、竈門さんはそう尋ねてくれた。
ちなみに私は名乗るまでもなく、彼に名前を知られていた。改めて、あの『天気の子』という映画の影響は大きいと思い知らされた。
「ぅ、その...」
「こういう時は抱えていても仕方ありませんよ。吐露することで解決するかもしれません。今は私しかいませんから、どうぞご遠慮なく」
彼の微笑みと合わせて、スッと言葉が胸に入ってくる。
本当に良い人だなあと思えば、気が付けば先ほどの高井刑事とのことを彼に打ち明けていた。
ゲーム開始後、ほどなくして彼と出会ったこと、彼が身を挺して怪物から護ってくれたこと、彼を見捨てて逃げ延び無力さと罪悪感に打ちひしがれていたこと、顔見知りが連れて来られていたこと...
状況から自分の気持ちまでなにもかもを曝け出していた。竈門さんは何を言うでもなく静かに聞いてくれていた。
「よく話してくれましたね」
竈門さんが優しい声音で語り掛けてくる。
「夏美さん。警察は他者を護るのが仕事です。彼は警察としてあなたを護り、あなたは生き延びた。高井さんのことはあなたが気に病む必要はありませんよ」
「でも、私、あの人に護られてばっかで...!」
「けれどあなたがこうして生きているからこそ彼は職務を全うすることができた。違いますか?」
「っ...」
「あなたがすべきなのは己を卑下するのではなく、彼に感謝することですよ」
責めるでも慰めるでもなく、諭すような彼の言葉が気持ちよかった。欲しかった言葉を与えられた―――そんな感触だ。
先ほどまでは無力感で苛まれていた心が、高井刑事の凄さやカッコよさに塗りつぶされていくような感じになった。
「高井刑事...」
助けてくれてありがとう。
ぽつりと出た言葉は、ようやく流れてくれた涙と共に胸に落ち、心臓へと染みていく。
その温もりに心が徐々に軽くなっていく。
涙を拭う暇もなく、私はただ高井刑事への感謝の言葉を漏らすしかなかった。
「本当によろしいのですか?」
「はい。こうしてる間にも帆高くんたちが危ない目にあってるかもだし」
存分に泣き終えた私は、竈門さんと大まかな情報交換を終えるとすぐにバイクに跨り出発の準備に取り掛かった。
吐き出したい気持ちは全部吐き出した。慰めも充分受けた。
正直、まだ辛いところはあるけど、いつまでもメソメソしてたら高井刑事に申し訳ない。
彼の正義の心は私が引き受けなくちゃ。
「ありがとうございました、竈門さん。どうかお気をつけて」
「夏美さんこそお気をつけて」
エンジンをかけてアクセルをかける。
送り出してくれる彼の微笑みに私の背中が押されるように勇気が湧いてくる。
ずっと、ずっと普遍的な社会人になるのは嫌だと思っていた。
でも、高井刑事や竈門さんを見ていると、そんな考えは幼稚だったと思い知らされる。
だって、あの人たちみたいな社会人になれたら嬉しいでしょ。
陽菜ちゃんや帆高くんは普段の私を美人で立派な人だと褒めてくれたけど、そんな彼らの背中を押して、守れる社会人なんて最高にかっこいいじゃない。
(帆高くん、陽菜ちゃん。待っててね、必ず私が助けるから)
身を撃つ雨も全然冷たく感じない。
進みだしたバイクに、もう迷いは無かった。
☆
夏美の見送りを済ませると、ふぅ、と息を吐き改めて名簿を確認する。
(なぜ他の鬼殺隊の名が記載されていない?)
鬼殺隊の連中の名前など殆ど覚えていないが、少なくとも"柱"の連中や産屋敷の名前くらいは把握している。
この首輪を着けて私を確実に処刑する為なら、柱の存在は必須だ。
鬼殺隊といっても玉石混交、私とある程度でも斬り合えるのはせいぜい柱とその他数名程度であり、その柱とその他の間ですら力量の差は明確だからだ。
だが、載っているのは竈門炭治郎ただ一人。
奴は確かに今までの上弦の鬼の討伐の殆どに関わってきたが、一人ではさしたる脅威でもない。
(それに鬼の人選も妙だ)
死んだ筈の猗窩座・妓夫太郎・堕姫の三名が載せられているのは、あの老婆の奇妙な力で蘇生させたと考えれば筋は通る。
上弦の鬼は100年以上も君臨してきた。一度殺しただけでは物足りないと異常者どもが考えてもおかしくはない。
ならばなぜ、黒死牟の名前がない?
奴はその昔、鬼殺隊でありながら私の勧誘に乗り当時の産屋敷を殺した男だ。
恨みならば、比較的新参であり遊郭に潜伏してきたこともあり目立った活動をしてこなかった妓夫太郎達よりも深いだろうに。
過去の出来事故に黒死牟が裏切りの鬼狩り本人であるか確証が無いにせよ、『呼吸』の技を使う以上、元は鬼狩りであることには気づくはず。
鬼を輩出したというだけで育手を自害させるような異常者たちならば黒死牟を呼ばないとは考えにくい。
(神子柴は鬼狩りではないのか?)
あの老婆は鬼と鬼狩りのことをかいつまんで知るだけの第三者。
なるほどこれなら理屈は通る。
通るからこそ、あの老婆の異常性が際立つというものだが。
(まあいい...どのみち奴を殺すのは変わりない)
無論、最優先するのは己の命だが、またこのような茶番劇に巻き込まれてはたまらない。
竈門炭治郎もだ。奴さえいなければ、禰豆子を取り込むのに失敗しても追跡される恐れはなくなる。
(それと森嶋帆高...奴の関係者に接触できたのは幸運だ)
名簿を見る限り、奴との関係者は四名。その内一人は脱落し、わずか三人となっていたところでの夏美との遭遇だ。
帆高との繋がりを得ることに関していえば、混乱している可能性が高い奴本人に会う以上に大きい。
夏美が帆高と出会えればすぐには脱出させようとせず、ギリギリまで粘るよう説得するはずだ。
懸念としては夏美の語った怪獣や鬼どもに彼女が食われることか。
だが、怪獣とは逆の方角に向かったようだし、鬼に関しても、あの女には偽名を名乗ったが、私の源氏名である『月彦』を伝えろと言い含めてある為、そうそう食われることはないだろう。
呪いも外れている為、どこまで信用できるかは怪しいものだが。
そう、呪い―――これが外されている以上、新たに鬼を作ったところでその者を管理できるかはわからない。
だから夏美も鬼にはせずに説得し慰める方向での懐柔で信頼をとる他無かった。
(鬼など増やしたくもないとは思っていたが...まったく、他者から選択肢を剥奪されるとはなんとも不愉快極まりない)
あの老婆への憎悪と嫌悪を再び内に秘めつつ、夏美の車が去ってからほどなくして、私も足を進めることにした。
全ては私が生き残るために―――私の願いはただそれだけだ。
【E-3/1日目/深夜】
【須賀夏美@天気の子】
[状態]:健康
[装備]:スーパーカブ110@天気の子
[道具]:基本支給品、衝撃貝@ONE PIECE、ランダム支給品0~4
[思考・状況]
基本方針:帆高と陽菜ちゃんを助ける。
0:帆高・圭介・凪との合流。
1:竈門さんの知り合い(猗窩座、妓夫太郎、堕姫)を見つけられたら協力を仰ぐ。
2:ありがとう高井刑事、竈門さん。
[備考]
※陽菜の消失後からの参戦です。
※無惨の名前を竈門炭治郎と認識しています。
【鬼舞辻無惨@鬼滅の刃】
[状態]:健康、主催への不快感と激しい怒り
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:生き残り、神子柴含む鬼殺隊を殲滅する。
0:神子柴は何を考えている...?
1:ひとまず帆高を確保し少しでも時間を稼ぐ。
2:鬼狩りは見つけ次第殺す。
3:呪いが外れている為、鬼どもは充てにしない。従うならばそのまま使うが逆らうようなら始末する。
4:夏美の遭遇した怪獣には気を付ける。
※参戦時期は炭治郎と義勇に鬼殺隊は異常者だと言った後です。
※体内に打ち込まれた薬が消えているかどうかはお任せします。
※偽名として竈門炭治郎を名乗っています。
最終更新:2021年08月18日 15:58