ただ、一緒にいられればそれで良かった。
 政に興味などないし、富も必要ない。
 最愛の彼女や尊敬する師と共に、道場で共に過ごせれば充分だった。


 ◆


「だ、大丈夫かな……? 甜花達が、この部屋を温めたけど……」
「甜花さん、今はこの男の人が起きるのを信じましょうよ!」

 大崎甜花と桃園ラブの二人は、ベッドで眠る道着の男を心配そうに見つめている。
 男を休ませるため、田仲忍者達はとある民家の一室に集まっていた。住居不法侵入になることは承知しているが、今は仕方がない。
 何よりも、倒れている男を雨ざらしにするなんて出来る訳がなかった。

(この男、マジで何者なんだ? 見た所、格闘家にも見えるけどよ……気絶していても、タダ者じゃねえオーラが肌に刺さりやがる)

 そして、忍者は怪訝な表情で男を見つめている。
 甜花とラブは気付いているかわからないが、男の鍛え抜かれた体躯からは常人を凌駕する威圧感を秘めていた。プロの格闘家だろうとも、容易く蹴散らす程の凄みがある。
 それこそ、鬼と呼ばれてもおかしくない。歴戦を潜り抜けた忍者(にんじゃ)である忍者(しのは)すらも、息を呑むほどだ。

(武器は隠し持っていねえし、デイバッグも見当たらない。だけど、道着に染みついた大量の血はなんだ? やっぱり、この男はもう誰かを……)

 忍者は男の体を汚す血液に意識を向けている。
 道着のほとんどに染めあげる程の返り血を浴びた理由。この男が自らの意志で他者を殺害した以外に考えられなかった。修羅場を潜り抜けた忍者だからこそ、瞬時に判断出来た。
 だけど、不用意に口に出したりしない。甜花とラブの不安を煽るつもりはないし、何よりも素性もわからない男を一方的に悪人と断定したくなかった。

「……うっ」

 聞こえてくる呻き声。
 血濡れの男は震えながら瞼を開き、ゆっくりと起き上がる。

「あっ、気が付いた!」

 男が目を覚ました瞬間、ラブの表情が一気に明るくなる。
 一方で、男は状況が呑み込めていないのか、呆けたように辺りを見渡していた。

「どこだ……俺は、どうして……」
「あなたは雨の中で倒れていたんです! でも、この忍者さんがここまで運んでくれたんですよ!」
「……どうも。田仲忍者っス」

 状況説明をするラブと入れ替わるように、忍者はぺこりと頭を下げる。
 男は無言で振り向く。彼の視線は忍者やラブでなく、甜花に向けられていた。

「……え? な、何……?」
「どうして、お前がこんな所にいる? お前は姉を探していたはずだ」
「あ、姉……?」

 男の言葉を受けて、甜花は目をぱちくりとさせる。

「甘奈、お前は双子の姉を探していたはずだ。こんな所で……」
「甘奈……? な、なーちゃん!? なーちゃんを知っているの!?」

 「甘奈」の名前が出た瞬間、甜花の様子が一変し、先程までの不安げな態度が嘘のように詰め寄ってくる。

「ねえ、なーちゃんと会ったの!? なーちゃんは、どこにいるの!? なーちゃんのことを知っているなら教えてっ!」
「ま、待ってください甜花さん!」

 明らかな動揺と共に迫る甜花を、ラブは制止した。
 一方で男は未だに状況を受け止められておらず、ただ困惑したように甜花を見つめている。このままでは、まともに話ができそうにない。

「……なぁ、アンタ。甜花さんのことを知っているのか?」

 故に、忍者は男に尋ねた。警戒を怠らず、そして男ときちんと話せるように。

「甜花? その女は甘奈ではないのか」
「いいや、大崎甜花さんだ。ひょっとしたら、誰かと勘違いをしているのかもしれねーけどよ……知っていることを話してくれねーか? このままじゃ、みんな落ち着いて話せねえよ」
「甜花……そうか。その女が、甘奈の姉か」
「わかってくれてサンキュ。じゃあ、まずはアンタの名前から教えてくれ」
「……狛治だ」

 狛治と名乗ってくれるが、その表情は依然として暗いまま。
 この状況に対する不安や恐怖ではない。もっと別の何か……一生をかけても消えないトラウマを抱えているように見えた。

「狛治さん、か。アンタは甘奈さんと会ったのか?」
「あぁ。俺が倒れるより少し前……雨の中で見つけた。そこにいる甜花と、あの帆高という少年を探していた」
「甜花さんと、帆高を……!?」

 狛治の言葉に忍者は目を見開く。
 実の姉である甜花を探すことは当然だ。忍者だって、この殺し合いに巻き込まれていた輝村極道はもちろん、甜花と同じ事務所に所属するアイドル達を見つけたいと思っている。
 だけど、森嶋帆高を一人で探すのは危険だ。彼は多くの参加者から狙われることになってしまい、一刻も早く守る必要がある。だけど、忍者(にんじゃ)や極道のような頼れる大人ならともかく、甘奈はただの女子高生に過ぎない。
 甘奈一人で帆高と出会っても、その後に殺害される可能性が圧倒的に高かった。

「す、少し前に……なーちゃんと会ったんだよね?」

 忍者の不安を他所に、甜花の震える声が割り込んでくる。

「だったら、今から行けばなーちゃんを見つけられる……! まだ、なーちゃんが近くにいる……!」

 そのまま、甜花は部屋の外に飛び出そうとするも、ラブに腕を掴まれた。

「ダメですよ、甜花さん! こんな暗い中、一人で出歩くなんて危険です!」
「離してよ、ラブちゃん! 甜花は……甜花は、なーちゃんを探しに行くの! なーちゃんは……!」
「甜花さんの気持ちはわかりますし、あたしだって一緒に探したいと思ってます! だからこそ、甜花さんだけに行かせる訳にはいきません!」

 甜花の腕を引っ張りながら、ラブは必死に説得する。
 すると、甜花も納得したのか、ひとまず止まってくれた。ラブの言霊には妙な力が込められていたので、それに気圧されたのか。
 何にせよ、忍者も胸を撫で下ろす。インフラの整った街中で言うのもおかしいが、二重遭難になる恐れもあったからだ。

「ラブちゃんの言う通りっスよ、甜花さん。甘奈さんはオレも探すのを手伝いますから、無茶な行動は止めてください」
「ご、ごめん……でも、なーちゃんのことが……心配、だから……」
「心配をしているのは、みんな同じっスよ。だからこそ、オレ達で力を合わせてみんなを探す。それが一番じゃないっスか?」
「……うん」

 項垂れながらも、甜花は了承してくれる。
 ふと、狛治の方に振り向くと、彼の表情は未だに暗いまま。夜の闇よりもどす黒く、未だに止む気配を見せない雨のように冷たくて悲しい瞳だ。

「狛治さん、起きてばかりでこんなことを言うのは失礼ってのはわかるけどよ……アンタも、オレ達と一緒に来てほしいっスよ」

 だからこそ、忍者はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「何……?」
「アンタに何があって、どんな人間なのかオレは全く知らねえ。けど、少なくとも悪人じゃない……それだけは、何となくわかるんスよ」
「……ハッ。お前にはこの血が見えないのか? 俺は、この拳で多くの人間を……」
「それは事実かもしれねえ。けど、アンタが理由もなく誰かの命を奪うような人間とはどうしても思えないっス。だって、甘奈さんの命は奪っていないみてーだから」

 狛治の自嘲を遮るように、忍者は語り続けた。
 どんな理由なのか知らないが、狛治が人を殺めたことは事実だし、決して許されない罪を犯している。忍者(にんじゃ)であれば、狛治の首をすぐに撥ねるべきだ。
 けれど、狛治が心からの極悪人とはどうしても思えない。何故なら、筆舌に尽くしがたい悲しみが彼の瞳に凝縮されているからだ。

「……お前に何がわかる」

 当然、触れてはいけない所に触れたせいで、狛治の表情は苛立ちで染まっていく。
 狂犬の如く獰猛な面持ちに、甜花は「ひっ!」と悲鳴を漏らす。ラブも息を呑むが、忍者だけはただ真っすぐに受け止めていた。
 何故なら、言葉だけではこの男と分かり合うことはできないと、確信したから。

「何も知らないくせに……勝手なことを言うな! お前に、俺の何がわかる!? 守りたかった者や、愛する者を失い続けた俺の何が……!」
「一目見ただけで、わかったんスよ。アンタ、ガキの頃のオレみてーだって」
「……な、何……!?」
「オレ、ガキの頃に目の前で家族を殺されたせいで、ずっと笑えなくなったんだ。だからこそ、オレみてーに笑えなくなる人を増やさない為、強くなると誓ったのさ。
 オレはアンタの悲しみを理解することはできねーし、慰めることもできねー……けどよ、少なくともオレはアンタの命を一方的に奪いたくねえし、死んでほしいとも思わねえ。
 これだけは本気(マジ)だ」

 心からの言葉を臆さずに口に出した。

(極道さんなら、狛治さんのことも上手く慰めてくれるんだろーけどよ……やっぱり、オレには難しいな)

 狛治のトラウマを癒すなど忍者にはできないし、その為に必要な言葉などすぐには思いつかない。気の利いた言葉をかけられるほど器用な人間でもなく、一方的な感情を押し付けているだけであることも理解している。
 ただ、狛治を放っておくこともできなかった。あの極道だって、ここにいたら狛治を励ますはずだから。

「……あたしも、同じです」

 そんな言葉と共に、ラブは忍者の隣に立つ。

「狛治さんのことを、あたしは何も知りません。どれだけ辛い目に遭って、それに大好きな人をどれだけ亡くし続けたのか……わかってあげられなくて、本当にごめんなさい。
 でも、いなくなった人達は……狛治さんに生きていて欲しいと、思っていたはずなんです」
「……俺に、生きていて欲しい?」
「あたしも小さい頃に大好きなおじいちゃんを亡くしちゃって、本当に悲しかった。それでも、おじいちゃんはあたしの幸せを心から願ってくれました。だから、狛治さんを大切に想っていた人達だって、狛治さんに幸せになってほしいと思っているはずです。
 もしも、どうしたらいいのかわからなかったら……あたしが、力になります! あたしに、出来ることだったら何でもしますので!」

 忍者と狛治の境遇の片鱗を知っても、ラブは決して怖気付かない。それどころか、真摯な表情で狛治に寄り添おうとしていた。
 境遇こそは違えど、ラブもまた大切な人を喪う悲しみを知っている。そして、励ましの言葉は口から出せても、狛治の心に届いているのかという不安も抱いているはずだ。
 けれど、それは忍者も同じ。例え拒絶されようとも、雨が降り続ける街の中で狛治を一人にできなかった。

「あ、あの……は、狛治……さん……甜花も、同じ……だよ」

 小動物のように震えながら、甜花も前に出る。

「狛治さんは……なーちゃんのことを、甜花に教えてくれた。狛治さんは、自分を悪人と言っているけど……なーちゃんは、傷付けていないんだよね? だから、甜花も狛治さんには、死んでほしくない……
 あなたの、おかげで……なーちゃんとまた会えるって、思えるようになったから……にへへ……」

 不器用ながらも甜花は微笑んだ。
 弱々しいが、確かな感謝が込められた笑顔だった。だけど、こんな凄惨な状況では何よりも尊く、守らなければいけない。
 狛治のことを救いたいという確固たる想いが、甜花の笑みから伝わった。

「……む、無理だ」

 だけど、狛治の口から出てきたのは明らかな否定だった。

「俺には、無理だ! これ以上、俺に生きる理由なんてない!
 もう、どうしたらいいのか……わからないんだ! 恋雪さん達のそばにいてあげられず、守れず、死なせてしまった! そんな世界で、生きていたって……何になるんだ!?」

 建物全体を震えさせるほどの叫びをあげながら、狛治は泣いている。
 世界と、そして自分自身の無力さに対する怒りや悲しみの涙だ。会って間もない人間達から、知った風に言われ続けても苛立ちを覚えるだけ。

「オレや、オレ達の手で……見つけてみせる。アンタが生きていたいって理由を、見つけられるように」

 だからこそ、彼が生きる答えを見つけてあげたい。
 今すぐには無理に決まっている。理不尽に大切な人を奪われ続けた怒りと悲しみを拭うには、時間と誠意が必要だ。
 狛治はもちろん、ラブや甜花のことだってまだ何も知らない。しかし、これから少しずつ知っておけばいいだけ。

「オレはラブちゃんや甜花さんはもちろん、狛治さんだって守りたいと思っている。けどよ、オレ一人じゃいつか限界が来るかもしれねえ……その時になったら、力を借りたいと思っているっスよ」
「……今更、俺に何が……」
「いきなり、こんなことを言われたってすぐには応えられねえよな。でも、ゆっくりでいい。こんな状況だから……落ち着いてくれなんて言われても、無理っスから。
 ただ、もしも……もしもっスよ。もしも、オレ達の気持ちに応えたいと思っているなら……ラブちゃんや甜花さんを守ってやって欲しいっス」

 忍者(しのは)は忍者(にんじゃ)として戦い続けたが、たった一人だけで全てを守れるほどの力はない。この街のどこかにいる悪人を忍者(しのは)が相手にしている間、甜花達に何かのトラブルに巻き込まれる恐れがある。
 だから、今は一人でも多くの仲間が欲しかった。

「……少し、考えさせてくれ。今すぐに、決めることができない……」
「あぁ、オレはいつまでだって待つ。それと、アンタがどんな答えを決めようとも……オレ達はそれを受け入れるつもりだからな」

 弱々しい狛治の言葉を忍者は受け入れる。
 理屈ではなく、今の彼には時間が必要だった。ここに訪れるより前、狛治の身に何があったのかを問い詰めるつもりはない。
 彼を想うのであれば、ただ待ち続けるしかなかった。


 ◆


「……これで、良かったのかな」

 大崎甜花は双子の妹を探そうとしたけど、田仲忍者の提案で休むことになる。
 狛治が言うには、大崎甘奈は甜花のことを探していた。彼の言葉が正しければ、甘奈は今もどこかで雨に濡れているし、甜花だけがじっとしている訳にはいかない。
 けれど、今の狛治を放置することも、どうしても嫌だった。

「ごめんなさい、甜花さん。あたし、余計なことを言っちゃって……」
「ううん、大丈夫……ラブちゃんが言うように、甜花も……一人で行くのは、危ないことは……わかっていたから」

 謝罪してくる桃園ラブのことも、決して責めるつもりはない。
 焦って街に飛び出しては、誰かに襲われる可能性があったことも事実。それで甜花に何かあっては、甘奈はもちろん忍者やラブのことだって傷付けてしまう。

「ねえ、ラブちゃん……ラブちゃんのこと、教えてくれても……いい、かな? 甜花、ラブちゃんのこと……まだ、よく知らない……だから、ちょっとずつ……ね……」
「わ、わかりました! じゃあ、あたしのことをいっぱい話しますね! あたしも、甜花さんはもちろん、忍者さん達のことだって知りたいですし!」
「にへへ……ガールズトーク、だね……!」

 満面の笑みを向けてくれるラブに、甜花も微笑む。
 今もどこかで283プロのみんなが大変なことになっているかもしれないと考えると、呑気にはしていられない。でも、目の前にいるラブを笑顔にできないと、これから283プロのアイドルとして胸を張っていられない気がする。
 甘奈や千雪からも、甜花は何度も笑顔にしてもらったから。

(なーちゃんと、千雪さん……今、どこで何をしているのかな……もしかして、先に二人は……甜花の知らない場所で、会えているのかな……)

 彼女達の隣にいないことに、寂しさを感じながらも……大崎甜花は二人を想い続けていた。


【C-2/1日目/深夜】

【狛治@鬼滅の刃】

[状態]精神的疲労(大)、帆高に対して...?
[装備]なし
[道具]なし
[行動方針]
基本方針:どうすればいいかわからない。
1:......
※参戦時期は道場を襲撃後から無惨と出会う前


【多仲忍者@忍者と極道】
[状態]:健康、狛治を抱えている。
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、プリストロベリーの鬼激レアフィギュア@忍者と極道、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:あのクソババアの思い通りにはさせない。
1:まずはラブちゃんや甜花さん、それに帆高を守り、そして二人を襲う奴らをブッ殺す。
2:狛治さんの答えを待つ。ラブちゃんや甜花さんを傷付けるなら容赦しない。
※少なくとも、愛多間七をプリオタにした後からの参戦です。


【桃園ラブ@フレッシュプリキュア!】
[状態]:健康
[装備]:リンクルン@フレッシュプリキュア
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本方針:みんなを守れる方法を見つけたい。
1:まずは忍者さんや甜花さん、狛治さんと話をする。
※最終回後からの参戦です。
※キュアブラック、キュアホワイトについて知っているかどうかは不明です。


【大崎甜花@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、恐怖(大)
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:????????
1:今はみんなと話をして、その後になーちゃん達を探したい。
2:帆高と陽菜の二人には……再会してほしいけど……
※少なくとも『W.I.N.G.』の優勝経験があります。


60:想【のろい】 投下順 62:リベリオンズ
59:死(さいこうのおわり) 時系列順
前話 名前 次話
47:ふたつの雨 狛治
多仲忍者
桃園ラブ
大崎甜花
最終更新:2021年08月18日 15:02