上原歩が傍にあったコンビニで雨宿りをしていた時だった。
ひらひらと一枚の紙が舞い降りてくる。
歩は反射的に、あわあわと取り乱しながらも紙を掴む。
白紙。何も書かれていないまっさらな白紙だ。
主催の老婆が放送で追記した紙とはこれのことだろう。
雨に濡らせば参加者が浮かび上がってくるらしいが...。
(...もしかしたら)
嫌な予感に胸が押しつぶされそうになる。
絶対にあって欲しくないことだけれど。
もしかしたら知ってる人も連れて来られてるかもしれない。
家族や同好会の皆。それに―――
ハア、ハア、と息遣いが荒くなる。
恐い。この紙を雨に濡らすのが。
知らなければいけないことなのに、知って絶望した時の不安で身体が震えて動けなくなる。
いま歩が立っているのはコンビニの入り口だ。
ちょっと腕を伸ばせばそれだけで済む。なのに二の足を踏んでしまう。
(知らなくちゃ。知らなくちゃ―――!!)
目をぎゅっと瞑り、一呼吸置いた後に、息を止め思い切り前方へと突き出した。
「......」
「......」
沈黙。彼女に返される言葉は無い。
当然だ。誰かに見せる為のものではなく自分が見る為のもの。
故に誰かがそこにいると想定して突き出したのではないから返事がなくて当たり前だ。
「えっと...それ名簿だよね?俺も配られたし別に要らないよ?」
返事が来た。あまりにも予期せぬ事態に歩夢は思わず顔を上げ、ひっ、と喉を鳴らし後ずさり躓き転んでしまった。
「おっと、もしかして俺に気づいてた訳じゃなかったのかな。驚かせたみたいで悪かったね。俺は真人って言うんだ。きみは?」
「上原歩夢、です...」
情けなく尻餅をついて見上げる歩夢に、真人は軽く屈みつつ手を差し伸べた。
「とりあえず話をしよう。これからどうしようかって考えたいしさ」
「この近江彼方って子がきみの知り合いなんだ」
「は、はい」
二人はコンビニ内のスタッフルーム席に向かい合って腰をかけていた。
歩夢は未だに緊張で表情も硬くなっているが、真人の柔らかい物腰に、僅かではあるが落ち着きを取り戻していた。
(あの子が連れて来られてなくてよかった...って思えばいいのかな)
高咲侑。歩夢がスクールアイドルを始めるキッカケになった大切な幼馴染。
この殺し合いに連れて来られてからも、最初に考えたのは彼女のことだった。
彼女の為に自分はこれまで頑張ってきた。『皆の』よりも『彼女の為の』アイドルでありたい。
その想いを、帆高達や参加者の命運と天秤にかけるほどにだ。
その彼女がこんな惨劇に巻き込まれていないならば喜ぶべきだろう。
そんな安堵から生まれた僅かな気の緩み。真人はそれを見逃さない。
彼女の気があまり自分に向いていない隙を突き、優しい声をかけながらもジックリと彼女という魂を観察する。
(うん、決めた)
「歩夢ちゃん」
真人の呼びかけに歩夢はハイ、と向き直る。
その歩夢の顔にスッと手を伸ばし。
グニィ
「ふえっ!?」
「気を抜きすぎ。もしも俺に悪意があったらどうなってかわからないよ」
軽く引っ張った歩夢の頬を離すと、ぷるん、と肌が揺れほんのりと赤みがさす。
「まあ浮かれる気持ちはわかるよ。一番大切な友達が巻き込まれてなかったらそうなるのが普通さ」
「えっ」
思わず声に出てしまった。
真人にはまだ自分の詳しい交友関係は話していない。
なのに、彼は侑が幼馴染で一番大切な友達だということを知っている。
それが不思議で仕方なかった。
「あっ、やっぱり図星だった?」
「な、なんで...」
「簡単な話だよ。彼方って子の名前を話す時も特に抵抗は無く、こんな異常事態でも喪失への恐怖をさほど抱いていない。
このことから、君にとって彼方という子は仲は良いけれど最優先にするほどではない存在だと推測しただけさ」
「っ...!」
歩夢の背筋に怖気が走る。
見られていた。僅かなやり取りの中で、己に秘める感情を。
このままではこの男に知られたくないことも知られてしまう。
そう思うと、途端に彼の微笑みにすら薄気味悪さが湧き出てきた。
「あ、あの、私、彼方さんを探しに行きますから」
「待った」
席を立とうとする歩夢を真人が呼び止める。
「気を悪くしたなら謝るよ。けど、俺は悪戯に君を怖がらせたかったわけじゃない。俺の考えを話すべきかどうかを測っていたのさ。
...話だけでも聞いてくれると嬉しいけど、どうかな」
先ほどまでの軽薄そうな微笑みからは一転、口元をつぐみ真剣な眼差しを向けてくる真人に、歩夢は後ろ髪を引かれる思いになる。
そもそも、真人に害意があるなら出会った時からここまでで自分をどうにかするなど容易いことだ。
それが無いということは、本当に話を聞いてもらいたいだけなのかもしれない。
「...わかりました」
真人の要求に応じ、また席に着けば、真人の顔に再び微笑みが戻った。
「ありがとう。ひとまず結論から述べさせてもらうよ。俺が話そうとしてるのはこの殺し合いを犠牲者なく終える方法さ。勿論、森嶋帆高と天野陽菜の二人も含めてね」
歩夢の目が思わず見開かれる。
このゲームでは帆高と陽菜の命か参加者たちを取るかという選択肢を強いられている。
だから犠牲者ゼロなんて結末はありえない筈だ。
けれどもしも犠牲者なくしてこのゲームを終えられるならそれが一番いいに決まっている。
「どうやってですか?」
「うん。まずはこの首輪。俺たちの命はこれに握られているし、多分、みんなこれを外そうって考えるよね」
「機械に強い人を探そうってことですね!?」
「いいや、そいつは後回しでいい。そもそも首輪の解除自体二の次さ」
歩夢の頭上に疑問符が浮かぶ。
参加者を縛っているのはこの首輪だ。なのに首輪を外さなくていいとはどういうことだろう。
「改めてタイムアップの時のルールを確認するよ。
【『森嶋帆高』が陽菜と出会ったら数時間後にエリア全体が浸水し、『森嶋帆高』と陽菜を除く魚人のような溺死しない種族も含めて全員死亡する】
ここには首輪を爆破して殺す、なんてことは書いていない。あくまでも俺たちが死ぬのは浸水による溺死さ。首輪があろうと無かろうとね」
「そしてこの殺し合いは神子柴の触れた通り、ずっと隠れていても生還することができるときた。
つまり神子柴は参加者が積極的に動かない場合も考慮に入れていて、首輪を爆破するのはあくまでも主催に逆らった時だけってこと。こう考えると、首輪は下手に弄らない方がいいってわかるよね?」
「ただ、帆高だって木偶の坊じゃない。順調に行けば二日も期限があれば鳥居を見つけることは出来るだろう。そうなれば俺たちもお終いさ。じゃあどうすればいいか。俺たちもルールに従う。それが最善手さ」
真人の説明を受けた歩夢が抱いた感情は落胆だった。
首輪を外そうとする行為に意味が薄いのはわかった。
けれど、それで根本的になにかが解決したわけじゃない。
「でもそれって結局、帆高くんたちをを犠牲にするってことですよね」
「いいや。確かにあの二人には一度死んでもらうけど犠牲になるわけじゃない」
徐に、真人が備え付けのテレビの電源を点ける。
画面には、なにやらサスペンスドラマらしきものが映し出されていた。
「歩夢ちゃん。神子柴はどうしてこんな面倒なルールを作ったと思う?」
「面倒、ですか?」
「単に俺たちを殺し合わせたいならもっとシンプルなルールにすればいい。『最後の一人になるまでゲームが続く』とか、『誰も死ななかったらタイムアップで全員死亡』とかね。
けどこの殺し合いだと誰でもいいから帆高一人を殺せばいい、なんて殺し合いとしては未完成なルールが強いられてる。これじゃあ殺し合いじゃなくて狩りさ」
言われて、歩夢も気づく。帆高はあの映画を見る限りでは格闘選手でなければ特別な才能をもっている訳でもない。
そんな少年一人と80人超の参加者で殺し合いなんて成り立つはずがない。
「歩夢ちゃんはアイドルを目指してるって言ってたよね。ならその例で考えてごらん。君たちのライブでお客を50人集めようって話になった時、その50人は誰でもいいと思うかい?
きみたちの親戚や知り合いに声かけて、50人集まればそれでプロデューサーは満足すると思うかい?」
「それだと意味が無い気がします。だってそれじゃお客さんがどれだけ呼べるかがわからないし」
「そう。君たちに求められているのは結果だけではなく過程もだ。これを神子柴にも当てはめれば面倒なルールにした理由も頷ける」
真人はテレビの画面に映し出されたドラマへと視線を向ける。
「神子柴の目的がこの殺し合いの過程を重視したものなら、俺たちが望まれているのはこのドラマみたいな役者。帆高を巡る中でどういう立ち回りをするかってね」
「なんでそこまでしてこんなことを」
「多分、『参加者間の信頼する心』ってやつを試したいんだろう」
「信頼?」
「『帆高という人間の生殺与奪を巡り』『死人すら蘇らせられる願いを叶える権利が数人に限られてる』。そんな参加者間で裏切ってもいい余地のある状況下で、それでも他人を信じられるか...そんなところかな。
そのうえで、裏切りの果てに犠牲と共に願いを叶えても、みんなを信じぬいて犠牲を無くされてもどっちに転んでもいいと、そんな風に考えてるだろね」
なるほどと歩夢はなんとなく理解する。
神子柴は殺し合いの結末ではなく過程を重視しており、だからこそ敢えてルールに穴を作っているのだと。
「それで、真人さんの作戦っていうのはなんですか?」
歩夢の問いかけに答えるように、真人は懐から取り出した紙をピラピラと振る。
「こいつは俺に配られた『お題』さ。達成すればなんでも願いを叶えて貰えるってね。歩夢ちゃん、きみにも配られてるだろ?見せてくれないか」
「は...ぇっと」
真人に釣られてお題の記載された紙を出そうとした手が止まる。
自分の『お題』は決して他者に害為す類のものではない。
けれど、もしも真人の『お題』が自分と競合するものだったら。
彼にも叶えたい願いがあったとしたら。
ここでお題を知られるのは避けるべきかもしれない。
(でも...)
既に配られたような素振りを見せてしまったのだ。
今さら、配られませんでしたなんて言い訳が通る筈は無いし、なによりここで隠すということは帆高たちを見捨てるということ。
それは嫌だ。人殺しになんてなりたくない。
僅かな躊躇いの末、結局、歩夢は真人にお題の紙を渡した。
「『時間経過による終わりを迎えた場合、主催本部へ先着5名に如何なる願いをも叶える権利を与える』...なるほど、俺と同じだね。これなら問題ない」
お題の紙を歩夢に返し、真人は話を再開する。
「歩夢ちゃん。俺はね、帆高に死んでもらった後にこのお題を使って蘇生させようと思うんだよ。神子柴は実際に死んだ人を蘇らせたんだ。彼を生き返らせることくらいワケないだろうさ」
「え!?」
歩夢の目が見開かれる。
帆高を殺し、お題を達成した報酬でまた彼を蘇らせる。これは陽菜にも当てはまることで、お題の権利を使って彼女を現世に戻し且つ天候を安定させる。
確かにこれなら結果的には犠牲者無しでこの殺し合いから抜け出すことが出来る。
けれども。
それは自分の願いを諦めで殺すということ。
歩夢にも願いがある。
高咲侑と共に歩み続けるという、秘めたる願いが。
本当はいけないことだとわかっている為、未だに決めきれていないが、それでも易々と諦めることはできない。
「...そこで、俺以外にも願い自体に興味のない参加者を含めて5人のチームを作ろうと思うんだ。俺ともう一人の願いで帆高と陽菜を連れ戻して。
残り三人は、まあ適当に好きな願いを叶えて。そんな塩梅でね。
歩夢ちゃんが俺と組んでくれるならそれだけ楽になれるんだけど、どうかな」
まるで歩夢の懸念を祓うかのように差し込まれる真人の提案に、ふっ、と胸が軽くなる。
帆高たちを犠牲にせず、自分は願いを叶える権利が貰える。
これ以上ない条件でこっちが悪く思えるくらいだ。
「...わかりました。私も真人さんに賛同します」
「ほんとかい?いや~よかった。これで状況が好転しそうだ」
真人は安堵を表すかのように屈託ない笑顔になる。
「ああ、わかっていると思うけど、『願いを叶えるのは俺たち5人だけ』だ。俺たち含めた5人、つまりあと三人の願い以外はどんなものでも突っぱねる。
でないと、信頼関係がガタガタになって、俺の策の成功率はウンと下がっちゃうからね」
「...はい」
真人に念を押されたことで、歩夢は改めて己の願いの重さを実感する。
自分の欲望を叶えるためには、侑の願いの否定が必要になる。彼女の努力も決意も、全ての否定だ。
それでも。それでも禁忌を叶えたいと願うのなら。
大勢の人々を、高崎侑を、今のスクールアイドルの自分をも、何もかもを否定しなければならない。
(決めなくちゃ。私が、どの道を選ぶのか)
真人と出会うまでの途方に暮れていた僅かな時間とは違う。
泣いても笑っても、期限は二日間だけだ。否、もっと早いかもしれない。
スクールアイドルをとるか。
高崎侑のいる日常をとるか。
殺人という禁忌の壁を取り除かれた彼女の想いは、蕾が開きつつあった。
☆
(うん、こっちで正解だ)
出会った時は虚ろだった歩夢の目は、今は生気を取り戻しつつある。
そんな彼女を見ながら、己は掌で口元を隠しつつ、厭らしくぐにゃりと笑みを浮かべる。
これなら壊れた時が愉しそうだ、と。
なにも、真人は歩夢を元気づける為にあんな作戦を提案した訳では無い。
歩夢に友好的な態度を取ったのは情報を手に入れる為でもあるが、それ以上に、エドワード・エルリックで遊ぶためである。
エドワードとの交戦後、出会い頭に改造人間を作ってぶつけようと思ったものの、それだけでは単調だなと思い直した。
勿論、改造人間をぶつけるのも行うが、しかし、いくら不殺の信念を持っていると言っても、何度も顔も知らぬ人間が死んだところで、いつかは慣れて割り切ってしまうかもしれない。
そうなればエドワードに手を汚させることはできず、信念を折ることもできない。それでは面白みにかける。
エドワードの信念を折るにはどうすればいいか、その為に思いついたのが上原歩夢という"火薬"だ。
最初のやり取りで、歩夢は叶えたい願いを秘めていると察した真人は、彼女に対してあまりにも都合のいい策を持ち出すことで手駒に引き入れた。
だが、エドワードに同じ提案をしても確実に蹴られるだろう。
"後で生き返らせるから一旦は死んでくれ"なんて要求を飲み帆高を死なせれば、そこでエドの不殺の信念は終わる。
だからエドは様々な理由を持ち出し真人の策を否定するはずだ。
『主催が素直に願いを叶える保証がない』
『生き返らせられるから殺していいなんて間違ってる』
そんな、なんの保証もない綺麗ごとを持ち出している姿がありありと想像できる。
それが自分のような強い信念を持つ者でないと貫けない姿だと気づかずに。
かといって、真人の策も、発信者が真人ということを除いても確実ではない。あの説を確定させるにはまだ情報が足りなさすぎる。
しかし、曲がりなりにも理論理屈を付与し、この催しからの脱出プランを考え、歩夢を否定しない真人と、己の綺麗ごとの信念を押し付けるエドワード・エルリック。
願いを胸に秘め、戦う術を持たない一般人は果たしてどちらを信用するだろうかは火を見るよりも明らかだ。
もしも歩夢がエドの側についたらそれはそれで構わない。
死者への想いは知己とそうでない者とでは、断然違ってくる。
目の前で歩夢を改造人間に変えてぶつければ、よりよくエドの不殺にヒビを入れることができる。
そして、真人の対象はエドワードだけではない。
目の前にいる歩夢。
真人は先の提案通りに5人の願いを叶える約束など守るつもりは微塵もない。
彼女を改造人間にして殺すのは容易いが、それをやるなら彼女でなくてもいい。
もしも、自分の提案に一つでも反対していたらすぐに改造人間にしていたが、つまりはそういうこと。
歩夢は偶々寿命を延ばす選択肢が出来ただけだ。
尤も、その果てに予定されているのが『真人の提案を鵜呑みにしたせいで三人かそれ以上の参加者を巻き込んだ挙句に殺される』という未来である以上、彼女を幸運と称していいのかはわからないが。
この殺し合いに連れて来られている虎杖悠仁。
彼は両面宿儺の器という重要な立ち位置ではあるが、同時に真人が殺したいと思う存在である。
恨みではない。恐怖ではない。
天敵として。呪いとして。人間として。
ただ、どうしようもなく彼の魂を遊び殺したい。
その彼がここに連れて来られているなら好都合だ。
改造していない歩夢に『虎杖は帆高を殺そうとしている悪い奴だ』と吹き込み襲わせてもいい。
宿儺を引きずり出して参加者を虐殺させてもよしだ。
「...じゃあ、大体の方針も決まったことだし、行くとしようか」
掌を口元から離し、嗤いは内心にひた隠しつつ、真人は歩夢と共にコンビニを起つ。
この気まぐれのような狡猾さがいつまで続くかは、真人本人にもわからない。
【A-7/コンビニ近辺/黎明/一日目
【真人@呪術廻戦】
[状態]:健康、
[装備]:ストックした改造人間
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:楽しむ。
1:ひとまず帆高を探す。
2:こっそりと改造人間を増やして、エドワードと戦わせる
3:歩夢や虎杖でも楽しむ。
4:漏瑚と共に生還する。
。
※参戦時期は少なくとも虎杖悠仁を天敵と認識して以降。
【上原歩夢@ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会】
[状態]:健康・焦燥
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:願いを叶える権利を手に入れる(使うかどうかはまだ決めていない)。
1:真人の作戦通り、5人のチームを作り帆高を殺した後、その5人で願いを叶える。
※参戦時期は1期11話終了後、1期12話の手前です
最終更新:2021年08月18日 15:38