「吸血鬼?」
「ああ。あんたがさっき殺した奴はそういう化け物だ。奴らの血液を体内に取り入れると感染して吸血鬼になってしまう。だから奴らの血液には気を付けるんだ」

吸血鬼達の残骸から離れた場所で、明、シェンホア、まどか、ホル・ホースの四人は情報交換に勤しんでいた。

「でも、なんで吸血鬼がここニ?おたくのいう彼岸島とやらから連れてこられたにしても参加者以上に数が多いのはおかしい話ですだよ」
「俺もそう思って最初に尋問したんだ。だが、奴らはなにも知らないといっていた」

明は、まどかとホル・ホースに出会う前にも吸血鬼と遭遇していた。
始めは参加者だと思っていたが、明らかに人数以上のそれを不審に思い、1人を残して尋問にかけた。
その結果、彼らは殺しあいには関係しておらず、明や雅のことも知らないとのたまった。

あるだけの情報を聞き出した明はその吸血鬼の首を刎ね、その矢先にまどか達の騒動を聞きつけたのだ。
ちなみに、まどか達には精神衛生上よくないと判断し、その尋問の詳細は伏せている。

「妙な話ね。あの男、私たちに戦え、最後の一人になるまで殺し合え言った。けれど、あんな怪物がいれば参加者同士が協力する余地が出てくるますよ」
「そうだな。俺もそこが引っかかっていた。なぜあいつは吸血鬼をこの島に...?」
「サァ、それはそこの色男(ロメオ)が知ってるではないですか」

言うが早いか、シェンホアの剣がホル・ホースの喉元に突きつけられる。

「...俺がなんだってんだ?悪い冗談はよしてくれや」

シェンホアへと向けて牽制のために皇帝を構えつつ、ホル・ホースの背を冷や汗が伝う。
彼女の急な転換に、らしくなく動揺し反応が一歩遅れてしまった。
というのも、自分が吸血鬼に関わりがあるなど、彼からしてみれば言いがかりにもほどがあるのだ。
百戦錬磨の彼とはいえ、反応が遅れてしまうのも無理はない話である。

明もまた遅れてドラゴンころしを構え殺気を放つ。
その矛先はシェンホア。彼もまた彼女の意図を測りかねていたのだ。

「ど、どういうことなんですか?」

まったくもって事態の展開に理解が追いついていないまどかが、二人の代弁をするかのように呟く。

「おたくら、名簿をしっかり見ましたですか?その男、この中でただ一人名簿に載ってないね」

シェンホアの言葉に従い、まどかは慌てて名簿を取り出し確認する。
自分と知り合いの名前だけに注視していたため他の名前が疎かになっていたが、彼女の言う通りだ。
59名の参加者の中に、ホル・ホースの名はない。
明も確認しようとするが、いま構えを解けば、シェンホアはホル・ホースを襲うかもしれない。
そのため、まどかに頼み、明のデイバックの名簿を確認させる。
やはり、その中にホル・ホースの名は無い。
つまり、彼は参加者ではなく吸血鬼たちと同じ立場にあるということだ。

「この男が二人と同行していたのは、いずれ隙をつくためと考えれば無理はない。違うか?」
「悪いが答えはNOだ。どうして俺の名簿以外に俺の名前が載ってないかはわからねえけどな」

そうは言いつつも、チラと視線を明に送る。
果たして自分は信用されるだろうか。まだ明たちとは会って数時間の関係だ。
下手に捲し立てれば不安を煽ると思い、あえて正直に、言葉数は少なくした。
とはいえ、自分が逆の立場であればそれでも警戒心は抱く。
果たして彼らに自分の願いは届くのだろうか。

「わ、わたしはホル・ホースさんは嘘を言ってないと思います」

控えめながら、しかし確かな意思を持ってまどかが口を開く。

「どうして言い切れるですか?」
「ホル・ホースさんは吸血鬼に襲われてたわたしを助けてくれたんです。演技だったら、あんな目に遭ってまで助けてくれるとは思えません」
「俺もまどかに同意見だ。むしろ、こういった名簿に記載されていない参加者を混ぜて疑心暗鬼を謀っているんだと俺は思う」

蒔いた種が活きた感覚とはこういうものだろう。
まどかも明も、目の前の懐疑より先の労を認めてくれた。
信念に従い失禁までした価値があった。

「シェンホア、剣を下ろしてくれ。無駄な争いはしたくない」
「...わかりましたですよ。色男、恨むなら自分の運の悪さを恨むよろし」
「構いやしねえよ。こんな状況、疑ってかかってなんぼだ」

男相手なら愚痴のひとつやふたつは言いたくなるものだが、相手は女性。
それも裏社会に生きている女だ。下手に刺激するのを避けるため、ホル・ホースはその言葉でこの件を終わらせた。

(しかしなんで参加者以外の奴がいるか、か...まあ、なんとなく察しはつくがねぇ)

今まで散々な"ゲスやろう"とも組んできたため、この悪趣味な催しを開いた者の思惑もなんとなく察せる。
殺し合いの参加者を縛る最大の要因は首輪だ。
参加者同士が手を組んで怪物対策に走れば、自然と首輪に関しての調査は疎かになりそのぶん脱出までの時間は長くなる。
だがこんな殺し合いで時間制限が決められていないとは思えない。数日経過しても誰も殺し合っていないという事態に陥れば、主催が痺れを切らして全員の首輪を爆破する可能性は十分に考えられる。
そこで、あと一日で全員の首輪を爆破するとでもアナウンスすれば、嫌が応でも参加者同士で殺し合うハメになる。
ただでさえ化け物対策で手いっぱいのところでそんなことを伝えられればチームの崩壊は必至。最終的には脱出派が詰み主催の奴が勝利する。

狙いはおそらくそんなところだろうが、それを明たちには伝えない。
万が一、そうする必要が出てきた場合に、あの化け物じみた強さを誇る明に警戒されるのはたまらないからだ。

そんなホル・ホースの黒い考えに気付かず、一行は情報交換を再開する。

「雅。ソイツが吸血鬼のボスか」
「奴はとてつもなく強いだけではなく、驚異的な不死身性を持っている。首を刎ねようがバラバラにされようが死ぬことはないんだ」
「それはまた厄介なことね」
「ああ。だから、奴と遭遇した時は一目散に逃げるのも手だ」
「そうさせてもらいますですね。斬っても死なない化け物殺し、仕事の範囲外ね」

刀の血を拭きつつ言葉を交わすシェンホア。
明はそんな彼女の得物を凝視する。

(あれはまさか...)

脳裏にひとつの背中がよぎる。
敬愛し、尊敬した実の兄、宮本篤の背中が。

間違いない。
あの長さや刃渡りは、確かにあの雪山での戦いで手に入れ、兄に託したあのとんでもなく長い刀だ。

なぜこんなところにあるのか。
その疑問よりも、明は己の思いを口にしていた。

「シェンホア、突然ですまないが、その刀を譲ってくれないか」

シャンホアは思わず呆気にとられてしまう。
当然だろう。
なんせこの殺し合いの場、生き抜くために必要な武器を渡してくれというのだから。

「その刀は俺の兄貴が使っていた刀なんだ。だから...」
「私もこれを手放したら丸腰ね。おたくがもっと使いやすい刃物を持ってるなら交換考えてあげてよろし、けれど...」

シェンホアはドラゴンころしを指差しながら続ける。

「アレじゃお話にならないね。アレは刃物言うよりは塊、ましてやロクに振り回せないとなれば尚更よ」
「...そうだな」

できれば強力だが扱い辛いドラゴンころしと交換できれば、と考えていた明だが、案の定の結果に小さく溜め息をついてしまう。
明はチラ、と後ろの二人に視線を送るが...

「...見るかい旦那、俺の支給品」

苦笑いを浮かべつつ、ホルホースはデイバックから己の支給品を取り出す。
彼の手にあったのは、青を基調としたペンギンのようなヌイグルミ。

「ポッチャマ...とかいうキャラクターのヌイグルミらしいぜ。特に仕掛けはねえ」
「...まどかはどうだ」
「えっと、わたしは...」

まどかが取り出したのは、長髪で目付きの悪い少女が写された写真。
少女の名前は小黒妙子。名簿にも連ねられているが、それ以外の情報は記載されておらず、かといって一同の誰も彼女のことを知らないため、捜索にいこうという話題にもならず。
結局のところ、この支給品もロクに役に立ちそうにない。

あまりの役立たずな支給品に困惑の空気になる一同。
スタンドのあるホル・ホースはまだマシだが、なんの力もない少女にゴミ同然のものを渡すあたり、主催はなにを考えているのだろうか。

結局、シェンホアの刀に見合う物はなく、明は渋々とこの話を切り上げた。

次いで交換するのは、互いの知り合いについてだ。

「あの、シェンホアさん。ここにくるまでにわたしと同じくらいの歳の女の子と会いませんでしたか?」

最初に口火を切ったのは意外にもまどかだった。
合流すべき友人が殺し合いに連れてこられているため、自然とそうなってしまうのだが。

「わたしが出会ったのはサングラスかけた赤首輪の厳つい男ね。それ以外はお嬢さんらが初めてよ」
「そう、ですか...」
「まあ、そんな都合よくいかねーわな」

ホル・ホースが肩を落とすまどかを軽く宥める傍ら、次いで口を開いたのはシェンホアだ。

「私、サングラスの男からジョン・コナーいう男の子の捜索を頼まれたね。知らないか?」
「いや、俺たちも赤い首輪のすばしっこい子供と吸血鬼しか会っていない。あんたは知り合いはいないのか?」
「いるにはいるですが、特別合流しようとは思いませんですよ。レヴィとバラライカ、この二人ね」
「敵対しているのか?」
「いいえ、流石にこの状況で足引っ張り合おう思わない。向こうはどう思てるかわからないけれど」
「殺し合いに賛同する可能性はあるのか?」
「ありますよ。レヴィ言うクサレアマは仕事の依頼もないこんな場所じゃ、銃で暴れてお終いね。
バラライカの姉御は」『私の名前はバラライカ。この殺し合いから抜け出したい者は私のもとに集いなさい。場所はI-3の高層ビルよ。繰り返すわ』

シェンホアの言葉を遮るように、遠方より響くバラライカその人の声に、シェンホアは思わず肩を竦めてお手上げだ、とポーズをとる。

「あの通り、頭の線が焼きキレてるからなにしでかすかわからない」
「協力は無理なのか?」
「状況によるですだよ。あのアバズレは敵に回すと厄介、けど味方としても仕事が絡まないと短気すぎて制御が難しい。
バラライカの姉御は絶対に敵に回しちゃいけない女。味方としては気が合う奴(ウォーモンガー)はイイけれど」

シェンホアがまどかの頬を軽くつつき笑みを浮かべる。

「そっちの二人はともかく、お嬢さんみたいなのは門前払いなら幸運(ラッキー)、それ以外は餌か盾にされるのがオチね」

まどかの背筋に怖気が走り、喉が鳴りかける。
シェンホアは軽い調子で告げてくれているが、冗談の類などではないことがひしひしと伝わってくるのだ。

「...それで、あんたはあの呼びかけは無視するのか?」
「そーねぇ」

顎に手をやり、考え込むこと約1分。

「とりあえず顔だけ出しておくね。いざという時に獲物の取りあいになるの一番面倒よ」

仮に自分が赤首輪の参加者を見つけられて。
いざ狩ろうとした時に偶然居合わせたバラライカと衝突、などという展開は好ましくない。
別に彼女を殺めることに躊躇いがある訳ではないが、単に死ぬほど苦戦してまで彼女と戦う意味はないのだ。
ならばあらかじめ彼女の行動する範囲を知っておくなり共に行動して一番乗りを諦める方が賢い立ち回り方である。

「そうか。...まどかはそのバラライカとは相容れそうにないと言っていたな。ホル・ホース、あんたはどうする?」
「俺は彼女の傍にいるぜ。あんたもそうなんだろ?」
「ああ。俺も、どうにもあの手の奴とは相容れそうにない」

ホル・ホースとしては、可能な限りは手駒を増やしたいと思っている。
また、彼の長所は相方の能力を活かし存分に発揮させることである。相方が率先して動いてくれるぶんには問題なく、むしろそちらの方が助かる面もある。
人柄の良し悪しも大した問題ではない。最低限の実力があり、協調性があればそれだけで充分だ。
だが、この殺し合いの場ではそうもいかない。

聞けばバラライカという女はとんでもなくヤバイ女である。
あの呼びかけも、妙に自信のある声音からして普段の通りブレていないことが窺える。もしかしたら集まった者を一網打尽にする腹積もりなのかもしれない
そんな大多数の参加者を敵に回しやすい女と、強さはイカれているが良識も持った明。
どちらの傍にいる方が安全かは比べるべくもないだろう。

「そ。じゃあここでお別れね。あなたたち、連れてきてほしい者はいるか?あなたたちのところまで運ぶなら1人につき支給品1つ、名前だけならロハで構わないですだよ」

明はチラ、とまどかとホル・ホースにお前達はどうする、と視線を投げかける。

「じゃあ、あの、志筑仁美ちゃんがいれば、わたしが探してたことを伝えてください」
「志筑仁美ね、了解了解。他は大丈夫か?」
「...ああ。問題ない」
「それじゃあお元気で」


ひらひらと手を振り明たちから離れていくシェンホアの背中が遠ざかっていく。
その背が見えなくなったところで、明は口を開いた。

「他の娘たちはよかったのか?」
「...はい」


本来ならば、さやかやほむら達魔法少女の名も伝えて然るべきである。
だが、シェンホアが先程バラライカを引き合いに出した時、『獲物の取りあい』と口にした。
それを聞き逃さなかったまどかは、魔法少女たちの名を伝えるのを憚れた。
万が一にも彼女達が自分の名をダシに騙されるのを防ぐためだ。
シェンホアに嘘をついているようで後ろ髪を引かれる思いではあったが、魔法少女の真実を知って以来、なにもかもを純粋に信じられるほど無垢ではいられなくなったのも事実だ。
そんな彼女が、会ったばかりのシェンホアに全幅の信頼を置くのは難しい。
拙いなりに考えた結果、魔法少女ではなく狙われる危険の少ない仁美の名前だけを伝えたのだ。

(なるほど。あの反応、知り合いに賞金首がいるようね。鹿目まどかと志筑仁美の間にある『暁美ほむら』『巴マミ』『美樹さやか』『佐倉杏子』あたりがおそらく当たり)

だが、決断空しく。むしろ、まどかの反応からシェンホアは賞金首の存在を勘付いていた。
鹿目まどかはつい先ほどまで敵対もせずごくごく普通に話していた少女だ。
しかし、そんな彼女の友達だろうがシェンホアには関係ない。
ロアナプラではつい先日まで世間話をしていたガンマンたちが翌日には獲物を狩るために競争して本気で殺し合う。
そんな街の住人に、殺し合いでの微かな時間に情が湧くはずも無く。
もしもシェンホアが魔法少女を獲物だと認めれば、容赦なくその刃は血に濡れることだろう。


【G-2/一日目/早朝】


【シェンホア@ブラックラグーン】
[状態]:健康
[装備]:とんでもなく長ェ刀@彼岸島
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:ゲームから脱出する。
0:生き残る。手段にはこだわらない。
1:バラライカの呼びかけに興味。
2:レヴィたちと合流するつもりはないが敵対するつもりもない。
3:T-800からの依頼(ジョン・コナーを探す)は達成したいが、無理はしない。

※参戦時期は原作6巻終了後です。
※明・ホルホース・まどかと情報交換をしましたが、魔法少女についてはほとんど聞かされていません。が、なんとなくまどかの知り合いに赤首輪がいることは勘付いています。
※ロックの本名『岡島緑郎』について知らないので彼の存在を認識していません。



「旦那よ、俺たちはこれからどうする?」
「とりあえず島の中央に向かおうと思う。島の端よりは誰かに会える可能性が高いからな」

明の提案に、ホル・ホースは一瞬渋い顔をする。
人通りが多ければ、それだけ危険人物と遭遇する可能性も高い。
もしかしたら雅やDIOのような吸血鬼も食糧を求めて集まってくるかもしれない。
しかしだからといって、ずっと隅に隠れていればいいかといえばそうではない。
脱出するにせよ赤首輪を狩るにせよ、もしもひたすら隠れ待っていて時間制限が迫れば打つ手がなくなってしまう。
それに、後手にまわることで承太郎が流すであろう悪評が蔓延るのも防ぎたい。
あらかじめ他の参加者にコンタクトをとっておけば、全員が全員承太郎を信用することはなくなるだろう。

こんな状況だ。デメリットゼロで事が済むとは思えない。ならば、ある程度のデメリットは覚悟で進むしかない。
結局、ホル・ホースは明の提案に乗ることにした。

「まどか。お前はどうしたい?」
「あっ、わたしも賛成です、けど、その...」

顔をほんのりと赤らめつつもじもじと身を捩らせるまどかに、疑問符を浮かべる明。
言わなくてはならないのか。躊躇いつつも言葉に出した。

「その、トイレに行きたくて...」
「トイレ?吸血鬼に噛まれてあんなに出したのに?」

まどかの顔が更に赤みを増すのを見て、相棒の不甲斐なさにホル・ホースは深く溜め息をついた。

「旦那よぉ、ちったあ女心ってやつを理解してやらなきゃ駄目だぜ」
「え?あっ...」

ホル・ホースの、まどかの言わんことを遅れて理解し、今度は明の顔が赤に染まる。

「す、すまん。その、ここ最近男連中がほとんどの環境にいたから...」

まるでまだ垢抜けない少年のようだ。
慌てて取り繕う明にそんな感想を抱きつつ、ホル・ホースはつい噴き出そうになった口元を抑える。
ついさっきまで修羅のような顔をしていた男とは思えぬ姿がたまらなくおかしかったのだ。

そんな彼の様子に気が付いたのか、明は照れ隠しの意味も込めてコホンとひとつ咳払いしつつ二人を連れて公衆トイレへと向かった。

明はまどかが入るよりも先にトイレへ踏み入り中を物色し成果を告げた。

「中には誰もいなかった。隠れる場所も見当たらないし、この入口さえ見張っていれば大丈夫だろう。ただ、トイレットペーパーだけは見当たらなかった」

トイレは汚くなくどちらかといえば全体的に綺麗な様相であったが、何故かトイレットペーパーだけは設置されていなかった。
もしや主催が変態利用目的で盗撮しているのでは、と監視カメラを探したが見当たらず。
もしや紙を切らすことで尻を拭けなくし動けなくするのが目的なのだろうか。
全くもってその意図は図りかねるが、紙がない以上どこからか調達する他ない。

「なら俺が探してくるぜ。旦那は嬢ちゃんを見張っててくれ」

名乗りを上げたホル・ホースに明は特に異論をはさまず、そのまま紙を探しに行く彼の背を見送った。

彼が自ら探索役を買って出たのは二つの理由がある。

ひとつは出入り口の見張りの役に回されるのを避けるためだ。あの位置では姿を隠しての襲撃に気付き辛く、スタンドが拳銃の彼では対処が難しい。
空条承太郎の『星の白銀』のような人型のスタンドであれば、多少はダメージを受けることになろうともスタンドで己の身体を庇えば致命傷は避けられる。
だが、拳銃で護るには自分で攻撃を視認し、狙いを定め、撃ち落とすという行程をこなさなければならない。
至近距離での暗殺をする分には強い皇帝だが、される側になると脆いのだ。

もうひとつは危険人物に遭遇した時だ。
もしも明に紙を探しに向かわせた場合、待機している自分に危険人物が現れた時、どこに向かったかわからない彼を探しに行く必要がある。
だが自分が探しにいけば、危険人物と遭遇した時もトイレで待っている明のもとまで逃げ出せばいい。居場所がわかっていれば状況もかなりマシになるのだ。

それらの打算のもと、彼は紙を探す役目を引き受けたのだ。

(魔法少女だなんだと関わりがあっても、やっぱりただの女の子ってとこか)

まどかが用を足すことにホル・ホースは苛立ちを抱かない。
こんな状況だ。緊張と恐怖で腹を下すなんてのは自然なことである。
もしもこれで自分が死ぬようなハメになれば、流石に彼女のいないところで文句のひとつもでるだろうが、そうでない限りはイチイチ騒ぎたてるようなことはしない。
むしろ、そんな殺し合いとは無縁な一般人を保護しているアピールになるため都合がいいのだ。

「しかし紙、紙ねぇ...ティッシュでもありゃいいんだが」

生活の中でトイレに使える紙というものは存外少ない。
探す事数分、どこにも紙らしきものは見当たらなかった。

(まいったな...チト可哀想だが、葉っぱで拭いてもらうしかねえか)

ホル・ホースは大きめの葉っぱを数枚千切り、明たちの待つトイレへと足を向けた。


ビンビンビンビン

そんな彼の耳に届いたのは声らしき音。
それは確かにこちらへ向かっている。
敵襲か?だとしたらなぜあんな声を?

ビンビンビンビン

ホル・ホースは側の物陰に姿を隠し音の出所を探る。

ビンビンビンビン

歩いている者はいない。
音はいまだに近づいてきているため、どこかに隠れている訳ではあるまい。
では、音の主は何処へ?

ビンビンビンビンビンビンビンビン


頭上を通り過ぎる音。
既に接近していたというのか。ほとんど反射的に皇帝を構え牽制をかける。
瞬間、彼の思考は停止した。
なんせ自分が銃を突きつけたのは自分のしるものより一回りも大きい蜂。
それも、頭部が人の顔の所謂"人面蜂"だったのだから。

呆気にとられるホル・ホースの存在にきがついたのか。
人面蜂―――スズメバチはピタリと停止しその顔をホル・ホースへと向ける。

狙い定められた銃口と彼の顔を交互に眺め、やがて口を開いた。

チ ク ビ 感 じ る ん で し た よ ね

それが攻撃の合図だった。
ホル・ホースは本能的に危険性を察知し、息ひとつ乱さず弾丸を発射。
スズメバチの眉間へと放たれた弾丸は、しかし吸い込まれることなく躱される。
スズメバチはそのまま急降下し、尻の針で狙いを定める。
狙うは乳首。
今まで数多の抵抗をしてきたゆうさくを葬ってきた必勝ポイントである。
ホル・ホースの右乳首に針が刺さる寸前にまで迫るも、しかし上空からの殺気に後方に下がる。
銃弾だ。さきほど躱した筈の銃弾が上空より軌道を変えて襲ってきたのだ。

ビビビビビビ

スズメバチはいまの攻防でホル・ホースを危険な敵だと認識したのか、威嚇しつつ空中で停止し様子を見ている。


(や...やべぇ)

ここにきて、ホル・ホースの額についに冷や汗が滲む。
人面蜂は今まで見たことがないが、あの臀部の縞模様は見覚えがある。
たしかあの紋様は、『スズメバチ』だ。
昆虫に詳しい訳ではないが、蜂の中でもとりわけ獰猛且つ危険な蜂であることくらいは小学生並みの感想程度には理解している。
二度刺されれば高確率で死に至る。
そんな蜂が巨大化し、それに伴い毒も強くなっていれば―――考えただけでも恐ろしい。

いまこの場で赤い首輪を仕留めれば一足先に脱出できる。
その考えがよぎる暇も無く、彼の脳内では逃走経路のシュミレーションが為されていた。
それが影響してか。ホル・ホースの足は自然と後方に下がりつつあった。

瞬間。

スズメバチは再び接近を開始する。
この男は逃げるつもりだ。
逃げられればどうなるか。
自分の噂をばら撒かれ、多くの参加者に狙われることになるかもしれない。
この傷ついた身体に多勢に無勢で襲われれば、ゆうさくを刺すどころではなくなるかもしれない。
なんとしても仕留めなければ。

ホル・ホースが再び右腕で皇帝を構え、弾を発射する。
だが、先程よりもタイミングが微かに遅れている。
これさえ躱せば、弾の軌道を変化させられようとも問題ない。
自分に向かってくるまでに彼の乳首を刺せるだろう。

スズメバチが弾丸を躱し、勝利を確信したその瞬間、彼の視界は漆黒に染まる。

なにが起こったのかを理解する間もなく、スズメバチは上空からの力に圧され地面に叩き付けられた。
激痛が支配し、漆黒の空間の中を悶えまわる。いまのスズメバチならば子供でもその息の根を止めることができるだろう。

(チクショウ!こんな化け物みてえな虫とやりあってられるか!)

だが、そんなことはつゆ知らず、ホル・ホースは脱兎のごとく逃げ出していた。

彼はスズメバチが迫るその瞬間に、弾丸を曲げるのではなく空いている左腕で己のテンガロンハットを網代わりにしスズメバチへと振り下ろした。
弾丸を曲げてくると思い込んでいたスズメバチは対応が遅れ、為すすべなく捕まってしまったのだ。
地面に叩き付けたテンガロンハットの上から追撃として踏み殺そうとしたホルホースだが、この島に大量に生息している吸血鬼の例を思い出して踏みとどまる。
たしかスズメバチには仲間を集めるフェロモンを発する特性があったはず。
もしもこのスズメバチがあの吸血鬼のように大量に存在していれば、まず間違いなく逃げきれない。
赤首輪は参加者の脱出への引換券のため、大量に置いておくとは考えづらい。だが、もしも万が一、スズメバチが大量に潜んでいれば。
脱出する前にその群に襲われれば。まさに身震いするほどの地獄絵図の完成だろう。


それに、逃走を促したのはなにも臆病風だけの話ではない。
ホル・ホースがテンガロンハットを振り下ろしたのとほぼ同時、スズメバチは反射的に毒液を発射し彼の右腕に付着させていたのだ。
一方通行ら相手にも披露したこの毒液だが、スズメバチの身体のサイズもあり、かなり強力なものとなっている。
肌が弱くない者は浴びれば即死はしないものの、戦闘続行を困難にさせるには充分すぎる。
それが、ホル・ホースに「まだ動けるのではないか」という疑惑を募らせ、その万が一の可能性を考慮し、ホルホースは目先の利益よりも第一の保身を考え逃走を選んだのだ。


トレードマークであるテンガロンハットの蠢く様に肝を冷やしつつ、ホル・ホースは相棒のもとへと走り去っていった。



公衆トイレの入り口。
その脇で明はドラゴンころしを手に周囲の見張りに努めていた。

「本当にごめんなさい」

トイレの個室から呼びかけるまどかに、明は耳と意識だけを傾けて話を聞く。

「わたし、何にもできないのに、足ばっかり引っ張ってて...」
「......」

まどかの独白に、明はただ黙って耳を傾けている。

「こんな状況なんです。なにが起こってもおかしくない。なのに...みんながいなくなっちゃうかもしれないと考えると、それだけで...」

まどかは既に三人の友の死を経験している。
その辛さも、悲しさも、虚しさも。全て解っているのに、可能性を思い浮かべるだけで緊張と恐怖でどうにかなってしまいそうになる。

「明さん、もしもわたしが邪魔だと思ったら、ホル・ホースさんと一緒に置いていってください。そして、どうかみんなの力に...」
「...まどか。お前は、友達が死んでも本心を隠して『仕方ないことだ』で済ませられる人間になりたいのか?」

え、とまどかの声が小さく漏れる。
その明の言葉には厳しさはなく、むしろ優しい声音で語りかけている。
顔は見えないが、その顔は微笑みを浮かべているであろうことは容易に想像できた。

「彼岸島ではそうするしかなかった。仲間が吸血鬼になっても躊躇わずに殺す。それを繰り返す度に、自分の中の全てが狂い、どれだけ親しい友達を殺しても割り切らなければ生きていけなくなった。お前はそんな俺たちを強いと思うか?」
「......」
「確かに俺は剣の腕は上達した。けど、その代わりにまともじゃなくなっていくならそれは決して正しい強さじゃない。正しい強さってのは、こんな状況でも誰かの死を仕方ないで済ませられない心だと俺は思う」
「明さん...」
「誰の犠牲も許せないお前を見ていると、俺は正気を保てる気がするんだ。お前には帰る場所がある。だから、お前はお前のままでいてほしい」

明の言葉を聞き、まどかは小さく「ごめんなさい」と呟き、それを聞いた明は「またごめんなさいか」と思ったが、それは口に出さなかった。
そういう時はありがとうでいいんだよ、などという加藤のようなキザッたらしい台詞は気恥ずかしくて言えないし、まどかはそれだけ他者に気を遣える人間なのだろうと、むしろそれを好意的に見ていた。
ここにいない色男ならどんな対応をするだろうか、などと考えていた時だ。


「た、助けてくれ旦那ァ!」

噂をすればなんとやら。
紙はあったのかと聞こうとした明だが、彼の様子を見ては憚られる。
この慌てようはただ事ではない。

明が口を開く前に、ホル・ホースが凄まじい剣幕で捲し立てる。

「ハ...ハチだ。人の顔がついた巨大なスズメバチだ!」

齎された情報は、あまりにも奇想天外なものであり、明も思わず呆気にとられてしまった。


【G-2/一日目/早朝】

【宮本明@彼岸島】
[状態]:雅への殺意、右頬に傷。
[装備]:ドラゴンころし@ベルセルク
[道具]: 不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針: 雅を殺す。
1:吸血鬼を根絶やしにする。
2:ホル・ホース及びまどかとしばらく同行する(雅との戦いに巻き込むつもりはない)
3:邪魔をする者には容赦はしない。
4:は?人の顔がついたスズメバチ?

※参戦時期は47日間13巻付近です。
※シェンホアと情報交換をしました。


【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)、失禁、トイレの個室にいる。
[装備]: 女吸血鬼の服@現地調達品、破れかけた見滝原中学の制服
[道具]: 不明支給品0~1、小黒妙子の写真@ミスミソウ
[思考・行動]
基本方針: みんなと会いたい。
0:ほむら、仁美との合流。マミ、さやか、杏子が生きているのを確かめたい。
1:明とホル・ホースと同行する。
2:あの子(ロシーヌ)の雰囲気、どこかで...?
3:なにかあったのかな

※参戦時期はTVアニメ本編11話でほむらから時間遡航のことを聞いた後です。
※吸血鬼感染はしませんでした。
※シェンホアと情報交換をしました。

【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労 (大)、精神的疲労(大)、失禁、額に軽傷、スズメバチの毒液による腫れ
[装備]:吸血鬼の服@現地調達品、いつもの服、ポッチャマ...のヌイグルミ@真夏の夜の淫夢派生シリーズ、
[道具]:不明支給品0~1、大きめの葉っぱ×5
[思考・行動]
基本方針: 脱出でも優勝でもいいのでどうにかして生き残る
0:できれば女は殺したくない。
1:しばらく明を『相棒』とする。
2:DIOには絶対に会いたくない。
3:まどかを保護することによっていまの自分が無害であることをアピールする(承太郎対策)。
4:そういやこいつら、スタンドが見えているのか
5:なんだあのハチ!?

※参戦時期はDIOの暗殺失敗後です。
※赤い首輪以外にも危険な奴はいると認識を改めました。
※吸血鬼感染はしませんでした。
※シェンホアと情報交換をしました。


※支給品解説

【ポッチャマ...のヌイグルミ@真夏の夜の淫夢派生シリーズ】
今も尚発売されている某モンスター捕獲ゲーム(通称ポケモン)のキャラクターを模したヌイグルミ。
おそらくポケモンで一番風評被害を受けたキャラクター。
『空手部・性の裏技』本編にてMUR大先輩が野獣先輩と共にKMRをレ○プする際に発した『こっちも...』の空耳が元ネタ。
BB先輩劇場にてヌイグルミが出てくると大概ポ○チャマのヌイグルミが使われるのはこのため。



主が去った後のテンガロンハットは、静けさに包まれていた。
そこに潜んでいたはずの住人は、先程までの暴走とは裏腹に、微動だにせず止まっている。
当然だ。なんせ、地面に叩き付けられた衝撃はいまの身体には無視できないダメージであり、再生能力もない彼にとっては致命傷になりうるものだったのだから。
薄れゆく意識の中、彼は実感した。


これはあくまでも殺し合い。誰もかれもに可能性のある平等こそが基本ルール。
故に、スズメバチがゆうさくを刺して物語に終わりを告げるという御約束も通じはしない。

一方通行のような強力な能力者に攻撃されても自分は動ける程度には無事だった。だからゆうさくを刺すまでは絶対に死なないと思っていた。
だが、いまはホル・ホースのような銃弾を曲げることしかできない程度の人間に瀕死に追い込まれた。
そう。この殺し合いではゆうさくを刺さずとも自分の命が絶たれる可能性は非常に高いのだ。

そんな中で彼が覚えたのは、ゆうさくに幾度も与えてきた"死"という恐怖。
この脅威に晒された彼が如何なる道を進むかは、誰にもわからない。


【G-2/一日目/早朝】

【スズメバチ@真夏の夜の淫夢派生シリーズ】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、怒り、全身傷だらけ。死への恐怖。テンガロンハットの中
[装備]:
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:注意喚起のためにゆうさくを刺す。邪魔者も刺す。
0:気絶中。なにがあった?
1.白い少女(スノーホワイト)に激怒。
2.ビンビンビンビンビンビン……チクッ


※刺した相手を必ず殺せます。
※相手がゆうさくでない場合、邪魔をしなければ刺しません。
※毒液を飛ばす術を覚えました。



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不安 シェンホア
宮本明
鹿目まどか
ホル・ホース
男の世界は一方通行 スズメバチ 交わることなき道しるべ
最終更新:2018年12月03日 18:21