―――ゆうさく(デケデケデケデケ


「いまなにか聞こえませんでしたか?」
「いや?ずっと気を張ってるから疲れたんだろう」


スズメバチとの決着を着けにいく。
そう決意し飛び出していったリンゴォを追ったスノーホワイトとゆうさく。
スタンド使いとはいえ、生身としては人間的な能力しか有していないリンゴォと魔法少女であるスノーホワイトでは、身体能力は比べるべくもない。
故に、素直に彼を追っていれば追いつける。その筈だった。
しかし...

「ここにもいない」
「あのおっさんふざけんなよ。どれだけ速いんだよ」

彼らはリンゴォを見失っていた。
スノーホワイトが、彼女に比べると比較的身体能力に劣るゆうさくを気遣いながら探索していたことを考慮しても、彼らがリンゴォを見失うのは早かった。
彼が去ってから一分にも満たぬ間にだ。


「スノーホワイト、困っている人の声は?」
「いまはまだなんとも...」
「じゃあこのあたりにはリンゴォはいないんだな」
「いえ、彼が困ってないならわたしの魔法から外れることもあります」



スノーホワイトの魔法は『困っている人の声』が聞こえるものである。
探索には便利な魔法だが、探し人がなにかしらの強い気持ち、それも困っているという限定的な条件にしか反応しないという欠点もある。
つまり、スズメバチに屈辱を晴らすといったリンゴォの声が聞こえないということは、とうに魔法の有効範囲から抜け出しているか、あるいは彼はまだスズメバチに遭遇しておらず、危険な状況には陥っていないか、という可能性が高い。

ホッ、とする反面、彼女の不安はとどまることを知らない。
リンゴォが自身の信念に従う男だというのは先のやりとりで思い知らされた。
だから、本来なら彼の決着という名の戦いにスノーホワイトが関与するべきではないのかもしれない。
しかしそれでも誰にも死んでほしくなんてないから。
ただただその想いだけが、彼女の身体を、信念を突き動かす。

そんな彼女の優しさはゆうさくにも伝わっており。
彼女の健気さは、恩人ということを除いても、一人の男として是非とも手助けしてやりたいと思えるほどだった。

スノーホワイトの無垢なる献身が、ゆうさくの不安を和らげていた、ともいえよう。

だからだろうか。

偶然、彼の視界に入る道端に落ちていたテンガロンハット。
それに思わず気をとられてしまったのは。

なにかの罠だとか、この辺りでなにかがあったのだろうか、という疑念よりも先に「誰かが落としてしまったのか」と気遣いの心が浮かんでしまったのは。

ゆうさくがテンガロンハットを拾うため、その歩みを進める。

1歩。2歩。3歩。

普段の歩き方と変わらないその歩調は、あっという間にテンガロンハットとの距離を縮めていく。

そして眼前のそれを拾おうとし手を伸ばしたそのときだ。


『においが...する...』

スノ-ホワイトの脳裏に声が届く。
魔法で感知した「困っている人の声」が。

あわてて振り返るスノーホワイト。
その先には、自分に背を向けるゆうさくのみ。

『やつを...なくては...ちゅうい...かんき...』

注意喚起。
かつて聴いた、普段は常用しない単語に背筋が怖気立つ。

いる。
間違いなく、アレが近くに潜み彼を狙っている。

だが、どこで。

声の聞こえた方角。

その先で、帽子を拾おうとしたゆうさくの姿が視界に入るや否や、彼女の身体は弾丸の如く弾けた。

「あんっ」

スノーホワイトに背中から押し倒され前のめりに倒れるゆうさく。

ビンッ

その頭上を、高速で通り過ぎた小さな影。

自分を押し倒した少女に声をかける間もなく、ゆうさくはソレと対面する。



ビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビン


己と同じ顔を持つ死神、スズメバチと。


「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ↑↑↑」

恐怖のあまり微振動と共に悲鳴が上ずるゆうさく。
まさかここにきて、こんなタイミングでスズメバチと遭遇することになろうとは。

ビンビンビンビンビン

スズメバチは己の身体を苛む痛みすら吹き飛ぶほどに狂喜した。
気を失いほどなくしてゆうさくと出会えるとは。
一刻も早くヤツを刺し、注意喚起を済ませて脱出せねば。

ゆうさくが構える間もなく迫るスズメバチ。
恐怖に震えるゆうさくに、ソレを避ける術はない。

―――ポフッ

突き出される尻の針を防ぐは、突如ゆうさくとの間に突き出されたデイバックの布地。
その主、スノーホワイトはそのままデイバックを振りぬきスズメバチを吹き飛ばす。


錐揉み状に吹き飛ばされる中、スズメバチは旋回することで衝撃を緩和しどうにか停止。


ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ


怒りのままに空中で停止し、スノーホワイトを睨み付ける。
またか。
またあの少女は邪魔をしようというのか。

ならば刺してやる。ゆうさくを守る以上、お前はただの敵だ。


(こんな短時間で遭遇してたら俺のケツイ壊れちまうよ!)

ゆうさくの鼓動が恐怖で高鳴る。
この短時間、広大な会場で既にスズメバチと二度も遭遇している。
やはり自分は逃がれられないのか。
どうあがいても、死すべき運命(カルマ)だというのか。
嫌だ。そんなの、嫌だ―――


「逃げてください、ゆうさくさん」

俯いていたゆうさくは思わず顔を上げる。
スノーホワイト。彼女は、ゆうさくを庇うようにあのスズメバチと真っ向から対峙していた。


「冗談やめてくださいよ。早くきみもエスケープしてくださいよ」
「...逃げても、このハチはゆうさくさんを追ってきます。だから、ここで止めるしかないんです」
「でも」
「それに、ここにあのスズメバチがいる限り、リンゴォさんの『決闘』は果たされていない...リンゴォさんも無事だと思うんです。だから、私が残って戦うのが一番いいんです」

スノーホワイトの言葉を受け、ゆうさくは考える。
確かにあのスズメバチはどんな状況でも自分をずっと追いかけてくる。
ならば、彼女の言うとおり二手に別れて、万が一の全滅は避けるべきだ。

だが、それでいいのか。
その背からも震えがハッキリと伝わるほど恐怖を抱いている彼女に押し付け逃げるだけでいいのか。

否。それは一人の大人として決して是とすべき行為ではない。

かといって、このまま刺されるのを待つのは怖すぎる。

「待っててくれ、必ず助けを連れてくる!絶対に刺されるんじゃないぞ!」


そこでゆうさくがとった行動は、救助を呼ぶこと。
今の自分達の装備では、二人がかりでもあのスズメバチを駆除することは困難。
ならば、スズメバチ駆除のプロフェッショナルを探し出し力を借りるべきだ。


走り去っていくゆうさくを背中で感じながらスノーホワイトは拳を握り締める。

怖い。

眼前のハチは、何度もゆうさくを殺してきた存在だ。
本当ならば、自分もどこかへ逃げ出したいくらいだ。

『ありがとうございます』

けれど。
ゆうさくのあの時のお礼は、清く正しく美しくあろうとする魔法少女の精神を刺激した。
ここでわが身可愛さに全てを投げ出せば、もう二度と魔法少女として立ち上がることはできないだろう。
きっと、生き返った岸辺颯太にも顔向けできやしない。
だから戦う。他者を守る為に力を振るう。

(私が食い止めるんだ...私が...!)

全ては、抱いた理想に基づいて。




「一方通行...」

スノーホワイトとゆうさくを撒いたリンゴォは、求めていた者の一人、一方通行と相対していた。
彼は既に息絶えていた。苦悶とも、恍惚とも名状しがたい形相で、地に伏していた。
やはり、あのハチに刺されたとき、彼の最期は定められていたのだろう。

「...お前が息絶えたところで、俺達の決闘に偽りはない。勝者はお前で、敗者は俺だ」

生き残った方が勝者、だなどと言い訳をするつもりはさらさらない。
あの決闘、間違いなく自分は完膚なきまでに負け、一方通行は完全なる勝利を収めたのだ。

決闘の後始末を穢したハチへと、殺意の炎が再び湧き上がる。
斃さねばならない。あのハチと公正な決闘の上でだ。

だが、その前にやることがある。

「お前からすれば不本意なのだろうが...敗者には敗者なりのケジメがある」

リンゴォは一方通行の亡骸の傍に転がるデイバックからスコップを取り出し、穴を掘り始める。

ザクッ、ザクッ。

埋葬。
今まで、決闘に勝利する度に、相手の墓を掘り遺体を埋葬してきた。
それが勝者の務め。決闘に相対した者への礼儀でもある。

それを、敗北した自分が穴を掘り、勝者を埋葬しようというのだからおかしな話だ。

(だが、敗者になりきれなかった俺には、勝者を野ざらしにさせてはならない義務がある。ただの自己満足にしか過ぎないだろうがな)

人一人ほどの大きさの穴が掘れたところで、その手を休め一方通行の遺体を横たわらせる。
見開かれた瞼を閉じさせ、硬直しつつある身体を無理のない体勢に直し、土を被せていく。

「あらあ、イイ男じゃない」

一方通行の遺体に土を被せ終えたところでかけられるは女の声。
その妙に上ずった声に微かに生理的嫌悪を抱きつつ振り返る。
瞬間、リンゴォは目を見開き身体を強張らせた。

なんせ、その声の主は、銅像めいた異形だったのだから。

「こ、こんばんわ~、お友達になりましょ」

口角を吊り上げつつかざされる灯篭。
リンゴォの背筋に怖気が走り、とっさにひざを屈める。

瞬間。

熱線が走り、リンゴォの頭上を通り抜けていく。

「......!」

リンゴォの腕が震え始める。
それは、いつもの戦う前に起こるものとはまったく別種の恐怖。

「あの人はずいぶん怯えてるみたいだね、南さん。うふふ、大丈夫よぉ、すぐに終わるから~」

如何な生物でも抱く、計り知れない脅威への本能的な警鐘。

(初めてだ...こんな生物と戦うのは)

今まで、普通のガンマンのみならず、スタンド使いともかなりの戦いを経験してきた。
だが、相手はいずれも人間であり、この会場で出会った二人の赤首輪、ゆうさくとスノーホワイトも人間により近かった。
この銅像は彼ら、ひいてはスズメバチのような虫ともまったく違う。

自分の知る生命体の何れにも当てはまらない、根源的な脅威を、リンゴォは銅像から感じ取っていた。

(...構わない。相手が人間でなくとも、困難な壁があるのなら、それを試練と受け入れ乗り越えることこそが男の世界)

リンゴォの震えはまだ収まらない。
相手は未知数の相手だ。しかし、だからといって己に課したルールを捻じ曲げ尻尾を巻いて逃げるような真似は、それは口先だけのうそつきの行為だ。
ならば、いつも通り、公正なる果し合いとして望むまで。

「...自己紹介をさせていただく。俺の名はリンゴォ」

ダンッ

聞き終える前に、銅像が地を蹴り駆け出す。

(果し合いなどするつもりもない、か)

リンゴォは、銃を手にする。
相手は速い。しかし、それに物怖じせず、射程距離に入るまで銃は構えない。

5・4・3・2・1...侵入。

拳銃は抜かれ、弾丸が発射される。
その間、わずか1秒にも満たないほどの早業だ。
銅像は、弾丸が眼前に迫るその直前で跳躍して回避。

そのまま足を突き出し、リンゴォのもとへと落下するが、それを迎え撃つかのように第二射を放つ。
弾丸は、突き出された足の裏へと着弾。しかし、銅像は苦悶の表情を浮かべることもなく、勢いはいっさい殺さず、リンゴォの足元の地面を砕き砂塵を巻き上げた。

視界を覆う砂塵を掻き分け、銅像の手が伸びる。

リンゴォは為すすべなく首根っこをつかまれ、地面に叩きつけられた。

「ゴフッ」

舞い上がる鮮血。
内臓を痛め、口から吹き上がった血が、雨のようにリンゴォ自身へと降りかかる。

「脆いわねえ。ああ脆い。仕方ないよ南さん。あのスーツさえなければ人間なんてこんなものさ」

ニマニマと笑みを浮かべる銅像に嫌悪を抱きつつ、リンゴォは銃を握り締め弾丸を放つ。
狙うは頭部。それも、重傷は確実の額ど真ん中だ。
弾丸は確かに額に着弾。しかし、銅像は意にも介さず笑みを絶やさない。

「ざ~んねん、私達にこんなものは効かないのでしたぁ」

リンゴォの首にかけられる力が増し、器官が悲鳴を上げる。
終わりだ。自分は、一方通行やスズメバチとの闘いになんの決着も着けられぬまま息絶えるのだ。
リンゴォ・ロードアゲインはひとり静かにそう悟った。

「これから一緒になるんだから教えてあげる。この身体の名前は千手観音。以後、よろしくね」

「リンゴォさん!」

響く、己の名を呼ぶ声に、視線をそちらに向ける。
あの静謐な男らしいフェイス。なにより、スズメバチとまったく同じ顔の男。
間違いない。ゆうさくである。

「おい、てめえ何してんだよ、こんなことしてタナトス...タダで済むと思ってんのかよ!」
「またまたいい男じゃない。あなたともお友達になりたいわぁ」
「いいから離せよ!」
「去れ...この果し合いにお前は...」
「待っててね、この人を食べたら次はあなただから」

千手観音の灯篭が掲げられ、光を伴い始める。
それを見たゆうさくは駆け出し、千手観音を止めようとする。

「よせ...!」

リンゴォの掠れた声はゆうさくには届かない。
このまま突っ込めば、ゆうさくは間違いなく熱線の餌食となる。
それを知らないゆうさくは、躊躇いなく突き進み、千手観音へと肉薄する。

そして、無情にも熱線は放たれ、ゆうさくの胸板を貫いた。



「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ↑↑↑」

喘ぎと共に微振動し青ざめていくゆうさく。

「アーイクッ...」

ち~ん

どこからか響く鈴の音と共に、ゆうさくの身体が45度傾いた。

『無謀な特攻には気をつけよう!』

そして軽快な音楽と共に空は漆黒に覆われ、燦然と輝く上記の文字のもと、三人に分裂したゆうさくは真顔でシャツ越しに乳首を弄っていた。


「???」

さしもの千手観音も、眼前の光景に疑問符を浮かべ動きが硬直する。


「「「てめえふざけんなよ、こんなことしてただで済むと思ってんのかよ」」」

分裂したゆうさくたちが同じセリフと共に再び駆け出す。

灯篭を掲げ、発射される熱線は三人のゆうさくの胸板を貫いた。



「「「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ↑↑↑」」」

喘ぎと共に微振動し青ざめていく三人のゆうさく。

「アーイクッ...」

ち~ん

どこからか響く鈴の音と共に、三人のゆうさくの身体が45度傾いた。

『射程外からの遠距離攻撃には気をつけよう!』

そして軽快な音楽と共に空は再び漆黒に覆われ、燦然と輝く上記の文字のもと、三人ずつ、計九人に分裂したゆうさくは真顔でシャツ越しに乳首を弄っていた。


「えぇ...」

流石に困惑の色を隠せない千手観音に構わず三度走りだす9人のゆうさく。
ならば今度は、と接近してきたゆうさくの腹部を蹴り上げ吹き飛ばす。
千手観音の力で蹴り上げれば、並大抵の人間ならばそれだけで死に至る。

「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ↑↑↑」

吹き飛ばされた先で悶絶するゆうさくを他所に、残る8人のゆうさくが千手観音を囲みささやきかける。

「ちょっと座れよ」
「お前、いい太股してんじゃーん」
「乳首感じるんでしたよね?」
「どうだぁ、逃げまくって汗まみれになった腋のニオイは」
「俺の乳首...舐めてくれよ...」
「俺のチンコ舐めてくれよ...」
「もう我慢できねえ...お前のチンポ、ぶち込んでくれよ」
「お前のデカマラ突っ込んでくれよ」

「~~~~~~~~!!!!」

千手観音の取り込んだ一人、南京子の女性部分がゆうさくの囁きに嫌悪から拳を振りぬき8人のゆうさくを纏めて吹き飛ばす。

「「「「「「「「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ↑↑↑」」」」」」」」


喘ぎと共に微振動し青ざめていく八人のゆうさく。

「「「「「「「「アーイクッ...」」」」」」」」

ち~ん

どこからか響く鈴の音と共に、八人のゆうさくの身体が45度傾いた。

『唐突な性交渉には気をつけよう!』

そして軽快な音楽と共に空は再び漆黒に覆われ、燦然と輝く上記の文字のもと、更に三人ずつ、計二十七人に分裂したゆうさくは真顔でシャツ越しに乳首を弄っていた。

「なんなのよあんたはあああああぁぁぁぁぁ~~~~~!!!」

千手観音の額に筋が走り、迫り来るゆうさくたちをひたすらに狩り続ける。

その度に注意喚起と共に増殖していくゆうさくを、怒りのままにただただ狩り続ける千手観音の図がそこにあった。


千手観音から解放されたリンゴォは、虚空へと喚き散らしている千手観音を呆然と見つめていた。

「なにをした?」
「俺の力で幻覚を見せてるだけだ。下手に触れると目が覚めるから気をつけてくれ」

理屈はわからないが、いま千手観音に起きている異常はゆうさくが引き起こしたもので間違いないようだとリンゴォは確信する。
ならば。

カチリ。

「―――ッ!!」

額に突きつけられる銃口に、ゆうさくののどがヒッと鳴る。

「なぜ邪魔をした」

ゆうさくの身体が震え始めるも、その双眸だけはしっかりとリンゴォを見据えている。
ゆうさくとてわかっていたのだ。リンゴォは決闘に重きを置く男。
ゆうさくからしてみれば、あの千手観音との闘いは決闘とはいえないほとんど私刑(リンチ)染みたものでしかなかったが、それでもリンゴォにとっては果し合いには変わらない。
そんな男の戦いを邪魔すれば、こうなることはなんとなく察していたのだ。

それでもなおリンゴォを救ったのは、彼に頼みがあるからだ。

いまこの場では、リンゴォくらいにしか出来ない頼み事が。

「スノーホワイトを助けてほしい」
「なに?」
「あの子はあのスズメバチと戦っている。だが、一人ではとてもじゃないが厳しいものがある。頼む、あの子を助けてくれないか」
「......」

リンゴォは、数秒の沈黙の後、そっと銃をおろした。

「やつが選んだ道ならば...俺には関係のないことだ」

くるりと背を向けつつ言い放ったリンゴォ。
その言葉に、ゆうさくの感傷はマグマのように噴き上がった。

「てめえ調子に乗ってんじゃねーぞ!」

力づくで振り向かせ、地面へと己の身体諸共押し倒すゆうさく。

「ごふっ」
「意地張ってるだけじゃどうしようもないんだよ!ちゃんと誠意見せてくれよ!」

ゆうさくはリンゴォの胸倉をつかみ上げ、唾と共に怒声を浴びせる。

「何で恩人の手助けひとつできないんだよ?男の世界だとか決着だとか、なんでも綺麗な言葉で済むと思ってんだろ?」

「...離せ」

「おたく、あの子に礼を言ったんだろ?ならあの子が困ってたら助けるのが誠意ってモンだろ」
「恩のひとつも返せないヤツが男だなんだと偉ぶるんじゃねえよ!親の顔が見てみてえわ、ったくよぉ」

「離せと言っている」

ガッ。

リンゴォの掌がゆうさくの口元を覆い、呼吸を塞ぐ。

「もふっ!?」
「結果を逸るな」

驚き硬直したゆうさくを退け、リンゴォはパンパンと服を掃いつつ立ち上がる。

「後でお前にはあの銅像との闘いを穢した罰は受けてもらう。だが、それはやるべきことをやってからだ」
「!...ハイ、喜んで」





ビビビビビビビビビビビビビビビビビビ

蜂と魔法少女がにらみ合う。

ゆうさくが去ってから既に5分は経過している。

彼らは互いに一度たりとも動いていない。

この少女を殺さなければ進めない。

この蜂からゆうさくさんを守らなくちゃいけない。

互いにやるべきことはわかっている。だが、彼らの現状はそれを容易くは許してくれない。

スズメバチは一方通行の攻撃の余波やホルホースの攻撃で傷つき体力の消耗も激しい。
この広い会場、この身体で、果たしてゆうさくに再び遭遇できるのか。
よしんぼできたとしてもすぐに逃げられてしまえばどうしようもない。
故に、最小限最大の効率でこの少女を殺し、少しでも体力を温存しなければならない。


スノーホワイトは武器を持たない魔法少女だ。
もしもこの場にいるのがラ・ピュセルであれば、その伸縮自在の剣でやりようはいくらでもあっただろう。
だが、徒手空拳ではスズメバチの針を防ぐのは困難であり、一撃必殺であるが故に一度でも受けるわけにはいかない。
支給品である発煙弾も、スズメバチを見失う可能性がある以上、下手に使えば逆効果だ。

そんな二人の現状が、この硬直状態を作り上げていた。


(まだ...動けない...)

にらみ合いの緊張感で、スノーホワイトの背に冷や汗が伝う。

(ゆうさくさんはどこまで逃げられたかな)

ここは曲りなりにも殺し合いの場だ。
スズメバチ以外にも危険な存在はいるのかもしれない。
できれば他の優しい人、それこそそうちゃんのような人と合流してくれればいいのだが。

(とにかく、いまはわたしのできることをやらなくちゃ)

いま、スノーホワイトが出来ること。それは、このスズメバチを倒すことである。
倒す―――それ即ち、スズメバチを気絶させ拘束すること。
スノーホワイトは機を伺う。確実に、スズメバチを無力化させることのできるその瞬間を。

【死にたくない】

「え?」

声が届いた。
ゆうさくに酷似した、スズメバチの『困った声』が。

【早くゆうさくを刺さなくちゃ...注意喚起してこんなところから抜け出さなくちゃ...!】

それは心からの叫びだった。
ゆうさくを刺すためだけに生きているような奇天烈な存在とは思えない、素裸な悲鳴だった。

「...死にたく、ないの?」

そんな救いを求める声を、魔法少女・スノーホワイトが見過ごせるはずもなかった。

ビビビビビビビビ

【死にたくない...怖い...】

(この蜂も私と同じだ...この殺し合いを怖がってる...)

スズメバチとて巻き込まれた参加者の一人だ。
死を恐れ、生を望む、自分となにも変わらない被害者だ。
だったら...

ゴクリ、と唾を飲み込み、彼女は意を決した。

「一緒に、脱出しませんか」

ピタリ、と羽音が鳴りやんだ。

「死にたくないのは当たり前です。あなただけじゃない。私だって、死ぬのは怖い」
「でも、だからって、ゆうさくさんを殺すなんてだめです!ゆうさくさんだって、巻き込まれた被害者なんですよ!」

人が殺される。
それは対象が自分でなくても、近しい人ならば絶望に打ちひしがれ悲しみに暮れる他なくなるほど悲しいことなのは身に染みてわかっている。
岸辺颯太が死んだと聞かされたとき、自分もそうだったのだから。

「ゆうさくさんにだって悲しむ家族がいるんです。...私達はまだなにもやってない。なのに、こんな全部を諦めるようなことはやめましょうよ。みんなで力を合わせれば、きっと...」

スズメバチとは本来、人間に駆除の対象とされる生物である。
いまのスノーホワイトは、そんな生物と共に手を携え生き残ろうと訴えかけている。
なんとも珍妙な光景だろう。
だがそれでも、颯太やシスターナナ達のような憧れの魔法少女で在り続けたい。

その想いは、スズメバチ相手でも揺らぐことはなかった。

「......」

沈黙が訪れる。
草木をざわめかせる風が、スノーホワイトの身体を冷やしていく。

――――ビンビンビン

羽音が再び鳴り始める。
しかし、そのスピードは、ゆうさくを刺そうとした速さには程遠く。
まるで友好的に歩み寄っているようにすら思えるほどゆっくりだった。

ゆうさくを刺すという執念じみた声も、死に怯える声も、もうスノーホワイトには聞こえなかった。


(わかってくれた...!)

スノーホワイトの瞳から涙が滲み出す。
例え、どんなに不条理なルールでも。例え、どんなに理不尽な世界でも。
人を想う心があれば、必ず解りあうことができる。
現実は、そんなに甘くないことはわかっている。
けれど、いまこのときだけでも、その甘く優しい夢を叶えられる。
そう実感すれば、涙を抑えることはできなかった。

「一緒に、生き残りましょう」

チクッ

差し出した手は、繋がれなかった。

「え...」

乳首に刺された針が抜かれると、スノーホワイトの身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。

「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ」
(なんで...)

思わず漏れ出る喘ぎ声に振り向きもせず、スズメバチは羽音と共に飛び去っていく。
スズメバチの心の声が聞こえなくなったのは、恐怖や困惑が消え、スノーホワイトに賛同したからではない。

獲物が無防備な姿を晒したために、殺すと決めただけのことである。

なにもできない。
ただただ凍りつくような寒気だけが、彼女の全てを支配する。

「あ...逝...」

涙と共に流れる嗚咽が、彼女の意識を消していく。

最期に届いたのは、誰かの声。

「それが『死』だ。その恐怖を他者に与えることを受け入れられなければ、お前は―――」

どこかで聞いた、男の声。


【スノーホワイト(姫河小雪)@魔法少女育成計画 死亡】カチリ






(わかってくれた...!)

スノーホワイトの瞳から涙が滲み出す。
例え、どんなに不条理なルールでも。例え、どんなに理不尽な世界でも。
人を想う心があれば、必ず解りあうことができる。
現実は、そんなに甘くないことはわかっている。
けれど、いまこのときだけでも、その甘く優しい夢を叶えられ―――。

「えっ―――」

走馬灯のように、乳首を刺された像が脳裏に浮かび上がる。
ゆっくりと近づいてくるスズメバチが、ただの奇天烈な存在ではなく、死を運ぶ死神にすら見えてきてしまう。

「ひっ!」

全身が震え上がり、伸ばした手を思わず引っ込める。
怖い。
痛みが。蘇る寒気が。あの孤独感が。受け入れ難い嫌悪感が。

「ゃ...こないで...!」

瞳から涙があふれ出す。
安堵からくる暖かいものではなく、恐怖で凍てつくような涙が。

尻もちすらつくスノーホワイトにお構いなしに、スズメバチは前進を続ける。

身体の自由すら奪うほどの恐怖に、スノーホワイトは涙と共に瞼を閉じた。

ドゥオン

銃声が響く。

弾丸は、スノーホワイトの頭上を、スズメバチの頬を横切り虚空へと消えた。

「これで借りは返した。まだ言いたいことはあるか?」
「いいえ、バッチリ」

スノーホワイトは、瞼を開け、振り返る。

リンゴォ・ロードアゲインとゆうさく。

スノーホワイトの目には、二人の男の姿が、弱者を守る騎士のようにすら見えた。


「立てるか、スノーホワイト」
「ゆうさく、さん、リンゴォ、さん...」
「悪い。助けを呼びにいったけど近くにはリンゴォさんしかいなくて...」
「...やはり、お前たちは戦場(ここ)にいるべきではない。受身の対応者は下がっていろ」

スノーホワイトを気遣うゆうさくを下がらせ、リンゴォはスズメバチと対峙する。

ビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビン

スズメバチは、獲物を屠るのを邪魔されたことに苛立ったのか、空をジグザグと飛び回りリンゴォを威嚇する。

「...本来ならば、『果し合い』の横槍は俺の望むところではない」

リンゴォは静かに蜂へと語りかける。

「だが、先ほどのは闘いとすら言えなかった。スノーホワイトは自ら戦意を放棄した。お前はそれを受け入れず彼女を刺した。こんなものを闘いとはいえないだろう」
「もちろん、決闘ではないとはいえ、お前がやつを殺すこと自体に文句は言えまい。逆も然り。決闘でなければ、俺がいつあいつへの借りを返そうが問題はない...違うか?」

知ったことか。
スズメバチが殺意を伴った速さで接近する。

ドゥオン

放たれた弾丸はスズメバチの脇を過ぎ虚空に消える。
見えなかった。引き金を引いた瞬間すらまったく感知できなかった。
その抜き打ちの早さに、スズメバチは警戒心を引き上げ、一旦距離を空ける。

「今のも威嚇だ。ここでお前を撃ち殺せば『公平』ではなくなるからな」
「リ、リンゴォさん」
「スノーホワイト」

振り返ることなくかけられる声に、スノーホワイトは思わずビクリと震え上がる。

「俺はお前を否定する訳ではない。お前がそのやり方でこの先何人の人間を救おうが、それを咎めることなどしない。だが」
「俺は『公正』なる果し合いを完遂し、人として未熟なこの俺を聖なる領域へと高める。その儀式を譲るつもりは毛頭ない」
「どうしても納得できなればせめて知ってくれ。世の中には、決して交わらない道があるということを」

そう言うリンゴォの手は震えている。
やはり、まだ拭いきれていない。
果し合い前の恐怖や緊張も、スズメバチへの恐れも。

フゥ、と息を吐き呼吸を整える。

「...自己紹介をさせていただく」

そして臨む。
自らを高める為の公正なる果し合いへと。

「オレの名はリンゴォ・ロード・アゲイン。配られた支給品はこの一八七三年型コルトのみで、使用する武器はこれだけだ」
「オレのスタンドの能力の名は『マンダム』。ほんの6秒。それ以上長くもなく短くもなく。キッカリ『6秒』だけ時を戻すことができる」
「だが...お前は一方通行のように能力者ではない。故に、この能力は使わない」

一方通行への果し合いに臨んだとき。
リンゴォは己が圧倒的に不利であるにも関わらず、能力を行使した。
それは、一方通行もまた公正なる果し合いを望み、リンゴォだけが能力を使わぬまま負ければ、それは彼への『公正』さを欠く為である。
だから、この果し合いでは能力は使わない。正真正銘、銃だけで果し合いへと赴く。

時刻は早朝をまわり、太陽が昇り始める。

「よろしくお願い申し上げます」

光り輝く道は、すぐそこにある。


【F-3/一日目/早朝】

【スズメバチ@真夏の夜の淫夢派生シリーズ】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、怒り、全身傷だらけ。死への恐怖。
[装備]:
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:注意喚起のためにゆうさくを刺す。邪魔者も刺す。

0:ゆうさくを刺す。邪魔するならこのダンディなひげ男も刺す。
1.白い少女(スノーホワイト)に激怒。
2.ビンビンビンビンビンビン……チクッ


【リンゴォ・ロード・アゲイン@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、脇腹に銃創、精神的疲労(大)、両腕にスズメバチの毒液による炎症(大)、ずぶ濡れ
[装備]:一八七三年型コルト@ジョジョの奇妙な冒険 スティールボールラン
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:公正なる果し合いをする。
0:ハチと決着をつける
1:一方通行との果し合いに決着をつける
2:受け身の対応者に用はない
3:千手観音との果し合いに決着をつける。




【ゆうさく@真夏の夜の淫夢派生シリーズ】
【状態】疲労(絶大)
【道具】基本支給品、ランダム支給品1
【行動方針】
基本:希望感じるんでしたよね? 
0:スズメバチには気を付けよう! 
1:スノーホワイトを保護する。 
2:スズメバチ対策をする。 
3:スノーホワイトに協力する。 

※注意喚起という形で幻術を使うことができます。
効果は以下のとおりです。
  • 対象(最大でも2人まで)に注意喚起(ゆうさくが三人に増えて乳首を弄る礼のアレ)の幻惑を見せることができる。ただしゆうさくの体力は大幅に減る。
  • 一度魅入られると倒す度にゆうさくは増えていく。
  • 注意喚起を見せられている者はその間に攻撃されても幻惑のゆうさくがダメージを肩代わりしてくれる(その場合はゆうさくの幻惑が消滅する)。幻惑が肩代わりってこれもうわかんねえな
  • 最大継続時間は10分にも満たない。
  • スズメバチにはこの幻惑が効かず、使ったが最後、ゆうさく本体が刺されてしまう。



【スノーホワイト(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
【状態】死への恐怖(絶大)
【道具】基本支給品、ランダム支給品1、発煙弾×1(使用済み)
【行動方針】
基本:殺し合いなんてしたくない… 
0:死ぬの...怖い...
1:同じ魔法少女(クラムベリー、ハードゴアリス、ラ・ピュセル)と合流したい
2:そうちゃん…
※参戦時期はアニメ版第8話の後から
※一方通行の声を聴きました。
※死への恐怖を刻まれました。



『展開からの置いてきぼりには気をつけよう!』

「やかましわああああああああ!!」


【E-4/一日目/早朝】

【千手観音(宮藤清)@GANTZ】
[状態]:健康、人間に対する激しい殺意、殺すと三人に増えて己の乳首をまさぐり注意喚起してくるゆうさくの幻影に取り付かれている
[装備]:(燈籠レーザー)
[道具]:基本支給品×2、不明支給品1~3 、銃剣@とある魔術の禁書目録(南京子の支給品)
[思考・行動]
基本方針:黒服を含めた全参加者を皆殺しにする。元の世界(ミスミソウの方)に戻ったら全員殺す。 
0:なんだこのおっさん!?
1:同胞を殺した黒服(ガンツメンバー)は優先的に殺害。 
2:友達を増やす(参加者を殺して脳を食べる)。 




※参戦時期は宮藤吸収後で加藤勝の腕を切断する直前です
※南京子の知識と記憶を手に入れました。
※南京子と宮藤清の記憶が同居しています。






不安という名の影、戦い続けるのさ スノーホワイト I wanna be...(前編)
ゆうさく
リンゴォ・ロードアゲイン
警鐘 スズメバチ
ともだち100人できるかな 千手観音
最終更新:2018年10月13日 23:53