SMバー平野で医療品を探していた上条当麻は、目を覚ました少年、岸部颯太の応急手当をしていた。
軟膏や氷など、ある程度のものは揃っていたためさほど苦労せずに施せそうなのは幸いだろう。

「......」
「......」

互いの名前を交わし合った後、黙々と手当を進める二人の間には気まずい沈黙が流れていた。
颯太が目を覚ましたのは、ちょうど当麻が股間を握っていた時であった。
恐怖でヒッ、と喉を鳴らした颯太と慌てて手を離し弁明を捲し立てた当麻。
当然、現場は混沌と化したのだが、虐待おじさんがいないことを確認した颯太はへたへたと壁に背を預け、当麻の弁明をどうにか聞き入れていた。

聞かされた内容は『介抱しようとしたらスッ転んで偶然股間を掴んでしまった』。

創作物でのお約束のような事柄を聞かされた颯太は訝しんだが、当麻の傍らに置いてあった医療道具の存在から、少なくとも介抱しようとしてくれたのは嘘ではないと信用し、手当を任せていた。
ただ、如何にハプニングといえど見ず知らずの他人に股間を弄られては壁ができるのは摂理。
当麻も当麻でほんのり固く感じた気がする少年の股間を触ってしまった直後に気さくに振る舞うことなど不可能。
それ以前に下手に接すれば『ホモのレベル0、少年を襲う』などとあらぬ風評被害を広められてしまう。
そんなことは避けたいに決まっている。殺し合いという環境であるということもそうだが、巨乳好きのイチ男子高校生としてもだ。


そんな二人の間に沈黙が流れてしまうのもまた仕様がないことだろう。

(と、とりあえず葛城さんみたいに悪い人じゃ...ないんだよな?)

チラチラと当麻を見つつ、颯太は信頼を秤にかける。
当麻は気まずそうな雰囲気を醸しつつも、先程から丁寧に手当を施してくれている。
もしも彼がおじさんのように異常性癖者であれば気まずそうにもしないし、クラムベリーのような暴君であれば手当すらしてくれない。
殺し合いに乗った者であれば、わざわざここまで手を尽くす必要もないだろう。
未だに股間に残る感触に恐怖は抱くが、だからといってこのままでは非常によろしくない。
自分にとっても、彼にとっても、いまもこの会場のどこかで怯えているであろう小雪にとってもだ。

「あ、あの!」
「は、はいっ!?」

突然の大声に、当麻の身体がビクリと跳ね上がる。
自分でも驚くほどに出てしまった声に動悸が高まる。
いけない。これではハプニングを責めるように思われてしまう。
自分が聞きたいのはそんなことではない。聞きたいことは...

「えっと、上条...さんでいいのかな。上条さんは僕に会う前に誰かに会いませんでしたか!?特に、こう、全体的に白い印象が強い女の子とか!」

またも出てしまった大声に、『しまった、僕はなにをやっているんだ』と頭を抱えそうになるが、その必死さが逆に功を制したのか。
当麻からは先程の低姿勢な表情は消え失せ、真剣な面持ちに変わった。

「いや、俺が会ったのはまだ岸辺達だけだ。支給品を使ってたまたまこの家を見つけたんだ」
「そう、ですか...」

もしも小雪と彼が出会っていたら。
そんな淡い期待を込めたが、そこまで都合よくいくはずもなかった。
考え方を変えれば、彼女と当麻が出会っていなかったのはむしろ幸運だったかもしれない。
無垢な彼女に、あんな破廉恥で不様な醜態を晒すハメにならなかったのだから。

「なら、僕は行きます...手当、ありがとうございました」

傷ついた身体に鞭をうち歩き出す。
クラムベリーの時のように後々にまで影響するような怪我ではなかったのは幸いか。
走ろうと思えばいまからでもすんなり走れそうだ。
しかし、そんな颯太の当麻は右腕で掴み押しとめる。

「待てよ。お前が探してる奴の居場所にあてとかはあるのか」
「......」
「だったら」
「離してくれっ!」

当麻の気遣いを嬉しく思う反面、一刻も早く小雪と合流したいという颯太の衝動は抑えられない。
もしも小雪が葛城の毒牙にかかってしまえば、いやそれ以上にあのクラムベリーと小雪が遭遇してしまえば。
その悪寒がついて離れない。
だから、ここは彼を振り払ってでも先を急ぐ。
端末を手にし、魔法少女ラ・ピュセルへと変身する。

キュピーン。

それは、颯太が魔法少女に変身した音ではなかった。
当麻の右腕は。異能力をうち消す『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。
その能力は颯太の使用する魔法の端末にも影響を及ぼした。
それとは知らずに自分が変身したと思い込んでいる颯太は、魔法少女の力で振りほどこうとする。

「のわっ!?」
「えっ、わあっ!」

魔法少女にならなければ所詮は男子中学生の力だ。
結果、振りほどくには至らず当麻を引き寄せる形になり、バランスを崩した颯太は背中から倒れ込み当麻はそれに覆いかぶさる形になる。

そして。

「ったた...あっ」

ピッタリと重なる下半身。布越しに擦れあうふたつの肉棒。
片やスポーツで、片や潜り抜けてきた死線により引き締まった胸板は押し付けられた先端同士を布越しに掠めあい。
吐息がかかるほどに近づくは二人の顔。
颯太の、当麻の、互いの鼓動がドキドキと激しく波打ち、頬を紅潮させ、そして―――

「ッ、わ、悪い!」

当麻は慌てて飛び退き、颯太もまたすぐに立ち上がりはだけた服のズレを直す。
二人は互いの感触に顔を真赤に染め、未だ高鳴る鼓動を収めるために左胸に手をあてる。

いまの一件を意識しないよう、二人は互いに背を向ける。

颯太は胸に手をあてつつ思う。

(なんで変身できないんだ。そ、そういえばファヴからは魔法少女の正体を知られちゃいけないって聞いたけど...だから変身できないのか?だとすれば僕はこれからどうすれば...!)

己の失態を嘆きつつも、チラリ、と当麻の背へと視線を向ける。

おかしい...おじさんに触られた時は嫌な気持ちしかなかったのに。
どうして僕は...彼に対しては、こんなにもドキドキしているんだ。

かつてシスターナナやトップスピード等魔法少女たちの露出度に悶々としていた感覚に近く、しかし確かに違っている気もする。
そんな得も知れぬ気持ちに、思春期の少年、岸部颯太はただただ戸惑っていた。


当麻は胸に手をあてつつ思う。

つい押し倒す形になってしまった颯太。
シャツがはだけ、息を切らし、ほんのりと頬を染める彼の姿が何故かとても色っぽく見えた。
もしもあのまま見つめ合っていればその薄紅の唇へとおそらく...

(いや、ワタクシ上条当麻にそっちの気はありませんことよ!?)

脳内で己を必死に自制しつつも耐え切れず、頭をブンブンと振るう。

記憶喪失であるために自分の性癖も完全には把握できてはいないが、金髪巨乳お姉さんの胸に顔を埋めた時にはちゃんと男子らしい反応ができた。
具体的に言えば、ぶつかったお詫びは握手とキスのどちらがいいという質問で、キスがいいですと答えることができたくらいだ。

確かに颯太は可愛らしい顔立ちをしている。だが、彼は女ではない。れっきとした男だ。
自分の下半身についているブツもついているし、身体だって女の子みたいなものではなくそこそこに引き締まっている。
そう、相手は男だ。いくら可愛くとも男だ。声が明らかに少女的なものといえど男なのだ。どんなに愛くるしくとも男である。

(落ち着け、思考がわけわからなくなっている。そうだ、相手は男だ。男だ。男なんだ!!)

何度も言い聞かせ、ようやく顔の火照りが収まった当麻は改めて颯太へと向き合う。

「さっきの続きだけど、俺にも探したい奴はいるんだ。だからまずは落ち着いて話し合おう」
「でも...」
「別れて行動するにしても、一緒に行動するにしても。お互いに探してる奴の名前とか特徴とか、支給品に使えそうなのがないかとか、最低限知らなきゃいけないこともあるだろ」
「う...」

いつもなら、こういった切羽詰った場面で無茶をするのは自分であり、周囲の、特にインデックスや小萌先生らに心配をかけてしまうものだ。
だが、いま目の前に自分以上に無謀に突っ走ろうとする者がいれば彼も止める側になる。かつて御坂が己の命を一方通行に差し出し妹達を助けようとした時もそうだった。
ただ、今回はあの時の彼女とは違い言葉だけで大人しくなったためだいぶ楽ではあるが。

「んじゃ、まずお前から...さっき言ってた白っぽい女の子の名前は?」
「...スノーホワイト。背は小さめの女の子で、たぶん僕みたいに赤い首輪を嵌められてる。それとクラムベリーには絶対に気をつけてくれ。あいつは物凄く危険で、僕も一度殺されかけた」
「クラムベリーか...森の音楽家なんてついてるから穏やかな感じかと思ったけどとんでもなくヤバイ奴みたいだな」
「その上実力もかなり高い。僕の知る中で一番厄介なやつだ。あと僕を苛めてたのは葛城蓮さん。名簿にはないけど、『虐待おじさん』っていうあだ名みたいなのがあの人のことらしい。上条さんの方は?」
「俺が探してるのは御坂美琴と白井黒子。二人とも中学生だが、御坂は電撃使いで、白井は瞬間移動を使える。一方通行って奴もいるが、こいつは能力は知ってるがこの殺し合いでどう動くかはよく分からない。
ただ、もしも殺し合いを止めるのに協力してくれればかなり頼もしいだろうな。...俺はあまり気が進まないけど」

電撃、瞬間移動。それらを纏めたような『能力』という単語。
聞きなれはするものの、その創作染みたものに颯太は思わず首を捻る。

「えっと...その、つかぬことを聞くけど、さっき言った三人は、魔法少女...だったりするのかな」
「は?」

魔法少女。そのメルヘンな響きに、当麻は思わず怪訝な顔を浮かべてしまう。
確かに知り合いには魔術を使う者達はいる。だが、彼らは全てが少女ではなく男の魔術師もいる。
それらを全て『少女』と括るのは無理があるというものだ。

「えーっと...いま、学園都市の外じゃ能力者(あいつら)は魔法少女って呼ばれてるのか?」

言いながら、彼の脳裏に過ぎるのは挙げた三人の魔法少女姿。
御坂と黒子は、まあ、なくはないだろう。性格はともかく、正義感が強く器量もいい彼女達だ。
常盤台の行事についてはそこまで詳しくはないが、なんらかの拍子でそういう特撮に出ることはあるのかもしれない。
では残りの一方通行は...うん、ない。これは絶対にナイ。
1部のお姉さま方には喜ばれるかもしれないが、メイン視聴者である子供達は絶対に泣くぞ。

「あ、いや、覚えがないならいいんです。...って、学園都市って、どこでしたっけ」

会話を重ねていくうちに、二人は互いの常識がズレていくのを理解していく。
当麻からしてみれば、颯太は東京西部の未開拓地を開拓してつくられた学園都市の存在すら知らず、『異能力者』を『魔法少女』と結びつける少年。
颯太からしてみれば、電撃使いや瞬間移動だの学園都市だのと、明らかな空想にのめりこんでいるある種危ない青年。

互いが互いをこう思う。

『こいつ、変な奴なんじゃないか』と。

その空気もまた、互いに察し合い、どうにか疑惑を晴らそうと頭を捻る。

先に動いたのは颯太だった。

「その、僕は上条さんの言ってたような異能力についてはよくわからないんだ。よければ見せてくれると嬉しいかな...って」

颯太は可能な限り、当麻を気遣う言葉を選びぬいた。
空想をすることを否定するつもりはない。空想は創作やサッカーの練習をする上でも大切なことだ。

ただ、いまソレに縋るのはかなり危険である。
有りえもしない超常現象を信頼し、いざ現実に直面したのが戦闘中などという悲劇が起こりかねないからだ。
だから、いまここでその幻想を壊さなければならない。自分は超能力者なんかじゃない、という現実を突きつけるのだ。

対する当麻は、困ったように頬を掻きながら返答した。

「...俺、レベル0なんだ。持ってるのは幻想殺し(イマジンブレイカー)って、この右手で触れた異能力を打ち消す能力だけ。だから、ここで見せてみろっていうのも難しいんだよな」

颯太はうっ、と喉を詰まらせる。
マズイ。彼の妄想癖はかなり深刻だ。
どうあがいても自分を『超能力に携わる人間』として扱いたいらしい。他の人には電撃使いや瞬間移動なんて派手な能力を付与し、自分には能力を打ち消すなんて地味な能力を捏造してまでだ。
能力を打ち消す能力なんて、どうやって『ない』と証明すれば...

(そうだ、さっきは変身できなかったけど、魔法少女が正体を知られると変身できないルールは、まだ生きてるのかな)

もしも魔法少女に変身できれば、彼に触れさせることで、幻想殺しなんて能力がないことを証明できる。

それだけではない。
現状、魔法少女の変身は颯太の生命線だ。
もしも赤首輪の颯太がこの先ずっと変身できなければただのカモでしかない。
たまたま上条が優しく、その気のない人間だったからこうして無事なものの、いまは殺し合いだ。
命惜しさに狙ってくる者もいるだろう。

(いますぐに変身して確かめたい...けど)

チラ、と上条へと視線を向ける。
相手は自分よりも年上の男であり、魔法少女モノとは無縁そうな風貌をしている。

(そうなると、僕が魔法少女なことを知られちゃうんだよなぁ)

岸辺颯太は魔法少女が大好きだ。
魔法少女モノのアニメや漫画を見ては、性的興奮を醸し出す...という訳ではない。
純粋に、好きな作品の趣向が、そこに込められた神秘性や勇気のようなヒーローの象徴がすきなのだ。

だが、日本と言う国は漫画やアニメに富んでいる一方で、マイノリティーな趣向に厳しい国でもある。
元の世界で魔法少女が好きなことを周囲に隠してきた。男子中学生が魔法少女を好んでいるなどと知られれば、どんな噂が立てられるか溜まったものではないからだ。
少なくとも、イイ噂などなく悪い方向のものだけだと断言できよう。
実際、もしも目の前の当麻が魔法少女ものが好きだと公言すれば、まず最初は奇異的な目で見てしまうだろう。

そして、最終的には変態の烙印を押され二度とあのサッカー部としての青春を歩めなくなることだろう。
だが、そのリスクを孕んでいても、自分が異端だと理解していても、魔法少女への愛情と情熱は止めることができない。

魔法少女を愛する(重ねて言うが性的な意味ではない)心は決して失わない。同じく魔法少女愛好家の小雪以外の人にはこのままバラさず、墓まで持っていければ理想だろう。


そもそも女の子に変身するというだけでもかなり恥ずかしいものだ。
そのため、ここで魔法少女に変身するのはやはり躊躇われてしまう。

(...いや、いまは生死がかかっているんだ。恥を恐れてなんになる)

もしもこうして恥を恐れている内に小雪が危険人物、特に葛城なんかに襲われたら身も蓋もない。
多少の恥は忍んで書き捨てだ。

「上条さん」

当麻の両肩を掴みながら、真剣な眼差しで真っ直ぐに見据える。

「これからなにが起ころうとも、決して変な目でみないでほしい」
「あ、ああ」

あまりにも強張った表情の颯太に押され、当麻は理由も知らぬままつい同意してしまう。

肩から手を離し、くるりと背を向けた颯太のマジカルフォンが輝きはじめる。

(行こう―――変身)

颯太の身体を淡い光が包み込み、衣装と姿が変わっていくのを見て颯太はひとまず安堵する。
先ほどは魔法の端末が不調だったのか、それとも『正体を知られてはいけない』ルールに反していたのか変身できなかったが、今回は無事に変身することができた。
このバトルロワイアルがファヴの管理から離れているせいなのかはわからないが、いまはただこの幸運に感謝するべきだろう。

クルリ、と振り向けば、目の前で起きた光景に思わず目を瞬かせていた当麻が視界に入る。
少年が文字通り少女になったのだ。己が目を疑うのも無理はない。

「えと、その姿は?」
「...僕は、魔法少女なんです」

魔法少女。再び聞かされたそのファンタスティックな単語はますます当麻を混乱に陥れる。
岸辺颯太は間違いなく男だった。不慮の事故とはいえ触れて確かめたのだから間違いない。
だが、眼前に立つ巨乳の美少女竜騎士は間違いなく少年が変化したもので。
少年なのに少女という矛盾する両者を見事に体現しているのだ。困惑するなと言う方が無理な注文だろう。

(海原に化けてたあいつが使ってたアステカの魔術みたいなものなのか?)
「さて。それでは触ってみてください」
「え?」
「僕に触れてみれば、幻想殺しを証明できますよね」
「ああ、なるほど」

明らかに摩訶不思議なものに触れることで証明する。これほど解りやすい方法もないだろう。

「よし。じゃあ触るぞ」

当麻の右手が女騎士へと伸ばされていく。
あと数センチで触れるというところで―――ピタリと止まった。

(なんだこの...得も言えない背徳感のようなものは)

鼓動がドキドキと波打つのを実感する。
自分に触れられるのを待つ巨乳美少女に手を伸ばす男子高校生。
今の絵面を顧みれば、どう見ても如何わしいソレである。

(土御門や青髪ピアス、特に青髪ピアスが今の光景を見たら泣いて喜びそうだな)
「そ、その幻想殺しって触るのは胸じゃないといけないんですか」
「えっ、いや、そういうわけじゃ」

颯太の指摘で自分の視線が自然と彼(彼女?)の胸に泳いでいたことを理解する。
そして、遅れて当麻と颯太の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
幻想殺しの効果の有無以上に、互いに羞恥心が沸いて出てきてしまったのだ。

(む、胸じゃなくてもいいが、こうなってくると恥ずかしさが...)

せめて御坂やインデックスのように多少の喧騒があれば勢いで触りやすいのだが、こうも受身になられれば手を出しづらくなってしまう。

(は、早く触ってくれ...でないと恥ずかしさで死にそうだ)

颯太もまた、現状を顧みて顔に出るほどの羞恥に襲われる。
思い返せば、自分のこの姿を鏡で最初に見たときは多少なりともやましい心を抱いてしまった。
その容姿で触ってほしいなどと頼めば、明らかに如何わしいソレである。

少年達は葛藤する。
己の内に潜む悪魔に。雄の本能に。
他の誰も見ていないが故に、倫理という自身を律する鎖を生み出す。

「―――よし、行くぞ!」

やがて、決意したかのようにそう強く切り出したのは、上条当麻。彼に応えるように、ラ・ピュセルは力強く頷く。
ここに第三者がいれば、たかだか能力を調べるだけで馬鹿馬鹿しい、と思う者もいるだろう。
だが、彼らは思春期の少年だ。彼らにとっては女体に触れる(触れられる)という行為は真剣に成らざるを得ないものなのだ。

当麻の腕が伸ばされ、ラ・ピュセルへとゆっくりと迫る。

ガチャコン。

触れる直前、階下の開閉音が二人の意識を奪い去る。

何者かがやってきた。

ラ・ピュセルはだんびらを手にし、当麻は淫夢くんを肩に乗せて臨戦態勢に入る。
だが、ラ・ピュセルの脳裏にはあの影が過ぎる。
自分を虐待したあの男、葛城蓮の背中が。

(っ...)

想起される忌まわしき記憶に全身が震え上がる。

(ダメだ。このままじゃロクに戦えそうにない。震えを止めなきゃ...)

ここで葛城が上がって来るなら好都合だ。
倒して無力化してしまえばそれで終わりだ。小雪にその暴威が届くこともない。
なのに、震えは止まってくれない。本能であの男に恐怖してしまう。

(止めるんだ...止め...)

「あんまり根詰めるなよ」

ぽふり、と頭に掌が乗せられる。

「さっきまでは一人だったかもしれないけど、今は俺がいる。あのおっさんが来ても、もうあんなことはさせねえから」

かけられる言葉に、身体が熱くなるのを感じる。
それは先ほどまでのどぎまぎとしたものではなく、彼の左掌から伝わる温もりの延長線上のようなものだ。
気がつけば、震えは収まりつつあった。

ギシ ギシ ギシ

急がず、しかし慎重にというほどでもない間隔で鳴る軋みは、来訪者が近付いていることを実感させる。

この部屋に扉はない。つまり、階段をあがれば即座に対面するのだ。

ゴクリ、と唾を飲み込む音が鳴る。

ほどなくして―――来訪者はその姿を露にした。



「食事、だと?」

野獣邸からさほど時間も経たぬ内に、そう提案した吉良に、左衛門は上記の言葉を投げかけた。

「ああ。私は規則正しい生活を旨にしていてね。こんな深夜に連れてこられ、ただでさえ生活リズムを狂わされて困っているんだ。朝食くらいはしっかりと摂っておかなくっちゃあな」

なにを戯けたことを、と言いかけた左衛門だが、お構いなしに傍の木に腰掛け、うまい棒を取り出し頬張る吉良を見てその言葉を飲み込む。

「食事といってもこんなものしかないからすぐに終わるがね。わざわざ足を止めたのは、歩き食いのような下品な行為が嫌いだからさ。食事はやはり腰を落ち着けて食べるのがいい」

吉良はうまい棒をゆっくりと租借し、味を堪能する。

「懐かしい味だ...特別好きだった訳じゃあないが、感慨深いものを感じるなぁ。左衛門、きみも食べておくといい」
「...それは、食糧なのか?」
「駄菓子とはいえ食糧であることは間違いないだろう。とはいえ、これだけではお腹は満たされないし、ちゃんとした健康的な食事が摂りたいものだが」
「...だがし?」

まるで未知の言語を聞いたかのような反応を示す左衛門に、吉良は思わず眉を顰める。
自分とて嗜むほどでもないため精通している訳ではないが、そんな自分から見ても、駄菓子の存在自体を知らないとはよほど歪んだ家庭で育ったとしか思えない。
知らない、ではなく食べたことがない、なら納得もできるのだが。

「ふーっ...左衛門、ひょっとしてそれはギャグのつもりかな?だとしたら、一度会話の基礎から学ぶといい。急に私にフられても反応に困るだけなんだ」
「ぎゃぐ...とはなにかのう」

もはや煽られてるのではないかとすら思えるほどズレていく会話。
普通の者ならば、ここで会話を打ち切り、極力、左衛門に話しかけないようにするだろう。
だが、吉良は良くも悪くも細かいことが気になる性質だった。
かつて、その手で倒した広瀬康一が、靴下を片方だけ反対に履いていたのを見つけたとき。彼は、すぐに跡形もなく消し飛ばすつもりだったのに、康一の靴下を自らの手で履き直させた。
何故か。抱いた違和感はすぐにでも消すことが、彼の心の平穏に繋がっているからだ。

(よく考えれば『左衛門』なんて時代劇でしか聞かないような名前じゃあないか。果たしてこれは本当に奴の名なのか?)

振り返り、自分の常識と照らし合わせれば、左衛門からはますます違和感が溢れ出して行く。
その口調に、時代劇染みた着物。そしてなにより、遭遇時の攻撃への躊躇いの無さ。
思い返せば返すほど、左衛門という男が自分の常識では測れなくなっていく。

そしてそれは左衛門も同じ事で。
顔立ちからして異国の者ではなく日本の人間であることはわかる。
だが、その装いは農民でも武士でもなく明らかに異国のものなのだ。
加えて、吉良は自分の知らないものをさも当たり前のように使いこなしている。
情報という面においては何者よりも優れている忍を差し置いてだ。


(わからん...いま、私達の間になにが起きている?それとも私がどうかしてしまったとでもいうのか?)
「左衛門...今日は1999年7月15日...そうだろう?」
「なにを...言っている。それは慶長何年の話だ」


ますます困惑にのまれていく二人。
吉良は、やたらと情報通な父との別行動を悔やむ他なかった。

(待てよ...いま左衛門は慶長と言ったな。それをそのまま信じるのなら、彼は過去の人間ということになる。もしやとは思うが、左衛門は私と生きてきた時間が違うのか?)

突拍子もない話だが、もしも如月左衛門が吉良の生きてきた時代よりも前に暮らしていた人間だったとしたら。
この発想に至れたのは、吉良が実際に過去の人間が現代に残る例を知っているからだ。
とはいっても、それは数年ばかりのもの―――即ち、先ほど別れた実父、吉良吉鷹のことだが。
しかし、彼も見方を変えれば『過去から来た人間』と定義できるだろう。

「左衛門。いま私達の間にあるズレを埋めるとしよう」

まだ仮説ではあるが、吉良は己の下した結論を左衛門へと語る。
最初こそは疑いの眼差しを向けていた左衛門だが、根拠を語られる度に疑念は薄れていき、次第に吉良の説へと信頼を傾けていく。

「そなたが三百年以上先の人間、か...信じる他はなさそうだ」

吉良が未来を生きる人間ならば。
真っ先に聞きたいのは甲賀と伊賀の戦いの結末だ。果たして未来へと存在を残したのは何れかか。
それらを問おうとした口は、しかし噤まれる。

いまここでそれを聞けば、自分が忍びの者であるのを晒すことになる。
それはならない。忍びはあくまでも影から国を支えるものであり、表に出ることは許されぬからだ。

「なにはともあれ、これで私達の間のわだかまりは解けたという訳だ。きみと私の常識が違うことだけを頭にいれておけばいい」

常識の相違とは争いの火種になる。ましてや時間が切羽詰った時に、各々の常識が対極にあれば尚更だ。
吉良も左衛門もそれは望まない。共闘はするものの、足を引っ張られては元も子もない。
二人が互いに求めるのはひとつ。自分ひとりでは手に余りそうな者を討ち、自身の生きた時代へと帰ることだけだ。

二人は休憩を切り上げ、周囲の探索を始める。

「吉良よ」

程なくし、左衛門が片膝を地に着け、地面を凝視する。

「足跡じゃ。それも、まだ新し目のな」
「ふむ。...これでは赤首輪のものか、それともそれ以外の参加者のものか...判断はできないな」
「現状は不明、か。ワシはこの足跡を追う。お主はどうする」
「私も共に行こう。きみに先走られても困るしな」

うむ、と左衛門は頷き、可能な限り気配を殺しつつ足跡を辿っていく。
やがて足跡が辿りついたのはSMバー平野であった。

左衛門と吉良は小さく頷きあい、音を立てぬようゆっくりとドアノブに手をかける。

が。

ガチャコン。

扉の施錠音が思いのほか響き、思わず二人は硬直してしまう。

「...そなたの時代の戸はこうもやかましいのか」
「そういう訳じゃないが...今ので気付かれたかもしれないな。退こうか?」
「いや。戸が開いてから微かに話し声が聞こえた。恐らく二人。となれば、わしらと同じ考えかもしれん」
「...ならば、接触しておくとしよう」

二人はSMバーに足を踏み入れ、ゆっくりと上階へと向かう。

極力気配を殺しているのだが、この家の仕様なのか、床を踏みしめる度にやたらと大きく軋む音が鳴ってしまう。
これでは既に先住者に警戒されていることだろう。
シアーハートアタックを送り込むことはできるが、今回の目的はあくまでも接触。
皆が野獣先輩のように寛大な対応をとってくれるとは限らないため、シアーハートアタックを行使するつもりはなかった。

相手側から攻撃を仕掛けられても対応できる程度の備えをしつつ、二人は階段を上がっていく。

たどり着くのは踊り場。

そこから覗く部屋に佇むのは、美少女とツンツン頭の少年だった。

吉良の目は、ソレに釘付けになった。



警戒する当麻とラ・ピュセルの前に現れたのは男二人。
一人は着物姿の和風な男、もう一人はスーツにネクタイと、サラリーマンという単語がよく似合う男だった。

両者とも虐待おじさんのような強面ではなく、端正な顔立ちの男だった。一見では嫌悪感や不信感は抱かず、温和で誠実そうな雰囲気すら窺える。
二人はほっと胸を撫で下ろす。が、しかし、ここは殺し合い。見かけで判断を下すのは愚の骨頂だ。
二人はすぐに気を引き締めなおし、男たちと向き合う。
着物姿の男―――左衛門は二人の警戒心に応じ、細い目を薄く開き袖に袖に手を入れる。
だが、スーツの男―――吉良はなにも反応を示さない。敵意や警戒心を剥きだすこともなく、ただ立ち尽くしているのだ。

その姿を不審に思った当麻たちと左衛門は、思わず吉良へと視線を向ける。

そんなことはお構いなしに吉良はただ立ち尽くしていた。

見惚れていたのだ。眼前の少年少女に。その、言葉に形容できないほど素晴らしい手に。
少年の理想の全てが詰め込まれた魔法少女と、異能を打ち消す浄化の力が宿る幻想殺しに。

そして、吸い込まれるように魅入っていた吉良の興奮という名の器は限界を越え。

「ヌッ」

ビクン、と小さく仰け反った。

当麻の肩の淫夢くんの眼が怪しく光り、ヴォー...と小さく呟いた。






【E-5/街(下北沢、SMバー平野)/一日目/早朝】

【ラ・ピュセル(岸部颯太)@魔法少女育成計画】
[状態]全身に竹刀と鞭による殴打痕、虐待おじさん及び男性からの肉体的接触への恐怖、同性愛者への生理的嫌悪感(極大)、水で濡れた痕、精神的疲労(大)、上条への好意
[装備]
[道具]基本支給品、だんびら@ベルセルク
[行動方針]
基本方針:スノーホワイトを探す
0:虐待おじさんこわい。
1:なんだこのおじさん!?
2:襲撃者は迎撃する

※虐待おじさんの調教により少し艶かしくなったかもしれません。


【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:軽度の疲労
[装備]:
[道具]:基本支給品、淫夢くん@真夏の夜の淫夢、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止める。
0:なんだこのおっさん!?
1:御坂、白井と合流できれば合流したい。
2:一方通行には注意しておく。
3:他者を殺そうとする者を止めてまわる。

※淫夢くんは周囲1919㎝圏内にいるホモ及びレズの匂いをかぎ取るとガッツポーズを掲げます。以下は淫夢くんの反応のおおまかな基準。
  • ガッツポーズ→淫夢勢、白井黒子、暁美ほむら、ハードゴアアリス、佐山流美のような同性への愛情及び執着が強く異性への興味が薄い者。別名淫夢ファミリー(風評被害込み)。
  • アイーン→巴マミ、DIO、ロシーヌのような、ガチではないにしろそれっぽい雰囲気のある者たち(風評被害込み)。
  • クソザコナメクジ→その他ノンケ共(妻子や彼女持ち込み)。
判定はガバガバです。また、参加者はこの判定を知らされていないため、参加者間ではただの参加者探知機という認識になっています。
※吉良がガッツポーズに分類された可能性があります。




【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、下着が濡れている、賢者モード、ラ・ピュセルと上条当麻の手に心酔に近い好意。
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×1、ココ・ジャンボ@ジョジョの奇妙な冒険
[思考・状況]
基本行動方針:赤い首輪の奴を殺して即脱出...したいが...ここは天国だ...抜け出すべきなのだろうか...?
0:なんて素晴らしい手だ...!
1:少女(ラ・ピュセル)の手はこの世のものとは思えないほど美しい。上条当麻(少年)の右手は私が触れることすらおこがましく思えるほど神秘的だ。
2:如月左衛門、という奴と同行。秘密を知られたら殺す(最悪、スタンドの存在がバレるのはセーフ)が今は頼れる味方だ。
3:こんなゲームを企画した奴はキラークイーンで始末したい所だ…
4:野獣の扱いは親父に任せる。できればあまり関わりたくない。
5:左衛門の手も結構キレイじゃないか?
6:最優先ではないが、空条承太郎はできれば始末しておきたい。


[備考]
※参戦時期はアニメ31話「1999年7月15日その1」の出勤途中です。
※自分の首輪が赤くない事を知りました。
※絶頂したことで冷静さを取り戻しました。


【如月左衛門@バジリスク~甲賀忍法帖~】
[状態]:特筆点無し
[装備]:甲賀弾正の毒針(30/30)@バジリスク~甲賀忍法帖~
[道具]:基本支給品×1、不明支給品×0~1
[思考・状況]
基本行動方針:赤い首輪の奴を殺して即脱出
0:吉良...なんなんじゃこいつは
1:吉良吉影という男と同行。この男、予想以上に強いのでは…?
2:甲賀弦之介、陽炎と会ったら同行する。
3:野獣先輩からは妙な気配を感じるのであまり関わりたくはない。
4:赤首輪の女子がいるが、さてどうするか
[備考]
※参戦時期はアニメ第二十話「仁慈流々」で朱絹を討ち取った直後です。
※今は平常時の格好・姿です。
※自分の首輪が赤くない事を知りました。




魔法少女は電気羊の淫夢を見るか? ラ・ピュセル ジレンマ
上条当麻
abnormalize 吉良吉影
如月左衛門
最終更新:2018年12月03日 17:52