月下に照らされた美丈夫二人と彼らの頭上を浮遊する異形。
甲賀弦之介、DIO、ロシーヌの三人は歩きながらの情報交換に勤しんでいた。

「ふむ...つまり、でぃお殿の側の黄金色の御仁は、そなたが操る傀儡だと」
「ああ。この能力は私以外にも多くの人間が持っていてね。『側に立つもの』から取って『スタンド』、と私は呼んでいる」
「すたんど...それが何故『側に立つ』を意味するかは解らぬが、そういった由来があるのじゃな」
「...?」

眉を顰めるDIOに、弦之介は自分の言葉に御幣があったのではないかと察し、すぐに謝罪の言葉を述べる。

「あいや済まぬ。でぃお殿の国を貶めるつもりはなく、単にわしが無知な身の上のため...」
「いや、気を害したわけではないんだ。少し、きみの言葉に引っかかっていただけだ」

ううむ、と顎に手をやり思考を奔らせる。

(スタンド...『stand』。この言葉を立つという意味で捉えられぬ者が果たしてどれほどいる?)

自分は直接に日本へと上陸した記憶はない。
しかしそれでも、ある程度の常識的な教養は伝聞で学んでいる。
『STAND』という言葉に触れる機会は決して少なくはないだろう。

(この男がその希少な側であればそれだけだが...どう見てもそうは見えない)

弦之介は言動が多少時代がかってはいるものの、最低限の会話が成立する程度には常識を身につけているように窺える。
そんな彼が『STAND』の単語にすら触れたことがないなどとあり得るのだろうか。

「ロシーヌ、きみは英語は得意かな?」
「英語?なにそれ」


キョトンとした表情で聞き返すロシーヌに、DIOはまたしてもううむと思考を奔らせる。

(ロシーヌが田舎の出なのは雰囲気でわかる...だが、それでも英語という概念すら知らないというのはありえない)

いくら辺境の外れに住んでいたとしてもだ。
テレビやラジオなど、いくらでも外国語という言葉自体に触れる機会はある。
だが、弦之介もロシーヌも、まるで存在自体を知らないかのような言動を発している。

(考えられる可能性は三つ。一つ目は彼らが嘘をついている。二つ目は彼らが本当に外国語に触れる機会すらなかった。
三つ目は、そもそも外国語という概念がないか...といったところか)

まず一つ目の可能性はかなり低いと見てもいいだろう。
仮に無知を装い騙そうとしているとしてもだ。スタンドの名称の由来の認知を欺く必要性はないに等しい。
嘘をつき隙を作ろうとするにしてもこんな無意味なもので隙が生じるはずもない。

(となると、2と3...あるいはこの両方だろうか)

もしも、極端に外国の文化を排他する風習があったとしてもだ。
それでもテレビやラジオ、新聞といった情報媒体のある現代で全てを隠し通すのは困難きわまる。
それこそ、前時代に住んでいなければ不可能だろう。

(そう...前時代的だ。特に弦之介というこの男は)

DIOは日本の知識に精通しているわけではない。
しかし、年齢からして空条承太郎や花京院典明とさして違わないだろう彼の口調や衣装は、明らかに前時代的なものだ。
それこそ、映画やドラマなんかで見られるサムライそのものだ。
彼が単なるそういう趣味を持ったものだとも思ったが、この殺し合いの場においてもそのキャラ造りを優先することはないだろう。
となれば、彼のこの振る舞いは素だと見て間違いない。

そしてロシーヌ。
彼女についてはそもそも住む世界が違うような印象も受ける。
彼女の姿形や言語の知識についてだけでなく、雅の語った吸血鬼とも自分とも異なる異様さを放っているのだ。

(ううむ...どうしてもこの違和感が拭えん。もう少し情報が必要か...)

ここでDIOが承太郎のように弦之介が過去の人間であると解が出せなかったのも無理からぬ話だ。
承太郎・春花・朧は全員が日本人であるのに対してDIOら三人は皆が異なる国籍の者。
現代ならまだしも、幾つもの他国の歴史を正確に把握している者はそうはいない。せいぜい、目に付いたものは覚えている、程度だ。
そんな彼らが時代考証に発想が至れるはずもなく。
悶々とするDIOの後を着いてくる二人という構図のまま、その歩を進める。

「でぃお殿、そなたはどこへ向かっているのだ?」
「私は陽の光が大の苦手でね、それを防げる場所を探しているんだ」
「それならあそこなんかいいんじゃない?」

ロシーヌが触手で指す方向。そこには、施設への入り口を示す看板が立てかけられている。
その施設は―――

「ほう、地下通路か...悪くない」








ただただ恐怖のまま一心不乱に逃げる小黒妙子。
恐怖を抱きつつも、最善の策を脳内で模索し続けるジョン・コナー。
腰に手をあてながら、小刻みなステップで駆けるMUR。

彼らのしんがりを守るのは、イタリアンギャングであるブローノ・ブチャラティだ。


「『スティッキィ・フィンガーズ!!』」

迫りくる脅威、姫に対して放たれるはスタンドの拳。
高速で動く姫の怒りの形相に叩き込まれるが、しかし相手は高速で動く巨体。
殴りつけた腕は勢いのまま弾かれ、ブチャラティの身体が空に舞う。
一見すればただ返り討ちにあっただけ。

だが、彼にとってはその一撃で充分だ。

拳の痕になぞらえるかのように、姫の身体にジッパーが刻まれる。

殴った箇所に開閉可能なジッパーを取りつける。
それがブローノ・ブチャラティのスタンド『スティッキィ・フィンガーズ』の能力である。

この取りつけたジッパーを開ききれば、身体は分断され行動も困難を余儀なくされる。
当然、分断された部位は脳から離れているために動かすことが出来ない。
つまりは事実上の"必殺"の能力である

(ここからの問題は...如何にあのジッパーを開ききるか、だ)

高速で移動する物体の1部に触れ、手を振り下ろす。
言葉にすれば単純なことだが、行動に表すのは非常に難しいことでもある。
このまま正面から馬鹿正直に立ち向かえば、まず間違いなく弾き飛ばされるだけだろう。

(本当なら、逃げ回って隙を伺いたいところだが...俺の勘が告げている。それで状況が好転する訳ではないと)

ブチャラティは己のスタンドを使用する中で、奇妙な違和感を覚えた。
本来の力を出そうとすると、何者かに押さえつけられ制御されるような、そんな違和感だ。
その影響は確実に出ており、姫へと取り付けたジッパーは本来のコンディションで作れる7割程度の大きさに収まっている。

(おそらくこのぶんでは、ジッパーをつけられている時間も短くなっているはずだ)

塵も積もれば山となるという諺がある。
この諺に当てはめるなら、ブチャラティの小さなジッパーでも何度も積み重なれば必殺のものになってしまう。
もしもブチャラティのジッパーが、付けてから消えるまでの制限時間が無かったとしたら、制限の意味が無くなり戦闘でかなり優位に立つことが出来る。
あくまでも赤首輪の参加者を優位に立たせたいであろう主催者からしてみれば避けたいことのはずだ。
故に、制限時間はあると考えておくのが吉だろう。

(!...さっそくか)

ブチャラティの取り付けたジッパーは既に消失が始まっていた。
おそらく取り付けた範囲を維持できるのは1分とないだろう。

(このまま隙を伺いつつジッパーの消失と競い『姫』を倒すのは不可能だ。先に力尽きるのは俺だろう)

姫の活動時間がどの程度かはわからないが、少なくとも、姫からの一撃が致命的なモノとなり、攻撃をかわしつつ隙を伺わなければならないブチャラティと、いくら壁に激突しようとも怯みもしない姫では体力と耐久力に差がありすぎる。
それらが劣るものであれば、長期戦は圧倒的に不利。
だが短期戦に持ち込むにはブチャラティが逃がしている三人がネックとなる。
彼らを守りつつ姫に短期戦の賭けを持ちかけるのは、ブチャラティが負けた時のこと、姫による二次災害に巻き込まれるリスクが高すぎるのだ。


(このまま全員無傷というのは虫がよすぎるか...なら)

ブチャラティは三人へと振り返り叫ぶ。

「ジョン!タエコとMURを任せたぞ!」

名指しで呼ばれたジョンは一瞬動きを止めるも、その力強い言葉に頷き共に走る2人を先導する。

(きっとブチャラティはなにか策があるんだ。それは僕らがいるとできないことで、1人で立ち向かった方が確実なんだろう)

ジョンとブチャラティは決して深い交友関係にあるわけではない。
出会ってまだ1時間と経過していないのだから当然だ。
だが、ジョンはブチャラティがどういう男なのかはなんとなくだが理解していた。
彼は他者の為に戦える人間であり、そこには確固たる信念と矜持があると。
そんな人間に頼まれれば、それを信じるのが最善の策である。

(あの中で最も精神的に余裕のあったジョンならば彼らを導けるだろう)

ジョンの思考は的を得ていた。
ブチャラティは、彼1人でなければ成り立たない勝負に出ようとしていた。

(俺は奴と目が合った。ならば狙いはまずは俺のはず)

もしも2つの肉が10m先と50m先の地点に1つずつ置かれていたとしたら、わざわざ50m先の肉から取る者はいない。
『姫』も生物である以上、その法則には抗えないはずだ。
ならば、いまの姫の獲物はブチャラティということになる。

(勝機は一瞬...!)

ブチャラティの策は至って単純。ジッパーで姫の頭部を閉じ込め動きを封じることだ。
一瞬でも封じ込めさえすればもう後はこちらのもの。
ジッパーをとりつけバラバラになるまで拳を叩き込むだけだ。

無論、失敗して体当たりでも食らえばひとたまりもない。
仮に死なずとも、その後に捕食されるのは想像に難くない。

失敗は死。
その極限においても、彼の指はいささかも震えない。
迫り来る姫へと見せ付けるように、ブチャラティはジッパーを壁にとりつける。
幅にして、約4mもの巨大なジッパーだ。
制限のかけられた中では上出来だろう。

(どうにか奴の顔が入る程度には作れた...次は奴を誘い込む!)

姫とぶつかるまであと3mにまで近付いたその瞬間、ブチャラティは地を蹴りジッパーの中へと飛び込み壁に潜む。
そうすれば、姫の注意はこちらに向く。そして姫が自分を追い、ジッパーへと顔を入れたその瞬間に、壁から抜け出し背後をとる。
これが成功すれば、殺せなくとも形成は一気に逆転するはずだ。

いつ姫が突っ込んできても対処できるようにスティッキーフィンガーズは拳を握り締める。

が。

ブチャラティは見た。
穴の中で、一寸も変わらない速さで通り過ぎる巨大な影を。

(馬鹿な...奴は目が合った者を襲うのではなかったのか!?)

姫はいくら接近しようとも、目を合わさない限り襲っては来なかった。
故に、目が合ったブチャラティが獲物であり、標的はこちらに移る。
加えて姫にとって最も邪魔な存在は、しんがりを務めスタンドを有するブチャラティであり、無視の出来ない存在といえよう。
それが無視された。何故?

(まさか...奴は...!)

ブチャラティは重大な勘違いをしていたことを理解する。
姫がブチャラティを狙うというのは間違いではない。
だがそれは獲物を排除し終えてからだ。
その最初の獲物は、壁を溶かしてまで追ってきた獲物は誰だったか。

声を張り上げ、その名を呼ぶ。

「逃げろ、MURァァァァァァ――――!!!!」

叫びと同時、スティッキィ・フィンガーズの拳が蠢く姫の身体へと放たれる。
ラッシュを放とうとするが、しかし、高速で動く姫の身体はスティッキィ・フィンガーズの拳を弾き、皮膚を裂き血を噴出させる。
無論、それで攻撃を止める男ではない。だが、激痛と物理的法則は著しく攻撃力と勢いを裂き、結果、姫を減速させるにも至らない。

必死の抵抗空しく、彼の成果は姫の身体にジッパーがひとつ取り付けただけだった。

「二人とも、早く走るんだ!」

ブチャラティが失敗したことを悟ったジョンは二人を急かす。
ジョンの呼びかけに応えるかのように、MURは相変わらずの腰に手を当てながらの小刻みなステップでそのまま速度を上げる。

「ぜひっ、ぜひっ...!」

一方の妙子は、既に息を激しく切らしており、目つきを除けば可憐ともいえた面影がないほど形相が崩れ、足元もおぼつかなくなっている。
単純な体力不足もそうだが、殺し合いというこの状況を吹き飛ばすほどの姫という恐怖は必要以上に彼女の体力を奪っていたのだ。

「早く、早く!!」
「ちょ、まっ...」

そんな一般人が長時間走り続ければどうなるか。
足元が交差し蹴躓き、前のめりに倒れてしまう。
昔、テレビドラマかホラー映画で見た光景が脳裏をよぎる。
巨大な霊だかモンスターだかに追われていた主人公の一団の中で、最後尾を走っていた男が躓き転んでしまうのだ。
もはやお約束といえるかもしれないと思えるほど、違う作品でありながら似たようなシチュエーションが多々見受けられた。
そしてそんな彼らの末路といえば。

「あ」

己もその道を辿るであろうと予感した脳が、身体を凝り固める。
一瞬の出来事がスローモーションに見える。

「スティッキィ・フィンガァァァァズ!!!」

傷つきながらも、追いつけないとわかっていながらも、それでも全力で姫を止めようとするブチャラティ。

「早く立って!!立つんだ妙子!!」

迫ってくる姫にいよいよ恐怖が湧き上がりもうロクに動けないだろうに、それでも必死に呼びかけるジョン。

倒れる妙子を目で追いながらも、離れていくMUR。
ただ、先の糾弾とこの状況を省みれば、彼を責める気にはなれなかった。

「グエエエエエエエ!!」

いよいよ迫ってくる、死を齎す脅威。
その巨大な口内に螺旋のように立ち並ぶ歯が、奈落のように浮かぶ漆黒が、目前にまで迫る。
姫の狙いはMURであるため、それが自分に向けられている訳ではなくとも、彼女に生を諦めさせるには充分すぎた。

妙子に許されたのは、あと瞬きひとつで己をズタボロの肉塊にするモノを悲鳴をあげることすらなく呆然と見つめることだけだった。

恐怖も驚愕もない。

まるで他人事のようだった。
不思議と痛みはなかった。感じていないだけかもしれないが。
浮遊感にと共に己の視界が反転し、自分をはね飛ばしたであろう姫を見下ろしていた。

視界の端には、浮かぶジョンとMURも見える。
彼らも自分と同じく吹き飛ばされてしまったのだろうか。
自分が転んだ所為でこんな目に遭ってしまったのだとしたら、とんだ迷惑をかけてしまった、となんとなく思い心の中で小さく詫びる。

驚愕に目を見開くブチャラティの顔が見える。
会ったばかりなのにあそこまで傷ついても逃がそうとしてくれた彼には素直にお礼を言わなくちゃと、そんな場違いな感想が思い浮かび、消えていく。

この会場に連れてこられている野崎春花の顔が浮かび、それを打ち消すかのように視界と意識が落下する。

ふわり、とそんな擬音が着きそうなほど静かな着地だった。
どころか、不思議な温もりすら感じられるほどだった。

「へへっ、ナイスキャッチ大成功~」

「よくやったぞロシーヌ。...スタンド使いに童話にでも出てきそうな怪物...実に興味深いな」

その現象が、突如現れた女型の異形と、いつの間にか姫の背に金髪の男が成したものであることを、彼の呟きを聞きようやく理解できた。



バァン、と音を立て、姫が壁に衝突し、通路に震動が走る。

「おっと...ここでは足場が不安定だな。ロシーヌ、その子達を一旦下ろしてくれ」
「ほーい」

金髪の男―――DIOは、かろやかに跳躍し、乗っていた姫の背中からその足を離す。
それに続き、ロシーヌは抱えていたジョンと妙子の二人を地面へとゆっくり下ろした

「ギッ!ギエエッ!」

獲物を見失った姫がキョロキョロと見回す中、DIOはジョンと妙子の傍に降り立った。

「私の名はDIO。この子はロシーヌだ。手荒い助け方になってすまなかったね」
「あ、いやそんな...」

紳士然としたDIOの物腰につられ、妙子も思わず敬語になってしまう。
DIOは全身を包む黄色い服と、格好こそ奇抜ではあるものの、顔立ちは非情に整っており、身体も筋肉質ではあるがただ闇雲に鍛えたのではなく美しいラインを描いている。
いうなれば高級な彫刻とでも言うべきだろうか。
彼の容姿はそれほどまでに完成されたものだった。
だが。

「君達から少し話を伺いたいのだが...いいかな?」

その凍りつくような双眸に、二人の背に旋律が走る。
これはブチャラティのように真っ直ぐにこちらを見据えるものではない。
クラスの連中が野崎春花に対して向けるような敵意の篭った目ではない。
そしてターミネーターの無感情な目ともまた違う。

まるで自分達をひとつのモノとしか捉えていない。
そんな見下し、冷めた視線が、恐怖と共に奇妙な感覚を腹から引きずり出そうとしてくる。
この人に認められたい、そんな狂信的ななにかを誘発させるようだ。
カリスマ、とでもいうべきだろうか。妙子とジョンは、DIOからそんな空気を感じ取っていた。

「すっげえ痛かったゾ...」

彼らの意識に、頭を押さえながらぼやくMURの声が割ってはいる。
どうやら彼だけはキャッチされずにそのまま落下したようだ。

「DIO、助けるならもっと優しくして欲しかったゾ」
「...ロシーヌの体格では彼ら二人を抱えるのが限度だったのでね」
「嘘付け絶対できたゾ」

MURのねっとりとした声が、DIOの帝王然とした空気を浸食していく。
気のせいか、先ほどまで穏やかであったDIOの表情に陰りが見えているようにも見える。

「無事か、三人とも」

遅れて合流したブチャラティは、三人の身を案じるとDIOへと向き合う。

「あなた達が彼らを助けてくれたのか」
「ああ。きみがあまりにも必死だったのでね。ひとまずあの怪物に食われるのを防がせてもらったよ」
「...礼を言わせてくれ」

言葉とは裏腹に、ブチャラティは警戒態勢をとる。
妙子ら三人を救ってくれた感謝の念はあれど、彼もDIOが発する異様なオーラを、そして彼とロシーヌの首に巻かれた赤い首輪に嫌が応でも警戒心を引き出されるのだ。
あからさまではないが、今までのジョンたちへの接し方とは雰囲気が変わったのが三人にも伝わった。

DIOはそのブチャラティの対応にも気分を害することもなく、どころか非情に穏やかな口調で彼へと語りかける。

「そんなに警戒することはないさ。私はきみの能力に興味があってね」
「俺の能力...?」

「ギ エ エ エ エ エ !!」

問答を断ち切るかのように、DIOの背後から襲い掛かる姫。

「!!しまった!!」

DIOに気をとられ、完全に姫への対応の遅れてしまったブチャラティは、咄嗟にスティッキィ・フィンガーズの腕を発現させ、姫を殴りつけようとする。

だが、それよりも早く姫の頭部が跳ね上がった。
アッパーカット。
姫の顎をカチ上げたのは、たくましい金色の腕。
それは、DIOの背後に立つ像から放たれたものだった。

「スタンド使い...!?」
「見てのとおりだ。私もきみと同じ『力』を持っている。どうかな、ひとつ私とお話を...ムッ」

背後からの殺気に、DIOが振り返る。
姫だ。DIOのスタンド、『世界』のアッパーカットにもさして怯まず、再び襲い掛かったのだ。

「おっお~、がんじょー」
「くっ」

DIOはふわりとした跳躍で、ロシーヌは妙子とジョンを抱き上げ、その後ろにいた男は横に跳び、ブチャラティはMURの手を引き体当たりをかわす。
バァン、と音を立て通路が揺れる。
しかし姫は止まらず。再び目的であるMURへとぐるりと顔を向ける。

「フン、化け物め...このDIOの邪魔をするというのなら!!」

『世界』が姫の頬を右拳で撃ちぬき、速度が緩むのと同時、残る左拳で逆の頬を殴りつける。

「フンフンッ!!」

そのままボクサーのジャブのように小さくそして速く拳を姫の顔へと撃ち出す。

「ギィヤッ!」
「中々丈夫だが...痺れを晴らすウォーミングアップにはちょうどいい!」

打ち出される拳は速度を増し、常人では無数にすら映るほどの速さで両拳のラッシュが繰り出される。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァ――――!!」

あの姫が一方的に滅多打ちにされている。
この事実に、ジョンも妙子も言葉を失っていた。
同時に。
凶悪な笑みを浮かべながら拳を放ち続けるこの男に本性を垣間見た。

パァン、と音が響き、姫の状態が大きく反り返る。
パンチとていつまでも繰り出せるものではない。DIOのラッシュがこの時終わったのだ。
並大抵の者ならばこれで命を散らしているだろう。
しかし

「グッ、ギィッ」
「ッ!チィッ」

姫は命を落としていないどころか、戦意すら衰えていない。まともにダメージがあるのかすら怪しい有様だ。
その事実にDIOは苛立ち、面倒な敵だと素直に思わざるをえなかった。

(こんな知性もなにもないカスに負けるはずもない...が、始末に手間取るのも事実。空条承太郎や雅との戦いを前に無駄な消耗は避けたい)

幸い、出口はさほど遠くはない。ここは適当に相手をしつつ退くべきだろうか。
DIOがそんなことを思っていた折だ。

「でぃお殿、先ほどの立て札通りならば、奴と眼を合わせてはならんそうじゃな」

突如、ずい、と進み出てきた美丈夫、甲賀弦之介にブチャラティら四人は思わず面食らう。
彼は最初からいたのだが、しばし沈黙していたのに加え、DIOの存在感のために彼ら四人に認識されていなかったのだ。

「あれを姫と呼びたくないものだが、この状況から見ればそうだろう」
「...あいわかった。ここはわしに任せてくれぬか」

言うが早いか、DIOとロシーヌを含めた6人を背に、一人姫と対峙する弦之介。
その無謀な行為を止めようとするブチャラティだが、しかしその言葉がつむがれることはない。

ざわり、と弦之介が纏う空気が一変する。

6人は、迫り来る巨大な姫よりも、弦之介の背が巨大に思える錯覚に陥る。

「ギイィアアア!!」

大きく開かれる姫の漆黒の口。

迫る死への脅威にも弦之介は微塵も動かない。

そして。

「見よ、『姫』」

――――!

皆の身体にビリッ、と雷に撃たれたような感触が奔る。

痛みはない。

しかし、気を抜けば甲賀弦之介に意識を吸い込まれるような奇妙な感覚に陥る。

それは姫も例外ではない。否、直視している姫だからこそ、なお強い感覚に陥っている。

その魔眼に、姫の怒りの形相は青ざめ、恐怖したかのように震えだす。

「ギッ、ギィッ」

突如、悶え始める姫。額に脂汗を滲ませながらそれを見つめる弦之介。

数十秒ほどだろうか。その場で悶えていた姫は、その身体を弦之介から離すかのように、凄まじい速さで後退していく。

振り返ることのできるスペースまで達したところで、わき目も振らず振り返り、暗闇へと姿を消していった。

シン...と静寂の空気に包まれる。

「ぐっ...」

息を乱し、ガクリ、と膝をつく弦之介に、遅れてジョンが気遣うように声をかける。

「だ、大丈夫?」
「立たせてやれよ?(イケボ)」

ジョンとそれに便乗したMURの肩を借りつつ、弦之介はよろよろと立ち上がる。

(やはり...仕留められなんだか)

ロシーヌとの戦いにより弦之介に燻っていた違和感はここで確かなものになる。
間違いなく自分の瞳術はかなりの制限をされている。
如何様にかはわからないが、いまの弦之介の疲労を顧みれば一目瞭然だ。
ロシーヌとの一戦では、彼女は自滅こそしたものの、大した怪我もなく、自身の疲労も普段の比ではなかった。
今回は更にその制限が尾を引いており、疲労はロシーヌとの戦いの倍以上は蓄積され、しかも姫は自滅にすら至らず逃走しただけだ。
もしも戦い続ければ敗北したのはどちらか、想像に難くない。


(ロシーヌにも使っていたあの技か...なるほど、どうやら本調子ではないだけでなく、かなり負担を強いられているようだ)

弦之介の焦燥は、傍に立つDIOにも伝わっていた。
地下通路に着くまでは弦之介も己の技については殆ど口を割らなかったが、大まかに正体は掴みかけてきた。
おそらく、弦之介のあの技は、眼を見た者を筆頭に害する類のモノなのだろう。
そして、そんな能力がなんの制限もなしに放置されているとは思えない。
恐らく自分のスタンドのように、しかもあの疲労具合を考えればかなりの重制御をされていることも窺える。

(そこまで気にかけなければならない能力者をわざわざ参加者にするとは、主催はよほどこの男へ恨みを抱く者らしい)

DIOとしてはこの殺し合いの主催はこれから先も干渉してくる可能性を考えれば、倒しておきたいと思っている。
現状、一切が不明の主催の正体を知ることはその一歩となる。弦之介から情報を聞き出せば、主催の正体のある程度の推測は可能だろう。

「さて。ひとまずは落ち着いたところだ...きみたちも交えて、6人で改めて情報を交換したいと思うが...いいかな?」

「......」

ブチャラティは考える。
現状、DIOとその同行者はこちらに危害を加えていない。
だが、先ほどの自分の警戒心を嘘だと断じることもできない。
そして、DIOという存在は勿論、ロシーヌの存在や弦之介の技にしてもそうだ。
両者とも、スタンド使いという括りでは為しえない者たちだ。
そんな彼らと、このまま手の届く距離にいていいのだろうか―――?

「なんにせよ、ひとまずDIOたちが来た道へ戻るゾ」

そう口火を切ったのはMURだった。

「何故ここではダメなのかな?」
「さっきの姫がまた来た時に、ここでは逃げ切れないかもしれないからだゾ。このお侍さんもだいぶ辛そうだし、さっきみたいにはいかないと思うゾ。入り口...つまり出口の近くならすぐに逃げ出せる」

珍しく強い口調でDIOへと意見するを意外に思いつつ、MURの提案にブチャラティも同意する。

「俺も賛成だ。足を止めるのはこの地下通路を抜け姫を退けてからだ」
「ぼ、僕もそう思うよ」
「あたしも...」
「でぃお殿...わしからも頼む。いま再び姫に襲われるわけにはいかぬ」
「そうだよ(便乗)」

「んー、私はどっちでもいいけどどうするのおじちゃん」
「...仕方あるまい」

DIOとしては日光を防げる場所でもあるこの地下通路で主導権を握りたかったが、5対2で無理強いをすれば心象を悪くするというもの。
実際、MURの言うとおりいま姫に来られるのは面倒でもある。
ならばここは素直に賛同するのが吉とDIOは判断した。

(...ひとまずは保留、か)

やはり現状ではDIOという男の人物像を捉え切ることはできない。
ひとまずは出口へと向かうために、一同は歩みを進める。


(しかし何故だ?口調も言葉遣いも違うというのに...なぜこのDIOという男からはジョルノに似た気配を感じるんだ?)



【H-6/一日目/地下通路/早朝】



※地下通路内に何か所か電燈のスイッチがあるようです。
電燈が点くと視界が広くなる反面、当然『姫』と目が合いやすくなります。
※瞳術の影響で姫が地下通路の底に帰りました。参加者へのマーキングも現在は離れています。



【MUR大先輩@真夏の夜の淫夢】
[状態]:頭にたんこぶ、恐怖、不安
[装備]:Tシャツ
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針: 脱出か優勝の有利な方に便乗する。手段は択ばない。
0;情報交換をする。
1:野獣先輩と合流できればしたい。
2:とにかく自分の安全第一。
3:同行者たちへの不安感。このまま便乗するのはマズい?
4:『姫』には要警戒。
5:DIOと出会ってしまったゾ...

※宮本明・空条承太郎の情報を共有しました。
※T-1000、T-800の情報を共有しました。
※妙子の知り合いの情報を共有しました。



【小黒妙子@ミスミソウ】
[状態]:疲労(中)、不安、恐怖
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:とにかく死にたくない。
0:情報交換をする。
1:野崎を...助けなくちゃ、ね。
2:『姫』には要警戒。
3:もしかして私が一番足手まとい?

※参戦時期は佐山流美から電話を受けたあと。
※T-1000、T-800の情報を共有しました。
※DIO、雅を危険な人物と認識しました。



【ジョン・コナー@ターミネーター2】
[状態]:健康、恐怖
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針: 生き残る。
0:情報交換をする。
1:T-800と合流する。
2:T-1000に要警戒。
3:『姫』には要警戒。

※参戦時期はマイルズと知り合う前。
※妙子の知り合いの情報を共有しました。
※DIO、雅を危険な人物と認識しました。



【ブローノ・ブチャラティ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労(中)、冷や汗
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを破壊する。
0:情報交換する。ただしDIOへの警戒は怠らない。
1:弱者を保護する。
2:『姫』には要警戒。

※参戦時期はアバッキオ死亡前。
※DIOにジョルノと似た気配を感じています



【DIO@ジョジョの奇妙な冒険】 
[状態]:疲労(中)、身体のところどころに電撃による痺れ(我慢してる)、出血(右腕、小~中、再生中)、両脚にありたちによる攻撃痕(小~中、再生中)
[装備]:
[道具]:基本支給品。DIOのワイン@ジョジョの奇妙な冒険、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:生き残る。そのためには手段は択ばない。 
0:情報交換をする。
1:主催者は必ず殺す。
2:赤首輪の参加者を殺させ脱出させる実験を可能な限り行いたい。
3:空条承太郎には一応警戒しておく。
4:不要・邪魔な参加者は効率よく殺す。
5:MUR...?知らんなぁ
6:弦之介の謎の技に興味。


※参戦時期は原作27巻でヌケサクを殺した直後。
※DIOの持っているワインは原作26巻でヴァニラが首を刎ねた時にDIOが持っていたワインです。
※宮本明・空条承太郎の情報を共有しました。
※肉の芽を使用できますが、制限により効果にはかなり差異が生じます。
特に赤首輪の参加者、精神が強い者、肉体的に強い者などには効き目が薄いです。



【ロシーヌ@ベルセルク】
[状態]:疲労(小)、額に肉の芽
[装備]:
[道具]: 不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針: 好きにやる。
0:とりあえずはDIOおじさんについていく

※参戦時期は少なくともガッツと面識がある時点です。
※肉の芽が植えつけられていますが、肉の芽自体の効力が制限で弱まっています。
現在は『DIOを傷つけない』程度の忠誠心しかありません。



【甲賀弦之介@バジリスク】
[状態]:疲労(大)、右肩に刺し傷。
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:ゲームから脱出する(ただし赤首輪の殺害を除く)。
0:情報交換する。
1:陽炎と合流する。朧を保護し彼女の真意を確かめる。
2:薬師寺天膳には要警戒。
3:極力、犠牲者は出したくない。
4:脱出の協力者を探す。
5:“すのぅほわいと”を守る?


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ドヒー!お姫様が僕らをペタペタ襲う! ブローノ・ブチャラティ それぞれの分岐点
ジョン・コナー
小黒妙子
MUR大先輩
LOOK INTO MY EVIL EYES DIO
ロシーヌ
甲賀弦之介
最終更新:2018年10月13日 23:49