さて、突然だが皆さんは黄巾の乱についてご存じだろうか?この乱は宗教団体大平道の教祖、張角が自らを天公将軍と名乗りその信者達が各地で乱を起こした事が始りである。そもそも、この時代には儒教が主流でありそれ以外の宗教は少数派だったのである。しかし、この乱での黄巾の数は約100万にも上ったと言われている。何故なら、この時代後漢王朝が宦官の専横で衰退し、社会不安が激化していった。更には度重なる飢饉が続き全州の3分の1~4分の1民が死に絶えたと言う。こうした中、民達を中心に教えを説いていた張角は民を率いて乱を起こした。各地で領主に不満を持っていた民はこれに同調するかの様に立ち上がった。更に山賊・盗賊・江賊も便乗したのでこれ程の大きな乱になったのである。これが引き金となって、中国は一気に群雄割拠の乱世に突入する。もっと詳しく知りたい人はwikiでも見てくれ。
俺の予想で行くと5年後には黄巾の乱の兆しが見えるだろう。それまでに、軍の強化と俺直属の部隊を作る事。後、優秀な人材の雇用だな。そんなある日、俺は執務室で今日行われている仕官希望者の名簿を眺めて居た。俺は名簿に気になる名前を数名見つけたので執務室を出て仕官希望者を試験している場所に向かった。武官、文官で行っている場所が違うのでまずは文官の方から見に行く事にした。文官の試験内容は読み書きと計算である。そして、最後に俺が質問や問題を出して終わりという流れだ。今回俺が気になった名前の人物は鳳統と荀彧この2名である。
俺は、この二人の試験結果を確認した。まあ、当然優秀だったんで俺は個別に面談することにした。まずは、荀彧からである。個室で俺と七乃で待っているとドアをノックする音がしたので俺は入って下さいと答えた。すると、ドアが開き黄色のネコミミフードにウェ~ブのかかった栗色の髪の少女が一礼して入ってきた。彼女は荀彧、字を文若と言う、俺は椅子に掻けて貰い話をする事にした。話を聞くと彼女は戦略構想を練ったり領国運営の手腕に明るい様であった。流石は王佐の才と言わしめた人物である、何でも彼女はここに来る前は袁紹の元で文官をしていたのだが合わないと言う理由で仕官先を探していたのだと言う。まあ、袁紹の噂は聞いているので納得の事態ではある…一様従姉弟なのだが俺には関係ないしな。一通り質問や考えを聞いたので合格だと言う事を告げる、そして仕官待遇なのだが今回の仕官合格者を集めた時に話すと伝え別室で待って貰う事にした。
~荀彧seid~
私は自分の才能を存分に発揮出来る仕官先を探していた。初めは三公を四代にわたって出している名門袁家に仕えていた。しかし、いざ仕えるみると名門ならぬ迷門だったのだ。確かに名門だけあり治める領地・財力・人口がずば抜けていたが当主が問題だった。言葉にするなら、馬鹿と言う言葉しか出てこない。こんな場所では私の才能は活かせないと思ったので暇を貰い旅にでたのだ。そして、旅先で同じ名門の袁家でも南陽郡と南郡を治める袁術殿が画期的で新しい政策お取り入れ領地を豊にしているらしいのだ。私は一度その目で見てみたいと思い袁術殿が治める地へと向かったのである。そして、町に着いた私は一目見て驚いてしまったのだ。綺麗に区分けされた町並み、職種ごとに町割を決めておりどこに行けば何が買えるのか一目で解る様になっている。また、区分けされた各所に警備隊の駐屯所が設置されており治安維持の向上に繋がっている。それに、ゴミが殆ど落ちていないのだ。心理的効果だろう、綺麗な場所にゴミを捨てるには抵抗があるからだ。そして、一番驚いた事が袁術殿が治めている地では国が読み書きを子供達に教えていることだった。本当にこれらの政策は今まで聞いた事がなかった。私は袁術殿に興味が湧き仕官してみようと思ったのだ、広場に行くと調度仕官の募集の立札があったので私は城へと向かったのだ。城では試験として読み書きと計算をした。しばらくして個別に面談したいと言われたので私は面接官の居る部屋へと向かったのだ。ドアをノックするとどうぞと言われたのでドアを開け一礼してから中に入った。そこには、女性ともう一人男性が座っていた。女性の方は試験の時に試験官を務めていた女性だった。男性の方は長身で黒髪で朱色を基準にした羽織に黒の袴姿だった、そして存在感が凄かったのでこの方が袁術殿なんだと直感した。そして、肝心の面接なのだが正直ただの世間話と仕官してどうしたいのか聞かれただけだった。袁術殿の口から合格と伝えられ、仕官しての待遇は今回の合格者が決まってから全員の前で伝えるとの事だったので私は別室で待っている様に言われたのでやってきた侍女に連れられて客間へと向かったのだった。
~荀彧side end~