天夜奇想譚

天夜奇想譚 -番- Prologue

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匿名ユーザー

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 昔、片翼の鳥を二羽、見たことがある。
 その鳥は、何処に行く時にでもいつも寄り添って飛んでいた。
 雨の日は抱き合うように木陰に隠れ。
 晴れの日はお互いの毛を繕っていた。
 そんな二羽の姿を、僕は仲睦ましい光景だと思った。
 いつも一緒にいる彼と自分の様に思ったからだ。
 だけど、そんな彼はその姿を見て一度だけ僕に言ったことがある。
 ――あれは、お互いがただ離れることが出来ないだけのそれだけの存在なんだ、と。

 それが、酷く醜悪な物の様に告げる彼に、僕はその時ひとつの感情を抱いた。
 それは、怒りでも恐れでもなく。
 ――ただ、二人の関係の見方を変えた、絶望的な悲しみだった。

 そして、次の朝。
 ――彼は僕の前から姿を消した。

 いつもと変わらない朝日の昇る空を見上げながら、僕はあの鳥達に相応しい言葉を思い出していた・・・。


 天夜奇想譚 -番- 


          ◇
 不意に見た夢を思い出した。

 流れる景色を見ているままに、気づけば眠っていた意識を取り戻して周囲に視線を送った。
 規則正しく揺れる電車の車内の中。
 自分と数人の乗客を除けば、伽藍とした電車内は殺風景な事この上ない。
 田舎から出てきた電車は、周囲の景色からも既に浮いた年期のある内装をしている。
 座席は所々色が禿げていて、春も終わりに近づいてきたこの時期に足元から暖房が流れている。
 開けている窓からの風がなければ汗をかきそうな車内で無防備に眠っていた自分も自分ならば、目の前の席で舟を漕ぐ人物も中々のものだった。
 見れば見るほどに、その人物が変わっていることに気づく。
 上下を黒い長袖の服で着込み、黒く光を吸った様な髪は長いというわけではないが俯いた顔を隠している。
 組んだ足は銀色の装飾が施されたブーツを履いていて、腕にも似たようなシルバーのアクセサリーが付いている。
 とんとファッションに無頓着な自分には、それが都会のファッションなんだろうか、と思いつつも。
「変わった格好だな…」
 素直に口にして、相手に聞こえてなかっただろうかと一瞬慌てた。

 しばらく眠っている乗客を興味本位で眺めていると、車内のスピーカーから声が流れた。
『まもなく、終点。天夜ー、天夜ー』
 目的地となる街の名前を聞いて、持ってきていた荷物を下ろそうと立ち上がった。
 上に置いておいた大き目のバッグに手をかけたところで、不意に飛び込んできた窓からの景色に目を奪われた。
 高々と立ち並ぶビルの群れ。
 その合間に微かに見える青は、太陽の光を反射する海の色だ。
 都会――という言葉が自分の頭に浮かぶがその実、天夜市はそれ程の都会というわけではない。
 人口はここ数十年で飛躍的に増えたものの、元々が山を切り崩して平地にさせた駅周辺は、思った以上の開発が進んでいない。
 北に進む程に昔からの家屋が連なり、そこに住む者たちが実質の天夜市の権限を握っている、というのは街の人間ならば誰もが知っている暗黙の了解だ。

「え…?」
 ――そんな、影など感じさせない日差しと景色が、不意に黒い影に覆われた。

 外の光を失った車内は、まるでトンネルの中を走っているように薄暗くなった。
 周囲を見渡せば、さっきまで残っていた清涼感など何処にも見当たらなくなり、今はただ薄気味悪い影が所々に広がっている。
「なんだ、これ…」
 駅の中に入ったとは思えない。
 まるで黒いカーテンに阻まれたような外の景色は、ただ電車の走る音に合わせて風を車内に送る窓があるだけだ。
 不意に思い立って、身を乗り出すように窓から顔を出した。
「………!!」
 ただ線路を走る電車の外は、果ての感じさせない暗闇が広がっているだけでなにもない。
「そのままだと危ないよ」
 空もなければ街並みなど何処にも見当たらない外に驚いていると、不意に背後から声がした。
「――――クルシイ!!」
 それが突然上から襲い掛かってきたのと、首根っこをつかまれて引き戻されたのは、血に染まった爪が頬を掠めるぐらいの刹那だった。
 尻餅をついて車内の床に投げ出された痛みに、思わず軽く顔をしかめる。
 鈍く広がる痛みが治まったところで、今度は目を開けた先の光景に頭を殴られたような衝撃が走った。
 それは、ボロを纏った血まみれの女の姿。
 しかし、それは人というにはあまりにも禍々しく、突き出た歯と長く伸びた爪が逸らそうとする目を釘付けにした。
 中に飛び込んで来るままにこちらへと襲い掛かろうとしていたのか、それは血で染まったような真っ赤な眼をこちらへとむけている。
 しかし、それを阻む影が自分とそれの間に立っていた。
 それは、先ほどまで向かいの席で眠っていた黒ずくめの人影。
 先ほどまで前髪に隠れていた貌は、風体とは裏腹に何処か幼さを感じさせる少年の顔だった。
 その顔を笑みの貌に浮かべて、少年は突然叫んだ。
「ほらキミ!! そんな所で座り込んで死にたいのかい? 動けるなら早く前の車両にでも走りなよ!」
 追い立てる、というには何処か楽しそうな声音に、思わず混乱する思考が集中力を取り戻す。
 自分の倍はあろうかという相手の動きを阻んでいるのは、少年が持つ自分と身の丈が同じくらいの大剣。それが車両の床に突き立っていた。
 西洋の装いを感じさせる剣は、少年の身につけるアクセサリーと同じ様に銀の装飾が施され、相手の鋭利な爪を受け止めている。
 その重量感のある刃で阻まれる相手の爪は、ギチギチと鍔迫り合う間に紅い火花を散らしていた。
 その光景に一向に答えを見つけられない自分を、少年がもう一度前髪の間から視線を向ける。
 一向に動かない自分に呆れたのか、表情を返ると少年は柄を掴み直し突き立てた剣を抜くように振り上げた。
 身に迫る刃を交わすように、少年と退治していた化物が宙を舞った。
 2メートルもない上へと飛び上がった化物は、激突すると思える勢いで飛び上がりながらも、音もなく天井に張り付いた。
 その光景に少年は楽しそうに口笛を吹くと、一歩下がってこちらの横に立った。
「ほら、今のうちに行くよ」
 座り込んだままのこちらの襟首を掴むと、自分と一回りは背の低い少年から、思いもしない力で持ち上げられた。
 なす術もなく持ち上げられた身体は、立てる高さまで上げられると止まった。
「ほら、歩けるかい?」
 気づけば立っている自分に、少年は見上げながら笑みを浮かべる。
「クルシイ――!!」
 思わずどきりとしたが、こちらを威嚇するように吼えた化物に、反射的に身体が動いた。
 飛び掛ってくる化物を横っ飛びで交わすと、床に転がるように避ける。
「へえ。ただの木偶の坊じゃないんだ…」
 同じ様に化物の攻撃を避けた少年は、自分とは違い油断なく化物に視線を送りながら、また座り込んでいるこちらを見下ろしていた。
「それだけ動けるなら、キミを引きずって走り回る様な真似はしなくていいみたいだ」
 自分の言葉に可笑しそうに笑う少年に、思わず表情を変える。
「ほら。そんな顔ができるなら、早く立って走って!」
「クルシイー!!」
 再び咆哮を上げる化物に、既に返す言葉もなかった。

          ◇
「―――おい!!」
 目の前のドアを乱暴に開けながら、後ろを追走する少年に声を掛けた。
「なんだい? 質問するのはいいけど息は切らさないでくれよ。本当に引きずって走らないといけなくなるからね」
「ちゃちゃを入れてる暇があるなら答えてくれ! アレはなんなんだ?」
 こちらの言葉に、少年は考えた表情を浮かべる。その顔をふと下に下げると、さっきまで顔があった場所に斬撃が走った。
 壁を吹き飛ばすように振り払われる爪に、驚いた風もなく剣を構えると、剣を大きく振りかぶって車両の間のジョイントを断った。
 こちらへ飛び掛ろうとした化物は、がくんと揺れる揺れにバランスを崩して追撃のチャンスを失う。

 ――もう、2度目の事だ。

 必死で逃げ続けるこちらを、殿を務める少年がさっきのように化物からの攻撃を防いでいる。
「そうだね。キミに教えて良い事かは分からないけど。まあ、結局は同じことだから良いかな…」
 先ほどから化物の攻撃に肝を冷やしているこちらとは裏腹に、少年は今の一撃にも気にした風もなく、走りながらこちらの問いに答える。
「――アレは"異形(いけい)"。人の感情、噂、伝承。まあ、因子は数多くあるけど、要はそういった流れから生まれた化物だよ」
「異形?」
「あれは1ヶ月前に天夜駅のホームで自殺した女の亡霊。入ってきた電車にホームから身を投げ出して身体はあっという間にミンチ。
 その時にどうやら即死できなかったみたいでね。ああやってほら――」
 そう言って、遅れて次の車両に飛び移った化物に視線を送る。
「クルシイー!!」
「ああやって、今も苦しんで道ずれを増やそうと暴れまわっている。
 自分と同じ様に誰彼構わずミンチにしてるんだよ。やだよね、女のヒステリックと嫉妬は…」
 最後の言葉にまで返す言葉を持てないまま、次の車両へ進む。
 同じ様にドアを開け放てば、先ほどと同じ車両が待っていた。
 座席の剥げた色の位置も、止まらない暖房もまったく変わらない。
「おい」
 誰もいない座席の間を走り抜けながら、もう一度後ろの少年に声を掛けた。
「なんだい。まだ何か聞きたいことでもあるの?」
 今度はいたってシンプルな問いだ。疲れた身体には真っ先に聞きたい事柄でもある。
「これ、いつまで続くんだ?」
「ははは。そればっかりはボクにも分からないよ」
 頭のどこかで予想できた、絶望的な答えが返ってきた。

「クルシイー!!」
 頭上を化物が飛び越えて、眼前に降り立った。
 逃げられないという思考が疲れた身体を止めさせると、何キロ走ったか分からない足は一歩も動きそうになかった。
「どうやら、やっぱりアレをどうにかしないと此処から出られないみたいだね」
 息ひとつ乱さない少年が、横を抜けて化物――異形の前に立ち塞がった。
「ココからはR指定だけど。――まあ、これも結局同じかな。
 変なトラウマだけが残らない事だけを祈っておくよ」
 にこりと微笑む少年の貌を、何処か小悪魔的だなと想った事を思い出すのは、まだずっと先のことだ。

          ◇
「まもなく―――、まもなく」
 ホームのスピーカーから流れる声に我に返った。
 自分の周り行き交う人込みの喧騒に耳朶を刺激され、まるで突然大音量の音楽を聴かされたような錯覚に陥る。
 眼球を刺激する太陽の光に思わず眩暈を覚え、不意に何かを見た気がした。
 手には実家から持ってきた黒いバッグ。
 黒い学生服を羽織った身体に一瞬紅い何かを見た気がしたが、光の加減だと頭を振った。

 見慣れない街並み。
 嗅ぎなれない空気。
 思い出せない何か。
 忘れられない記憶。

 新しいこの土地で、これらを抱えた自分は歩き出す。
「――ここが、天夜市か」
 あまり好きじゃない黒い自分の格好が、今日は何故か頼もしく思えた。

―――To be continued