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妹尾アキ夫「本牧のヴィナス」

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  そのころ――とある男が話しはじめた。そのころ、私は徹底的な嫌人病に冒されていた。ひとと話をするのが、ただわけもなく嫌で、大儀で、億劫で、まア、ちょっと例をあげると、自分の家の近くで、お隣の人に出会うと、ただちょっと会釈するだけで、それでいいのだけれど、それがどうも億劫でならないので、遠方から姿を見つけると、逃げるように横道へ折れるというありさまだった。そんなわけで、私は少々便利は悪くても、文明の雑音の響いてこない、隣近所のない、静かな一軒家で、しかも出入りすることに靴を脱いだり履いたりする煩わしさのない、粗末ながらも簡素な洋式生活のできる家を、長い間探していたのであるが、とうとうどうにかこうにか、まずこの条件にかなうと言っていい家を見つけたのである。それは横浜の本牧岬の、俗に八王子という村の西の海岸の谷間にある家で、一の谷という畑中の停留場から、右に山、左に森や畑の問の細道を海のほうへ行くと、海のすぐそぼの、右手の山の麓に、その家があった。海岸というのはわずか百坪にもたりない狭い砂原で、しかも両方に切り落としたような高い崖があって、どっちへも行けないので、この小さい砂浜へ来る人はめったになく、したがって、停留場からわずかしか離れていないのだけれど、私の家の下の細道を通る人は、ほとんどまれだった。そのうえ、その細道のそばには、大きな木が黒々と茂っているので、段々替わりに古い丸太を幾つも横たえた家に通じる坂道を、下から半分ほど、見通すことができても、家は道からはまるきり見えなかった。その昼でも暗い梢のトンネルみたいな坂道をちょっと登ると、右手に私の家の管理人の小さい家があり、その家の上の高い石垣の上に、私が借りた昔外人が住まっていたらしい古いバンガローがあった。それは段々を登り切ったところの庭――というより足の踏み出しようのないほど一面に草の生い茂った空き地の、片方に建った昔は緑色だったらしいが、今では風雨にさらされて、どす黒くなったペンキ塗りの南京下見の家で、二、三段の木造のステップを登ると、そこが白ペンキ塗りの手摺のあるポーチで、そこのドアを開けると、かなり広い居間兼食堂、その隣に小さい寝室と、水道の通った浴室と台所があった。部屋はこれだけだったが、一人の生活にはむしろ広すぎるくらいで、私が借りた時には蜘蛛の巣の煤だらけだったが、私はそれをきれいに掃除し、壊れかかった天井や、ひびの入った壁に、一面に明るい白っぽいウォールペーパーを貼り、床には厚い絨緞を敷いた。家付きの家具は、直径四、五尺のぐらぐらの円テーブルと、エナメルを塗った鉄製の浴槽だけだったが、私は引っ越しのたびごとに持って歩く楢製のベッドを寝室に置き、居間には螺旋のたくさん入った大きい安楽椅子やソファを置き・窓には厚い海老茶色《えびちやいろ》の窓掛けをかけて、ほとんど見違えるばかりりっぱな部屋とした。私がこうして部屋の中を飾る理由は、ちょうど冬ごもりする動物が、自分の穴を念を入れて作ると同じであって、あまり外出しない私は、なるべく家の内部を飾りたてて、いつまでも落ち着いていられる住み心地のいいものにしたかったのだ。また、実際、昼はそうでもないが、夜なぞあたりがあまり静かなので、外へ出るのが怖いほどだった。風のある日は四方から家を包む森や、下の海の吠える音が、いぐら窓をしめても部屋の中へ入ってきた。

 そのころ、私は二、三の外人の家庭をめぐって日本語を教えるのを仕事にしていたのであるが、一日の大部分は読書に費やしていた。何事でも徹底的に凝って、底の底まで掘り下げずにはいられぬ私の性分として、読書も一般的というよりはある範囲に限られていて、ちょっとその一例をあげるなら、こんなことはこの話にはなんの関係もないのだけれど、動物小説に興味を持ちだすと、倫敦や上海の本屋に手紙を出して動物小説ばかり集め、やがて小説では満足できなくなると、こんどは魚類に関する科学書を耽読し、やがてそれに飽いてくると装飾美術に関する書物に興味を感じ、それから次第に特殊的に掘り下げて、ちょうどこの話が始まろうとするころの私は、印度美術史に夢中になっていたのである。だから、用事がなければほとんど家を出ず、家を出てもめったに人に会うようなことはなかったが、それでいてこの静かな私の生活は、内部的にはかなりにぎやかで忙しかったのである。私はポーチの柱にいつも大きな鉄網の讐掛けておいた。朝目を覚ましてドアを開けるといつもきまりきってその籠の中に新聞とパンとミルクが配達してあり、午後外から帰ってみると、その籠の中に生肉だの野菜だのが入れてあった。お金に余裕のある時は、舶来煙草の缶詰をたくさん買いためて引き出しにしまったり、ハムやベーコンを買い込んで、台所の天井に釣りさげたりした。それというのも、片時も煙草の離せぬ私は、雨の夜なぞ煙草が欠亡した時に、外に出るのが怖くて大儀で弱った経験を幾度も味わっているからだ。
 この数年来、手を入れたことのないらしい庭には、三尺もある草がいっぱいに生えて、それが秋の霜で枯れて腐って、ほとんど足の踏みだしどころがなく、ただ坂道を登ったところからポーチまで、斜めに線を引いたように細い道ができていた。その庭は家の前と片方にだけ広がって、他の二方は、山になっているのだが、その山には、巨大な木が密生して、葉の茂った黒い枝をひろげて、見上げるような高い高いところで、家や庭を覆っていた。だから私の家には午前中ほんのわずかの間、梢をもれる太陽がポーチのところに落ちるだけで、家の後ろや横は昼でも薄暗く、その薄暗いところに立って、森の奥を透かしてみると、初めては近くの大木の幹しか見えないが、眼が闇に馴れるに従って、次第に遠い数百の木の幹が、小さく白く朧ろに浮かび出して、まるで地獄の底から吹いてくるような、湿っぽいかびくさい風が、下のほうに茂ったくまざさを、がさがさ揺るがすのであった。深い森というものは、人の心を鎮めさわやかにする力を持つものだのに、この森にはその力が少しもないのみか、かえって妙に人の心を幽鬱にして落ち着かないものにしたがその理由は、たぶん、土地がじべじべ湿っている上に、あたりがあまりに暗すぎるためでもあろうが、それよりも、その主なる原因は前に述べたように、部屋の内部はすっかり手入れしたにかかわらず、家の外部は少しも構わなかったので、その空き家のように荒廃した壊れかかった建物と、暗い森との対照から、こうした陰惨な空気がかもされるのではあるまいかと思う。それは、ちょうど、田舎の夜道を通る旅人が、家も何もない所を通る時より、かえって人の住まぬ空き家の前を通る時に物すごい感じに打たれて、思わず知らず足を速めるのとどこか似ている気持ちであって、実際いつもひっそり静まりかえった私の家は外から見れば空き家に違いなかったのである。そして、家の後ろと横から迫ってくる薄気味悪い闇は、家から下へ降りるにはどうしても木の葉のトンネルのごとき坂道を通り抜けねばならぬということとともに、妙にこの家を世の中から切りはなされた陰気なものとして、昼はさほどでもなかったが、夜にでもなろうものなら、なんだか家の周囲を包む深い深い暗闇の中に、たとえば中世紀の欧州の宗教画家が描いたような悪魔や、それからドーミエが描いたような、人間やら鳥やらわからぬグロテスクな怪物が、眼に見えぬ高い木の枝や、草の間に、跳ねたり踊ったりしていて、それが、ちょっとでも隙があるなら、ちょっとでも家の壁やドアの隅に、空気が|漏《も》れるほどのすき間があるなら、そこから部屋の中に侵入してくるような気がしてしようがなかった。だから、私は、前に言ったように、壁や天井に華やかな模様のある白っぽいウォールペーパーを貼り――建物が壊れかかっているので、こんなことに遠慮はなかった――少しも空気の漏らないようにし、昼間はポーチに椅子を出すことがあっても、夕方になると窓という窓――といっても家全体で四つしかないのだが、その窓の観音開きになったフランス風のよろい扉を閉めて掛け金をかけ、次にガラス扉をおろしてまた掛け金をかけ、それから重いカーテンを引いて、やっと安易な気持ちになるのだった。それに、こうしておくと、秋の末のうすら寒い夜でも、小さい石油ストーブ一つで、家の中の三つの部屋がむし暑いほど暖まった。そして私は強い燭光の電燈に、直径三尺もある、真っ赤な半円の絹のシェードをかけ、その下の安楽椅子に、ネルのパイジャーマズ一枚になってもたれかかって、煙草ふかしながら本を読むのが好きであった。そしてこういう時の私は、いつも二重の愉悦を感じた。つまり、体を楽にして読書にふけるという普通の愉快さのほかに、寒風に吹きさらされた不吉そのもののごとき屋外の気味悪い闇を、この髪の毛ほどのすき間もない明るい暖かい部屋で完全に防ぎ得ていることを意識すると、私は、一種なんともいえぬ、胸がずきずき痛んで雀躍りするほどの悦びを感ずるのであった。だが、こんなことをいって私は信じてもらえるだろうか。これは私のような極端な隠遁者のみに許された悦びで、一般の人には感ずることのできぬ気持ちかもしれない。そして、屋外の暗闇を忌みきらう私の偏僻は初めにはさほどでもなかったが、次第に梯子を登るごとく増してきて、ちょうど熱病患者の熱が一日一日と目に見えて昇迫してついには手の下しようがなくなると同様に、私のこの偏僻も、ほとんど病的と思われるほど進んできて、時によると自分ながら寒心することすらあった。たとえば、夜何か用事があって、ちょっと窓を開けなければならぬようなことがあっても、そこを開けると、外の冷たい闇とともに、何か眼に見えぬ不吉なものが部屋に侵入して、自分の身の上に凶事が起こるような気がして、どうしても開ける気になれなかったのである。それにまた来訪者というものがなかったから、夜になって窓やドアを開ける必要はまるでなかった。まれに訪ねてくるのは、私の家の管理人一人だけだが、それも暗くなって来たことは一度もなかった。前に話したように、管理人の家は私の家のすぐ下にあって、彼はそこに一人で住んでいるのだが、家に関するすべての相談や家賃のことは、みな彼がするので、私は家主には会ったこともなければ、どこに住んでいるのかそれさえ知らなかった。
 その管理人というのは、出っ張った額の下の、落ちくぼんだ睡眠不足らしい小さい、しかし、利口らしい眼を、神経質らしくぎらぎら光らして、格好のいい高い鼻の下に、どうかすると水洟をたらし、げっそりしぼんだ頬から口のあたりまで、いつも一週間ばかり前に剃ったような黒い短い針のような髯を生やし、それに、眼のまわりや、額に小皺がたくさん寄っているので、四十というのだけれど、どうしても五十近くに老けて見えた。若い時には船乗り、大工、コック、いろんな仕事をしていたらしいが、昨年、妻がほかに男を作って逃げてから、別に仕事はしないで、昼は網を修繕したり鶏五、六十羽も飼っていた――の世話をしたり、夜になると投網をかついで海へ行き、たいてい帰る時には、せいご、いな、かいずなぞを籠に入れて持って帰った。私は彼と阿片を離して想像することはできなかった。南京街の阿片|窟が警官に襲われたというような記事が、よく横浜の新聞を見ていると隅のほうに出ているが、警官に襲われるのは、よくよくおおっぴらになってからのことで、彼らの間にクラブのような秘密組織があって、警官に襲われよらが拘留されようがそんなことはなんとも思わず、始終場所をかえながら、個人の宅で、彼らが秘密の陶酔をむさぼりつつあることは事実なのである。そして、私が彼と阿片を結びつけて考えた理由は、彼が若い時に、香港で生活したことがあり、今でも多少広東語を話すということのほかに、私がかつて知り合いになった一人の阿片常用の支那人と、その兆候がすっかり似ているのである。どんな人間でも、生きている以上は、多少皮膚に艶というものがあるものだが、彼にはそれがちっともないばかりか、蒼白ろいといっただけでは足りない、やや黒ずんだ血の気のない顔色で、地に落ちた果物のごとく皮膚がしなびて弾力がなかった。彼が鶏小屋の前にでも立っているところを横から見ると、頤と腰が前に突き出ている割合に細い腹と胸がひっこんでいるので、今にも消え入る人のごとく弱々しく見え、何か仕事をしている時に見ていると、その指先がぶるぶる震えて、話をする時でも、とぎれとぎれに低い沈んだ声で話すのに、どうかすると、月に一度か二度、まるで別人のごとく元気な、決断力に富んだ男となるのも、彼が阿片をたしなむのではないかと、私が想像する理由の一つなのである。そして、彼は私と話をする時には、時々 言葉を切って落ちくぼんだ、懶《だる》げな、それでいて抜け目のない敏捷らしい眼で、じろじろ盗むように私を見るのであるが、この眼つきは、彼が愛嬌がいい割合に妙に秘密的で、ある点まで私を引っばってくると、その綱張りから中へはどうしても入らせず、それのみか、そこまでくると、急に今までとはがらりと変わった警戒深い男となることとともに、彼という人間を、ひどく猜疑ぶかい男と思わせるのだった。だが、それでいて、私はこの男がそんなにきらいでなかった。というのは、一方にそんな悪い癖があったにかかわらず、心の奥底に、非常にまじめな、というのもおかしいが、なんだか律義で、正直で、悪い意味での常識的なところや軽薄なところがちっともなくて、物事に全部的に打ち込んでゆくようなところがあったからである。
 そして私はだんだん彼と懇意になるに従って、彼を救うことのできぬ|幽鬱の深淵におとしいれた他の原因を感得することができた。それは、たとえば、絨緞にはいろいろな模様があるものだが、その絨緞の上に、十年も二十年も朝から晩まで生活していると、どうしてもその絨緞の模様や色彩から受ける感じなり気分なりの影響を、多少なりとも、その人の性情に受けるに違いない。それは一むろん、絨緞が家具のすべてではなし、またその人の生まれつきの気質や、その他の社会的な環境というものもあるから、そういう影響を、他のもっと力強い要素のために、かき消されることもあるし、またたとえ影響を受けたにしても、それはごくわずかなものに違いないが、しかし多少でも感受性の強い、神経の鋭い人なら、まるきりこの事実を無視することはできないのだ。そして、私は、そういったふうの理由から、彼の幽鬱の原因の一つが、その住まいのまるで山賊の隠れ家のごとく、暗く、むさくるしく古びて小さいところにあると思うのである。それに、少しでも風のある日は、家のすぐそばで海が騒いだが、海のうなりというものは、遠方から聞くといいものだが、家のすぐ下で不規則なリズムで猛りたてられると、だれでも神経が疲れて、狂人になりそうになる。
 それからまた、彼とかなり腹蔵なく話し合った際に、私は彼の幽鬱のも一つの原因を知ることができた。その時、途切れ途切れのかすれた低音で、彼はこう言うのである。
「……苦労して稼いだ金は、みんな嬶アにやりました。指輪でも着物でも、欲しがるものはなんでも買ってやりました。嬶アの前では、私は馬鹿だったのです。でも、四度目に男を作った時には黙っていられなかったのです。ある晩、淋しい場所へ連れだして、その男と手を切ってくれと頼みました。ところがどうです。嬶アはあべこべに、私と別れて、その男といっしょにならしてくれと言うのです。私は地べたに手をついて、どうかその男と手を切ってくれと泣き泣き頼みました。いくじのない話ですが、どうしても女と別れられない私には、そうするよりほかに手がなかったのです。すると、その翌日、私の留守の間に、荷物を持ってどこかへ行ってしまいました。相手の男に訊いても知らんと言うのです。どこを探してもそれきりわからないのです。なにしろあいつは、どれがほんとうの男かわからんほどたくさん男を持ってる上に、別嬪だからどこへ行っても食ってゆけるんですからね……」
 そして彼の幽鬱は次第につのって、このまま捨てておくと森の中で発狂して死んでしまうのではないかと思われた。次第に細りゆく彼の体の細胞の一つ一つが、石垣の苔や、森の木の葉や、黒い湿った土の間に消えてしまうのではないかと思われた。それほど陰気な彼の気質と森の闇はぴったり調和していた。
 ある日、私が外から帰って例の木の葉のトンネルのごとき坂道の、最後の段を登り切ると、私の家の後ろのほうから、奇妙な音がするのである。それは、ごくかすかな物音だったけれど、それでも、あたりがひっそりしていたので、私の鼓膜にはっきり響いた。私は息を殺して耳を傾けたが、物音はそれきりだった。私は、足音のしないクレープラバーの靴を履いていたので、石垣のすぐそぼの、草のないところを、抜き足差し足遠回りに歩いて、家の横手が見えるところへ出た。
 すると、ちょうど家の裏の角のところから三間ぼかり離れた枯れ草の中に」なんと驚いたことには、一人の男がしゃがんで一いるのである。明るいところから帰ってきた私の眼は、まだ暗いところに駢れないので、はっきりとは見えなかったけれど、それでも眸を凝らしてよく見ると、蒼白い横顔の落ちくぼんだ|頬《ほお》から|頤《おとがい》にかけてもじゃもじゃ生えた短い髯と、見覚えのある紺の縞の半纏で、その男が彼であることはすぐにわかった。そして、不思議にも、彼は体だけはしゃがんで低くしていながら、窮屈そうに顔だけ|仰向けて、何か透かして見るように、時々その顔を左右に動かしながら、じっと熱心に、私の家の軒下の板壁の上の辺りを見つめているのである。何が目当てで、何を見ているのか、それはわからなかったけれど、あたりの物静かさ、彼の|相貌《そうぼう》の物すごさに、私は底の知れぬ気味悪さを感じてぞッとした。だが、それはほんのわずかの間のことで、次の瞬間、彼は姿勢はそのままにして、顔だけこちらへ向けて、きッと私を見た。ああ、その眼! 私はその眼を一生忘れ得ないだろう。かつて私は一匹の泥棒猫がだれもいぬ庭に落ちた魚の頭を|嗅《か》いでいるのを、そぼの小窓からのぞいたことがあるが、その時、その猫は、ふと私がのぞいていることに気づき、いつでも電光石火の勢いで逃げられるように背をまるめ手足をちぢめ、それでも魚のそばを離れかねたように、顔だけこちらへ向けて、驚きと、恐怖と、敵意に、爛々と火のごとく燃える眼で私をにらんだのを覚えているが、彼のこの時の二つの眼はその猫の眼と同じであった。そして二人はしばらくの間、そのままの姿勢で、身動ぎもしなかった。この息の詰まるような沈黙は、彼が命がけで飛びかかってくるか、あるいはそれより一秒前に私がわッと喚きながら逃げ出すか、どちらかによって破るよりほかに仕方がないように思われた。だが、事実は、彼が飛びかかってきもしなければ、私が逃げ出しもしなかった。しばらくすると彼はにやりと笑って静かに起き上がり、のそのそした足つきで軒下の草のないところを通って帰りだすのである。これが普通の人間だったら、他所の庭に入った理由を説明して一口ぐらいは|詫《わ》びるもの、たとい説明ができないにしろ、なんとかその場の気まずさを取りつくろうために、見えすいた弁解でもするのが普通だけれど、彼は説明はもとより、挨拶すらしないで狂人の如くにやにや笑いながら段を下ってゆくのだ。あるいは彼が一種の精神病者ではないかという疑いは、ずっと前から抱いていたのであるが、私は、この時、いよいよこれは本物だなと思った。そして、私は、あとで、彼がしゃがんでいたところ、それから、彼がながめていた板壁の高いところなぞを、よく調べてみたのであるが、むろんそこにはなんの変わったところもなかった。だらしない陰気な彼の平常の生活や、逃げた妻に対する歯がゆいいくじない執着や、それから常識では判断できない彼の不思議な態度なぞが、彼という人間を、実にいとわしい、まるで湿った|闇《やみ》に住む陰獣のごとく思わせるのであった。そして彼を避けようとする私の気は次第に強くなっていった。
 ところが、このことがあってから一週間ばかりたった十一月のある晩のことだった。その日は一日晴れていたが、夕方になるとともに、東北の寒い風が、灰色の雲を低く飛ばして、時々すごい風が、嵐の前奏曲の一ように梢をうならした。私はいつもより早目に夕食をすますと、石油ストーブに火をつけて、煙草をふかしながら本を取り上げた。九時近くなると、大粒の雨が、ぱらぱら屋根を打ったが、その音はすぐやんで、ひとしきり激しい風が、枯れ葉や、折れた小枝を、壁にたたきつけた。と思うとまた風にまじって雨が降りだした。こんどは本降りだ。こうなると、臆病な私は不安でじッとしてはいられないので、いつもするように椅子から立って寝室や台所を見回りながら、窓の戸締まりを調べたり、何か潜んでいはしないかとベッドの下をうかがってみたりして、異状がないのを確かめるとやっと安堵したように、元の椅子に帰って本を取り上げるのだった。
 すると、この時、ふと私の眼に二間ばかり向こうの、ドアのハンドルが動いているのが映った。私はどきッと胸をとどろかせて眼を見張った。雨の音が激しくて足音は聞こえないけれど、確かにだれかポーチへ立っているらしい。だが、今ごろ私の家を訪れるのはだれだろう。この家へ引っ越して以来、夜の来訪者というものに、一度も接したことのない私は、まず不安な予感を覚えた。そしてほんとうにハンドルが動いたのかどうか、自分で自分の神経を疑いながら、そっと椅子から立ち上がって、ドアのほうに近より.かけるとそのとたんに、荒々しくドアをたたく音が、私の胸に鉄槌で釘を打つごとく鋭く響いた。
 そして、極度の恐怖にかられた私は、ドアをたたくものが、いままで私を始終おびやかしていた人間以外の得体のわからぬ未知のもの、すなわち暗い森に住む妖怪――むろんそんなもののあることを、理性で明らかに意識したことは一度もなかったけれど、私の感情は、先に述べたとおり、どうかすると、そんなものの存在を、曖昧模糊のうちに認めたがっていた――その森の妖怪とでもいうべきものが、いよいよやってきたのだと思う心と、そうでなく確かに人間であろう、しかも下に住む無害な管理人であろうと思う心との、このまったくちがった二つの想像の激しい葛藤に抑えつけられながらも、ただ黙ってそこにぼんやり立っているわけにはゆかなかった。
「だれ?」
 と、神経で緊張した低い声で言って、私は耳を澄ました。
「早く開けてください! 私です……」
 こう言う戸外の声は、彼の声に違いなかったが、それは泣き声のようにも聞こえれば、ひどくあわてて、息を切らしているようにも聞こえた。
 ドアを開けると何か凶事が部屋に入ってくるという迷信を、私はその時も抱いていたのだが、それにもかかわらず、自分以外の意志に支配されて、習慣的に真鍮の掛け金をはずして、恐る恐るドアを開けた。
 すると、窒息するばかりの冷たい風が、さッと面を打つとともに、いつもの色の褪せたぼろぼろの外套をきた彼が、雨にびっしょりぬれたまま、何も言わずに、のそのそ入ってきて部屋の中央に立った。
 私はふたたび元のごとくドアをしめて、さて振り返って、よく彼を見ると、顔は死人のごとく蒼ざめて、深く落ちくぼんだ小さい眼を狂人のようにきらきら光らせ、ひいひい喉を鳴らしてあえいでいるのである。
「どうしたんです?」
 と、私が訊いた。
 すると、彼は、寒さのためか、それともひどい恐怖に襲われているのか、歯並みをがたがた震わせながら、
「ゆ、ゆうれいを、見ましたよ」と、言って、無理に|頬笑もうとしたが、顔が石のように強ばって、口元の筋肉がぴくぴく痙攣しているので、その微笑は、かえって気味悪い病的な表情になった。そして彼は大息をして、干からびた喉から、低い、かすれた、切れ切れの声を出しながら続けるのである。「幽霊を見たと言って、あなたは、ほんとうにしてくださいますか?……え?……嘘とおっしゃるなら、嘘でいい……とにかく、私は、この眼で見たんです……ああ、怖い……怖い……もう網を打ちには行かん……怖い……崖の下ですよ、ほら、私がよく行く飛び飛び岩のあるところね、あすごですよ……あすごで、あすこで、いま、網を打ってましたらね……網が、重くて、重くて……なかなか上がらない……はて、こいつはおかしいそ……また、何か……また、何か、藻屑でも引っかかったかな、と思いましてね……ゆっくり、ゆっくり、網を手前のほうへ引きよせたのです……すると、はじめには、はじめには、女の土左衛門が網にかかったのかと思いましたよ……長い黒い髪が海草のように、ゆらゆら波に揺れて、う、う、うつぶせになった着物の間から、細長い、女の手や、白い足が、にょきッとのぞいて……提灯で、提灯で、よく見てますと……死んでいると思っていたその女が……ど、どうです……闇の中でも、はっきり見える雪のように白いきれいな顔を、私のほうに向けて、にやりと笑うのです……私は、きゃッと叫んで、提灯と網を捨てたまま、後をも見ずに、ここまで逃げて帰りました……ああ、怖い……もう網を打ちには行かん……もう網を打ちには行かん……」
 そして、彼は、喉を鳴らしてあえぎながら、いまにもふらふら倒れそうな体を、足踏みしながら支えるのである。
「そりゃア、神経のせいですよ。幽霊なんてものがあるもんですか。あなたはどうかしていらっしゃる。さア、ぬれた外套でも脱いで、ここへ腰かけて、気をお落ち着けなさい」
 だが、彼は|坐《すわ》ろうとはしないで、震える手先で頭髪の滴をしぼっていたが、折りから雨をまじえたすごい暴風が怪猫のようなうなりをたてて、家を揺るがすと、彼はびっくりしたように顔を起こして、宙をにらんで、
「なんです……あれは……ああ、風か……怖い……追っかけてくるかもしれん……怖い……」
 こうあえいで身震いした。
「まア、お坐りなさい、神経のせいですよ」
 言いながら、私は椅子をすすめた。
 だが、彼は椅子を避けて、夢遊病者のような、ふらふらした、不確かな足つきで、あてどもなく部屋の中を歩き回りながら、
「いや、神経じアない……神経じアない……ほんとうを言いますとね……初めてじアないんですよ……私が幽霊を見たのは、今夜が初めてじアないんですよ……網にかかった幽霊を見たのは、今夜が初めてだけれど」私は、私は、なんども、幽霊を見た……これで三度目なんですよ……」それから彼は、急に部屋の隅で立ち止まって、にやにや笑いながら、例の猜疑深い気味の悪い眼で私を見つめて、「あなたは知ってますね?……知ってますね…………どうも、様子がおかしいと思った……知ってますね?……知ってらっしゃるんでしょう?……なアに、知ってたって構いやしない……網にかかった女はね、嬶アの幽霊ですよ……嬶アの幽霊ですよ……あいつが、あいつが、ほかの男と逃げたというのは、嘘ですよ……嘘ですよ……なんで逃がすものか……馬鹿ッ……なんで逃がすものか……このおれは、嬶アを逃がすような、そんな間抜けじアない……あいつが逃げたというのは嘘ですよ……嘘ですよ……あいつが逃げない前に、私が殺したんですよ……この私があいつを殺したんですよ……喉を絞めて……手ぬぐいで……ひッひッひッ!」と、ヒステリーのごとく笑って、また部屋の中を、ぶらぶら歩きながら、「……私は、あの晩、あいつの前に坐りましてね、地べたに手をついて、泣きましたよ、ええ、実際泣きましたよ……泣きながら、どうぞ、どうぞ、ほかの男と、手を切ってくれと頼んだのです……でも、だめでした……嬶アは、私が平常おとなしいので、馬鹿にし切っています……どうしても私の言うことを聞いてくれません……それで、それで、いきなり飛びかかって、手ぬぐいで、手ぬぐいで、絞め殺したんです……あなたは見ましたね?……見ましたね?……え?……見たんでしょう?……いや、見たって構いません……構いません……なあに、見たいのなら、私のほうから見せてあげますよ……」
 こう言いながら、いきなり、彼は部屋の片隅にあった食卓用の曲げ木椅子を、両手でつかんだと見るまに、その椅子の四つの脚で、暴れ狂う猛獣のように、勢い込んで天井を突くのである。そして、彼が、息つくひまもなく、五度、六度と、続けさまに天井の方々を突き回ると、白いウォールペーパーの所々が破れて、そこから壊れかかった天井板が、悪魔が口を開けたように、だらりと下に垂れさがった。私はただあっけに取られて、はらはらしながら、見ているよりほかなかった。
 そして、やがて天井全体が、ぼろぼろになってしまうと、そこから、一つの大きな箱――それはちょうど、輪出向きの生糸を入れて船に積む時の箱のように、湿り気を防ぐために、裏一面に錫を張った、大きな、けれど薄い、粗末な箱であったが、その箱が、どさんと大きな音をたてて、床の上に落ちて壊れて、中から白砂のようにさらさらした塩が少しこぼれ出した。彼が、その箱の裂け目に、ぶるぶる震える手をかけて蓋をもぎ取って床の上に移すと、きれいな白い塩といっしょに、ほとんど見る人をして、|畏敬《いけい》の念を起こさせるほど静かで神々しいプラキシテレスが刻んだヴィナスのように美しい女の亡骸が出てきた。