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溢れ出る気持ちは誰のもの? ◆BEQBTq4Ltk


――もしも、またみんなと一緒に笑えたら。


それはとっても嬉しいなって――







島村卯月が目を覚ましたのは放送よりも前だった。
彼女は運が良い。寝過ごしては大事な情報が手に入らないから。


「……ひっ」


寝起きの彼女が真っ先に取った行動は歯磨きでも洗顔でもない。
普通の少女に似合わない挙動で腕を首に回した。
首輪の金属がひんやりと掌に伝わる中、彼女は何回も手を擦っていた。

「ある……ある……」

触っても物足りない。
右拳を握り、首輪を含め自分の首を島村卯月は殴り始めた。
「ひぐっ……ある……」
衝撃により呼吸が出来なくなる時もあるが、彼女は構わず殴り続ける。
メトロノームのように何度も一定に、機械のように何度も何度も何度も……。

「ある……あ、る……」

やがて疲れたのか、拳を解きだらしなくベッドに右腕を降ろす。
疲労したのは右腕だけではなく、彼女の瞳は黒く濁っていた。
睡眠を取った人間の瞳とは思えないそれは、数時間前の悲劇が焼き付いてる。


島村卯月が殺し合いの中で一番最初に出会った参加者である。
その笑顔の輝きは人一倍で、正義感溢れる強い女性だった。
その強さは人間を殺せる程の覚悟を持っていて、島村卯月とは別次元の存在。

「あるよ……りんちゃん……みおちゃん……わた、私」

輝かしい笑顔を持っている女性はセリュー・ユビリタス以外にも知っている。
同じ仲間であり親友である渋谷凛本田未央を始めとする少女達。
アイドルの理想像を共に目指す島村卯月にとっての宝物。
でも、セリュー・ユビリタスの笑顔は悪魔のようだった。

「私は……首、あるよ……」


セリュー・ユビリタスが生命を奪った南ことりには首がない。
あぁそうだ。南ことりは死んだ。
誰が殺した、それはセリュー・ユビリタスだ。


セリュー・ユビリタスはどんな人間だ。

恐怖に怯えている島村卯月を励ました強い人間だ。
近くの見回りも率先して行った勇気在る人間だ。
その強さの源は何処から来る、それは人間を殺すことの出来る覚悟と倫理観だ。

覚悟を持っていれば、倫理観が常識を逸脱していれば人を殺せるのか。

ならば南ことりはセリュー・ユビリタスと同じ人種なのか。
違う。彼女――南ことりは普通の女子高生だった。
運が悪かった。殺し合いに巻き込まれた時点で彼女の運命は大きく変わってしまった。

大切な仲間を守るために。
仲間と共に叶える夢と自分のためだけに叶える夢。
道の選択を悩んでいた南ことりの背中を押し、腕を引っ張ってくれた存在。
その存在を始めとする仲間を――守りたかっただけ。

「ことりちゃん……私は生きてるよ……」

セリュー・ユビリタスに首を切断された女性の名前を呟きながら、首を触る。
触るよりも絞めるに近いその動作はまるで自分の生命を確かめているようだった。
生きている、自分は南ことりと違って生きている。

生きているという当たり前の感覚が今の島村卯月にとってどれ程嬉しいものなのか。
顔こそ笑顔ではないが、生命在ることを彼女は人生の中で一番喜んでいた。

「嬉しい……っ、私、ちょっと疲れてるか……な」

自分が壊れそうだ。
死体を、それも生首を初めて目撃した島村卯月の感情は大きく歪み始めている。
生きている、が当たり前ではなく、選ばれた人間だけ。
生存が彼女の中で肥大していき、嬉しいと小言を漏らすほどに膨れていた。

だが否定したい。
自分ではないようで。
嬉しいと言葉を漏らす自分が自分ではないようで。
生命の実感を真摯に受けている自分が、もう戻れない道を歩んでいるようで。

「――ひっ」

突如流れるノイズが彼女の心を圧迫する。
ベッドから身体を動かしはしないが、視線は扉の向こう側を見つめている。
誰かが部屋に来たと思ったが、実際は放送に係る音声のノイズであった。
思えば上条当麻なる男性が殺された時、広川が何かを言っていたような気がする。

誰に言われたわけでもなく、島村卯月は自然とバッグの中から名簿と地図と筆記用具を取り出していた。




「ことりちゃん……」

死者を読み上げる広川。
彼が一番最初に宣告を告げた名前は島村卯月が知っている南ことり。
数時間前まで生を帯びていたその存在を思い出しながら、名簿に線を引いていく。
禁止エリアを塗り潰すよりも心労が溜まる作業だ。
――人間の死を作業と捉えていいのだろうか?


「……首は、ある……」

何度目か解らないが、首に手を伸ばし生命を実感する。
私は生きている、夢じゃなくて、現実で生きている。
現実逃避したい現状から逃げずに、自分に何度も何度も言い聞かせるように首を触る。

美遊・エーデルフェルト、知らない。浦上、知らない。比企谷八幡、知らない。
 佐天涙子、知らない。クロメ、知らない。クマ、知らない……」

告がれていく名前を復唱しながら名簿に取り消し線を増やしていく。
数時間の間にどれだけの人間が死んだのか。
改めて考えると、目覚めた時、近くにセリュー・ユビリタスの姿は無かった。
彼女は何処かで南ことりの時と同じように他の参加者を殺していたかもしれない。


「渋谷凛、知らない」


復唱しながら取り消し線を引く。
同じ行動を起伏無しに何度も繰り返す姿は正確無比のロボットのようだ。
弱音を吐くことも無ければ強がることもない。
プログラムされた記号を只管に何度も繰り返す冷たくて悲しい機械のように。

モモカ・萩野目、知らない」



星空凛……あっ、ことりちゃんの友達……」



南ことりが死ぬ前に。
まだ己を隠していた頃、語ってくれたスクールアイドルの仲間。
アイドルグループの存在は知らなかった。
部活の一環として活動する彼女達と同じ舞台に立てれればいいな、そう思っていた。

「あれ……星空凛ちゃんはもう潰してある」

星空凛の名前が記載されている欄に取り消し線を引こうとした時、既に引かれていた。
名前を復唱しながら線を引いていたため、間違いをすることは無いはずである。
不思議に思いながら、呼ばれていく名前に線を引いていく。

結果として十六人の名前が呼ばれ、引かれた線は十五。一人足りない。

名簿をもう一度見渡すが、線の数は十五。

しかし足りない理由はすぐに解った。





「渋谷凛……凛ちゃんの名前が呼ばれた時、間違って星空凛ちゃんの名前に線を引いたんだ」















「トイレ、行ってきます」





誰に言ったかも解らずに、バッグを持って島村卯月は立ち上がった。





水を流すのは何度目だろう。
吐きすぎて胃から固形の物は出て来なくて、気持ち悪い液だけが出て来ます。

凛ちゃんの名前に気付いた時、時間が止まりました。
私だけが世界に取り残されたみたいで。
でも、実際は凛ちゃんだけが世界から除外されてたみたいなんです。

信じられないと思いました。でも、受け入れるのは早かった。

ことりちゃんの名前が呼ばれた時点で、この放送に嘘はないと思いました。
だってことりちゃんは私の目の前で死んだから。

死んだから……素直に思える私が私じゃないみたいで気持ち悪い。

「なんでこんなことになったんだろう……」

もう、涙も出て来ません。
たくさん泣いて、たくさん吐いて。
凛ちゃんはもういない。私は、島村卯月はもう二度と渋谷凛に出会えない。

ニュージェネレーションズはもう二度と、あの笑顔で舞台に立つことが出来ない。

どこで間違ったんだろう。
最初にセリューさんに心を許したのが悪かったのか。
ことりちゃんの暴走を止められなかったのが悪いのか。
私には解りません。

プロデューサーならどうするんでしょうか。
未央ちゃんならどうやったのかな。
私だから駄目だったのかな。誰か教えてください。

8 :名無しさん:2015/07/23(木) 22:06:26 ID:3h.TAs0.0
どうすれば凛ちゃんを助けれたのかな。
高い山の頂上に咲く花のようにかっこいい凛ちゃん。
孤高を気取る訳でもなくて、心優しい友達思いの凛ちゃんが大好きです。

誰が凛ちゃんを殺したんだろう。
知りたい、いや、知りたくない?
知ってどうするんだろう……私にも解りません。

「追い掛けるのはできないよ……ごめんね凛ちゃん」

私も死にたくなってバッグに入っている糸で死のうとしました。
首を吊ろうにも糸は細くて、巻き付けた首から血が出る程鋭利だったので、やめました。
説明書みたいな紙を読むと、とても頑丈なので、服の下に纏いました。

「これから……」

服を来た所で、私はどうすればいいんだろう。
トイレを出て、うがいを済まして顔を洗いました。
試しに鏡の前で笑顔を作っても、悪魔が笑っているような……本当の笑顔じゃ無い気がします。

凛ちゃんが死んだこと、信じられません。
でも放送が嘘だなんて思えません。
私は何を信じればいいんでしょうか。

今頼れる人間、それはセリューさんだけです。

あの人は人間を殺せる怖い人で、でも、私に危害を加えない人でもあります。


ひ弱な私は彼女に頼るしかありません。


「セリューさん……外にいるのかな……?」


だから私はセリューさんを探すために外に向かおうと思います。
この選択が正しいか間違っているか何て解りません。

そもそも今の自分が誰かなのも解りません。

目が覚めてから首を触っている時、島村卯月が別人に変わっているようでした。

ことりちゃんと自分を比べた時、島村卯月が別人に変わっているようでした。

壊れた機械のように放送で呼ばれた名前に線を引いた時、島村卯月が別人に変わっているようでした。

凛ちゃんの名前を無意識で飛ばした時、私は島村卯月でした。

自殺を図った時、私は誰だったのでしょうか。

凛ちゃんの死を現実だと認識した時、私は何を考えていたのでしょう。

私には解りません。

でも、どうすることも出来ません。


今は悪い魔法に掛けられていて、魔法が解けたら全部夢のように消えてくれれば。

それはとっても嬉しいなって。


こんな時に、こんな事を考えてしまう私は本当に島村卯月でしょうか。




【D-4/イェーガーズ本部内/一日目/早朝】



【島村卯月@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]:悲しみ、セリューに対する依存、自我の崩壊(極小)、精神疲労(大)、『首』に対する執着、首に傷
[装備]:千変万化クローステール@アカメが斬る!
[道具]:ディバック、基本支給品、賢者の石@鋼の錬金術師
[思考]
基本:元の場所に帰りたい。
0:どうすればいいのかわからない。
1:セリューとの合流。
2:助けてもらいたい。
3:凛ちゃんを殺したのは誰だろう。
4:助けて。
[備考]
※参加しているμ'sメンバーの名前を知りました。
※渋谷凛の死を受け入れたくありませんが、現実であると認識しています。
※服の下はクローステールによって覆われています。
※自分の考えが自分ではない。一種の自我崩壊が始まるかもしれません。
※『首』に対する異常な執着心が芽生えました。
※無意識の内にセリューを求めています。
※彼女が所有している名簿には渋谷凛を除く、第一回放送で呼ばれた名前に取り消し線が引かれています。


【千変万化クローステール@アカメが斬る!】
ナイトレイドの一員であるラバックが所有していた糸の帝具。
用途は罠、索敵、防御、攻撃など多種多様な万能で豊富。
とっておきの一本と呼ばれる界断糸は強度、鋭さ共に通常の糸を遥かに上回る。
奥の手は存在するが原作では未登場である。



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036:やはり私の正義は間違っているなんてことは微塵もない。 島村卯月 098:正義の戦士たちよ立ち上がり悪を倒せ
最終更新:2015年08月22日 20:09