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汚れちまった悲しみに ◆dKv6nbYMB.


イェーガーズ本部に残された由比ヶ浜結衣は、気絶している島村卯月の看病をしていた。

「...大丈夫、かな」

傍らで眠る少女の頬をそっと撫でてみる。
セリューから聞いた話によれば、南ことりという悪人を殺したときに気絶してしまったらしい。
当たり前だ。いくら悪人だからといって、目の前で殺人現場を見せられれば、気絶くらいしてもおかしくはない。
ましてや、殺人者名簿にも載っていないような一般人ならなおさらだ。

「でも、仕方のないこと、なんだよね?」

震える声で、誰に言い聞かせるでもなくポツリと呟いた。
もしもセリューが殺されていれば、南ことりはここにいる卯月も殺したかもしれない。
それだけでなく、ヒッキーたちも彼女に殺されてしまったかもしれない。
理由はなんであれ、誰かを殺そうとする者は殺さなければならない。
嫌だ嫌だと拒否しているだけでは、友達の命だけでなく、己の命すら守ることはできない。
だから、自分も浦上という男を...


「...間違って、ないんだよね?」

答える者は、誰もいない。



どれほどの時が経っただろうか。

(...どうしようかな)

島村卯月は未だに目が覚める様子はない。
かといって、目が覚めた途端にまた気絶されても困る。
セリュー曰く、とても繊細な子らしいので、目が覚めた瞬間に汚い服の知らない女がいれば気絶してしまう可能性も十分にあるのだ。

「あっ...」

思い返せば、いまの自分の身なりは汚いなんてものじゃない。
上半身は嘔吐物で汚れ、ところどころに返り血もついている。下半身に至っては、黄色のシミが目立つほど染み込んでいる。
むしろ、これで警戒するなと言う方が無理がある。

(着替えとかあるかな)

とりあえずのやるべきことを決めると、結衣は眠る卯月はそのままに、衣服を探しに部屋を出た。


イェーガーズ本部中の部屋を探し回ったが、結局見つけた衣服は大きめのシャツ一枚のみ。
途中、何故だか破壊されていた厨房を見つけ、怯えながら探していたために全てを周れたわけではないが。
とにもかくにも、シャツ一枚で動くのは厳しいものがある。
そのため、汚れた制服を洗い、渇くまでの繋ぎにしようかと考えたときだ。

(...臭い)

改めて気づいたが、とてつもなく臭い。
汗、吐しゃ物、血液、尿、その他etc...
とにかく色々なものが混じったその匂いは他人のものであれば到底耐えきれるものではないだろう。

(ついでに身体も洗っておこう)

そんな状態に陥れば、一人の女子としてはこう考えるのも当然のことである。





シャアアア―――...

湯気が立ち込める部屋の中、結衣は一糸纏わぬ姿で立ち尽くしていた。

(気持ちいい)

肌に触れる熱気が。
顔を、首を、実った果実を、腹部を、太ももを、臀部を。髪から爪先までをあますことなく濡らしていく湯が。
毎日浴びているはずのシャワーが、今まで感じたことのないほど快感に思えて仕方なかった。

「おっと、いけないいけない。服もちゃんと洗わなきゃ」

洗面器にお湯を張り、汚れた制服と下着を入れる。洗剤はなく、石鹸しかなかったが仕方ない。
石鹸を手で擦り泡立たせ、その手で衣類を揉みしだく。
すると、たちまちお湯の色はたちまち変色し始めた。
若干黄色がかったものに、うえっと舌を出しそうになりながら、お湯を変え、石鹸をつけ、揉みしだく。
その行程を何度か繰り返すと、お湯も変色することは無くなった。途中、嫌な臭いがした気もするが、それはなんとか石鹸の匂いでごまかした。

「よしっ。これでいいかな」

制服を絞り、お湯をきる。そのまま頭上に掲げれば、目に映るのは、若干黄ばんでいるものの、赤色が混じっただけのいつもの制服。

「......」

赤が混じっただけの、いつもの制服。
黒に混じれば目だたないはずの赤色がやけに目立つ制服。
どれだけ洗っても落ちなかった赤色のついた制服。
もうこれ以上あか色がおちそうにない制ふく。
うらかみのちがついたあかぐろい―――

「...もう少しだけ、いいよね?」

誰に断るわけでもなく、結衣は呟いた。
本来の目的は果たしたのだ。すぐに卯月のもとへと戻るべきなのだが、こんな制服を見られれば、いらぬ誤解を生んでしまう可能性もある。
なら、もっと綺麗にすべきだろう。
そんな言い訳を作り、洗面器にお湯を張り、石鹸をつけた手で制服を洗う。

―――ごしごしごし

まだ落ちない。

―――ごしごしごしごし

やっぱり落ちない。

―――ごしごしごしごしごし

気が付けば、手が真っ赤になっていた。そうだ、手が汚れてるから落ちないんだ。

―――ごしごしごしごしごしごし

あれ、おかしいな。いくら洗っても落ちないや。

―――ごしごしごしごしごしごしごし

どれくらいせっけんをつければいいんだろう。どうすればこの汚れはおちてくれるんだろう。

―――ごしごしごしごしごしごしごしごし

どうしておちないの?せりゅーさん、ゆきのん、ひっきー。どーすればこのあかいのおちるのかな?ねえ、おしえて。ねえ...






―――ごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごし





...たすけ―――ザザッ


『おはようしょくん』


突如聞こえてきた男の声に、結衣の身体がビクンと跳ね上がる。
思わずタオルと石鹸を落としそうになり、わたわたと手と石鹸とタオルが宙で入れ替わり立ち替わりに舞い踊る。
なんとかタオルは掴めたものの、石鹸はつるつると滑って結局落ちてしまった。

「あ、あれ?」

腕を確認する。いつもの肌だ。両腕を包んでいた赤色なんてどこにもない。

(な、なんだったんだろう、さっきの)

疑問符を浮かべる結衣を余所に、言葉は淡々と紡がれていく。

『この放送は6時間ごとに行い、その都度『禁止エリア』及び『脱落者』を読み上げる。一度しか流さないので、記憶力に自信のない者はメモをとるのをお勧めする。30秒待とう。それまでに各自準備をしてくれ』

どこかで聞いたことあるようなと他人事のように思っていた結衣だが、声の主が広川だとわかると、慌てて言葉通りにメモを探しまわった。
(え、えっと、なにをきけばいいんだっけ。えっと、えっと...)
『準備はできたかな?...では、今回の禁止エリアを発表しよう』
メモなどシャワー室にないことに気が付くと、シャワーを止め、慌ててシャワー室から出ようとする。
その時だ。

ツルッ

「えっ」

タオルで擦りすぎたせいで流れ出た泡は、滑り落ちた石鹸の存在を隠していた。
それに気付かず、結衣は床の石鹸を踏み、足を滑らせ―――


ゴッ

「―――――」

『最初にも説明した通り、禁止エリアに踏み込むこめば首輪が爆発――――』

結衣が声にならない悲鳴をあげるが、お構いなしに広川の放送は続く。


『―――美遊・エーデルフェルト。
浦上
比企谷八幡―――』


(ヒッキー...?)

自分が殺した男と、大切な者の名を最後に、結衣の意識は闇へと消えた。




【D-4/イェーガーズ本部/一日目/朝】


【由比ヶ浜結衣@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(大)、精神疲労(大)。後頭部にたんこぶ 全裸 気絶
[装備]:MPS AA‐12(残弾6/8、予備弾層 5/5)@寄生獣 セイの格率
[道具]:ディバック×2、基本支給品×2、フォトンソード@ソードアート・オンライン、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 エスデス用のシャツ(現地調達)
[思考]
基本:死にたくない。
1:比企谷八幡と雪ノ下雪乃に会いたい。
2:セリューと行動を共にする。
3:悪い人なら殺してもいい……?


※制服・下着は浴室にあります。
※MPS AA‐12(残弾6/8、予備弾層 5/5)@寄生獣 セイの格率は浴室の外に置いてあります。
※ロクに放送を聞いていません。

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036:やはり私の正義は間違っているなんてことは微塵もない。 由比ヶ浜結衣 098:正義の戦士たちよ立ち上がり悪を倒せ
最終更新:2015年08月22日 20:09