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正義の戦士たちよ立ち上がり悪を倒せ ◆jk/F2Ty2Ks


島村卯月セリュー・ユビキタスとの合流を求め、イェーガーズ本部の外に出ようと歩いている。
暗く沈んだ雰囲気と、時折首を叩く病的な動作を見て、普段の彼女を連想できる者はいないだろう。
彼女が元の世界で本来目にするはずもなかった物……殺人行為、惨殺死体、生首。
彼女が元の世界で本来体験するはずもなかった事……拉致、凶行の強要、親友の死。
それら過大なストレスが心という器にヒビをいれ、封じ込めていた中身が零れ出し、血肉と混ざっていく。
全身を流れる混迷に濁った血が、卯月の認識を変転させる。

「……?」

エントランスに足を踏み入れた卯月の耳に、聞き慣れた音が届く。
シャワーの音、水が流れる音。静寂を切り裂いて響くそれに、卯月は身をすくめる。
誰かがこの建物の中にいる―――普通に考えれば気を失う前まで一緒にいたセリューだろう。
不安定な精神状態の卯月はしばし迷ったが、音が聞こえる方へと行ってみることにした。
しばらく進むと、湯気が視界に入った。立ち昇る熱気を追いかければ、女性用の浴室の扉が開け放たれている。
それだけではない、扉からすらりと長い足が飛び出しているではないか。

「大変、助けなきゃ」

抑揚のない声に自分でも驚きながら、卯月が駆け寄る。
浴室に入ってみると、石鹸が立てた泡が床を埋め尽くし、濡れた学生服と下着が散乱している。
目を回して気絶しているのは、セリューとは別人の同世代と思しき少女。
スタイルも良し、器量も良し。しかし全裸でなければどこにでもいそうな、普通の女の子と見えた。
苦労して浴室の外に引っ張り出し、風邪を引かないように体をタオルで拭く。
下着も何もないが、一枚だけ洗濯籠にかかっていたシャツを着せる。
ほどなくして少女が目を覚まし、ハッと飛び起きる。
卯月を見て、周囲を見て、状況を把握したらしく嘆息した少女は、シャツの前のボタンを一つ外して座り込んだ。

「あはは、ごめんね。変なところみせちゃって……島村さん、だよね?」

「……それ、私の、名前、ですね」

「? 私は由比ヶ浜結衣。セリューさんから、話は聞いてるよ」


複雑な感情で答えた卯月の返答をどう受け取ったのか、結衣は平静に対応する。
一時の恐慌状態から、セリューとの交流で落ち着きを取り戻した結衣は、一人でいるときはともかく、他人の前では普通に振舞える程度には精神状態を安定させている。
他人の顔色を伺う悪癖も、今の卯月にはプラスに作用した。自分が平素の状態でない事を看破し、あえて明るく振舞う結衣の姿に警戒心が解けていく。
共通の知り合いで同じく保護を受けている相手、セリューを互いが知っていたこともあり、二人は出会ってすぐだが、友好的な関係を結ぶ事が出来た。

「……私、セリューさんを探しに外に行きたいんです」

「ダメだよ! 危ないし……きっともうすぐ帰ってくるから、一緒に待ってよ、ね……?」

卯月を押し留める結衣の言葉には、二人の危険人物に襲われた彼女の実感がこもっていた。
立て続けに浦上、キリトという人間から襲われて逃げ、ドン底にまで落ちていた結衣の心も、セリューと出会ってイェーガーズ本部に辿り着いてからは乱れていない。
ゆえに、何の理由もなくここを離れるという選択肢はありえなかった。自分と同じ境遇の卯月がそんな事をするのも、黙って見てはいられない。
セリューに信じて託されたのだから、と必死で説得する結衣の真に迫る物腰に、やがて卯月も折れた。

「由比ヶ浜ちゃん、ありがとう。私、ここでセリューさんを待ちます」

「絶対そうしたほうがいいって! ……あっ、制服乾かさなきゃ! たまむん、手伝ってー」

「は、はい」

知り合って2分で愛称を付けられ、あたふたと結衣を補助する卯月。
揺るぎない強さを持つセリューと、明らかに無理をしてまで、朗らかに接してくれる結衣と一緒なら、こんな状況でもなんとかやっていけるかもしれない……。
疲弊した卯月の精神が、一時の安らぎに身を委ねようとした時だった。
物音と、声が聞こえる。一人ではない、複数の人間が、イェーガーズ本部に入ってきたのだ。
二人の表情が固まった。このバトル・ロワイアルの場に置いて、力を持たない者にとって他人とは全て恐怖の対象。
どちらからともなく、抱き合って体を震わせる。
逃げる、隠れるという発想が出る前に、足音は浴室に迫ってきた。
見れば、シャワーのノズルからは、まだ水が流れている。この音に引き寄せられてきたのは卯月も同じだというのに迂闊だったか。
慌てて水を止めるも、既に手遅れ。
女性用の浴室の前で足音は止まり、数秒の間を置いて扉は開け放たれた。






扉を開けたのは、どこか垢抜けない雰囲気の青年だった。
入室するやいなや投げつけられた洗面器や浴剤の空容器に驚き、エスデスのシャツを纏った豊満な肢体に背筋が凍る戦慄を覚えた男、その名はウェイブ
絶対的支配者・エスデスに対し現状をどう弁明するか。ウェイブのその思案による一瞬の硬直が、卯月と結衣の動きをも止める。
ウェイブが立ち込める湯気の先にいるのがエスデスではない、と気付くのと、結衣が絶叫するのはほぼ同時だった。
この状況で、結衣が武器を持っていなかったのは互いにとって幸運だったといえる。
彼女がディバックからショットガンを取り出していれば、ウェイブは慌てて扉を閉めて平謝りすることもなく、結衣たちがウェイブに害意がないと察することもなかっただろう。
自分の勘違いに気付いた結衣が、扉を少しだけ開けてウェイブの鏡合わせの様に頭を下げる。

「すいませんでした……」

「き、気にするなって」

見れば、頭を掻くウェイブの後ろには二人の人間がいる。
怯えた表情の少女と、満身創痍といった様子の男性。
少女は眼の焦点が合っておらず、結衣や卯月と同じくつい最近目覚めたばかりと見える。
だが男性の方は更に深刻だ。結衣から見れば意識があるのがおかしいほどの重傷。見ている方が気を失いかねない、ズタズタの血まみれ。
自分が撃ち貫いた浦上を連想し、結衣が息を呑む。卯月も心配よりも恐怖が勝ったらしく、結衣の背中から顔を出して様子を伺っている。

「お前ら、セリューが言ってたウヅキとガハマか? 俺はウェイブ、イェーガーズのメンバーだ」

「ガ、ガハマじゃなくて結衣って呼んでくださいね。ウェイブさん……セリューさんから聞いてます」

「セリューさんは? セリューさんはいないんですか?」

「……あいつは、ちょっと俺たちから離れてる。後ろの二人は花陽とマスタング」

浮かない表情でウェイブが紹介した仲間の名を聞いて、結衣と卯月は似通った反応を見せた。
結衣の持つ殺人者名簿には、ロイ・マスタングの名が乗っていた。だがセリュー達と行動を共にしているのなら、彼女やウェイブと同じ理由で、浦上やキリトのような殺人鬼ではないのだろう。
卯月は花陽の名を、今は亡い南ことりから聞いている。彼女が凶行に走った理由、自身にとっての―――や、本田未央、前川みくと同じ大事な友人。
警戒とまではいかないが、顔を強張らせた二人を見てウェイブはその考えを察した。
セリューから、二人と行動を共にするに至った簡単なあらましは聞いている。
殺人者名簿の存在、さらに殺人を犯そうとした南ことりを島村卯月の目の前で断罪したと語ったセリューの言葉から、結衣たちの心中を読むのはそう難しいことではなかった。
二人の緊張をなくす為に言葉を継ごうとするウェイブに、マスタングが割り込む。


「君達は自分が島村卯月、由比ヶ浜結衣だと証明できるか?」

「は?」

「……っ!! ッ、ああっ……」

突拍子もないマスタングの言葉に結衣は困惑し、卯月は狼狽して2、3歩後退する。
マスタングは知る由もないが、今の卯月にとって自我の証明に意識を向けさせるのは彼女の精神を容易に追い詰める一手だった。
二段式の洗濯籠に背中をぶつけ、しりもちをついて激しく震え出すその急変に、その場にいる人間が一様に動揺する中、マスタングだけが別の物に目を向けていた。
卯月が転んだ拍子に落とした一塊。赤い光を放つそれは、流体でありながら"石"と呼ぶべき固形を保っている。

(―――賢者の石! エンヴィーめ、やはりマヌケだな貴様は!)

マスタングは咄嗟に錬成の構えを取ろうとして、今の自分に即時攻撃の手段がないことがない事に気付き歯噛みする。
片腕を失い、即席の炎陣手袋も使い切っているのだ。賢者の石……ホムンクルスが体内に満載する活動力の源を落とした者を、即座に焼き殺せない。
だがそれも、今回はプラスに働いた。一瞬で怒りを沸騰させたマスタングに、考える時間を与えたのだ。
いくらエンヴィーでも、マスタングの前でこんなミスを犯すだろうか。見れば、鋼の錬金術師・エドワードがエンヴィーから借りたという体内石とも形態が異なる。
支給された物品だとすれば、先ほどの戦闘であれだけ消耗しておいて、自身の命を補充する為に使っていないはずがない。
マスタングの殺気が膨らんだことにその場で唯一気付いたウェイブも、マスタングが現状で無茶を出来ないことはわかっていた。
冷静さを取り戻していくマスタングの気配を感じ、素早くフォローを入れる。

「いや、悪い。人の姿に化けられる悪党が」

「無事だったんですねウヅキちゃんーーーーーーっ!!!!」

「「ひっ!?」」

「うお、セリュー!? お前……」

だがそのフォローは虚しく無効化。突如その場に駆け込んできた影の叫び声にかき消された。
マスタングに気を取られていたとはいえ、ウェイブにすら直前まで感じ取られないほどに気を消す術を修めた女。
セリューは恐怖の声を上げる花陽にも喋っていたウェイブにも構わず、飛び込むように部屋に走りこむ。
否、比喩ではなく実際に飛び込んだ。震える卯月が悲鳴を上げるが、関係なしにその体を抱きしめる。

「この首の傷……痕跡から見て何らかの衝動により自分でつけたんですね! 偶然とはいえ弱い民の方が斬首の工程を見ればむべなるかな、本当にごめんなさい!」

「セ、セリューさん!?」

「ガハマちゃんも健在で何よりです! ……その格好は一体……?」

「……」


一瞬で場の空気を変えたセリューを前に、マスタングと花陽は絶句する。
嬉々としてことりを殺害したと語り、その首を餌とした先ほどとは明らかに異なる印象。
その姿は、保護している仲間の安全を心から喜ぶ、善人としか思えないそれだった。
会話から見て、首を落とした瞬間を見せられた卯月はそのせいで心に傷を負い、先ほどのような緊迫状態に陥る羽目になったらしい。
それが意図せぬ偶然であったのなら、セリューが卯月に謝罪するのはごく自然なことだろう。
だが、そうして他人を傷つけた事を悔やむ感性が存在するという事こそが、一つの事実を花陽に再認識させる。
卯月に謝罪し、花陽を一瞥すらしないということは、セリューにとってことりを殺してその首を晒す行動は、彼女にとってことりの友人に謝罪するに値しない正当な行為だという事実だ。
意識を失う直前、最後に見た何もかもを投げ捨てて逃げ出した穂乃果の姿が花陽の脳裏に浮かぶ。自分も逃げ出したい……心からそう思う。
だが、穂乃果を追いかけていったセリューが一人で戻ってきた理由を知らずにそんな行動に出るわけにはいかない。
花陽の思いを汲んだのか、マスタングがセリューに声をかけた。
卯月に飛び掛って首の傷を舐めるコロを叱り、引き剥がそうとしていたセリューが即座に応じる。

「セリューくん、黒子くんや穂乃果とは……」

「はい、その件で皆さん、特に小泉さんにお話しなくてはならないことがあります! 道中、サリアさんという善い人に出会って色々情報も得たのですが……
 立ち話もなんですから、会議室に行きましょう! ガハマちゃんはこれを着てくださいね!」

「あ、ありがとう、セリューさん」

言うが早いか、セリューはディバックから胴衣のような服を取り出して結衣に渡し、脱兎のごとく駆け出した。
マスタング達はしばし無言になるが、卯月と結衣がセリューの後を追ったのを皮切りに、会議室へ向かう。

(嫌な予感がするぜ……)

ウェイブは冷や汗を流しながら、殿を歩く。
今自分が想定している最悪の事態になったとき、セリューを止められるのか。
誰も傷つけずに、事態を収容する事が出来るのか。
別れ際に黒子から投げかけられた言葉を思うウェイブの足取りは、重い。



会議室の位置は、セリューとウェイブが知るイェーガーズ本部のそれと同じだった。
部屋の内装も完全に二人の記憶と一致する……しかし、エスデスと初めて会った日の騒動で破損した壁の修繕痕がない。
自身が投げ飛ばされて出来た傷跡だ、ウェイブが見間違えるはずもない。

(俺達の国の人間じゃない広川が、イェーガーズ本部をこれだけ正確に再現して建て直せるのかよ?)

ウェイブは疑問に思ったが、自分が考えても答えが出ない、と結論して思考を打ち切った。
今はそれよりセリューとの会話に集中しなければならない。
席に着いた面々を見渡すと、やはりマスタングの様子が気になる。
時折意識を失っているように見えるほど最悪のコンディション、一刻も早く本格的な治療が必要だろう。
女性陣も、セリューを除いて一様に陰のある表情をしている。
ウェイブたちとは違い彼女たちは荒事とは無縁の民、ここまでこの戦場で生き残ってきただけでも相当なストレスを溜め込んでいるのだろう。
会話を仕切れる黒子は不在、年長のマスタングが不調となれば、ウェイブが切り出す他なかった。

「セリュー……穂乃果とは会えたのか? それと黒子がお前を追いかけていったんだが、すれ違ったのか?」

「その話は後で。まず、小泉さんに聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

セリューはウェイブの追求を手で制し、花陽に槍を向ける。
その表情は笑顔。花陽は、セリューが穂乃果を組み伏せて何かを試し、解放した直後のことを思い出す。
あの時も、セリューはにこやかに笑っていた。その笑顔のまま、南ことりの末路を告げた。
表面上を取り繕う、などというものではない、本当に心からの笑顔。
ならば、今度はこの笑顔から何が飛び出すのか。
戦々恐々とする花陽。セリューは淀みなく二の句を次ぐ。

「μ'sについて、高坂さんからお話をお聞きしたんですが、どうも理解できない点がありまして」

「えっと……」

「貴女たちが所属するμ'sという組織ですが、アイドルという職人の集まりと考えてもいいのでしょうか?」

「おい、何が言いたいんだよセリュー」

聞いたままの質問ですが、と返すセリュー。怪訝な顔をする一同の中で、卯月だけがセリューの真意を察した。
卯月もまた、ことりとの語らいで自分と相手の微妙な温度差を感じていたからだ。
セリューの口ぶりから、穂乃果には追いつけ、何らかの理由で彼女だけ先に帰ってきたのかもしれない、と僅かな希望を抱いた花陽が息をついた。


「アイドルというのは娯楽を歌や踊り、軽快な会話などを用いて民に提供する、多芸な歌姫のような職業なんですよね?」

「あの、μ'sはアイドルじゃなくて、スクールアイドルで、組織……とは言えないというか」

「スクール、が付くのは……スクールアイドルはアイドルになる為の教練を積む、候補生のようなものという事ですか?」

「いえ、必ずしもそうじゃなくて……スクールアイドルは職業のアイドルとは違って、アイドルをやりたいって気持ちがあって学校の生徒なら誰にでもやれるんです」

「??? ウヅキちゃんもアイドルだけど学校というのに通ってるんですよね? スクールアイドルではないんですか?」

「私は……スクールアイドルという言葉、聞いたことがありません。346プロでの活動は、今は仕事だと思ってます」

「え? そんな……日本に住んでたら……あっ」

卯月の認識を聞いて、花陽は黒子と出会った時の事を思い出す。
黒子もまた、今の花陽のように「日本人なら学園都市を知らないはずがない」といった旨の発言をしてはいなかったか。
花陽の心中など知らず、セリューの語気が僅かに強まる。

「互いの証言に矛盾が出ていますね。どちらが正しいんでしょうか」

「……恐らくは、どちらも正しい、が正解だ。この地には、全は一、一は全という言葉が陳腐に思えるほど、未知が溢れている」

「セリュー、お前は見てないが、マスタングは錬金術って技を使う。それはアメストリスって大国だと学べば才能がある奴なら誰でも習得できるらしい」

「錬金術……アメストリス国……東方の未開の地にある国と関係があるとも思えませんね。確かウヅキちゃんの支給品の説明書にそんな記載がありましたっけ」

「後藤って、人間みたいな危険種も見たが……あれも、俺達の世界にはいない生き物だと思う」

「ふむ……異国ではなく異世界、ですか。イェーガーズのことを誰も知らないのは不思議でしたが……」

最初の広川の言葉の通り、多種多様な能力を持つ者がこの殺し合いには参加している。
しかし、互いにそれらの能力を常識として認識しているにも関わらず、別の能力を持つ者はその常識自体を知らない。
ゲームが加速し、参加者同士の交流が進めば、それは次第に浮き彫りになり……。
国、大陸などという枠ではなく世界が違うのではないか、との推論が出されるのも無理はなかった。
セリューが一息ついて呟く。

「矛盾はなし。ウヅキちゃんたちの世界のアイドルは仕事、μ'sの世界のスクールアイドルは遊びということですね」

「……」



(職責を負わない気楽な集団ならば、南ことりや高坂穂乃果のような危険な人間が紛れ込むこともある、か?)

セリューは導き出された答えを口にしながら、花陽の脅威判定を脳内で下げていく。
どうやら彼女は予測正しくμ'sに巻き込まれた民……否、μ'sという団体自体に危険性がないようだ。
μ'sという子供のままごとチームに、数名の異常者が潜伏しているとセリューは推測した。
そしてセリューはひとまず花陽への疑いを抑え、本題に入る。

「高坂穂乃果の件ですが、追いついて二人きりになった途端に私を殺そうとしてきました」

「何っ!?」

「う、嘘……嘘だよ! いい加減にしてください、そんなことあるわけないよっ!」

「……いや、ないとも言い切れん」

驚愕するウェイブと、流石に声を荒げる花陽が、セリューの言葉を肯定したマスタングを信じられないものを見るかのような目で見つめる。
マスタングの目は、憎悪に燃えていた。

「なに言ってんだマスタング! 俺はお前より、花陽は俺より穂乃果との付き合いは長いが、お前にもあいつはそんな奴じゃねえってのは分かるだろ!」

「あなたはやっぱり……やっぱり……!」

「ウェイブ、花陽。君たちなら想定できるはずだろう。穂乃果の姿をした物が、誰かを襲う可能性を」

「……まさか、エンヴィーか!!」

エンヴィー。突然出てきた単語にセリューが首を傾げる。
そういえばウェイブ達とセリューが合流した際にも、その名が出ていた。
マスタングがセリューにエンヴィー、引いてはホムンクルスの危険性を教える。
花陽や黒子たちと語らった、エンヴィーの能力の詳細や変身の見破り方。
それを知っていながら、天城雪子という罪もない者を焼き殺したマスタングの過ち。
しばらく話を聞いていたセリューはマスタングの告白に眉を顰め、口を挟んだ。


「そのエンヴィーという化物は、コロと同じようにダメージを負うと自動的に再生するんですか?」

「ああ、どれだけ傷を負っても、体内の賢者の石のストックが切れない限りは不死身だ。治療系の錬金術と同じように、だが桁違いに精密に素早く再生する」

「高坂穂乃果を撃退した際、顔に傷を負わせましたが……再生しているかどうかは直後に離脱されたので……あ、再生が自動なら、足や手を攻撃して様子を見れば変身の有無を判別できるのでは?」

「……それはわかっている。だがエンヴィーの変身体だった場合、こちらが攻撃を一旦止めれば奴は一瞬で懐に飛び込んでくるだろう。ホムンクルスは最大火力の連撃で仕留めるのが鉄則だ」

「悪を滅する為なら、私もそうします。しかし民を利用した姑息な手段を使う相手ならば、利用された民を救うことを最優先に考えるべきでしょう? 現に貴方は一度、善人を殺している」

「セリュー、マスタングを責めるな。あの時は……」

「はい! 今は私もいます、天城さんの事は忘れてはいけませんが、マスタングさんの力は悪を倒す為に不可欠なもの! これからは力を合わせて頑張りましょう!」

マスタングを厳しく糺す表情から、一瞬で笑顔に戻るセリュー。ホムンクルスとその根源、"お父様"についてもマスタングに質問に移る。
彼女の中では、マスタングが犯した過ちは、彼の悔悟の念と、悪を滅するという強い意志……エンヴィーのことを話していた時の隠しきれない怒りで、帳消しに出来ると考えられていた。
マスタングは、セリューへの警戒を未だ解いてはいないが、彼女が悪辣の徒ではないと確信もしていた。"確信してしまえる"程に明確な彼女の正義に、危機感を覚えてもいたが。
だが、戦いに身を置かず、悪意に耐性のない花陽は、セリューの苛烈な正義とエンヴィーの卑劣な悪逆の区別が付かない。ことりを殺したと言い、今また穂乃果を悪し様に語る女を睨みつけている。
ウェイブからホムンクルスの仲間、キンブリーという男にクロメが殺害され、八房を奪われ躯人形にされたと聞き目尻に涙を浮かべるセリューを見ても。
血が出る程に拳を握り締め、「正義を成す為に帝国が与えた帝具を悪用し、帝都を守るイェーガーズを悪の手先にするなど絶対に許さない、断罪してやる」と正義に燃えるセリューを見ても。
花陽には、未だセリューを許容することは出来なかった。

「私を襲った高坂穂乃果がエンヴィーかもしれない、というのなら心配がありますね。白井黒子ですが、悪を仕留めようとした私の邪魔をして一緒に逃げているんです」

「っ……! 黒子ならそうするだろうよ、じゃあ助けにいかねえと!」

「ええ、彼女は先ほど聞いた超能力の……テレポートを使わずに逃げていました。相当消耗している様子で」

「彼女には無理をさせ、苦労をかけたからな……待て、穂乃果は先ほど話したホムンクルスの能力で攻撃はしてこなかったんだな? そして黒子はテレポートを使わなかった……」

「ええ、そうですね。首を絞めようとしてきたのを振り払い、森に走って逃げたのを追撃しようとした所で先ほど話したサリアさんが乱入してきて、そのどさくさで見失ってしまったので交戦すらしてないです」

マスタングが顎を鳴らし、考える。

(その状況ならば、エンヴィーが穂乃果と黒子、どちらに化けていた場合でも……親友を殺した相手を前に錯乱した穂乃果を黒子が助けた、という場合でも辻褄は合う。
 エンヴィーが正体を現さず彼女達のどちらかと逃げたというならば、人質兼油断を誘う盾として利用するつもりということだ、すぐには殺されないだろう。
 問題は後者だった場合だ。その場合はなんとかしてセリューと彼女達の間を取り持つ……簡単にいくとは思えんが……)

マスタングの思考は、セリューの「そういえば」という言葉で中断する。
セリューは結衣の方を向いて、相手が喜んでくれると信じる、純真な顔で言った。


「そのサリアさんと和解して得た情報なんですが! ガハマちゃんの言っていた"ヒッキー"……はちまんくんを殺した下手人が分かったんですよ!」

「ッッ……え……」

「サリアさんも名前は知りませんでしたが外見的特徴からいって、殺人者リストに載っている男の一人に間違いありません。ただ少々状況が複雑で……ガハマちゃん?」

結衣が明るく振舞っていたのは卯月の為だけではない。気を失う寸前に聞いた放送の中にあった、最も聞きたくなかった名前。
それを聞いたことが夢の先触れだと信じたいがための、逃避としての明るさでもあった。
セリューの言葉が引き金とはなったが、やがて向き合わなければならない感情が、結衣を支配している。
その色彩が赤青定まらぬうちに、結衣はセリューに向き合う。内からの不安をかき消す為に外に働きかける、彼女の処世術だった。

「……ヒッキーは、本当に、死んだのかな。セリュー……さん」

「はい! サリアさんから得た情報の中のはちまんくんは、ガハマちゃんから聞いた彼の人となりと一致します! まず間違いないと思いますよ」

「っ……なんで、ヒッキーが。ヒッキーが何を……」

「その襲撃者、魏志軍がサリアさん達……泉、雪ノ下、そしてはちまんくんを襲撃した際、泉の盾にされて殺された、との事です」

「雪ノ下って、ゆきのん? 盾にされたって……ゆきのんがいてなんでそんな」

「泉……泉新一は、後にナイトレイド・アカメと共謀した悪党との事ですから。はちまんくんがガハマちゃんのいう素敵なオトコノコだったとしても、知力に優れる雪ノ下さん、戦士であるサリアさんよりも
 優先して切り捨てる対象となった、ということなのではないかと。そんな浅薄な考えで人に優劣を付けるなど、襲撃者以上に許せません! 魏志軍、泉新一。この両者は必ず裁きます!」

「ナイトレイド……たしか、ウェイブが言っていた殺し屋集団とかいう……」

「はい、金を貰って人殺しをする兇賊どもです! 帝国の大臣を連続して襲撃したことからも、革命軍の回し者との説もありますね」

ヒートアップするセリューの言葉を聞く結衣は、反対に色をなくしていく。
雪乃が八幡を切り捨てた一味の中にいて、自分はそこにはいない。八幡と最後に会ったのは、彼を見殺しにした雪乃。自分はもう、二度と八幡に会うことはない。
自然と、意識が自分の手に移る。襲われ、あらがい、人殺しになった自分の手を見る。悪人だったとはいえ、正当防衛とはいえ、人を殺した。
結衣がそんな業を背負っていた時に、八幡は死んでいた。殺されていた。その事実を咀嚼している内に、結衣は一つの感情に辿りつく。

雪乃に会いたい。会って、心の内をぶちまけたい。――――をぶちまけたい。

そんな結衣を見て、セリューはやはりにこやかな笑顔で彼女の手を取った。

「ガハマちゃん! ガハマちゃんの、凶賊に大事な人を殺された辛さはよくわかります! しかし貴女は既に悪を一人狩った実績があるとはいえ戦う人ではありません、私に任せてください!」

「任せる、って……」

「もちろん仇討ちです! 雪ノ下さんが悪に染まっているかどうかは親友だという貴女の目をお借りするかもしれませんが、その他の外道は私たちが狩ります!何も心配は要りません!」

「おいセリュー、アカメはともかく他の奴らは本当に……」

「泉新一は右腕が伸縮する特性を持つらしく、後藤という危険種と類似した戦法を取り名簿でも名前が極めて近い位置にあります。私とウェイブ、マスタングさんとエドワードくんのような関係かと。
 殺人者リストに名が載っていない事から戦闘よりも参謀のような役割を持つ個体だと考えれば、狡猾にはちまんくんや雪ノ下さんを騙したという可能性も高いでしょう?
 放っておけば被害者は増えるでしょうし、ウェイブさんは大事な人を殺されたガハマちゃんを見て何も思わないんですか?」


「セ、セリューくん。少し発想が飛躍しすぎではないかね。君の結衣くんを思う気持ちは分かったが、そのサリアという女性の証言だけでそこまでは……」

「はい、サリアさんは全面的に信用できる方ですが、証言や情報が誤解を含むことがあるのは承知しています! だからこそ自分の目で確かめて正義を執行しましょうよ、マスタングさん!」

セリューは熱く語っているがその実、有限実行と決めているわけではない。
彼女の善悪の判断はあくまで自身で行うものであり、良くいえば柔軟、悪くいえば観念的なのだ。
彼女自身にしか理解できない正義に依って行動する、それがセリュー・ユビキタス。
そんなセリューへの不安をより深めながらも、一同は互いが遭遇、または情報を得た人物について情報を交換する。

「後藤、泉はホムンクルスと同種の化物、ナイトレイドはいうまでもなく悪。槙島という男や、アンジュという女性もサリアさんの話では兇賊ですね」

「黒子くんと同じ制服の女性が無差別に人を襲っているというのは……ルイコから聞いた、御坂という電撃使いの超能力者が該当する。何故そんな凶行に走ったのかはわからんが」

「白井さんと同じ組織なら、信用できると思っていたのですが。何か秘密があるのかもしれませんね……それと、既に死んでいますが巴マミという女も、サリアさんを襲ったアンジュの仲間らしいです」

言葉を切り、花陽に視線を流すセリュー。
感情を簡単に爆発させられるタイプではない花陽は、複雑な思いを咄嗟に隠すこともできず、目をそらす。
そんな反応を一顧だにもせず、セリューの口からは更なる悲報が告げられた。

「その巴マミとサリアさんの戦闘に介入した結果、園田海未は死んだとの事でして。小泉さん、彼女は高坂穂乃果や南ことりと同じく、普通の女の子なんですね?」

「……」

「イエスと取りますよ。彼女はブドー大将軍の帝具を持ったサリアさんに劣らない力を得ていたとの事です。泉と行動を共にしていたらしいので、強力なアイテムを渡されて唆されたのかもしれません」

「人心を操るというのは、厄介だな。ナイトレイドのアカメ、という者を中心とした戦力はかなり危険な規模になっているようだな」

「幸い、サリアさんのお陰であちらの動きを読むことは出来ています」

図書館に集結するというアカメら危険人物を一掃し、またその中にいるであろう雪ノ下雪乃を救出するというセリューの意見は、結衣だけではなく、マスタングやウェイブにも賛同された。
だがセリューの目は海未の死の顛末を聞かされ、更に混乱を深める花陽から離れていない。
その混乱の中にあるものを見抜かんと、自分を見ようとしない花陽に言葉を投げかける。


「園田海未が戦った理由は、実際に会っていないので分かりません。しかし、南ことりは自分の意思で人を殺そうとした」

「……!」

「小泉さんに聞きたかったのは、そのことなんです。彼女は貴女の中で、人を殺そうとする人間に見えていましたか?」

「そんなわけないっ! ことりちゃんはっ……」

「ウヅキちゃんも、南ことりが私を殺そうとする所を見ていました。私を殺した後は、無論ウヅキちゃんも殺すつもりだったでしょう。何故、彼女が悪に染まったのか。その理由を、考え付きませんか?」

花陽が、卯月に視線を移す。疲弊したその顔を見て、セリューの言っていることが真実だと気付く。
仲間を殺された、という受け入れがたい現実に、仲間が人を殺そうとしていた、という事実が混ざっていく。
改まって、ことりがセリューに殺されるに至った状況に向き直ったとき、花陽は考えたくもない事を、考えざるを得なくなる。

「セリュー……お前、μ'sのみんなは普通の女の子ってわかったんだろ。錯乱して暴れてるのを殺したんじゃないだろうな?」

「この状況で、恐慌状態に陥る民の方がいるのは分かってますよ。ですが、南ことりは間違いなく自分の意思で悪に染まっていたんです」

「広川の言葉……いかなる望みでも叶える、という言葉に惑わされたのかもしれない」

「悪党に乗せられたり脅迫されていたとしても、悪の道に進むことは許されませんよ。仮に優勝してμ'sの仲間を生き返らせ、丸く収めようとしていたとしても、その過程で南ことりは
 μ'sの仲間の死を許容し、自分で手を下さなければならなかったかも知れない。それは、「南ことりは人を殺すような人間ではない」と信じる他のμ'sに対する裏切りではないのですか?」

「やめて……もうやめてください……」

花陽のことりへの印象からすれば、セリューの言った「自分が汚れ役になり、仲間を生き返らせる」という思考で凶行に及んだというのが事実のように思える。
μ's全員が家に帰れる、それは確かに文句のつけようがない最高の結果。だがその為に、仲間の為に、殺人という禁忌をことりは犯そうとしていた。
花陽はことりの気持ちを思い、胸を締め付けられるような痛みを感じた。申し訳なさ、悲しさ、そして―――ほんの、ほんの僅かな……嫌悪。
先ほどの会話ではないが、別世界の存在としか言いようのない異質な存在であるセリューだけではなく、自分たちと同じ普通の女の子である卯月をも、ことりは殺そうとしていたと聞かされて。

(ごめん……ごめん、ことりちゃん……私たちの為にって考えてくれたのに……私、ことりちゃんにありがとうって言えないよ……なんで……なんでこんな事に……)

ことりを拒絶した、と花陽自身が自覚したその時、大粒の涙が零れ落ちているのに気付く。
アイドルに憧れた。一緒に精一杯、頑張っていけると信じていた。夢が、信頼が、崩れ落ちていく。
それでも、セリューが次に言った言葉には、反発しなければならないと思った。

「危ないところでしたね。悪の道に進み、広川に媚を売るような南ことりの本性を知らなければ、μ'sの皆さんはあの女に殺されていたかもしれません!
 仲間面をして楽しいお遊びグループ、μ'sに潜り込んでいた悪を狩ることが出来て、本当によかった!」


「……です……」

「はい?」

「遊びなんかじゃないです……っ! あなたが殺したことりちゃんも、穂乃果ちゃんも、凛ちゃんも真姫ちゃんも海未ちゃんだって、本気の全力でスクールアイドルをやってたんです!」

ことりが選んだ道が間違いだったとしても、許されないことだったとしても。
"μ'sのために"という気持ちだけは否定してはならないことだと、花陽は叫ぶ。
そんな少女を見て、セリューはやはり笑顔を崩さない。正義に濁った目は、微動の揺らぎも見せずに何かを観測している。
「そうなんですか、ごめんなさい」と謝罪したセリューは、泣き続ける花陽から視線を外した。同時に、結衣が花陽の肩に手を置いて気遣う。

「私、μ'sを誤解していたみたいです! ところでマスタングさん、先ほどのお話だと義手さえあれば、エドワードさんのように陣を描かずに錬金術が使えるんですよね?
 ウヅキちゃんさえよければ、彼女の支給品の賢者の石と私の義手を使ってみませんか? 私には十王の裁きがありますので問題ありませんよ!」

「自分の腕を保存している。その手は必要ないよ。賢者の石を使わせてくれるならありがたいが……」

「ウヅキちゃん、いいですか?」

「はい……」

泣いている花陽を見て、記憶の底に沈んでいたことりの最後の言葉を思い出しそうになっていた卯月は、セリューの声にビクッ、と反応し、反射的に肯定した。
おぼつかない手付きでディバックから支給品を取り出そうとして、紙片を落としてしまう。
床に落ちた紙をしゃがんで拾おうとして、「私が拾いますよ」というセリューの言葉に、やはり頷くだけで従う。
紙の一枚、名簿を拾い上げたセリューは、死亡者に線が引かれていることに気付いた。

「マメですね、ウヅキちゃんも……ややっ! でも引き忘れがありますよ、消しておきます!」

「あ……」

「はっ、こちらのリンちゃんは確かウヅキちゃんの友達……彼女を殺した兇賊も、必ず見つけ出して裁きます!! それが、賢者の石を使わせていただく対価ということで!」

ガリガリと、「渋谷凛」の字の上に容赦ない横線が引かれていく。
卯月は色のない瞳に僅かに動揺を浮かべたが、笑顔で名簿を返却するセリューに何も言えずに賢者の石を差し出した。

「すまない。ウェイブ、私の言うとおりに床に陣を書いてくれ」

「マスタング、腕はどこに置けば……氷がまったく溶けてねえ、どうなってんだ?」

「この容れ物、色々と不思議ですよね。夜明け前に本部に着くまでの間、ガハマちゃんと色々試してみたんですが人間も入れるんですよ。
 ひっくり返せば中身は全部出てくるんですが、取り出したい物がはっきりわかっていれば手に吸い付くように取り出せますし、
 自分以外が入れた物でも、相手の事を頭に浮かべると取り出せるみたいです。これだと一つあれば十分ですよね」


ウェイブの手を借り、会議室の床に錬成陣を描くマスタング。その中心にはマスタングと、損傷した彼の腕、そして賢者の石。
やがて陣が完成し、マスタングが流した錬成エネルギーが赤い閃光を放つ。その場にいた者の目がそちらに引き付けられる中、花陽だけは別の物を見ていた。
セリューがディバックの中から取り出した、もう一つのディバッグ。その背負紐に、見慣れたものがついている。
緑色のリボン……ことりが髪留めに使っていたものだ。それが、ディバッグに結わえられていた。忌まわしい記憶を辿れば、コロに捕食されたことりの首、髪を留めていたのはこのリボンではなかった。
殺害後にセリューがディバッグの区別の為に剥ぎ取ったのならば、悪と罵ることりの髪をわざわざ整えることはしないだろう。
つまり、ことり自身が殺される前に……何らかの意図で、普段つけていたリボンを解き、ディバッグに取り付けたということになる。

「……く」

「マスタングさん!?」

閃光が収まり、マスタングが五体を取り戻す。だが神経が繋がっているか、錬金術が使えるか確かめる前に、気を失ってしまった。
賢者の石により治療系の錬金術の効果を底上げし、全身の傷はふさがったが、酷使した体力は限界を迎えたのだ。
マスタングを床に寝かせ、ウェイブは今後の方針をどうするのか、と他の面々に問いかけた。

「本部に留まるのは、エンヴィーが高坂穂乃果に化けて白井さんと行動しているならば、彼女から情報を聞き出された場合、襲撃される恐れがあり避けたほうがいいかと。
 万一、本物の高坂穂乃果がここに戻ってきた時の為に図書館に向かう、と書置きを残して移動しませんか?」

「後藤みたいな奴がその書置きを見つけたら、危険は変わらないんじゃないか? 俺としてはここで穂乃果を待ったほうが……」

「図書館のあるエリアの森の中に、掘っ立て小屋があるんです。私が作業に使ったので少し散らかっていますが、片付ければ5、6人休めるくらいのスペースはあります。
 私とウェイブさんが交代で図書館への道を見張りながら、マスタングさんが起きるのを待ってナイトレイド共が集う図書館を襲撃しましょう!」

地図を指しながら説明するセリューに、卯月は力なく賛成、結衣は雪乃と会うために賛成。
花陽は危険な外に出ず穂乃果を待ちたい気持ちがあったが、真姫らしき人物が泉新一と行動を共にしている可能性を聞かされて、移動を了承した。

「寝具はもう準備済みで、こっちのディバッグの中に詰めています。マスタングさんは……自衛できるウェイブさんにもう一つのディバッグを持ってもらって、中に入ってもらいましょう」

「なんか嫌だな、これ……」

自分のディバッグにスルスルと入っていくマスタングを見つめるウェイブの背後から、花陽は気になっていたことりのディバッグ……寝具を詰めているというそれに歩み寄る。

「セリューさん、これ、私が持ちます」

「いいんですか? もし途中で戦闘になったら、私は前に出るのでディバッグが破壊される心配をしなくていいのは助かります!」

「……穂乃果ちゃんへの書き置きも、私が書きます……」

「ありがとうございます! きっと彼女とまた会えますよ、小泉さん!」




イェーガーズ本部を後にし、集団の先頭を歩く女の表情は、後ろの四人には見えない。


(μ'sを誤解していた)

(μ'sは犯罪者集団でも、運悪く狂人を抱え込んだだけの市井の集団でもなかった)


周囲の警戒のセンサーを張り巡らせ、集団の先頭を歩く女の表情は、後ろの四人には見えない。


(μ'sの者たちの絆は、イェーガーズに勝るとも劣らない強い物だった)

(だが確固たる目的意識を持たず、精神の弱い民たちの集団にとって、その強い絆は)

(彼女達を兇賊へと導く、悪の因子として機能する)


悪と判定した者の姿を両目で探しながら、集団の先頭を歩く女の表情は、後ろの四人には見えない。


小泉花陽は現状、悪ではない。しかし既に悪に染まった高坂穂乃果と関わることで、同じ道を選ぶ可能性が高い)

(本当は小泉花陽に高坂穂乃果を殺害させて、正義への道を歩んでほしかったけど、その刺激にアイドルの弱い精神は耐えられないだろう)

(彼女は守るべき民として……そして、高坂穂乃果を釣る餌として、全力で保護する)


上司エスデスにキョロクでかけられた言葉を思い出しながら、集団の先頭を歩く女の表情は、後ろの四人には見えない。



(エスデス隊長は、私には余裕がなさすぎる、メリハリをつけろと教えてくれた。それを実行する)

(……隊長なら、無力な民は気絶させて事が収束するまでディバッグの中に入れるか、帝都の民でないならば救う必要なし、と判断するだろう)

(私は弱い。エスデス隊長のような絶対的な力がないから、正義を体現するために護るべき民の存在を欲している)

(後ろに護るべき民がいるのを実感することで、悪を徹底的に殲滅する為の力が全身にみなぎるのを感じる)


悪の巣窟を十王の裁きで吹き飛ばし、廃墟を正義の炎が焼き尽くす光景を想像して集団の先頭を歩く女の表情は、後ろの四人には見えない。


(マスタングさんもウェイブさんも、高坂穂乃果に騙されて彼女を信頼してしまっている)

(エンヴィーというホムンクルスの擬態を真っ先に思いつき、彼女自身への疑いを隠したがったのがその証拠だ)

(白井黒子のテレポートに重量制限があるのは後藤から逃げた時の話で分かっている。エンヴィーの体重が非常識な値の物だということも、マスタングさんの言葉で分かっている。
 テレポートで逃げられた時点で、私を殺そうとした高坂穂乃果と白井黒子はどちらも本人)

(顔に傷が付いていない高坂穂乃果を見つければ、会話の余地がない状況ならマスタングさんかウェイブさんが攻撃してくれるかもしれない)

(嘘を吐くのは辛かったし、穴だらけで露見する可能性も高いけど、正義の為にあそこで何も手を打たないわけにはいかなかった)


イェーガーズ本部を後にし、集団の先頭を歩く女の表情は、後ろの四人には見えない。


(絶対正義の名の下に。悪は必ず殲滅する)


セリューの、悪を追い詰めたときにしか見せない本当の笑顔は、後ろの四人には見えない。


【D-4/一日目/早朝】


【由比ヶ浜結衣@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(中)、精神疲労(大)。後頭部にたんこぶ セリューへの信頼
[装備]:MPS AA‐12(残弾6/8、予備弾層 5/5)@寄生獣 セイの格率  スズカの服@アカメが斬る!
[道具]:ディバック×2、基本支給品×2、フォトンソード@ソードアート・オンライン、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 エスデス用のシャツ(現地調達)
     自分の制服、下着
[思考]
基本:死にたくない。
1:マスタングが目覚め次第、図書館に向かい雪ノ下雪乃を探す。
2:雪ノ下雪乃に会って……?
3:セリューと行動を共にする。
4:悪い人なら殺してもいい……?

【島村卯月@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]:悲しみ、セリューへの依存、自我の崩壊(小)、精神疲労(極大)、『首』に対する執着、首に傷
[装備]:千変万化クローステール@アカメが斬る!
[道具]:ディバック、基本支給品
[思考]
基本:元の場所に帰りたい。
0:どうすればいいのかわからない。
1:セリューと行動を共にする。
2:助けてもらいたい。
3:凛ちゃんを殺したのは誰だろう。
4:助けて。
[備考]
※参加しているμ'sメンバーの名前を知りました。
※渋谷凛の死を受け入れたくありませんが、現実であると認識しています。
※服の下はクローステールによって覆われています。
※自分の考えが自分ではない。一種の自我崩壊が始まるかもしれません。
※『首』に対する異常な執着心が芽生えました。
※無意識の内にセリューを求めています。


【ウェイブ@アカメが斬る!】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、左肩に裂傷
[装備]:エリュシデータ@ソードアート・オンライン
[道具]:ディバック、基本支給品×2、不明支給品0~4(セリューが確認済み)、首輪×2、タツミの写真詰め合わせ@アカメが斬る!、ディバック(マスタング入り)
[思考・状況]
基本行動方針:ヒロカワの思惑通りには動かない。
0:キンブリーは必ず殺す。
1:D-5の山小屋に向かう。アカメと後藤の仲間以外は、できれば説得したい。
2:地図に書かれた施設を回って情報収集。脱出の手がかりになるものもチェックしておきたい。
3:工具、グランシャリオは移動の過程で手に入れておく。
4:盗聴には注意。大事なことは筆談で情報を共有。
5:仲間たちとの合流。
6:穂乃果……
[備考]
※参戦時期はセリュー死亡前のどこかです。
※クロメの状態に気付きました。
※ホムンクルスの存在を知りました。

【ロイ・マスタング@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:気絶、疲労(大)、精神的疲労(極大)、セリューへの警戒
[装備]:魚の燻製@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、賢者の石(8割ほど消費)@鋼の錬金術師
[道具]:ディパック、基本支給品
[思考]
基本:この下らんゲームを破壊し、生還する。
0:セリューは善人ではあるようだが……
1:治療した腕で錬金術が使えるか試す。
2:ホムンクルスを警戒。 エンヴィーは殺す。
3:ゲームに乗っていない人間を探す。
[備考]
※参戦時期はアニメ終了後。
※学園都市や超能力についての知識を得ました。
※佐天のいた世界が自分のいた世界と別ではないかと疑っています。


【小泉花陽@ラブライブ!】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(極大)、右腕に凍傷(処置済み、後遺症はありません)、セリューへの恐怖
[装備]:音ノ木坂学院の制服
[道具]:デイパック×2(一つは、ことりのもの)、基本支給品×2、スタミナドリンク×5@アイドルマスター シンデレラガールズ
    スペシャル肉丼の丼@PERSONA4 the Animation 、寝具(六人分)@現地調達
[思考・行動]
基本方針:μ'sのメンバーを探す
1:マスタングが目覚め次第、図書館に向かい西木野真姫を探す。
2:穂乃果と会いたい。
[備考]
※参戦時期はアニメ第一期終了後。
※イェーガーズ本部に穂乃果への書き置き(図書館に向かう)を残しています。



【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]:健康
[装備]:日本刀@現実、肉厚のナイフ@現実、魔獣変化ヘカトンケイル@アカメが斬る!
[道具]:なし
[思考]
基本:会場に巣食う悪を全て殺す。
0:D-5山小屋に向かい、南ことりの死体を片付けて周囲を警戒する。
1:悪を全て殺す。
2:エスデスとの合流。
3:エンブリヲと会った場合、サリアの伝言を伝えて仲間に引き入れる。
4:ナイトレイドは確実に殺す。
5:マスタングが目覚め、花陽と結衣の友人の見きわめが済み次第図書館を襲撃する。
6:都市探知機が使用可能になればイェーガーズ本部で合図を上げて、サリアを迎え入れる。
[備考]
※十王の裁きは五道転輪炉(自爆用爆弾)以外没収されています。
※他の武装を使用するにはコロ(ヘカトンケイル)@アカメが斬る!との連携が必要です。
※殺人者リストの内容を全て把握しました。
※都市探知機は一度使用すると12時間使用不可。都市探知機の制限に気付きました。
※他の参加者と情報を交換しました。
 友好:エンブリヲ、エドワード
 警戒:雪ノ下雪乃、西木野真姫
 悪 :後藤、エンヴィー、ラース、プライド、キンブリー、魏志軍、アンジュ、槙島聖護、泉新一、御坂美琴

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089:ダークナイト 小泉花陽 100:正義執行
ウェイブ
ロイ・マスタング
093:Fiat justitia, ruat caelum セリュー・ユビキタス
087:溢れ出る気持ちは誰のもの? 島村卯月
091:汚れちまった悲しみに 由比ヶ浜結衣
最終更新:2015年09月20日 17:06