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端緒 ◆QAGVoMQvLw


音。
人間も寄生生物もそれを”聞く”能力を持つ。
聴覚と呼ばれる感覚によって、周囲の状況把握から音声での会話まで、
多様な機能を発揮する。

音とはそもそも、空気の振動に過ぎない物だ。
人間はそれを耳と呼ばれる器官によって感知して、脳で認識する。
耳は外側の耳介から内部の鼓膜、蝸牛、聴神経等極めて複雑な構造を為している。
それらの構造は全て人間の聴覚を成立させるのに必要不可欠な物だ。
しかしそれは寄生生物には適応されない。
寄生生物の多くは人間の頭部に寄生し、普段は人間に擬態する。
当然、耳の外観も偽装している。
しかしそれはあくまで偽装であり、眼のように本当に聴覚器官を形成している訳ではない。
その必要が無いからだ。
例えば人間の右腕に寄生した例を見てみれば分かる。
その寄生生物は、脳を残した宿主の人間と会話を行っている。
その際、眼や口は形成しているが、耳を作り出すような真似をしてはいない。
耳が無くとも音声で会話が可能なのだ。

寄生生物の細胞は全てが筋肉、骨格、脳神経系などのあらゆる種類の体組織に変化することができる。
そしてそれらは総じて人間の物よりも優れた能力を発揮できた。
感覚器官も含めてである。
寄生生物は自身の体表の触覚で空気の振動を、人間の聴覚以上の精度で感知できる。
だから耳が無くとも音声での会話が可能なのだ。

この殺し合いにおいても全く同じ原理でもって音声を聞いている寄生生物が存在した。
複数の寄生生物を一つの身体に宿す固体、後藤である。

『おはようしょくん。既にルールは把握しているだろうが、念のためにもう一度確認しておく。』
(これが放送か。声の主は擬態でなければ広川で間違いないな。ノイズが混じっていることから機械を通している。
だが、音源を特定できん……)

広川による殺し合いの定時放送。
後藤がそれを聞いているのは地図上の分類においては、H-4エリア。
放送直前の戦闘において、後藤はH-3のアインクラッドに瞬間移動させられた。
その場で拡声器を使い参加者を呼び寄せることも考えたが、
首輪探知機で確認してみたところ、付近に参加者が居ないことと、
何より脱落者を発表される、定時放送が近かったことから、
放送がされるまで西に移動することとした。
下手に声色を使っても、その声の主が脱落者として発表されては、
警戒をされて参加者を遠ざけてしまう。

『この放送は6時間ごとに行い、その都度『禁止エリア』及び『脱落者』を読み上げる。』

周囲を警戒しながらも放送を聴く後藤。
その全身で以って。

複数の寄生生物を宿す後藤は、寄生部分が全身に及んでいる。
全身で音声を認識できるのだ。

『禁止エリアは3つ。

B-2。
E-6。
A-5。

以上の三つだ。』

メモを取ること無く、その脳に禁止エリアを記憶する。
寄生生物は脳の構造も、その機能も人間と違う。
人間の顔や声まで、詳細に再現できるその認識・記憶能力は、
生物の脳機能と言うより、機械の記録機能の方が近い。

――放送内容の記憶と同時並行して、放送音の知覚に脳機能のキャパシティを振る。
――寄生生物の高度な脳機能は、人間には不可能なマルチタスクによる情報処理を可能とする。
――放送音はまるで周囲一帯から隈なく発振しているかのごとく、均質に周囲全体から響き渡っていた。
――しかし注意深く音=空気の振動を辿ると、そこにも偏向が感知できた。



以上16名だ。』

おそらく全員が死亡したであろう脱落者16名の中に、関心のある名前は無かった。
後藤にとって関心があったのは個々の名前ではなく、その個数にある。
脱落者16名中、後藤の殺害数はおそらく2名。
単純に考えれば後藤の預かり知らないところで14名が死んだ計算になる。

(確か人間は自殺をする珍しい生き物だが……14名もそうしたとは思えんな)

自殺。生存本能の極めて強固な寄生生物には最も理解し難い行為。
しかし人間にはそれほど珍しい行動ではない。
それでも14名の全員がそうしたとは考え辛い。
人間とは痛がりで怖がりな生き物だ。そう易々と自分を殺す決断はできない。
統計的な確率としても多過ぎる。
即ち他殺と言うことであり、そこに殺害者が存在することになる。
人間同士の戦いを目撃したことからも、ある一定数は殺し合いに乗っていることになる。
後藤にとっては獲物の競合相手だが、それ自体は問題にするべきことではない。
殺し合いである以上競合相手が出るのは当然のことで、それも殺し合いの楽しみの内と割り切れる。
ここで問題にすべきなのは、56名も生存していると言う事実だ。
先ほどまでの考察の、ちょうど逆向きの推測ができる。
それだけの生存者がいるということは、参加者のおよそ過半数が殺し合いに乗っていない計算になる。

(人間の多くは殺すことに抵抗がある。自分にも、他人にも…………では何を目的とする?)

寄生生物である後藤は、感情的で不合理な人間の心理は理解できない。
しかし思考を論理的に推測することはできる。

人間は殺すことに抵抗がある。死ぬことには更に抵抗があるだろう。
ならば殺し合いその物から脱出しなければならない。
そのために必要な条件は――

――全身が寄生生物で構成されている後藤は、全身の細胞で放送音を感知する。
――まるで映画の音響のごとく均質な放送音から、ソナーのごとき精度で空気の振動の発生源を探知。
――後藤の脚から細い触手が地を這うように伸びる。
――触手の先端が蛇の鎌首のごとく持ち上がる。その先端では小さな機械が掴まれていた。

後藤の現在地はH-4の岩場。
その岩陰の目立たない位置にその機械は設置されていた。
小型で球形の黒い機械。大きさは卓球の球より少し小さいくらいか。
これが人目の付かない場所にあれば、そうそう見つかることは無いだろう。
機械の表面には小さい穴が無数に開いており、中の機械を覗くことができる。
やはりそれはスピーカーのようだった。
後藤はそのスピーカーをバックに仕舞う。

広川の声が機械を通っている。
即ち放送には機械が必要であるのだから、音源にはスピーカーがあることは予想できた。
高度な音響技術で周囲一帯から音が発しているように演出していたが、後藤を誤魔化し切れる物ではないし、
それ自体は家庭用の音響機器に使われている技術の発展した物に過ぎない。
おそらく無線によって遠隔から操作されているのだろうが、機械の専門知識の無い後藤には詳しく調べることは不可能。
そもそもこのスピーカーは内部構造に関わり無く、後藤の目的にとっては直接役に立つ物では無い。

しかし機械に精通し、そして何より殺し合いからの脱出を目的とする参加者にとってはどうだろう?

これは主催者に繋がる数少ない、貴重な手掛かりであるはずだ。

ここでは仮に”脱出派”とでも呼称する。
人間は群れたがる生き物だ。殺し合いが進めば参加者の多くが徒党を組んでいくに違いない。
そうなれば”脱出派”が主流となっていくだろう。
その時後藤が脱出の手掛かりを掴んでいたら、”脱出派”の動向を予測することができる。
あるいは脱出の手掛かりを餌に”脱出派”を釣ることも可能になってくる。

『身体の構造上、首輪を外せる術を持っていると思い込んでいる者がいるようだが、当然ながらそれにも対策は講じてある。』

後藤の首にも嵌っている金属の輪。
それに接触している部分は硬質化した状態のまま変形することはできない。
今の状態では首輪を外すことはできない。
しかし外側から観察することはできる。
後藤は首の周辺から触手を伸ばし、その先端に眼球を作る。
首輪を隈なく観て回っても、均質な金属面が覆うのみで穴や繋ぎ目は観られない。
”脱出派”にとって、これを解除することは絶対条件になる。
もし解除の手掛かりを掴んだら最上の餌になるだろう。

(前の食事の時に首輪を回収すればよかったな)

先刻、星空凛と蘇芳・パブリチェンコで食事した際、
二人の首輪をその場に放置していた。
回収すればサンプルとして利用できたし、
爆弾が内蔵していると言う話が本当なら、単純に武器としても活用できた。

いずれにしてもこれからは首輪が、殺し合い全体の動向のキーワードになるだろうから、
回収できるなら、そうするに越したことは無い。

(……首輪と言えば、俺の物にも一つ工夫をしておくか)

後藤の首の皮膚が広がり、首輪を覆い尽くす。
これで後藤の首輪は硬質化のプロテクターで覆われた形になる。
ちなみに首輪の外側の硬質化は自由に解除できた。どうやら内側の硬質化だけが固定されるらしい。
そして首輪を覆うプロテクターの更に外側に、首輪と同じ形状を作り出す。
形状から金属の質感まで、首輪と全く同じ外観のダミーである。
ペットショップの戦いの例のように、後藤の敵は分かり易い弱点である首輪を狙ってくるだろう。
その際、首輪の防備を固めていればそれだけで強みになるし、
更にダミーを作っておけば、その首輪を破壊させることで敵の油断を誘うことができる。
正直、大した効果は期待できない細かい細工だが、この戦いにおいては工夫を惜しまないと決めている。
いずれにしても弱点の補強はしておいて越したことは無い。
首輪に本当に爆弾が仕込まれているのか? その爆発で後藤が死ぬのか?
定かなことは何も分からないが、可能ならば今すぐにでも解除したいのが正直な気持ちだ。
もし本当に首輪の解除方法を本当に得ることができれば――

(しばらくは工夫を重ねながら殺し合いをするか。脱出の手掛かりはそのついでだな)

合理性で動く寄生生物は無駄な思考はしない。
後藤は無い手掛かりから思考を切り替えて、殺し合いに向かう。
後藤はルールがあるから、それに沿って殺し合っているのではない。
本能の赴くままに殺戮の道を行くのだ。


【H-4/岩場/1日目/朝】


【後藤@寄生獣 セイの格率】
[状態]:両腕にパンプキンの光線を受けた跡、全身を焼かれた跡、疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、首輪探知機、拡声器、不明支給品0~1、スピーカー
[思考]
基本:優勝する。
1:泉新一田村玲子に勝利。
2:異能者に対して強い関心と警戒(特に毒や炎、電撃)。
3:セリムを警戒しておく。
4:余裕があれば脱出の手掛かりを集める。首輪も回収する。
[備考]
※広川死亡以降からの参戦です。
※異能の能力差に対して興味を持っています。
※会場が浮かんでいることを知りました。
※探知機の範囲は狭いため同エリア内でも位置関係によっては捕捉できない場合があります。
※デバイスをレーダー状態にしておくとバッテリーを消費するので常時使用はできません。
※凜と蘇芳の首輪がC-5に放置されています。
※敵の意識に対応する異能対策を習得しました。
※首輪を硬質化のプロテクターで覆い、その上にダミーを作りました。
※首輪の内側と接触している部分は硬質化して変形しません。




076:Wave Live! 後藤 095:STRENGTH
最終更新:2015年10月19日 01:25