093

Fiat justitia, ruat caelum ◆H3I.PBF5M.


 悪が蔓延る乱れた時代。世は正しき力、秩序の護り手を必要としていた。
 弱き民を護り外道を断罪すべく、日夜悪と戦い続ける特殊警察、イェーガーズ。
 セリュー・ユビキタスは、その誉れ高いイェーガーズに名を連ねる正義の執行者である。

「出てこい、高坂穂乃果白井黒子! 潔く正義の刃をその身に受けろ!」

 あえて大声を出し挑発するも、反応はない。標的を完全に見失ってしまった。
 セリューは今、単独で行動している。目的は敵性分子の追跡及び排除だ。
 このミッションは、イェーガーズの同胞であるウェイブに知られることなく完遂せねばならない。
 何故なら高坂穂乃果と白井黒子はセリューの知らぬ間にウェイブを籠絡し、悪の手先へと堕落させようとする恐るべき魔女どもであるからだ。
 セリューが断罪した悪・南ことりの仲間である高坂穂乃果は、セリューにまでその牙を剥いた。
 もし彼女が南ことりとは違う、護るべき潔白な存在であるなら、弱者の味方であるセリューに対し、決してそんなことはしなかったはずだ。

「……この辺りにはいませんか。もしや、先にウェイブさんのところに戻った?」

 無論セリューとて、自分が攻撃された、という事実だけで高坂穂乃果を悪と断定するほど短絡的ではない。
 イェーガーズ本部にてセリューが保護しているガハマちゃん――由比ヶ浜結衣がその好例だ。
 暴漢に襲われた結衣はセリューに襲いかかってきた。が、制圧し対話を行った結果、結衣は悪ではないことが判明した。
 民間人が突如あのようなストレスに晒された場合、錯乱して思わぬ行動に出ることは決して有り得ないことではない。つまりは情状酌量の余地がある。
 だからこそセリューは彼女を赦し、庇護し、共に悪を駆逐するべき仲間として受け入れた。
 しかし、高坂穂乃果は違う。
 彼女は確固たる殺意を以ってセリューに襲いかかってきた。純粋な善意から手を差し伸べたセリューに対して、だ。
 それは、許されるべきことではない。正義の体現者であるセリューを害そうとするなど、錯乱していてもあってはならないこと。
 であれば、それはもはや錯乱ではなく、計画的な殺意。つまり高坂穂乃果の本性は唾棄すべき邪悪である。
 議論の余地はない。高坂穂乃果は抹殺せねばならない悪。そして、奴の逃亡を幇助した白井黒子も同様に。

「白井黒子は遠距離を一瞬で移動する技、あるいは帝具を所持している。自分の身に留まらず、直接触れた物や人物も対象となる……。
 厄介ですね。ランさんのマスティマと違い、空間を切り取るように移動するため痕跡を残すこともない」

 当初はコロに内蔵された都市探知機を用いれば用意に追いつけると考えていたが、忌々しくも広川の手によってコロの機能は制限されている。
 二人を取り逃がしてから数十分を探索に費やしたが、成果はない。撒かれてしまったと考えるべきだ。
 都市探知機が再び使えるようになるまでおよそ半日。さすがにそこまで時間はかけられない。
 一旦イェーガーズ本部に戻り、ウェイブに施された精神操作を解いてから改めて高坂穂乃果たちを狩りに出るべきか。
 もしセリューより先に高坂穂乃果たちがウェイブに接触していたのだとしたら、話はややこしくなる。
 ウェイブも籠絡されたとはいえ、さすがにイェーガーズの戦友であるセリューと高坂穂乃果たちを天秤にかけて、判断を誤ることはないだろう。
 だが心根の優しいウェイブでは、己の手でけじめをつけることは難しいはずだ。
 さりとてセリューが代わりに手を下すとしても、ウェイブが一度は信頼した人間を、彼の眼の前で処刑するのはさすがに心が痛む。
 最善なのは高坂穂乃果たちがイェーガーズ本部に戻る前に追いつき、秘密裏に処分することだ。
 見た感じでは、白井黒子は相当に消耗していた。あの瞬間移動の技はセリューの眼にも強力すぎる。連発するのは負担なのだろう。
 であれば、イェーガーズ本部に先行された可能性はさほど高くないかもしれない。
 仮にセリューより先に着いたとしても、それで疲労困憊となってしまえば後から来るセリューに対応できないからだ。
 状況から判断するに、高坂穂乃果と白井黒子は一旦身を隠して体力の回復を待ち、機が熟してから再度セリューを襲うという可能性が高い。
 ならばこれ以上、成功の見込みが薄い探索に時間を取られるのは愚策である。


「仕方ないですね。一旦戻ってウェイブさんと合流しましょうか……コロ?」

 そんなとき、コロが突然走り出した。
 すわ標的を見つけたか、と思ったが、コロが戦闘態勢に移行していないためそうではないとわかる。
 駆けていくコロを追ったセリューの視界に映ったのは、湖岸の砂浜に倒れる一人の女性だった。
 二つに分けた長く青みがかった黒髪、余分な贅肉のない引き締まった筋肉。おそらく日常的に訓練を受けている、兵士としての身体。
 しかしその身体も今は弛緩していて、完全に気を失っている。見覚えのない表情。結衣に見せてもらった殺人者リストにも載っていなかった顔だ。
 が、セリューの視線はその女のある一点に釘付けにされていた。

「あれは……まさか、ブドー将軍の帝具、アドラメレク……!?」

 帝国の武の頂点。護国の英雄、帝国軍の大将軍ブドー。
 セリューの直属の上司ではないが、イェーガーズも帝国軍の一部であるという広義の意味で考えれば、セリューにとっても上官である。
 そのブドーの帝具を、見たこともない女が装着している。
 このとき、セリューは追跡していた高坂穂乃果たちは一旦保留し、コロに臨戦態勢を取らせ女に対処することを決断した。

「アドラメレク……直接この眼でその力を見たことはありませんが、エスデス隊長に匹敵するほどの攻撃力を持っていると聞きます。
 もしあの人がその力を自在に振るえるのなら……!」

 もしあの女が高坂穂乃果同様の悪なら、セリューにとって無視のできない脅威となる。
 強靭な膂力と体躯から対人戦闘に活躍するコロだが、逆にその図体の大きさから大火力の攻撃にはいい的になり、相性が悪い。
 思いつく中では戦友であるボルスの“煉獄招致”ルビカンテなどがそうだ。イェーガーズの宿敵であるナイトレイドにはそこまでの火力を持った敵がいなかったため、問題となることはなかったが。
 そしてアドラメレクは、間違いなくルビカンテ以上の超絶的な威力を秘めている。故に、看過できない。

「かなり消耗しているようですね。今なら、殺るのは容易い……ですが」

 だが。それだけの力を持っているのなら。
 逆に彼女が悪でなかったのなら、セリューと同じく正義の志を胸に秘めているのなら、これほど心強い仲間はいない。
 今殺してしまえば、彼女がどういう存在かはわからないままだ。
 正義か、悪か。それを確かめることは愚策ではない。悪ならば殺せばいいし、正義なら手を取り合えるのだから。
 静かに、そして油断なく、セリューは女へと近づいていく。
 しかし女は、セリューが一息に斬りかかれる間合いまで接近しても反応がない。
 セリューは慎重に、女の手からアドラメレクを取り外した。
 そのときセリューは、女が負傷していることに気づく。左肩に銃槍、左足と首に処置済みの傷。
 左肩から出血は既に止まっているが、おそらくアドラメレクで強引に灼いて塞いだのだろう。肉が焦げて引き攣っている。
 戦地ではよくあることだが、とても適切な応急処置とは言えない。これではかなり痛みが残っているだろう。コロが慰めるようにその傷跡を舐め、血を啜る。

「誰かと交戦した……しかも、アドラメレクを以ってしてもこれほどの傷を負う。なんてことでしょう、この島にはそれほどの手練れが……!」

その事実がセリューを戦慄させる。
実際その力が振るわれるのを見たことはないが、アドラメレクの力は聞き及ぶだけでも想像を絶する。
本来の使い手ではないとはいえ、そんじょそこらの帝具使いや悪漢が太刀打ちできるものではないはずだ。


「う……」

 と、コロに舐められたことが刺激になったのか、女が身動ぎした。
 セリューはアドラメレクを自分のバックへと放り込み、いつでもナイフを引き抜けるように準備して、女の覚醒を待った。

「気が付かれましたか」
「う……アン、ジュ……」
「しっかりしてください。傷は浅いですよ」
「ちが……。あな、たは……?」
「私はセリュー。イェーガーズのセリュー・ユビキタスです」

 一言一言、噛んで含めるように名乗る。女の眼の焦点が合うまでセリューは辛抱強く待った。もちろん、いつでも首を掻き切れるように警戒は怠らず。
 意識がはっきりしてきたらしい女に、セリューは自分のバックから水を取り出して飲ませてやった。自分は敵ではないというスタンスを証明するために。
 水を飲み、深呼吸を何度か繰り返して、女は何とか調子を回復したようだった。

「あなたが助けてくれたのね。ありがとう、私はサリアよ」
「もう一度名乗りますね、私はセリューです。イェーガーズの、セリュー・ユビキタス。ご存じですか?」
「イェーガーズ? ごめんなさい、聞いたことがないわ」
「そうですか。いえ、お気になさらず。大したことじゃありませんから」

 帝都に暮らす者ならイェーガーズを知らぬはずがない。
 が、結衣も島村卯月もそうだったのだ。さほど珍しいことではないのかも、とちょっとショックなセリュー。

「ん、ちょっと待って。たしかイェーガーズって地図に載ってたわね。イェーガーズ本部だったかしら」
「はい、私たちイェーガーズの拠点にして、正義を志す者の集う場所です。あそこなら安全ですよ」
「へえ……でもアカメはそこには行くなって言ってたわね」

 何の気なしにサリアが漏らした一言に、セリューが示した反応は激烈だった。
 サリアの手を引いて押し倒し、瞬時に引き抜いたナイフを首筋に突きつける。

「ちょ……っつぅ!」
「お前、ナイトレイドか」
「ちょっと、何するのよ! どういうつもり!?」
「質問に答えろ。アカメと関わりがあるということは、お前はナイトレイドの一味なのか」

 先ほどまでのフレンドリーな態度から一転、一切の感情を排した無機質な声でセリューはサリアを問い詰める。
 サリアからは見えないが、背後では巨大化したコロが今にもサリアの頭を噛み砕かんと顎を開いている。セリューの一瞥で即座に獲物を喰らう構えだ。
 そのときになってようやく、サリアはアドラメレクが自分の手にないことに気づく。イニシアチブを完全に奪い取られたと。
 抵抗は無駄だと察したか、サリアは力を抜いた。


「アカメとは、電撃を打つ変な子供に襲われたとき、一緒に戦ったのよ」
「ならばやはり、お前はナイトレイドの……」
「まあ、もう敵と思われてるでしょうけどね」

 望み通りの回答を得て、勇んでナイフを振り下ろそうとしたセリューの手を止めたのは、多分に諦念の混じったサリアの独白だった。

「……どういうことだ? お前はナイトレイドの一員ではないのか」
「そんなダサい名前の組織はお断りよ。言ったでしょ、敵に襲われたときに一緒に戦ったって。
 アカメとはここに来て初めて出会った関係よ」

 それはつまり、セリューと卯月・結衣の関係と同じ、ということだ。
 ナイトレイドのアカメと共闘したというだけで本来ならば正義執行には十分な理由であるが、今はやや状況が異なる。
 本当にナイトレイドを知らず、成り行きでアカメと行動を共にしただけであるならば、それだけで悪とは断定できない。

「では、お前はアカメの仲間ではないのか?」
「さっきまではそうだったかもね。でも、もう違う。もうシンイチは、私を仲間とは思ってくれてないでしょうね」
「シンイチ……泉新一という奴か。むう……」

 ナイフを手に熟考する。どうやらサリアの辿ってきた道のりは中々に波乱に満ちていたようだ。
 アドラメレクは回収できたのだから、殺してしまっても問題はない。
 が、サリアは宿敵ナイトレイドの足跡を握っている。情報を引き出してから判断を下しても遅くはないはずだ。

「死にたくなければ、お前が出会った人間のことを詳しく話せ」

 セリューはナイフを引き、サリアを解放してその対面に移る。反対側にコロを配置して、挟み撃ちの形にすることも忘れずに。
 高圧的な物言いにサリアは眉をひそめたものの、自身の今の体調とセリューの手にある刃物、そして荒い息を吐く筋肉の化け物に囲まれているとあっては抵抗は死を意味する。
 ややあって、サリアは素直に話し始めた。


  ◆


 雪ノ下雪乃比企谷八幡、泉新一との出会い。
 尖った耳の男の襲撃、八幡の死。
 アカメの来訪。ちょっとした言い合い。
 雷を放つ少女との戦い。槙島聖護に拉致されたこと。
 巴マミ園田海未との音ノ木坂学院での語らい。
 そして、アンジュとの再会、決裂。
 アンジュの殺害を邪魔する巴マミ、園田海未との交戦……セリューから死んだと聞かされても、心は凪いだままだった。
 仲間を殺されたことで、シンイチひいてはアカメと雪乃も、サリアを敵とみなすだろう。


 長い話になった。
 サリアが自分に非があると思われないよう話を改ざんするとしても、セリューがどういう立場の人間かわからないのであれば、意味がない。
 だからサリアはありのまま、起こったことを話した。ただ、エンブリヲのことだけは一切話さなかった。自分がここで死ぬとしても、エンブリヲに危険が迫ることは許されないからだ。
 セリューは基本的に口を挟まなかったが、途中、電撃を放つ少女のことには質問してきた。

 曰く。その少女はこのアドラメレクを使ってたのか? ――ノー。何も着けていない掌から電撃を発射してきた。
 曰く。その少女の名を知っているか? ――ノー。アカメとは話したらしいが、名前までは知らない。
 曰く。その少女の外見的な特徴を教えろ。 ――年齢は14、5。肩までくらいの短髪、とても戦闘向きではないシャツにベスト、短めのスカート。
 曰く。……その少女の衣服は、こんなものだったか?

 セリューはやけに具体的に、少女の着ていた衣服について述べた。ベージュ色のベスト、左胸のところにある紋章の柄。
 それらはサリアの記憶にあるとおりだったので、素直に首肯した。
 最初はアドラメレクを使いこなせる人物かと警戒して質問してきたようだが、サリアの答えは別種の解答をセリューに与えたようだった。
 そして、話し終え。
 うつむき何事か考えているセリューを見て、さてどうやってこの場を切り抜けようかとサリアが思案したとき。

「申し訳ありませんでしたっ! 私てっきり、あなたも悪の一味かと勘違いしておりました!」

 ナイフを放り出し、額を地に擦りつけんほどの勢いで、セリューは頭を下げてきた。
 土下座とまでは言わないまでも、偽りなき謝意の表現である。あまりにも落差の激しい反応に、サリアこそどう反応していいか戸惑ってしまう。

「ええと……? あなた、一体何を言っているの?」
「あなたの話を聞いて、私、恥ずかしながら自分の勘違いに気づきました!
 殺人者アンジュを追う者であり、殺人集団μ'sの一人を処刑したあなたが悪であるはずがありません!」
「さ、殺人者? 殺人集団? 一体何のことなの」

 顔を上げたセリューは、あの無機質な表情からはかけ離れた満面の笑顔で、サリアの手を強く握る。
 強い力だが、害意はない。むしろ親愛、信頼の表れと受け取れる、そんな握り方だった。


「実は私、以前に殺人を犯した者が記載されているリストを見たことがありまして。
 その中にはあなたの名前はありませんでしたが、アンジュという女は確かに載っていました!
 これだけでもあなたとアンジュの間には天と地ほどの開きがありますが、そこへさらにアンジュとμ'sが繋がっていたという事実!
 私はこれまで南ことり、高坂穂乃果という二人の悪と直面してきましたが、その二人も何を隠そうμ'sだったのです!
 やはりμ'sはただの娯楽提供者などではなく、悪に染まった外道の集団だったのですね!」
「あ、ああ……そうなの?」
「さらに! あなたを襲ったその電撃使いの女は、服装からしてまず間違いなく白井黒子と同じ組織の者と見て間違いないでしょう!
 あ、白井黒子とは高坂穂乃果の逃亡を手助けした悪です! であればその電撃使いも、紛れもなく悪!
 アカメを襲ったことからナイトレイドではないのでしょうが、生かしておいて良い相手でないのは間違いありません!」

 どうやらサリアの語った出来事は、セリューの中で彼女の論理にピタリと符合したようだ。
 アンジュが殺人を犯していたと聞いても、サリアからすれば、まあそうだろうな、くらいにしか思わなかった。
 サリアたちノーマはマナを使える人間に迫害される立場であるし、アンジュは実際にその人間たちの国へ殴り込みに行った。
 その過程で警備だか警察だかを何人殺していようと、別に驚くことでも憤ることでもない。
 逆にサリアは、訓練こそ受けてはいても、アルゼナルのメインターゲットは基本的にはドラゴンだ。人間同士で殺し合ったことなどほとんどない。
 例外はあのアルゼナル崩壊の日くらいだが、それにしてもサリアは侵入者迎撃ではなくアンジュの移送を担当していた。
 あの日銃撃戦に参加したノーマももちろんいただろうが、サリアはそうではない。
 単に運が良かっただけではあるが、サリアはその手を血に染めたことはまだないのだ。

「あなたとアンジュの間に何があったか、それは私にはわかりません。
 ですが、アカメを仲間と信頼する泉新一、アンジュ、μ's、白井黒子と電撃使い! これらの要素が絡み合い、導き出される答えは明白!
 奴らこそが、悪! 疑問を差し挟む余地はありません! であれば、悪と戦ったあなたは、すなわち正義です!」

 そう単純なものではないだろうとサリアは思ったが、どうにもヒートアップするセリューに水を差すのも躊躇われた。
 もしサリアが「いや、それはちょっと言い過ぎでは?」とでも言うと、おそらくセリューはサリアを「悪と内通する者」と、再び評価を翻すことだろう。
 どうもセリューという人物は思い込みが激しいようで、自分がこれと決めた結論に向かって一直線に進んでいくタイプであるようだ。
 元々彼女の中にあった疑念、疑いレベルに過ぎなかった事象が、サリアの証言を得て確固たる事実へと変化したのだ。
 多分にアンジュを悪人扱いして話を進めたサリアにも原因はあるのだが、それにしてもこうまで単純に物事の善悪を判断するのはさすがに予想外だった。
 だが、考えてみればアンジュが悪でありサリアが正義と思われることは、別にサリアにとってマイナスではない。むしろ、仲間を失い孤立無援のサリアにはプラスと言える。
 それに、セリューがそういう人間であるとわかった今なら、彼女の思考を誘導することも決して難しくはない。

「正義、だなんて言われるとちょっと照れるわね」
「恥じることはありません! ここには多くの悪が蔓延っており、常に力なき民が脅かされています!
 私たちはそんな人たちを守る盾となり、また悪を滅ぼす刃として戦わねばならないのです!」
「それについては同意するわ、セリューさん。アンジュを生かしてはおけないもの」
「セリューでいいですよ、サリアさん。あ、私はちょっと呼び捨てはやりにくいので、サリアさんって呼ばせてくださいね?」

 セリューの言うことを否定せず、受け入れる。それだけで、こんなにもセリューは信頼を寄せてくる。
 もはやセリューの瞳にはサリアに対する敵意は一片も見当たらない。
 とりあえずの安全を確保したと、サリアは息を吐いた。

「あ、こんなところで長話もなんですね! どうぞ、イェーガーズ本部へとご案内します! あそこならサリアさんの怪我の手当もできますから」
「……いえ、悪いのだけどあなたと一緒には行けないわ、セリュー」

 サリアを担ごうとするセリューの手を、サリアはやんわりと固辞した。


「ど、どうしてです? 私たちの目的は同じですよね?」
「ええ。悪を滅ぼし、広川を打倒して元の世界に帰る。それはあなたも私も変わらないわ」
「なら!」
「私には、どうしてもお護りしなければならない方がいるの」

 当然、エンブリヲのことである。
 セリューを利用できるとしても、サリアが優先するべきはまずエンブリヲの安全であり、その次がアンジュの抹殺。セリュー他はその次だ。

「ど、どなたです? 何なら私も同行して一緒に捜索を手伝いますよ?」
「その前に一つ聞かせて。あなたが見た殺人者のリストだけれど、どの程度の情報が載っていたの?」

 ここでサリアが気になったのは、セリューが見たという殺人者のリストだった。
 サリアは載っておらず、アンジュは載っている。であれば間違いなく、サリアが敬愛するエンブリヲの名もあるはずだ。
 なにせサリアが知っているだけでも、エンブリヲはアルゼナルに押し寄せてきた人間の艦隊を消し飛ばしている。殺害人数という点ではアンジュなどとは比べ物にならないだろう。
 そんなエンブリヲを、セリューが知ればどうなるか。確証はないが、悪と判定する可能性は高そうだ。
 だからこそ、セリューとエンブリヲが出会ってしまう前に、エンブリヲが悪ではないという事実をセリューに刷り込んでおかなければならない。

「ええと、殺人歴がある人物全員の顔と名前ですね。殺害数や殺人に至った経緯などは載っていませんでした」

 セリューの答えに、サリアは内心喝采を上げた。これなら操縦は容易い。

「ねえ、聞いてセリュー。私はエンブリヲというお方にお仕えしているの」
「エンブリヲ……その名は確か」

 予想通り、セリューの眼尻が釣り上がる。だがそこから感情の色が失われる前に、サリアは畳み掛ける。

「そのリストに名前はあったのでしょうね。でも待ってほしいの。エンブリヲ様は決して私利私欲のために悪事を行う人ではないわ」
「……と言うと?」

 サリアの言葉に聞く価値があると判断したか、セリューは先を促す。食いついてきた。
 知りうる限りのエンブリヲの経歴を、セリューに理解できる程度に改変して話す。

「エンブリヲ様は、ある国をずっと陰から護ってきたの。
 王族ではないのだけど、国民たちが安心して日々を暮らせるように犯罪の芽を詰んだり、他国の侵攻を防いできたの」

 ほとんどがでっちあげだが、別に丸きり嘘という訳でもない。

「その過程で少なくない人を手にかけてしまったのは間違いないわ。
 そうしなければ国を、民を、護れなかったから。エンブリヲ様は殺さねば護れない矛盾にに苦しんでいた。
 決して、人を殺すことを楽しむような人ではないのよ。だからセリュー、エンブリヲ様は」

 決して悪ではないわ、とサリアは続けようとしたが、言葉を最後まで紡ぐ必要はなかった。
 何故ならセリューの瞳は、ついさっきまでの親愛の情を取り戻していたからである。

「なるほど、エンブリヲさんという方は我々イェーガーズと同じく、治安維持の任に就いておられるのですね!
 それでは殺人を犯していても仕方ありません。それは悪ではないのです。何故なら悪を滅ぼしているのですから!」

 きらきらと輝く眼でセリューは喜ぶ。
 彼女を懐柔するのは、本当に簡単だった。


  ◆


「では、名残惜しいですがここでお別れですね」

 でき得る限りの応急処置をサリアに施し、情報を交換した後。
 セリューは朗らかな気持ちでサリアとの別れを迎えていた。

「あなたに会えて良かった。死なないでね、セリュー。あなたみたいな良い人が、こんなところで命を落としてはいけないわ」
「ありがとうございます、サリアさん! 私も志を同じくするサリアさんと出会えて本当に嬉しいです! 必ずまた、生きて会いましょう!」

 サリアはアンジュを追うために東に戻る。
 セリューはウェイブや高坂穂乃果たちを放り出す訳にもいかず、サリアには同行できないのだ。

「もしエスデス隊長に会うことがあれば、セリューとウェイブさんはイェーガーズ本部にいると伝えてください!
 隊長は本当にすごくすごく強いんです! 私たちイェーガーズが集まれば、殺し合いなんて一晩で終結させられますよ!」
「エスデスさんね、探してみるわ。もしあなたもエンブリヲ様と会うことがあれば、サリアが探していたと伝えてくれる?」
「お安いご用です! ……あ、忘れるところでした。これ、お返ししますね」

セリューはしまっていたアドラメレクを取り出し、サリアへと手渡す。

「いいの?」
「丸腰では危険ですよ。私が持っていたところで、ブドー将軍の帝具なんて使いこなせませんからね。
 ならば同じく正義の使徒であるサリアさんに使っていただいた方が良いですから」

 強力な武器を手渡す。それは揺るぎ無い信頼の証。
 エンブリヲを護り、邪魔な人間を間引く鋭い刃。それが、サリアがセリューに抱いた印象であり、仲間とはこれっぽっちも思っていない。
 セリューに同行しなかったのは、彼女がいつ爆発するか知れぬ爆弾とほぼ同義であるからだ。
 いつ豹変するか知れない彼女と行動して精神的に消耗するより、自由に動かして適度に暴れ回ってくれた方が良い。
 セリューが島の西側に留まるならば、東にいるはずのアンジュを掻っ攫われることはまず考えなくていいだろう。
 それにイェーガーズ本部と図書館は距離的に近い。
 セリューには、アカメと図書館で合流する予定だったと伝えた。彼女の準備が整えば、図書館でシンイチとサリアを待つアカメに対し攻撃を仕掛けるはずだ。
 もはやアカメはサリアにとっては味方ではない。セリューとは違う意味で苛烈なまでに悪を憎むアカメは、サリアの所業を決して許さないのだから。
 雪ノ下雪乃、泉新一については、あえて考えないようにした。彼らを敵と断ずるにはまだ、サリアの方の心構えができていない。

「サリアさん、ナイトレイドには気をつけてくださいね。アカメはもちろんのこと、タツミさんも悪に染まってしまったようですから」
「タツミね、了解。気をつけるわ。じゃあ私からも一つ。槙島聖護という男には気を許さないで」
「槙島聖護……殺人リストにありましたね」
「単純な強さという意味ではおそらくあなたが恐れるほどではないわ。でもあいつは……何ていうか、人の隙を突くのが上手い。
 あいつに好きに喋らせていると、いつの間にかいいように利用されてしまうわ。注意して」


 槙島はサリアにアドラメレクを譲ってくれた人物ではあるが、感謝の念など全くない。
 むしろアンジュやアカメとは違うベクトルで危険だと直感している。
 観察力、心理掌握に優れ、言葉一つで人を操る。肉体ではなく、精神の化け物とでも形容するのが相応しい。
 サリアですら手玉に取れたのだから、セリューなど槙島にとっては格好の獲物でしかないだろう。

「弁論で心を操る敵ですか……厄介ですね。ウェイブさんもその手にやられたようです」
「μ's、と言ったかしら。あなたが見た南ことり、高坂穂乃果、そして私が会った園田海未。
 この三人は私たちの敵だった訳だけど、もう一人いるんでしょう? そいつは放っておいていいの?」
小泉花陽、ですね。たしかに彼女もμ'sの一員のようですが……どうでしょうか。
 もし高坂穂乃果同様の悪であれば、高坂穂乃果は小泉花陽を見捨てて逃げたことになります。
 もしかしたら、μ'sに属してはいても、裏の顔までは知らないのかもしれません。殺し屋が活動する際、全く関係のない組織や店に潜り込んで素性を隠すのはよくある手です。
 どちらにせよ、小泉花陽の本性を見極めるためにも、私は一度本部へ戻ろうと思います」

 理想の展開としては、セリューがアカメ他の危険人物を片っ端から駆逐してくれることだ。
 人数が減ればそれだけ自身とエンブリヲは安全になる。仮に生き残ったのがサリア、エンブリヲ、そしてセリューたちだけならば、敵対する理由もない。
 サリアに協力的なセリュー、戦友のウェイブ、上司エスデス。当面はこの三人が敵ではないというだけでも収穫だ。
 敵と言えば、サリアが聞き逃した放送で、モモカ・荻野目の名も呼ばれたらしい。
 サリアはさほど彼女と交流があった訳ではないが、それでも少しの間、生活を共にした仲である。
 アンジュを憎むのは別に、モモカを悼む気持ちは否定できない。それが弱さだと、わかってはいるのに。

「もしお互い生き延びることができたら、そうね、十二時間後に私もイェーガーズ本部に向かうことにするわ。
 もしあなたがその時間に本部にいたら、狼煙でも音でもなんでもいいから合図を上げて。それがない限りは安全と判断できない」
「わかりました。十二時間後、次の次の放送のときに、ですね。
 できればそのときにはお互いの探し人を見つけていて、みんなで会いたいものです」
「それができればいいわね……それじゃ、行くわ。また会いましょう、セリュー」

 こうして、サリアはセリューと別れた。
 多くの情報だけでなく、セリュー他イェーガーズという協力者も得た。エンブリヲを護る騎士団は着々と集まりつつある。

「あとは、エンブリヲ様に知られることなくアンジュを抹殺できたら完璧なんだけど」

 エンブリヲより先にアンジュを発見し、今度こそアドラメレクで灼き尽くす。
 それにはまず東の市街地に舞い戻り、アンジュを見つけ出さなければならない。
 振り返ると、セリューがまだ手を降って別れを惜しんでいる。

「……単純で危険だけど、根は悪い娘じゃないのかもね」

 できれば彼女と敵対することは避けたい。
 そう願いながら、サリアは一人、無人の野を進んでいった。


【C-5/1日目/朝】

【サリア@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:両肩負傷(処置済み)、左足負傷(処置済み)
[装備]:“雷神憤怒”アドラメレク@アカメが斬る!、シルヴィアが使ってた銃@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品、賢者の石@鋼の錬金術師
[思考・行動]
基本方針:エンブリヲ様と共に殺し合いを打破する。
0:東の市街地に戻る。
1:アンジュを殺す。
2:エンブリヲ様を守る。
3:エスデスと会った場合、セリューの伝言を伝え仲間に引き入れる。
4:アカメ、タツミ、御坂美琴には特に警戒。
5:三回目の放送時にイェーガーズ本部へ訪れ、セリューと合流する。
[備考]
※参戦時期は第17話「黒の破壊天使」から第24話「明日なき戦い」Aパート以前の何処かです。
※セリューと情報を交換しました。
 友好:セリュー、エスデス、ウェイブ、マスタング、エドワード、結衣、卯月
 危険:高坂穂乃果、白井黒子
 不明:小泉花陽


【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]:健康
[装備]:日本刀@現実、肉厚のナイフ@現実、魔獣変化ヘカトンケイル@アカメが斬る!
[道具]:ディバック×2、基本支給品×2、不明支給品0~4(確認済み)、首輪×2
[思考]
基本:会場に巣食う悪を全て殺す。
0:イェーガーズ本部に戻る。
1:悪を全て殺す。
2:エスデスを始めとするイェーガーズとの合流。
3:エンブリヲと会った場合、サリアの伝言を伝えて仲間に引き入れる。
4:ナイトレイドは確実に殺す。数時間後に図書館を襲撃し、アカメを殺す。
5:小泉花陽が穂乃果同様の悪か見極める。
6:ウェイブには穂乃果と黒子の件に関して、話を都合のいいようにでっち上げる。 
7:十二時間後にイェーガーズ本部で合図を上げて、サリアを迎え入れる。
[備考]
※十王の裁きは五道転輪炉(自爆用爆弾)以外没収されています。
※他の武装を使用するにはコロ(ヘカトンケイル)@アカメが斬る!との連携が必要です。
※殺人者リストの内容を全て把握しました。
※都市探知機は一度使用すると12時間使用不可。都市探知機の制限に気付きました。
※サリアと情報を交換しました。
 友好:サリア、エンブリヲ
 危険:アンジュ、槙島聖護、泉新一、雪ノ下雪乃、御坂美琴(名前は知らない)


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089:ダークナイト セリュー・ユビキタス 098:正義の戦士たちよ立ち上がり悪を倒せ
066:敵意の大地に種を蒔く サリア 120:さまよう刃
最終更新:2015年09月29日 20:38