066

敵意の大地に種を蒔く ◆H3I.PBF5M.


「ちょっといいかしら」

声をかけられたのは、街に入って少ししてからのことだった。
西木野真姫、田村玲子の前に、赤いコートを着た金髪の女が立っている。
女はその手に銃を持っている。さすがに銃口をこちらに向けてはいないものの、いつでもそうする、そうできるのだと言外にプレッシャーをかけてきていた。
真姫の視線は女の持つ銃に注がれていた。スクールアイドルとはいえあくまで一般人の真姫は拳銃など映画や漫画の中でしか見たことがない。
ある意味では先ほど出会ったDIOという、車を片手で持ち上げた男と同じくらい、現実感を感じさせないものだ。
真姫を背中に庇うように田村が女と向かい合う。

「何の御用かしら。そんな物騒なものを持って」
「悪いわね、こんな状況じゃ初対面の相手にだって油断はできないの。特にここには、人間じゃない奴まで紛れ込んでいるのだし」

女が憎々しげに言い放った言葉に、真姫はドキリとする。DIO一行と別れてからここに来るまで、真姫は田村から色々な話を聞いた。
田村が寄生生物という、人間を殺して食べる危険な生物だということ。
ある日突然目覚め、人間に寄生し、人間に興味を持ち、寄生生物同士で子を成したこと。
田村の方はただ一つ、人間に追い詰められ、射殺されたことは黙っていた。というのも田村自身、どうやって自分が今ここにいるのかいまいちよく理解できていないからだ。
少なくともあのときは、寄生した人体の損傷は著しく、寄生生物の力を以ってしてももはや蘇生は不可能だった。
しかしこの身体にはその傷が一つもない。撃たれた記憶はしっかりとあるのに、だ。
真姫には不確定な事象を不確定なまま伝えることもないと、何らかの形で整理できるまで黙っているつもりだった。

「いくつか聞きたいことがあるの。少し時間をもらえる?」
「構わない。こちらも質問がある」

話を進めていく女と田村に口を挟まず、真姫はじっと二人のやりとりを眺めていた。
田村からある程度話を聞き終えて、それでも不思議と、真姫は田村から離れる気は起きなかった。
田村の冷静な語り口や敵意のない所作から、少なくとも真姫を害する気がないことを理解したからだ。
これは、擬態とはいえ田村が人の形を保っているのも一因だろう。
仮に人を捕食する形態を真姫が見ていたら、理性では安全と判断しても本能、心の部分が拒否するのは想像に難くない。
真姫が田村をあえて喩えるなら、とても危険な凶器を持った優しい人、とでもなるのだろうか。
その凶器がこちらに向けられることはまずないと理解していながら、凶器を持つがゆえに線を引いてしまう。
距離感を掴みかねて、さりとて離れることもできず、黙々と音ノ木坂学院を目指す真姫と田村の前に現れたのが赤いコートの女だった。

「まずは自己紹介ね。私はアンジュ。名簿にもその名で載っているわ」
「私は田村玲子。彼女は西木野真姫」
「玲子に、真姫ね。ああ……これを最初に言うべきだったわね」

女――アンジュは、拳銃をいつでも撃てるように強く握り締める。

「私は殺し合いをする気はない。と言っても、襲ってきた相手に容赦するつもりもないけれど。あなたたちはどう?」
「私たちも同じよ。反撃を躊躇しない、というところも含めて……ああ、これは私の意見であって、西木野さんは違うでしょうけど」
「わっ、私も同じよ! その、反撃とかそういうのはちょっと、無理だけど……」

真姫は突然田村に水を向けられる。アンジュの鋭い視線に射抜かれ、やや焦りながら答えた。
無抵抗を標榜するわけではないが、さりとて他人を害することができるとも思えない。
紛れもない弱者、民間人であるところの真姫としてはそこは決して誇張できない部分だった。


「ふうん。まあ、見るからに戦闘訓練なんて受けていなさそうね。運動神経は悪くなさそうだけど」
「あ、私スクールアイドルやってて、毎日レッスンしてるから」
「アイドル? へえ、凛と同じなのね」
「りん? ……凛と会ったの!?」

アンジュの口から出てきた言葉は、真姫にとっても無視できないものだった。
支給された名簿に載っているμ'sのメンバーの名は、真姫以外で高坂穂乃果、園田海未、南ことり、星空凛、小泉花陽の五人。
アイドルをやっていて名前が凛、といえば真姫と同じ星空凛に間違いない。

「ちょっとトラブルに巻き込まれてね。エンブリヲって変態にさらわれたの」
「そんな……! り、凛はいまどこにいるの!?」
「だからそれを私も聞きたかったのよ……」

蒼白になる真姫。知り合いが拉致されたと告げたアンジュもバツが悪そうな顔だ。

「落ち着きなさい、西木野さん。アンジュさん、少し聞きたいのだけど、あなたの言う凛という娘は、星空凛で間違いない?」

そんな中、一人冷静だった田村が名簿を眺めながら問いかけた。
田村の視線は星空凛という文字からややズレて、渋谷凛という名に注がれていた。

「星空? いえ、渋谷凛って名前だったはずよ」
「そう……。西木野さん、朗報と言えるかはわからないけど、彼女が言っている凛とあなたの知っている凛は別人よ」
「ふぇ? ……え、あ」

名簿には二人、凛という名前を持つ人物がいる。
今回はたまたまそれがかぶっただけだと、田村は名簿の渋谷凛という名を真姫に指し示す。
狼狽から一点、安心で気の抜けた真姫がへたり込んだ。

「そっちにも凛って知り合いがいたのね。悪いわね、勘違いさせて」
「いえ……凛が無事なら、私はそれで」
「そうもいかないわ。そっちの凛が無事でも、こっちの凛が攫われたことは事実なんだから」

あ、と真姫は赤面した。友人が無事だったことに安堵するあまり、渋谷凛という娘のことを気にかけていなかったからだ。
田村が真姫の肩に手を置く。気にするな、ということらしい。
アンジュも気を悪くした素振りはなく、気を取り直して田村と情報を交換していく。

「DIO、食蜂操祈、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。どれも知らない名ね」
「エドワード・エルリック、前川みくはこちらも知らない。エンブリヲという男も残念ながら。力になれなくて悪いわね」
「まあ、いいわ。あなたたちがあの変態に遭遇していないのは幸運だと思うし」
「これからどうするの? 探す宛てはあるのかしら」
「北は仲間が……小さい仲間が探してるわ。私は南側を当たるつもり」
「じゃ、じゃあ! 音ノ木坂学院まで一緒に行かない!?」

アンジュの目的地が地図南東側の市街地らしい。そこには真姫たちも向かう音ノ木坂学院がある。
アンジュに対する若干の申し訳無さから黙っていた真姫が、ここぞとばかりに声を上げた。


「あなたたちと同行するってこと?」
「エンブリヲって男はどこにいるかわからないんでしょう? まず音ノ木坂学院から調べてみるのがいいんじゃないかしら」
「……いいえ、止めておくわ。いくらなんでも距離が近すぎる。エドワードが近くにいる場所であいつが満足するとは思えない」

先ほどエンブリヲと交戦した場所から音ノ木坂学院はさほど離れていない。
能力的に相性の悪いエドワードが追ってくることを考えれば、エンブリヲがそこに逃げ込んだ確率は高くないだろう。

「で、でも。もしそのエンブリヲって変態がいたら……!」
「アンジュの話を聞く限り、私だけでは対処は難しいでしょうね」

しかしあくまで確率論だ。いないかもしれないし、いるかもしれない。
そしてもし低い確率を引き当ててしまえば、渋谷凛という少女に続くエンブリヲの犠牲者が二人、出来あがるだけ。

「悪いけどそれはそっちの事情よ。エンブリヲがいそうにない場所に私が行く意味がない」

しかし、アンジュにそれを考慮する余裕はなかった。
時間が経てば経つほど渋谷凛の安否は危うくなっていく。無駄な寄り道をする時間はない。
真姫はなおも説得を続けようとするが、田村がそっと抑える。アンジュの決定を変えるだけの理由がないからだ。
話は終わったと踵を返したアンジュだったが、次の瞬間には銃を構えていた。
ただし銃口は、真姫でも田村でもない、まったく別の方向に。

「君がアンジュか。良かった、こんなに早く会えるとはね」

銃口の先には男がいた。
銀髪に白いシャツ。線は細いが、しっかりと筋肉のついた身体をしている。
口元には小さな笑み。銃を向けられていてもまったく動揺していない。

「あんた誰よ。いつの間に近づいたの」
「立ち聞きする気はなかったんだけどね。この街は音が響くから。
 ああ、僕の名前は槙島聖護。君たちに手出しする気はないから安心してくれていい」

槙島と名乗った男は両手を挙げ戦意がないことをアピールする。
アンジュは油断なく拳銃を突きつけたまま、槙島の発言を思い返す。

「私を知ってる口ぶりだったけど、どういう意味?」
「君を知っている人に会ったからさ。彼または彼女が、今いる場所も知っている」

槙島の言葉にアンジュは目を見張る。

「誰に会ったの? エンブリヲ? どこで!?」
「さあ、名前まではただでは教えられないな。そうだね、君の持っている銃を一つくれるかい? さすがにこれだけでは心もとないからね」

槙島はナイフを取り出しヒラヒラと振る。アンジュはそのナイフにどこか見覚えがあった気がしたが、思い出せない。

「ふざけないで。誰がいるっていうの!」
「その銃で撃って無理やり口を割らせるかい? 構わないよ、それでも」


余裕の態度を崩さない槙島に苛立つ。本当に撃ってやろうかと思わないでもなかったが、横で見ている真姫と田村の手前、それもできない。
幸い、銃は二つある。一つ渡してもさほどアンジュの戦力は低下しない。
引き換えに得るものはなにか。エンブリヲであればこの上ない情報。それ以外でも、名簿に記された名はアンジュにとっては仲間ばかりだ。
タスク、モモカ、ヒルダ、サリア。誰だったとしても無条件で信頼できる。
ギリ、と奥歯が鳴る。槙島は微笑んでいる。癪に触るが、あの分では撃っても喋るかどうか。
そしてこの状況で撃ってしまえば、田村と真姫からの心象はかなり悪くなるだろう。
メリット・デメリット双方をざっと推し量り、アンジュは息を吐いた。

「銃を渡したとして、アンタが私たちを襲わない保証は?」
「口約束しかできないね」
「そんなもの、信頼できるわけないでしょう!」

冷静に対処するつもりだったが、どうにもこの槙島という男と話していると不快感が先に立つ。
激昂しかけたアンジュを、成り行きを見守っていた田村がそっと鎮める。

「渡してやればいい。拳銃程度なら私が対処できる」
「は? あなたが?」
「今は情報が欲しいんでしょう。それも、一刻を争う」
「それは、そうだけど」

この件に関しては部外者である田村に仲裁され、アンジュの頭も休息に冷える。
その様子を槙島は楽しそうに眺めている。

「へえ……泉くんとはずいぶん違うな。君たちにも個体差があるのかな?」
「泉新一を知っているのか」

槙島の口から出た名前に、今度は田村が反応した。
同時に彼の言葉は、田村の正体を看破していることも示している。

「彼と語り合えたのは有意義な時間だったよ。出来れば君ともそうしたいが……今回は我慢するとしよう」
「泉新一はどこにいる」
「教えられないな。それとも君も、その力で僕の口を割らせるかい?」
「……無抵抗の人間を相手にする気はない」
「泉くんといっしょにいた彼は相当の変わり種と思ったが、君もそうらしい。ますます君たちのことを知りたくなったよ」

会話の主導権は槙島に握られてしまった。
撃つのが駄目なら殴り倒して、と思ったアンジュだが、何気なく立っているだけの槙島にはどこにも打ち込める隙が見当たらない。
格闘戦では負ける。幾度も死線を潜った戦士の嗅覚が、閃きにも似た直感がアンジュにもたらす。

「さて、どうするアンジュ。君次第だよ」
「……その情報は確かなんでしょうね?」
「保証するよ。何なら、そうだね。まず弾丸と予備弾倉だけをこっちに渡してくれ。その後、僕が情報を渡そう。
 君がそれを偽りだと判断するなら、そのまま去ればいい。本当だと思ったなら、銃本体をくれればいい。そうすれば危険はないだろう?」

槙島の言うとおりにすれば、確かに危険はなく取引は成立となる。
仮に嘘だったら今度こそ容赦なく弾丸を叩き込めばいい。おそらく田村も邪魔はしないだろう。
本当であれば……別に素直に弾を渡してやる必要もないのだが、渡したところでアンジュに損失は少ない。
そもそも、ここでこうしている時間すら惜しいのだ。アンジュは決断した。


「いいわ。ただし、銃はここでは渡さない。ある程度あんたと距離を取ったと判断したところに置いておく。
 私たちが立ち去ったら拾いに来なさい。これを呑めるなら、あんたの話を聞くわ」
「わかった、それでいいよ」

してやられたのはわかっているが、替えの効く方法で情報が得られるなら安いものだと思うしかない。
アンジュはバッグからトカレフの弾倉を取り出し、槙島の足元へと蹴った。
トカレフ本体から装填されていた弾丸を抜き、それも投げつける。

「確かに。じゃあ、僕の知っていることを話そう。
 ここから南に向かったところに音ノ木坂学院という施設があるのは知っているね? そこに、サリアという少女がいる。ああ、泉くんも一緒だよ」
「サリアが……って、すぐ近くじゃないの!」

槙島は当然、アンジュたちが音ノ木坂学院に行くかどうかで揉めていたことも聞いているだろう。
それを知っていて、あえて交渉のカードに使った。本当に食えない男だと腹立たしく思う。

「お怒りかな? しかし僕が伝えなければ君は違う場所に行ったかもしれない。
 マーク・トウェインも言っただろう。行動しなかったことに失望するよりもまず行動せよ、さ」
「余計なお世話よ!」

槙島の語るサリアの人物像からして、どうやら間違いなく本物のようだった。
サリアとは色々あったが、最後には協力してエンブリヲと戦った仲間だ。
さらにエンブリヲが生きていた以上、またサリアに手出しするかもしれない。放っておくわけにはいかなかった。

「玲子、真姫。悪いけど私も一緒に行かせてもらうわ」
「構わない。私の方も、音ノ木坂学院に行かなくてはならない理由が増えた」
「どうやら嘘は言っていないとわかってくれたようだね。じゃあ約束を守ってくれるかな」

槙島が催促する。何やら釈然としない物を感じながらもアンジュはトカレフを取り出したが、田村にすっとすり取られる。

「玲子?」
「追ってこられても迷惑だ。こうすればいい」

田村は大きく振りかぶって、拳銃を放り投げた。
まだ太陽は昇っておらず、辺りは薄暗い。その夜空めがけて、鋼鉄の筒が回転しながら飛んで行く。
寄生生物は人体の持つ身体能力を限界まで引き出せる。その田村が全力で放り投げたのだ、プロ野球選手も各屋という飛距離が出ただろう。

「あれが欲しければ探すといい。ここでは渡さないという約束だったのだから、文句はないだろう」
「……そうだね。確かに約束は破っていないな」
「行きましょう。もう彼に用はないわ」

呆気に取られた槙島を放置し、アンジュたち三人は音ノ木坂学院目指して出発した。
あの分では槙島が拳銃を見つけるには相当の時間がかかる。アンジュたちを襲うのは現実的な選択肢ではなくなっただろう。
女たちが立ち去り、一人取り残された槙島は肩をすくめた。

「やれやれ。面倒なことになった……が、まあいいさ。僕がするべきことはもうないからね」

手に入れた弾丸をバッグに押し込んで、槙島はアンジュたちと反対の方向に歩き始めた。
まずは拳銃を回収しなければならない。

「人間の価値をはかるには、ただ努力させるだけでは駄目だ。力を与えてみればいい。
 法や倫理を越えて自由を手に入れたとき、その人間の魂が見えることがある」

独りごちる。

「さて、彼女はどうするかな」


  ◆


音ノ木坂学院の職員室には、四人の男女がいた。
正確にはもう一体、意思を持ち喋ることができる存在がいたのだが。

「……大変な目に遭ったんだな」

この場で唯一の男性である泉新一は、新たに遭遇した二人の少女にそういう印象を持った。
巴マミ、園田海未という少女たち。彼女たちも新一やサリアと同じく、この凄惨な殺し合いの洗礼を既に受けていたらしい。
新一は物言わぬ屍となった少女に手を合わせる。マミと海未が持ち込んだ美遊・エーデルフェルトの遺体だ。
カーテンをかけただけのごく簡素な弔いだったが、ミギーはそれを無駄だとは言わなかった。

「それはそちらも同じでしょう。血で物体を消し飛ばす男に、雷を操る少女。魔法少女とはまた違うのかもしれませんね」
「その魔法少女っていうのも俺には理解できないんだけどね……」

本当にここは何でもありなんだな、と新一はもはや諦観気味だ。
右手にミギーという存在を同居させている新一をして、それ以上のビックリ人間を立て続けに見てしまっては霞んでしまうというもの。
比企谷八幡を殺した耳の尖った男と、電撃を放つ少女。どちらも新一だけでは手に余る相手だった。
しかしここで会った巴マミは、そういった超常能力者たちにも引けをとらない歴戦の強者である。
自分よりかなり幼い少女がそんな力を持っていると俄には信じられない新一だが、雷の少女という前例があってはそうもいかない。
それに実際、サリアの怪我を応急処置したのもマミの魔法だ。虚空から現れたリボンがあっという間にサリアに巻きついて出血を止めたのだから、認めざるをえなかった。

「じゃあ、そろそろ出発しようか」
「アカメ、雪ノ下雪乃というお仲間の方が図書館で待っているんでしたっけ」
「あんなやつ、別に仲間なんかじゃないわよ。エンブリヲ様を守るために使ってやるだけだわ」

マミと海未から飛んできた視線に新一は眼を反らす。サリアはこういう娘なんだと理解してもらう他ない。
幸い、マミも海未もその辺の機微はわかってくれたようで雪乃のように噛み付いたりせず、サリアも機嫌を損ねることはなかった。
それどころか、コスプレではないリアル魔法少女を眼にしたサリアはマミに興味津々のようだった。

「その魔法少女っていうのは誰でもなれるものなの? たとえば私とか」
「ど、どうでしょうか。ここにキュゥべえはいないみたいだし」
「そう……でも、もしかしたら誰かに支給されてるかもしれないわよね? そしたら私にも可能性はあるわけよね!
 魔法少女か……いや、あまり興味あるわけじゃないのよ? でもほら、やっぱり力はないよりあった方がいいじゃない?
 エンブリヲ様のお役にも立てるし、ここから脱出する手助けにもなるんだから」

あまりにも熱のこもったその食いつきぶりにマミも少し引いていた。
まさにその魔法少女変身アイテムたるサファイアも黙ったままだ。サリアには使われたくないから喋らないのだろうな、と海未は推察していた。
サファイアが喋らない以上海未が「変身道具ならここにありますよ」と言うわけにもいかず、結果なんだか居心地の悪い思いをするはめになった。

「泉さん、サリアさんってその」
「何ていうか、ごめん」
「いえ、別に責めているわけじゃないんです。ただ……変わった人ですね」
「俺も驚いてるよ。まあ、長い付き合いじゃないから俺が知らなかっただけなんだろうけど」

マミと海未との遭遇は、新一とサリアにとっては間違いなくプラスに働く出来事だった。
殺し合いに乗る気がなく、それどころか積極的に他者を守る意思を持つマミは稀有な人材と言っていいだろう。
槙島聖護からサリアを無事に取り戻し、いくらかの問答はあったものの特に損害はない。
八幡と美遊という取り戻せない犠牲は既に出てしまったものの、仲間も着実に増えている。
図書館でアカメ、雪乃と合流すれば総勢六人の大所帯だ。集団が出来上がれば他の人物との交流にも幅ができる。
志を同じくする者と合流し、そうでない者は力を合わせて撃退する。先の見えない事態にもやや希望が見えてきた。


『シンイチ』
「きゃっ! ……あの、これが?」
『これとは失礼だな。私にはミギーという名がある』
「あ、ごめんなさい!」
「どうしたんだ、ミギー」
『仲間が近づいてくる』
「え? アカメたちもこっちに来たのか」
『違う、シンイチ。そうじゃない。『私の仲間』だ』

ミギーの言葉に、新一は頭を殴られたような衝撃を受ける。
弛緩した空気が一瞬で緊張した。

「どっちだ!? 田村か、後藤か!?」
『おそらく田村玲子だろう。後藤だとしたら気配が弱すぎる』

ミギーの言う『仲間』。それは同種の寄生生物にほかならない。
名簿を信じるなら、この場にいるのは死んだはずの田村玲子と自衛隊を殺戮した後藤のみ。
どちらも警戒するべき相手だが、特に後藤であったなら死を覚悟しなければならない強敵である。
田村だったことに安堵するが、一瞬後に思い直す。

「あいつは死んだはずだ……」
『そうと決めつけるのは危険だ。そもそも我々がここにいることからしておかしいんだ。
 増してこの殺し合いにはあの広川という男が絡んでいる。何があってもおかしくはない』
「お前がそんな曖昧なこと言うなんてな」
『合理的に判断した結果だ。ここでは何が起こっても不思議ではない』
「あの、泉さん? いったい何が」

ミギーとの会話に集中するあまり、海未たちのことを忘れていた。
新一からただならぬ気配を察したマミとサリアも新一を見ている。

「みんな、よく聞いてくれ。ここに近づいてきてる奴がいる……俺と同じ寄生生物だ」
「敵なの?」

先ほどまでの抜けた空気を切り替えたサリアが戦士の顔で問う。
鉄火場に慣れているマミも動揺していない。不安気なのは海未だけだ。

「よくわからない。戦ったことはあるんだけど、最後は敵じゃなくなったような……。
 でも何より、あいつは死んだはずなんだ。でも名簿には載ってる」
「偽者という可能性は?」
「なくはないけど、かなり低いと思う。そうだろ、ミギー?」
『広川が我々以外のパラサイトを名無しでこの島に放っているのでなければ、ほぼ間違いないだろう』

寄生生物との接触経験がある新一とそのものであるミギーがそう言うのであれば、マミたちに否定することはできない。

「逃げられますか?」
「いや、ミギーが気付いたってことはあっちも俺に気付いてる。ミギー、近づいてくる速さに変化は?」
『ない。我々を察知して、それでも身を隠す気すらないようだ』
「俺たちとの接触が目的ってことか……」


血を飛ばす男、雷の少女、槙島聖護の次はかつて殺し合った同種の敵。
つくづくツイていないと嘆く新一だが、かといってすべてを放り出せるはずもない。
もう八幡のように目の前で誰かが死ぬのは絶対に嫌だと思う。そう思える。だからこそ、新一は田村からも逃げないと覚悟する。

「みんなは隠れていてくれ。俺が行ってくる」
「いえ、私が行きます。私ならその寄生生物というのが相手でも対処できますから」
『それはいいなシンイチ。彼女に任せよう。』

マミの提案にミギーが賛同した。田村玲子のパラサイトとしての戦闘能力は群を抜いている。
単純な肉体のスペックだけならミギーと混ざり合った新一が凌駕しているだろうが、田村にはその差を補って余りある高い知能がある。
新一とミギーが強靭な肉体と二つの頭脳を併せ持つスタイルというなら、田村は一つの意思がパラサイトの能力と人間の肉体を限界まで活かしきる、パラサイト本来のスタイルの究極系だ。
絶対勝てるとは口が裂けても言えない。しかしマミなら、超常能力者たる魔法少女なら、あるいは田村を相手にしても危険ではないのかもしれない。

「いや、駄目だ。もともと俺とミギーの問題なんだ、君に押し付けることはできない」

心惹かれる提案であったが、新一は断った。マミを無用な危険に晒すことにも抵抗があるのは事実だが、それだけではない。
もしかしたら田村玲子とは、戦うことなく話し合えるかもしれない。そういった疑問、あるいは希望があるからだ。

『危険だぞシンイチ。本当に田村玲子だったとして、死んだはずの奴が生き返ったことで何か変化があるかも知れない』
「だとしても、俺とお前が行かなきゃ何も始まらないだろ。後藤だったらそりゃ逃げるけどさ」

相手は田村玲子。話の通じない戦闘狂ではない。ならば話して見る価値はある。新一はそう判断した。

「でも危険です! 私なら」
「だったら二人で行けば? 相手がどういうつもりでも、二人がかりならどうとでもなるでしょう」
『……そうだな。それが現状、一番リスクのない方法だ』

食い下がろうとしたマミだったが、サリアの一言に誰よりも先にミギーが納得した。

「私とこの娘は隠れているわ。もし戦闘が始まったらどこかに逃げる、安全そうなら呼んでくれればいい」
「あの、私も」
「園田さんも隠れていて。私たちなら大丈夫だから」

手を挙げかけた海未をマミがやんわりと制する。海未の魔法少女としての力はまだ新一とサリアに話していないため、ここでそれを見せる必要はない。
特に、海未が魔法少女の力を使えば反動で彼女は傷ついていく。
マミは自身が健在な間は、海未にサファイアの力を使わせるつもりはなかった。

「巴さん……わかりました」
「サリア、園田を頼む。もし戦いになったら、俺達のことはいいから図書館に向かってくれ」
「わかったわ。気をつけて」

サリアと海未を残し、新一とマミは職員室を出て校庭に出た。走り回るには十分な広さがある。
新一は校内の廊下にあった掃除用具入れから木のモップを取り出し、先端を折って即席の槍にしていた。


「こんなもんがあいつに通じるとは思えないけどな」
『ないよりはマシだ』
「泉さん、戦いになったら私が前に出ますから無理はしないでください」
「お言葉に甘えるかもしれない。ありがとう、巴」
「マミでいいですよ。そちらのミギーさんも」
「わかった、マミ。よろしく頼む」

出会ってまだ間もないが、不思議と息がある。マミは普段からこうやって誰かをフォローしているタイプなのかもしれないと新一は思う。
やがて新一の視界に一人の人影が映る。間違いなく、あの田村玲子だった。

「泉新一。久しぶり……でもないな」
「ああ、そうだな。そっちは田村玲子、なのか?」
「その様子では、私が死んだことも知っているな。ああ、間違いなく、私はその田村玲子だ」

ゆっくりと田村が近づいてくる。マミの視線が鋭く引き絞られ、警戒の度合いが増す。
握り締めた棒がみしみしと軋む。ミギーが何も言わず戦闘態勢へと移行していき……

「待て。私に戦う気はない」

田村のその一言で、気を抜かれた。

「泉新一、私もお前と同じくこの状況に戸惑っている。可能ならば情報を交換したい」
『お前は広川と結託しているわけではないのか?』
「同類か。お前ともまた会うことになるとはな……答えはノーだ。私の認識でも、私は死んでいたはずだ。
 だがこうして生きてお前たちの前にいる。その理由を私も知りたい」

ミギーの攻撃が届く距離に来てもなお、田村は戦闘態勢を取らない。
もちろんミギーに先手を打たれても対処できる自信があるのだろうが、いまは隣にマミがいる。
魔法で生み出した銃を構えているマミは明らかに無力ではない。新一の隣にそういう人物がいると知っていてなおこの態度ならば、敵意がないというのは本当なのだろう。

「もう一度聞く。広川と組んでいるわけじゃないんだな? 後藤とも」
「そうだ。むしろ彼らとは敵対することになるだろう。後藤は言うまでもないし、広川にもこうなった事情を聞く必要がある」
「そう、か……」

緊張のあまり溜め込んで息を盛大に吐いた。
田村は敵であればこの上なく恐ろしい相手だが、そうでないのならばある意味浦上などより安全だ。
マミにも田村は敵ではないと伝える。マミは微笑んで銃を消し、こちらも戦意がないことをアピールした。

「ほう。そちらの少女も何らかの力を持っているのか。ここはそんな人間、あるいは人間以外の何かばかりなのだな」
「そっちも前に誰かに会ったのか?」
「車を片手で持ち上げる男、人の心に干渉する少女。あと、私は実際に見てはいないが、不老不死で女と見れば見境がない始末の悪い変態がいるらしい」
「最後のは何なんだよ……」
「私も知らない。詳しくは彼女に聞いてくれ」
「彼女?」
「私にも同行者がいる。西木野さん、アンジュ。彼らは敵ではない。出てきても大丈夫だ」


と、田村は校庭の入り口に振り返り、大声を出した。
すると陰から二人の女が歩き出てくる。
一人は金髪の赤いコートの女、もう一人は見覚えのある服を着た少女だった。

「あら、あの制服。園田さんと一緒ですね」
「ああ、それだ。ってことは」
「真姫!」

校舎から田村に劣らない大声が響く。園田海未が窓から身を乗り出して叫んでいた。

「海未……? 海未!」

真姫と呼ばれた少女が、海未に向かって走り出す。
新一とマミの傍を、脇目も振らずに走り抜けた。

「どうやら知り合いみたいだな」
「ですね。良かったですね、園田さん」

新一とマミが顔を見合わせ、笑う。田村が敵でなかったこと以上に大きな収穫があったようだ。
その二人のそばにアンジュと呼ばれた金髪の女が近づいてきた。

「あっちは感動の再会のようね。で、あなたたち。サリアって娘がここにいるって聞いたんだけど、知らないかしら?」
「ああ、サリアならここにいる。あんたはサリアの……?」
「仲間よ。まあ、色々あったけどね」
「じゃあ、あんたもエンブリヲってやつの部下なのか」
「……はぁ!?」

そのときふとこぼした新一の一言で、アンジュが鬼の形相になった。
今にも腰の拳銃に手をかけそうな剣幕で、新一の胸ぐらを捻り上げるアンジュ。

「泉さん!? ちょっとあなた、何を」
「もう一度言ってみなさい。誰が、誰の部下ですって?」
「ちょ……何? サリアの仲間ってことはそうなんだろ!?」
「アンジュ、落ち着け。敵意がないと話したばかりだ。お前もそう警戒するな」

田村の最後の言葉は新一ではなくミギーに向けたものだった。
実際、田村の静止がなければ、ミギーはアンジュを敵と判断して攻撃を加えていただろう。
マミと田村の咎める視線を受けて、アンジュはしぶしぶ新一から手を離す。眼は吊り上がったままだが。

「ごほっ、ごほっ。急に何なんだよあんた」
「あんたが変なこと言うからでしょう。私があのド変態のクズ野郎の最低ナルシストの部下とか何とか!」
「は……? さっきの変態ってエンブリヲってやつのことなのか?」
「そうよ! ……待ちなさい、サリアの仲間ならってどういうこと? あの娘がそう言ったの?」
「ああ、エンブリヲ様ならこの首輪を外して殺し合いを何とかしてくれるって」

お互いに疑問符を浮かべる新一とアンジュ。
同じサリアという人物について語っているはずなのに噛み合わない。
一体どういうことなのかと、さらにアンジュが問い詰めようとしたとき。


「銃を捨ててその場に伏せなさい、アンジュ。従わないのなら撃つわ」

一発の弾丸が、彼らの間を駆け抜けた。
どこから、誰が撃ったのか。考えるまでもなくそれは、校舎に隠れていたはずのサリアの声だった。

「サリア、どういうつもり? あんたまたエンブリヲに寝返ったの?」
「また? 私はあなたと違ってエンブリヲ様を裏切ったことなんてないわ。これまでも、これからも」

校庭で、二人の女が対峙していた。
アンジュとサリア。睨み合う二人は、とても仲間という関係には見えない。

「サリア、どうしたんだ。このアンジュって人はお前の仲間なんだろ?」
「冗談言わないで。こいつは、この下半身デブはエンブリヲ様の敵よ」

サリアがアンジュを見る眼は嫉妬と憎悪で溢れていた。
雪ノ下に向けた感情とは違う。根の深い、とても他人が立ち入れるものではない鬱屈した感情が見て取れる。

「泉新一、無闇に彼女を刺激するな。ここは私たちが介入するべきではない」

異常を察した田村は身振りで抱き合っていた海未と真姫を呼ぶ。
サリアのことを知らない田村にも、今の彼女の様子が常軌を逸していることは理解できる。
当のサリアはアンジュ以外眼に入らないようで、真姫たちがゆっくりとサリアを迂回して新一たちに近づいてきても警戒する素振りがない。

「一体どうしたってのよサリア。あんた、ジルから何を託されたか忘れたの?」
「ジル? はっ、アレクトラが私に何を託してくれたっていうのよ。
 何もない。何もないわ! ヴィルキスもリベルタスも、全部あなたが奪っていったじゃない!」
「サリア……? 何を言ってるの?」
「銃を捨てて伏せなさい。あなたをエンブリヲ様のところに連れて行くわ。
 こんな島に連れて来られてちょっと状況が変わったけど、私はエンブリヲ様の命令を遂行するだけよ」

決意に満ちたサリアの眼差しに嘘や冗談の気配は一片もない。
そのあまりにも頑なな、言うなればアルゼナルの元司令官だったジルが命と引き換えに取り戻す前のサリアそのものという態度に、アンジュは戸惑いよりも怒りが沸いた。

「あんたね……ふざけたこと言ってるんじゃないわよ! ジルはあんたの眼を覚まさせるために死んだのよ!
 なのにまだエンブリヲ様ですって!? 寝惚けるのも大概にしなさい!」
「寝惚けてるのはどっちよ。ジルが死んだ? 笑わせるわ。戦艦に引きこもって私の前に出る勇気もないくせに。
 ああ、死んだってもしかして風邪でも引いて病死でもしたのかしら? だったらとんだお笑い草ね。何が総司令官よ。ただの間抜けな大口叩きだわ」
「……ッ」

その嘲るような物言いに、どうにか冷静でいようとしたアンジュのタガも飛んだ。
一瞬で銃を引き抜き、怒りに満ちた双眸をサリアに向ける。


「改心したと思ったけど、とんが勘違いだったみたいね。あんなクズ野郎にまた寝取られるなんて、ちょっと頭も股も緩すぎじゃないの?」
「エンブリヲ様を侮辱するなと、何度も言ったはずよね。あなたには人の言葉を理解する知能もないのかしら?」

サリアも依然変わらず、アンジュに銃を向け続ける。
傍で見ている新一たちは気が気でない。サリアだけでなくアンジュまでその気になってしまい、いよいよ他人が口を挟める空気ではなくなった。

「健気なものね。そんなにエンブリヲに抱かれたことが気持ちよかった?
 そこまでしてもあの男があんたに振り向いてくれることはないって、身に沁みてわかってるでしょうに」
「その原因のあんたが……調子に乗るなッ! あんたさえ素直にエンブリヲ様のものになれば、私がこんな思いをすることだってなかったのよ!」
「冗談言わないで。あんな最低のクズ野郎に従うくらいなら舌噛み切って死ぬわよ。
 どうやって生き返ったか知らないけど、見つけ次第脳天に鉛玉ぶち込んでやるわ。今度は念入りに死体を焼いて灰にして、海にばらまいてやる」
「アンジュ、あんたどこまで不敬なの! エンブリヲ様にそんなことして許されると思ってるの!?」
「許す? なんであんたに許される必要があるのよ。私は私のやりたいようにやるだけよ。
 さしあたってはあの変態をブチ殺して、あんたの少女趣味な幻想もついでにブチ殺して差し上げましょうか」

売り言葉に買い言葉というやつで、アンジュも言われたら言い返さずにはいられないタチだ。
もうこうなっては原因がどうという話ではなく、実力行使を以ってしか二人は止まれない。
二人は同時にその見解に達したようで、朱に染まった顔で引き金に指をかける。

「やばい、止めるぞ!」
「泉さん、ここは私が!」

新一が腕を伸ばすより早く、機を窺っていたマミが二条のリボンを伸ばす。
お互いしか眼に入っていなかったサリアとアンジュは容易くリボンに絡め取られ、縛り上げられて転がった。

「おお……すごいな、魔法」
「うむ、見事なものだ。私には真似できないな」
「ちょっと、何よこれ!?」
「少し大人しくしていろ。お前は頭に血が昇っている」

田村に確保され、アンジュが引きずられていく。
新一はサリアへと歩み寄り、傍らにしゃがみ込んで顔を覗き込む。

「サリア、よくわからんが落ち着けよ。あのアンジュってやつ、仲間なんだろ?」
「違うわよ! シンイチ、あんたなんで私の邪魔をするの!? あいつはエンブリヲ様の敵よ!」
「だからって、いきなり銃で撃ち合うことはないだろう。それにアンジュはお前を仲間だって言ってたぞ」
「くっ……!」

縛られ、無力化されたサリアが屈辱に唇を噛む。
どう足掻いてもこのリボンは解けない。芋虫のように転がされる今の自分がひどく惨めであるとわかったのだ。

「巴さん……?」
「二人とも、もう大丈夫よ。ごめんね、せっかく再会できたのにこんなことになって」
「いえ、それはいいんですけど……海未、私、アンジュの様子を見てくるから」


海未と真姫が近づいてくる。
緊迫した状況だが、マミが二人を鎮圧したことで安心したのだろう。
しっかりと手を繋いでいた二人だったが、それぞれの同行者の元へと向かうために離れていく。

アンジュの元へは真姫が、サリアの元へは海未が。
しかし近くに来たまではいいものの、海未はサリアに掛ける言葉が見つからなかった。
真姫はここに来るまでに多少アンジュと打ち解けていたようで、あの歳上にも物怖じしない態度で話しかけているのが見える。
親友の高坂穂乃果のようなあけすけさが自分にあれば、と海未が言葉に悩んでいると。

「あの、サリアさん……?」
「……でよ」

サリアの視線はアンジュに注がれている。
田村と真姫に助け起こされ、何やかんやと悪態は付きながらも彼女らに受け入れられているアンジュを見て、サリアは目を見開いていた。
受け入れられている。アンジュが、ここでも他人に受け入れられている。
この島で最初期から同行していた泉新一でさえ、サリアを呆れた眼で見下ろしているというのに。

「なんで、あんたばっかり……」
「サリアさ……」
「どうしてあなたなの!? ヴィルキスも、アレクトラも、エンブリヲ様も……みんなあなたを選んだ!
 どうして私じゃ駄目なの? 私とあなた、何が違うの? どこが違うの?
 同じノーマじゃない! マナを使えない、生きることを許されない、奴隷のように戦って死ぬしかない……同じノーマでしょう! なのに……」

一息に喋り尽くす。肺が酸素を求めて激しく喘ぐ。
海未と新一が眼を丸くしている。その様子すら眼に入らない。
サリアが見ているのはアンジュだけ。そのアンジュに狂おしいまでの嫉妬を叫び、答えを求める。
自分とアンジュはどこが違うのか、と。
その答えを、他でもないアンジュだけは知っているだろう、と。

「私の知ったことじゃないわよ、そんなこと。いつまでも子供みたいなワガママを言わないで」

しかし、切望はアンジュには届かなかった。
アンジュは冷めた、あるいは呆れたような瞳で、サリアを見下ろしている。
それが最後のひと押しになった。


  ◆


このとき、サリアをぎりぎりで繋ぎ止めていた最後の線が切れた。
サリアの脳裏に去来したのは、敬愛するエンブリヲでもかつて信頼したアレクトラでもない。
たった数十分前に会ったばかりの、しかもサリアに暴行を加えてきた、どちらかといえば敵としか言えないはずの、銀髪の男の言葉だった。


――『全ての人間が「凡人」と「非凡人」に分けられる。凡人は、つまり平凡な人間だから、服従を旨として生きなければならないし、法を踏み越える権利も持たない。
   ところが非凡人は、非凡人なるがゆえにあらゆる犯罪を行い、かってに法を踏み越える権利を持っている』。
   さて、悪いが君は僕が見たところは凡人だ。そしておそらく、君が心の奥底で求める人物は間違いなく非凡人であると思う。


槙島聖護がサリアをさらって音ノ木坂学院に到着し、新一が追いつくまで僅かな時間があった。
その僅かな時間に交わした言葉。歌うように書物の一節を口ずさむ青年の、あの見透かすような眼を思い出す。
思えば彼はあのとき、サリアという人物の底を測っていたのだろう。
サリアが求める人物は二人、エンブリヲとアンジュに違いない。向ける感情は違えど、どちらもサリアの行動に大きな影響を与える人物だ。
そして腹立たしいことに、エンブリヲは当然としても、アンジュは凡人と呼ぶには相応しくない器量の持ち主である。
誰にも乗りこなせなかったヴィルキスを借り、不倶戴天の敵であったドラゴンと手を組み、現世界の有り様を打ち砕こうとする破壊者。それがアンジュという人物。


――ドストエフスキーはこう記した。
   『マホメットやナポレオンといった人類の法の制定者は、例外なく犯罪者であった。
   これらの法を踏み越える人たちは、さまざまな声明を発して、よりよき未来のために現在を破壊することを要求する。
   その思想のために、流血を犯す必要がある場合には、良心に照らして流血を踏み越える許可を自分に与えることができる』。
   彼らと対峙するためには、その者もまた踏み越える覚悟が……凡人から非凡人へと生まれ変わる覚悟が、必要なのかもしれない。


対してサリアは――これも認めるしかない――紛れもなく凡人だろう。
パラメイルを駆る腕はアンジュに劣り、人望の面でもいつの間にか仲間を失い、エンブリヲという絶対者に縋って何とか自分を保てている有り様。
エンブリヲはアンジュを求め、アンジュはエンブリヲを打倒せんとしている。
二人の非凡人がそれぞれ違うベクトルではあるが、お互いを求めている。
ならばそこに、凡人のサリアが割り込める余地はあるのだろうか?
考えるまでもない。否、だ。
サリアは、舞台に上がることすら許されない観客、ただの傍観者に過ぎなかった。


――君が本当に求めることを成すために、何が必要か。どうすれば、流血を踏み越えた彼らと同等の存在になれるのか。
   実のところ、君はもう答えを知っているはずだ。ただ、その手段を肯定したくないだけで。
   状況という洪水に流されるだけの凡人でいるのか、それとも自ら道を開く非凡人たろうとするのか。
   君はどちらでも選べる。それは幸せなことだよ。悩み迷う普通の人間であることは、ある意味では非凡人にはもう叶わない望みだからね。


時間にすると数分もない一方的な会話。だが不思議と、彼の言葉はサリアの記憶深くに明瞭に刻み込まれていた。
その言葉が、サリアが今ここでどうすればいいのか、どの道を往くべきなのかを、後押しする。
アンジュは、世界の破壊者だ。
アレクトラによって統治されていたアルゼナルは、アンジュの加入によって崩壊した。
サリアの主となったエンブリヲは、アンジュを自らの花嫁として求めている。
どちらの場合も、サリアの居場所はアンジュによって奪い取られ、壊された。
共にドラゴンを狩る仲間? 今はもう違う。
エンブリヲをかどわかす淫売? その通りだが、まだ足りない。
アンジュはサリアの世界を壊す敵だ。
放置してはいけない、可及的速やかに排除、滅ぼさなければならない病原菌そのものだ
その結論に落ち着いたとき、ふと、揺れて震えていた地面がぴたりと安定した気がした。
立つべきところに立ったと、そう感じた。

「……そう。そうなのね。私……そうするしか。ないのね」
「サリア?」
「アンジュ。あなたを殺すわ」

それは激情に任せた叫びでも、対抗心が生む脅しでもない。
サリアという存在が今日、明日とこの先もサリアとして生きていくためには。
アンジュという存在を、全身全霊を賭して抹殺しなければならない。
共に生きることなど出来はしない。どちらかがどちらかを淘汰しなければ成り立たない関係。
受け入れてはいけない。許してはいけない。今まで積み上げてきた自分を、他でもないサリア自身が、否定してはならない。
だから、殺す。
アレクトラもヴィルキスもエンブリヲも関係ない。サリア自身の意志で、アンジュを殺す。
そうしなければ、サリアはサリアでいられない。そう、なってしまったのだから。
立ち上がったサリアは唯一自由に動く足で、転がっていたデイバックを蹴りつけた。

「っ、何を……?」

サリアを拘束するマミが、何が起きても対応できるようリボンを握り直す。
しかし、それこそが失策だった。
デイバッグから転がり出てきた金属の筒。サリアはその片方を踏みつけ、叫んだ。

「吠えなさい、アドラメレクッッ!!」

サリアの、仮の所有者の命令に呼応して筒――籠手に内蔵された鉄芯が唸りを上げた。
次の瞬間、電光が瞬いた。バジィッ、と強い音が弾ける。誰もが閃光に視界を奪われる中、園田海未は見ていた。
マミの背後にいて、彼女の背中を見つめていたからこそ、海未だけには見えた。
サリアの足元から発された雷撃が、背中に隠していたもう一つの籠手に引かれて飛び移る。
雷撃がサリアを拘束していたリボンに拡散することなく伝導し、リボンを介して繋がっていたマミを一瞬にして灼き尽くした瞬間を。
肉が焦げる音。高温の電撃が肉を焦がす悪臭。イエローカラーを凛々しくまとう巴マミの姿が、一瞬にして黒く炭化した灰へと変わった。
キュゥべえと契約することで生まれる魔法少女は、基本的に物理攻撃で死ぬことは「あまり」ない。
魔法少女を殺害するには、彼女たちが身体の何処かに隠しているソウルジェムを破壊する以外にないからだ。
逆に言えば、ソウルジェムさえ破壊すれば魔法少女はあっさりと死ぬ。
そしてアドラメレクの雷撃は、マミの全身を遠慮なく蹂躙し尽くした。当然、ソウルジェムもその破壊に巻き込まれている。
サリアを拘束していたリボンは全て焼き払われ、彼女は自由を得る。
ゆっくりと立ち上がるサリアとは逆に、マミ「だったもの」は人形のように崩れ落ちた。


「マミ……さん?」

海未がおぼつかない足取りでマミだったものに近づき、名前を呼ぶ。しかし、返事は返ってこない。
呆然とするアンジュや新一を尻目に、サリアは転がっていた籠手と背中から取り出した籠手を、自らに着装した。
サリアのデイバックと新一が思っていたそれは、実際のところ間違っていた。
それは、槙島聖護のデイバッグ。
サリアとの短い会話の後、彼は自分のデイバッグをサリアに差し出してこう言った。

――これには強力な武器が入っている。君にあげるよ。その代わり、彼が来ても僕たちの邪魔をしないでほしいんだ。

槙島は実際にその武器を出して見せて、ご丁寧に使い方まで教えてくれた。その威力はサリアにとって魅力的だった。
だから、殴られた恨みもナイフを突き付けられる屈辱も押し殺して、じっと黙って二人のやりとりを見守っていた。アンジュやエンブリヲのことも話した。
そして槙島が本来サリアのものだったデイバッグを回収して去り、彼の言葉通りその武器はサリアの所有物となった。
籠手の銘は、“雷神憤怒”アドラメレク。
帝国の大将軍が操る帝具であり、飛び抜けた殺傷力を誇る必殺の武器である。
その効果は雷撃を操ること。槙島が少し前に遭遇した少女、御坂美琴のように。
槙島が御坂に接触したときに苦もなく彼女をあしらえたのは、この帝具があったればこそだった。雷を操るこの帝具は、他人が放った雷撃にさえ干渉できる。

――とはいえ、彼女が本気で集中していたら、とても凌げなかっただろうけどね。

とは、槙島の弁だ。
彼の推測通り、槙島やサリアが本来の使い手ではない以上、アドラメレクの雷撃は御坂やこの島にもう一人いる電撃能力者には劣る。
それを補ったのが、サリアに支給された赤い宝石だった。宝石の名は、賢者の石という。
人の魂を素材として生成されるこの石は、錬金術や他の異能を強力にブーストする効果を持つ。
所有者の生命力をトリガーとして発動する帝具もまた、例外ではなく。
異能を持たず、またそれに対する知識もないサリアはただの装飾品としてしか認識せず、ポケットに押し込んでいた。
しかし今、その力を十全に発揮できる方法を得て、サリアは躊躇わず賢者の石を握り締めていた。
賢者の石に内包された幾多の魂が、サリアの憤怒に反応して轟々と燃え盛るガソリンと化し、アドラメレクに注ぎ込まれる。
結果、生み出される力は本来の所有者と何ら遜色ない威力にまで高められ、雷神の鉄槌として顕現した。
歴戦の古強者たる魔法少女を、ただの一撃で葬るほどに。

「……ッ、サリアッ!」

眩んだ眼から回復したアンジュは、即座に状況を理解し、発砲した。術者が倒れたため、彼女を縛るリボンももはや解かれている。
狙いはサリアの左肩。万が一にも即死はない部位。サリアを殺さずに制圧するためにそこを選んだ。
殺そうとするサリアと、殺すまいとするアンジュ。それがこの二人の差であり、そのまま勝敗に繋がった。
自らを害そうとする者には非情になれるアンジュでも、一度仲間と認めた者には甘くなる。事ここに至ってもまだ、アンジュは心底からサリアを敵と割りきれてはいなかった。
左肩を撃ち抜かれ、サリアは回転しつつ倒れた。しかしその眼光は一層鋭さを増している。
この場にサリアの味方は「いない」。ゆえにサリアは、あらんかぎりの殺意をアドラメレクに乗せて、大地に叩きつけた。

「みんなっ、消し飛べぇぇぇぇぇッ!!」

賢者の石によって超過駆動するアドラメレクは、所有者であるサリア以外のすべてに牙を剥いた。
アドラメレクから発生した閃く雷撃の鞭は全方位に解き放たれ、雨のように大地に降り注ぐ。
離れた場所にいた田村が、真姫の身体を抱え上げて後退。二人分の重量では逃げ切れないと判断した田村は、とっさに真姫を突き飛ばした。
真姫の身体が安全圏に落ちる。逆に田村は雷撃をまともに受けてしまう。


「が……ッ!!」

マミの時とは違い、雷撃は拡散している。
そのため一撃で灼き尽くされることはなかったものの、超高圧の電流は田村玲子の身体を構成するパラサイトの細胞に深刻なエラーを引き起こす。
端正な顔が崩れ、化け物としての本性があらわになる。それは新一とミギーも同様だった。
バックステップしつつ銃を乱射するアンジュを抱えようとしたため、新一も雷撃の洗礼を避けられない。

「ぐああああっ!」
『し、シンイチ……!』

ミギーがとっさに刃へと姿を変えて地面に突き刺さる。
アースのように雷撃が地面に流れ込んでいくものの、回路として伝導された新一の肉体は無事では済まない。
硬質化するパラサイトでも細胞そのものを灼く雷撃は防げない。御坂美琴との戦いで既に語られた事実。
新一の腕の中にいるアンジュもまた、歯を食い縛って苦痛に耐えている。
とっさに拳銃と予備弾倉を投げ捨てて誘爆を防げたのは幸いか。

「海未!」
「海未さん!」

田村に突き飛ばされた真姫が、しかし自らを庇ってくれた恩人ではなく、荒れ狂う雷の中に取り残された友達の名を叫ぶ。
マミの亡骸にすがりついていた海未は、逃げられない。サファイアが海未に変身を促すのも間に合わない。
美遊に続き、人の死を眼前で見せつけられた海未の判断力は瞬間的に麻痺していた。
少女の影が雷光に呑み込まれる。

「う……海未っ!」

海未の元へ走ろうと暴れる真姫の視線が、海未の傍らに立ち尽くす一人の少女を捉える。
田村が真姫を、新一がアンジュを助けた。では海未は誰が助けるのか?
その答えは、正義の魔法少女を於いて他にあるはずもない。

「マミ……さん」
「そんな顔を……しないで。大丈夫……私が、あなたを守るって、約束した、でしょう」

致死量の雷撃を叩き込まれ、一度は完全に死んだであろう巴マミが、マスケット銃を支えに立ち上がる。
砕かれたソウルジェムが完全に消滅する間際、マミは最期の力を振り絞って魔法を行使する。
マスケット銃が閃光を発し、大型バイクほどの大きさに巨大化――大砲となって、雷撃を迸らせるサリアを照準。
同時にサリアの血走った目がマミを捉える。拡散していた雷撃を、マミに向けて集中させていく。
新一も田村もアンジュも、雷撃のダメージをひきずるためそれを見守るしかできない。

「ティロ――」
「邪魔を……っ!」

半壊したソウルジェムで魔法を使ったためか、大砲にびしりと亀裂が走る。
しかしマミは僅かに目を細めると、黄色いリボンを幾重にも砲身に絡みつかせ、自壊を防ぐ。
残った魔力をすべてこの一射に注ぐ。もはや身体に感覚はなく、おそらく色んな部位が欠損しているのだろうと察する。
それでもマミは、背後にいるたった一人を守るために、躊躇わず引き金を引いた。


「するなぁぁぁぁあああああああああああっっ!」
「――フィナーレッッ!」

九つの頭を持つ雷の龍が、マミへと殺到する。
そのことごとくを、巴マミの生涯最後となるだろう弾丸が、蹴散らし、引き裂いて、突き進む。
人体など粉々に引き裂くであろう巨大な弾丸を目の前にして、サリアは――しかし、後退を選ばない。
自らの意志で戦うと決めた戦場を、不利だからといって退けるはずがない。
退けば、この戦いは二度と拭えない敗北の記憶となって、サリアを永劫に苛むだろう。
だからこそ、退かない。手にした力で、生まれた殺意で、この苦境を突破する他に生き残る道はないのだ。
両手の籠手を打ち合わせる。鉄芯がスパークを起こし、今までの比ではない目も眩むような輝きが放たれる。
これが、帝具アドラメレクの奥の手。
サリアでは到底発動し得ないこの切り札は、賢者の石の補助を得ることで初めて可能となる。
迫り来る大岩の如き弾丸を睨み据え、サリアはアドラメレクを突き出し、絶叫した。

「ソリッド――シュゥゥゥゥゥタァァァァアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

雲さえ吹き散らす巨大な稲妻が、地上から迸る。
稲妻は圧縮し、凝縮し、巨大な電球として顕現。サリアの怒号を推進剤として、ティロ・フィナーレと真っ向から激突した。

「消えろぉぉぉぉぉおおおおおおおっっ!!」

大電球と弾丸が、お互いにその身を食い合う。
超光熱の雷撃が弾丸を構成する魔力を灼き削り、弾丸の衝撃は雷撃を粉々に弾き飛ばす。
互角の戦況。だからこそ、破壊力の発生源となるサリアとマミはお互いに力の放出を止められなかった。
体力・精神力を消耗する帝具を全開で使う。このままでは危険とわかっていて、それでもサリアは雷撃の放出を止めることはない。
それは対峙するマミも同様だった。もしここで撃ち負ければ、犠牲者は背後にいる海未だけでは済まない。
周囲にいる新一やアンジュなど、もろとも根こそぎ消滅させられることは確実。それほどの威容を、この雷神の憤怒はまざまざと見せつけている。
今この場で、彼らを助けられるのは巴マミを於いて誰もいないのだ。

「……駄目、なのっ……!?」

だが、均衡は長くは持たなかった。左の眼球が弾け飛び、半分となった視界でマミが呻く。
一撃に懸ける想いは同等。明暗を分けたのは、お互いのコンディションという単純な事実。
片や半壊したソウルジェムを強引に駆動させ、消えかけのロウソクの如き力を絞り出す魔法少女。
片や本来魔力を持たない身といえど、純粋魔力結晶たる賢者の石をガソリンにするノーマ。
軍配はノーマに上がった。まさにその名の如く、所有者の我が身を省みない憤怒を注がれたアドラメレクは無尽蔵の雷撃を生み出し続ける。
崩壊寸前の身体を酷使するマミでは、その勢いを抑えきれなかった。
歪む視界、太陽さえここまでではないと思わせるほど強烈な光を放つ大電球。
その熱が今度こそ自分を灼き尽くすのだと、諦めにも似た確信を抱いた刹那――マミの背中を、誰かが支えた。

「……園田さんっ!?」

それは、マミの後ろにいたはずの、園田海未。
マミを後ろから抱き締めるようにして、彼女がそこに立っている。

「サファイアさん……!」
『コンパクトフルオープン! 境界回路最大展開!』


海未の求めに応じて、魔法の杖たるカレイドステッキ・サファイアが海未を転身させていく。
容姿は殆ど変わらない、音ノ木坂学院の制服のまま。ただ一点、海未の髪を蒼く彩るリボンだけが鮮やかになびいている。
数時間にも満たない過去、サファイア自身が危険だと警告した魔法少女の姿になって、海未は自らの足で戦場に立った。

「止めて園田さん! その力を使ったらあなたは……!」
「私は……私はもう、守られているだけなのは嫌なんです!」

海未はマミを強く抱き竦め、治療の魔術を展開。崩壊が始まっていたマミの身体を柔らかい光が包み込む。
タンクから減り続けていた水が栓をされた。身体の維持に回していた最低限の魔力が浮いて、ティロ・フィナーレに割り振れる力が増したことがわかる。
しかしマミは同時に、まるで機械の回路のように光が海未の両手を流れていることに気付いていた。
魔力を運用する器官を持たない者がそれでも魔術を使おうとしたとき、代わりとなって魔力を通す通路。
神経・骨格・筋肉・血管・血液・リンパ節。身体の物理的構造素体そのものを魔力器官と誤認させる。
肉体の消耗と引き換えに魔術という奇跡を成す。本来有り得ざるべき、しかし無力な少女を容易く魔法少女へと変える、唯一の方法。
その選択を、園田海未は選んでいた。

「ここには真姫だっている……やらせませんっ!」

マミの最大魔法すら呑み込む雷が解き放たれれば、この場にいる全員が骨も残さず消滅するのは必至だ。
自身の選択の結果を後悔しない。その確信を持って、海未は魔法少女になった。
とはいえ、新米どころか初めて魔法少女になった海未にはこの状況を打開する魔法など思いつかない。
だから海未は、サファイアにただひとつの要求をした。抱きついた腕の中にいるマミを、どうか助けてほしいと。
サファイアはその願いに応えた。海未の身体を破壊しつつ生み出される魔力を、巴マミの再生……あるいは維持に回す。
そうすることでマミは攻撃に全魔力を傾けられると判断して。
海未の全身が裂け、血が吹き出す。あっという間に朱に染まった彼女を見て、真姫がひっと嗚咽を漏らす。
その声はもう、海未には聞こえない。全神経を魔力電動回路へと変えた海未には、マミとサリアしか認識できるものがない。

「園田さん!」
「巴さん、お願い! 真姫を、みんなを、守って……!」
「……っ、わかったわ……園田さん、力を貸して!」

崩壊していく身体が、ほんの僅か、押し留められる。
マミは己の命が数秒後に尽きると確信し、それならば……今、己の意思で燃やし尽くすと決めた。
震えながらもこの背にしがみつく、本来であれば戦う必要などない少女の想いを無駄にしないために。
謝る代わりに、自分のすべてを海未に預ける。
海未から流れ込んでくる魔力に身を任せ、自身はひたすらに前へ……生涯最後の一撃を、完遂することだけを考える。
マミと海未、二人の命そのものといえる弾丸は、アドラメレクの地獄の雷と激突し、相克し、拮抗する。

「邪魔を……しないでっ! 私はアンジュを……殺すのよぉっ!」
「そんなこと、させないから!」
「ええ、そうです! 美遊さんが私にしてくれたこと、今度は私がみんなに……!」

真姫以外は会って間もない、どころかほぼ他人しかいないこの場所で、なぜこうやって命を懸けているのか。
海未は自問し、きっとその答えはあの美遊・エーデルフェルトと同じなのだろうと、小さく笑みを刻んだ。


「どうして……なんであなたたちはアンジュを選ぶの!? なんで私じゃなく、アンジュなのよ!」
「真姫は私の、私たちμ'sの大切な仲間……絶対に守る……っ!」

もはやお互い何を言っているのかすら認識できない、ただ全力を振り絞るだけの意地の張り合いだった。
海未はふと、マミにしがみついたまま後ろを振り返る。
そこにはただ一人、雷の蹂躙を逃れた真姫が、震えながらもこちらに向かって走り出そうとしているところだった。

「う、海未……」

声は聞こえなくとも、唇の形から真姫が海未を呼んでいるのだとわかった。
海未は一度目を伏せ、聞こえないと知りつつ、想いを言葉へと変える。

「真姫、花陽と凛を守ってあげてください。穂乃果とことりに、すみませんと伝えて。それと……」
「あぁぁぁぁああああっっ!!!!」
「貫け――ッ!」

サリアの絶叫。
ティロ・フィナーレの弾丸がついにソリッドシューターを食い破り、サリアの眼前へと到達した瞬間だった。
サリアはとっさにアドラメレクを打ち鳴らし、雷の障壁を展開。賢者の石の魂が飛ぶように消費される。
巨大な弾丸は障壁に着弾、じりじりと障壁ごとサリアを圧し始め……

「アンジュ! あんたは、あんただけは私が――――――――!」

空の彼方へと、吹き飛ばしていった。
弾丸の軌跡が虹のように立ち昇る。それは巴マミがこの世に残した存在の証だった。
海未の腕から感触が消える。巴マミはもう、どこにもいない。魔力でリンクしていた海未にはそれがわかっていた。
そして、自分ももう、ここにはいられないのだとも。

「……生きて、真姫。私たちのμ'sを、どうか――」

言葉は最後まで結べなかった。人の身で人ならざる力を行使した対価。
ゆっくりと傾いでいく、園田海未の身体。園田海未の命の灯火は、この瞬間に燃え尽きた。
そして、静寂。
泉新一、田村玲子、アンジュは未だ動けない。
ただ一人無事といえる西木野真姫は、目の前で倒れた友人がどうなったのか、理解するのを脳が拒んでいる。

「……海未?」

しかし現実は容赦なくその事実を真姫に突きつけてくる。
指先に起こった震えが肩、胸、お腹、足へと伝播していき。


絶叫が夜を裂いた。
もうすぐ朝が来る。
μ'sの仲間が、欠けた朝が。


  ◆


「……ふう。まさかここまで時間を食われるとはね」

アンジュらと別れてしばらくしてのち。
槙島聖護はようやく放り投げられた拳銃を発見し、一息ついていた。
何気なく南を見やれば、今まさに……天からではなく大地から、稲妻が迸った瞬間だった。

「向こうでも何かあったようだ。見られなかったのは残念だな」

言葉とは裏腹にそう気にした風もなく、槙島は淡々と銃に弾丸を装填して装備する。
実のところ、槙島はサリアがどう行動しようとどうでもよかった。アドラメレクは自分に必要がなかったから処分しただけだ。
彼女が力を手にしてどう行動するか、そこに興味があったのであって、こうなってほしいという明確な願望は元々ない。
結果、彼女は自分の意志を抑圧することをやめたようだった。
槙島は当然、サリアとアンジュが認識する時間軸にに齟齬があったことなど知らない。
そのすれ違いが崩壊の火種となり、槙島がとどめのひと押しをしたことも。
槙島はただ、自分の興味を満たそうとしただけだ。ただ種を蒔いただけ。

「次に会ったら僕も殺されそうだ。用心しておかないとな」

他人事のように呟き、地図を広げる。
次はどこに向かおうか。新一たちがどうなったかわからないが、あの雷撃を受けて生き残っているのであれば当然槙島の情報は拡散していくだろう。
そうするとこの南東部では動き辛くなる。早めに離れるべきかもしれない。

「興味を惹かれるのはやはり、図書館だな」

音ノ木坂学院ではそんな暇がなかったために断念したのだが、この島には図書館や図書室といった紙媒体の書物を大量に保存する場所がある。
読書家の槙島としてはぜひ訪れてみたいところだ。が、一つ問題がある。

「僕がそうすると、当然狡噛も読むだろうからね……」

名簿でただ一人、槙島聖護が知る名前であるところの狡噛慎也。
槙島を追うことに病的な執念を燃やすあの猟犬なら、槙島が取りそうな行動も当然予想しているだろう。
槙島とて狡噛慎也に会うことは吝かではない。が、それだけが目的ということにもならない。

「泉くんといい、田村という女性といい、ここには面白そうな人間が多くいる。彼らのような存在を探すのも悪くはないな……」

どうするか迷う。迷っているという自分自身にひどくおかしいものを感じる。
苦笑し、槙島は歩き出した。こうしていても始まらない。まず動かなければと、自分がアンジュを焚き付けたのだから。
法にも倫理にも縛られない、孤独な魂の行き先は――



【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ  死亡】
【園田海未@ラブライブ!  死亡】


【G-6/音ノ木坂学院内/早朝】

【西木野真姫@ラブライブ!】
[状態]:健康
[装備]:金属バット@とある科学の超電磁砲
[道具]:デイパック、基本支給品、マカロン@アイドルマスター シンデレラガールズ、ジッポライター@現実
[思考]
基本:誰も殺したくない。ゲームからの脱出。
0:…………。
1:脱出の道を探る。
2:田村玲子と協力する。
3:μ'sのメンバーを探す。
4:ゲームに乗っていない人を探す。
[備考]
アニメ第二期終了後から参戦。
泉新一と後藤が田村玲子の知り合いであり、後藤が危険であると認識しました。

【田村玲子@寄生獣 セイの格率】
[状態]:全身に痺れ
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品
[思考]
基本:基本的に人は殺さない。ただし攻撃を受けたときはこの限りではない。
1:脱出の道を探る。
2:西木野真姫を観察する。
3:人間とパラサイトとの関係をより深く探る。
4:ゲームに乗っていない人間を探す。
5:スタンド使いや超能力者という存在に興味。(ただしDIOは除く)
[備考]
※アニメ第18話終了以降から参戦。
※μ'sについての知識を得ました。
※首輪と接触している部分は肉体を変形させることが出来ません。
※広川に協力者がいると考えています。広川または協力者は死者を生き返らせる力を持っているのではないかと疑っています。

【泉新一@寄生獣 セイの格率】
[状態]:疲労(中)、全身に痺れ、ミギーにダメージ(中) 
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム品0~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らない。
1:サリア……!
2:後藤、田村、浦上、血を飛ばす男(魏志軍)、槙島、電撃を操る少女(御坂)を警戒。
(ただし田村に対しては他の人物よりも警戒の度合いは軽い)
3:1を終えた後で図書館でアカメたちと合流。
[備考]
※参戦時期はアニメ第21話の直後。

【アンジュ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(大)、全身に痺れ、全裸コート
[装備]:S&W M29(3/6)@現実
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、S&W M29の予備弾54@現実、不明支給品0~1
[思考]
基本:主催の広川をぶっ飛ばす
0:サリアを……。
1:エンブリヲを殺す。凛を救う、ついでに。
2:モモカやタスク達を探す。
3:エンブリヲを警戒。
4:エドワードは味方……?
[備考]
※登場時期は最終回エンブリヲを倒した直後辺り。


※美遊の死体は音ノ木坂学院の空いた教室に運ばれました。
※カレイドステッキ・サファイア@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、クラスカード・ライダー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、基本支給品×2(マミ、美遊)、巴マミの不明支給品1~3 は校庭に落ちています。


【G-5/市街地/早朝】

【槙島聖護@PSYCHO PASS-サイコパス-】
[状態]:軽度の疲労
[装備]:サリアのナイフ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品一式、トカレフTT-33(6/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×4
[思考]
基本:人の魂の輝きを観察する。
1:狡噛に興味。
2:面白そうな観察対象を探す。
[備考]
※参戦時期は狡噛を知った後。
※新一が混ざっていることに気付いています。
※田村がパラサイトであることに気付いています。


【???/空/早朝】

【サリア@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:右肩負傷、左肩に銃槍、左足負傷(応急処置済み)、首から少量の出血(応急処置済み)
[装備]:“雷神憤怒”アドラメレク@アカメが斬る!、シルヴィアが使ってた銃@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品、賢者の石@鋼の錬金術師
[思考・行動]
基本方針:エンブリヲ様と共に殺し合いを打破する。
1:アンジュを殺す。
2:エンブリヲ様を守る。
3:1の為のチームを作る(ダイヤモンドローズ騎士団)。
4:エンブリヲ様と至急合流。
[備考]
※参戦時期は第17話「黒の破壊天使」から第24話「明日なき戦い」Aパート以前の何処かです。



“雷神憤怒”アドラメレク@アカメが斬る!
槙島聖護に支給される。
籠手型の帝具。籠手に仕込まれた鉄芯(電磁誘導などで使われる)を利用して雷撃を操ることができる。
威力が高く、雷撃を円状にして攻撃を防ぐなど攻防に優れている。
奥の手は、巨大な雷球を生成し、放出する「ソリッドシューター」。

賢者の石@鋼の錬金術師
サリアに支給される。
生きた人間の魂を抽出・凝縮した赤い石。本来は液体状、鉱石状など決まった形はないがこの個体は宝石状に加工されている。
その製造工程上、一つを創り出すのに膨大な数の人命を必要とする。魂を抽出された人間は抜け殻のようになり活動不能となる。
効能は「術法増幅」。錬金術を行う際に用いることで、術を強化したりデメリットを無視することができる。また、「お父様」によって生み出されたホムンクルスのエネルギー源でもある。
内包する魂の数は有限であるため、錬金術や身体の再生に使えば使うほど魂はすり減っていく。残量がゼロになると壊れる。
当企画で発揮される効果は錬金術に限定されず、「魔法」「魔術」「超能力」「契約能力」「スタンド」「ペルソナ」「帝具」など、純正機械や体術以外の道具・能力にも適用される。


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031:生と力と強さの証 西木野真姫 073:ダイヤモンドプリンセスの憂鬱
田村玲子
051:濁【こたえ】 泉新一
055:エンブリヲの後の静けさ アンジュ
059:だってだって噫無情 園田海未 GAME OVER
巴マミ GAME OVER
051:濁【こたえ】 槙島聖護 105:死への旅路
サリア 093:Fiat justitia, ruat caelum

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最終更新:2016年03月17日 07:58