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LEVEL5-judgelight- ◆ENH3iGRX0Y


「最悪だな」

猫がポツリと呟く。
先ほど響き渡った第四回放送。
そこに並んだ名前の殆どを、エドワードと黒子は知っている。

狡噛慎也
ロイ・マスタング

二人の共通の知り合いでもあり、特に狡噛は知能冷静さ共に実に優れ、頼れた人物であったが亡くなった。
彼の末路がどうだったかは想像に難くない。同じく名前を呼ばれた槙島聖護と相討ったのだろう。
狡噛と槙島の間に因縁があるのは狡噛の話しぶりからも良く分かる。

そしてマスタング。
エドワードが中尉に殴り飛ばさせる前に彼もまた逝った。
消せない罪を背負いながらも、マスタングは己の答えを経たのだろうか。

「大佐、馬鹿野郎……!」

初春飾利
黒子と別れてすぐに何者かに殺害されたのだろう。
下手人はエンブリヲか、あるいは他の何者かに殺害されたのか。
どちらにしろ学院に残してきた穂乃果の安否が気になる。

「初春……こんなことならばやはり……」

分かっていたはずだった。エンブリヲに気に入られた穂乃果はともかく、初春を一人残すことが如何に危険だったか、
それでも黒子は御坂を追わないという選択を選べなかった。
伝わる涙は、黒子の頬を後悔で濡らしていった。


小泉花陽

自分達が命を賭して逃がした彼女もまた命を落とした。
悲しみと無力さが、二人を締め付ける。
これも自分達の判断ミスだったのかもしれない。もし黒子かエドワードのどちらかが花陽に付いていれば、このような結末にはならなかったのではないか。
少なくとも御坂に気を取られていなければあるいは。




彼女に関しては黒子とエドワードは名前しか知らないが、花陽が託された二人の内の一人だった。
ヒルダの知り合いでもあり、猫や黒の仕事仲間でもあった。

「黒の奴、また飲んでいなきゃいいが」

銀を喪ってからの黒はまさに廃人の一歩手前といったところだった。
生まれつき酔えない体質だったのか、泥酔状態ということはなかったが、それでも幼女に手を上げたり服を脱がしたりと散々な事をやらかしたことを猫は忘れない。
とはいえ銀に関しては黒もイザナミ関連で―――猫の呼ばれた時系列では―――殺すとまで豪語していたのだ。恐らく一区切り付いているだろうし、そこまでの心配は不要かもしれないが。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
黒子は彼女を殺さずに最悪の場合でも拘束すると黒に言っていた。
しかしそれは叶わない。黒が彼女を殺めてしまったのか、何にせよ黒子の知らぬところで彼女は息絶えてしまった。

「どうすんだ。お前はこれから」

放送後、心の整理を一段落付けてから、口を開いたのはエドワードだった。
黒子が泣き止むのも待たず、彼は忙しなく口を動かす。
それを責めるつもりは黒子にはない。むしろ、下手な慰めより有難いくらいだ。
涙を拭いながら黒子は元の凛々しい顔を取り戻し断言する。

「……決まっていますわ。こんな下らない殺し合いを、一刻も早く終わらせること。
 それが私のやることですわ」

止まっている暇など一秒たりともない。
きっとここで泣き崩れていれば、初春に佐天さんに心配を掛けてしまう。それにあのにくったらしい婚后光子にも、あの世から高笑いで馬鹿にされることだろう。

「……だな。
 となれば話は早い、この傷を何とかしてここに来る御坂の奴を止める」

「ええ、今こそこの首輪を使うときですわね」

婚后光子と巴マミの首輪。
両者とも高いランクの首輪だ。換金すればかなりの高レアのアイテムと交換出来るだろう。
首輪が箱に投げ込まれ、機械音声が案内を始める。
慣れた手付きで黒子が機械を弄り、エドワードが後ろから興味深く観察する。
そして次の瞬間、二人の意識は闇に包まれた。


「これは……?」

意識を失くしたのはほんの数秒。しかし、その数秒の内に身体から疲労と傷がある程度消失していた。
決して万全ではなくコンディションも最悪に近いが、それでも以前の傷付いた身体に比べれば遥かにマシだ。
自然回復では決してありえない現象だ。これには何かしらの異能が必ず関わっている。

「エルリックさん、もしかしたらこれは貴方達が使う錬金術なのでしょうか?」

黒子が自分とエドワードの身体を交互に見ながら呟く。
後に合流した花陽が言うには、マスタングは切断された腕を錬金術で繋げ直したという。
これも同じように錬金術を使った超回復なのだろうか。

「似てる……とは思う。けど、多分別のものだ。
 以前自分で腹の傷を塞いだから分かるけど錬金術の治療の感覚と違うんだ」

ここに呼ばれる前にキンブリー戦で負った致命傷を、エドワードは自身の魂を賢者の石として治療に当てたことがあった。
だが、あの時の感覚や感触と今回の回復は別のようなものに感じる。
しかし違うが、近いものではある。

「……それともう一つ。前々からマスタングさんにも聞きたいと思っていたのですが、例えばゴーレム……大きな土人形を操ることは可能でしょうか?」
「土人形?」
「ええ以前、交戦した学園都市の侵入者がそんな能力を使っていたのですわ」

エドワードは両手を合わせると地べたに触れる。瞬間、小さな人形が盛り上がり自由に動き始めた。

「一応、俺がやる場合はこんな感じだな。ただし」

その両手を地べたから離す。すると今度は人形は固まったまま動かなくなった。

「練成エネルギーが途絶えれば、こいつは活動を止めちまう。
 お前の言ってた土人形はどうだった?」
「完全な自立行動でしたわ」
「練成陣はあったのか?」
「いえ、ただチョークで文字を刻んでいたかもしれません」

錬金術師として解釈するのなら、メイ・チャンの扱っていたような遠隔練成だろうか。
あれならば自立行動のように見せた操作も不可能ではない。
しかし気になるのは、文字を刻んでいたという点だった。
無論、練成陣に文字を刻む場合もあるが、それでも文字単独で起動するのは珍しい。



(文字、そういやあそこで見つけた練成陣も文字があったな)

田村と共に発見したあの練成陣。そこに刻まれた理解不能な文字。
あれの意味をずっと図りかねていたが、あるいは黒子の言っていたゴーレム使いに何か通じるものなのではないだろうか。

「私、以前にルビーさん。
 イリヤさんのステッキとそのお話をさせてもらいましたの。
 どうやら、それは魔術なのではないかというお話でしたわ」

「……魔術」

魔術にはエドワードも心当たりがある。
実際、魔法少女の杏子にも遭遇しているし、彼女が更にサファイアを使い変身した姿も見ている。
魔術というものが存在してもおかしくはない。

「素人考えなのですが、主催の振るう私達の及びつかない技術には魔術が絡んでいるのではないでしょうか。
 この回復も魔術を使っていると考えれば、説明が付く気がしますの」
「そうなると厄介だな。ここでその魔術に明るい奴なんて、殆ど居ないんじゃないのか?」

イリヤ、美遊、クロエ。
魔術に関わっていたいただろう三人の少女はもうこの世にはいない。
ではそのステッキは? サファイアはエドワードがその目で最期を看取った。
残ったのはルビーだが、所有者のイリヤが死亡した時点で彼女も破壊されている可能性もある。

「新しい課題は魔術の解析だな。
 あの血の練成陣の文字が魔術なら、きっと錬金術と系統は似てるはずだ。理屈さえ分かれば何とかなるかもしれない」

「そうなりますわね。
 私も助力はしますが……如何せん科学側の人間です。エルリックさんに全て任せてしまうかもしれませんが」

このアインクラッドまで二人は敗走した形で辿り着いたわけだが、ある意味思わぬ収穫ではあったかもしれない。
これがなければ魔術とやらが関わっていた事など、エドワードは思いつきもしなかっただろうし、先の練成陣の解析ももっと遅れていただろう。
それだけにエドワードは納得がいかない。

(なんで、連中は錬金術で治療しなかった?)

そもそも、エドワードと黒子の治療を錬金術ですればこんな情報を与えなくても済んだ。
魔術に関して、この場に残った人物は殆どが無知であるにも関わらずだ。敢えて連中はその手札を切ったのは何故か。
更にいえば、この換金システムの報酬はランダムであった筈だ。どうして、エドワード達に限っては狙ったかのように回復を与えてくれたのか。
黒子も内心ではエドワードと同じ疑問を抱いていたようで、口調とは裏腹に表情は釈然とはしていなかった。

「来るな」

ふと猫が呟いた。
何が、と返すほどエドワードも黒子も鈍感ではない。
その能力の性質上、普通のネコは近づいただけでも不快さを感じ離れていってしまう。
そんな能力の持ち主はこの島にただ一人しか居ない。

「お姉様、ですわね」

学園都市レベル5第三位。超電磁砲の御坂美琴。
最強の電撃使いが近づいてきている証だ。



「エルリックさん、私はお姉様を生きて無力化させたいと考えてますわ。
 もし貴方が殺す気なら……」
「安心しろ。俺も殺す気はねぇ」

黒子がエドワードの顔に視線を向ける。
黒とは違い、少なくとも不殺の心得については揉めることはないらしい。

「やる気満々って感じね」

改めて相対し、黒子は喉を鳴らす。
普段とは程遠い薄暗い表情。常日頃から黒子に向けるような温厚な顔ではない。
黒子は知っている。これが殺意の類であることを。
そして、殺意から垣間見える哀愁。あの時と同じ、夏休みの間に御坂が見せたものだ。
黒子ではどうしようもない。深く暗い闇の底に御坂は居るのだろう。恐らく、御坂を救い上げられるのはただ一人しかいない。

(上条……当麻……!)

既に亡くなった人間に思いを寄せても、上条は決して現れない。
御坂の涙を拭った彼女のヒーローは敗れてしまったのだから。

―――御坂美琴と彼女の周りの世界を守るってな。名前も知らないキザでいじけ虫なやろうとの約束なんだよ

(守れていないではありませんか……貴方は……!!)

お門違いの怒りなのは分かっている。
それでも上条さえ生きていれば、あの時のようにもう一度御坂を救ってくれたのではないか。
そう思えてならない。そう頼ってしまう、自らの無力さに苛立ちが沸く。

「黒子、私と組まない?」
「どういう意味ですの?」
「聞いたでしょ。放送よ、放送。五人なら死んだ皆を生き返らせられる。
 皆で帰れるのよ。帰りましょう黒子」

広川の流した放送では十人死ねば五人までの人間を蘇らせると言っていた。
真偽は不明だ。しかも、このタイミングで流すのもきな臭い。
それでも一筋の希望ではある。何より、御坂と戦わない選択肢があるのなら、黒子は―――

「お断りしますわ」
「なんでよ? 皆で帰れるのよ! 佐天さんも初春さんも、婚后さんだって……!」
「だからこそですわ。私は逃げる為の理由に友達を使いたくない!
 誰かを犠牲にした報酬など、こちらから願い下げですの!!」

僅かだが、期待はしていた。
仲間を救う為ならば、黒子はお姉様と共に戦ってくれるのではないかと。
淡い期待だ。御坂と黒子は違う。黒子の正義は如何な状況に陥ろうとも歪むはずがない。

(そうよね、私が誰よりも知ってたことじゃない。
 この娘は……一人で歩ける。立って進める。私とは違って、ヒーローは要らないんだから)

それがとても誇らしく、そして寂しい。

「お姉様はそこまでして……上条さんを蘇らせたいんのですの?」
「……かもね」
「私のせい、ですわね……。お姉様が何よりも苦しんでいる時に限って、何も出来なかった」

御坂と上条の間には何かがあった。
8月21日。寮にまで上条が訪れ、何らかのヒントを経て彼は御坂を救った。
それだけだった。黒子はそれだけしか知らない。
御坂が何に苛まれ、苦しんできたのかも。上条が何と戦い、御坂を救い出したのかも。
黒子はずっと、御坂の後ろを走り続けてきたのだ。ただの一度も並び立った事はない。



「本当ならそれは、私の役目でなければいけなかったのでしょうね」
「違うわよ。アンタじゃ、どうにもならなかった。最強(アレ)に勝てたのは最弱(アイツ)だけ」
「だからこそですわ。力及ばない私自身が何よりも恨めしい」

遠い。
御坂美琴が遠い。

自分の無力な手なんて届かない場所で戦う御坂が、あまりにも離れすぎていた。
もっと早くに気付くべきだった。
きっとこれは罰なのだろう。
誰よりも助けを必要とした時に何も出来なかった。己への神が与えた戒めだ。

「私一人の命なら、もしかしたら差し上げたかもしれませんわね。彼にそれぐらいの借りは返すべきですもの」
「黒子……」
「でも、それ以外は認められません! 人の命を奪い去る貴女だけは!」

ああ、それでも。例えこれが戒めなのだとしても白井黒子は認めることが出来ない。
誰かを傷付け、奪い続ける。そんな残酷な法則など。

「なら、どうするってのよ! もう私は止まれないのよ!」
「止めてみせますわ。
 白井黒子として風紀委員(ジャッジメント)として、友と……そして上条当麻“達”の意志を継ぎ―――」


―――御坂さんのこと、止めてあげてください。

(ええ、やってみせますわ。見ていなさい初春、貴女の意思を決して無駄になんかしない!)

―――約束だ。御坂美琴と彼女の周りの世界を守るってな。

   俺は今、そいつとの約束をちゃんと守れてるか?

(お礼を言いますわ。名前も知らない何処かの誰かも、お姉様を守って下さった上条さんも。
 だから、貴方が果たせなかった約束のもう半分は私がやり遂げる!!)

上条が果たせなかった約束。それを今果たせるのは、立ち上がって戦えるのは黒子しかいない。
御坂の平穏を願い、約束を取り付けた顔も名前も性別も知らない、キザでいじけ虫な何処かのエツァリ(だれか)の為にも。
迷っていた黒子の背を押した初春の為にも。
恐らくその最期まで、御坂を慕い信じ続け逝った友の為にも。


「『そのふざけた幻想をぶち殺しますわ!!』」


そこに上条の意志も込めるよう黒子は咆哮のような大声で以って、御坂に言い放つ。
御坂美琴の抱くの幻想を殺し、彼女が壊そうとする全てを、その彼女自身の世界を守り抜く。
そう御坂にも、黒子自身にも言い聞かせ、楔を打ち込むかのように。



「―――ッ!?
 ……そう、いいわ。来なさい、白井黒子!!」

黒子の宣言が開戦の合図となり、御坂の身体を紫電が駆け巡る。
空間移動で一気に後方へ下がった黒子。逆にエドワードが両手を合わせ、前線へ駆け出し巨大な壁を練成する。
電撃の槍は阻まれ、壁を焦がすに終わる。

「俺も一枚噛ませてもらうぜ。黒子!」
「チッ、錬金チビが」
「誰がスーパーマイクロアルティメットドチビだ!!」

下らないやりとりに気を取られた隙に黒子が御坂の背後へ移動する。
全身から電撃を放出し、御坂は身構えた。
黒子の性格上、体内に異物を飛ばす戦法は取らない。幻想を殺すという宣言から考えても、黒子は御坂を無力化することだけに留めるはずだ。
それならば外部への攻撃、それも黒子の得意とする肉弾戦のみに気を使えばいい。
触れれば感電必須の御坂へ黒子は鉄パイプを抜き、大振りに振りかぶった。

(力を貸してもらいますわよ、ヒルダさん)

その先に括り付けたのはヒルダの首輪。
マスタングの炎も黒子の空間転移も弾くこれならば、御坂の電撃も通さない。
遠心力で勢いを高めた首輪が御坂に直撃する。
首輪を頭とした鉄パイプは、まさにハンマーのような形で御坂へと向かっていく。
頭部を狙った一撃をガードで受け流しながら、足元の砂鉄を操作し黒子へと覆う。

「素早い、わね!」

黒子の居た場所を砂鉄が抉りぬきながら、影のように空間移動から姿を見せた黒子へと向かってゆく。
同時に御坂の背後からエドワードが拳を振り抜いた。
神々しく輝くダイヤモンドの拳は電撃を通さない。
身体を沈め、拳を避けてから電撃を纏わせた肘内をその顔面へとお見舞いする。だが、その肘をエドワードの左足で蹴り上げれた。

「随分、豪華な手足じゃない!」

「うおっ……!!」

光り輝く左足の義足もまたダイヤモンド。
右腕と同じく、炭素繊維の豊富な材質で出来ているのだろう。
舌打ちと共に御坂は全身から電撃を大放出する。
蹴り上げた体勢から、地面に手を置き一気に体勢を引き戻すとそのままエドワードは後退し電撃を避けた。

(やっぱ、半端じゃねえなこいつ)

不殺を掲げる黒子やエドワードにとって、もっとも効果的な無力化の方法は殴打だ。
素人ならまだしも格闘に関しては鍛錬を積んだ二人ならば、それを用いることでの気絶は難しくない。
しかし、御坂の能力は電撃。下手に触れれば、感電死。よくても致命傷が待っている。
かといって遠距離からの攻撃では加減が効かず、御坂を死なせる怖れもある。
ダイヤモンドの機械鎧ならば殴れなくはないが、それも右腕と左足に限定される。それだけで御坂に近接戦を挑むのも無謀だ。

(先ずは電撃と砂鉄を封じる!)

両手を合わせてから地面に手を置き、練成を開始する。
作り出すのは避雷針、それも一つや二つではなく練成の範囲が届く限りの無数に練成していく。
更に巨大な磁石を複数練成し、磁力による砂鉄操作も妨害させる。
御坂の電撃が飛散し、砂鉄の剣が吸い寄せられた。

(あのチビ、本当に邪魔!)

合わせたように黒子が接近し御坂へ鉄パイプを見舞う。
重心を後ろに傾けてから、パイプを避け地面から吸い寄せた砂鉄を剣に変化させる。
接近戦ならば、辛うじて巨大磁石の磁力には引っかからないが。普段振るものに比べれば数段劣り、その長さはナイフのようだ。
甲高い金属音と共に鉄パイプの先の首輪と砂鉄の剣がせめぎ合う。
数度斬りあいながら、黒子は空間転移を用い御坂の死角へ回り込む。
だが、それらの動きは全てが先に読まれ、的確な剣閃が黒子を待ち構えていた。
これまで、常に共に並んで戦ってきたのだ。黒子の癖、思考は御坂が誰よりも良く知っている。



「くっ……!」

首元に迫った砂鉄の剣をパイプ先の首輪を当てたことで弾く、
その弾かれた反動を利用した御坂は返す刃で、パイプそのものを切断した。
リーチが極端に狭まり、先端の首輪が地面に転がり落ちる。
それを黒子が拾う間もなく、御坂は一気に蹴り飛ばす。
砂鉄の剣に電流を流し、御坂は黒子へと更により深く踏み込んだ。
鉄パイプで受ければパイプごと切断。運良く耐久が持とうともそこからの感電。
残された防御は回避のみ、演算を即座に済ませ黒子の姿が御坂の視界から消える。

(消えた、現れる先は……)

御坂への有力打の為、転がった首輪の前か。あるいは戦力の建て直しの為、エドワードの近くか。
いくつかの転移先を浮かべては消していく。
黒子の思考を限りなく、忠実に脳内で再現しシュミレートする。

(捉えた)

御坂の死角、一定の保たれた距離。そして転移された瞬間に現れる影。
何より、あの黒子が逃げを選ぶはずはないという確信と共に黒子の転移先に瞬時に当たりを付ける。
撃つのは必殺の超電磁砲(レールガン)。
電撃では避雷針で散らされる、砂鉄では動きが遅く黒子に再度の空間転移を許してしまう。
ならば、彼女を葬るのは自らの二つ名でもあり、音速の数倍の速さを誇る超電磁砲こそが相応しい。

「死ね、―――」

それ以降の台詞が紡げない。
黒子の名を叫ぶことが出来ない。
まだ躊躇しているのか、悩んでいるのか?

だが、御坂の胸内とは裏腹に指はより迅速に、より正確にコインを弾く。
超電磁砲が放たれた。

「―――ッ!」

しかし、超電磁砲の先にあったのは黒子ではなく五本の鉄パイプ。
超電磁砲はその高熱と共に鉄パイプを溶かし、巻き込みながら虚空へと飲まれていく。

「“読めて”いるのは、貴女だけではありませんわ!!」

上空より降り注ぐ、黒子の声。
御坂が見上げた瞬間、回りは鉄パイプにより囲まれる。
それこそまさしく、罪人を捕らえた牢獄のように。

「こんなものでぇ!!」

黒の剣閃は一瞬でパイプの檻を両断した。
この程度で拘束されているようでは、レベル5の名折れだ。
檻から飛び出した御坂は空中から落下する黒子へ視線を戻す。
既に彼女は消えていた。次に黒子が現れる場所、それは―――

「そこ!」

ヒルダの首輪の目の前に黒子が現れ、御坂はタイミングを完全に合わせ砂鉄を振るう。
黒子が御坂を倒すにはどうしても、この首輪が必須なのだ。誰だってその行動派容易に予想が付く。
空間移動の演算を開始するが、砂鉄の動きが早すぎる。秒すら置かないそれは捕食者の如く、黒子を覆う。
そこへエドワードが飛び込み、その右腕を振るう。
ダイヤモンドへと練成した機械鎧は砂鉄から生み出された刃を弾き、黒子は演算を終えエドワード共に姿を消した。

(何処に……!?)

御坂の背後から咆哮と共に現れたのはエドワード。
ダイヤの拳と共に一気に肉薄し、御坂の頬へと振りかぶる。
掌を掲げ、拳を受け止めた。痛みと痺れが駆け巡るが、それらを無視し電撃を放出する。
この距離ならば避雷針の影響は受けない。



「―――ッ!」

エドワードは左足を振り上げ、御坂の顎元へ。
爪先は顎を掠り、御坂は空を見上げる形で後方へ体勢を崩す。
その隙に手の拘束を振りほどき、エドワードは一気に距離を取る。
もっともそれも計算の内、御坂は瞬時に体制を立て直しエドワードへと直進する。
振り上げられる電撃を纏ったアッパー。
直後、御坂のアッパーはダイヤの掌によって遮られる。

「!?」

払われたアッパーから、エドワードの左足の回し蹴り。
身体を屈めてから蹴りをやり過ごし、御坂は足をバネに前進するが、そこへ更にエドワードの振りかぶった足からの踵落とし。
後ろへ傾きバク天で回避してから、受身を取り追撃の右ストレート。
同じく、御坂の顔面を狙うエドワードの右ストレート。
速さは互角、精度も同等。ならばそれを担う者の動体視力は?
エドワードは首を傾け、拳を避ける。御坂は左手で拳を受け止める。
そのまま拳を握り締めながら、足元の砂鉄を槍状に変化させ棟元へと穿つ。だが強引にエドワードはその手を振りほどき、避けていく。

「……ぐっ!?」

御坂の眼前に黒子が現れると共に腹部に走る鈍い衝撃。
鉄パイプその先に括り付けられていた首輪が御坂の腹部にめり込んでいた。
唾液と共に息を吐き出す。
加減など一切ない骨の一、二本は折るつもりだったのかもしれない。
更に顎を狙った一撃を両腕を交差させ受け止めるが、堪らず後退し腰を落とす。

(不味い、二対一だと勝ち目は薄い)

避雷針により得意の電撃は封じられた現状。
タイマンでの戦いならまだしも、二人掛りで代わる代わる接近戦を続けられては御坂のスタミナが先に切れる。
先にどちらかを落とさなければ、御坂はジリ貧だ。

「はああああああああ!!!」

愚痴を漏らす間もなく、黒子が再び空間転移で御坂の背後へ回り鉄パイプを振るった。
同時に御坂の磁力よりディバックより鉄塊が飛び出す。
間合いは十分、エドワードの磁石の磁力にも掛からない。
演算も間に合わないだろう。それでも黒子は限界まで、身体を後ろに逸らせ回避。

「読めていると言いましたわ!」

御坂の顔を狙ったフルスイング。
完全に懐に潜り込まれた御坂では避けられない。
能力の使用も間に合わない。恐らくはこれを貰えば、御坂の意識は飛ぶだろう。
それが何時間か何分か何秒かは分からない。だが、確実にその間に御坂は戦えないよう無力化させられる。

「―――ッ!?」

だからこそ、御坂はその頭を垂れた。
まるで首を差し出すかのように、死刑執行される囚人のようにも見えただろう。
それが何を意味するのか、黒子には分かる。
命を差し出している。この手を緩めねば、御坂は死ぬのだ。
頭部という硬い箇所とはいえ急所。黒子は回避を想定しながら顔を狙ったが為に、それは頭を打つ程に加減していない。
このまま殴りぬければ死ぬかもしれない。
その直感が腕の動きを緩ませ、停止へと向かわせる。御坂を死なせること、それは黒子にとっての敗北でもある。
彼女の目的はあくまで御坂を止めることにあるのだから。



「……やっぱり、ね」

乾いた声だった。
羨むようでもあり、哀れむようでもある。
紫電が黒子を照らす。この近接距離では避雷針の効果も期待できない。
振るいきった腕に身体が傾き、回避も間に合わない。
残されたのは空間移動、だが御坂の電撃と空間移動が同じく0から演算を開始すれば、その複雑さとレベル差によりどうしても後手に回る。
僅かコンマ数秒。一秒にも満たぬ間だが、黒子にとってはあまりにも長すぎる時間だ。

「御坂ァ!!」

自らの存在を誇示するかの如く、エドワードが咆哮し地面を練成し柱を練成する。
狙うは御坂、仮にこのまま黒子に電撃を放ったとしても、このまま柱にぶつかりやはり御坂は意識を失う。
それだけの速さ、強度だ。ここで御坂は電撃を中断し回避に移るのが何よりの最善。

「グ、ッ……!!」

だが、御坂は避けなかった。

「なっ!?」

「ッ、ァ……ガァ」

短い悲鳴が耳を付く。
柱に吹き飛ばされながら電撃を放つ御坂。
その電撃で焼かれ崩れていく黒子。
エドワードは堪らず走り出し黒子に駆け寄る。
抱き寄せ、揺すぶるが反応はない。

「おい、黒子! 黒子!!」

息もしていない。
脈も心拍音も聞こえない。
焦りが募り、エドワードの脳内で医療知識が駆け巡る。

「頼む、間に合ってくれ!」

両手を合わせ、黒子の胸に手を置く。
彼女の心臓に電気ショックを与え、心臓マッサージを行う。
脳や筋肉の活動でも電気は発生する。錬金術で筋肉を刺激すれば、心臓マッサージに必要な分の電気も持ってこれるだろう。
心配を蘇生した後に外傷の治療を行えば、まだ黒子は助かる。

「クソっ、戻って来い。黒子!!」

鼻をつく異臭と僅かに黒焦げ、煙まで上がる黒子の身体。
避雷針を仕掛けたお陰で電撃の威力が下がったのが幸いだったか。
消し炭にまで焼かれていたら、いくらエドワードでも手の施しようがない。

「ッ? 何だ」

甲高い破壊音が無数に響き渡る。音の方を向き、エドワードはその光景を凝視した。
黒の砂鉄がエドワードの練成した避雷針を次々と飲み込み、破壊してゆく。
更に同じくエドワードが作った巨大磁石も、また音速の数倍の速度で鉄塊が叩き込まれ、粉々に砕け散った。

「色々作ってくれたけど……妨害係が居ないとやっぱ楽に壊せるわね」

「御坂、お前……意識が……」

焦りによって視野が狭くなっていた。
応急処置に当たる前に御坂を完全に拘束すべきだったと。
しかし、御坂は笑いながら首を横にふるう。まるでエドワードの心を読み、それを否定するかのように。

「私は気絶なんてしてない」
「何?」
「これよ」

御坂の手から一つの銀色の塊が転げ落ちる。
それは御坂が戦闘に用いた鉄塊から更に小さく切り取ったものだった。



「電熱で熱くして、手の中で握り続けたのよ。
 それでアンタの攻撃を喰らっても強い刺激で気絶しなかったわけ」

電撃の鞭が撓り、エドワードへと振るわれる。
正真正銘、レベル5第三位の超電磁砲の手加減抜きの電撃だ。
黒子が受けたものとは訳が違う。一瞬で人体とは分からぬ有様へと焼き尽くされる。
ディバックに黒子を放り込む暇も無い。黒子から離れるようにエドワードは大きく距離を空け、電撃を避け続ける。

(やべえ、どうする? 黒子の手当ても時間との勝負だ。けど御坂も簡単には……)

避雷針を作れば御坂の攻撃は緩くなるが、すぐに再び壊されるだろう。
あれは破壊しようとする御坂を、黒子が奇襲することで成り立っていた。彼女を欠いた今、エドワード単独では戦いきれない。

「残るはアンタだけだけど、動かなければ楽に殺してあげるわよ?」

「ふざけんなよ御坂……お前、大事な妹分を殺したんたぞ!?」

やり方は気に入らないが、御坂は知り合いを手に掛けた直後だ。
間違いなくその精神面は大きく動揺している。
言葉で攻めながら、隙を見つけ一気に叩く。

「いいか、こんな事しても死んだ人間は戻らねえ!」
「……本当にそう思ってるわけ?」

エドワードの予想に反し、御坂は冷たく言い放つ。

「アンタ言ってたわよね? 
 主催から願いを叶う方法を奪えば、私に無闇に殺しまわるよりこっちの方が絶対可能性が高いはずだって。
 それってアンタも、アイツらの台詞を少しは信じてる。信じたくなる理由があるんじゃないの?」
「何?」
「例えば……お母さんとか」

年齢の割にエドワードの身長は小さく、栄養状態が偏っている。
それを考えた時、御坂が思いついたのはまともな食事を摂れない環境がいかなものかだ。
余程特殊な環境でなければ、親がちゃんとした食事を与えるはずだ。つまり、親が居ないのではないか? 
そして、そんな食事を作れないのは大体は男親。ならエドワードは母親を亡くしている可能性が高い。

「……」

そんな適当な推理で、実際推理自体は外れているただの勘のようなものだったが、それでも間違っては居ない。
エドワードの口が閉ざされる。脳裏に優しかった母親とそれを蘇らそうとして、アレを作り上げてしまった最悪の光景が浮かぶ。

「やっぱり、図星か」
「ああ、そうだよ。俺達は母さんを作ろうとした……。
 間違いだったんだ。理論は完璧だったのに、それでも俺は右手と左足を……弟は身体全てを持っていかれた!
 お前にその禁忌を犯す覚悟はあるのか? 大事な妹分も友達も全部殺しても、それは上条って奴じゃない“何か”かもしれないんだぞ!!」

エドワードの義手と義足。それが彼らの罪の証であり、消せない贖罪の後なのだろう。
御坂は一瞥をくれ、笑いながら答える。



「構わないわ。
 これが駄目なら、また別の方法で生き返らせる。それが駄目ならまた別の方法を探す!
 私の世界、アンタの世界じゃ駄目でも、また他の世界を探す。アイツを地獄の底から引き上げるまでは!!」

「ざけんな……そんな方法で蘇っても……上条って奴が喜ぶはずねえだろ!」
「そうね。だけど、私にはアイツが居て欲しい。アイツには生きていてほしい!」
「友達を全部巻き込んでもか!? お前にはまだ失ってないモンがあっただろ! 黒子も初春って奴も、お前が乗りさえしなきゃ救えたかもしれねえ!!」

「ええ、助けられたかもしれない。
 けど殺し合うのを先延ばしにするだけじゃない。友達を皆失わず、殺し合いからの脱出、そんなこと本当に出来ると思ってるの?」

「何?」

「私だって考えたわよ。
 皆、傷付かないで、生きて帰れる方法。だけどそんな事どうやってやるのよ?
 主催は私達の能力を全て把握し、掌握してる。
 私達は既に負けてる、詰まされてるのよ。どうやって連中を真っ向から倒すってのよ!
 出来もしない、幻想を抱き続けてみんな死ぬよりも……そんな中で一人しか蘇らせられないのなら、私は一筋の希望に縋りつきたい。
 アイツを救ってやりたい!!」

「御坂、戻って来い! その先には……俺達みたいな間違いを犯すな!!」

「五月蝿いのよアンタは!!」

激昂する御坂に対しエドワードは両手を地面に付けた。
感情的に怒鳴り散らす御坂は、電撃も砂鉄も纏わない。完全な隙だ。
土から盛り上がった柱は御坂の腹へと叩き込まれる。

「―――だから、効かないのよ!!」

左腕を右手で握り締め、その爪は皮を破り肉に食い込み、骨にまで達しているかもしれない。
痛みをまた更なる激痛で打ち消し、御坂は意識を繋ぎとめる。
左腕から手を離し、血に濡れた右手を翳す。電撃がエドワードへと向かい、その余波でエドワードは吹き飛ばされる。
柱の練成が止まり、腹部を抑えながら御坂は歩み出す。

「私はアンタがアイツに似てると思ってた」

柱を更に練成し、エドワードは御坂へと放つ。

「けど、違うわね。アンタはアイツとは違う」

柱は全て御坂の周りに集まった砂鉄に両断されていく。

「アンタは自分の生き方を誰かに押し付けてるだけ、アイツみたいに誰かを救うわけじゃない!!」

距離は狭まっていく。

「押し付けてるのは、お前だろうが! 上条の為に誰かを殺すなんて等価交換が認められる筈がねえ!」
「……そうよ。それは私もアンタと同じ、だからアンタじゃ私には勝てない!」

拳を握り駆ける。
砂鉄の刃を掻い潜り、電撃の鞭を避けて御坂の懐へと潜り込む。
エドワードは全霊を込めた一撃をその頬へと叩き込んだ。



「目ェ覚ませ、御坂!!」

確かな手応えと共に御坂の身体はエドワードの拳を離れ、殴り飛ばされていく。
そんな予見とは裏腹に御坂はまるで動じない。
顔が拳により殴られようとも、瞼一つ閉じずその拳を受け切る。

「何度も言わせないでよ、効かないって」

エドワードは殺さない。
今までの戦いもそれが後藤であれ、DIOであれ、イリヤであれ、彼は殺さないよう配慮し戦い続けてきた。
殺さない意志はある意味この場に呼ばれた誰の意志よりも堅く、エドワードの二つ名に相応しい鋼の信念といえる覚悟だ。
しかし逆を言うのなら、エドワードは殺すことが出来ない。
ならば来ると分かって覚悟すれば、耐え切れる。
死なない攻撃を避ける必要など、何処にもないのだから。

「それがアンタの“殺さない覚悟(じゃくてん)”、だからあのみくって娘も誰もかもアンタの生き方(つよさ)に着いて来れず死ぬのよ!!」

「ッ!?」

もしも、殺していればどうなっていたのだろうか。
それで絶対に殺せていたという確証はない。それでも、もし殺していれば。

御坂を殺していれば、みくは生きていたかもしれない。御坂さえ居なければ、彼女に止めを刺す人物は居ない。
アヴドゥルも不意を突かれ死ぬことなど先ずなかった。
それどころか、先ほどのエスデス達との乱戦も、あるいは御坂の乱入で戦力が分散しなければ、タツミ、さやか、黒子とエドワードの四人がかりならばもしかしたらエスデスを止められたのではないか。
彼女は強大だが満身創痍だった。タツミ一人であそこまで渡り合えたのだから、死者は最小限食い止められたのかもしれない。

それだけじゃないない。DIOをあの場で仕留めていれば、ジョセフは殺されなかったかもしれない。
後藤もエドワードと対峙したあの場面で殺していれば、犠牲者はこれ以上増えなかった。死亡者も今よりもずって減っていたのでは? あのジャックサイモンも死なずに済んだかもしれない。

脳裏に浮かぶ、IFの数々。希望的観測だって混じってる。そう簡単なわけがない。
でも、それでももしかしたらという疑念は止まることを知らない。
今まで考えたことも否定したこともない、己の信念に挟まれた異はエドワードを揺すぶるのには十分すぎた。

「―――しま」

御坂の掌が迫る。
それはほんの僅かな揺らぎに過ぎなかったが、戦いの中ではあまりにも長すぎた。
もう御坂がエドワードに触れるのに数ミリも残っていない。秒も待たずにエドワードは感電し黒子の二の舞となるだろう。



「ッ? があああああ!!!」

御坂の細腕を鉄パイプが貫通する。
まるで最初からそこにあったかのように転移してきた鉄パイプ。
エドワードに触れかけた手は止まり、御坂は視線をそれを飛ばした人物が居るであろう場所へ向ける。

「黒、子……?」

「……お姉、様ァ!」

身体から煙を上げながらも、全身が痺れ激痛に苛まれながらも。
確かな心臓の鼓動と共に白井黒子は立ち上がる。
殺したはずだ。威力こそ抑えたものの、人間が耐え切れる電撃ではない。

(あの時のエドワードの手当てのせい?)

御坂との再戦で完全な手当てではなかったものの、あれが要因で黒子は息を吹き返した。
そう考える以外には納得がいかない。

(いや、そんな事はどうでもいい。考えるべきなのは、黒子が生き返った事実と黒子が私の体内に異物を空間移動させた事実)

腕に生えたパイプを見つめながら、御坂は舌打ちをする。
この攻撃は先ほどとは訳が違う。最悪、死んでも構わないという意志のもとに放たれた。
避けなくてもいい、殺さない攻撃ではない。

「止めろ、黒子。まだちゃんとした手当てもしてねえ、お前は先に逃げろ」
「いえ、エルリックさん。ここは私に任せてくださいまし。
 私一人でここは戦いますわ、貴方は高坂さんの方をお願いします」」
「駄目だ、一人じゃ御坂には勝てねぇ」
「いえ、勝ちますわ」

エドワードは引かない。
強い人間だ。一度決めたことを貫こうとし、何よりも目の前の人間を見捨てることはしない。

「私は―――」

そんな人間を説得させる方法は一つしかない。
より強く、より堅く、自らの意志を示し認めさせること。
黒子にとっての意志を、誇りを、強さを見せ付ける言葉はやはりこれ以外にない。

「ジャッジメントですの!」

右腕についた紋章を左手で掴み、付き付け宣言する。
いつものように、常日頃から名乗り続ける正義の名を。
たったそれだけで、エドワードの鋼の意志すら捻じ曲げ、認めさせるほどの説得力があった。
下手をすれば、エドワードよりも一回りも小さい身体が大きく見える。
この戦いに打ち勝ち、全てを守るという確固たる覚悟がエドワードの胸を大きく打ちつける。



「だから、必ず勝ちますわ!!」
「だけど……」
「……高坂さんは強いお方です……けれど少し不安な部分もありますの。
 お願いしますわ。高坂さんのこと、支えてあげてくださいまし……」

今でもそれが正しかったとは思えない。本当ならここに踏みとどまるべきだったのかもしれない。
だがエドワードは背を向けた。黒子の言う高坂、彼女を探す為に駆けていく。

「分かったよ……。
 でも、絶対に……絶対死ぬなよ!!」

(お願いしますわ、エルリックさん。
 それと、申し訳ありません。高坂さん、私は多分最後までそばに居られないでしょう。……でも決して貴女は負けないで)

去っていくエドワードを見送りながら、胸内でこの場でもっとも縁深く、共に修羅場を潜り抜けた少女への別れと激励を送る。

「行かせると……」

「お姉様の相手は私ですわ!!」

エドワードを追おうとした御坂の眼前に鉄パイプが現れた。
あと一歩踏み出していれば、今頃全身を頭から串刺しになっていたことだろう。
思わず冷や汗を流しながら、御坂は一気に後退し黒子へと向き直す。

「アンタ……本気で……」
「……私の正義(ちから)でお姉様を止められないのであれば、私は自らの枷を外しますわ」
「何ですって?」

御坂は殺さない攻撃では倒せない。
今までの戦いで、嫌というほど分かってしまった。
御坂を止めるには、同じ土俵で渡り合うには自らの正義を折る。
分かっている。自らが越えようとしている一線がどんなものか。
自らは人を殺めた罪人となり、御坂美琴は二度と救われない。
本来ならば絶対に避けなければならない最悪の結末。

それは裏切りだ。

人をこれまで殺めなかった自らへの。
そんなものを望まないだろう上条、初春、佐天、御坂の世界の平和を願った誰かへの。
二度と白井黒子は正義を名乗れない。
自ら手を汚し、血に濡れた手はどんな高潔な理由を述べようと、正義以外の何かに過ぎない。

「構いませんわ。
 それで誰かを守れるのなら……これ以上誰の犠牲も出さないで済むのであれば……!」

守る為に力を振るう。そこに正義はない。
あるのは、ただ守りたいという願望のみ。その先は修羅の道。
例え、この戦いに勝ったとしても、黒子は帰れない。血塗られた世界へと誘われるように進み続けるのだろう。



(もう決めたこと。躊躇いなんてない、私一人が修羅に堕ち、お姉様を止められるのなら!)

ただ、これだけは忘れない。忘れてはいけない。光の正の道を外れようともその芯にある信念だけは。
拳を強く握り締める。
それだけは絶対に離さない決意と共に御坂へと拳を向ける。

「お姉様、決着を着けましょう」
「……そうよ、私はそれを望んでた」

響いてくる。
自らを止めようとする初春と佐天の声が。
やたらやかまししく、騒ぎ立てる婚后光子の騒ぎ声が。
説教をかますツンツン頭の上条の声が。

(謝りますわ皆。きっと、許してなんかくれないし、許されていい筈もない。
 上条さんの約束も結局、私は果たせなかった。私を信じてくれた、初春も佐天さんも婚后光子も貴女達の事、裏切ってしまいますわね。
 けれども、私は―――)

振り払う。
もう戻れない戻らない過去に決別を告げ、黒子は進み続ける。

「黒子ォォォォォ!!!!」
「お姉様ァァァァァ!!!!」

御坂美琴VS白井黒子。
正真正銘の殺し合いが今幕を開く。








考えたこともなかった。
白井黒子、レベル4の大能力者でありその空間移動と真っ向から殺し合うなど。
ある程度のシュミレートは行ったことはある。だがそれは彼女が自らの信念により、人を殺さないという考えを考慮しての元だ。
その枷を外した今、恐らくこれが最初で最後の白井黒子の本気。

「ッ! あっぶな……」

強い。
上条や一方通行も御坂では適わなかった強敵だが、彼らはその特異さゆえに強い。ある意味ジョーカーの存在だ。
黒子はそういうものを抜きに純粋に強い。
御坂の服を異物が掠る。空間転移で飛ばした異物が狙いを外し、姿を現したのだ。
もう何度も見た光景であり、未だそれに慣れない。
黒子が狙うのは全てが急所、頭、胸といった箇所はもちろん、体内の器官を出鱈目に狙った一撃は良くて致命傷、場合によっては即死へと繋がりかねない。
砂鉄を巻き上げ視界を奪い。狙いを的確に定めさせないよう、御坂自身も絶えず走り続け電撃を放ち続ける。
黒子も常にテレポートしながら、御坂を視界から離さず異物を放ち続ける。

「いっ……!?」

左太ももに走る激痛。
滲みあがる赤と、そこから生えたペンで事態をより早く理解する。
止まれば死ぬ、動き続けなければ死ぬ。
痛覚の電気信号に介入し、痛みという感覚を麻痺させる。黒子が鉄パイプをワープさせるより素早く御坂は駆け抜ける。
その間、わずか一秒もない。まるで墓標のように突き立てられた鉄パイプを背後に確認した時、御坂はまだ己の生存を確信した。
まだ生きていると。戦うことが可能であると。

「はあああああ!!」

言葉すら紡げない。
女性があげるには不釣合いな咆哮と共に電撃を御坂は放つ。
黒子に当てようとは考えない、狙いを付ければそれだけ黒子の反撃にも繋がる。
当たるのを願った出鱈目な広範囲射撃。
黒子の姿が消える。
同時に御坂も更に脚力を込め、加速し続ける。
互いが抱える一撃必殺。それを叩き込む瞬間を計り続け、静寂が二人を包む。

「「―――ッ!!」」

振り向き様に電撃の槍を、背後に回りその脳天に鉄パイプを。
直感と共に横方へと飛び退け受身を取る。地べたで身体を擦り掠り傷ができ、御坂の痛覚が刺激される。
身体を傾けながら、紙一重で電撃を避ける。ツインテールの右側が焼かれた不快感と異臭が黒子の鼻孔をつく。



「ハァ……ハァ……」

「くっ……」

両者共に動きが止まる。
ほんの僅かな休息の時間と隙を伺い、戦略を練る両者の図り合い。
互いの目を睨みあいながら、考えることは共通してどう相手を殺すかだ。

(あれだけ動いておいて、まだ余裕があるだなんてつくづく底なしですのね、お姉様は)

対して黒子は相当の無理を強いている。
実のところ立っているのも精一杯だ。
電撃のダメージは重く、声を張り上げただけでも倒れるのではないかと自分が心配になるほどだった。

(でも、まだ倒れるわけにはいきませんわ。為すべきことを為すまでは……!)

鉄パイプも残り十本を切った。
自身の体力共にあまり時間はない。

「ぐ、ぅ……」

悲鳴をあげる身体に鞭打ち、演算を開始する。
同じく御坂も動き出し、指に挟んだ鉄塊を弾き出した。
音速を超えたそれは、愛用のコインのものと比べれば幾段劣るが超電磁砲そのもの。
更にそれが五発同時に放たれ、計六発が黒子を穿たんと奔る。

(やはり、お姉様も短期決戦を狙っていますのね)

鉄塊をかわしながら黒子は確証を得ていく。
やはり考えたとおりだ。御坂の目的は上条一人の蘇生から、ここで亡くした友を含めた蘇生へと変わってきている。
それを為すには、次の放送までに十人殺しを達成しなければならない。
しかし、御坂とて無尽蔵の電撃を内包しているわけではない。
ここまでの戦いで電撃を使いすぎている彼女は、可能な限り消耗は抑えるべきである。
つまり狙うのは消耗が最も抑えられる短期決戦。

(丁度いいですわ。私も短期決戦は望むところ)

鉄塊を避け終えた黒子へと砂鉄の刃が降り注ぎ、電撃の槍を投げ飛ばす。
避ける。避ける。避ける。
そして攻撃の合間と共に攻撃の演算を開始し、異物を御坂の体内へと繰り出す。
もはや異物であれば何でもいい。デバイスが、地図が、名簿が、飲料水の入ったペットボトルが。あらゆるものを飛ばし、御坂の急所を狙い打つ。
御坂もまたそれらを避け続けていく。黒子の癖、思考、目線の移動で目測を立て安全地帯へと走り、再度また転移先の予測を立て走り続ける。
服が破け、頬を掠り、腕の皮を食いちぎり、異物が御坂の身体を壊そうと乱れ飛ぶ。



(やっぱり、黒子は私の消耗を狙わない……アイツも時間がないってこと!)

万全ならば、御坂の電撃が切れるまで消耗を待ち続けるのも良手だろう。
いくら御坂でも逃げに全力を傾けられれば、確実に体力切れから倒れてしまう。
それをしないのは黒子もまた、それまで体力が持つか分からないから。
黒子も余裕がない。傷付き衰弱した肉体は能力の演算、僅かな運動、揺れですらいまは身体を蝕む毒となっているはず。

(だからって、私も消耗を待ってらんない)

黒子は能力を回避及び、いまは遠距離からの人体破壊に特化した空間移動を存分に発揮し戦っている。
このまま消耗を待ち続けるにしても、一撃で体内を穿たれ殺す異物を避け続けるには御坂の消耗は激しすぎる。
余裕を持たせて見せているが、御坂のスタミナも既に限界に近い。
この先の戦いを考えれば、早期に戦いを終わらせたい。

(より迅速に)
(もっと早く)
(確実に)
(間違いなく)
(お姉様を)
(黒子を)

「「殺す!!」」

二人の思考が一致したと共に超電磁砲が黒子の左腕を掠り焼く、空間転移で現れた鉄パイプが御坂の右肩を貫いた。
御坂は黒子の胸に、黒子は御坂の脳天と互いに急所を狙いあった一撃は僅かなズレと共に二人の悲鳴を轟かせ合う。



「ッ、ぐ、ゥ……ァアアアアアアアア!!!」

悲鳴か雄たけびかも分からない叫びと共に御坂は砂鉄の剣を手に駆け出す。
先の攻撃でよく分かった。これまでの疲労と消耗と共に、御坂の演算にブレが出てきている。
あの一撃は演算さえ完璧なら、黒子をミンチへと変えていた。
恐らく、空間転移で移動し続ける黒子を射撃で捉えるのはもう不可能。
今の行える演算では当てる前に御坂が倒れる。

(当てられないなら、当たる距離まで行って殺す!!)

真っ向から突っ走る御坂を目に黒子もまた痺れを覚える左腕を殴り飛ばす。
痺れは酷いが痛みはある。まだ動かせる。使い物になる。
あの超電磁砲は欠陥品だ。演算が上手くいかなかったのだ。
完璧な超電磁砲であるなら、左腕ごと消し飛んでいた。

(この程度で済んだことこそが何よりの証拠、そしてお姉様は私の演算が不完全なことにも気付いている)

黒子もまたこれまでの戦いの負担から演算能力が大幅に低下していた。
本当ならば、肩ではなく脳天を貫かなくてはおかしかったのだ。
常日頃から共にあった御坂が感付かない訳がない。
この特攻は黒子の演算の精密が落ちたことで、自らに当たる可能性が下がったからこそ。

(直接勝負なら、受けて立ちますわ!)

袈裟掛けに振るわれる砂鉄の剣を身体を逸らし避ける。
胸を鈍痛が襲う。急激な運動に、ダメージが抜けない心臓はついていけない。
足が覚束なくなり、縺れ転びそうになる。それを膝の力で耐え抜き、俯こうとする上体を背骨が折れん限りの力で以って振り上げる。
振りかぶった御坂が全身より電撃は発する。巻き込まれるより先に空間転移で回避。7

「ぐっ、こんな、時に……!」

痛みが演算を妨害していく、無視。転移先へと演算を収束させる。痛みがより強く心臓を痛めつける。
電撃が広がる。黒子の制服をパチパチと音を立てながら、焼いていく。
自らの頬を殴り、集中力を復帰させ正常な演算へと修正。能力を発動。

「ッ? チッ」

狙った箇所への移動ではないが、それでも電撃自体は避けられた。
すぐに黒子を見つけた御坂は剣を振りかぶりながら走り出す。
転移した場所は御坂から離れていない。距離はすぐに詰められる。
ディバックへと手を伸ばす黒子。御坂はそれを見ても構わず、剣を振り下ろす。
演算完了よりも、御坂が黒子を殺害する方が遥かに早い。
だが、剣が黒子を切り裂く寸前、砂鉄が空中で分解され黒子のディバックへと引き寄せられていく。

(あのチビが作った磁石の破片!?)

黒子のディバックに収納されたのはエドワードが練成し、御坂に粉砕された巨大磁石の破片だ。
バック内で一箇所に集められた磁石は、また強大な磁力を発揮し砂鉄を吸い寄せていく。
慌てて、後方へ飛びのく御坂の胸を鉄パイプが抉った。
完全な直撃ではないが、パイプは皮を破り血が滲み出した。



(このまま退く? ……いや、ここは攻める!)

痛みが御坂を怯ませる。
だが黒子の演算は不完全。
しかも能力を一度使用したが為に再演算の手間が掛かる。
この距離、この間合いなら一思いに殺せる。
怯みかけた御坂は自らを奮い立たせるかのように足を前に踏み出す
右手に電撃を溜め、それを黒子へと放出する。
御坂の演算も誤差が生じ始めているが、それを考慮しても尚、この距離ならば避けえようもない一撃。

(身体が動かない……演算も間に合わない……)

距離が近すぎる。空間転移も自らが動く回避も無意味だ。
だが、黒子の目はまだ死なない。絶対の勝利を得るが為に黒子は左拳を作り振るいあげる。
御坂からすれば異常な光景だ。
よもや、人の拳一つで突破できる規模の電撃ではない。
黒子が電撃に拳を叩き付けた。
高圧電流の塊はすぐに皮膚を溶かし、内部を壊し黒子という人間の肉体を破壊しつくしていく。

「なっ!?」

だが、電撃は次の瞬間“打ち消さ”れた。
まるであの右手のように跡形もなく。
瞬間、背後より轟く雷音と煌く雷光。そして同じく消失した黒子の左腕。

(打ち消した……? いや移動させた? 左腕ごと!?)

電撃は自体は所詮大した重量を持たない。
少なくとも人間一人を移動させるよりは、遥かに演算も楽に素早く終えることが出来るはずだ。
残るはタイミング、捨てる方の腕で触れ、全身に感電するより先に演算を完了させ腕ごと電撃を消し飛ばす。
無茶苦茶にも程がある。演算も能力の発動だけを最優先し、殆どの数式を、すっ飛ばした歪なものであるに違いない。
成功したこと自体が奇跡の産物。それだけの奇跡を引き当てながらも、片腕を失くすという代償を支払わねばならないあまりにも重いリスク。

(私は……賭けに勝った……!!)

それでも十分すぎるほど、黒子にとってはリターンを得た。
“打ち消された”と錯覚した御坂はこの戦いの中でもっとも驚愕に染まり、そして動揺するはずだ。
黒子の右手が鉄パイプに触れる。御坂は気づかない。
式を組み立て、転移先の座標を設定する。御坂が気付く。
演算完了。終わる、この演算を終えた時、全てのケリが着く。



「ッ、ギャァァアアアァアア!!」

ザンという音と共に御坂の右耳が宙を舞う。
小規模とはいえ、自身の肉体の欠損の痛みと、精神的な衝撃は御坂から悲鳴を引き出す。
鉄パイプが御坂の顔の横に現れ、僅かな滞空と共に落ちて行く。

(そん、な……)

外した。
疲労の為か、腕を欠損した精神的ショックとダメージの為か、あるいは制限か。
理由は何であれ、最後の最後で、この超至近距離で黒子は演算をしくじり、最後の好機を逃した。

「ァ……私、の―――」

耳が千切れた痛みすら押さえ込み、御坂は己の勝利を確信する。
最後に響かせるのは黒子の敗北と自らの絶対的な勝利の叫び。
今度こそ、本当に能力の発動も何かも間に合わない。もう一度、同じ方法で電撃を避けることも無理だ。

「う……、ァ」

限界を告げ、地面に這い蹲る身体に黒子は抗い続ける。
左腕の欠損から、血が噴出し体温は下がり意識は朦朧とする。
最早痛みすらない、残るのは生を根こそぎ奪われ去った身体の虚無感。
動かない、動こうとすらしない。死を目前にしても肉体はそれすら受け入れようとしている。

(ここで、終わるわけには……!)

不意に右手に感覚が戻る。
次いでは足、身体を覆う虚無が晴れる。
動く、動き出せる。
いや、支えられている? 温かい三つつの腕がしっかりと黒子を抱きかかえ、唐突にやたら五月蝿い高笑いが轟く。

『感謝しなさい、この婚g――――』

『白井さん、私達の分まで』

『御坂さんのことお願いします』

(みんな……?)

これはただの幻覚、気のせいだ。
正義を捨てて、御坂を殺すことを決断した黒子にあの高潔な三人の友が手を貸すなど。
極限状態にあった脳が走馬灯と共にあらぬ幻を見せたに過ぎない。

(嘘ですわねこれは、でも、それでも―――)

だとしても、それが全て偽りの優しい幻想(うそ)だとしても白井黒子が立ち上がらない理由にはならない。
電撃を纏った腕を屈んで避け、そこから眼前へと上体を浮かす。
手には有らん限りの力を込め、拳を握る。
後は全ての力を解き放つ、ただ全てを込めて御坂の頬をその拳で殴りぬける。



「―――お姉様ァァァアアアアアアアア!!!」

首が?げてしまうのではないかというほどの衝撃と鈍痛。
足が縺れ、全身から力が抜けていく。
脳から思考が奪われ、意識が薄れ、視界が反転していく。

(だ、め……ここで、寝たら……私は……)

耐えろ。耐えろ。耐えろ。
この程度なら死なない。痛いだけ、耐え切れるはずだ。
意識を手繰り寄せろ。手放せば全てが無駄になる。これまで、あらゆる犠牲に積み上げられた幻想が壊される。

「ガッ、ァ、私……は」

初春が佐天が婚后がみんなが居た日常が懐かしい。
私が壊され、壊そうとしたのはあの日々だった。輝くしくも美しいあんな日々をもう一度だけでいいから手にしたい。
けれど、それは無理だ。友達全員で生きて帰れるなどあり得ない。上条(ヒーロー)を失った御坂は。そんな現実と立ち向かえるほど強くいられない。
でも、いまは違う。さらに十人の命を捧げることで、友をも蘇らせられる。

ようやく分かった。
上条も皆が居たあの日常は、何を犠牲にしても必ず取り戻さなければならないと。

(ここで……!! 立たないと―――)

強い決意とは裏腹に肉体は根をあげた。
意識が沈む、御坂の意志に逆反し視界は黒に染まる。

ドサリと重い音を立て、御坂美琴は堕ちた。










勝利の時間は一時だった。

(ああ、やっぱり……)

浮かんだのは己の無力さの恨めしさ、不甲斐なさ。
重力に抗う力も残されず、黒子は倒れ付す。

(本当に無様ですわね)

手繰り寄せた世界の先でも、ずっと憧れ手を伸ばし続けても。
自分は御坂の後ろを追い続け、常に周回遅れだった。

「……私は何時まで経っても、お姉様の隣には立てなかった」


「―――何、言ってんのよ」

「え?」

「何、呆けた顔してんのよ。
 アンタはね。レベル5(わたし)を倒した、唯一のレベル4よ。
 もっと堂々と誇りなさい。白井黒子、アンタは勝者なんだから」

他でもない。
黒子の知る、『超電磁砲』の“御坂美琴”の目で声で、彼女は言葉を紡ぐ。
勝ったのはアンタだと。他の誰でもない白井黒子の勝利を誰よりも信じて疑わず、声を大にして。

「で、敗者は勝者のいうこと聞いたりするわけだけど。何かある黒子?」

「お姉様……お願いがありますの」

「何?」

「抱いてくれませんか」

「……もう、しょうがないわね」

呆れたような顔をして、それでいて優しさに溢れた顔で御坂は黒子を腕の中で抱き止めた。
温かい、胸から御坂の鼓動が響き、触れてるだけで安堵する。

「頑張ったわね黒子」
「……後は任せても?」
「ええ、アンタの分まで……私が……こんな殺し合い、ぶっ潰してやるから……。
 だから、寝てなさい。全て終わったら、……また起こしてあげる」

「そうですわね……。私は寝ますわ。
 フフ、良かった。お姉さまが……戻ってきてくれて……」

誰よりも憧れ、心酔し、少しでも届こうとした。
優しいお姉様の胸の中で黒子は瞼を閉じた。








「……馬鹿、何で死んでんのよ」

白井黒子と御坂美琴は死んだ。
今、この瞬間、彼女達の幻想は殺されたのだ。
残ったのは、物言わぬ冷たい亡骸と。御坂美琴だった、ただのレベル5。

「勝っても死んだら、意味がないじゃない……」

もしも白井黒子が生きていれば、この幻想は続いたかもしれない。
御坂美琴として、黒子が必死に掴んだこの幻想は現実として昇華されたかもしれない。

「……本当に……なんで……黒子が死ななきゃいけないのよ」

きっと涙を流すのはこれが最後だ。
初春さんの分も佐天さんの分も婚后さんの分も、ついにで食蜂操祈の分まで泣いてやった。
誰かに聞かれるのではないかと思ったが、涙は止まってくれない。
大声で泣き叫んだ。
それから泣きながら、御坂は虚ろに黒子に手を伸ばした。
御坂が焼いたことで一つだけになったツインテールを解き、髪を下ろしてやる。
大人びた雰囲気に変わり、さっきまでの不恰好な髪型から整のえてあげた。
顔の埃も払って、そして黒子の生き様を刻み込むように、右腕の風紀委員(ジャッジメント)の紋章を付け直した。

「じゃあね、黒子。……さようなら」

丁寧に黒子の首を落とし、首輪を回収してから再び首を元の位置へと固定する。
目立たない所で、電撃で地面に大穴を開けてそこに黒子を収め。そこからあとはずっと手作業で土を被せ続けた。
本当に今にも目覚めそうで、いきなり目を開けて御坂に抱きつくんじゃないかと思うほど綺麗な顔で……。



「……行かなきゃ」

全ての作業を終え、御坂は転がっていたヒルダの首輪もティバックに放り込む。
御坂を止めた黒子は居ない。
歩みを止める理由はもう何処にないのだ。

「黒子も初春さんも佐天さんも婚后さん上条(アイツ)も……ついでに食蜂操祈、アンタも。
 全員、こちらまで引っ張りあげる」

この先に何があっても構わない。全て粉砕し、邪魔する奴は殺しつくす。
世界の全てが敵に回ったとしても……どんな方法を使ってでも殺す。

「ふふ……はは、あはは……。
 世界が広い。
 夜空の奥行が見える
 閉塞なんてどこにもない!可能性はどこにでもある!まだまだ、私の前にはまだまだ!掴むべき手がかり、上るべき高み、目指すべき頂上がどこまでも広がっている!!」

これだけの世界が巻き込まれた殺し合いならば必ず死者蘇生の法も見つかるはずだ。
あのチビがいう禁忌とやらが何だ。真理がなんだ。
まとめて、叩き潰し、踏み潰し、蹂躙し尽くしてやれば良い。
それが大罪というのなら構わない。地獄の底に落とされるのなら、その地獄の閻魔ごと全てを薙ぎ払う。
覚悟は出来た、引き返すなど考えも浮かばない。だから、そのためにより強い力がいる。
例えそれが一方通行だろうと、万物を掌握する神様だろうと捻じ伏せる力が。

「手に入れてやる。皆を取り戻す為の力を……何もかも……」

友の屍を越え、更なる地獄の底へと御坂は歩みだした。




【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】





【H-4/二日目/深夜】


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望
[装備]:コイン@とある科学の超電磁砲×1、回復結晶@ソードアート・オンライン、能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、アヴドゥルの首輪、黒子の首輪、ヒルダの首輪、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
1:次の放送までに十人殺しを達成し、死者を五人生き返らせる権利を取り付ける。
2:可能な限り、徹底的に殺す。
3:ブラッドレイとは会ってから休戦の皆を確認次第、殺すかどうか判断。
4:首輪も少し調べてみる。
5:万が一優勝しても願いが叶えられない場合に備え、異世界の技術も調べたい。
6:全てを取り戻す為に、より強い力を手に入れる。
[備考]
※参戦時期は不明。
※槙島の姿に気付いたかは不明。
※ブラッドレイと休戦を結びました。
※アヴドゥルのディパックは超電磁砲により消滅しました。
※マハジオダインの雷撃を確認しました。



【H-5/二日目/深夜】

【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神的疲労(大)、全身に打撲、右の額のいつもの傷、黒子に全て任せた事への罪悪感と後悔
[装備]:無し
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、ゼラニウムの花×3(現地調達)@現実、不明支給品0~2、ガラスの靴@アイドルマスターシンデレラガールズ、パイプ爆弾×2(ディパック内)@魔法少女まどか☆マギカ
[思考]
基本:主催の広川をぶっ飛ばす。
0:黒子から託された、高坂穂乃果を探す。
1:大佐……。
2:前川みくの知り合いを探したい。
3:エンブリヲ、御坂、ホムンクルスを警戒。ただし、ホムンクルスとは一度話し合ってみる。
4:一段落ついたらみくを埋葬する。
5:首輪交換制度は後回し。
6:魔術を解析したい。発見した血の練成陣に、魔術的な意味が含まれていると推測。
[備考]
※登場時期はプライド戦後、セントラル突入前。
※前川みくの知り合いについての知識を得ました。
※ホムンクルス達がこの殺し合いに関与しているのではと疑っています。関与していない可能性も考えています。
※仕組みさえわかれば首輪を外すこと自体は死に直結しないと考えています。
※狡噛慎也、タスクと軽く情報交換しました。
※エスデスに嫌悪感を抱いていますが、彼女の言葉は認めつつあります。
※仮説を立てました。



【マオ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[思考]
基本:帰る。
0:エドワードと共に行動する。
1:黒の奴、飲んでないといいが。
2:銀……。


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182:魂の拠り所(前編) エドワード・エルリック 196:英雄なんかじゃないから
白井黒子 GAME OVER
御坂美琴 195:純黒の悪夢/小さなShining Star

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最終更新:2017年01月22日 02:18