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メメント・モリ ◆jk/F2Ty2Ks



常盤台中学2年・婚合光子は世間知らずだが、荒事には慣れていた。
彼女が住む学園都市は治安が悪く、ひとたび表通りを外れれば学生生活をドロップアウトした暴漢が跋扈している。
そんな連中に自ら因縁をつけにいくようなタイプでは決してない彼女ではあったが。
その治安の悪さの根源……学園都市の闇に触れたことは一度や二度ではなく、戦闘も経験はしていた。
だが、目の前で人間が死体に変わる瞬間を見たことはなかった。

「……っ」

喉にせりあがる悪寒が、ツンツン頭の学生の首が胴体から跳ね上がる様を否応なしに思い出させる。
殺し合い。バトル・ロワイアル。殺さなければ死に、戦わなければ殺される。
目的はもちろん、そんな事を実行する精神性も彼女には全く理解が出来なかった。
支給されたデバイスに表示される名簿を見れば、常盤台の学友やその知り合いの名が載っている。
一瞬安堵しかけた自分を戒め、光子はさらに頭を悩ませた。

「能力者同士を戦わせてレベルの向上を図る……なんて浅はかな考えを実行に移すとは思えませんが」

大体もしそうだとすれば、無能力者がいて学園都市の頂点であるレベル5の七名が勢ぞろいしていないのは何故か。
能力の応用性に富む第三位と第五位だけを暴力で潰しあわせるメリットなど、学園都市にあるはずがないのだ。
やはりこの件に学園都市が積極的に関わっていることはなさそうだ、と光子は結論付ける。

「これだけ私の知己が名を連ねているという事は、この事件に巻き込まれたのは皆さん学園都市の住人……?」

ならば、学園都市から未知の手段で拉致された人間を、怨恨や営利目的で陵辱することが目的なのか。
能力者は非能力者から見れば異常な力を振るう超人だ。
卑賤な好奇心からその激突を見たがる者もいないとは言い切れない。
学園都市の住民のリストとした場合、名簿には日本人とは思えない名前が多いのが少し気になる。
学園都市にはそれほど国外の人間は多くないが、海を渡ってきた研究者や留学生も存在する。
ランダムでない選抜で230万人を70人程に圧縮すれば、実際の比率より偏ることもあるだろう。
レベル5を二人も失った学園都市は、きっと今頃血眼で自分たちを捜している。はずだ。






「……」

だがそもそも。
こんな考察には、何の意味もないのだ。
恐怖を頭の隅に追いやるための思考にも限度がきた。
『きっと助けが来る』『自分が死ぬなんて事は絶対にない』などという結論に至りたいだけの現実逃避。
光子は、身動きが取れるようになった瞬間から、一歩も動けていなかった。
優れた観察力は、広川という男が語る妄言の意味はともかく、込められた絶対の意志を読み取っていた。

「私は婚合光子……名門常盤台中学の学生にして、婚合航空グループの明日を背負う者」

しかし、彼女はいつまでも怯え竦む人間ではない。
向けられた理不尽に対し、己の意志で立ち向かう事ができる人間だ。
電気のついていない自動販売機の前で慄いていた自分と決別するように、己が大能力(レベル4)を全開にする。
底部に噴射点をつけられた自動販売機は舞い上がり、同時に光子の足による接触を受ける。

「ちぇ…ちぇいさーっ!!!」

噴射点が細足の触れる部分に切り替わり、自動販売機は異常な挙動で部品を撒き散らしながら塀にめり込んだ。
それだけに留まらず、勢いが全く落ちないまま転がり続ける自動販売機はやがて直径30cm程の鉄塊となって沈黙する。
傍目から見れば少女の蹴りが凄い、としか言えないその光景こそ、彼女の『空力使い』の発現。
覚醒した佐天涙子が用いて木の葉を浮かせる事しかできない能力でも、婚合光子が使えばこれほどの大破壊を生む。

「……」

はしたない真似をした後ろ暗さと周囲への警戒で無言の光子。
その瞳には未だ、学園都市で高笑いをしていた頃の輝きが取り戻されてはいなかった。






光子が行動を開始して初めに見つけた施設は、奇妙な館だった。
学園都市のそれとはかけ離れた建築物で、自動販売機のあった路地から一転、様変わりした風景が広がっている。

「地図にも載っていますし、あそこで休むのは危険かもしれませんわね……」

周辺の建物に一旦身を潜め、今後の動向を決めるべきか。光子は裏路地に入り、用心の為にライトをつけずに歩く。
自分があれほど混乱したのだ、他の参加者……特に自分と同じ境遇だった知り合いの狼狽は容易に推測できる。
無能力者の佐天涙子は言うに及ばず、白井黒子やその友人もこんな状況では冷静な行動は難しいはずだ。
例外はやはり御坂美琴と食蜂操折、二人のレベル5。
自分が尊敬し、その人柄を絶対的に信頼できる美琴はまず大丈夫だろう。
一方の食蜂は、個人的には苦手意識があるが常盤台の最大派閥を牛耳る妖艶なる女王。
どちらも、自分の心配などいらないのではないか――――そこまで考えたところで、歩く先に異物を見つけた。

「ディバック……?」

自分に支給されたものと同じ、飾り気のないタイプの道具入れが道端に転がっている。
開かれた状態で、周囲に内容物が散乱している……そこまで確認して、光子は一歩後ずさった。

(この場を、離れなくては――――)

ここで、何かが起きて参加者の一人がディバックを落とし、それを誰かが漁った。
その結果に到るまでの過程の推測が光子の脳裏に展開され、同時に『逃げるべき』と判断するまでの一瞬。
ディバック以外に、視界に入る異物は絶対になかった。暗がりとはいえ目が慣れていれば20m程度は先が見える。
夜目が利かないギリギリの位置から、光子がいる場所までの21m。
その距離を光子が一呼吸し、振り返りながら二歩目を踏み出す一瞬で詰める影があった。


「な――――っ……!?」

振り返りかけていた頭が掴まれ、地面に引き倒される。
痛みを感じるよりも早く、光子は自分を押し倒した者を見た。一番最初に、目を見てしまった。
今までの人生で敵意を込めた視線を浴びた事は幾度もある。
だが、襲撃者の血走った目から受ける……殺意しかない視線に、光子は息を呑む。
自分を対象としていると断言すらできない、周囲全てを呪うかのような殺気に血が凍りつく。

「ひ……ぃっ」

固めたはずの心が一瞬で融解する。こんな人間がいるはずがない、こんな人を殺すためだけに存在するような。
目の前の現実を否定する感情は、光子の体を再び硬直させ、致命的な隙を生じさせた。
だが、襲撃者――――セーラー服を着た少女は、その隙を突かない。
息を荒げ、抵抗しない光子に攻撃せず、ディバックに手を伸ばす。殺意の中に、僅かに焦燥が混ざった。

「薬……薬……クスリッィッ」

「……!?」

自分に馬乗りになっているのが歳がそう離れていない少女とわかった後でも、光子の戦慄は消えない。
少女の名はクロメ。帝都に潜伏する危険因子を狩り、排除する事に特化した組織・イェーガーズの一員。
それ以前には暗殺者として多くの命を奪った、筋金入りの職業軍人だ。
だが、今のクロメは警察組織でも暗殺者でもない顔で光子を襲っている。
その強大な戦闘力を得るために、彼女は劇薬を常時服用していなければならない枷をつけられていた。
1作戦行動の間ですら、薬物入りのお菓子を食べていなければ生存に支障をきたすクロメ。
彼女に支給されたディバックには、当然と言わんばかりにそのお菓子は入っていなかった。

「う……?」

光子のディバックに手を突っ込んだクロメの動きが、一瞬止まる。
今のクロメの行動は野獣のそれだ。真っ先に光子を殺さないのも、『薬を探す』という思考から離れられない為。
一時間は保たない。あと何十分かで、動く事すらできなくなるという確信が、クロメの余裕を奪っていた。
だが、光子は恐怖しながらもクロメの隙を見逃さない。震える手を理性で動かす。
セーラー服に一瞬で作れる最大の噴射点を設定し、クロメを上空に吹き飛ばそうとする。

「こ……のっ!」

「!」



風が起こる一瞬前、クロメは体に未知の負荷がかかるのを感じた。
同時にセーラー服に手をかけ、噴射点を設置された箇所もろとも下腹部の大半をビリビリと破き取る。
噴射自体は止まらないが、巻き起こった突風は光子の想定より大幅に低い軌道でクロメの体を襲った。
真後ろに吹き飛ばされた形になるクロメだったが、足が地から離れすらしない。
光子は、同じ態勢、同じ条件からの『空力使い』ならば乗用車すら宙に浮かせられる自信があった。
見ようによっては自分より体重が軽そうな少女が、表情を変えずに歩いてくるのはいかなる術理によるものか。
理解できず狼狽する光子だったが、クロメもまた心中を変化させ、獣から脱却しつつあった。
目立つ帝具や臣具を持たずにこれほどの現象を起こせる人間を、クロメは上官のエスデスしか知らない。
彼女のデモンズエキスという帝具は液体であり、体に取り込まれているため武器ですらないのだ。
絶対者の姿を思い浮かべ、殺人者の原理に立ち返ったのだ。激痛に歪む視界と思考を強引にまとめる。
生存の為のあがきを凍結、殺戮する為だけに活動。恐らくは無傷では済まないが、自分が死んだとしても相手は殺す。

(風……止む……同時、走る……口に手を挿入して……気道を潰す。窒息死させる。
 今度は、風が起きても相手から離れない……ように……眼窩から頭蓋を掴むつもりで眼球を抉りだす)

クロメの様子が変化したのを、光子は如実に感じ取っていた。
密着していない今、あの速度で動く相手を捉える術はない。新たな噴射点を創出するために演算する余地もない。
死。それをもたらすものに立ち向かう覚悟は出来ても、避けられぬそれ自体を受け入れる覚悟など誰にも出来ない。
死を受け入れるとは諦めであり、光子はその決定を下せるほど達観できていなかった。
心に去来するものが絶望であると知る前に、光子はクロメに殺される。時間にして20秒後。
――――だが、それは数分間引き伸ばされる。
新たな殺人者の乱入者によって。暴風の中に投げ入れられた、一本のタバコによって。

「今夜は風が強いですねぇ」

光子の背後から火のついていない煙草が放られる。
パリ……と奇妙な音を立てて風に乗るそれは、奇妙にヒビ割れていた。
咄嗟に振り返る光子、自分の目の前に飛んできたそれを払いのけるクロメ。
風が止み、クロメが走り出す一瞬前。
光子は声の主を見ていたのに次の言葉を聞き逃し。クロメは爆音の中、確かにその言葉を聞いた。

「火事でも起きたら、大変だ」




(――――構わない)

投げつけられたのは、爆弾か何かか。立ち込める煙の中でも、クロメの視覚は戦況を正確に把握する。
自分の間近で発生する炎と轟音は、クロメの疾走を止めるに及ばず。撤退など選ぶつもりはさらさらない。
なにせ標的が一人増えただけに過ぎない。未知の能力者二人が相手でも、クロメには勝算があった。
ひとつ、光子はもはや戦意を喪失していること。一瞬、助けが来たかと期待した光子の背後にいたのは悪人面。
凶悪な笑みの男……キンブリーはクロメと同じく、死体の山を積み上げてきた殺人者だ。クロメはそう理解する。
交戦する理由など考えない。乱入してきた理由もどうでもいい。目の前にいる脅威と障害は全て殺す。
もはやクロメにとって光子はただの無力なカカシに過ぎず、仕留めるのは最後でいい。敵は実質一人。

ひとつ、先ほど探ったディバック。都合よく地面に落ちているその中には、クロメが薬の次に求める刀剣があった。
クロメの直感では、キンブリーを殺すのは素手では難しいと思えた。
先ほどの爆発物は爆発するには機構が単純で質量が小さすぎた。
爆弾ではなく、物を爆発させる能力による攻撃ではないのか、と推察できる。
無尽蔵に爆発物を作り出せるのなら持久戦は分が悪いし、それ以前にクロメにはとにかく時間がない。
徒手空拳での接近戦も危険だ。素手で人間の肢体をバラバラにするエスデスほどの膂力はクロメにはなく、
無為に長引いて相手を追い詰め過ぎれば自爆される恐れがある。……一瞬で勝敗を決するのが望ましい。
時間が経てば経つほど禁断症状で動きや判断が鈍る、ならば危険を承知でディバックに飛び込み、
武器を抜きざまにキンブリーを斬る。確実に殺すために首を狙って斬り落とす。

(ディバックまで踏み込み、刀を抜いて斬るまでに4秒かからな―――)

「―――しかも合成獣じみた獲物までうろついている!全くもって、ぃぃぃいいいいい良い夜だ!」

(!?)

爆煙からクロメが飛び出す前に、キンブリーは次の行動に移っていた。
自分の足元に手を付き、空気を振動させる光を放つ。タバコから発せられていた音が、今度は地面から響く。
舗装された裏路地のアスファルトが盛り上がり、噴火した火山のように石くれを撒き散らす。
光子は悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、クロメもまた行動の変更を余儀なくされる。
刀が入ったディバックはどこだ。中空に浮き上がっていれば、そこに向かえばいい。
だが裏路地の塀を越えてしまえば回収は難しくなる。クロメの眼球がめまぐるしく動き、目標を捉えた。


「おや、この中に何か欲しいものでも?」

「……っ」

ディバックはキンブリーの手中にあった。
互いに歴戦の猛者、交錯する視線で相手の意図を読むことなど当たり前の技術。
これで使い慣れた武器なしで、自爆じみた事を平然とやる相手を殺さなければならなくなった。
だがクロメもまた、暗殺稼業の極致へとたどり着いた者。
常人なら気絶する程に高まりつつある頭痛の中でも、常に冷静に次善策を選び取れる安定した狂気を有している。
砕けて散り、体に突き刺さった地面の破片の一部を抜き取って投擲。
身を翻してそれを回避するキンブリーを見ながら、クロメは思考する。

(さっきの地面の爆発の時の動きから見て、両手で触れたものしか爆破できないのかな)

だとすれば、片手だけでも封じれば攻撃手段を大幅に減らすことが出来るか。
クロメの左腕が、紫電のように鞭打つ。袖口から鋼線が飛び出し、キンブリーに向けて放たれる。
彼女に支給された頑丈なワイヤーは、ディバックを絡め取れるようなものではない。端部に何もない、ただの資材。
鞭としては使えなくもない、とクロメが結論付けたそれは、正しくその役目を果たした。
ディバックを掴んでいる方のキンブリーの腕を打ち、荷物を取り落とさせる。
だが、クロメはもうディバックに頓着せず、落ちたディバックに一瞬意識をやったキンブリーの首にワイヤーを巻きつける。
両掌に触れなければいい、と当たりをつけた彼女は駆け出し、今度こそ距離を詰める。
背中合わせの形でキンブリーの背後に回り、ワイヤーの両端を掴んで首を締め上げる。
咄嗟に片腕を上げて首元を守ったキンブリーだが、クロメは構わず力を込め続けた。

(この馬鹿力ときたらどうだ……!瞬発力だけでなく、腕力まで合成獣以上か!?)

かっての部下、ハインケルとゴリさんの長所を増大・併合させたかのような敵に、キンブリーも流石に驚嘆する。
クロメはただ腕を封じただけでなく、腕ごとキンブリーの首をヘシ折ろうとしている。
常識で考えるならば在り得ないが、時間さえかければ実現しかねない、とキンブリーは冷や汗を流す。
ただの力自慢ならばワイヤーが先に切れるだろうが、クロメはそんなヘマはしない。
薬が完全に切れて死ぬか、キンブリーを破壊するまで攻撃を続けるだろう。
クロメの口元が歪む。殺人を前にして、彼女は心からの悦びを感じていた。
キンブリーの口元が歪む。命と命をぶつけ合う中で、彼は心からの悦びを感じていた。





この人たちはどうかしている―――。
光子は塀に体を寄りかけながら、カタカタと震えていた。
何故そんな顔ができるのだろうか。闘争心が発達している、などというレベルではない。
明らかに相手の命を奪う事に喜びを感じている戦いぶりは、人を超えた力を持つ光子にも理解不能だった。
セーラー服の少女と出会ったときに感じた、狂暴な殺意のほうがまだマシだった。
互いを殺そうとしていながら、満面の笑みを浮かべられるのは本当に人間と呼べるのだろうか。
さらに絶望するのが、拮抗状態にあっても光子から意識を離していない事だ。
逃げようとすれば、最悪一時休戦して同時に襲い掛かってくるかもしれない……。
実際そんなことはないのだが、光子にとっては物は試しでやれる事ではない。

(私の覚悟など……何の意味もなかった。殺される。逃げても、抵抗しても。絶対に殺される)

力の大小ではない。
自分も相手を殺すつもりで能力を行使すれば、あるいは殺されないことはできるだろう。
だが、目の前の連中のようになるのならば、婚合光子のパーソナリティは死んだも同然なのではないか。
そもそも本当に、相手を殺すと決意できるのか。あのツンツン頭の少年の死体を自分の手で作り出せるのか。

(できない……私には、絶対にそんなことはできない)
                                                     ...
自分の命を天秤にかけられても、どんな題目を掲げても、婚合光子には殺人者になる背景がない。
結果死亡させることはできても、そのあと殺人者として生きていく事が出来ない人間なのだ。待つのは確実な破滅。
高飛車に見えて誠実、己を卑下せず、真っ当に高め続けてきた彼女には、この環境はまさしく猛毒。
ならば、もう諦めるしかないのか。このバトル・ロワイヤルに呼ばれたことを呪いながら死んでいくのか。

(運が悪かった、そう。それだけの話……)



『まあでも、交友関係の構築ってんならさ―――』

『友達なんて、そんな縛り作んなくても自然と繋がっていくものじゃない?』

(……かっての私ならば、そうやって諦めていたでしょうね!)

光子の脳裏によぎった、尊敬する学友の言葉。
レベル5という学園都市の頂点に立っていながら、高みを目指して過ちを犯していた自分を救ってくれた人。
御坂美琴の存在が、光子の諦めに歯止めをかけた。
自分が死んだら、学友達はどう思うのかを考えろ、と光子は自問する。
自分が彼女達にとって無二の親友とは思わない。最も親しいわけでもない。
だがこんな状況で、知り合いが死んだと聞かされたときに彼女たちがどんな反応をするのかは、光子にもわかる。
自分の死が彼女達を傷付けるなど、断じて許容できる事ではないのだ。
現在の光子には、かって父親から聞かされた桃李成けいを本当に理解できているのかはわからない。
それでも、立ち上がる。恐怖に震え、誇りを示す高笑いが出来なくとも立ち上がる。

「噴射点……最大数設置」

逃げられないと思うのならば、全力で逃げてみせる。
一秒後の安定した生存を脅かしてでも、次の瞬間の生存を勝ち取ってみせる。
決意が決まれば、常盤台のトンデモ発射場ガールの行動は素早かった。
塀にかけていた手が離れると同時に、『空力使い』の最大規模の干渉が始動する。

「おや」

「!?」

クロメとキンブリーが目を見開いた。自分たちの横の塀が、数十m単位でベリベリと地面から剥がされていく光景。
先ほどとは比較にならない風が巻き起こるのを見て、クロメは驚愕した。もはや眼中になかった少女の仕業か。
振り返るが、派手に様変わりした裏路地のどこにも光子はいない。浮き上げられた塀をくぐり、
民家のどれかに逃げ込んだのか――――そう考える間もなく、周囲の塀から噴出していた風が止まる。
落下してくる石の豪雨を前に、クロメは逃げようとして……自分が、キンブリーに心臓を貫かれていることに気付いた。

「え……?」

クロメが驚愕していた一瞬、ワイヤーに緩みが出来ていた。キンブリーは即座に腕を引き抜き、
コートの下に忍ばせていたディバックから、己への支給武器を取り出していたのだ。
この対応の差は、光子の存在を懸念していなかったクロメと彼の意識の違いに起因する。
さらに言えば、クロメの頭痛は本人が思っている以上の隙を作る段階にまで来ていたのだ。

「人を見る目には自信がありましてね。彼女は、自分の足で立ち上がれる人ではないかと思っていましたよ」

キンブリーがここにきたのは、そもそも光子を尾行していたからだとクロメは知る由もない。
自動販売機を跡形もなく破壊したときの光子を見ていたキンブリーは、見る影もなく怯えた彼女も、
何かやるかもしれない、やってくれるかもしれないと期待していて、それは期待以上の結果をもたらした。
まさか、これほどとは。キンブリーの錬金術でも一度にこれだけの破壊は難しいといえる。
キンブリーにとって、新たな標的が出来たのは好ましい事だった。

「では、私は彼女を追います。動けるようになったら、どうぞついて来て下さい」

皮肉だろうか。落ちた帽子を拾って去るキンブリーを見ながら、クロメは死んだ。


【クロメ@アカメが斬る! 死亡】






殺してきた人間の顔など、いちいち覚えてはいない。
自分にとって殺人とは仕事であり当然の権利である、と私は理解していた。
歩んできた人生において、殺人を咎められたことは一度もない。
上手くやれば褒められ、しくじれば叱られる。殺人は日常であり、死体は玩具でしかない。
人殺しは悪で、いつかは報いを受けるとは知っているが、それでもまったく殺しをやめる気にはならない。
薬のせい、成り行きのせいで嫌々やっているのではない。人を殺す際に、もう心が全く揺れないのだ。
殺せば殺すほど生き延びられて、殺しそのものも刺激的でとても楽しい。
仕事という大義名分で非道を行っていけば、いつか意味ある死を迎える事さえできる。
処分と称する、人間として扱われずに殺される死に方だけはしたくない。
だから、この死に方は本当に満足だった。心残りはあるが、「まあ、こんなものかなぁ」という感覚が大きい。
楽になって、ナタラを初めとするかっての同僚、死んでいった今の同僚たちと一緒になれる喜びがある。
躯人形にしてまで一緒にいたナタラと離れる時は本当に寂しかったし、クロメの力不足で死んだ仲間もいた。

「私が死ねば、死んでる皆に遭える。謝れるし、ずっと一緒にいられるんだ」

きっと、そのはずだ。そうでなくてはならない。一人は寂しい。仲良くなれた人たちと、離れ離れになりたくない。

「あれ」

寒い。寒い。何故だろう。誰も来てくれない。

「あれぇ……?」

このまま、ずっと一人?死ぬって、殺されるって、そういうこと?

「お姉ちゃん」

助けて、とは言えない。それだけは言えない。
散々人を殺してきて、命乞いする人も笑いながら殺した。本当に楽しかった。
そんな自分が、誰かに助けを求める事はできない。だから、呼ぶだけ。

「お姉チャン」

お姉ちゃン。逢いたい。一緒にいたいよ。

「お」



殺してきた人間の顔は全て覚えている。
自分にとって殺人とは仕事であり美学である、と私は理解していた。
歩んできた人生において、意味のない殺しなど一度もしたことがない。
怯える死に顔、勇ましい死に顔、呪詛を垂れる死に顔、安堵する死に顔。一つ余さず、私の意志で作り上げた。
自分が異端であると知り、それでもまったく殺しをやめる気にはならない。私は、私にとって正しく生きている。
そうやって生きていれば、正しさに相応しい、良き最期を必ず迎えられると信じていた。
後悔も無念もない、良き最期を。
結果として、私はとても、最高に、満足な最期を迎える事ができた。
心地良い怨嗟の声が響く死後の世界で、その天国でホムンクルスと人間の激突をしっかりと見届けられた。
だから、このバトル・ロワイヤルには困惑している。
これは、人造人間プライドの中で消えていく自分が見ている刹那の夢なのか?
だとすれば、やる事は決まっている。現実と同じだ、美学を続けよう。
足音に振り向くと、先ほどの少女が歩いてきていた。

「流石に早いですね」

「ネエ…チャン…」

支給された武器は、私には似つかわしくない刀剣類。『帝具・死者行軍八房』。
斬り殺した人間を躯人形に変えて使役する、摩訶不思議な道具だ。
眉唾物だったが、こうして斬り殺した人間が立ち上がって付いてきたのだ、信じるほかない。
私にとっては爆発こそが職人の誇り。仕事と美学の調和が取れる最高の錬金術。
こんなものを使う気にはならないので、最初に出会って殺した死体に持たせようと思っていた。
セーラー服の少女に持たせると、なかなか様になっていた。服がボロボロなのが気の毒になり、コートを渡す。
生前の戦力を得たまま、命令どおりに動く死者。趣味ではないが、便利は便利だろう。

「私に危害を加えるものを排除しなさい。それ以外は自由です」

「……」

聞こえているのか、いないのか。
死後も強く残る念―――なんなのかは知らないが、それを求めているのは、キンブリーにもわかる。

「死人同士、せいぜい頑張りましょうか」

「……」

やはり、返事はなかった。


【B-6 市街地/1日目/深夜】


【ゾルフ・J・キンブリー@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(中)
[装備]:承太郎が旅の道中に捨てたシケモク@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダーズ
[道具]:ディパック×2 基本支給品×2 ランダム支給品0~2(確認済み)
     躯人形・クロメ@アカメが斬る! 帝具・死者行軍八房@アカメが斬る!
[思考]
基本:美学に従い皆殺し。
1:少女(婚合光子)を探し出し殺す

[備考]
※参戦時期は死後。
※死者行軍八房の使い手になりました。
※躯人形・クロメが八房を装備しています。彼女が斬り殺した存在は、躯人形にはできません。
※躯人形・クロメの損壊程度は弱。セーラー服はボロボロで、キンブリーのコートを羽織っています。
※躯人形・クロメの死の直前に残った強い念は「姉(アカメ)と一緒にいたい」です。
※死者行軍八房の制限は以下。
 『操れる死者は2人まで』
 『呪いを解いて地下に戻し、損壊を全修復させることができない』
 『死者は帝具の主から200m離れると一時活動不能になる』
 『即席の躯人形が生み出せない』




キンブリーとクロメが去った後、『空力使い』により上空に飛ばされ、降り注いだ塀だったものの残骸の一角が崩れる。
中から現れたのは、婚合光子。彼女は塀の一部に掴まり、上空に身を隠してからあえてキンブリーたちの近くに
落下したのだ。賭けは成功し、キンブリーたちは自分が破壊した塀の向こうに逃げたと考えて去っていった。
胸を刺されたように見えたクロメが平然と立ち上がってキンブリーを追ったのには、光子も驚いた。
あの執念ならば、キンブリーの足止が期待できるかもしれない。瓦礫を落とす位置を操作して隠したディバックを回収。
中身は確かに光子の物だった。キンブリーがこれを探すのを優先しなかったのは幸いだ。
苦境を生き延びた光子には明確な意思、美琴たちと協力してこの事態を打開するという希望が芽生えていた。

「さて……お腹も決まったところで、いきましょうか」

キンブリーたちとは逆の方向、DIOの館に向けて走り出す光子。
その瞳には、今度こそ強い光が宿っていた。


【B-6 市街地/1日目/深夜】

【婚合光子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(小) 疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:ディパック×1 基本支給品×1 不明支給品1~3(確認済み、一つは実体刀剣類)
[思考]
基本:学友と合流し脱出する。
1:御坂美琴、白井黒子、食蜂操折、佐天涙子、初春飾利との合流。
2:DIOの館を目指す。

[備考]
※参戦時期は超電磁砲S終了以降。
※『空力使い』の制限は、噴射点の最大数の減少に伴なう持ち上げられる最大質量の低下。
※B-6のDIOの館周辺の市街地の一部に爆発音が響き、破壊が行われました。



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GAME START 婚合光子 054:殺戮者の晩餐
クロメ GAME OVER
ゾルフ・J・キンブリー 058:人形は真実を語らない
最終更新:2015年06月02日 10:28