GEASS;HEAD NOAH(前章) ◆hqt46RawAo
□ 視点A→D:『見知らぬ天井/見慣れぬ表情』 □
薄ぼんやりとした意識の中で、両義式は目を覚ました。
彼女が最初に認識したのは真っ白い天井。
天井がある、つまりここは室内ということだ。
次いで壁の方向を見ると、彼女を見下ろす少年の姿が視界に飛び込んできた。
「よっ、お目覚めかい」
少年は式が眠っていたベットの隣で、椅子に腰掛けていた。
そろそろ見慣れてきたブラウン髪の三つ編みと、見慣れていないぎこちない笑顔。
無理やり明るい表情を作っているのが見て取れる。
「……デュオ……か……」
式は全身を襲う疲労感に耐えながら体を起こす。
限界まで体を酷使したからか、全身の筋肉は依然として悲鳴を上げ続けている。
暫くは立つ事すら不可能に感じられた。
「ここ……どこだ?ていうか、あれからどうなったっけ?」
式には
バーサーカーを殺してからの記憶が無い。
この場所に来る経緯がスッポリと頭から抜け落ちていた。
「どこって、そりゃ診療所だけど……。憶えてないのか……?」
診療所と聞き、式は頭を抑えながら周囲を見回す。
どうやらここはE-5エリアにある診療所の一室らしかった。
一面真っ白い部屋の中には今まで式が眠っていたベットと、デュオが座っているパイプ椅子しか物が無い。
扉は正面に一つだけ。
ベットの隣に備え付けられているたった一つの窓からは、海と宇宙開発局の風景が見えた。
「あのでかいのを殺すところまでは憶えてるよ……」
そう言う式の状態を察したのか。
そうか、と答えてデュオは政庁での戦いの後の事を話し始める。
「政庁に現れた化け物を倒した後、俺たちはすぐにあの場所から離れたんだよ。
ルルーシュが『ここには殺し合いに乗った人間が必ずくる』とか言いだしてな。
最もな意見だったし、すぐに移動を開始したんだか――」
デュオの話によると、バーサーカーを倒した時点で、既に気絶していたメンバーは2人。
移動にはかなりの手間がかかると思われた。
しかし、ルルーシュは既に車を所持しており、それは政庁近くに隠してあったらしい。
気絶したメンバーを蟹で車まで運び、移動を開始。
そのまま、ルルーシュが避難所として目星を付けていたと言う診療所へ移動したという事だった。
「――で、お前は車で移動してる途中に寝ちまって、今に至るというわけだ」
そう言うデュオの表情は釈然としない様子だった。
理由は式にも分かる。
政庁での一件といい、この避難の速さといい、少々手際が良すぎないだろうか。
「なるほど……な。他の連中は?」
ルルーシュはおそらく何かを隠している。
デュオと同じく、式もそれを察しつつも今はそれを話さない。
現状優先すべきは状況の把握だった。
「今は違う部屋に居る、各自で傷の治療をしてるみたいだぜ。
あとで集まって今後の事を話すってよ」
「そうか……。じゃあ、それまでは寝てていいな。
正直、横になってないともちそうにない」
そう言って、式は再びベットに横たわる。
体を弛緩させ、布団を被る。
だがすぐには眠りにつかない、目を開いたままぼんやりと何事かを考えている様子だった。
やがて、数秒間の沈黙を挟んだ後、式は天井を見上げながらポツリと呟いた。
「…………あいつの声が、聞こえたんだ」
「あいつ?」
突然式から飛び出した、意味不明の呟きにデュオは疑問を返す。
だが式は構わず、独白するように言葉を続けた。
「あの怪物に殺されそうになったとき。
オレの頭の中に……あいつの声が直接響いた……」
式の表情を見て合点がいったのか、デュオはその『声』の内容まで聞くことは無かった。
代わりに、直接答えを問いかける。
「そーかい。それで、お前はどう思ったんだ?
答えは出そうか?」
式はそれに首を振りつつも、真剣な表情で視線を天井からデュオへと移す。
そして言った。
「わからない。でも、死ねないって……思った。死にたくない、じゃなくて。
ただ生きているだけじゃ、駄目だと思うけど。けど死んだら多分、あいつはオレを許してくれない」
そう言い残して、式は目を閉じる。
やはり疲労は相当の領域に達していたのか、間も無く彼女はゆっくりと穏やかな寝息を吐き始めた。
□
再び、室内に沈黙が流れる。
ルルーシュ達からお呼びがかかるまでの待ち時間。
俺はただ、式の寝顔を眺め続けていた。
穏やかに両目を閉じた式の顔は本当にただの少女に見える。
俺は式が戦っている時の姿を知っているだけに、そのギャップは中々のものだった。
「ああくそっ……情けねえぜ……」
人知れず、歯噛みする。
ただ悔しかった。
やるせない思いでいっぱいだった。
先の戦い。
自分に何が出来たのだろうかと考える。
怪物と渡り合っていたのは目の前の少女と、死ぬ寸前の五飛だけだ。
戦っていた者の中で、あの時の俺は一番無力な存在だった。
あの怪物に決定打を与える事も出来ず、五飛を助ける事も出来なかった。
そしてなによりも、目の前で死んでいった少女の姿が忘れられない。
次いで聴こえた、あの慟哭の叫び声が耳から離れない。
あんな悲劇を阻止する為に、俺はガンダムに乗って戦ってきた筈なのに。
やはり奇跡は起こらなかった。少女達が大切な者を失う事態を止められなかった。
死んだ
平沢唯の妹と、平沢唯を救う為に血に染まった覚悟を示していた友人。
2人は目覚めたときに何を思うのか。
想像するに痛々しい。俺は2人に掛ける言葉が見つからない。
何を言っても救えなかった事は事実。偽善にしかならないだろう。
ルルーシュは2人に関しては自分に任せて、俺には式の様態を見てろと言っていた。
確かに付き合いの長さに置いて、この人選は的確といえる。
だが本当にあの2人をルルーシュに任せてよかったのだろうか。
ルルーシュは一応共闘した仲だし、信用まではしないが協力はしていけると踏んでいる。
しかし、どうにもきな臭い感じがするのは確かだ。
少し2人の様子を見てこようかとも考える。
元々、式が目覚めれば、ルルーシュ達のところに顔を出そうと思っていた。
しかし、先程の式の言葉はどうしてか、俺の脚を止めていた。
この状態の式をほったらかすわけにはいかないと、思わせる何かが在った。
それに俺はもう少し、こいつの寝顔を眺めていたい気分になっている。
理由ははっきりとしないけれど。
式の珍しい穏やかな表情を見つめていると、
このやり場の無い憤りが、少し緩和されたような気がしたからだろうか。
何とも思わない現実を見た。
どうでもいい人が死んだという、現実。
わたしを庇って貫かれたその人が、私の目の前で死んでいく。
人が死ぬの見るのは、初めてじゃない。
誰かを、自らの手で殺したことだってある。
だからこそすぐに分った。
真っ赤に染まったその人を見れば、ああもうすぐお別れなんだなって、理解できてしまっている。
その死はわたしの心には波を立てなかった。
とても凪いでいる、こころの現実。
きっと一番見たくない光景が目の前に在ったとしても、痛まない。
でも、なぜなんだろう?
どうして、何も思えないモノから、いまわたしは、目が逸らせないんだろう?
どうしてあなたは、こんな私を庇って死んでいくんだろう?
こんな所で死ぬべき人じゃないのに。
私なんかよりもっと、大きな可能性を持った人だったのに。
私はそれを、知っていたのに……。
「どうして?」
釘付けになってたら、目があった。
きっと、最愛だった人へと。きっと、最後の言葉。
永遠の別れに送る言葉。
私が選んでしまったものは、ただの疑問、それだけだった。
なのにその人は、わたしに微笑んで、言ったのだ。
『―――だってわたしは、憂のお姉ちゃんだから』
責めもせず、詫びもせず、私が今まで見たことも無いような表情で。
私の知らない、その人の言葉で。
これでいい、と。
こういう『決まり』なんだから、と。
あの人が全てを投げ打ってまで示した、そういう絆の形を目の前にしても。
何も動かない。
私の心は、何一つ動くことは無かったのだ。
□ 視点R→A2:『心の在り処』 □
診療所のエントランスにて、俺は見張りを請け負っていた。
エントランス内いっぱいに並べられたソファ。
その内、一つの向きを180度変えて腰掛ける。
そうやって、診療所の外を見張りながら思考する。
多くの犠牲を払い、バーサーカーを仕留める事には成功した。
今はチームの体制を立て直すべく、桃子が発見したこの診療所に避難し、全員が傷の手当を行なっている。
政庁という地盤を崩し、残ったものは五つの手駒。
だがその中にも、不安要素がある。
平沢憂と
秋山澪。
この2人が果たして、どのような精神状態になっているのか。
おもし蟹の力を持ってしても、心を読むことなど出来はしない。
彼女達の状態によって、対応を変えなければならないという状況だ。
秋山澪は先程目を覚まし、心の整理をさせて欲しいと言って来た。
現在は診療所の一室で、平沢唯の遺体と共にいる。
ここが彼女の正念場と言えるだろう。
部屋から出てきた彼女が使い物にならない様ならば、さっさとギアスを掛けて切り捨てる。
戦う決意を失わないようなら、仲間に加えるつもりだった。
憂はまだ目を覚ましていない。
現在はエントランス奥の部屋で寝かせ、桃子に手当てをさせていた。
彼女もまた然りだ、使い物にならなければ……。
「さて、ここからどう動くか……」
俺は次の行動について考える。
デュオと式の登場によって、戦力は大きく増強された。
単純に動くとすれば、このまま象の像へと全員で移動を開始するのが定石だろう。
象の像、大量の参加者が集うとされている場所。
だが、そこに発生するメリットはそう多くない。
第一に、戦力の補強は既に済ませている。
その上、殺し合いに乗った者が襲撃を掛ける可能性を考えれば。
移動距離に見合う旨みが無い。
だが、大量の参加者が集まる場所、という情報を活かさない手は無い。
より使えそうな人材は多く利用した方がいいに決まっているし、
阿良々木暦の悪評を振りまき、排除に繋げる面においても有用だ。
立ち回り次第では、俺たちに有利な状況にもっていけるだろう。
これは上手く作戦に組み込んでいきたい所だ。
「そして、その為には……づっ……!」
不意に、骨折していた右腕が悲鳴を上げる。
先の戦いでの無理が祟ったか、ここに来て右腕の鈍痛は激痛へと変わりつつあった。
俺は右腕を庇いながら、左手でデイパックを開き、包帯と痛み止めを取り出す。
しかし、片腕では上手く扱う事が出来ない。正直、この先ずっと片腕だけというのは不便きわまるな。
骨折を直せるような、都合のいい施設やら魔法やらは無いものか……などと考えていたとき。
背後から、声がした。
「あの、痛むんですか……?」
振り返る。
声の主は、背後の部屋から出てきた憂だった。
顔色は悪くない、やはり目立った外傷も無かったらしい。
彼女は出てきた部屋の扉を後ろ手に閉めながら、こちらに歩いてくる。
俺は憂の挙動に注目した。
どこか以前と変わったところは無いかと、目を凝らす。
姉の死が彼女に与えた影響を推し量る。
「……目が覚めたのか」
「はい、さっき起きました。
状況は桃子ちゃんから聞いてます」
そう答える表情は以前と変わっていなかった。
声の調子にも変化は見られない。
だが、分かる。これは仮面、意図的に作った表情だ。
ここまで変化が乏しいのは逆に不自然というもの。
憂は疲労の為か、少々危なげな足取りで俺の傍まで近寄り。
そのまま、俺の足元に屈みこんだ。
「手伝います」
そう言って、俺から痛み止めと包帯を受け取り、二度目の応急処置を始める。
一度やって慣れたのか、俺の指示が無くとも憂は黙々と手を進めていった。
応急処置をこなす間、彼女は何も話さない。ただ真剣な表情で作業に没頭している。
そして、一通りの処置が終わって始めて、彼女は口を開いた。
「終わりましたよ。どうですか?どこか、間違えてませんか?」
そう言って、俺の顔を見上げる憂は小さく笑顔すら浮かべていた。
しかし、その笑顔も明るい調子の言葉も、どこか痛々しいモノに見えてくる。
『どこか、間違えていないか』、その言葉にも二重の意味が込められているように感じられた。
ここまで来て、平沢唯の死が憂に与えた影響は明確だった。
「ありがとう完璧だ、憂は本当に飲み込みが早いな。頼りになる」
「いえ……こんなの大した事じゃないですよ……」
割と心からの賞賛の言葉に、憂はそう返してから、俺の左隣に腰を下ろす。
そのままぼんやりと、俺の隣で外の風景を見つめ始めた。
診療所の外は黄昏時。オレンジ色の日光に満ちている。
いずれこの光も途絶え、夜がやってくるだろう。
やがて絶え果てる遮光の中。
俺と憂は暫くの間、二人で外を眺め続けていた。
「私のお姉ちゃん……死んじゃったんですよね……」
そして不意に、憂はその言葉を口にした。
俺は憂の表情を覗き込む。
憂は表情を変えず、ただ夕焼けの景色を見ながら言葉を紡いでいく。
「なんだか……実感が湧きません……。
実感が湧かないっていうか、何も感じなかった。
お姉ちゃんが死んでも、目の前で死んでも、なにも感じなかったのに……」
そこで一旦言葉を切り、憂は俯く。
俯いて、搾り出すように言い切った。
「どうして……こんなにも胸が苦しいんでしょうか?」
そう言って顔を上げた憂は、未だに作り笑顔を貼り付けている。
けれど同時に辛そうに、本当に辛そうな表情を浮かべていた。
彼女は小さく震える手で、自分の両肩を掻き抱く。
見開かれたその目にはハッキリと、恐怖の色を湛えていた。
「私は……私の心が分からないんです……!
お姉ちゃんが……死んだ……死んじゃった、でも何も感じない、辛くない。
でも、何も感じないのが辛い、苦しい……!
ははっ……可笑しいですよね。
私が望んだことなのに。こんな思いは要らないって、捨てたのは私なのに……」
憂は俺の顔を見上げる。
口元には、やはり触れただけで壊れてしまいそうな、硝子細工のような笑顔を浮かべていた。
目には恐怖を滲ませ、心の苦痛に震え、それでも憂は笑う。
それは最早、到底笑みとは呼べないモノ。崩壊した感情の残滓だった。
「もう、ワケがわからなくて……。
ねえ、ルルーシュさん。
私の頭はおかしくなっちゃったんでしょうか?
わたしは……わたしにとってお姉ちゃんは……!お姉ちゃんはわたしの……!」
「もういい、考えるな……!」
そこまで聞いた所で、俺は思惑を、実行に移した。
「……え」
小さく、驚いた声が上がる。
片腕で抱き寄せられた憂がキョトンとした表情で、俺を見上げていた。
「ルルーシュ、さん……?」
「お前は正常だ」
次にでた言葉は、誰が聞いても一笑にふせる大嘘だった。
憂の心は誰が見ても崩壊寸前。本人もとっくに自覚しているはずだ。
今の彼女が正常か異常か、そんな事は今更言うまでもない。
だが、今の憂に己と向き合っていく余力など、もう残されていないだろう。
「その苦しみも、俺が消し去ってやる。
だからこれ以上辛い事は考えるな。
お前はただ、俺の指示に従っていればいい……」
そうすれば救われると、俺は誰にでも分かる嘘をついた。
「…………」
けれど、憂は――。
「……本当……ですか……?」
そんな言葉に、
「わたしを、助けてくれるんですか?
信じて……いいんですか?」
見え透いた嘘に、救いを求めていた。
「ああ、必ず助けてやる。だから俺を――」
最後まで言わせる事無く、憂は俺にしがみつく。
まるで風に飛ばされるのを恐れるように、拠り所を見つけたような必死さで。
「――裏切りません。
わたしはルルーシュさんを信じます……信じていますから……」
憂はそう言って背中を震わせながら、俺の肩に体重を預けてくる。
――軽い、どこまでも軽かった。
直接触れていながら、本当にそこにいるのか分らなくなりそうなほど、憂には体重というものがほとんど無かった。
重みの消失。それは心だけでなく、憂の存在の重さまで奪っていた事に、俺は今始めて気がついた。
これで、憂が発していた儚げな印象にも合点がいく。
「ああ、任せておけ」
……これでいい。
不足の事態の賜物と言えたが、こんな状況でなければ、憂からここまでの信用を勝ち取る事など出来なかっただろう。
憂は心の大きな支柱だったを姉を失い、しかし何も感じられない。
それはつまり、自分の心の空洞を自覚させられる事態だったのだろう。
後は、放っておけば自壊する存在。俺はそこに付け込んだだけだ。
壊れていく精神に優しい言葉を投げかけ、俺の存在でもって繋ぎとめる。
彼女はただ闇雲に救いの手を捜し求め、偶々俺が、それを差し伸べただけだ。
だが一つだけ、わだかまるものが在るとすれば――
苦痛に震える憂の姿。
それがどうしてか、この島に来る前、
死に行く俺が最後に見た、誰かの表情に被って見えたことか。
……ばかばかしいな。
だとすれば、頭に焼きが回ってきているとしか思えない。
『妹』の概念、肉親を失う光景を見る表情、関係ない。
利用する。この信頼は利用するべきものなのだから。
最大限利用して、使えなくなったら捨てればいい。
憂が蟹に思いを奪われた直後に、思い描いていた構図通り。
重ねるものは何も無い。
誰かの重みを抱えながら生き残る事が出来るほど、この殺し合いは甘くないのだから。
だから俺は最後まで、この信頼を利用しよう。
そう、己に言い聞かせるように、定めて。
俺は秋山澪がこの場所に現れるまで、憂の微かな重みを感じ続けていた。
□
夕日が差し込むエントランスで、並んで座るルルーシュと憂。
その二人を背後から見つめる少女の姿があった。
「清清しいくらい放置されてるっすね、私」
東横桃子である。
彼女は気絶していた平沢憂の手当てが終わった後、ルルーシュの指示通りに憂の様子を見ていた。
万が一、憂が錯乱した場合は対処しろと言われていたのだ。
そのため、ずっとステルス状態で憂を監視していたのだが……。
結果的にこの通り、一人だけ蚊帳の外という状態である。
「まあ、憂さんが落ち着いたのならそれでいいっすけど……」
そう言って、桃子は二人の斜め後ろのソファに腰を下ろす。
ゆったりと体を沈め。ほう、と息を吐き出す。
「とは言え、このままずっとほっとかれるのも……。
でも、普通に話しかけるのも無粋っぽいっすね。うーん」
傍から見れば、二人は兄妹のように寄り添っている。
突然、前に出て行くのも、空気読めてないみたいで憚られた。
けれども、放置されっぽなしというも癪だった。
「んー……おお? あれならいけそうっすね!」
そこで桃子は気がついた。
憂の耳に、通信機が掛けっぱなしになっている。
思い立ったら即行動。
桃子は自分の通信機を取り出し耳に掛ける。
そして、マイク越しに憂へと言葉をかけた。
「えーコホン。
それじゃあ、私からも一言だけ……。
――辛いときは『友達』にも頼ってくださいっす。
なんて……たはは、なんか照れるっすね」
慣れないことはするものじゃないな、と。
呟きながらも、桃子が憂の反応を見ようとした矢先のことだった。
桃子の視界の隅、診療所の廊下の向こうから、秋山澪が姿を現した。
□ 秋山澪:『離別』 □
失われていく。
奪われていく。
私の大切な人達が死んでいく。
診療所の一室で、私は一人だった。
一人ぼっちだった。
私はたった一人で、冷たい床の上に座り込んでいる。
目の前のベットには、唯の亡骸が寝かされている。
唯はまるで眠っているように、安らかな表情で目を閉じていた。
けれどもう、永久にその目が開く事はない。
「なあ、唯。軽音部、私一人になっちゃったよ……」
平沢唯が死んだ
今や、軽音部で生き残っているのは私一人だった。
「悔しいな……」
悔しくて堪らない。
奪われて、奪われて、戦うと誓って、守れると思って、それでもまた奪われる。
理不尽だった。
「ごめんな、唯。守ってやれなくて」
これ以上無いほど、私は非力だった。
せっかく手に入れた力で友達一人守れない、駄目な女だった。
「それに……嫌な性格になっちゃったな……」
自覚してる、私は変わった。
都合のいいように、周りを利用するような、
以前の自分なら、間違いなく嫌悪したであろう態度を示していた。
「お前は何にも変わってなかったな……唯」
思い出す。
私はこんなにも嫌な奴になっちゃったのに、唯は死ぬ時まで唯のままだった。
変わらない笑顔と、変わらないノーテンキさで、周りの人間を安心させてくれていた。
あの時の私が、それにどれだけ救われたか分らない。
もう一度唯と会えて良かったと、心から思ったのだ。
唯と一緒にいれば、以前の私に戻れるような気がしていた。
「私、思うんだ……。
お前はきっと、私たちの中で、誰よりも強かったんだなって。
こんな所に連れてこられて、それで普段通りを通せるなんて、凄いよ。
私は弱い……。
きっと弱いから、普段のままじゃいられなかったんだ……」
自分でも嫌になるくらい歪んでしまった。
そんなふうにしか、弱さを隠す事が出来なかったんだ。
「さっき、こんな物を見つけたんだ……」
私はディパックからアルバムを取り出す。
政庁で荷物をひっくり返した時に、入っているのには気がついていた。
あの
伊達政宗が、いつの間にか入れていたらしい。
見つけた時は眺めている暇なんか無かったけど。
今、私はそれを膝の上で開いている。
「みんな、笑ってるよ。
私も笑ってる。
この頃の私達は……こんな事になるなんて、思いもしなくて……」
不思議と涙は出なかった。
いや、枯れ果てていたと言うべきなのかもしれない。
人間は本当に悲しい時、涙なんて一滴も出ないのだと何所かで聞いた事がある。
それとも心が麻痺したのか。
友達の死に“慣れて”しまったのかも知れない。
「みんな、居なくなっちゃったな……。
もう……何所にもいないんだよな……」
口に出して、正しく理解する。
現実はもう、幻想に変わってしまったのだと。
このアルバムに記されているモノ全て、
今はこの世界の何所にも存在しない。
欲しいと願う事は許されない、届かない夢物語。
「それでも……諦める事なんて出来ないよ……」
それでも私は――この夢が欲しかった。
妥協なんて出来ない。
死んじゃったから仕方ないなんて、そんなふうには思えない。
「皆がいないと、私は壊れてしまうんだ……」
私はみんなと居たいから……。
私一人で生きていたって、きっと心が耐えられないから。
みんなと一緒に、生きて帰りたい。
「だから……もう一度戦うよ……。
どんな私になっても、最後まで諦めない」
自分の力で、皆を助ける。
どれだけ辛くても戦い抜いて、失ったものを取り戻す。
方法なんて選ばない、贅沢はいえない。
だって私は弱い。
一人じゃ、生き延びる事も、皆を生き返らせる力を手に入れる事も出来ない。
だから集団に入り込み、周囲の人間を利用して目的を達する。
嫌な奴だ。
でも、それしか道は無い。
皆を救うのは、私にしか出来ない事だから、私に出来る方法しか選べない。
そうだ、私しか居ないのだ。
誰も助けてなんかくれない。
正義の味方なんて、どこにも居ないんだ。
『―――誰も死なせたりなんかしない。そうだ、そんなこと許されるはずがないんだ。だから―――』
『―――衛宮さんの言うとおりですわ。貴女も、貴女の知り合いも誰一人死なせない。こんなふざけたゲームを壊してみせますの』
一瞬、そんな言葉が脳裏を掠めた。
その言葉を信じられるかもしれないと、かつて思った事もあった。
明智光秀なんて信用せずに、
あの二人と一緒に居たならば……なんて、そんなifの話を思い浮かべた。
でも振り払う、全てはもう遅い。
私は既に失い尽くしている。
誰も死なせない?そんなことは不可能だ。
私はこの場所でそれを思い知ったんだ。
「私は一人なんだ……。
一人だけで、望みを叶えてみせる」
誰も死なせないどころか、もう誰も生きていない。
それでも、私はみんなで生きて帰ると決めたんだ。
孤独でも、血に染まる道でも、戦い抜くと誓った。
だから諦めない。
例え間違っていても、突き進む。
もう立ち止まったりしない。
せめてみんなに恥じないように、足掻いてみせるよ。
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最終更新:2011年08月12日 08:46