とある傭兵の戦争記録<レクイエム> ◆hqt46RawAo
□ 記録№0『紺色の空』 □
時間に待ったは掛からない。
個々の事情を省みず、時は自分勝手に夕を超え夜に進む。
それは様々な条理を超えたバトルロワイアルの舞台においても、唯一つ変わらない法則だった。
島の遠く彼方で海面に落ちていく太陽。
黄昏の光は溺れる様に途絶えていき。
代わりに現れた夜陰が尽く全ての事象を覆い始める。
つまり、世界の色が塗り変わる。
緋色の空は紺青色の空へと切り替わり、漆黒へと近づいて。
斜光により伸びきっていた影は徐々に薄滅して、世界と同化を開始する。
今はそんな昼と夜の狭間。夜闇の執行猶予期間とでも言うべきか。
薄暗い、暗いがしかしまだ周囲は見える。人口の光はもう暫く必要ない。
島全体がそんな中途半端な空間だった。
これより語られる出来事はそんな限定的な世界で起こった一つの戦い。
四人の男達が繰り広げた、とある戦争の記録である。
□ 記録№1『骸の価値と男の背中』 □
エリア【E-5】都市部の一角。
誰一人とて住む者の居ない閑静であり閑散とした住宅地。
そこに立ち並ぶ家々の内一つ。とある一軒家の内部にて。
一発の銃声が小規模な戦争の始まりを告げた。
『パン!』
文字にすればたったのこれだけ。
簡潔で、実に分かりやすい開戦の音色。
口を開いて言葉を並べるよりもはるかに率直に、単調に、そして残酷に。
この瞬間、誰かが誰かを殺し始めたのだと。
殺し合いが始まったのだと、それを聞く者に伝えていた。
このとき二階に居た少年――
上条当麻の耳にもその音は飛び込んできた。
「――――!!」
突然の銃声に、上条は思わず立ち上がりかけた状態で硬直する。
びくりと、反射的に筋肉が強張り、心臓が跳ね上がるのを感じていた。
彼はその直前までちょっとした感傷に囚われており、外部の出来事が完全に意識の埒外だった。
故に、銃声はこれ以上ないほど効果的に上条の不意を突く。
今の彼の顔はまさに、鳩が豆鉄砲を食らったような、と言う表現がしっくりくるだろう。
「……なん……だ……?」
と、言葉を発する間にも、争うような物音と共に二度目の銃声が鳴る。
音の出所は階下。
「なんだ?」、などと聞くまでも無く。
今この時、上条が踏みしめる床の下。
一階で戦闘が発生しているという事はもはや明白であった。
「くそっ……どうなってんだ……!?」
上条は毒づきながらも深呼吸する。
頭を左右に振って、空白が流れていた思考を持ち直す。
気持ちを入れ替えて冷静に、とはいかないものの。
少しでも落ち着いて状況を考えるように努めた。
疑問は尽きない。
この場所に一体誰が訪れ、何故戦闘に発展したのか。
『誰が訪れたのか』に関しては簡単なパターンが幾つか思い浮かぶ。
分かれてきた二人の女性、
戦場ヶ原ひたぎと
C.C. が訪れたという可能性や、上条が誰かに付けられいていた可能性。
しかし、どちらも絶対という確信は持てないし、殺し合いに発展した事情など分かるはずも無い。
最低一人、殺意を持った人間が下にいる。
そしてもう戦いは始まってしまった。
今の上条にとって、確固たる事実はこれだけだ。
「どうする……?」
彼は今、行動の選択を迫られている。
想定だけで事実を把握することなど不可能。
彼が事を見極める為には一階に降りるしか方法は無い。
しかし、そこで彼を待ち受ける舞台は凶弾飛び交う鉄火場が予想された。
現実的な銃器、銃弾、そして魔術や超能力に頼らないその使い手。
殺し合いの場において、この手合は上条当麻の天敵といえた。
異能の力であれば分け隔てなく殺し尽くす上条の右手。
だが現実兵器による異能に頼らない攻撃に対しては無力に等しい。
そのうえ上条の身体能力も、戦い慣れた肉弾戦に優れた者の前には大きく及ばない。
果てはこの場に味方が一人もいない。
手元に大した武器も無く、幻想殺しに頼ることも出来ず、
撃たれれば容易く命を落とす身で戦場に飛び込む。
そんなもの、どう考えても愚か者の所業、自殺に等しい。
悪手中の悪手。
上条もそれは正しく理解している。
ここで取るべき賢い行動とは即ち様子見に徹すること。
そして隙をみて、二階の窓からでも離脱できれば僥倖と言えるだろう。
両手に抱える遺体も、今は諦めるしかない。
ここを離脱することを最優先に行動するべき。
こんな事は誰にだって分る理屈だろう。
「……どうするかなんて、決まってるよな……」
そう、上条当麻がどうするかなど最初から決まっていた。
もとより彼にとって、選択肢は一つしか無いのだ。
「行くぜ……御坂」
言って、上条は抱えていた骸を背負いなおした。
そして歩き出す。
彼の足はまっすぐに、一階へと続く階段に向かって進められる。
彼は理屈を蹴り飛ばして前へと進んだ。
最悪の選択だと分っていたが、彼には選択肢が一つしかなかったのだから仕方が無い。
上条にとってこの場に
御坂美琴の遺体を置いておくことなど論外であったし、
一階の戦闘を放置するつもりも無かった。
上条当麻はとある少年のように、全ての人を救う
正義の味方を志しているわけではない。
だが彼にも彼なりの信念がある。
彼はある時、過去の記憶を全て失った。
故に彼は自分の存在がはっきりとは知らない。
だが大事な人を守るとき、その胸に湧き上がる感情は自分にとって、唯一絶対の真実だと確信している。
自分の大切な人たちに泣いていてほしくない。
自分が少しでも関わってきた、自分の手が届く人たちを救いたい。
その思いを決して疑うことは無く、そして思いのままに行動する。
そこに善悪の判断は無く、ただ自分と周囲の人間にとっての幸せな日常を守る為に戦うのだ。
今、この瞬間とてそうだ。
守るべきものを背負っている。
彼は守りたいと願い、そして願うままに行動している。
御坂美琴の亡骸。死した少女。
死して尚、彼女の価値は上条の中で不動だった。
もう二度と開かない目蓋。
二度と笑みを形作らない唇。
そして二度と放たれる事の無いあの鮮やかな電撃。
――だとしても。
上条は救いたいのだ。
彼女を連れて帰る事が救いになるかどうかは上条自身にも正直言えば分らない。
だが、大切だった。彼女の死を理解したとき、どうしようもなく悲しかった。
そして今でも大切に思っている。
彼女を救いたいという思いが消えることは無い。
そして、彼なりに考え抜いた結果、彼女のために出来る事が、彼女を連れて帰ることだと思ったならば。
彼は二度と迷うことは無い。
たとえ御坂美琴が上条当麻にとってのヒロインでは無かったとしても。
上条の行為が、他人の目にどれだけ無意味に映ろうとも。
この思いのままに、上条当麻は御坂美琴の『存在』を背負い続けようと決めたのだ。
だからその骸を残して自分を優先するようなことは絶対にしない。
そして、階下に仲間がいる可能性が少しでもあるのならば。
戦いに巻き込まれているかもしれないならば、尻込みはしない。
戦場ヶ原ひたぎとC.C.、彼女達が上条をどう思っているのかに関わらず。
上条にとって、二人は既に守りたいと願う対象なのだから。
迷い無く、淀みない足取りで上条は階段を下りていく。
上条にはやる事が山積みだった。
階段の先に続く鉄火場を乗り切らねばならない。
御坂美琴を守らなければならない。
一方通行を追わなければならない。
アーチャーを弔わなければならない。
戦場ヶ原とその彼氏を見つけなければならない。
大前提として自らが死ぬわけにはいかない。
そして、この殺し合いをぶち壊さなくてはならない。
よくもまあここまで難題を溜め込んだものだな、と。
彼は少し自嘲を浮かべた。
「ああ、確かに。俺は理想に溺れてるのかもしれねえな……」
戦いに赴く少年は最後に、一人の男の背中を思い出す。
圧倒的な強敵の前に立ちふさがり、彼と一方通行を救った正義の味方。
その男――アーチャーの言葉が気に入らないと、納得できないと、感情をぶつけたことも有った。
まさにこの場所で、かつて対立した事もあった。
「けどな、俺は絶対に諦めねえぞ。どんなに溺れたって、沈んでやらねえ」
今でも上条はあの時の主張を曲げるつもりは無い。
あのときのアーチャーの考え方、言い分が正しいと認めるつもりは毛頭無い。
だが、信長と戦う際のアーチャーの背中に、上条当麻は魅せられた。
最後に見せた笑顔も死に様も、信念も、言葉も脳裏に色濃く残った。
そして何より、大切な者を背に戦う姿をカッコいいと、心の底から思ったからこそ。
だからこそ。
「お前には絶対に負けねえ。今度は俺の番だぜ、アーチャー。
とくと見てやがれ……!」
だから、今こそ上条当麻は己が志を貫き通す。
あの男の志に救われた者として。
あの背中に負ける訳にはいかないが故に。
上条当麻は相応の結果をもって、己が生き様を示さなければならないのだ。
□ 記録№2『弾速30000センチメートル』 □
枢木スザクは一切の躊躇も無く、アリー・アル・サーシェスの殺害に踏み切った。
遊びなどまったく挟まない、狙うは初撃から必殺のみ。
そして、その機会はサーシェスを視認した数秒後には訪れていた。
サーシェスがソファからずり落ち、その後スザクを認識して立ち上がる。
この瞬間。
「おぉ、誰かと思ったらあんたか、俺だよ、アリー・アル・サーシェスだ」
そう言って、両の手を無防備に広げる間抜けな男に向かって。
スザクは顔色一つ変えずに、その曝け出されたサーシェスの左胸に、容赦無くベレッタを抜き撃った。
紛れもない、一分の隙も無い、これ以上無いほどの完全なる不意打ち。
サーシェスの小賢しい策略の全てを打ち砕く、完璧すぎる一撃だった。
打倒の決意は引き金に。
潜めてきた殺意は銃弾に込められる。
『眼前の対象はこの一撃をもって絶命せよ』と言う意思が、金属の実態を伴って目標へと放たれた。
銃口初速300m/sで空を裂きながら突き進む弾丸。
当然、人の動体視力で捉えきれる代物ではない。
そしてスザクの狙いに狂いは無い。故にこれは必殺、死の一波にして最大級の波。
銃声の後。サーシェスが『撃ってきた』と、認識した時点でもう既に手遅れ。
その認識の遥か以前に銃弾はサーシェスの心臓を穿ち、命を摘み取っていくのだ。
既に銃弾が放たれた以上、最早サーシェスに出来ることは何も無い。
人の身の限界である。
この状況、この一撃の前にはいかなる後出しも追いつけない。
放たれた時点で全ての事柄は決められてしまっているのだ。
故に、なんら特別なことは起こらない。
あらかじめ定められた通りに事態は進行し。
当然の如く。
必殺の銃弾はサーシェスが『撃ってきた』と認識した時点で。
宙に跳ね上がったソファに阻まれた。
「……な……に……!!?」
驚愕の声は果たしてどちらが発したものか。
弾丸はソファの金属部に命中し、弾け飛ぶ。
その行方を追う事など、この場の二人には不可能だ。
最も銃弾の行方など、既に二人の意識の埒外であったが。
跳ね上がったソファは銃弾を弾いた勢いそのままに、スザクの右腕に向かって飛んでいく。
スザクはそのことに全意識を持っていかれていたし。
サーシェスはその光景を見送った後、ようやく事態を正しく理解していた。
全ての『後出し』が追いつけない必殺の銃弾、死の一波。
それをサーシェスは『先出し』によって打開したのだ。
撃たれた後に何をしようが全て無駄。
それゆえに、サーシェスは撃たれる前に防御策を実行していた。
スザクがベレッタを撃つそのほんの一瞬前。
銃が抜かれ、サーシェスに狙いが付けられるたったそれだけの刹那のタイミングで、
サーシェスは足元のソファを蹴り上げていた。それも本人が意図すること無く、だ。
それを成したのはサーシェスの勘と、経験と、防衛本能の賜物であると言うほか無い。
事実、サーシェスは完全に油断していたのだ。
サーシェスの正体を唯一知るアーチャーが死した今、サーシェスの策に脅威を及ばす人間は居ない。
そう信じ込み、慢心の絶頂の中で現れたスザクに、このバトルロワイアルが始まって以来、過去最低の警戒心で応対したという事情もある。
そこに加え、スザク自身が実に巧妙に殺意を隠し通していた事が重なり、
サーシェスは撃たれる寸前まで、いや撃たれるまで眼前に現れた男が敵である事に気が付かなかった。
だが、サーシェスとて伊達にこれまでの人生の大半を傭兵として生き抜いてきた訳ではない。
彼の職場、生きる場は常に戦場である。三百六十度全ての方位から死と殺意が迫りくるこの世の地獄なのだ。
そんな場所が日常であったサーシェスは死の気配と人の殺意を感じ取ることに、非常に長けている。
いかにスザクとて、どれだけ押さえ込んでも、殺害を実行に移す際、その一瞬だけは殺意を隠せない。
それをサーシェスは敏感に嗅ぎ取った。
嗅ぎ取り、そこから導き出された脅威に対する防御策をなんら疑問を挟まずに体が実行する。
それはもう反射と言っていいほどの反応速度。
逆に言えばスザクの攻撃動作が速すぎるからこそ成立した防御でもある。
皮肉なことにスザクの実力が高過ぎた事もサーシェスの命を救う一因となっていた。
結局、事態は偶然でもなんでもない、スザクの力量とサーシェスの力量のバランスが生み出した、双方の戦闘技術あっての状況だ。
サーシェスにとって運が良かった事は偶々足元に蹴り飛ばせる大きさのソファがあった事。
スザクにとって運が悪かったことは狙いを頭ではなく胸に付けた事か。
さて、長々と説明したが、
とどつまり、これは最初から決められていた展開。
双方にとって、問題はこの次だ。
スザクは必殺のタイミングを逃し、サーシェスもまた依然として危機的状況を脱せていない。
お互いが想定外の事態なのだ。
当然、共にこの先の策などありはしない。
ここからが両者の正念場である。
故に。
スザクは思考する。
出会い頭の攻撃は失策だったかと少々後悔する。
ルルーシュと接触する機会を逸したことによって焦りが生じた。
その焦りによって少し選択を誤ったのかもしれない。
事実、未だ焦りに囚われている。
だが、今は眼前の敵を排除する事が急務。
一刻も早くルルーシュを追うために、一秒でも早く眼前の敵を屠るにはどうすればいいのか。
右腕に飛んでくるソファにどのような対応をとるか。
その後どのような動きを取るか。
選択する。
サーシェスは思考する。
何故この男がいきなり攻撃してきたのかは分らない。
自分が殺し合いに乗っている事がバレたのか。
それともスザク自身が殺し合いに乗ったとでも言うのか。
はっきりとしたことは分らないが、目の前には『殺さなければ殺される』と言う事実のみが転がっている。
敵がソファを払う間に、ディパックからどの武器を取り出すか否か。
その後どのような動きを取るか。
選択する。
彼らは達人に位置する人間だ。
異能者ではない。
超人的な力を持つ者同士の戦いならば、その力の大きさや相性によって、簡単に勝負が決まろう。
だが彼らは互いにただの人間だ。
撃たれれば死ぬ。刺されれば死ぬ。人間の限界以上の事は出来ない。
僅かな力の上下など、簡単に入れ替わる。
故に、一つ一つの選択がその生死を分けるのだ。
だから彼らは先を読む。
互いの力量、思考、状況、それら全てを直感でもって計算し――。
彼らは同時に、行動を開始した。
□ 記録№3『ガンVSソード』 □
スザクは右腕を折り曲げ、肘を打ちつける事によって、飛来したソファを受け止めた。
その選択はおそらく正しい。
肘を繰り出した動作によりベレッタの銃口は天井を向き、サーシェスからは大きく射線が逸れてしまったが致し方ない。
無理にサーシェスを狙い続けていれば、ソファは手首に命中し、ベレッタは弾き飛ばされていたことだろう。
スザクは銃という大きなアドバンテージをここで捨てるわけにはいかなかったのだ。
そして、そのアドバンテージを敵に出させるわけにもいかない。
敵に銃器を取り出す時間を与えない為に、加えてこの瞬間における自身の隙を消すために。
スザクは右肘で止めたソファを左足による前蹴りで打ち返した。
「――はッ!やっぱそう簡単にはいかねえよなぁっ!」
跳ね返されたソファを左に転がって避けるサーシェス。
その片手はディパックに添えられている。
ガトリングガンを取り出す間さえあれば、そのベレッタとは比較にならない驚異的な威力によって、ソファごとスザクを圧殺できた。
しかし、サーシェスは打ち返されたソファの勢いを見て、その間は『無い』と判断。回避に専念。
その選択はおそらく正しい。
二度も吹っ飛んだ哀れなソファには更にスザクの銃弾が添えられて、サーシェスの五センチ横を通過していく。
尚もふっ飛ぶ勢いは衰えず、ソファは奥のテーブルに激突し、派手な音を立てながら転がっていった。
その光景を最後まで見送る事無く、サーシェスは床に屈んだまま左腕を大きく後方へと振りかぶる。
左手に握られるは数本の作業用ドライバー。
確かに、ディパックから大型のガトリングガンを取り出す時間は無かったが。
片手に収まるドライバーを抜き取る程度ならば、床を転がる間に出来ていた。
――反撃開始。
ここにきて、漸くサーシェスは純粋な攻撃動作に転じる。
彼の足が床を蹴り、後ろに伸びきっていた左腕は撃ち出すように引き戻されて――。
「そぉらよっ!!」
――サイドスローで振り切られる。
サーシェスの前方へと飛び出した彼の左手から、そこに握られていたドライバーがばら撒かれた。
複数の金属棒が縦回転、横回転、テンテンバラバラな軌道を描いて、スザクに迫る。
だが、その狙いはあまり定まっていない。
投げ方としても、纏め投げを選択したことにしても、比較的脅威には成らない攻撃手段だ。
攻撃面の大きさゆえ避けることは難しいが、最低限急所を防御すればたいしたダメージには成らない。
そう、危うくスザクは判断しかけた。
しかし、サーシェスの狙いはドライバーを投げることによって、スザクにダメージを与えることではない。
投擲動作と同時に行なった跳躍動作こそ、サーシェスの戦略における本質。
彼我の距離はそう長くない。
サーシェス程の使い手ならば、僅か一足で詰める事が可能な間合い。
事実この瞬間、投擲したドライバーを追うようにして、サーシェスはスザクの懐へ飛び込むことに成功した。
そして繰り出される一刺し。
今度はアンダースローを描くように、サーシェスの右手がスザクの心臓へと伸ばされる。
つまり、これは時間差攻撃。
ドライバーの投擲は罠だった。
今、サーシェスの右手に握られている凶器。
ドライバーと同時に取り出していたナイフの一撃こそが正に本命。
実に狡猾で効率的な攻撃手段。
故に、それに直前で気づいたスザクはドライバーに対しての防御を捨てざるをえなかった。
一瞬の判断と凄まじい度胸で、飛来する幾つもの金属棒をノーガードで受け止める。
そして、全身を襲う痛みを黙殺しながら、なんとか首を捻って顔面コースのドライバーだけは避けきって。
スザクは銃を握る右手を前方へと突き出した。
「ぐっ……!」
「チィ……!」
痛みをかみ殺すうめき声と、悪態。そして鈍い金属音が室内に鳴り響く。
スザクの防御はなんとか間に合い、ベレッタの銃身がナイフの刃を受け止めた。
そのまま、ナイフと銃による至近距離戦闘が開始される。
スザクの右腕とサーシェスの右腕が押し合う。
ここで、距離が縮まった事により、サーシェスのアドバンテージが発生した。
片腕を骨折しているスザクに対して、サーシェスは両手を自由に行使できる。
近距離戦でこの差はかなり大きい。
再び伸びるサーシェスの左腕がスザクの右手首を掴み上げる。
「いい銃だな!俺にくれよォッ!」
そして、銃さえ奪えばサーシェスは勝ったも同然。
スザクの右腕を左手で捻りあげたまま、自由になった右手のナイフを一閃。
喉笛を切り裂いてチェックメイト。
と、このようにサーシェスは考えていた。
実に哀れな愚考。スザクを知る者にしてみれば油断の極みである。
枢木スザクをたかが両手を塞いだくらいで封殺した気になるなど。
スザクの目に赤が滲む。
『生きろ』というギアスが、彼の命の危機に感応して自動で発動。
サーシェスは直下から襲い来る上段蹴りを視界の端に収めた瞬間、その失策に気づく。
ソファを蹴り返されたときに見せつけられていた、スザクの脚力を思い出したのだ。
枢木スザクの足技は片腕一本のハンデを補って余りある程のモノなのだと、遅すぎる理解を得たのである。
蹴り上げはスザクの首元に伸びていたサーシェスの右手を容易く打ち払い。
次いで、叩き下ろされた踵落しがスザクの右手を捻り上げていたサーシェスの左手に直撃する。
サーシェスが唯一回避できたのは最後に放たれた顔面への蹴りだけである。
危機脱出、拘束解除。
あっと言う間の形勢逆転。
両者の白兵戦における技量の差は早くも歴然だった。
そして下ろされる、銃を握るスザクの右手。
拘束解除から二秒と置かずに、終末の銃口が火を噴いた。
だが、仕留めきれない。
サーシェスは未だ痺れが残る右手に握ったナイフで、眉間に突きつけられたベレッタの銃身を弾いていた。
鼓膜を揺さぶりつくす銃声。銃弾はサーシェスのこめかみを掠めて背後へと。
だが、弾かれたベレッタは間を置く事も無く戻され、今度はサーシェスの心臓へと向けられる。
サーシェスも必至に喰らい付き、ギリギリのタイミングでそこにナイフをぶつけ、ベレッタの銃口を上に向かせたまま押し留めた。
二人の動きが止まる。
この瞬間のみ、両者のパワーバランスは拮抗し、彼らはつかの間の膠着状態に陥ったのだ。
(ははははっ!コイツはバケモンか!?)
サーシェスにとって、この時点で勝率は絶望的。
これ以上、枢木スザクの若干常軌を逸しかけている身体能力に着いて行くことはおそらく不可能。
彼はそれを正しく理解している。
断っておくが決してサーシェスが弱いわけではない。ギアスを備えた枢木スザクがあまりに規格外なのだ。
むしろサーシェスでなければ、真人間でここまでスザクと渡り合うことなど出来なかっただろう。
そもそもサーシェス自身、白兵戦を好む性質であり、その実力と場数は相当なもの、だからこそ彼には分る。
このまま戦えば、アリー・アル・サーシェスは枢木スザク殺される、と。
だが――。
(いいねえ……。楽しくなってきたじゃねえか!)
絶対的に不利な状況の中、彼は心中で笑っていた。
(こうでなくっちゃ!こうでなくちゃなぁ!!)
この状況を楽しんでた。
戦争屋としての血が熱くなる。
これほどサーシェス自身も相手も切迫する命の取り合いは
片倉小十郎との戦闘以来だ。
彼の求めるスリルが今ここにある。
(さぁて、どうしてやろうか……!)
それに、サーシェスは未だ自分が負けるなどと、露ほども思ってはいない。
確かに戦闘技量に差がある以上、このまま普通に戦い続ければ勝敗は明らかだ。
だが、技量に劣る者がこの場で必ず負けるなどと誰が言った?
それは試合においての話。
サーシェスにとってコレは試合ではない。
戦争である。
そこは持てる全て、使える全てを振り絞ってこそ生き抜ける場所。
戦いの技術など、ただの前提条件に過ぎない。
彼はまだ底を見せてはいない。
彼の真髄とは卓越した白兵戦の技量や勘だけではない。
幾多の戦場を渡り歩いた経験と、周囲の全てを利用しつくすその狡猾さ。
それら全てを組み合わせるからこそ、常に活路が開けるのだ。
(まあ、気は乗らねえが、一応手は打っておくか……)
両者未だ膠着したまま動かない。
下手に動くことは出来ない。
スザクも後もう一押しで勝てることは予想できていたがあくまで慎重に事を進める。
勝ちを急いで足元をすくわれる訳にはいかない。
力がつりあっているこの状況、バランスが崩れた時こそ勝負時。
一秒先にはそれが来るかも知れないのだ。
その心境、今の彼らの集中力は半端なものでは無いだろう。
殺し合いが始まってから未だ一分とたっていない。
しかし、彼らには既に数十分もの時間が経過したように思えていた。
そして、『ある音』を聞き取ったサーシェスが、遂に動く。
だが動かしたのは右手に握ったナイフではなく口だった。
ニヤリ、と笑みを浮かべた口元。
スザクが一層警戒を強めたその瞬間に大きく息を吸い込み。
「うおおおおおおおおァ!!テメエ!枢木スザクッ!俺を騙しやがったなぁぁぁァァァァ!!!」
有らん限りの力で喉を震わせ、サーシェスは絶叫した。
「……!?」
「殺し合いに乗ってやがったのかァァァァ!!」
この期に及んで、まだ演技を続けるつもりなのかと。
呆れそうになるスザクをよそに、叫びと共にサーシェスは後退した。
そもそも、拳銃の脅威に対抗する為にサーシェスは接近したはずなのに、ここにきて距離を開ける。
意図は不明だったが、自殺行為には変わりない。
(逃げるつもりか?それとも、錯乱でもしたのか?)
スザクには不明瞭だったが、期を逃す事無く腕を捻りながら発砲。
サーシェスは左肩口に一発の銃弾を打ち込まれ、後退しながら床に倒れこむ。
「ぐはあっ!」
下がる際、牽制のために投げつけたナイフと、射撃距離が近すぎたことが要因になり、サーシェスは即死を免れた。
だがその死も、すぐにやってくる。
起き上がりながらディパックより武器を取り出そうとするサーシェス。
そんな悪あがきを見下ろしながら、スザクはその脳天に拳銃を突きつける。
そして、引き金が引かれ、戦いが幕を下ろす寸前のこと。
「――待ちやがれ!」
という叫び声と共に、
戦場に乱入した一人の少年が、スザクの右手を押さえつけた。
目立った特徴としては黒髪のツンツン頭と、少女の遺体を背負っていること。
「な……!?」
二階へ続く階段から突然現れ、自分の邪魔をした少年に対して、少々ばかり困惑するスザク。
一瞬だけどう対応しようか迷ってしまった。
だが、その容姿の特徴から、戦場ヶ原ひたぎとC.C. が話していた少年の名を思い出す。
「君が――」
上条当麻か?と、聞くことは出来なかった。
それは十分すぎる隙だったのだ。
アリー・アル・サーシェスが待ちに待った、必殺のタイミング。
ディパックから必勝の切符を取り出す時間の猶予をその少年は稼いでくれた。
思い描いた策の成功に、サーシェスは壮絶に口元を歪めながら。
この瞬間、ディパックに突っ込まれていた腕を引き抜いた。
「――イっちまいな!」
その手に掴むは戦国武将が使役する大型のガトリングガン。
迷い無く、スザクに向けて引き金を引く。
同じ銃声でも、ベレッタとは到底比較にならない大轟音が鳴り響き。
噴火の様な炸裂光と共に、凄まじい数量の銃弾がスザクに向かって飛来する。
殺到する鉛はその一発一発が正に死の権化。
それ故に、スザクはかわす事が出来た。
スザクの目がまたしても赤に染まる。
ギアスは視界の端に欠片であろうと死を認識すれば、強制的にスザクを生かす。
生かすために、動かす。
人体の構造的限界までしか事は成せないが。
逆にいえば、人体的に出来ることならば何であろうと出来るのだ。
そして、不意に撃たれた銃弾の回避とて、飛んでくる弾道が一方向のみならば可能。
生きる手段として、スザクは横に跳んだ。
その際、己の右腕を掴んでいた上条当麻を踏み台替わりに、思い切り蹴り飛ばして。
「ガァッ?!」
スザクの超人的な脚力によって、上条は背負った死体ごと後方にぶっ飛ぶ。
受身すら取る事も出来ずに、盛大な音を立てて壁へと叩き付けられた。
客観的に見れば、そうしなければスザクが死んでいたのだ。
この行動はしょうがないと言えよう。
問題はそのような事情を本人を含めて誰も知らないと言う事だが。
横に跳んだ後、スザクは二回ほどバック転で後退。
勢いそのままに飛び上がって、背後にあった窓ガラスを蹴り破り、一軒家の外へと退避した。
蹴り飛ばされた少年はもちろん、サーシェスすら呆気に取られるほどの、正に早業であった。
□ 記録№4『世界の歪み』 □
スザクの逃走を見送ったサーシェスはようやくガトリングガンの連射を止めた。
部屋の中にはガトリングガンとディパックを抱えて立ち上がったサーシェス、
それと対照的に、スザクに蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた少年が残されていた。
「ひゅー、アレをかわすかよ。マジでバケモンだな……。
おいボウズ、大丈夫か?」
「あ……ああ……なんとか」
サーシェスは少年の手を引いて起き上がらせる。
もの凄い勢いで壁にぶつかった割に、少年に目立った外傷は無い。
どうやら、背負っていた少女の死体がクッションの代わりを果たしたようだ。
(なるほどねぇ、このガキを弔いに来たって訳か)
サーシェスは少女の死体を眺めながら納得する。
だがその表情は神妙だ。
(ガキ二人分の首輪か……期待したほどの価値はねえな。
それともただのガキじゃねえってか?)
サーシェスは暫く死体を値踏みしていたが、眺めたところで分るものではないと判断し。
視線を少年に移して、彼との交流に専念することにした。
「さっきは助かったぜ。ありがとうな、ボウズ。
俺はアリー・アル・サーシェス。お前は?」
「上条当麻だ。一体何がどうなってんだよ?
あいつがさっきアンタが叫んでた枢木スザクってやつか?」
上条はスザクが出て行った窓を指差す。
「ああそーさ。殺し合いに乗ってやがる。
最初は友好的に接してきやがったんだが、さっきいきなり撃ってきやがった」
そう言ってサーシェスは肩の怪我を示し。
自分の発言が上条に対して、効率的に効いている事に心中ほくそ笑んでいた。
スザクを仕留める事は出来なかったものの、先の戦闘でのサーシェスの策は成功した。
サーシェスはあの場において戦闘力としてはスザクに劣っていたが、
情報把握はスザクよりも数段勝っていた。
まず最初に上条当麻は二階に居るという確信。
上条当麻の容姿を把握しているということ。
なにより、上条当麻がお人よしだと知っていたこと。
これらの情報がサーシェスを助けたのだ。
先の戦闘でスザクに追い詰められた時、幾つか考えた打開策の一つ。
『二階に居る男を利用する』
これをサーシェスが実行に移した決め手はやはり、『上条が階段を下りる音』を聞いたという事だ。
銃声は上条にも聞こえていたはず、その上で階段を下りるということはつまり、この戦闘に介入する意思があると見た。
加えて他人の死体を面倒見るような甘ちゃんならば、必ず『襲われている側』に加担するはず。
だから、サーシェスはあの時、叫び声を上げたりして、自らが純粋なる被害者であることを分りやすくアピールして見せたのである。
結果、サーシェスの読み通りに上条は戦闘に介入し、サーシェスを助けた。
更に『スザクは殺し合いに乗っている』という認識を持たせることにも成功した様子であったが。
「それで……その枢木スザクはなんで殺し合いに乗ったんだ?」
上条はそんな事を聞いてきた。
サーシェスにとって、その質問の内容は不可解だった。
「さてね。俺はしらねえな、
知ってどうするってんだ?」
だが、聞き返されたその問いに上条が答えるより前に――。
放送が開始されて。
「伏せろ!ボウズ!」
彼らのすぐ隣にあった窓ガラスが、外部からの銃弾を浴びて炸裂した。
「うおわっ!」
サーシェスは咄嗟に上条の襟首を掴み、自分と共に床へと伏せさせる。
そんな彼らの頭上を凄まじい銃弾の連射が壁越しに、薙ぎ払うように通り抜けていく。
「このタイミングで外から撃ってきやがったのか!?くそったれ!しつこい野郎だな!」
サーシェスもまた、壁に向かって躊躇無くガトリングをぶっ放す。
木製の壁は木片を撒き散らしながら、文字通り蜂の巣と化していく。
この瞬間、サーシェスも上条も思い知らされた。
戦いは未だ、結末を見てはいないのだと。
□ 記録№5『存在意義』 □
一軒家から少し離れた場所で、住宅街をひた走る男が一人。
その男――
レイ・ラングレンは相変わらずの無表情を貫いていたが、その心中は揺れている。
先ほどからどうにも足が重い、体が重い。
まるで体中から力が抜けていくような、奇妙な虚脱感に襲われていた。
そこそこ長い距離を走った事が手負いの体に響いた、ということも確かにあるだろう。
だが、そんな身体的な要因以上に彼の足取りを重くしているのは彼自身の心だった。
別にここまでの道中で彼に何かがあった訳でもない。
ただ一人になって走っていただけで。
それだけで、彼は己の虚無に飲まれていた。
(……っ……!?)
立ちくらみの様なモノを感じ、レイは転んだ。
視界が捻れて、地面が近づいてくる光景は少なくともレイにはそう感じさせた。
だから受身を取る為に、右手を前に突き出すが。
いつまでたってもその手が地面に付くことは無い。
ふと気がつけば、彼は道の真ん中で右腕を前に突き出したまま止まっていた。
「錯……覚……か?」
それに気づいて、もう心身ともに終わりが近いなと、自嘲する。
彼の体はもうとっくに限界以上の酷使を強いられており。
にも拘らず、大した治療を施すことも出来ないままに、ここまで駆けて来た。
そもそも彼の怪我は応急処置で放置していいモノではない。
徐々に体の機能がおかしくなっていくのは当たり前だった。
今まではそれでも戦ってこれた。肉体の損傷など全て、意志の力だけで補えた。
彼の意思に関わらず、以前の彼は立ち止まることなどしなかったし、出来なかった。
心の奥底より溢れ出し、全身を駆け巡っていた『感情の炎』が、足を止めることを許さなかったからだ。
だが今はもう彼の心に炎は無い。
失われてしまったのだ。果たせなかった唯一つの夢と共に。
そうして、残ったものはボロボロの体と擦り切れた心だけ。
だから、後は自壊していくのみ。
誰かが直接手を下さなくとも、彼はもう自然に壊れていく存在だった。
肉体か、それとも心か、どちらが先かは分らない。
けれども、どちらにせよそう遠く無い内に終わりが来ると。
彼にも分っていた筈だ。
なのに何故、今更になって己の空虚に眩暈を覚えたりしたのか。
「……行くか」
そんなことは分りきっていたから、彼は再び走り出した。
ようするに、考えていなかっただけなのだ。
肉体的な限界も、死んでいく心も。
ただ直視していなかっただけ。
枢木スザクに付き合って、
神原駿河やC.C.、戦場ヶ原ひたぎ、一方通行と関わって。
殺し合いに乗った者と戦って。
そんな風に目まぐるしく移り変わる状況の中、
誰かと関わることによって、自身の虚無を忘れていただけなのだ。
それが今、一人になって、
彼は自分の心と向き合わざるを得ず、再び己の空虚を実感した。
これはただ、それだけの事。
分ったことは一つだけ。
枢木スザクに付き合って、神原駿河やC.C.、戦場ヶ原ひたぎ、一方通行と関わって。
殺し合いに乗った者と戦って。
それでも、レイ・ラングレンは何一つ前に進めてはいないということ。
己の『存在意義』を、『新たな夢』を見つけることなど出来ていない。
そして、見つける意思すら既に希薄なものになりつつあった。
数分間走り続けて、レイ・ラングレンは目的の一軒家に辿り着く。
レイはすぐさま己の銃を取り出し、何処から進入しようかと思考しかけたのだが。
その思考はすぐに打ち切ることになった。
「これはどういう事だ?」
「……ハァ……ハァ……っ……しくじった……」
先に屋内に侵入していた筈の枢木スザクが、一軒家の外壁に背を預けて荒い息を吐いていたからだ。
スザクの足元にはベレッタとその弾倉が落ちている。
片腕しか使えない身でリロードを実行しようとして、失敗した様子が見て取れた。
だがスザクの言う『しくじった』とは当然そのようなことではなく。
「どうやら、面倒な事になったようだな」
スザクの着ている正装、その脇腹辺りが朱に染まっている。
右手で抑えたその傷口からポタポタと、血液が地面に落下していく。
脇腹に銃傷。今すぐ命に関わる程ではないが、決して浅くは無いようだ。
「先ほど凄まじい銃声が聞こえたが、その時か?」
「ええ、応急処置を施す時間もありません。
敵はまだ中に、上条当麻は……おそらくこちらを敵と認識しています。
人質も同然……痛ッ!」
痛みに耐えながらもスザクは脇腹から手を離し、ベレッタを拾い上げる。
手間取りながらもリロードを済ませ。状況をレイに伝えた。
「それで、お前はどうするんだ?」
と、事態を把握したレイはただ一言のみを問う。
やはり彼自身はそれ以上何の意見も示さない。
スザク一人に決定権を委ね、自分はそれに従うのみというスタイルを崩さない。
なぜなら、彼自身この戦いの本質には興味が無いからだ。
レイはあくまで『スザクの結果』を見届けると言ったからにはそうしよう、と考えているだけ。
つまり問われるものはスザクの戦いであり、スザクの決定。
「上条当麻が一軒家から出てこなければ――。
僕等に対して最も危険が少なく、敵を倒すために最も迅速で効果的な戦法をとります」
そして、スザクの決定は遠まわしに、
敵を効率的に倒す為ならば、上条当麻を犠牲にすることも厭わない、と告げていた。
スザクはその具体的な戦法をレイに説明する。
「……分った。怪我の状態からして、追い立て役は俺だな。
仕留め役はお前がやれ」
そう言ってレイは己の銃を一軒家の壁に突きつける。
後は放送と同時に引きがねを引けば攻撃開始。
スザクは一つ頷いて、苦々しいモノを顔に浮かべながらも、迷いを振り切るように踵を返す。
レイそのまま、一軒家の裏手に回りこむスザクを見送った。
スザクにとってこの戦術が本意でないことは彼も察している。
だがやはりレイは何も言わない。
スザクは自分の信念を曲げてでも、目指す『結果』に向かって進まんとしている。
ならば何も言うことは無いと判断した。
同時にレイは理解する。
スザクは自分の信念を曲げてまで成し遂げたい程の『夢』を持っている、と。
実に幸福なことだな、と彼は思った。
なぜなら、それこそ彼が長年追い求め、今はもう永劫に手に入らないモノなのだから。
『インデックスです。ゲーム開始より18時間が経過しました。第三回定時放送を開始します。 』
そんな感慨も放送開始と共に意識からはじき出し、レイは引き金を引き絞る。
左側に突き出した腕を右側へと振り切るその動作は銃撃でありながら、斬撃の如く。
薙ぎ払うように、怒涛の連射を屋内の人間へと叩き込んだ。
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最終更新:2010年04月14日 00:32