アラガミShort Story ◆0zvBiGoI0k
開いた視界から入った光景は、強烈な光だった。
太陽とは違う、人工的な日差しに目が眩む。
ぼやける視界の中で、僕は現状を確認する。
首を横に動かすと、そこには僕が気を失う前のままの光景。
あちこちに散らばった雑貨品(まあ、僕が放ったわけだが)、
光の反射が眩しい木色の床、
その一部分を赤黒く汚した血溜まり。
ここに逃げ込む前は綺麗に手入れされた空間だったため家主に少し申し訳なく思う。
体を起こそうと思って、そこで気付いた。
今の僕は壁にもたれかかっていた気絶前と違って床と平行に仰向けで寝転がっていたことを。
後頭部にはコートをくるんだらしい即席の枕が置かれ、
体にはどこから持ってきたのか毛布が羽織られてる。
染み付いた油の臭いが僅かに鼻を突き、意識が少しハッキリした。
改めて、上半身を上げる。
……重い。鉛のよう、という表現が実にしっくりくる。
大分持ち直したが未だ完全とはいえない腹部の痛みよりも全身の重さの方が気になった。
思えばここに連れてこられてこのかた負傷続きだ。
平沢憂に左腕を刺されたのにはじまり、政庁での2回戦では体中を打ち付けて、
刃の付いたヨーヨーを掴んだもんだから掌が血濡れた。
続く
東横桃子では7階から紐なしダイブという必死の結末だったがどういうわけかホールに移動してタンコブ程度で事なきをえた。
そして、
浅上藤乃。損傷具合じゃぶっちぎりだ。
左腕と右足を曲げられ―――それも腕力ではなくひとりでに―――、
次いで追い打ちに同じ箇所を攻撃されトドメに腹を捩じられた。
つねる、なんてレベルもんじゃあない。
それに堪えられたのは自分を殺そうとする少女を止めたいと願ってのことだけどそれだけじゃない。
つい最近までただの平凡な高校生だった僕がそんな目に遭ったら腕が曲げられた時点でショック死してただろう。
たとえ吸血鬼の体であっても、だ。
耐えられたのは、あの日からこれまでの積み重ねの成果だろう。
そもそもこんな体になった時点で1回死んだようなものだし、
内臓が潰れたどころか腹のど真ん中を貫通したことだってある。
それから中から出てきた紐を掴まれてぐるんぐるんと……
―――この話はやめよう。引いてきた痛みがぶり返してきた。
まあとにかく人間っていうものはたくましいもので、
どんなに恐ろしくても常識はずれな事態に遭遇しても何度か経験すれば慣れてしまうのだ。
人生において無駄なことなどひとつもないとはよく言うけど、今までの怪異との遭遇は確かに僕の行動を後押ししていただろう。
望んで積んだわけでもないし、ましてや痛めつけられるのに興奮する性癖でも断じてないけど。
ここ重要。
それに非常識に、怪異に慣れるということは、自身もまた怪異側に引きずられてしまうということだ。
人を喰う化け物を退治し続けていたらいつの間にか自分が人喰いの化け物になってました、なんてのは割とよくある話だろう。
ミイラ取りがミイラになったというやつだ。
このまま日常的に怪異に触れていったら、僕もいずれそっち側に行ってしまうのだろうか。
「本物」ならともかくあくまで「もどき」でしかない僕がそう成るは分からないけど、
絶対ないと言えるほどの自信もない。
正直に言うならそんなのはごめんだ。
それこそ望んでいないし、そう成ったら悲しむ奴だっている。
僕が死んでも代わりがいるもの、なんてヒロイックな思考も自惚れも持っていない。
けれど、もう少し付き合っていくことにはなるだろう。
力を失い、自分がいなければ存在を保てなくなってしまった鉄血熱血冷血の人間もどきの吸血鬼とは。
この場にしたって付き合っていかなきゃいけないものがある。
戦場ヶ原はもちろんのこと、平沢憂も、そして浅上も、放ったままにはしておけない。
忍野がいたら胸がむかつくほど優しいなんて毒づかれるんだろう。
戦場ヶ原が聞いたら浮気と言われて刺されちまうかもしれない。
けれど、その行動に後悔はない。
ずっと道を踏み外してきた少女を、
どうしようもない所まで行ってしまう前にその手をとれたんだから。
間に合ったかどうかは分からない。許されない罪だろう。背負い切れず潰れてしまうかもしれない。
ただ少なくとも、殺人への快楽に気付かぬまま恨まれ憎まれ殺されるなんて結末は、
回避できたと思う。
ここを無事抜け出してからも、彼女の贖罪は続いていく。
その罪に苛まされながら、彼女は生きていく。
先約がいる以上いっしょに背負うことはできないけれど、
背中を押して見守るくらいはしてやっても、バチは当たらないだろう―――。
そこまで考えて、その本人の姿がないことに気付く。
ちゃんと言っておいた以上ひとりで行ってしまうことはないだろうけど、
見張ってくれているというのなら悪い。
……今更だが、女の子に絶対守ると告白されるのって情けないよな。
しかもついさっきまで殺されかけた相手に。
つくづく不思議な関係だ。まあ初めてじゃないけれど。
今一度、意識を体に戻す。立ち上がろうと腰に力を込めるが―――目眩が走りいったん断念。
体の重さは貧血が原因か。自分がどれだけ出血したかは「戦場跡」を見れば分かる。……ホント、よく生き長らえたもんだ。
とりあえず壁にもたれかかり手元にあった自分のデイパックからデバイスを取り出し、時刻を確認する。
表示は20をゆうに超えていた。つまり現在午後8時過ぎ。
都合1時間以上も眠っていたことになる。
ほんの少し目を閉じただけのような感覚だったのに。それだけ体は休息を求めていたということか。
その甲斐もあってか傷自体は、あらかた塞がってるみたいだ。
出血も治まり、裂けていた腕の皮膚は真新しいピンク色が覗く。足は、見た目だけならなんともない。
思い切って立ち上がると、足の肉と骨が軋む感触が体を蝕む。
左腕と右足と左の脇腹だけが酷い筋肉痛に陥っているみたいだ。
痛みに関しては、その比ではないけど。
結構痛むが歩いたりする分には一応の問題ない。走るのは……頑張ればいけるだろう。
万全とは到底言えないけど、1時間でここまで持ち直したのは上出来だろう。
休憩は十分取った。そろそろ行動を再開するとしよう。
そうして夜風に当たってるだろう浅上のもとに向かおうとした矢先に、
救えたと思っていた少女のか細い悲鳴が聞こえた。
「――――――っ!」
小さいけれど、間違いなく彼女の声が聞こえた。脊髄反射で駆けだす。
突然、視界が落ちた。膝を曲げた途端に行動を制止する痛みを起こす。
今はまだ動いたら危険だってことか。僕の体はどうやら正常に機能しているようだ。
痛いことを痛いとはっきり示すことは健全な肉体の証だ。
だからといって、ここでおとなしく止まってなんかいられない。
今の浅上は殺人を恐れている。
当たり前だ。彼女はついさっきにしてようやく人並みの価値観を得られたのだ。
それの意味するものは、例え襲撃者がいても彼女は力を奮えないということ。
今まで浅上は力―――何であるかは僕にはさっぱりだけど―――を使って人を殺してきた。
今彼女が力を使おうとしたら、殺人に快楽していた頃の自分を思い出してしまうのではないか。
もしその記憶を否定したら力は使えず、なすすべなく彼女は殺され、
もしその記憶を肯定したら力を使い、彼女は死に快楽する元の殺人者に戻ってしまう。
……なんて皮肉だ。異常者でいることが生きられる唯一の道だなんて。
けどそれはある意味正しい。だってこの世界が異常なんだ。
異常である世界にとって、異常者は普通の存在なんだ。
そして異常な世界にとって普通の人はその存在を許されずつまはじきにあう。
―――ふざけるなよ。
ガラにもなく、荒い口調で呟く。
そんな世界、こっちからお断りだ。
言われずともさっさと出て行ってやる。
けどそれは死なんて形じゃない。生きて、元の世界へ戻るんだ。彼女も一緒に。
だから、もう少しだけ我慢してくれ僕の体。泣き言はあとでいくらでも聞いてやる。
今動かないと、泣き言すらいえなくなってしまうんだから―――!
「浅上!!」
全身に鳴り響く警告を無視して、僕は夜の門を飛び越えた。
◇
「あ、阿良々木さん、目が覚めたんです…ひゃっ」
何か、馬が少女を舐めてる。
「―――――――――」
言葉が出ない。
何でこの場所に馬が居るのか。
なんであんな砂漠でオアシス見つけたみたいな形相で浅上を舐めてるのか。
それも凄い勢いで。
全身に汗を滲ませて、呼吸などいらぬ、一度舌を止めれば二度と出番がないわ、という修羅の如き気迫。
というか意地になってないかあいつ、舐めるスピードが尋常じゃないぞ。
もしかして欲情してるのか。あのハンドルとマフラーという五百年間ぐらい時代を超えた組み合わせのあげく
オレ伊達軍の軍馬通称馬イク今後トモヨロシクみたいな動物が浅上に欲情してるというのか。
だとしたらまずい、浅上もまずいがこの馬もまずい。
コレ、絶対やばげな量の因子を取り込んでる(GN粒子的な意味で)。
そうでなくちゃ説明できない。
「どうしたんですか阿良々木さん。
ひょっとしてまだ怪我が…ふぁんっ」
馬に舐めまわされながらも浅上は言う。
「………………」
用心しながら……いや、もう何に用心しているのかわからないが……とにかく用心しながら道場の外に出る。
「――――――」
じっと馬の動きを観察する。
……凄い。あまりの速さで舌が残像を残している。
こいつ、ホントに浅上を舐め溶かす気か……と喉を鳴らした時、不意に馬の動きが止まった。
「――――――」
「――――――」
視線が合う。
馬はまるで人間のような欲望に満ちた目で僕を睨みつけ、
「交ざるか――――?」
「交ざるか――――!」
声を荒げて、力の限り返答した。
そのままアッサリと行為を続行する馬。
……て。
もしかして馬イクのヤツ、僕も交ざりたいかと思って誘ってくれたのか?
※このモノローグは全て僕の妄想です。実際の人物、展開には何の関係もありません。
◇
「……で、つまり浅上はひょっこり出てきたこの馬がゆっくり近づいてきたと思ったら
急に舐め回してきたため驚いて声をあげてしまったと」
「すいません…怪我をしているのに心配させてしまって……」
「いや、それはいいよ。僕が早とちりしただけなんだし」
そんな脳内妄想は露とも知らず頭を下げる浅上。
いや、非は完全に僕にあるんだからそんな丁寧な対応をしないでほしい。
浅上によると、見張りも兼ねて夜風に当たっていた所にこの馬は現れた。
野生動物は火を怖がるって聞いたことがあるけどどうして近づこうなんて思ったんだろうか。分からないな。
あれか、女の色香に惑わされたっていうのか?……まさかなぁ。
いずれにせよ馬はゆっくりと、既に炭化した家を避けて敷地内に入っていった。
浅上は目の前の馬に警戒しながらも周囲を「見た」が他には誰もいなかったと言っている
(浅上は物を曲げる力だけじゃなく透視する力も持っていると教えてくれた。
……本当によく生き延びられたな僕)。
そこから馬はかなりおっかなびっくりに近づいてきたらしい。
火は怖がらないのに人は警戒するのか。つくづく分からない。
浅上もそれに気付き優しく撫でてそれに馬も安心したのか
今までのうっ憤を爆発させるがごとく舌を伸ばしてきて、今に至るという。
「そうだ浅上、毛布ありがとうな。けどそれなら起こしてくれてもよかったんだけど」
「いえ、気持ちよさそうに眠っていたので起こしたら悪いかと思って……」
「そっか」
それってつまり浅上に寝顔を見られたってことか。
うわ、恥ずかしい。
「あの、阿良々木さん……体は大丈夫なんですか?」
デイパックにあった水で顔を洗い終えた浅上は僕に問いかける。
馬はひとまず満足したのか、それともいい加減自重と思ったのか落ち着いている。
……こいつも新手の怪異なんじゃないだろうか。
それはともかく傷の具合を再確認する。
さっき無茶に動いたからか足と腹の方がじくじくと痛む。正直、キツイものがある。
「ん……ああ平気だよ、もうこの通り動けるさ」
それでも我慢できないことはないし、これ以上時間をかけるのもまずい。
火が上がってる場所だというのに今まで誰も来なかったのはかなり幸運だろう。
早く戦場ヶ原とも合流しなくちゃいけないし、いつまでもゆっくりしていられない。
怪我をしていた方の腕を振り上げ完治をアピールするが、うわ、めちゃくちゃ痛え。
「本当ですか?」
じっ、と浅上が睨みつけてくる。
睨むといっても敵意や殺意の類なんかは微塵も感じられない。
隠し事をしている子供を問い詰める母親のような、厳しさと慈愛を兼ねた瞳で、
「痛かったら、痛いって、いっていいんですよ」
諭すように、そう教えてくれた。
ああ……やっぱ無理にカッコつけるのは駄目だな。
キャラじゃないし、そもそもそんな意地張れる立場でもないんだ。
女の子に根負けしたようでやっぱり情けないけど、肝心な時にダウンして何もできないよりはずっといい。
「―――分かった。白状するよ。
痛いよ。すごく痛い。歩くのも辛いくらいだ。
けどもう大分傷は治りかけてるからもう少しだけ休んだら出発しようと思う。
それでいいかな、浅上」
僕の痛みの訴えに浅上ははい、と微笑を浮かべて頷いた。
その笑顔に一瞬ぐらつきそうだったが、刹那に脳裏に移った戦場ヶ原の顔で一気に立ち直った。
□
とはいってもそのままボーっとしているのも勿体ないのでリハビリも併せて出発の準備を進めておくことにした。
全部が済む頃には少しは調子もマシになってると信じたい。
まずは道場内に散らばった家電品各種を回収する。
効果は平沢憂や浅上との戦闘で実証済み。
大した力もない僕が生き残るにはこれ位の小賢しさが必要だ。
けれど始めの頃にしては量が少ない。家一軒のリビングや台所にあったものを根こそぎ詰め込んでいたが、
道場内のものはほとんどが浅上に破壊されてるためまともなものは殆どない。
これについて浅上はまたしても謝罪をしたがやっぱり僕は気にしないと言った。
さて、となるとどうするか。家の方は完全燃焼。延焼がわずかにパチパチと火を立てるのみだ。
これじゃ中のものの状態は見るまでもないだろう。
そう唸ってるところに浅上が切り出してきた。土蔵を探せば色々あるかもしれないと。
そういえば今浅上が着ている浴衣も着替え候補のコートも虎柄のセーターも土蔵から見つけたものだっけか。
なるほど、そこなら代わりになるものもあるかもしれないな。
「少し、気になるものもありましたから」
僕の怪我の方が優先だったから話すのは先送りにしていましたけど、と付け加えながら。
それは少し気になる、なんてものじゃなかった。
深い洞穴のような暗い部屋に灯る明り。
それは蛍光灯ではなく、月の光でもなく、赤く光る一つの陣だった。
血の色、よりはむしろ宝石のように輝く線。軌跡は円を象り、その内部にはこれみよがしに妖しげな紋様。
いわゆる魔方陣ってやつだ。
「……どうしようか」
「……どうしましょう」
問うた僕に、問い返す浅上。
質問を質問で返す形だが、本当にどうしようか分からないので仕様がない。
分からないからこそ後回しにしていたんだろう。
忍野ならこういうのは専売特許なんだろうけどな。
くそ、さっきからやたら忍野が話に出てくるな。
僕にソッチの趣味はないと何度も何度も心の中で反芻しながらこれの対処法を考える。
「……やっぱ、主催が仕掛けたものなんだろうな」
ここに誰かが入ってきた形跡はない。というかここにこんなものを仕込む意図もよく分からない。
だったら始めからここにこうしてあったと思うのが自然だろう。
で、問題はこれが僕たちに、加えてこの会場にどんな効果を持っているかだ。
結論としては、良くないものと見ていいと思う。
こんな悪趣味な催しをする連中の仕掛けなんだから好意的に見ろというのが無理ってもんだ。
壊した方が、今後のためになると思う。
それには浅上も同意らしい。下がれというように手を僕の前に出して浅上は―――。
「いいよ、浅上。僕がやる」
逆に手を出し、彼女が行おうとしたことを制する。
理由?簡単だ。手を震わせている女の子に無茶をさせるほど僕は鬼畜ではない。
「大丈夫です、わたし―――」
「震えながら言っても説得力がないよ。それに力仕事は男の役目さ。
そのくらい僕にもできる」
デイパックからこれまた輪形の刀を取り出し、半分に分割する。
トス、と小気味よい音を立てて刃は地面に突き刺さり、淡い赤光は消えていく。
効果が消えた、と見ていいだろう。
やっぱり僕の見立て通り、浅上は力を使うことを恐れている。
死に接触し快楽していた頃の自分がフラッシュバックされている。
自分のおぞましい、人外の一面を垣間見てしまう。
「怖いなら、怖いっていっていいんだ。無理することなんてないさ」
気遣いと、ほんの少しだけさっきの意趣返しも含んで教える。
「……怖いです。けど、それじゃ阿良々木さんを守れません。
わたしにできるのは、これくらいしかできませんから」
肩を小さく震わせながらも、浅上の声ははっきりとしている。
そこには小さいながらも、強い決意が見えた。
「それに、逃げちゃいけないと思うんです。
今まで人を殺してきたのも、殺すことを愉しんでいたのも……私なんです。
それを忘れて、見ないままにしているのは……だめなんだと思います」
それが彼女にとっての罪の形。
何人も殺し、傷つけてきた自分の贖罪の証。
殺人に愉悦する己の魔性。それを受け入れ、堪え、一生を費やす。
ここに、浅上藤乃は自身の快楽に打ち克つと表明した。
「―――分かった。なるべくそんな場面にはならないようにするけど、
どうしようもない場合は浅上を頼るよ」
「―――はい、よろしくお願いします」
そこまで言われたら、僕には何も言えない。
できるのは、彼女の贖いの道が踏みにじられないよう願うくらいだ。
丁寧にお辞儀を返す浅上に、やっぱり変な関係だなぁ、と心中で思った。
◇
魔方陣に始末をつけたあとは、予定通り土蔵にあった品々をデイパックに詰めていく。
ストーブやパソコン、中古のバイクやら謎の戦車らしき物体や
某有名ファストフードのイメージキャラクターの等身大人形までもあった。
物置というかガラクタ置き場だな、こりゃ。家主は何考えてるんだか。
今の僕には願ったりだが。
惜しむらくはこれといって武器になりそうなものは置いてなかったくらいか。
実際は武器だけど気付いていないだけってのもあり得るけど。
土蔵を出て、空を見上げる。戦場ヶ原と見た時よりは少ないけどまばらに星がきらめく。
その中でひときわ大きく輝く新円に近いそれを見ていると、少し体が楽になる、気がする。
月は狂気の象徴なのだという。
月を意味するLunaの派生語のLunaticは『狂っている』という意味を持つ(戦場ヶ原との受験勉強の成果である)。
他にも月が出てる日には交通事故が増えたり、妊婦は月を見てはいけないなんて言い伝えがあったり、
狼男が変身したりと、昔から月と怪異は馴染みが深い。
怪異の王である吸血鬼もご多分に漏れず、夜ほど調子がよく満月の日なんかは最高潮なんだそうな。
なんだってそんなに多く関係しているんだろうか。気になって忍野に聞いたことがあるけど適当にはぐらかされた。
まあ魔力の源だの占星術やイザナギがなんだの詳しく説明されてもお手上げなんだが。
ひょっとして吸血鬼の起源は月からやってきたかぐや姫だったとか?
ははっ、ないない。想像力逞し過ぎだろうそれは。
なんにせよ夜であれば僕の体もましに動くようになっているようだ。心なしか痛みも和らいでる。
荷物の整理をしながら、僕と浅上はもう少し情報を交換した。
主催に反抗する人たちでグループを作るため【E-3】の【象の像】に集まるプランを立てていること。
その情報元でもあるサーシェスという男は殺しあいに乗っていて、
浅上達と手を組んでそこに集まる人を一網打尽にしようと共同を持ちかけたこと。
ライダーと離れその男と行動を共にしたけど、すぐに向こう側(この場合はそのプランを組んでいる枢木たちだ)
に紛れ込むと言って別れ、尾行していたというライダーと再び合流して、
それから僕に出遭って、今に至るという。
今ライダーはどうしているのか。浅上を捜索しているのか、切り捨てて象の像に待ち伏せているのか。
浅上は、前者を選んでいるだろうと言った。
多くの人間が集まる場所を単独で迫るのは危険だと、そう聞かされていたからだという。
―――なんだか、今の話に違和感を感じる。
話からしてサーシェスって奴はかなり胡散臭い男だ。
ライダーが尾けていたのも自分を陥れるための裏切りを警戒しての判断だろう。
けどそんな戦略上の思考よりも、浅上を守るために見張っていたと解釈した方がしっくりする気がする。
彼女なら、自分を探しに来てくれる。来て欲しい。
そんな無自覚な信頼感を、浅上から僕は感じた。
そうこうしてる内に時間は過ぎ、やることはほとんど終えた。
体もかなり楽になった。これなら浅上を連れて逃げるくらいには立ち回れるだろう。
馬という徒歩とは比べ物にならない移動手段も得られた。
乗りこなせるかが大いに不安だったけど、少なくとも浅上の言うことには従うらしい。
……一応僕にも反応してるんだけど何故か仕方なく、といった雰囲気が出てるような、しないような。
馬の気持ちを知るなんて能力、僕にはないはずなんだけどな。
そして最後に残ったのは、運営サービスの使い道。
参加者の居場所を生死を込めて正確に知ることができる数少ない手段。
他にも聞けることがあるが、知りたいことは数えるときりがなく、
その大半はまだ教えられない事項だろうから今は放っておく。
「それで浅上、誰の居場所を聞くんだ?」
浅上の探し人は多い。その大半は彼女が今までに殺してきた人の関係者だ。
全員の居場所を知っても、会いに行くのは正直難しいだろう。
「……まずは、ライダーさんの居場所を聞きたいと思います。
たぶんいちばん近いでしょうし、やっぱり私のことを探していると思いますから」
パソコンを手に取りメール作成欄まで進めた所で浅上は答える。
確かに僕らが最後に会った人物はライダーだ。
川に流され元いた位置の向こう岸にまで来たけどそれほど離れてはいない。
こっちから近づけばすぐに会えるだろう。
ただしそこには大きな問題がある。
「けど、浅上。ライダーに会ってどうするつもりだ?
……あいつは殺しあいに乗っているんだろう?」
お互いの胸中はどうあれ浅上とライダーが組んでいたのは効率よく参加者を排除するため。
いずれ敵対することが確定しているかりそめの同盟関係なのだ。
そして浅上が人殺しを否定した今、同盟は決裂だ。
それを知ったライダーはどんな行動に出るのか。普通に考えればその瞬間浅上は敵、
殺害の対象だ。
「……たぶん、ライダーさんは元の場所に帰るために殺し合いに乗っているんです。
会ったら、まず話し合いたいと思います」
遠巻きながらも、ライダーを説得すると言った浅上。
それの上手く行く確率がどれだけ低いかは、一番長く一緒にいた浅上が分かっているはずなのに。
「……そうか。浅上が決めたことなら文句はないよ」
「有難うございます。あ、あともう1人は戦場ヶ原さんでもいいですか?」
「戦場ヶ原の?」
「はい。阿良々木さんの……その、恋人同士なんです、よね」
白い肌を薄紅色に染めながらそう答える。面と向かって恋人って言われると、なんだかこそばゆいな。
戦場ヶ原も浅上が会おうとしてる人の1人だけど、やっぱ僕に気を遣ってのことなんだろうな。
さっきの象の像に集まる話を思い出す。
僕が戦場ヶ原の
現在位置を聞いた時はE-6にいた。
浅上たちがその話をサーシェスという男から聞いたのはD-7。
元々の情報源である枢木とも接触していてもおかしくはない。
戦場ヶ原も僕がそこにいると思って付いて行ってるかもしれない。そしたら今頃は象の像にいるということになる。
だけど向かう際中に何らかのトラブルで遅れていたら、始めから情報を聞いていなかったら象の像にはいない。
そもそも集合時間だという3回放送からかなりの時間が経っている。
もう別の場所に移動していてもおかしくはないんじゃないだろうか。
そうなると、戦場ヶ原の予想現在地はかなり分散される。
当てもなく動いてはいつまでたっても会えやしない。
結局、ライダーと戦場ヶ原の居場所を聞くことに決まった。
浅上は小さなパソコンに文字を打ち込むのに戸惑ってるらしいので僕が代わりに書き込んで送信。
この前と違って大して間を置かずに返信が返ってくる。僕と浅上はパソコンの画面を覗きこんだ。
―――決定的な、運命のすれ違いが起きていたことを予想することなく。
『From:
原村和
To:沢村智紀
―――――――――――
その質問にお答えします。
ライダーの現在位置は不明です。既に死亡しています』
【E-5南西 衛宮邸 剣道場/一日目/夜中】
【
阿良々木暦@化物語】
[状態]:疲労(中)、出血によるダメージ(小、治癒中)歪曲(左腕、右足、左脇腹、いずれも治癒中、行動に支障なし)
[服装]:直江津高校男子制服
[装備]:マウンテンバイク@現実 拡声器@現実
[道具]:デイパック、支給品一式、ギー太@けいおん!、エトペン@咲-Saki-
毛利元就の輪刀@戦国BASARA、USBメモリ@現実
土蔵で集めた品多数
[思考] 誰も殺させないし殺さないでゲームから脱出。
基本:知り合いと合流、保護する。
0:……死んだ?
0:ライダーと戦場ヶ原の居場所を聞き、会いに行く。
1:浅上藤乃を一人にしない。
2:憂をこのままにはしない。
3:桃子、ルルーシュを警戒。
4:……死んだあの子の言っていた「家族」も出来れば助けてあげたい。
5:支給品をそれぞれ持ち主(もしくはその関係者)に会えれば渡す。原村和とは一方的な約束済。
6:千石……八九寺……神原……。
7:太眉の少女については……?
8:落ち着いたら【ホール】を再調査してみる。
[備考]
※アニメ最終回(12話)終了後よりの参戦です。
※回復力は制限されていませんが、時間経過により低下します。
※会場に生まれた綻びは、あくまで偶発的なものであり、今後発生することはありません。
※巨神像はケーブルでコンソールと繋がっています。コンソールは鍵となる何かを差し込む箇所があります。
※原村和が主催側にいることを知りました。
※サポート窓口について知りました。
※衛宮邸は全焼しました。小さく燻っているのみです。
※土蔵にあった魔方陣の効力が消失しました。
※土蔵にあったガラクタを多数回収しました。武器の類は入ってません。
ひょっとしたらなんらかの特別な物が混入してる可能性もあります。
※藤乃と情報を交換しました。
【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:頬に掠り傷(処置済み)、疲労(小)、全身に軽い刺し傷(処置済み)、力を使うことへの僅かな恐怖心・及びそれを克服する覚悟
[服装]:浴衣@現実
[装備]:軍用ゴーグル@とある魔術の禁書目録 、伊達軍の馬@戦国BASARA
[道具]:基本支給品一式、
[思考]
基本:今までの罪を償っていく
0:……え?
1:ライダーさんと会って話をする。自分たちを殺そうとするなら……
2:今まで自分が殺してきた人の知り合いを探す。
3:阿良々木さんを守る。
4:サーシェスを敵視。
5:人を凶ることで快楽を感じていた事を自覚し、その自分に恐怖する。
6:サーヴァントと戦国武将に警戒。
[備考]
※式との戦いの途中から参戦。盲腸炎や怪我は完治しており、痛覚麻痺も今は治っている
※藤乃の無痛症がどうなっているかは後の書き手にお任せします。
※魔眼を使おうとすると過去の殺人の愉悦の感覚 を思い出してしまいます。
ですがそれらを克服する覚悟も決めています。
※阿良々木と情報を交換しました。
◆
さて、ここからは誰も知らない裏話だ。
彼彼女、第三者じゃなきゃ知る由もない事なんかを説明してあげるよ。
え?僕の出番はないだって?堅いこと言うなよ、どうせ他に語ってくれる奴もいないんだ。
どうせしばらく暇だし、読者サービスってやつさ。
さて、まず阿良々木クンが逃げ込んだ家だけど―――あそこ、結界が張ってあるんだよね。
毎度お馴染み、荒耶クンの作成物さ。
あの家に元からあったやつをそっくり模倣しただけなんだけどね。
で、肝心の結界の効果だけど、そうたいしたもんじゃない。
『敵意を持って入った人間に対して警告を鳴らす』なんてシケたものだよ。
けど索敵機能だけなら折り紙つきだよ。襲われながら入ってきた阿良々木クンは気付かなかったようだけどねぇ。
それじゃ次、土蔵の中にあった魔方陣の話だ。
こいつはみんな知ってると思うけどこの会場を覆ってる結界の基点、そいつの予備だ。
基点なんて、あるだけ置けばいいってもんじゃない。
位置、方角、形状、数。そういう細かい点を押さえておかないと上手く出来ないんだ。
なるべく対象範囲を覆うように。数は完全数に。形状は、六芒星なんかが主流かな?
各施設にある魔方陣が消された時、自動的に発動して数の帳尻を合わせるためのもの。
だから荒耶クンが死んでも機能は実行される。まったく大した術師だよ彼は。
まあそもそも彼はまだ―――おっといけない。僕がこんなこと言っちゃ話に変な影響が出ちまう。
これはあくまで裏話、本筋にからめちゃいけないってね。
けどそれも阿良々木クンが壊しちゃったからさあ大変だ。
他に予備が仕掛けられてるかは知らないけど、僕の仕事を増やさないでくれるかなぁ。
ホント、困っちゃうね。
ちなみに土蔵に埋まってるガラクタだけど、碌なもんは入ってないぜ。
土蔵自体も魔術師の陣地としちゃ十点だ。採点したのは僕じゃなくてある特級の魔術師だけど。
この結界、ひいてはこの家は人を受け入れる性質があるからね。
人から離れてコソコソやる魔術師の根城としちゃ落第点もいいとこだ。
だからこそ、薬局を逃げてからアッチコッチ彷徨ってた馬イククンも引寄せられたのかも知れないねぇ。
……ま、僕も実際に漁って見たわけじゃないからね、
思いよらないビックリドッキリアイテムなんてのがあるかも分からないよ?
さて、これで話はおしまいだ。少しは納得できたかい?
ん?何でも知ってるなだって?下っ端に毛が生えた程度の立場のくせに?
ははあ、そうきたか。残念ながらそれにはノーコメントさ。大人の事情ってやつでね。
あえて言うなら「何でもは知らない。知ってることだけ」。
――――――そもそも『僕』が誰だなんて、キミ達は知っているのかな?
ザッ
※このパートはフィクションです。実際の登場人物、展開には関係ありません。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年05月18日 08:52