阿良々木暦の暴走(前編) ◆1aw4LHSuEI
走る馬の上で、僕たち二人は無言だった。
僕も浅上も馬に乗るのが初めてで慣れていないから緊張しているっていうのもある。
だけど、一番の原因は、
ライダーが死亡していたことを知ってしまったことなんだろう。
正直な話、僕自身はライダーに対してあまり良い感情を持ってはいなかった。
当然と言えば当然な事だ。だって、僕にとって彼女は冷酷な殺人者にすぎない。
真田の仇であり、僕自身だって殺されかけた。
浅上から話を聞いても、僕にとっての印象は変わらない。
だけど。きっと浅上にはライダーの、他の一面も見えていたのだろう。
完全に、とはいえないけれど、僕だってそれを理解できないわけじゃない。
他人にとっては、ただの化物かもしれない。
でも、確かに、自分との間に何かを感じた。
そんなやつが、僕にだっていたことがある。
今では見る影もない美しい吸血鬼。
一生をかけて償うと決めた相手。
それを選んだのは責任感だけじゃなく、生きていて欲しいと僕自身が望んだからだ。
きっと、その関係とはまた違うんだろうけど。
でも、同じぐらい浅上はライダーに生きていて欲しかったんだと思う。
背中に感じる感触と腰に回された腕。押さえられた嗚咽の声がそれを痛いほど感じさせた。
だけど、僕には浅上を慰めてやる余裕なんてない。
なんと言葉をかければいいのか分からない、というのが一番の本音ではあるけれど。
思い出してしまったのだ。分かっていたはずのことを。
ここでは、人は本当に簡単に死んでしまう。
千石、八九寺、神原、真田、
セイバー。
僕は、それを分かっていたつもりだった。
だけど、そうだ、だけど。
やぱり全然わかっちゃいなかった。
早く合流しなければ、戦場ヶ原が、死んでしまうかも知れない。
やっと、僕はそんな当たり前のことを実感する。
「言葉」でなく「心」で理解できた。
だから、心が急いていた。
だから、気遣いが薄くなる。
前に神原から言われたことがある。
もしも――それでも誰か一人を選ばなくてはならない状況が訪れれば、
そのときは迷わず、戦場ヶ原先輩を選んであげて欲しいな
その通りだ。
僕は戦場ヶ原が好きだ。
あいつを守ってやらなきゃならない。
そのために他のすべてを犠牲にするなんて言えないけれど。
それでも、義務でもなく責任でもなく。
ただひとりの男として、僕はあいつを守りたいと思っているのだから。
原村によると戦場ヶ原は僕たちと同じE-5エリアにいるらしい。
だけど、今までの戦場ヶ原の位置から僕して、僕たちから見て対岸にいるってことは想像に難くない。
同じエリアにいることが分かってるのに会えない。遠回りしなくちゃならない。
そう、僕は焦っていた。
尋常じゃないはずの馬に突っ込むことや、背中に当たっているだろう感触への反応を忘れてしまうほどに。
こんなことじゃ、だめだ。
きっといいことにはならない。
だけど、どうしたらいいのか。いい考えは浮かばなくて。
ただひたすらに一心に、馬を走らせることしか今の僕には出来なかった。
「――――――!」
「――――――!?」
そんなときに聞こえてきた声。
何か言い争っているように聞こえる。
馬のハンドルのあたりに据え付けたデバイスを見ると、薬局と書かれた施設の近く。
これまでの経過時間で戦場ヶ原がここに移動してくるとは思えなかったから通りすぎようと思っていたんだけど……。
確かに誰か参加者がいてもおかしくはない。
正直、戦場ヶ原のことを考えると先を急ぎたくもなるけれど。
殺し合いに乗ってない相手なら、情報交換をしておくべきだろう。
「浅上、他の参加者だ。接触しようと思うけど、いいか?」
「…………はい」
少しだけ、僕に話しかけられて驚いたように身を震わせた後、浅上は僕の言葉に同意した。
こんな状態の浅上を他の参加者と出会わせていいのかとも思ったけど、放っていくというわけにも行かない。
何があるかわからないけれど、やぱり接触しておくべきだろう。
揉めているようだし、対応は慎重に考えた方がいいだろうけど。
僕は様子を伺うため、静かに馬を停めてゆっくりとそっちに近づいて―――あれ?
―――馬って、どうやって停めればいいんだ?
「……あの、悪いけど停まってくれないか?」
そう呼びかけると、馬は一鳴きだけして薬局を視認できるぐらいの位置で停まってくれた。
……最近の馬は賢いんだなあ。乗ったときも要件を伝えたらそのとおりにしてくれたし。
何かトラウマでもあるのかと思わせるぐらいに、こっちの命令から逸脱した行為はとらない。
できた馬もいたもんだ。
でも、停るときの鳴き声で向こうもこっちに気付いたらしい。
聞こえていた声が止んで、静かになった。警戒しているのだろう。
取り敢えず馬から降りて様子を伺ったけど反応はない。
でも、すぐに攻撃してこないってことは、話し合う余地があるってことだろう。
このまま見合っていても仕方ないし、、出来るだけ警戒させないようにこっちから自己紹介する。
「僕の名前は
阿良々木暦! こっちは
浅上藤乃。どっちも殺し合いには乗ってない。そっちは、どうだ?」
すると少しの間の後、薬局の中から金髪の男が銃を構えながら出てきた。
素人目にだけど、その姿は様になっていて銃の扱いに手馴れていそうに見える。
着てる服からして軍人かなにか、だからだろうか。
それにしても男、か。言い争ってた声は両方共女の子の声っぽかったし、後二人は薬局の中にいるんだろう。
それを守るようにこの人が出てきたってことは……殺し合いには乗ってない、かな。多分。
と、告げた後。
「―――君が、阿良々木暦か。ふむ、聞いていた通りの容姿だな。あまり、時間はないが……。入りたまえ」
僕のことを知っているようだ。一体、どうして僕のことを知っているんだろう。
そんな疑問は浮かぶけど、中で聞いたらいいことだ。
馬にそこで待っててくれと呼びかけて、僕らは薬局へと入ることにした。
◎ ◎ ◎
少しばかり時間を巻き戻し薬局の中。
三人の人間がそこにはいた。
一人は
白井黒子。ユーフェミアに撃たれ重症を負い、施設サービスにより治療され今は眠っている。
一人は
天江衣。黒子を救うために一億ペリカの借金を独りで背負った少女。
一人はグラハム・エーカー。
衛宮士郎の救出と二人の安全を天秤にかけた結果、『保留』という選択をした男。
何をしているのか。グラハム・エーカー。早く衛宮士郎を救出に行くべきでないか―――。
いや、彼を見捨てるというのなら、もっと戦場から離れるべきではないのか―――?
今の彼にそれを問うのは酷だろう。
彼の同行者は現在、無力な幼い少女と、致命傷を癒したばかりで眠るこれまた年端もいかぬ少女の二人。
その二人を置いて戦場へ向かうことなど出来るはずもなく。
かと言ってこれ以上逃げるとしても、戦力外二人を連れた上での逃走は危険も大きい。
何よりも、グラハム自身が、少年、衛宮士郎の無事を祈っている。
ここを移動して離れてしまえば、二度と出会うことがないかも知れない。
そんな考えすら浮かんでくる。
だからこその『保留』による待機。
どちらも取り落としたくないからこその、第三の選択肢。
だが、つい考えてしまう。
ひょっとしたら増援に向かうべきだったかも知れない。
ひょっとしたら全力で逃走すべきだったのかも知れない。
ひょっとしたら……どちらも失うかもしれない最悪の選択肢を選んでいるのかも知れない。
グラハム・エーカーはこの男にしては珍しく迷っていた。
本当に、自らの出した決断が正しかったのかを。
「―――すまないな、天江衣。不甲斐ないばかりだ。私としたことが」
「な、何を言うのだグラハム! 人は十全十美というわけにはいかない。完全無欠の選択など見つからないで当然だ!
それに、グラハムが千思万考して得た答えなのだから、きっと大丈夫だ! なんとかなる!」
だが、天江衣のまっすぐな言葉を聞いて理解する。
後悔など、迷いなど持っている場合ではないのだ。
こんな子供を死なせていいはずがない。あのような勇敢な少年を見捨てていいはずがない。
ならば、きっと自分の選択は間違っていない。
そう信じるしかないのだから。
「そうだな……。その通りだ。この私が泣き言などを言っている場合では無かった」
グラハム・エーカーは自分の選択を信じる。
そうと決まれば次に考えるべきは、これからのこと。
白井黒子が目覚めれば、どうするのか。
勿論、それまでに衛宮士郎と合流出来ることが理想的だろうが。
彼の位置情報は最早なく、少年自身にもこちらの位置を知る方法が無い以上それは望めない。
つまり、状況が動くこと。
白井黒子の覚醒後にどう動くか。
それまで動けないだろうからこそ、それを今考えるべきだった。
やはり、全員で彼の元へと向かうことが望ましいだろうか。
しかし、此の島にきてから一度も経験していない殺し合い。
それも、想像もつかないような異能をもってしての争い。
自分はいい。グラハム・エーカーはそう考える。
軍人なのだから。弱き者を守るために戦うのは当然のことだ。
だが、天江衣を戦いに巻き込んでもいいのだろうか。
殺し合いなどには縁のない、この可憐な少女を。
とはいえ戦闘力の無い彼女を一人きりにするわけにもいかない。
ある程度戦闘の出来る誰かとともにいてもらわねばならないだろう。
では、自分のみが行き白井黒子と天江衣には待機していてもらう、ということではどうか。
だが、納得するだろうか。白井黒子が。
グラハムの心にまた僅かな迷いが生まれる。
「―――……? ここ、は―――……?」
しかし、それが具体的な形を見せる前に、白井黒子の目が覚める。
疲労も含めて肉体が回復した以上、それほど長く眠りが続くはずも無かった。
「しらい、しらい! 目を覚ましたのか!」
「衣さん……。そう、わたくしは撃たれて……。え? 何故傷がありませんの? それに、士郎さんは……?!」
「落ち着け、白井黒子。ここは薬局だ。傷は施設別サービスで治療した。―――衛宮少年とは、まだ合流出来ていない」
冷静に答えるグラハム。
「では、まだ士郎さんは……―――!」
瞬時に意識がはっきりとする黒子。
一刻も早く駆けつけなければとばかりに勢い良く起き上がる。
「ま、待ってくれ、白井! まだ傷も癒えたばかりでそんな無茶を―――!」
それを留めるは天江衣。
正直な話、彼女は怖かった。
白井黒子が危険な戦場に繰り出そうとすることが。
自分と友達になると言ってくれたものが、また死んでしまうのが。
―――どうしても、伊藤開司と被って見えてしまい。
「―――もっと、もっと無茶をする人が行ってしまったんですの! だから、わたくしは―――!?」
しかし、それも黒子には通じない。
普段の彼女であれば天江衣相手にここまで怒鳴ることはないだろう。
衛宮士郎という少年が未だ死地にいることが、黒子の頭から冷静な思考を排除していた。
「待て、衣、白井黒子。―――どうやら、他の参加者のようだ」
二人を制しようと口を開きかけたグラハム・エーカーは外から聞こえた馬の声に反応する。
思い出すのは支給品だった馬のこと。
それを考えれば、他の参加者が馬を移動手段としていると言う可能性にはすぐに思い当たった。
どう対応すべきか、わずかに迷い身構える。
すると、向こうもこちらの存在に気がついているようで、声をかけてきた。
「僕の名前は阿良々木暦! こっちは浅上藤乃。どっちも殺し合いには乗ってない。そっちは、どうだ?」
そして時間を巻き戻す。
◎ ◎ ◎
情報交換のターン。
筆談等を適時交えて盗聴に備えながら、各自、己の知ったことを伝え合う。
開会式の少女の家族、天江衣。学園都市の風紀委員にしてレベル4のテレポーター白井黒子。ユニオンの軍人にしてフラッグファイターのグラハム・エーカー。人間もどきの吸血鬼未満、阿良々木暦。歪曲と千里眼の少女、浅上藤乃。それぞれの元々の知り合いの名前と容姿、簡単なプロフィール。
ギャンブル船、希望の船、エスポワール。セイバーのマスター、衛宮士郎。蝸牛に迷った少女、
八九寺真宵。元帝愛幹部、利根川幸雄。普通の女子高生、秋山澪。ギャンブラー(?)、伊藤開司。戦国武将、明智光秀。エスポワール会議。OZの軍人、
ゼクス・マーキス。投影魔術と解析魔術。仲間割れ。そして、日本人を殺す女、
ユーフェミア・リ・ブリタニア。世界有数のデジタル派、原村和。『黒子の仮説』。聖杯戦争。ガンダムのパイロット、
ヒイロ・ユイ。その同行者の女、
ファサリナ。エスポワール・ノート。参加者よりと予想される工作員、忍野メメ。
正義の味方、衛宮士郎、首輪解除の鍵となりうる。政庁崩壊。政庁跡での戦闘。狂った女。治療サービス。その際に現れた主催者側の少女、禁書目録。
殺人に乗った少女、
平沢憂。牧師のような服を来た少年、
デュオ・マックスウェル。中性的な和服の少女、両儀式。ナイトオブゼロ、枢木スザク。熱き戦国武将、真田幸村。気高い少女、セイバー。おくりびと。明智光秀と織田信長は危険な存在。駅襲撃。東横桃子と
ルルーシュ・ランペルージ、平沢憂と手を結んでの不意打ち。位置ワープ。F-7/ホールと条件入場の扉。USBとパソコン。バトルロワイアルサポート窓口担当、原村和。時間経過により開示されていく情報。ライダーの襲撃。浅上藤乃との合流。ライダーの死亡。位置情報により
戦場ヶ原ひたぎと合流するためにここまで来たこと。
まず、初めに
加治木ゆみを殺した。琴吹紬と千石撫子を逃した。月詠小萌は藤乃の行動の結果死んだ。ライダーと出会い同盟を結んだ。駅を襲撃して真田幸村を殺した。駅で枢木スザクと銃を持った男、神原駿河、一方通行と戦闘した。
アリー・アル・サーシェスと同盟を結んだけれど、即座に別れた。阿良々木暦を殺そうとして殺せなかった。そして、人を殺すことをやめた。
◎ ◎ ◎
それぞれの情報が開示され、空いていたピースがいくつか埋まる。
僕の情報も彼らの持っていた考察の裏付けや、新しい発見にもなったらしい。
だが、彼らにとってはそれ以上に衝撃だったことは浅上による罪の告白のようだった。
繰り返される謝罪の言葉。自身の罪を隠すこともなくさらけ出した浅上。
でも、三人の反応は分かっていたことだがあまり芳しいものじゃなかった。
白井は不信感を隠そうともしなかった。
「―――正直、阿良々木さんには申し訳有りませんけれど、信用できませんわ。
改心したふりをしている、ということも考えられますし。
それに、改心が偽りで無かったとしても、それをどう償うつもりですの?
もし、お姉さまを殺した人間が貴女だったのなら、私は到底許せそうにはありませんわ」
天江は泣いてしまった。加治木ゆみは彼女の知り合いで、友達になれたかもしれない人、だったらしい。
「……すまない。衣は……あさがみを許してもいいものか、分からない……」
グラハムさんは白井ほど感情的ではなかったけれど、やはり信用しきれないようだ。
「―――人を殺したということ。それ自体は仕方ないと許せることかも知れない。
私も軍人だ。戦場で人間を殺したことはなんどもある。この狂った殺し合いを戦場と見立てれば分からない話でも無い。
しかし、ここで相手をするのは死ぬ覚悟のある軍人ではない。殺し合いとは無縁なはずの一般人だ。
しかもそれを享楽的に殺したと言う人間を手放しで信用できるほど、私、グラハム・エーカーは人間が出来てはいないな」
冷たい、いや、当たり前の言葉だった。
浅上がしてきたことは、それだけ罪深く許されざる行為なのだ。
どれほど罵られても償いには決して値しないほどの。
浅上は、それらを聞いて辛そうだった。
泣きそうだった。罪を噛み締めていた。
だけど、泣いてはいなかった。
誤魔化さず、罪と向きあおうとしていた。
そんな彼女を見て僕は思う。
彼らの言っていることはもっともで、許してもらおうなんて図々しいことだと。
浅上は、許して欲しいわけではないだろう。甘んじて責を受けるつもりだろう。
しかし、それすら傲慢なことかもしれない。
なぜなら、意図せずして選択肢を狭めているのだ浅上は。
だって、許せなかったとして、許さなかったとして。
どうすればいい。今まで殺し合いに乗っていなかった人間は。
殺すか? 浅上は殺意を向けられるても受け入れるつもりはあるだろう。
それはそれでひとつの選択肢なのかも知れない。
だが、殺せるわけがない。殺し合いを選ばなかった人間が、無抵抗な人間を殺せるわけがないのだ。
心情的には兎も角、行動としてそうしてしまえば、それはゲームに乗ったものと同じになってしまうのだから。
だからといって、許すことも難しい。殺し合いにのっていない人間は多かれ少なかれ、誰かとの死を乗り越えてきただろう。
今更、それを行っていた人間にごめんなさいと言われても、怒りを抑えることは難しい。
だったら、だったらどうするのか。
決まっている。
「少年、君にも聞きたいことがある。―――どうして、君は浅上藤乃を許せた?」
そう、僕だ。
既に同行している僕が、どうして浅上を許せたのか。
その確認と、理屈の追求。
「聞いてみたところによれば、君の元からの知人二人が死ぬことになった遠因も、浅上藤乃によるもののようだ。
だというのに、何故だ、少年。何故君は浅上藤乃を許したんだ?」
だから、僕は答えた。
「―――許したわけじゃない。……別に僕は浅上がやったことを許したわけじゃないんですよ。
神原も、千石も僕にとって大切な友達でした。―――それを手放しに許せるほどに、僕だって人間が出来ているわけじゃない」
そうだ。
かつて、どうしようも無いほどに敵対した男を殺されて。
それを、許せなかったのが、僕だ。
人を殺した浅上を、それを楽しんでいた浅上を許せるはずが無い。
「……ならば、何故だ。君はどうして彼女と同行している」
訝しげなグラハムさんの顔。
そうだろう。許せないなら、どうして僕は浅上の側にいる?
ちらりと浅上を見れば、少し不安そうな顔をしていた。
大丈夫。既に答えは得ている。
そう心の中でつぶやいてグラハムさんに目を向けた。
僕は、覚悟を決める。
―――いや、覚悟なんて。もっと前に決めていた。
「―――それでも、浅上に生きていて欲しいと思ったからです。
許せなくても、仇でも、あの涙は、後悔は嘘じゃなかった。
僕を殺そうとした浅上も、僕を生かそうとした浅上も、嘘じゃない。
人殺しをしないと誓った彼女は、僕と一緒にここまできた浅上は、普通の女の子だった。
僕は……嫌だ。こんな子が救われないのは、真っ当に生きられないことは嫌だと思った。
浅上藤乃を許せない気持ちは本物です。だけど、それ以上に、僕は浅上に生きていて欲しい。
だから。
僕は浅上を守る。―――ただ、それだけです」
ちゃんとした、誰にでも誇れるような理屈があるじゃない。
こんな、ただの短絡的かもしれない、だけど嘘じゃない。
僕にはそんな感情しか無い。
納得してくれるとも思っていないけれど。
押し付けられるわけも無いけれど。
それが、僕の偽らざる気持ちだった。
「……そうか」
グラハムさんは少し考えていたようだった。
そして、向き帰り、白井、天江のことを見る。
天江は、泣きながらもしっかりとグラハムさんを見据えていた。
白井は僕を少し見た後で、グラハムさんに向かって頷いた。
こちらに顔を向けて、彼は僕らにこう言った。
「では、少年。君のその意志に免じて判断を『保留』することにしよう。
これからの彼女の行動で、私たちが浅上藤乃をどう扱うかが、決まる」
……それは、この場で出来る最大限の譲歩と言ってもいいものだと思う。
僕も、浅上も驚いて彼を見る。
グラハムさんは少しだけ笑うと言った。
「許さなくてもいい―――か。少年、君はなかなかユニークだな」
こうして僕たちは、本当の意味でグラハムさん達と合流することができた。
◎ ◎ ◎
さて、こんな心温めるエピソードのあとで非常に心苦しいところではあるんだけれど……。
僕の方からやはりもう一つ提案をしようかと思う。
いや、なんていうか空気読めとか、おいおいさっき言ったことはどうしたんだとか聞かれても困るんだけど。
これから先のことを考えたら。多分、こうすることが一番いいと思うから。
「ふむ、情報も集まったところでこれからどうするかだが―――」
「ごめん、グラハムさん。先に僕からいいですか?」
まとめようとしたグラハムさんの声を遮っての発言。
みんなの視線が僕に集まる。
う。ちょっと緊張。
あまり大勢に注目されたことないしなあ。
「なんですの? 阿良々木さん。わたくし、出来ましたら早く―――」
「うん、僕も早く行動したい理由はあるよ。その上での提案がしたい」
ちょっと苛立を見せた白井。
気持ちは分からないでも無い。
僕だって戦場ヶ原を早く迎えに行きたいのだし。
「僕たちの目的は大きく分けると二つだ。
ここから見て、北東、東方面にいる知り合いの探索と、天江の安全の確保。
―――勿論、天江以外はどうでもいいってわけじゃないけどさ。
全く戦えないんだし、最優先で安全を確保することに異論があるやつはいないと思う」
見わたせば皆ここまでは特に反論なし。
まあ、当然か。一応、そういうふうに言葉を選んでいる。
「で、それがなんなんですの?」
「慌てるなって。―――うん、だから僕は二手に別れることを提案したい」
この時点でグラハムさんだけが少し反応する。
僕が何を言おうとしているのか大体わかったのかも知れない。
白井、天江、浅上は未だピンときていないようだけど……。
「で、班分けは僕とグラハムさんで政庁の方へ。天江、白井、浅上は安全なところへ行くってことでどうだろう」
……続く僕の言葉で爆発した。
「…………なっ!」
「…………ふぇ?」
「…………え」
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最終更新:2010年05月18日 08:50