巡り合いは残酷すぎて ◆6lyiPawAAI



陽も直に沈もうかという頃、その少女はそこにいた。
福路美穂子言峰綺礼の言葉によってその行動原理の一切合切を烏有に帰した少女。
そんな彼女の空の精神に入り込むがごとく、呪いの言葉が頭を駆け巡る。

―――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

「ぐっ……!!」

美穂子は頭を抱える。
先程までとは違い、抵抗しようとする力が弱まっていた。
一挙に脳内を支配していくような感覚に襲われる。

(どうして、どうしてこんな事に……?)

今まで全く後ろを顧みなかった美穂子はここに来て初めてそう考えた。
それは存在の否定に満ちた呪いの言葉からの逃避でもあった。
何が間違っていたのか。そして、何が正しかったのか。
無数に存在していた選択肢の中でどうしてこんな現在を選び取ってしまったのか。
この忌まわしき現在を思うと、美穂子は自分の眼から涙が溢れ出すのを止めることができなかった。

自分は何か間違っていたのだろうか。
このような現在を迎えない方法はなかったのだろうか。
―――例えば、直前にしたばかりの3つの選択肢はどうだろうか。

1つ、伊達政宗にアンリ・マユを使用する。
2つ、アンリ・マユを使用しない。
3つ、福路美穂子にアンリ・マユを使用する。

この中で美穂子は自分にアンリ・マユを使用する事を選んだ。
この選択は正しいものだったのか。

まず、大前提として政宗は美穂子よりも強い。
それは何も身体面、戦闘面だけに限った事ではない。
精神的な面においても必ずそうであると言えた。

それを踏まえた上で美穂子は自分が3つ目を選んだ理由を考える。

政宗に使用しなかった理由。
それはもし政宗が暴走した場合、絶対に止める事ができないとわかっていたからだ。
政宗が美穂子よりも強いのであれば、それは当然の帰結だろう。

アンリ・マユを使用しない事を選ばなかった理由。
ここで何もしなければ、政宗は死ぬ。それ以外は何も変わらなかった。
だが、それでこの先、どう戦い抜けばいいのか分からなかった。
政宗ですら死ぬこの殺し合いにおいて美穂子はあまりに無力すぎた。
唯を守るには力が必要だった。
美穂子はそのような力を渇望していた。

だからこそ言峰の提示した3つ目の選択肢。
自らにアンリ・マユを使用する事。それを選び取った。
それが正しいと信じた故に。





本 当 に そ れ は 正 し か っ た の ?

「っ!?」

美穂子の中に波紋が広がる。
そう、それは本当に正しかったのか。
時間に追われていたが故に何か見落としてはいなかったか。

―伊達政宗は福路美穂子よりも強い。

そう、だからこそ政宗には使えな(では、何故自分に使用した?)

(……!!)

伊達政宗>福路美穂子
この方程式が成立するならば、正しい行動が見えるはずだ。
……ここから先を考えてはいけない。
美穂子はそう思ったが、全身に沸き起こる衝動から避けるためには思考に没頭するほかなかった。

アンリ・マユの衝動>伊達政宗と推測される場合。
この場合はどうあってもアンリ・マユを使用するべきではない。
美穂子自身に使っても暴走は免れない。
美穂子とて政宗ならずとも一般人からは逸脱した身である。
殺し合いに乗らない人間の中にはまだまだ唯のような一般人も少なからず存在する。
そのような人間からすれば、暴走した美穂子は脅威だ。
そもそも、美穂子自身の手で唯を殺すかも知れないという最悪の事態もあり得る。

伊達政宗>アンリ・マユの衝動と推測される場合。
そうであるならば、政宗に使うのが正しい。
あの巨人すら切り裂いた力がまた蘇るのだ。
少なくとも自分が耐えられると思うのであれば、政宗に使った方が良かったはずだ。
ここで自分自身に使う意味なんて、ない。

「あぁ……そうだったんだ……」

ここでようやく美穂子は理解した。
自分は最も愚かな選択をしてしまったのだと。
言峰の言動に惑わされ、自らの欲望に身を任せてしまっていたのだと。

「う、うああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

瞬間、空間を昏いモノが支配した。

◇ ◇ ◇

主の危機を救わんが為、この数時間駆けに駆けてきた伊達軍の馬、通称馬イク。
そんな馬イクは美穂子に従って薬局まで走破した後、休息を取っていた。
自らの役目は騎乗人の赴くがままに駆ける事。駆ける為には体力が必要だ。
そのような考えを持っていたか否かは不明だが、馬イクは黙々と道に生える草を食んでいた。

―うああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!

そんな時の事である。
薬局から絶叫とともに何かとてつもなく危険な空気が流れ始めたのは。
馬イクは本能でこの空気を危険だと感じた。

―ズドドドドドドドドドドドオオオオオン!!!!!!!!!

それと前後して遠くからの爆音が響き渡る。
馬イクはその方向を見る。
薬局より北東、すなわち政庁である。
遠くに見える建物がにわかに崩れていく様子が見える。

薬局、危険。政庁、危険。
馬は草食動物であり、危機察知能力が高い。
故に駆けた。薬局から、政庁から離れるように。
本能のまま、駆け去っていく。
この危機を前にして、主である政宗を気に掛ける余裕はなかった。

そして後には、馬イクが食んでいた草だけが残っていた。

◇ ◇ ◇

美穂子は絶叫した後、蹲っていた。
時々呻くような声をあげ、全身を震わせていた。
その最中に爆音が響き渡っていたが、それに耳を傾ける余裕は少しもなかった。
しばらくそのような状態が続いていたが、やがてそれも治まったのか、ゆっくりと立ち上がった。

立ち上がった美穂子の姿はある種異様だった。
ブラウンだった左眼は紅黒く染まり、閉じていたはずの蒼い右眼も開いたまま。
表情もどことなく虚ろで、先程までの苦悩を露ほども感じさせない。
そして極めつけは左腕のレイニーデビルである。
ただでさえ異様であったその腕は今や表面が黒いモノで覆われており、その異様さを増していた。
また、激しい脈動を繰り返しており、見る者におぞましささえ感じさせる事もできるだろう。

そんな身体の異変もあるが、肝心の精神はどうなってしまったのか。

「私は……正気を保てているの?」

一言呟く。少なくともそう呟けるほどには理性を保てていた。
あの巨人のように暴走してしまうのではないか、と危惧していた美穂子はひとまず安堵した。

絶望の淵に追いやられ、アンリ・マユの狂気から逃れえぬと思われた美穂子。
そんな彼女を救ったのは意外や意外、彼女の左腕と化していたレイニーデビルであった。
いや、救ったとは言いがたい。
レイニーデビルは宿主が理性を失い、自身との契約が不履行になる事を恐れた。
故に美穂子の心の奥底に秘められた小さな願い、「この悲しみや苦しみを取り払いたい」というものを強引に叶えた。
その結果、美穂子は精神を持ち直し、理性を保つ事ができたのだ。
ただ、レイニーデビル自身もアンリ・マユを浴びた為にそれを取り込まんと脈動を続けていたのだった。

そんな左腕の奮闘はさておき、美穂子はこれからの方針に思考を巡らせる。
絶大な魔力とやらの使い方も考えておきたい所だが、それよりも先にすべき事があった。

「そうだ、まずはさっきのサービスの内容を確認しないと」

言峰が言っていた事の一体どれほどが真実なのか分からない。
急いでいたがために聞き逃した薬局の施設サービスの内容、聞いておいた方がいいだろう。
そう考えて美穂子は再び無人自動販売機の前に立つ。

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ポカリスエット :120ペリカ
ハーブティー各種 :1000ペリカ
酒類各種 :[別の表へ移ります]
注射器 :3000ペリカ
風邪薬 :300ペリカ
痛み止め薬 :500ペリカ
包帯(20m・1巻) :2000ペリカ
救急車 :5000万ペリカ

※時間経過で商品は増えていきます。
※各地の販売機によって、商品は多少変更されます。

※当施設には特別サービスがございます。
 詳しくは、下のボタンを押してください。


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念の為、酒類の別の表を見てみると酒の名前がずらずらと並んでいて、美穂子にはどれがどうなのか全く分からなかった。

「酒は百薬の長と言うから置いてある……という事かしら」

どうでもいい所にこだわりを見せる主催だな、と美穂子は多少呆れる。
そして、いよいよ施設サービスの説明のボタンを押した。
すると次のような文面が表示された。

治癒魔術による治療サービス。
傷の程度によって必要になるペリカが変動します。
ただし、致命傷の治癒はできません。

「!?」

予想していたものとは全く異なる文面を前に美穂子は眼を見開く。
無いなんて事があるはずが……では、あれは一体なんだったというのか。
そう考えながら文面を見ていると、下にまたボタンを見つけた。
押してみるとまた画面の表示が変わっていく。

アンリ・マユによる治療サービス。
瀕死の人間まで治療する事が可能であり、膨大な魔力を手に入れる事が出来ます。
ただし、それ自身が呪いの結晶であり、精神を蝕む危険性を伴います。
1回限りのサービスです。

※すでに使用されたため、治癒魔術による治療サービスを開始しました。


ほう、とため息を1つ吐く美穂子。
どうやらあの神父の語った事は真実らしい。
ふと胸に手を当ててみると確かに心臓が脈動しているのを感じる。
一体どういった原理なのかは分からないが、今はこの力こそが有難い。
そんな時、美穂子の脳裏に閃くものがあった。

「……もしかして死者の蘇生ってこういうことなのかしら?」

レイニーデビルで死の淵から蘇った。
アンリ・マユで停止していた心臓が動き出した。
確かにこの状態でも蘇生したと言えるだろう。

「とんだ死者蘇生ね……」

そんな事になってまで生き返る事に何の価値があるだろうか。
美穂子は自らがそうなっているが故にそう思った。
いや、あるいはそれでも良いのかもしれない。
どんな形でさえ生きてさえいれば。
華菜や上埜さんがそれで生き返るのであれば……。

「っ、私は何を考えているの!」

美穂子は頭を振る。
あの二人をこんなおぞましい状態になんてする訳にはいかない。

気を取り直して販売機の調査を再開する。
販売機の釣銭を出す部分を見ると1000万ペリカほどが置かれていた。
小十郎の首輪の換金分を全て突っ込んでいたので、お釣りとして出てきたのだろう。
そこから1万ペリカを抜いて包帯を5巻買っておく。
包帯はかなり丈夫に出来ており、使い道も多いと見たからである。
残りは小十郎に感謝しつつ回収する。

「ペリカと言えば……」

美穂子はそう呟くとともにある一点を見る。
その視線の先には政宗。
……の首輪だった。
政宗の部下である小十郎でさえ換金すると1億ペリカを超える強者なのである。
当然、政宗の首輪もそれ以上の値で換金される事は明らかだった。

「他の人に持っていかれるわけにはいかない……」

美穂子は政宗の死体の前に立つ。
そして眼を閉じて数秒間の黙祷をした後、再び眼を開く。

「伊達さん、私は何回も助けてもらいながら今こうしてあなたの首を斬ろうとしています。
 伊達さんが片倉さんの首を斬った時、激しく詰め寄った私がこんな事をするなんておかしいですよね……」

美穂子はすでに冷たくなっていた政宗に呼びかけるように語り始める。
その表情は自嘲するかのような笑みを浮かべているのみだった。

「でも、他の人にあなたの首輪を持っていかれたくない。そうするくらいなら私が持っていきます。
 伊達さんも片倉さんも私にとって尊敬すべき人だったから。
 あなた方の遺品を他の人に取られるなんて私には耐えられません」

そこで一旦言葉を区切り、美穂子は政宗の顔に手を近づけていく。
手は頬を通り過ぎて上へ。
そして右眼を覆う眼帯を丁寧に取り外す。

「伊達さんの眼帯、持って行きます。あなたが眼を褒めてくれた事は忘れません」

取り外した眼帯をポケットに入れ、次に政宗の愛刀だった六爪から一振り抜いて前にかざす。

「これは私のわがままです。だから、許してくださいとかごめんなさいとは言いません」

そう言い放つと共に美穂子は六爪を一閃する。
一瞬の後、辺りは血で染まっていった。

◇ ◇ ◇

施設サービスの検分を終え、政宗の首輪を手にした美穂子は薬局の外へ出た。
情報の把握が終わったのであれば、一刻も早く唯がいる政庁へ向かう必要があった。
魔力の使い方は道々考えていけばいいだろうという結論も出ていた。
そしてそこに在るべきモノを探してみるが、どこにも見当たらなかった。
在るべきモノ、馬イクはすでに遠方へ駆け去ってしまっていた。

「どこへ行ったのかしら? ……徒歩で向かうしかないわね」

今までは馬での移動だったからさほどでもなかったが、徒歩となると政庁に着くまでに時間がかかる。
今からでは少なくとも放送までに着く事は不可能だろう。
ここから政庁までどれくらいかかるかしら、と美穂子は北東を仰ぎ見る。

「……?」

ない。政庁が確認できない。

「そんな……確かにあっちの方向にあったはずなのに」

美穂子は薬局へ向かう間もしきりに政庁を気にして位置関係を抑えていた。
だから、自らが見ている方向に間違いはない。
ならば、何故存在しないのか。

―――倒壊。

その可能性に至った美穂子は跳ねるかのように駆け出した。

(唯ちゃんが危ない……!!)

自らの状態を顧みることなく全力で疾走を始める。

(唯ちゃん……唯ちゃん……唯ちゃん……!!)

かつて神父は言った。
何を望むのか、何の為に力を欲したかと。

少女は望む。大切な人を守れる事を。
少女は欲する。大切な人を守る為の力を。
以前と全く変わらないかのように見える想い。
しかし、それはどこかが決定的に歪んでいた。

そして空には一筋の流星が姿を現す。
流星は二度降る。
全ての巡り合いは残酷すぎて、もう元の形へは戻れない。

美穂子は走る。
政庁へ続く北へと。
踏み越えてはいけない領域へと。

◇ ◇ ◇

果たして福路美穂子は本当に理性を保てているのだろうか?
確かに理性を保っているように見える。
だが、その実そうではない。
アンリ・マユから「殺す」「死ね」と言った呪いの言葉を長時間受け続けた美穂子は
それらに対する感覚が麻痺してしまっていた。
そういった事をあっさりやってしまいかねない。そんな状況下にあった。

そして、レイニーデビルが叶えた2つ目の願い。
その表側の願いは「この悲しみや苦しみを取り払いたい」という事。
では、取り除くにはどうしたら良いのか。

―――答えは悲しみや苦しみをもたらした存在の排除である。

だが、悲しみが全てを支配するようなこの島で、一体誰がその対象にならないと言い切れるだろうか?
こうして美穂子は歪な想いと共に歪な殺意を抱くことになる。
レイニーデビルやアンリ・マユを宿した身で正しい道を歩むなど到底不可能な事だったのだ。
これより先に待ち受けるものは喜劇か惨劇か。
今、殺し合いの舞台に闇の帳が落ちようとしていた。

【E-4/薬局の北/一日目/放送直前】

【福路美穂子@咲-Saki-】
[状態]:前向きな狂気、恐怖心・悲しみ・苦しみの欠如、常時開眼、アンリ・マユと契約、黒化(精神汚染:小→中)
[服装]:血まみれの黒の騎士団の服@コードギアス、穿いてない
[装備]:レイニーデビル(左腕)、聖杯の泥@Fate/stay night
[道具]:支給品一式 、六爪、伊達政宗の首輪、伊達政宗の眼帯、包帯×5巻、999万ペリカ
[思考]
基本:平沢唯を守る。手段は問わない
0:唯ちゃん……!!
1:唯ちゃんが死んでいたら、私は―――
2:アンリ・マユの膨大な魔力の使い方を考える。
?:唯ちゃんを独占したい。
[備考]
登場時期は最終回の合宿の後。
ライダーの名前は知りません。
※トレーズがゼロの仮面を持っている事は知っていますが
 ゼロの存在とその放送については知りません
※名簿のカタカナ表記名前のみ記載または不可解な名前の参加者を警戒しています
浅上藤乃の外見情報を得ました
織田信長の外見情報を得ました
※レイニーデビルを神聖なものではなく、異常なものだと認識しました。
※死者蘇生はレイニーデビルやアンリ・マユを用いた物だと考えています。
※政庁の倒壊を目撃していません。

※伊達軍の馬がE-4薬局とD-5政庁から離れていきました。

※アンリマユと契約、黒化しました。
※アンリマユとレイニーデビルの両方が体から離れた場合、死に至ります。
※黒化進行中にて、精神汚染は時間経過によって増大します。

【黒の騎士団の服@コードギアス】
黒の騎士団発足時に井上が着ていたコスチューム
超ミニスカ

【レイニーデビル@化物語】
魂と引き替えに三つの願いを叶える低級悪魔。
美穂子は二つ目の願いを叶えました。
福路美穂子の願い
表1:平沢唯を守る
裏1:主催者を殺す
表2:悲しみや苦しみを取り払う
裏2:悲しみや苦しみをもたらす存在の排除
※裏2の対象者については後の書き手にお任せします。


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213:黒い聖母 福路美穂子 238:世界の中心で愛を叫んだモノ
213:黒い聖母 伊達軍の馬 248:アラガミShort Story


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最終更新:2010年05月06日 21:40