女 の 闘い -覚悟- ◆SDn0xX3QT2
「スザク! スザク!!」
「落ち着いてください。彼はまだ生きています」
ファサリナに宥められ、ユーフェミアは叫ぶのをやめる。
聞こえるのはスザクが呼吸する音。
明らかに不自然なそれは、スザクが生きていることの証であると同時に、その命が死に向かっていることの証でもあった。
「……手当て、するぞ」
上条は自分のデイパックから支給品の応急処置セットを取り出し、包帯をスザクの傷口にあてる。
だが、片腕が切断されたことによる出血だ。支給品の包帯だけでは足りるわけがない。
見る間に白い包帯は赤い布へと姿を変える。
「申し上げにくいのですが、この方は手遅れですわ」
ファサリナがそう告げる。
先程出会った
ゼクス・マーキスに比べればスザクの状態は僅かにマシではある。しかし、致命傷であることには変わりない。
出血量を考えれば、今生きていることが既に奇跡に近いだろう。
治療できるあてもない状況では目の前の青年が息絶えるのが時間の問題だということは、ファサリナにしてみれば一目瞭然の事実。
しかし、その一目瞭然の事実を決して認めない人間がこの場にはいる。
上条当麻だ。
「なんでだよ……なんでそんな簡単に、手遅れなんて言っちまえるんだ? わかってんのかよ、人一人の命なんだぞ!?
俺たちがコイツのために何をやった? まだ何にもやってないだろうが!
まだできることはあるはずなんだ。やれることは残ってるはずなんだ。諦めるにはまだ早すぎるんだよ!!」
吼える上条。
「ですが、この怪我では素人が普通の手当てを施したところで延命にもなりません」
淡々と答えるファサリナ。
そのファサリナの言葉に反応したのは、上条ではなくユーフェミアだった。
「普通の手当てでなければスザクを助けることができるということですか?」
「貴女は普通ではない手当てができるとでも?」
「私にそんな力はありません。でも――」
ユーフェミアは、自分の持っていたデイパックを漁る。
いくつかのアイテムをバックの中から放り出し、ようやく目当ての物を捜しあてる。
ユーフェミアが取り出したのは、『薬剤/ルイス・ハレヴィ』というラベルの貼られたひとつの瓶。
「それ、どんな効果があるんだ?」
上条の質問に、ユーフェミアは簡潔に「わかりません」と答える。
「いや、わかんないって……」
「デイパックに入っていたということは、帝愛の方が用意した物でしょう?
彼等が本当に魔法を使えるのなら怪我を治す魔法があったっておかしくありません」
「本気でそう思っているのですか、ユーフェミア」
そんなに都合のいい話があるわけがないという意味を滲ませるファサリナ。
「このままでは、私たちはスザクが死ぬのをただ黙って見ているしかないのでしょう?
でしたら私は、少しでも可能性がある方法に賭けます」
「その薬剤が、毒かもしれなくてもですか?」
ファサリナの言葉に、ユーフェミアは絶句する。
「ユーフェミア。私は貴女の賭けに反対するつもりはありませんわ。ただ、覚悟が必要です」
「覚悟、ですか……?」
「そうです。もしその薬剤を飲んだことで彼が死ねば、彼を殺したのは貴女ということになります。
貴女には、彼の命を背負う覚悟がありますか?」
命を背負う覚悟――ファサリナの言うそれは、『スザクを殺してしまう覚悟』を指している。
俯いたまま言葉を発することのできないユーフェミア。
見かねた上条が口を開く。
「なあユフィ。なんだったら俺が――」
最後まで言うよりも前に、ユーフェミアは首を横に振る。
「私たちの中で、いちばんスザクと繋がりがあるのは私です。いちばん強くスザクを助けたいと願っているのも。
ですから、当麻に背負わせることはできません」
きっぱりと上条の申し出を断って、ユーフェミアは身体ごとスザクの方へと向き直る。
スザクの顔を見つめ、左腕があるはずの場所を見つめ。
瓶を持った両手に力が入る。
そして。
ユーフェミアは右手を瓶の蓋へとかけた。
「覚悟は決めたのですね」
ファサリナの問いに、ユーフェミアはただ、しません、と返す。
「ユーフェミア。貴女は覚悟も無く、彼の命を奪う可能性のある選択肢を選ぶというのですか」
ユーフェミアはゆっくりと顔を上げ、ファサリナを見て、微笑んだ。
美しく、綺麗に笑う。
そして、まっすぐに答える。それはあたかも、宣誓のように。
「私はスザクを喪う覚悟なんて絶対にしません。スザクは必ず助けます」
◆ ◆ ◆
「――天江さん、お借りしますわ」
ギャンブル船スイートルーム。
沈黙を破ったのは、黒子の一言だった。
衣の対局後に合流した三人が行った情報交換。
放送で告げられたヒイロとゼクスの死に加え、藤乃の千里眼で周囲を見渡しても士郎やグラハムたちの姿を
確認できなかったことが、三人の間に流れる空気を重いものにしていた。
衣の答えを待たず、黒子はテーブルの上に置かれていた衣の地図を、衣と藤乃が見やすい向きに回す。
「先程の放送で発表された禁止エリアのことなんですけれど、これは参加者を誘導する目的があると思うんですの。
【E-6】が禁止エリアになれば、川より東側の街は南北に分断されてしまいますわ。
仮設駅も撤去されるということですし、島の東側にいる参加者が西側へと移動して来ると考えられます。
工業地帯や私たちのいる船着場に誰かが……殺し合いに乗っている参加者が来る可能性は、
放送の前よりも上がったと考えたほうがいいですわ」
禁止エリアの書き込まれた衣の地図を指差しながら、黒子は自分の考えを一気にまくしたてた。
落ち込んだり悲しんだり心配したりしているだけでは駄目なのだ、と黒子は思う。
人から守られる存在ではなく、人を守る存在でありたい。
そのためには、何かをしなければならない―――その気持ちが焦りなのだと自覚しないまま、黒子はこれからに考えを巡らせる。
「それは、ここからの移動を検討したほうがいいということですか?」
藤乃の質問に対し、黒子は首を横に振った。
「いいえ浅上さん、むしろ逆ですわ。私たちはここから動かないほうがいいと思いますの」
「何故ですか? 白井さんのお話では、ここは危険になるのでしょう?」
「たしかに危険ですわ。でも、私たちが三人だけで移動するのはこの場に留まるよりも危険です。
私たちが移動してしまっては……グラハムさんたちとの合流が難しくなってしまいますし」
意図的に士郎の名前を出すことを避けた黒子は、さらに言葉を続ける。
「それに、多額のペリカが必要とはいえ、禁止エリアに関係なく海上を移動できるというのは大きいですわ。
ここは私たちの拠点となり得る場所だと思いますの。逆に、殺し合いに乗っている人に占拠されるのは避けたいですわ」
「そうですね。でしたら考えるべきは、襲撃を受けた際の対処法でしょうか」
黒子と藤乃の会話は、いざという時の逃走ルートや役割分担へと話題を移していく。
それを衣は、黙って聞いていた。
藤乃がここからの移動と言いだした時、衣は内心で焦っていた。
衣には、期限内に返さなければ命を奪われる借金がある。
この借金を返すためには、ギャンブル船で麻雀に勝つ以外に方法がないのだ。
衣は、怯えていた。
借金を背負ってでも黒子を助けたことに後悔は無い。
もし、このまま借金を返せずに死ぬことになったとしても、黒子を助けなければ良かったなどとは思わないだろう。
だが、後悔していないからといって、死ぬ覚悟ができているわけではない。
死ぬのは怖い。
とても、怖い――――
「……あの、天江さん」
藤乃に声をかけられ、衣は死への恐怖に向けられていた意識を藤乃へと向ける。
「どうしたのだ、浅上」
「何か、音がしませんか? その……天江さんのデイパックの中から」
衣たちが囲んでいるテーブルから少し離れた場所に置かれたベッド。
その上に、放送の内容をメモするために名簿と地図を出した後、口を閉めていない衣のデイパックが置かれている。
藤乃が指摘通り、たしかに衣のデイパックから微かに音が漏れていた。
「天江さんの支給品の中には、何か音がするものが入ってますの?」
「……………」
黒子の質問には答えず立ち上がる衣。
ベッドの所まで行くとデイパックを拾いあげ、その中へと手を突っ込んだ。
そして衣がデイパックから取り出したのは、ヘッドセット。
龍のヨロイ・ドラッヘとの戦いに際し、
レイ・ラングレンと
ヴァンが用いた無線通信機だ。
「天江さん、それは……?」
「……カイジたちがギャンブルルームで買った通信用の道具だ」
「通信用ということは、これと同じものがもう一つあるんですか?」
藤乃の問いに、衣は頷く。
一つは衣が持っている。もう一つはカイジが持っていた。
だが、カイジが持っていた物は奪われた。
断言はできない。だがかなりの確率で、この先にいるのはカイジを殺した人間だ。
ヘッドセットを持つ衣の手が微かに震える。
向こう側にいるのは誰なのか。
確かめたくないと、知ることが怖いと衣は思った。
それでも――
――それでも衣は、声を発した。
◆ ◆ ◆
『そこに、誰かいるのか……?』
突然どこからともなく聞こえてきた声に、上条とファサリナは警戒を強め辺りを見渡し、
ユーフェミアはスザクを守るように身体を動かした。
『誰も、いないのか?』
再び聞こえる声は少女のもの。
おまけに”周囲のどこか”からではなく、”自分たちのいる場所”から聞こえている。
音源が、ユーフェミアがルイスの薬剤を取り出す際にデイパックから出してそのまま地面に転がっていたヘッドセットだと気づいたのは、
三人ともほぼ同じタイミング。
「貴方はバトルロワイアルの参加者ですか?」
ユーフェミアがヘッドセットの向こうの相手に問いかける。
ファサリナは二度目に声が聞こえた時に相手が
天江衣であることに気づいていたが、あえて何も言わなかった。
『そうだ』
「殺し合いには」
『衣は殺し合いなんてしない』
衣の答えを聞いた瞬間、ユーフェミアは叫んでいた。
「でしたらお願いします! スザクが……私の大切な人が今、重傷を負って命の危機に瀕しているんです!
お力を貸していただけませんか!?」
ユーフェミアは必死だった。
スザクにルイスの薬剤を半ば強引に飲み込ませてみたものの、少なくとも見た目には何の変化もない。
上条とファサリナの手を借りて行った応急処置も、気休めにもならないことは明らかだ。
顔が見えない相手の一言を信じることの危険性を考慮する余裕など、ユーフェミアにはもはやない。
『……お前の名前はなんというのだ?』
「ああ、申し遅れました。私、
ユーフェミア・リ・ブリタニアと申します」
『ユーフェミア……』
「はい。この島の中に、怪我の手当てができる場所や道具は――」
『お前なのか?』
ユーフェミアの言葉を遮る衣の声。
それまでとは様子の違う声音にユーフェミアは息を飲む。
『お前がカイジを殺したのか! ユーフェミア・リ・ブリタニア!!』
◆ ◆ ◆
ユーフェミアが必死だったのと同じように、衣もまた、必死だった。
カイジを殺した相手について衣が知っているのは、名前と外見の特徴程度。
実際に見たことのないその存在は、忘れたことはなくとも遠いものだった。
でも、今は違う。
姿は見えない。距離がどれだけ離れているかもわからない。
だけど、声が届く場所にいる。
今までに無かった感情が湧き上がるのを、衣は抑えられなかったし、抑えようとも思わなかった。
『てめえ、いきなり何言ってやがる!』
聞こえてきた男の声にも衣が怯むことはない。
「ユーフェミアがカイジを、衣の友達を殺したのだ! ゼクスの手紙にそう書いてあった!」
『ユフィは人殺しなんかする子じゃない!」
「今衣たちが話すのに使っているのは、もともとカイジが持っていた物だ。だけど、殺された時に奪われた!」
『もし……もしもだ。もし本当にユフィがカイジって人を殺したんだとしても、それはユフィの意思じゃない。
ユフィはさっきまで誰かに操られてたんだ、だから」
「衣はユーフェミアに聞いている! カイジを殺したのは」
『今はこんなこと言い合ってる場合じゃないんだよ! そっちの話は後で聞いてやる。だから今は、こっちの話を』
「カイジは、衣の友達だった!」
『こっちは人一人の命がかかってるんだ! 今はそんなこと、どうでもいいだろうが!!』
「どうでもよくなんてありませんわ!!」
そう叫んだのは、衣ではない。
衣が驚いて振り返れば、そこには唇を噛みしめ握った拳を振るわせる黒子の姿があった。
黒子は、衣を止めるつもりは無かった。口を挟むつもりも無かった。
だが、気がつけば叫んでいた。
御坂美琴の死を知った時の感情が、美琴の仇が
アリー・アル・サーシェスであることを知った時の感情が、甦り、黒子の中を駆け巡る。
「その声、上条さんですわよね? 先程の言葉、即刻取り消していただけませんこと?」
『白井、なのか?』
「そうですわ」
『こっちには死にかけてる奴がいるんだよ。お前ならわかるだろ、今はどっちを優先しなきゃならないのか』
「わかりますわ……ええ、わかりますわ。
上条さんの仰る通り、今はユーフェミアさんのことよりも、そちらで重傷を負われているという方のことを優先すべきです」
『だったら――』
「だからと言って、貴方に衣さんの想いを、「どうでもいい」なんて言う資格はありませんわ!!」
衣の目から今まで耐えていた涙がぽろぽろと零れ落ちる。
黒子の瞳もまた、潤んでいた。
藤乃はそんな二人をただ黙って見ているしかできなかった。
藤乃自身、大切な人の死を経験している。衣や黒子の気持ちがまったく理解できないわけではない。
だが藤乃は、自分を”悲しんだ側の人間”ではなく、”悲しませた側の人間”だと思っている。
だから、何もできなかった。
できないと、思っていた。
「上条さんの仰ることは正しいですわ。
でも、いつだって正しいことを感じて、考えて、正しく行動するなんて無理なんですの。
そうありたいと願っても、でもやっぱり無理なんですの。
こんなこと思っては駄目だとわかっていても、憎いものは憎いし、泣いている場合じゃなくたって、悲しいものは悲しいんですの!!」
黒子が口を開いたのは、上条に責められる衣を庇うためだった。
なのにこれでは、溜めこんでいた感情をぶちまけているだけだ。
しかも口にしているのは、言葉にしてはならない、蓋をしておかなければならなかった感情。
黒子は自覚してしまう。
自分は今もこんなに御坂美琴の死を悲しんでいるのだと。
自分はこんなにもアリー・アル・サーシェスを憎んでいるのだと。
『当麻。私に話をさせてください』
ヘッドセットの向こうで、ユーフェミアの声がした。
◆ ◆ ◆
「コロモさん、でしたよね?」
ユーフェミアの問いかけに、黒子と衣、そして藤乃が改めて名を名乗る。
「衣さんの仰るカイジという人は、日本人だったのですか?」
『そうだ』
衣の答えを聞いて、ユーフェミアは俯いた。そして大きく息を吐く。
再び顔を上げた時、ユーフェミアの表情には、それまでの不安や怯えとは別の何かがあった。
「……私はこの島に来てから、何度か意識が途切れることがありました。
気づいたら全く知らない場所にいたり、デイパックの中に身に覚えの無いものが入っていたり……このヘッドセットもその内の一つです。
上条さんが仰るには、私は日本人を殺すために行動していたと……でも私には、その記憶がありません」
言いながらユーフェミアは、無意識のうちにスザクの手を握っていた。
伝わってくるのは体温と血の感触。
傍に座っていたアーサーが立ち上がり、震えるユーフェミアにそっと寄り添う。
「カイジさんという方のことを私は知りません。
ですが、衣さんのお話しを聞く限り…………カイジさんを殺したのは私なのでしょう」
スザクの手を握る手に力が入る。
「でも私は、知らないのです」
『憶えていないから自分は悪くないと仰りたいんですの?』
「いいえ」
黒子の問いを、ユーフェミアはきっぱりと否定する。
「記憶に無いから罪は無いなどと言うつもりはありません。けれど、知らないものを謝ることはできません。
私がどういった方法でカイジさんを殺したのかはわかりませんけど、ナイフで人を刺す感触も、
生きている人間に向けて銃の引き金を引く感触も知らない私に、人の命を奪った罪を本当の意味で理解することはできないと思うんです。
自分の罪の重さを知らないのにただ謝ることは、衣さんに対してもカイジさんに対しても失礼でしょう」
本当は、自分が人を殺したという事実を認めることさえ怖かった。
その事実を受け入れ向き合う覚悟は、今はまだ無い。
ユーフェミアはそんなに強くない。
だがユーフェミアは、自分に向けられた感情と向き合えないほど弱くもなかった。
「だから私は、知らなければならないと思います。
カイジさんがどういう人だったのか。カイジさんが死んで衣さんがどれだけ悲しんだのか。
殺した時のことを憶えていないのだからせめて、私がカイジさんを殺したことで失われたものと残ったものを知ることが、
今の私にできることであり、私がしなければならないことだと思うんです。
ですから……衣さんたちと直接お会いして、お話ししたいと思います」
その言葉には、聞いていた全員が驚きを隠せなかった。
感じたことはそれぞれに違う。考えたことも違う。
が、予想していなかったという点においては全員が一致していた。
「ただ、今は、スザクのことを優先することを許していただけないでしょうか?」
ユーフェミアは言葉を続ける。
「人の命を奪っておきながら、自分の大切な人は助けたいなどと言うのは身勝手なことだとわかっています。
ですが私はスザクを死なせたくはないのです。スザクに生きていて欲しい。そのために、やれることをやりたいんです。
どうかお願いです。今は私に時間をください。
もしスザクを助ける方法をご存知なら、私に力を貸して下さい。お願いします」
ヘッドセットの向こうへと頭を下げるユーフェミア。
そのユーフェミアに答えたのは衣だった。
『……やっきょく、へ……行くのだ……』
嗚咽混じりの声で衣は伝える。
『薬局に…まじゅつで、けがを治してくれる、サービスが……あるのだ……』
「本当ですか!?」
『ゆーふぇみあは……いちおく、ペリカを…持っているか?』
「一億、ですか……いいえ、そんなに多額のペリカは」
『なら、衣が持っているペリカを、薬局まで……届けるから……』
「ありがとうございます!」
ユーフェミアが叫ぶように感謝の気持ちを示しす。
それまで事の成り行きを見守っていたファサリナが口を開いた。
「聞こえますか?」
『ファサリナさんですの!?』
「はい。ファサリナですわ」
ファサリナは自分たちの今の状況について必要最低限の説明をし、黒子たちからも情報を聞きだしていく。
今から互いに薬局を目指せば同じくらいの時間に到着できるだろうと、薬局で落ち合うことまであっと言う間に決めてしまった。
「では、薬局で。通信は一度切らせていただきますね」
『わかりましたわ』
話しを終えたファサリナが、ヘッドセットをユーフェミアに手渡す。
「これは、貴女が。私たちも薬局を目指しましょう」
「はい」
「あ、でもその前にこれ、片づけないとな」
上条が、地面に散らばった道具を指して言う。
一拍遅れて、それが自分がデイパックから放り出したままにしていた物だと気づくユーフェミア。
慌てて拾い集めデイパックに入れていくユーフェミアにファサリナが手を貸す。
ファサリナは、ユーフェミアを処分することを考えはじめていた。
ただ不安に怯え、流されるままに自分たちについてくるその姿は、足手纏いにしかならない弱者としかファサリナには思えなかった。
その考えが変わったのは、スザクをみつけた後だ。
スザクがユーフェミアにとって本当に大切な存在なのであろうことは、事情を知らないファサリナにも容易に察することができた。
大切な人が死に瀕している状況で見せたユーフェミアの態度。
スザクを喪う覚悟はしないと言い切ったその姿は、弱者のものではなかった。
そして、衣たちに対する応え。
相手の顔は見えないのだから、口先だけでも謝ってしまえばよかったのだ。そのほうがずっと簡単だったはずだ。
なのにユーフェミアはそうはしなかった。
直接会って話すという道を彼女は選んだ。
ファサリナは思った。ユーフェミアはユーフェミアなりの覚悟を見せたのだと。
ユーフェミアが自分たちのシンボルとなり得る人材なのかどうかはまだわからない。
それを見極めるにはまだ時間が必要だ。
だがファサリナは、もう、ユーフェミアのことをただ弱いだけの人間だとは思わなかった。
だから
「君は……ユーフェミアか!」
路地から現れたグラハムがユーフェミアに銃を向けた時、ファサリナは迷わずユーフェミアとグラハムの間に自身の身体を割り込ませた。
「彼女は、安全ですわ」
一言、そう告げる。
今はまだ、ユーフェミアは死なせない。
◆ ◆ ◆
通信を終えた衣に、藤乃が声をかける。
「よかったのですか?」
「何がだ、浅上?」
「えっと……その……ユーフェミアさんに、薬局の施設サービスのことを教えてしまって」
藤乃の質問の意味がわからないと言った様子で、衣は首を傾げる。
「ですから、あの……」
「はっきり言うのだ。浅上」
「……天江さんが何も言わなければ、枢木さんはそのまま死んでいたかもしれません。
そうなればユーフェミアさんは、大切な人が死んでしまったことを悲しんでいたでしょう。だから……」
そこまで言われれば、衣も、横で聞いていた黒子も、藤乃が言いたいことを理解できた。
今もスザクが助かると決まったわけではないが、薬局の施設サービスの情報を伝えなければまず間違いなく彼は死んでいただろう。
彼が死ねばユーフェミアは悲しむ。衣がカイジの死を悲しんだように。
同じ苦しみを味わわせることができたはずだ。
それは復讐になっただろう。
しかし、それは同時に――――
「衣はすざくを、見殺しにすればよかったのか?」
助けられるかもしれない命を、見捨てることを意味している。
「そうじゃありません。そうではなくて……ごめんなさい。
でも私にはわからないんです。
ユーフェミアさんは謝ったわけじゃない。償ったわけじゃないのに、どうして赦せるんですか?」
藤乃が問う。
その声には、戸惑いと不安が混ざっていた。
「浅上。衣は、ユーフェミアを赦していない」
「え? でも……」
「衣は、ユーフェミアも大切な人に死なれて苦しめばいいとは思わなかった。それだけだ。
とーかやカイジのように誰かが死ぬのも、衣のように誰かが悲しむのも、もう嫌だと思った。
衣のせいで誰かが死んだり悲しんだりしたら……それは衣が、ユーフェミアや殺し合いに乗った者たちと同じことをしたということだ。
そんなこと、衣は絶対にしたくない」
衣の言葉に藤乃が息を呑む。
「それにユーフェミアは、衣に会いたいと言った。知らないのに謝るのは失礼だから知りたいと言った。
ユーフェミアは、衣の声に応えようとしてくれたのだと思う。だから衣も、応えねばならないと思ったのだ」
「応える……」
まっすぐに自分を見つめる衣の視線から、藤乃は逃れられなかった。
藤乃は、自分の犯した罪を償うために、謝りたいと思っていた。
謝っても赦されないかもしれない。そう考えると怖かったが、赦されなくとも仕方ないと覚悟していた。
自分の罪を赦せない人間に、殺されることさえ厭わないつもりだった。
だが、謝るという行為は時として、相手に対する償いにはならないのではないか。
ただ頭を下げることだけが、相手の思うようにさせることだけが、償いではないのではないか。
藤乃の中に、疑問が生じる。
「……私も、知らなければ駄目ですね。自分の犯した罪の先にあるものを」
呟く藤乃。
その声は小さいが、決意に満ちていた。
「――ところで、薬局へ向かうというお話についてなんですけれど」
黒子が切りだす。
「そうだ、一刻も早く薬局へ向かわねば」
「そのことなんですけれど天江さん。薬局へは、私が一人で参りますわ」
黒子の言葉に、衣と藤乃は驚きを隠せない。
「一人でなんて、危険です!」
先に反発したのは藤乃だ。
衣もそれに続く。
「一億ペリカを持って行くと言ったのは衣だ。それなのに白井一人で行かせることなどできない」
「そうです、三人で行きましょう」
「いいえ、天江さんと浅上さんはここで待っていてくださいな。
そうですわね。天江さんは麻雀を打っていてください。
一億ペリカが無くなってしまうんですし、ギャンブルルームは私の知る限り、この島の中でいちばん安全な場所ですわ」
「白井、衣も一緒に」
「はっきり申し上げますわ。お二人は足手纏いなんですの」
衣がぐっと言葉に詰まる。
「私の力では、何かあった時にお二人を守ることは困難ですわ。
それに、私たちの今の目的は一刻も早く薬局に到着すること。
あの馬だって三人で乗るよりも一人のほうがスピードを出せるでしょうし、私は空間移動能力者《テレポーター》。
自分で言うのもなんですけれど、これ以上適任な人間は他におりませんわ」
黒子にここまで言われては、衣には返す言葉が無い。
事実、衣は戦えないのだ。実際に戦闘に発展すれば、自分の身を守ることさえできないだろう。
それに、単純に早く移動することだけを考えれば、黒子一人で行くことが最善なのは確かだ。
衣は渋々デイパックの中からペリカとペリカードを取り出す。
「これで、一億ですの?」
「いや、衣の全財産だ。一億三千八百十万ペリカある。全部持って行ってくれ」
「それはできませんわ!」
黒子がそう言うのも当然だった。
全てのペリカを持たせてしまっては、衣は麻雀を打つ際、血液を賭けることになる。
「施設サービスを使うだけなら一億で足りる。だが、何があるかわからないだろう? 他にもペリカが必要になるかもしれない」
「ですが、天江さんに血液を賭ける麻雀をさせるわけにはまいりませんの」
「衣の心配はいらない。衣は必ず勝つ」
衣は断言した。
衣にはそれだけの自信があった。
「勝負の世界に、絶対なんてありえませんわ!」
しかし、衣の言葉に黒子が引き下がることはなかった。
口論する二人を見かねた藤乃が口を挟む。
「あの、ここに二千五百万ペリカを残して、残りを白井さんが薬局へ持って行くというのはどうでしょう?」
それは謂わば、衣と黒子の折衷案。
二千五百万ペリカあれば、少なくとも一度の対局は血液を賭ける必要は無い。
黒子と衣もそれならばと、首を縦に振った。
「――――では、行って参りますわ」
ペリカを詰めたデイパックを肩にかけた黒子に、見送りの言葉を口にする衣と藤乃。
藤乃の手の中には、「もともと阿良々木さんの持ち物ですから私よりも浅上さんが持っているべきですわ」と
黒子が強引に手渡したノートパソコンがある。
黒子は少し藤乃のことを見つめた後、藤乃に近づき衣には聞こえないように囁いた。
「私、貴女のことを信じますわ。少なくとも、罪を償うと決めたその気持ちに嘘は無いのだと」
そう言った次の瞬間にはもう、黒子の姿は部屋にはなかった。
「白井は大丈夫だろうか……」
「きっと、大丈夫です。白井さんも、他の皆も」
衣は泣いた所為で涙の痕の残った顔を、どうにか笑顔の形に変える。
そんな衣を見ながら、藤乃は思う。
(私は、あの力を使えるの……?)
藤乃は考える。
衣を死なせるわけにはいかない。
黒子の信頼を裏切ることはできないし、藤乃自身も衣に死んでほしくない。
だが、もしこの場に殺し合いに乗った者が現れ、戦闘になるようなことがあったら、自分は戦えるのだろうかと――
「浅上」
「あ、はい。なんですか?」
「……………」
衣が無言のまま指で示す方向に、藤乃は視線を向ける。
そこにあるのはテーブル。
そして、その上には、先程までユーフェミアたちとの通信に使われていたヘッドセット。
「……白井が持っていくべきだったと衣は思うのだが、今から追いかけて追いつけるだろうか?」
衣の問いに、藤乃は首を横に振るしかなかった。
【?-?/船着場と薬局の間/二日目/深夜】
【
白井黒子@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[服装]:常盤台中学校制服、両手に包帯
[装備]:スタンガン付き警棒@とある魔術の禁書目録
[道具]:基本支給品一式、ペーパーナイフ×6@現実、USBメモリ@現実、1億1310万ペリカ
[思考]
基本:士郎さんと共に生きてこの世界から出る。
0:士郎さん…約束…。
1:薬局へペリカを届ける。
2:士郎さんが解析した首輪の情報を技術者へ伝え、解除の方法を探す
3:士郎さんが勝手に行ってしまわないようにする
4:士郎さんが心配、意識している事を自覚
5:士郎さんはすぐに人を甘やかす
6:士郎さんを少しは頼る
7:お姉さまが死んだことはやはり悲しい。もしお姉さまを生き返らせるチャンスがあるのなら……?
8:アリー・アル・サーシェス……
9:イリヤって士郎さんとどういった関係なのでしょう?
10:危険人物を警戒。藤乃のことは完全に信用したわけではないが、償いたいという気持ちに嘘はないと思う。
[備考]
※本編14話『最強VS最弱』以降の参加です
※空間転移の制限
・距離に反比例して精度にブレが出るようです。ちなみに白井黒子の限界値は飛距離が最大81.5M、質量が
130.7kg。
・その他制限については不明。
※エスポワール会議に参加しました。
※帝愛の裏には、黒幕として魔法の売り手がいるのではないかと考えています。
そして、黒幕には何か殺し合いを開きたい理由があったのではとも思っています。
※
衛宮士郎の【解析魔術】により、首輪の詳細情報(魔術的見地)を入手しました。
上記単体の情報では首輪の解除は不可能です。
※
原村和が主催者に協力している可能性を知りました。
※バトルロワイアルの目的について仮説を立てました。
※衛宮士郎の能力について把握しました。
※衣の負債について、気づいていません。
※帝愛グループは、ギャンブルに勝ちすぎた参加者側を妨害すべく動いていると推測しています。
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最終更新:2010年09月20日 00:08