GEASS;HEAD END 『離別』 ◆hqt46RawAo
■ 『序章:ago』 ■
意識が朦朧としている。
ぼやける視界のままで、私は暗い夜道を猛スピードで進んでいた。
ナイトメアフレームに乗って。
……ナイトメア、フレーム。
今の私、秋山澪にとっての最大の武器であり鎧。
機体の足部が段差を超えるたびに、私が座っているシートもがたごと揺れる。
ハッキリ言って乗り心地はあまり良くはない。
私は、確か……。
あの女、蒼崎橙子って名乗った女から逃れられ、いや、見逃されて、それから……。
それから私は……。
私はどうしたんだっけか……。
たしか象の像まで逃げたあと、福路美穂子が持っていた首輪を使って新しいロボットを購入して、それから……それから何をしようとしていたんだっけ……。
よく、分らない。
ハッキリとしない。
朦朧としている。
意識が白濁している。
ごとごとごとごと、響く振動音だけが私のはっきりと捕らえる大半の事象だった。
ぴー、ぴー、と。どこからか、警告音が鳴っている。
いけない、これはいけない。
集中しなくちゃ駄目だ。
意識をハッキリさせて、ちゃんと前を見ないと駄目だ。
レーダーを見て、進行方向を考えないと……。
こんな暗い夜道、ただでさえロボットの操縦なんて慣れてないのに……。
「……あ」
ほら案の定だ。
機体が何かに激突して……。
操作を誤ったと、自覚した時にはもう遅い。
コックピットを揺らす凄まじい衝撃に、私は機体ごと激しく揺られて。
遠ざかる警告音。
意識が、闇に沈んでいく。
序章:夢、逃げ出した後――了
Next Chapter▽
■ 『一ノ章:Break bonds』 ■
間合いそのものは約一歩半といったところか
何かあった際、制圧するには少し広すぎる距離だ。
しかし殺害に及ぶならばお互いにその限りではないだろう。
そのように、デュオ・マックスウェルは乾いた思考で目算する。
もし、隣に立つ少女がもう一度此方に銃を向けた場合に如何にするか。
交渉に応じた少女、それが再度戦闘になるパターン、まあ十分あり得る。
ルルーシュと合流した瞬間に仕掛けてくるかもしれない。
話し合う気など無いかもしれない。
彼女はそもそも数の不利など度外視して攻撃してきたのだ。
緊張を緩めるにはまだ早い。
そして、そうなってしまえば今度こそ、無力化だけして生かすことは難しい
だからもし、そうなれば、彼は殺す。
殺すだろう、例え相手が少女であろうと。
躊躇無く撃つだろう。
ためらいは有り得ないし、許されない。
自身や仲間の危機に繋がるからだ。
(やれやれ、賢い選択をしてくれれば助かるんだがな……)
彼は元々殺したいと考えて戦っていたわけではなく、むしろ逆、人の死や苦しみを見たくなかったから、終わらせたかったからこそ戦い、そして殺してきた。
そんな彼は知っている。
人が戦場で戦うと決めたなら、その手は綺麗なままにすることなどできない、と。
戦うならば、何かを変えたいと思うなら、手は汚れていく。それは当たり前であり事実彼が辿った道だ。
だから、ためらいは無い。
その代わり、彼はいつも願っている。
早く戦いが終わるように、一人でも犠牲を減らせるように。
願い、動く。
「お、来たみたいだぜ?」
近づいてくるルルーシュの姿に、隣の少女が声を上げた。
「ああ、そうみたいだな」
明るい声。
対して銃はすぐにでも抜ける。お互いに。
隣の少女に注意をむけながらも、周囲の警戒にも余念はない。
ここにはもう一人、対処するべき脅威――もう一人の侵入者がいるのだと、彼は知っている、いや正確には信じさせられている故に。
不確定の脅威と不明瞭な脅威、2方向への警戒。
彼といえど、一人では少し荷が重い。
やはりここでも、デュオ・マックスウェルは苦労人だった。
■
今の東横桃子にとっては、全ての音が遠くに感じられた。
男女の話し声。
廊下に響く四つの足音。
それら全てが、己の心音に比べれば小さく思えるくらいに。
事態は刻一刻と、変わろうとしている。
前方を歩くルルーシュと平沢憂。今まで味方として接してきた二人。
その二人に、更に前方からデュオ・マックスウェルと共に近づいてくる茶髪の少女。
彼女こそが凶兆だ。
桃子は決断を迫られていた。
選択肢は、そう多くない。
何もしないか。
何もせずに逃げるか。
殺して逃げるか。
皆殺して終わらせるか。
――それ以前に、殺せるのか?
選択には時間制限がある。
タイムリミットはルルーシュが近づいてくる少女に接触する瞬間まで。
「……………」
数値にすれば、残り10秒ほどしかない。
「…………っ」
――殺そう。
決断までは数秒と掛からなかった。
殺さなくてはならない。
迷っている暇はない。
いつか殺すのではない、今殺す。
目の前の男を排除するタイミングは今、現在なのだと、桃子は理解した。
数メートル前方を歩く青年――ルルーシュ・ランペルージ。
彼がこのまま茶髪の少女と接触すればどうなるか、実際のところ断定まではできない。
全てはあの少女とルルーシュが、どう考えるかにかかっている。
けれど、そう低くない確率で桃子にとって不都合な事態になるだろう。
それをこのまま指をくわえて見ているのは一番の愚考だ。
それでは、今すぐに逃てはどうか?
やはりそれも愚考。確かに迅速な離脱こそが一番危険の少ない行動だろう。
しかし今逃げる事とは即ち、ルルーシュとの敵対が確定するということでもある。
次に会うときは、間違いなく敵として見なされる。
ならば殺すのか?
そうとも、殺すのだ。
最早彼との共闘は難しい、ルルーシュはもうすぐ味方ではなくなる。敵になる可能性が高い。
それならば、せめて敵になる前に排除する。
ルルーシュの強さは知っている。腕力ではなく、その思考力を桃子は知っていた。
なぜなら隣でずっと見てきた。たった一日ばかりの付き合いだが、彼の怖さはよくよく理解させられた。
それを学び、自分の強さにしようともしたほどに。
「殺さ……なくちゃ……」
最終的に殺す人間、未来の強敵、その一番殺しやすい瞬間が今かもしれないのだ。
ならば行動しなくては。
桃子は何かに圧されるように、青年の背中に向って一歩を踏み出す。
「殺さなきゃ……駄目なんだ……私は……」
ここまで思考したのなら、残りの時間は殺害方法に当てるべき。
だというのに、東横桃子は、
「殺……す……っ!」
ああ何故こんなにも心臓の音が煩いのか。
などと、無駄な思考に貴重な一秒を費やしていた。
■
前方から歩いてくる茶髪少女の重要性を、最も早い段階で察していたのはやはりこの男であった。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは相応の緊張をもって彼女を出迎えつつ、己の頭脳をフル回転させる。
船内にて一方的に戦闘を仕掛けてきた目の前の少女は、挙動からしてただの人間ではありえない。
これはごく当たり前であり、見ればわかる事。
だが、それだけではなく参加者としても、他の人間とは一線を介している可能性があるのだ。
ルルーシュは彼女の顔を知っていた。
『おくりびと』――その機能における最大の特徴とは、『殺人犯である可能性が高い人物』の顔を知れることである。
自然、殺人容疑者の写真には皆ある程度注目するものの、死んだ人間の顔は知人でもなければなかなか記憶に残らないものだ。
しかしルルーシュは覚えていた。
彼自身の記憶力が良かったのもあるが、『彼の知人がおくった人物の写真』であったことも要因の一つであろう。
茶髪の少女――C.C.がおくった少女――死んだ人間の顔。
それが今、目の前にあるのだ。
いったい何故か? これはいかなる自体が齎した異変なのか?
双子が参加者にいた、瓜二つの人間がいた。
などの可能性は一応あるが、名簿を見る限り平沢姉妹以外には血縁者同士の参加は見られない。
何よりルルーシュ自身が、尋常ならざる背景を彼女の後ろに感じている。
はたしてこの奇妙な印象はどう説明をつければいいのだろう。
目の前にしている人間が放つ、他人の皮を被っているようなアンバランスな感覚。
隠そうともしない、イレギュラーの気配。
接触までの僅かな間に思考にふける。
そのとき不意に隣から、ちょいちょいと、腕を引っ張られる感触があった。
「えと……ルルーシュさん、あの人……味方になってくれるんでしょうか……」
平沢憂の小さな手がルルーシュの袖口を掴んでいた。
どこか不安そうな瞳がこちらを見上げている。
「さて、分らないな。だが少なくとも、俺達と話す気にはなったようだ」
「もし仲間になるとしても。多分、私、あの人は好きになれそうにありません。なんだか、嫌な感じがします……。
……? …………そういえばあの顔、どこかで……見たような…………」
察しの良い憂もまた、遅れてその違和に気がついたようである。
まだ正体には思い至っていないが、『嫌な感じ』に関してはルルーシュ以上に敏感に察知しているようだ。
ルルーシュは憂が袖口を握り続けることには別段頓着せぬまま、思考を更に働かせた。
敵の正体に関する考察を出来るだけ多く並べ立てる。
こちらにとって最強のカード、ギアスを使うタイミングを想定する。
しかし最終的には交流を経てから判断すること。
なんにせよ憂にまで、まだ話してもいない段階から『好きになれない』とハッキリ言われる手合である。
最大限の警戒をもって接触するべきだ。
そして、その接触までは残り数秒もあるまい。
彼我の距離は二メートルほど。
どちらからともなく第一声を発する。
「――?」
その直前に、ルルーシュは己の背中に小さな衝撃を感じた。
すとん、という。
軽い感触それだけで、ああ後ろから刺されたのだなと、彼は知ることが出来た。
なぜならこの感覚はルルーシュの知っている感覚。
彼にとって『この殺害方法』は初めての経験ではなかった故に。
「……ああ」
背に、じわりと熱が広がっていく。
「それでいい、正解だ。桃子」
■
桃子は青年へと、更にもう一歩踏み出した。
これで彼我の距離は後三歩分。
息を潜めながら、ルルーシュの背中へと近づいていく。
ドクン、ドクンと、身体の内側が煩い。
「…………」
ドクン、ドクンと、まるで耳元で鳴っている様に心音が近い。
「…………ッ……」
一歩一歩に多大な集中力を必要としている。
体が緊張で硬くなっているのが自覚できた。
「……はぁ……っ……はぁっ……」
マズイと自覚する。荒くなっていく息使いを抑えられない。
咄嗟に口元を手で押さえて、音を殺した。
察知されたか、と更なる緊張に全身が硬化するものの、ルルーシュは未だ振り返らない。
本当に気が付いていないのか、それとも知らぬフリをしているだけか。
桃子には判断できない。
分らない。
自分は今、ちゃんとステルスできているのか。
消えれているのか、それとも……。
「…………っん……」
唾を飲み込んでもう一歩、踏み込む。
確かめている時間はない。
残る距離は、たったのニ歩分だ。
(それにしても……なんで……こんなに……)
何故、自分はここまで緊張しているのかと、自問する。
そんな場合ではないと分っていながらも。
人を殺す事は初めてではない。
桃子はもう既に二人の人間を直接手に掛けている。
それに関して逃避もしていない、殺すために殺したのだと受け止めている。
いまさら殺人に関して悩むことなどないはずだ。
そもそもルルーシュを殺す事など前々から画策していたことなのに。
なのに、なぜ、こんなにも、緊張しているのか。
心臓の音が煩いのか。
(躊躇って……いる?)
今までの殺しと、今から始める殺し。
違いがあるとすれば、一つだけ。
(裏切る……ことを……?)
殺す事にはなんら変わりない。
しかし今回の場合、桃子は知ってしまっている。
ルルーシュという人間に、仲間として触れてしまっているのだ。
本当の意味で、知っている人間を直接的に殺すのはこれが始めて。
思えば、ルルーシュや憂を殺す為の策は全て、人任せなものばかりを想定していたような気がする。
例えば殺し合いに乗った者に殺させたり、澪に殺させたり等の同士討ちを狙ったり。
現に目の前の少女を利用しようと企んだりもした。
誰かを利用して誰かを殺させる想定ばかり。桃子のスタンス上それはなんら不思議な事ではない。
しかし振り返ってみれば、彼らを直接手に掛ける事だけはまるで想定していなかった。
『黒の騎士団、行動開始だ』
彼の言葉が、リフレインする。
――馬鹿みたいだ。
なんら混じりけ無く、桃子はそう思った。
己がこの男にそこまでの思いを持ってしまっていた事にも驚きだが。
それ以前に、今更すぎる。あまりにも、くだらないのだ。
人の命を奪う事よりも、人を裏切るほうが辛いだなんて。
いまさら、絆を壊す事を怖がるだなんて。
自分で自分に虫唾が走る程の贅沢だと思う。
結局、桃子にとってセイバーと荒耶宗蓮を比較的簡単に殺せたのは、それほどの繋がりを持たなかったからなのだ。
けれどルルーシュは違う、平沢憂は違う。
『どうして……こんなにも胸が苦しいんでしょうか……?』
知っている。知ってしまっている。彼と彼女の思いを。
こんな物はいらないと切り捨てたはずだ。そもそも情なんて感じたことも無かったはずだ。
表向きは仲間だろうと、いつ裏切っても恨みっこなしの仮初の同盟、皆が合意の上だった。
腐りきった絆、汚れた繋がり。
(……………こんな、もの)
それでも、仲間だった。
表向きでも、偽りでも、確かな繋がりだった。
嘘で塗り固められた関係だろうと、その前提だけは本当だった。
ああ腐っている、でも絆。
ふざけた代物、普通の人間ならば醜悪にしか思えないモノ。
唾棄すべき関わり合い。黒の騎士団。
そんなものに桃子がどれ程の価値を見出すのか。
今この時、壊すという時、震えてしまった両腕が答えだ。
この躊躇こそが真理だ。
(ははっ……なんすか……それ、馬鹿馬鹿しいにも程があるっすよ)
東横桃子という少女。
人生において『ただ一つ』を除いて、おおよそマトモな繋がりなど持たなかった少女。
誰よりも孤独を知っている彼女。誰よりも孤独な日常と共に在った少女。
世界から隔離されていた人生。
だというのに、いや、だからこそ。
こんなにも歪な繋がりであろうと、大事なものに思えてしまった。
決して手放せない、宝物に思えてしまっていた。
「…………ッッッ!」
決意が鈍る。力が抜ける。
手に握っていた凶器が下ろされていく。
ふざけている、馬鹿げている、なんという醜態だろうか。
まさか己がこんな葛藤に陥るなんて。
情に動きを止められるなんて甘さ、想像だにしなかった。
そんなものはこの集団内でも、せいぜい秋山澪あたりしか感じないことだと思っていたのに。
「――――」
結論を言ってしまえば、東横桃子はただの『やさしい女の子』だったということだ。
冷酷ではない、非情ではない、無感などではない。
孤独を知り、絆の大切さを知り、良識を知り、優しさを人に与えられる。
ただステルスというやっかいな体質をもって生まれただけの、一人の平凡な女の子。
加治木ゆみが後輩として大切に思い、『欲しい』と叫んだのはそういう少女だった。
だから、ここから先へは踏み出せない。
東横桃子とは、そう在らなければならない。
知らぬ者を殺すなど作業に等しい。
だが感情を持って執行する殺人の重さには堪えられない。
それが彼女の限界。優しい彼女の正しい在り方。
限界を超えて前へと進む事は許されない。
なぜならその行為は他でもない、加治木ゆみに対する最大の裏切りになるからだ。
(…………ごめん……なさい……)
ならば、
(……ごめんなさい……先輩……)
ならばこの時、
(私は……)
凶器を握りなおした少女は誰だ?
(それでも私は殺します)
更に一歩を踏み出してしまえる少女は誰なのだろう?
(先輩、私は……先輩の嫌いな私に為ってでも……やっぱり先輩が欲しいっすよ……)
最後の一歩を踏みしめる。
少女は進んだ。
絆を捨てる道を、東横桃子を捨てる道を歩む。
少し前までの彼女なら、ここで足を止めてしまっていたかもしれない。
絆の鎖に縛られていたかもしれない。
けれど今の彼女は己を突き動かすモノを持っていた。
全てはその一念に帰結する。
直面した地獄の光景。
赤で塗りつぶされる思い出。
ぐちゃぐちゃに砕け散った、大切な者の残骸。
『先輩……まだ、終わりじゃないっすよね……?』
もう絶対に返される事の無いその答え。
踏みにじられて、血塗られて、汚された夢の結末。
それを目にした時、どうしても消せない思いが在った。
――認められない。
間違っているかどうかなど知らない。
道を踏み外していようと知るものか。
自分も含めて一切合財、何がどうなろうと関係ない。
ただ、認められない。
こんな『終わり』なんて絶対に認めない。
ハッピーエンドじゃなくてもいい。
例えバッドエンドでもいい。
それでも、あんな終わり(デッドエンド)だけは絶対に認る事など出来ない。
現実の拒絶。
駄々をこねる子供の様な。
幼稚な、けれど純粋な願い。
それが今の東横桃子にとって最大の原動力だった。
「だから、さよなら……ルルさん……」
こうして桃子は己の刃を突き立てる。
ガキンと鈍く響いた音は刃が砕ける音であると同時に――
ここまで危うい均衡で、それでも、細くとも確かに繋がっていた彼女達の繋がりが、遂に断ち切れる音だった。
■
「ああ、正解だ……桃子」
ルルーシュは一瞬にして状況を把握する。
表面上で身に起こったことだけでなく、その裏にある背景までも推定できた。
別に計算通りなどではない。それでも分る事であった。
たったいま己の背に刃を付きたてた者。
それは顔を見るまでもなく、状況的に東横桃子ただ一人しかありえない。
下手人が桃子ならば、その事情背景も透けて見えた。
大幅に早められた裏切り。
桃子がこの行動に及ぶ真理。
策と、誤算と、しかし覚悟の上の実行。
『はやまったな』、と思う反面、ある意味では正解だとも思う。
桃子なりに考えたのだろう。
今は桃子にとって一番の期ではない。ルルーシュを殺すには早過ぎる。
残る参加者はまだ二十人前後も存在する。
準備を始めるには頃合だが、実行するにはどう考えても不適切だ。
だが、考えても見ればいい、それはルルーシュとて承知している事のはずだ。
桃子にとって最適のタイミングでルルーシュを殺すという事は、すなわちルルーシュにとっても桃子が動くタイミングは明確となる。
今はまだ共闘が最適、しかし決別の時は確実にやってくる、そしてその時期はお互いが意識している。
ならば勝利の行方とはそれまでの準備とその時の決断に委ねられるだろう。
回り道のようで、結局は策と策の真っ向勝負になることは明白だった。
ではここでどちらが有利なのか。その時、ルルーシュと桃子、どちらが勝つのか。
東横桃子は知っていたのだ。
化かしあいでルルーシュに勝つことなど出来ない。
卓上の経験により、先手を読む計算は桃子も得意とするが、ルルーシュは別格だ。
小賢しい考えなど見通される。策など筒抜けになっている。桃子がどう動けば最適なのかすら知られている。
その上で詰まされている。
ならば、あえて失敗してやればいい。愚かになって、悪手を実行すればいい。頭の良さを逆手に取ればいい。
この場においては、最適のタイミングをずらして攻撃すればいい。
あえて速すぎるタイミングでアクションを起こせば、即ちそれはルルーシュの思慮の外。彼女はそう考えたのだろう。
その結果がこの状況。
桃子は、少なくとも彼女の内では裏目――窮地となり、自ら動かざるを得なくなった。
だとすれば、それは結果的には失敗である。しかし同時に、正解でもあったのだ。
彼からすれば最大の愚挙にしか思えないが、それでも幾つかある正解の内の一つだ。
認めざるを得まい。前提の段階で失敗していようが、行動そのものは悪くない。
そして尚、この瞬間における桃子の手際は完璧だった。
突然の窮地でありながら決断は速く、動きも正確さを欠いていない。
決して小さくない緊張だったろうに見事ステルスを維持し続けた。
攻撃手段も良い。
高威力だが目立つ武装を選ばず、ただのナイフによる刺殺の実行。
これならばルルーシュ一人を殺して、その後あわよくば憂を殺して、すぐに逃げに移れる。
接近のリスクは最大だが、それでも銃よりもサイスよりも、この状況に適していた。
少なくとも、この時の桃子の行動には何一つミスは無かった。
「そう、九割、正解だ」
ガキン、と刃の砕ける音がする。
振り返るルルーシュの背中で、桃子が握っていたナイフがへし折れた。
銀の刃は彼が着込んでいた制服を刺し貫いたものの、その下から現れた白い布地にぶつかった瞬間に止められた。
『歩く教会』――掛けられた制限を差し引いても防弾チョッキを遥かに超える堅牢さを誇る防御礼装。
当然、少女が振るうナイフの一突き程度、止める事は造作もない。
はたして彼はその防具をいつの間に背に巻きつけていたのだろうか。
タイミングがあるとすれば、侵入者との戦いがひと段落着いたとき、デュオと別行動していた少しの時間以外ありえない。
つまりは――この展開すらもルルーシュにとって想定の内だった、ということになる。
ルルーシュは振り返る、予想違わず背後には彼女の姿があった。
東横桃子の目を、その深い瞳を覗き込む。
「いや、十割か」
しかし彼女の目は、『何故?』と語りかけていなかった。
攻撃失敗に対しての動揺など微塵も映していなかった。
そこから意味を読み取るとしたら、『そうか』程度のものだろう。
なぜなら、桃子は事実を受け入れていたのだから。
攻撃は失敗した。それだけの事実、何故も、どうしてもない、理由の詮索などに意味はない。
失敗したというのなら、それはそれだけのことなのだ。
『次』を実行すればいい。
もとより攻撃手段など、ナイフ一本ではないのだから。
この展開は桃子とて、在り得るものとして覚悟していたのだから。
だから、桃子は砕けて床に落ちたナイフになど目もくれず、
振り返るルルーシュのこめかみに、制服のポケットから引っ張り出した拳銃――FN ブローニング・ハイパワーを突きつける。
前段階で安全装置は既に外してある。後は引き金を引き絞るだけだ
さよならは二度も告げない。
(もう十分だな)
このぐらいが潮時だろうとルルーシュは決断した。
(お前はもう十分に成長したよ、桃子)
兼ねてから想定していた一つのプラン。
実行するかどうかは微妙なところであったが、
(共闘は、もうお終いだ)
東横桃子は強くなった。出会った頃よりもずっと。
だから、彼女の成長に心からの祝福と裏切りを――
「東横桃子――お前は――」
この世で最大の賛辞と、
「――――――――――――――」
そして呪いの言葉を、贈ろう。
「――――――――――――――」
示された別れのカタチ。
響き渡る銃声の中、それは確かに、東横桃子のもとに届いていた。
■
受け止められない現実を直視したとき、私の口から漏れたのは言葉にならない曖昧な声だった。
「…………ぁ……え?」
一発の銃声が轟いた。
からん、と薬莢が床に落ちる音がした。
そして振り返れば、背後には銃を持った東横桃子が立っていた。
「……え?」
そこまでは、別にいい。多分、大した事ではない。
けれど、どうしてだろう。
どうして、ついさっきまで隣で話していた彼が、倒れていくのだろう。
どうして、彼の後頭部から血が噴出して、それが私の顔に降りかかるのだろう。
どうして、握っていた彼の袖口が、私の指の間からするりと抜け落ちていくのだろう。
どうして、彼は倒れたまま、起き上がらないのだろう。
どうして?
すぐには理解できなかった。
理解なんて、したくなかった。
「…………嘘」
現実を認めたくなくて、そんな言葉が零れ落ちる。
けれど嘘ではなかった。
彼は死んだ。
助けてくれるって、言ったのに。
まかせろって言ったのに。
信じていたのに。
なのに居なくなってしまうのか?
私をまた、一人にするのか?
「……うそ……嘘……ッ!!」
現実を受け入れる事も出来ないまま、その言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。
――うそつき。
■
「……ぁ……れ?」
東横桃子が我に返ったとき、状況はちょうど一コマ程とんでいた。
ルルーシュが倒れている。頭から血を流して死んでいる。
それは当たり前の事であり、重要な事ではない。
大事なのはこの瞬間、計画は明確な狂いを見せていたということ。
銃を使わされたのは不本意だったが、それでもまだ状況は桃子に利するはずだった。
銃声で桃子の居所は知れる、だがそこにはタイムラグがある。
誰しも想定しない場所からの突然の銃声。突然の死。
背後なら言わずもがな、正面からの不意打ちに人は慣れていない。
確実に混乱が起こる。
だからその内に、もう一人くらいは殺せる。少なくとも逃げる事はできるだろう。
即座に冷静に動く事さえすれば、優位に立ち回れたはずだ。
そしてまず確実に、この場で最も警戒すべき対象、桃子に一番近い位置にいる敵――平沢憂は動けない。
突然さを差し引いても、ルルーシュの死は彼女の視線を釘付けにし、全身を膠着させるに足る意味を持つはずだ。
少なくとも桃子はそう考えていたし、そしてその考えは真実だ。
だから、その間に、無防備な憂へと銃弾を叩き込む……はずだったというのに。
「桃子……ちゃん……?」
なのに、もう既に、憂の目は桃子に向けられている。
疑問、恐怖、驚愕の視線に貫かれている。
おかしい。
必要な工程が一つ足りない。
憂が、桃子以外の全員の視線がルルーシュの死に囚われる瞬間が、桃子の好機がスッポリと場面から抜け落ちていた。
「桃子ちゃん……どう……して……?」
「…………ぁ」
「ねえどうしてっ……どうしてこんなッ……!」
すでに驚愕を通り過ぎた平沢憂がパニックに陥りかけているのは分った。
けれど答えることなど出来ない。落ち着かせるために返す言葉など見つかるはずはない。
桃子は裏切った、殺した、終わらせた。言い訳も弁解も出来はしない。
どうしてかと聞きたいのは、此方も同じだ。
ルルーシュを撃った直後、ほんの一瞬、一秒にも満たない刹那、桃子は意識を手放していた。
不可解な間隙。
それだけで有利な状況が死地へと切り替わっていた。
「…………そっか」
『――よろしくね。桃子ちゃん』
切り替わる。
「そっか……そうなんだ……」
『――辛いときは『友達』にも頼ってくださいっす』
平沢憂の、疑問と恐怖の視線が、殺意だけを込めた目線へと。
友達を見る目が、外敵を見る眼に切り替わる。
「あ……ああああああぁ…………!」
憂は桃子の返事など待つ必要も無かったのだ。
答えなど、最初から目の前にしかないのだから。
それが例え、どれほど認めたくない現実であろうと。
再び彼女達の身体を紅く濡らした彼の鮮血こそが、覆しようのない事実なのだから。
「ぁあああ、あ、ぅ……うぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
ずいぶんと遅れて暴発する慟哭の絶叫。
それと共に、憂はスカートのポケットから己の拳銃――S&W M10を引き抜いた。
両手で、撃鉄を起こす。
目前の敵に向って銃口を突きつける。
「……っ!!」
同時、桃子は漸く自分の手が銃を握ったままぶら下がっているのを自覚して、慌てて両腕を振り上げる。
至近距離で向かい合う銃口。
ぶつかり合う殺意。
ここに、絆は砕け散った。
遂に彼女達の道は決定的に分断された。
かつて芽生えた小さな感情など、全て泡沫の如くに消えていく。
けれど今だけは、願いも、動作も、叫ぶ言葉すら、同じ。
「「――死ねッッ!!」」
この瞬間においてのみ、二人の意志は一つだった。
■
そして二度目の銃声が轟いた。
二つに重なっていたものの、音色は特に一度目から変動せず。
反響の後にはパチッパチッと、何かが弾けるような音が鳴っていた。
「「……………………え?」」
二人の少女が発する、疑問の声は重なった。
引き金を引き絞る直前であった指は止まり、桃子は正面を、憂は背後に目を向ける。
「あー」
ソレは状況把握から最も遠い場所にあった。
ソレは事情背景から最も遠い場所にあった。
「あー、なるほど。なるほど、なるほど、ナルホドねぇ」
にも拘らず、ソレは誰よりも何よりも速く動いた。
「お嬢ちゃん達はここで戦争をおっぱじめるってぇわけかい」
事情を最も速く察して動いた平沢憂よりも。
最初から全てを承知して行動を開始していた東横桃子すらも置き去って。
「だったらよぉ、つれねぇじゃねえか……なあ?」
この場の誰よりも速く、鮮やかに、電速でもって先制する。
「そろそろまぜろよ」
鮮血と共に、第二の死が降り注いでいた。
コルトガバメントから発射された.45ACP弾が、ソレの隣にいたデュオ・マックスウェルの胸部を吹き飛ばし、あたり一面に血糊を撒き散らす。
少年の体は廊下の壁にべったりと血液の一本線を引きながら滑り落ちていった。
弾ける飛沫は生命の雨。
赤いスコールはこの場に居る全ての者に降り注ぐ。
それを最も浴びたのは当然、一番近くに居たソレである。
「ふ……はははッ……」
ソレ――彼――彼女――アリー・アル・サーシェスは告げる。
全身を染め上げる赤色を気にもせず、頬にへばりついた肉と鮮血など気に意に介さず。
電光石火の一挙動を可能とした蒼い稲妻を全身からバチバチと放ちながら。
「はははははははははははははははははははははッッッ!!」
汚すように、悪戯ぶように、犯すように、殺すように。
本来は純情で可愛らしい少女の顔を血に濡らし、凄絶に歪めて哂いながら告げるのだ。
「さあッ! 戦争の始まりだッ!!」
けれどやはり同時に、可憐な貌で。
戦争屋は、開戦の号砲を打ち上げた。
一ノ章:千切る絆――了
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2011年08月04日 08:32