BRAVE SAGA『未来』 ◆0zvBiGoI0k
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「……やはり質量と材質の差は覆らんか」
忌々しげな口調で荒耶は機体を見上げる。言葉の通りに衝撃を受けた装甲は、少なくとも見かけ上は損害はないようだ。
「それでも支障はない。肉(そと)は無事でも臓(なか)が耐えられぬのは人も機械も同じであろう」
だが、装甲は無事でも内部の精密機械、特に中にいる人間(グラハム)にとっては十分効果がある。
中の操者を仕留めた後にコクピットのコンソールのひとつでも砕けば、それでこれはただの動かぬ的に成り下がるだろう。
「…………………………………………」
視界の外で蠢く雑音に、意識を引き戻された。
蜘蛛の結界に囚われた
枢木スザクを横目に見る。
動力を停止されて縛られなおその目には生存を諦めていない。
ルルーシュ・ランペルージが宿した隷属の魔眼ギアスにより受けた「生きろ」という命令。
尋常ならざる身体能力を誇るスザクとはいえ、ここにはそれをしのぐ猛者がひしめいている。
決して少なくない戦闘を経験して生き残っているのはその力によるところが大きいだろう。
他を潰し、倫理を捨てででも生にしがみつく。ある意味、それは荒耶の憎む人類の性。
だが、どう足掻こうが既に糸に絡まれた身。人の範疇でこれを破ることは叶わない。
ここでこの兵器を砕き、その次にスザクを落とせば前準備は成る。
荒耶が信長と相対する式を放置しスザク達へ近づいた目的は自ら口にしたように手に入れようとした機動兵器の破壊だ。
ただしそれはあくまで前段階、両儀確保のための露払いだ。
この機械人形を参加者の手に渡すのは危険過ぎる。主催に反攻を志す一勢の戦力になるというだけではなく、混乱を招来するものとして。
これらの性能は計り知らないが超巨大な人形―――ゴーレムとすれば対人においては無類無敵なのは揺るぎない。
ただ乱入されるだけでも計画に支障が生まれる可能性は十分以上にある。
そして可能性があるというだけでも、抑止力はそれを現実に引き出してくる。
式と信長との決着には短いながらも猶予はある。その間にこうして出向き一片の可能性を摘みに来た次第だ。
枢木スザクと
グラハム・エーカー。人形に搭乗さえさせなければ二人同時でも負けようのない相手だ。
懸念といえたギアスによる超反応を持つスザクもこうして抑え込んだ。どれだけ潜在能力を引き出そうとあくまで人の身、
機先を制すれば遅れを取る道理もない。
補足を付けるのならば、今このとき式が敗れてもそれは好都合でもある。
荒耶に必要なのは「
両儀式」の肉体。脳が潰れても数分程度ならば許容できる。その間に自らの首を挿げ替えれば根源へは通じる。
代償として荒耶は死ぬが目的が叶う以上問題などあろうはずもない。そもそも一度死んだ身なのだ。何を躊躇うことがあろうか。
危惧するのは魔王の発する瘴気で跡形もなく消滅することだが、式の持つ直死の魔眼の性質上そこに至る心配は低い。
真剣での唐竹割りで両断されることについては……それこそ天運に託す他あるまい。
世界を憎む男が最後に神頼みとは嗤える話だが、翻せば、そうならなければ抑止力が荒耶を阻めなかったひとつの証明もなる。
そういった意味で、荒耶にとってこの戦場は正念場といえた。
そう、荒耶はこの戦場に全てを賭けたのだ。
近辺に戦場に加わっていないほぼ隔離された空間。敵戦力とのバランス。地形。全ての条件がクリアされている。
参加者の残数から、これ以上の望むべく状況は恐らく来ない。
ならば、ここで全霊を尽くすのみ。
螺旋(セカイ)の果てを目指す魔術師は己が悲願へ一歩一歩近づいてることを感じながらも、高揚もなく次の手を動かす。
機動兵器さえ潰せれば良いが数を落とすに越したことはない。まずは機動兵器を先決し拳を開こうとした。
それを、緋色の意思が阻む。
すぐ傍で何かが動く振動がする。荒耶の目に映るのは墓標の如く沈黙していたモビルスーツの腕。
それはそのまま―――荒耶目掛けて振り下ろされた。
「――――――!」
反応はどうにか間に合い拳に潰される真似は避ける。だが人間を覆い隠して余りある巨人の腕だ。飛散するコンクリートも存分に凶器として機能する。
それを防ぐため、地に平行して展開されている結界を全面に出す。結界を貫くだけの硬度がない破片は砂に散っていく。
続けて、結界の位置を変えたため戒めを逃れただろう枢木スザクを見る。
運良く破片群に巻き込まれなかったのか、もしくは自力で回避せしめたのか、その肉体は未だ壮健だ。
「―――潮時か」
ひとつの決意を込め、荒耶は意識を傾ける。
そうして、音も前触れもなく魔術師は姿を消した。
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「消えた……!?」
風景に溶けるように消えた魔術師を探すも姿は見つからない。
この場を不利と思い離脱したのだろうがまだ近くに潜んでいる危険はある。
すると背後から機械の駆動音が鳴る。振り返るスザクの前には、ナイトメアをも超える機械の騎士。
「グラハムさん、無事ですか!?」
「ああ問題ない。Gには慣れているからな……」
スピーカー越しにグラハムの声が聞こえる。コクピットの中にいるため姿は見えないがどうやら無事であるようだ。
「……君も機体に乗りたまえ。生身よりはそこの方が安全だ。私の機体なら抱えて運ぶこともできるだろう」
「はい、わかりま―――」
グラハムに促され自分も残った機体へ近づこうとしたその時、異変は起こった。
地震。それもかなり大きい。
コンクリートの大地に亀裂が走る。
まるでこの区画が大きな力で握りつぶされるように、軋みを上げていく。
「これは、何が――――――」
「―――急げ、スザク!!」
世界が、崩壊を始めた。
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眼に映るのは、彼方の光景。
空より自分へ堕ちていく瀑布の周囲、この戦場に充満するおぞましい声。
死ね。死ぬ。殺す。殺せ。
音として耳に入るものでなく、脳内へ直接這いずり回っていく。
暗く昏いその死を、かつて知っている。
生きる誰もが還る場所。死者しか到達しない世界。生者では観測できない根源。
光も音も、闇さえもない海の中。底はなく、果てもない「」の風景。
けれど、其処と違って是には見えるものがある。
何時かの何処か。誰かの何か。
人も街もガレキのカラクタ。空さえ焼け焦げた世界。
原因はきっと、天(ソコ)に浮かぶ黒い太陽。
夜なのに太陽があることも、太陽が黒いのも疑問には思わない。
所詮幻視だ。幻想にすら劣る妄想に理屈も意味もないだろう。
脳があてられたのか、それともこの声(のろい)が行き着く場所なのか。
分かるのは、「死」が起きるとしたらこんな風になるのだろうということと。
あんな場所に逝くのは絶対に御免だということくらい。
それは普通のことだ。生きてるものなら誰だって死が恐い。
死が視えようが視えまいが、死を望まないなんてのは当たり前のことだ。
当たり前なら考えることなんてないはずなのに私は考える。
死にたくないと生きたいは違う。
死ねない、死にたくないとは思っても、私は生きていたいとは思えない。
夢は、人が生きていく根源になるという。
どんなに小さいものでも、ユメのためなら人は強く生きていけるという。
私の中にも夢があった。なんでもない、普通の日常を暮らす夢。
それは式の陰の人格、殺人鬼という縛りを持つ両儀識がいる以上、決して叶わない夢だ。
誰かを傷つけ、否定して、殺すことでしか識は存在できなかった。それが彼の生み出された理由だからだ。
けど、識も夢を見ていた。私と同じ、けれど彼にはどうしても望めない幸せなユメを。
やがて夢が
黒桐幹也という現実になって表れた時、識は自ら消えることを望んだ。
否定しかできない彼(シキ)が、好きな彼(ユメ)を殺してしまうことのないように。
シキに幸せになって欲しくて。なにより自分のユメを守りたくて。
そのユメもここで失くしてしまった。
殺し合いという狂ったセカイで、彼は命を落とした。
おそらくは、傍にいた誰かを捨てきれなくて当たり前のように前に立ち、当たり前のように死んでいったのだろう。
絶対に口にしたりはしないけれど、
そんな彼を、シキはずっと好きだったんだから。
けれど、ユメは私を置いて去ってしまった。
ユメを奪われた人はどうすればいいのか。殺した奴を殺し返すのか。
確かに、彼を殺した奴が眼の前にいれば、私はそいつを許せないだろう。
それで色々なものを無くしてしまうとしても、手に持つ刀に躊躇いは生まれない。
それが終われば、それで終わりだ。
あいつがいなければ―――私は生きてさえいられない。
だというのに、私は生きている。
死ねないと思うのは本当だ。このまま死ぬのは嫌だった。
何も得られず、何も変われず、何もなく死ぬということが許せなかった。
しかも、ここで会った人はみんな奇妙だ。
殺人鬼の私に構って、助けて、友と言って、「許さない」と言って。
幹也でもないのに、その言葉は私を縛り付ける。
胸の穴は消えないけれど、
穿たれた私が壊れないように周りを補強してくれる。
頼んでもないし、勝手とも思う。
ただ―――求めてないとは、断言し切れない。
ユメをみることは苦しいけれど。
ユメをみない、というコトの方はどれほど感情のない事なのか。
今の私は識の見るユメだ。シキが幸せに暮らしている未来。
同じシキである私もそのユメを壊したくなかった。
2度と叶わないユメを、彼はずっと夢見ている。
私が生きているのなら、彼の夢はまだ死んでないといえるのだろうか。
問いかけても答えは返らない。
けれど、それは確かめる価値のあることだ。
だから、今は生きていよう。
罪を省みて、夢を見直す時間は、きっと残されているから。
頭上の死を見つめる。
空を覆い隠す泥のその先にいる武者を透視する。
織田信長。
奴は殺人鬼じゃない。そして荒耶とも、近似しながら大極だ。
あれは人が死ぬ意味を愉しんでいる。死体の山を築き上げその頂きに足を乗せることを是としてる。
荒耶は人間への憎悪で動いてるが、こいつは人間へ純然たる殺意を抱いてる。
表現するとしたら、やはり魔王という言葉が一番しっくりくる。
“けど―――私の死は、お前なんかじゃない”
脳が蕩けるような熱を感じる。漏れ出た熱は両眼から溢れてくる。
それだけで、鮮やかにおぞましく視えていく。
汚濁した空に伸びる線、悪意すら殺す死を、初めて式は綺麗に思えた。
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唐突に、泥塊が弾け飛んだ。
地面が押し潰されることもなく、まるではじめからなかったかのように消滅する。
その様を、上空から睥睨する信長が瞠目する。
渾身ではなくても致命を確信して放った瘴気の大波。それが跡形もなく吹き飛ばされたのだ。
景色が晴れた先には、相対している和服の少女。
蒼い両眼からは、涙のように血が流れている。
両儀式が、死に誘う魔眼を以て、凄絶に魔王を見上げていた。
数秒経って、地上に降り立つ。それと同時に、死神が駆ける。瞬く間に縮む互いの間合い。
馬(あし)は着地の衝撃で動き出せない。先手は式が握った。
「うつけがぁっ!!」
ただしそれが信長に攻め手を失わせることにはならない。纏う瘴気を地に這わせ、影のように地を走る。
染められた大地から飛び出す剣山。信長の前方を針の山が覆い尽くす。
だが式は足を止めることをせず、むしろより勢いを込めて針山地獄へ飛び込んでいく。
自殺志望では断じてない。ただそれが自分の命を脅かすでも、障害にもならなかったからだ。
刀を地に突き立て、払う。それだけで事は済んだのだから。
事もなげに消し飛ばされる剣の山。それどころか背中まで覆っていた瘴気すらもが霧散していく。
一度理解出来た以上、死の想念を宿す瘴気は式にとってむしろ見やすい部類ですらある。
遠距離の反撃を封じ馬も膠着状態。距離を詰め切れない要因を全てクリアし遂に式の斬撃の間合いに入る。
それでもなお、慮外の反撃を受けても信長は的確だった。
信長の瘴気による攻撃を悉く消し去る小僧―――
上条当麻との戦いを経験してるからこそ反応できたことだ。
馬上目掛けて飛びこむ式。それを止める信長の腕の方が速い。
瘴気によるアドバンテージなど、彼にとって強さの一要素に過ぎない。剣のみによる斬り合いでも、魔王の力量を知らしめるには十分以上だ。
だから防御が間に合わなかったとすれば、それは別の要員によるものでしかない。
「ぬおおっっ!!」
突然起こる異変。視界が揺れ、手元が狂う。
跨る軍馬が全身を震え喚き散らしたことだと信長は即座にわかった。
この期に及んで疎意を起こした?あり得ない。畜生如きにそのような気概も知恵もあるはずがない。
そしてその原因を探る余裕も、あるはずもない。
眼前で、死神が首を刈り取る様を見せつけられていては。
斬、という音が響きわたる。
過不足なく、振り切られる両腕。
死を意味する線を、鮮やかに刀が通り抜ける。
切り取り線が付いていたかと思えるほどに、野太い首が落ちる。
動脈どころか全ての筋を断たれて噴き出す血飛沫に濡れる者はいない。
何故なら両儀式は次なる目標を見定め既に駆けだし、
馬の頭を斬られる寸前に織田信長は再び空へ逃れていたのだから。
ずん、と地を踏みしめる音がする。
馬を失い自らの足で立つ第六天魔王は不動の位で首のない死体を見下ろす。
憐憫の類は毛頭ない。あの時に突如発生した謎の行動の意味を探ろうとしたに過ぎない。
程なくしてその理由も目に入った。
筋肉で固められた強靭な腿に深々と突き刺さる簡素な小刀。
現代で市販で売られているペーパーナイフだということに露知らず。
名称などどうでもいい。知るべきは因果の源、この小刀を飛ばした下手人の姿だ。
即ち、信長の背後にいる
白井黒子に他ならない。
討ち漏らした。黒子の内情はそのようなものだった。
身体的には並みである黒子があの戦闘に割り込める機会というのはそう多くない。
自分が手を出したとて、式が刃を切り込むための隙を作ることはできない。
よって、式が作った隙を更に広げることこそが己の役割だと決めた。
戦いの佳境で敵が大きく飛び立った瞬間。そこなら付け入れられると思った。
自分がそう思った以上、前線の式ならより的確に気付くだろう。
滝のような大津波に飲まれた式を見た時、若干の不安があったが波を食いしばった。
むしろそんなとこで溺れてないでさっさと出てきなさいコンチクショーなくらいの気概だった。
自分でも滅茶苦茶で杜撰と思ったが相手も滅茶苦茶なのだ。それ位で丁度いいと疲弊し切った頭で考えてた。
そして期待(?)通りに復帰した式の姿を確認し次第、テレポートで接近をかける。
動き始めたてからでは遅い。その間に式と敵との距離は詰められてるだろうから。
敵との距離が25メートルに達したところで、手をかざす。手中には小さなペーパーナイフ。
テレポートの凶悪な使い方に「生物の体内に転移させる」というものがある。
ジャッジメントとしての黒子の活動で使った事はない。必要性がなかったし、そこまで殺意を向ける対象もいなかったからだ。
今は、いる。敵意というよりは、戦い、勝ち、打ち破るべき存在に。
距離が離れ過ぎ、制限もあることから正確に敵の心臓を潰せるとも限らない。
黒子の脳が痛む。万力で頭蓋を締め付けられるような鈍痛が絶え間なく続く。
それでも集中を切らさない。そんな痛み、行使を止める理由になどならない。彼なら、「
正義の味方」なら、こんな程度で弱音を吐くものか。
式と敵との交差が起きる直前を見計らって、ナイフを飛ばす。
下の馬に刃が突き刺さる。敵の背中には当たらなかったものの、式に誤射されなかっただけ及第といえよう。
なにより、大きな隙を曝け出せたのなら自分の役割は終えた。
勝利を確信した瞬間、だが現実はより過酷に立ちはだかる。
これ以上ない、最高のタイミングに関わらず、相手は式の刃を抜けたのだ。
馬を潰すという一定の成果は上げたものの、会心の一撃と思えた攻撃の結果としては余りに少ない損傷。
戦力を削れたのは疑いないが、それでも今の敵と自分達の間にどれだけ力の開きがあるか……。
戦慄に身を震わせながらも、武者震いと誤魔化し敵を見据える。
「……賞美を受け取れ。小娘の分際で我にここまで粘りおるとはな」
野太い、威厳と傲慢が混合した声が伝わる。
その貌は健闘を称えるものとしては謙虚さが欠如しているが、それでも織田信長は彼女らのあがきを称賛した。
思えばこの戦場でまみえるのは殆どが女子供の群れであった。
偉丈夫共が闊歩する戦国の世においては当初は失望の念があったがいずれも脅えず従わず反抗する者ばかり。
そしてこのように己と切り結ぶ骨のある者までもいる。
油断はない。慢心も抱いてはいない。だが力を出し惜しんではいた。
疲労だの先の戦いだのを見据えて目の前の戦いが疎かになるなどうつけよりなお愚かの極み。
力を築き、覇を唱え、天下を治める。その障害は幼童だろうが老人だろうが皆殺す。
そこに貴賎はない。そこに慈愛など不要。加減など侮辱にほかならない。
それが悪鬼住まう戦乱で戦う武士への唯一の、そして絶対の礼儀だ。
「是非もなし。我は第六天魔王織田信長、うぬら寡兵が如何に群がろうと必滅は免れぬ。
―――天下布武、阻めるものなら阻んでみせい!!」
宣戦と共に湧き上がる覇気。紅黒い影は魔王と呼ぶに相応しい恐怖と災厄の象徴。
前の式と後ろの黒子の間に立ちその支配を強める。
自分には届かないと分かりつつも後退していく黒子。見ているだけでも臓腑を掴まれているような悪寒を憶える。
対して式はより一歩を踏みこむ。信長の後ろの黒子が見えてないのか一瞥もくれない。
頬を血で濡らしながらも衰えなく、躊躇いなく、眼前の敵を注視する。
「ハッ!」
破顔一笑。韋駄天足をもって踏み出す信長。先か後か式も構えを取る。
二人が撃突しようとするのを黒子は眺める。
戦況が式に傾くように随時差し込んでいけばいい。
自分に凶刃を向けてくるのならもうけものだ。その分式が切り込む隙になってくれる。
当然、捨て駒になってやる気もない。
裁断官が見届ける中、魔王と死神がぶつかりあう。
魔王の心臓が貫かれるか、死神の首が落とされるか。
結末は2つに1つ。覆らない取捨選択。
だが。
「「「―――――――――――――――!!!?」」」
あまりにも唐突に、破滅が訪れた。
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荒耶宋蓮は、このエリア一帯を圧縮した。
自らの構築した術の中で最後の手段として用意されていたものだ。
かつて、小川マンションでの戦いで式を斃すために、マンションそのものを倒壊させる手に打って出た。
結果としては失敗に終わったが、マンションと違い逃げる場所のないこの会場なら成功率は高いものと見ていた。
当然、自ら会場を破壊するという行為を帝愛が認めるわけもない。
この会場が荒耶とは異なる魔力源で機能してるのも、そうした自爆行為を防ぐための意味もある。
だが、どれだけ手を加えようとここは荒耶の造った世界なのだ。抜け道など如何様にも用意できる。
確かに会場全域を潰すには届かないが、特定の1エリアを潰す分なら支障なく行使が可能だ。これなら式がどこにいようと使用に踏み切れる。
そうして、混乱の極みにある戦場で会場を壊し、その隙に乗じて式を殺害する。
式を捕らえるにおいて何十種も構築したパターンの中ではかなり追い詰められている状況での戦略だったが、だからこそ効果も高い。
あとはここから式の居場所へ転移して肉体を奪えば荒耶の悲願は成るのだが―――魔術師は動かない。
「……どういうことだ」
崩壊の規模が、緩い。
本来なら五分と経たずエリア全域の地面が倒壊する規模での圧縮だったはずだ。
なのに崩れる建築物が少な過ぎる。じょじょに、予定よりも遥かに遅いペースで地盤が沈んでいっている。
これでは、万一といえど逃げ延びられる危険がある。
何を誤った?何が原因か?
エリア内に不備があったのか。否、短時間ながらも工房内で最終調整も行った。
ありえるとすれば血脈に手を加えて計算を狂わせたとことだがそんな真似ができる参加者は
キャスター以外に該当は――――――
「―――――――そうか」
雷鳴のような衝撃が、確信となって荒耶を駆け巡る。
この会場は荒耶の製作物だが完全に独力ではない。
その補助員として帝愛の雇われとして遣われた男がいた。
軽薄な態度で底の見えない怪しさを持つものの、結界の構築の手腕は確かなものだった。
そうだ、あの男なら。荒耶が帝愛から密かに機巧を仕込んだように、こちらを妨害する仕掛けを施すのも不可能ではない。
あるいは
東横桃子により一度死んだ一瞬の隙に、術の働きを遅らせる細工を違和感のない程度に弄っていてもおかしくない。
そして何より、帝愛から要請され、このバトルロワイヤルのための会場の製作に着手する初期からこの男がいたことを思えば。
ここまでにあった全ての邪魔にも、説明もつく。
全人類六十億を憎むのと同規模の憎悪を以て、荒耶は己の真の“敵”を認識した。
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本当に、脚色なく、世界が終ったと思った。
地震は止まず、地面は至る所が罅割れ、隆起し、崩れていく。
衣を抱える阿良々木のいる場所もその例外もない。
身を隠そうと工場地帯に入ったのはむしろ失敗だった。地盤沈下に耐えられなくなった工場が次々と倒壊していく。
「っ!!……あああっ!」
頭上から降ってきた身長ほどの瓦礫をぎりぎりでかわす。
何処へ行こうと何もかもが壊れていく。
逃げ場なんて、どこにもない。
「くそっ!ふざけんなあ!!」
叫ぶ。叫んだところでどうにもならないなんて分かってても叫ぶしかない。
死にたくない。死なせたくない。生きてるんだったらそう思って当たり前だ。
だから叫ぶ。
それくらいしか今は生きてる実感を持てそうにない。
だが運命サマは、ここで自分を殺しにかかってきたらしい。
ぎぎぎぎ、なんていう破滅の音がまたしても頭上から聞こえてくる。
気にせず走る。見た所で意味もない。
けどがっしゃあああああ!!なんて音が聞こえたなら、見上げちゃうだろ、普通。
大雨警報。瓦礫のスコール。致死率100パーセント。
あ、やばい。
頭に浮かぶ今までの思い出。
駄目だ。まだそっちに行きたくない。
生きているのに。助けられたのに。
負けて死ねとばかりに慈悲なく雨は降り止まない。
せめて、腕に抱える子だけでもどうか助かってくれるように抱きしめて――――。
「………………………………は?」
唖然とする。
するしかない。
夢オチかと疑いたくもなる。
自分めがけてまっしぐらに降ってきた瓦礫の雨を、巨人の腕が守ってくれるなんて。
腕の伸びる先を辿って見る。
そこにいたのは、正に巨人。
鎧を纏って、翼も生えて、色合いもなんだかダークっぽい。
阿良々木の主観でいえば、主人公機よりもボス格のマシンの方がイメージ強い。
その中で、ただ一人がその威容に友の姿を見た。
視界は霞む。耳は遠い。肌は冷たい。
そもそも見えるのは機械の巨人のみで操主の姿は隠されて一切見えない。
にもかかわらず、
天江衣は答えた。そして言い当てた。
「……グラハム?」
天江衣の声に呼応するかのように巨人は膝を屈み、胸部のコックピットが開く。
予見の通り、居座る戦士はグラハム・エーカー。
空翔ける翼を手にした、阿修羅すら凌駕する男。
「―――待たせたな、天江衣!」
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆
紅き翼が翻る。流線形のそれは、圧倒的な巨体と色合いとを併せて悪魔の翼を思わせる。
そのイメージは半分は正解といえよう。これに乗ることは悪魔の同伴を許すのと同義だ。
この機体に乗って勝者になってはならない。この機体を産み出した男はそう言った。
悪魔の誘いに屈すればそこに残るのは意味のない勝利。ただ殺し、破壊したというだけの結果しか生まない。
それは兵器にして兵器にあらず。勝者となった人間にこの機体に乗る資格はない。
だが、誘惑を断ち切り、悪魔を御する駆る戦士が乗り込めば、それは本物の騎士へと姿を変える。
それらの総称である称号。武力による戦争根絶、歪みを孕みながらも人類の革新のために存在してきた天上人の剣。
明日を目指す戦士のための、未来を切り拓く力。
冠する名は次世代。人心なき大量破壊兵器が跋扈する戦争、人間の介在しない無味乾燥な戦場を憂いた男の精神の象徴。
迷える戦士へ回答を指し示す道標。
称号の名はガンダム。
象徴の名はエピオン。
歪んだ世界を破壊し、未来を再生する力―――ガンダムエピオンは、確かにグラハム・エーカーの手に託された。
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最終更新:2010年11月02日 14:35