BRAVE SAGA『絶望』 ◆0zvBiGoI0k



◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◇



―――夜が明ける。
闇に支配された世界は次第にその支配から脱していく。街の輪郭が広がる輝きにより露わにされていく。
朝焼け。朝の始まりであり夜の終わり。ここより一日が始まり、他愛もない、平穏な日常が行われる。
それは、ここには起こらない。
夜が明けようが暮れようが戦火は終わらず、悲劇は止まらず、狂った遊戯は運営を続ける。
終わりが近づきつつもその気配は見えず、無限に螺旋と連なってると思えるほどに『殺し合い』は行われる。
世界に亀裂が入ったように陽光が地上に降り注ぐ。それすらも凶兆の前触れかのようだ。
その光も届かぬ冥底の間にて、影は座していた。
光無く、腐敗し沈殿した空気においても、影はその存在を誇示していた。
“それ”は世界に拒絶されていた。
まるで一つの完成した絵画に後から付け足したように、その姿は回りに風景に比べて浮いており、
否が応にも見る者の視線を縛り付ける。
まるで周囲の闇が凝縮されたような影は、―――魔術師、荒耶宋蓮は闇の中座りこんでいた。
無論、ただ座しているのみではない。指一本、眉一つ動かすことなく魔術師は事を為している。
己の体内ともいえる会場内を自在に把握する独自の知覚。
自分にとって最も適応してる展示場地下の工房内にて荒耶は会場の全域を見渡していた。目標は兼ねてより確認を急いでいた櫓の検査。
領域内に相当強力な遮断の結界が敷かれていたが支障はない。索敵にかかることを警戒し直接領域に侵入こそしないが、
それだけに主催陣がその地帯に力を入れている事を押し測れる。
そもここは荒耶の体内、内部の異常は荒耶が最も熟知している。そしてその異常を感じない以上どうやら一応の修繕は成っているようだ。

「―――往くか」

ゆらりと、幽鬼のように立ち上がる。その足は確固たる意思のもと大地に立つ。
懸念が一つ消えた事に安堵する間もなく荒耶は次の段階に動く。即ち本命、両儀式の確保。
熱された鉄板から灯される昏い光が魔術師の風貌を照らす。
転移した肉体の元の人物の名の通りの赤髪は一切が黒に染まっている。
当然、染色剤など使っていない。適合の度合いを示す形として顕れた変化に過ぎない。
服装もまた、魔術師本来のもの。首に数珠をかけ、身につける装束全てが黒衣一色。
それを以て、荒耶宋蓮の転移した肉体の適合率は最大となった。
ベースからして異なる性別の容(もの)だ。完全にかつての姿にまで戻れはせずこれ以上の上昇は望めない。
それでも駆使する魔術は殆どの齟齬なく扱え、体の強度が落ちた以外なら完全といえた。
もし荒耶宋蓮という個が女性として生まれたのならこのような姿であったろうと思える程、魔術師の面影を残していた。

そして姿の変化と共に、今まで失われていた機能も解禁される。
会場内の自在転移。両端の位置であろうと神出鬼没に移動できることのアドバンテージは言うまでもない。
東横桃子に肉体を殺され適合率の低い肉体への転移されたことで使用を妨げられていたそれもここで解消された。
バトルロワイヤルが開始した初期は主催への牽制のため控えてきたが、実質主催と手が切れた今となってはそこに気を使うこともない。
どの道機会―――確実に式を手にできる状況―――があれば時期に関わらず躊躇なく使う気であった。
根源にさえ至れば後も先もない。その時点で荒耶の悲願は成就するのだから。

幾度なく述べるようにこの会場は荒耶が大部分を製作し、用意した場だ。
殺し合いを行わせる修羅場として解放したが、荒耶にとっては両儀式を捕らえる為の檻の機能を目的としている。
故にそこには主催は知り得ぬ、荒耶だけが持ち、使用できる術が複数ある。
知覚把握、転移を筆頭に、秘密裏に場に仕込んだ魔術機構。
あまり派手なものは用意できなかったが、荒耶の望む展開に持ち込むには十分な効果を有している。
それら全てを余すことなく使えば、参加者の全ての行動を誘導することも不可能ではない。



十全に限りなく近い力を取り戻した魔術師は歩を進める。
どれだけ道を逸しようと、誤ろうと、その歩みに迷いはなく、揺らがない。
それが彼の存在理由である限り、永劫に。

◇――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◇



燃える。

燃える。

燃え盛る。

燃え落ちる。

燃え尽きる。

希望と呼ばれた船。
裏に潜む絶望を覆い隠す為に造られた殻が崩れていく。
豪華絢爛の威容は中心部から裂け、内容物が無様に晒されている。
裂け目からは赤い血を縦横無尽に撒き散らしている。
存在する役目を果たせなくなった骸は徐々に仄暗い海の底へと沈んでいく。この地で潰えた怨念に引き摺られるように。
地は、黒く焼け焦げ草木も生えぬ不毛の土地と化し命の生存を許さない。
空は、朝日が差し込む時刻にあっても大気が屈折したかのように暗く沈んでいる。
海は、陽光ですら暴けぬ闇に支配され異界の境界の如く区切られている。
その光景、正に絶望。

だがその絵図も、所詮は更なる絶望の前触れに過ぎない。
より濃密に、より凄惨に、より救いなく。
泥の様に、呑みこむものがなくなるまで絶望は侵食を続けていく。否、なくなっても更に別の地へと飛び火するだろう。
従うも、抗うも全て無用。彼の“魔”が進む道に人は無し。
一切合財が徒労に終わり、無為に帰す。



さあ、滅びろ。
貴様らの命運などこの時だけの為に残されたに過ぎない。
収穫の日は来たれり。





―――死が始まる。

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死神が舞う。迫る魔王を殺す為手に持つ鎌を掲げる。
魔王が駆ける。眼前に立つ死神を滅するべく跨る馬に鞭打つ。

より速く走る。馬はそれだけを願って生存してきた種族だ。
数千数万の時を経てその姿は走ることへ特化された肉体へと洗練されていった。
その上これは、戦国という時代そのものによって鍛えられた軍馬。距離は瞬く間に縮み、蹄を鳴らし敵を蹂躙せんと加速する。

「ぬぅんっ!」

互いが交差する瞬間、黒き聖剣を携えた魔王―――織田信長の剣撃が放たれる。
第六天に君臨する王の、殺気に満ち満ちた一閃。
凡百の兵ならば対応する間もなく首を刈られる他ない。

故に、対峙する少女が凡百の兵でない以上その結末は起こり得ないことだ。
刀を手にした今の死神―――両儀式は戦国の武士同然だ。思考は放り捨てられ反射は極限まで高められる。
どれだけ速く重い一撃であろうと、当たらない限りは支障などない。
剣が振るわれる瞬間を見極め、体が弾丸のように弾ける。火薬は、内に潜む衝動だ。
体勢を取り直すと同時に、魔王の追撃が火を噴く。
聖剣に黒き光が収束し、刃が射出される。
触れようものなら肌といわず、骨すらも融け切られる程に圧縮された瘴気。
されど敵目掛けて飛ぶ黒影は虚しく、地面を抉る爪痕を残すのみ。着弾するその時点で、既に式の姿は消えていた。
標的の位置は先よりも前方に九メートル。即ち、魔王の懐へと飛び込む。

「無駄よぉ!!」

一瞬にして死角へと入りこむ神速の足運びも、戦国の世に於いて魔王の名を冠した男の前には児戯に等しい。
すぐさま身を捻り迫る刃に対処、刀と剣が重なり合う。
拮抗は一瞬。上と下という位置関係、なにより腕力の差から天秤は式に大きく傾く。
押し負け後退する式はそのまま倒されることをよしとせず、振り抜かれる勢いを利用し大きく跳躍する。
むざむざ魔王が退避を許すはずもなし。間髪入れず放った剣の波動が中空にいる式へと牙をむく。
中空に浮きかわす術のない式は、未だ体に残る勢いを再利用。全身を独楽の様に回しての遠心力も加え黒き脅威を迎撃する。
結果は―――損傷が皆無の姿が示す通り。
その確かな輪郭、古来の概念までもを内包した存在が幻想により紡がれたものと、誰が理解できるか。
無事地に降り立ち、二人の距離は数秒前に遡る。



これで、都合四度目の仕切り直し。
先端が開かれての数分、式と信長はかような攻防を繰り返していた。
騎兵の最大の利点は、言うまでもなくその機動力と、そこから繰り出される突撃力だ。
偵察、伝達、強襲、人の足とは比べ物にならぬ速度で戦場を駆け回り様々な策を実行にする。
騎兵五千のみを率いて四倍の敵を撃破した三国の賢将曹操。
歩兵を馬に乗せ追撃速度を高めて宿敵ダレイオスを追撃させたマケドニア王国のアレクサンドロス三世。
そして僅か七十の騎兵を率いて敵軍を混乱の極致に追い込んだ源氏の寵児、源義経。
日本に限らず世界に名将として名を馳せた武士は誰もが騎馬を用いた戦術で武功を立てている。
鉄砲伝来と共に無敵神話は崩れ時代の波にのみ込まれていったもののその脚力は現代までも変わらず受け継がれている。
歩兵一人との一騎打ち、奇襲にも使えず小回りが利かない状況とあれば些か持ち味が殺されたきらいもあるが、
それでも馬上の兵の優位は揺るがない。

「どうした女、それがうぬの尽力か?余自ずから手を下してやるのだ、もうちとは奮起を見せてみよ!」

初撃で残ったのはもといた数の約半数。今剣戟をかわす式以外には誰もが膝をつくばかり。
この魔王に刃を携え向かってくるのだ。せめて己を地に下ろさせる程度の力量は見せてもらわねば興が冷める。
それも出来ぬ程度の手合であるならば、全力を尽くす価値もないだろう。
そして今対峙するこの女が「それ」でないことを、彼は感じ取っていた。

「―――――――――」

肝の小さい者なら魂を吸われそうになる怒号を浴びながらも、式は眉一つ微動だにしない。
刀を構えた時点で人としての機能は全て排除され、只敵を斬り殺すのみの殺害器と変貌を遂げている。
そうでなくても、悠長に会話する余裕など今の彼女には存在していない。
魔王と違い此方に余力などない。気を緩むことは自分の死に直結する。
彼女が望んていたはずの、ギリギリの命のせめぎ合いの中にあった。

「飽くまで押し黙るか―――よかろう、死合を続けようぞ」

言葉は不要と取ったか、信長が構える。
元より言を以て語りあう間柄ではない。戦場でまみえた者にとって、必要があるものは手に持つ凶器のみ。
この相手はそれを心得てる。一意専心。心にある一意はただ己と殺し合う(ワカリアウ)事のみ。
それ以外に、求めるものなどない。
心の臓を鷲掴みにするかのような視線を真正面から受け止める。
武士にとって戦場で殺意を向けられることなど至極当然の成り行き、むしろ心地良さすら覚える。
それこそ戦国、それこそ死合、悪鬼羅刹修羅魍魎はびこる現の地獄。
魔王が統治するに相応しき世界。

馬の腹を蹴り、再戦の嘶きが轟く。
それで決着が着くのか、それともまた一つ交わりが増えるのみか。
終着が見えるまで―――あと僅か。

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―――闇が、形を以て凝縮されたかと思った。
炎を上げる船を背後に続く死闘より少し離れた地点に、大量に溢れ出た呪怨の泥に流された
形となって戦場を引き離された枢木スザクグラハム・エーカーはいた。
彼らの前に鎮座するのは、二つの匣。
ただし、それはもう匣と呼称していいものではなかった。
モノを囲み隠し保護するという匣の役目は憐れにも果たせず、流れ込んだマグマの泥に大部分は融解され、
そこに潜むモノを大きく覗かせている。
それは機動兵器、一般的にはロボットと呼ばれるもの。
人対人が基本たるこの殺し合いでは間違いなく一騎当千に値する最上の武装。
機動兵器のパイロット、という一朝一夕では身に付かぬ技量を修めたスザクとグラハムにとってはこの上ない福音に違いない。
しかもそれぞれに一機ずつ。古来から二つの宝を手に取るにはどちらかが択一なものだが、どうやらこの地の雀は寛大らしい。
泥が流れ切った通路を渡り、届いた品のコンディションをチェックしようとした矢先、その姿は現出した。
まるで影が象を持って現れたかのように。

端的に言えば、その影は世界に拒絶されていた。
まるで一つの完成した絵画に後から付け足したように、その姿は回りに風景に比べて異常に浮いている。
それでいてその存在感は圧倒的で、視線を逸らすことを許さない。

「―――蒼崎橙子、いや……」

その貌を、グラハムは知っていた。
服装はおろか、髪の色さえ変化していても疑いなくその名を口にした。
僅かな邂逅だったとはいえその重圧、存在の重さは色褪せることなく残って、否、前よりも格段に増している。
だが、今となってはその名で呼ぶことは不適当であろう。
既に彼らはその存在の正しき名を知っている。

「―――荒耶、宋蓮」

「左様」

苦渋の表情で呟くスザクに首肯で返す蒼崎―――荒耶。
表情は永遠に解けない命題に挑む哲学者のように暗く、深い。
それがこの魔術師、―――例え体が変わろうと―――変わることのない貌なのだろう。

「……この期に及んでここに行き着くとはな。螺旋を交え、混沌とした世界であろうと抑止力は健在らしい」

誰に聞かせたのでもなく、己に言い聞かせるように言葉を吐く。
それは再確認のようであって、自戒のようであった。

「だが、間に会った。ならばここで私が敗れる結果でない限り抑止は起きないということだが……なんにせよ差異はない。
可能性という確率までも摘み取らねば、奴らは容赦なく動くからな」

魔術師が一歩歩む。
それに連動していたかの如く、スザク達も自然に引いていた。

「……何が目的だ」

荒耶と対峙するスザクが問いかける。純粋な疑問と、時間を稼ぐ意味を兼ねて。
この場に集う者の位置関係は縦に連なっている。
通路は工場地帯の一本道、流れた水の終点はその路地の袋小路。唯一続く道を阻むように魔術師は現れた。
つまり退路は始めから断たれている。
荒耶の前にスザク、背後にグラハム、その更に背後に、流れ着いたコンテナが漂着している状態だ。
このゲームに暗躍し、衛宮士郎を破滅に追い込み、今また突然姿を見せた魔術師。
どう贔屓目に見ても友好的な姿勢とは思えない。直接的であれ間接的であれ、こちらに危害を与えるつもりと断定する。
まだ機体を直接触ってないため詳細は分からないが動力は生きているのは確からしかった。
この場を切り抜けるにあたって、この新たな武器を活用することこそが重要となる。
機動兵器に一番近いのはグラハムだ。ここからコクピットに入り機動にこぎつけられるまで多く見積もっても三分、いや、一分あれば事足りる。
よってその短い時を稼ぐのは、先行しているスザクの役目になる。
片腕を失っていては満足に操作することもできない。
声を出さず、目も合わせずして二人の意思は伝心していた。
パイロットだからこそ分かる機動兵器の強大性、位置、敵と己の戦力、それらを比してそれがベストだという見解を得られた。

だが二人にとって未知の術である「魔術師」というファクターがその行動を躊躇させる。
見た所丸腰だが、ここにきて無手で行われる超上の現象を幾度と見てきた。
素手で火を出すくらいはわけないと考えてしまう。
魔術という神秘を知りながらもその実態を理解し切れないがために余計な想像を生み、動きが鈍る。
中途半端に得た知識が故に、要らぬ空想を抱き、溺れていく。

対して、魔術師の歩みには一切の乱れなし。
一歩足を動かすたびに壁が迫る様な圧迫感。そこに迷いや躊躇の類の念は一切ない。
能力の有無以前に、空気が荒耶に味方していた。

「―――目的か。我が悲願をおまえ達に語る意味も価値もないが、ここに来た意味ならば教えよう。
 そこに鎮座する機動兵器を破壊する為だ」

意外なほどにあっさりと目的を口にする魔術師。スザクとグラハムに動揺はない。むしろ「やはりか」という確信の念が満ちていた。
この状況で敵意を持つ者が接触しに来た狙いなど、それくらいのものだろう。

「去るならばそれも是し、危害は与えん。だがその道を阻むのであれば、おまえ達もまた抑止力とみなす。
 そしてそれを、私は打ち砕こう」

白々しい、あまりにも意味のない問いだ。スザクはそう感じ取った。
その目が、「邪魔をしなければ危害を加えない」目であるものか。
魔術師は知っているのだ、これが自分達になくてはならぬモノ、生存のために必要な手段であることを。
ここで避いても結局、加害者がすぐ傍で猛る魔王に変わるだけだと。
その上で荒耶は目的を明らかにした。そう言えば自分達が留まざるを得なくなると知って答えたのだ。
言外に、おまえ達は死ねと宣言していた。

もはや、猶予がない。時間が経つごとに状況は悪化していくばかりだ。
活路を開く為にも、決断するしかない。
船に取り残された者が、まだ生きていることを信じて舞い戻るために。
自らの生を、守る為に。

「悪いが、その提案には―――」

「断固として拒否させてもらおう!」

スザクに呼応したグラハムは叫びと共に両手をデイパックへと滑り込ませる。
容量を無視した匣から出したRPG-7を取り出し、照準を定める。
内蔵されたのは炸裂する擲弾(グレネード)でなく広範囲に煙幕を張るスモーク弾。
つまりは目くらましだが、この場では最適な選択だ。
狙いを付け引き金を絞り、発射されると同時に後ろへ一気に走り出す。
決め手は時間だ。グラハムがコックピットに乗り込み、機動兵器を動かす間を稼ぐ。
軌跡をなぞるように湧き出る白煙。地面に落ちる頃には一面を染め上げるだろう。
それを。

「―――粛」

小さな音が、一瞬で掻き消した。

「な―――」

予想に全くそぐわない光景にグラハムが驚愕する。
銃弾は弾けても煙を消し飛ばすことは出来ない。そう睨んだ上でのスモーク弾だ。
だというのに魔術師は、ただ手を開いて閉じるという行為のみで消し去って見せた。
煙という形のない粒子は残滓も残さず消えて失せた。
グラハムには理解不能だったが、より近くにいたスザクはその時に起こった変化を察知していた。

(手を閉じた瞬間、空間が潰れた?いやそれより拙い、モーションが小さすぎる……、
 もしアレが射程まで広ければ完全に逃げ場がない―――!)

「枢木―――」

「構わないで!早く!!」

此方へ向かおうとするグラハムを制止させる。
目の前の敵はまぎれもない化物だ。一方通行と同種、只人では決して到達できない「深み」にいる。
二人組んでも、勝機というものがまるで見えて来ない。
血に滲む唇を噛み締め、グラハムが背後の向き直る。その無防備な背中を護るように、スザクは荒耶と相まみえる。
隻腕に握るアゾット剣の感触を確かめる。勝とうとは思わない。
必要なのはただ時間を稼ぐ事、ただ「生きる」事に集中すればいい。
それがスザクの生きる道に繋がるからこそ囮を任されたのだ。
荒耶が再び手をかざす。対象を圧殺する粛清の衝撃。
スザクが加速する。短剣を片手に敵へと肉薄をかける。
それは人間としては常識を打ち破る速度ではあったが、瞬きすら越えると言うには程遠い。
握られる拳。潰される空間。
見えざる巨人の手が再び空間を絶叫させる。
潰す対象は当然スザクという存在。
人体が喰らえば、原型が残れるか疑わしい威力。

それを、視覚でなく直観をもって踏破する―――!

既にギアスは発動している。荒耶の姿を見た時からずっと警告を訴えている。
攻撃がどうとかではなく、この存在と相対することが死に直結すると訴えているのだ。
死に間近に迫る事で生を拾う。それがスザクの編み出したギアスの活用法。
生死の境界の狭間を知覚した瞬間、迷わず跳躍。
今までスザクのいた場所の空気が、潰されたように旋風を巻き起こす。
左肩を掠めるが始めから喪失している以上関係ない。
そのまま、次撃が来るより前に距離を詰める。

「不俱、」

小さく、だが鼓膜に張り付くように言葉が聞こえた。
同時に、蜘蛛の巣のように円形に張り巡らされる糸。
魔術師を中心に回る線はそこから先に足を踏み入ることを禁じる、聖域を守る結界のようだ。
触れればどうなるか判断はできない。急停止をかける。
それが格好の隙だと分かっていても、止まらざるを得なかった。

「…………ァアッ!!」

三度開き、握られる拳。それよりも前にスザクは更なる驚愕の回避行動を見せる。
ブレーキをかけた反動を利用し後方へとバク転。圧縮の範囲外へと逃れて見せた。
人に与えられた限界を越えた動きだが頓着しない。出来なければ、死ぬのだから。
全身の張り裂けそうに軋む筋肉を御し切り、見事着地。
幸いにも荒耶からの追撃はなく、重苦しい目線を見せるのみでいる。
……三重のサークルはスザクの半歩先で回転を続けている。広さはおおよそ直径四メートル。
荒耶が歩きだす。一歩進むごとに結界もまたそれに追従する。
それに押されるようにスザクもまた足を引く。
距離を、詰めれない。

「―――正しい判断だ。
 そうだ、それは私とおまえとの境界だ。私の領域に足を踏み入れることは相応の代償を必要としよう」

スローモーションのように緩やかに、だが確実に前に足を出す荒耶。
徐々に徐々に、鉄の兵に近づいていく。
それを止める手段はスザクにはない。見えない力に押されるように後ろに下がるしかない。
反撃は許されず、引き離すことすらおぼつかない。規格外の相手だ。
グラハムが乗り込んだ機体との間隔は、もう十メートルもない。

もう幾度目かの掌握。魔術師の腕が上げられたのを見た瞬間に全身を駆動させる。
これだけ数回見せられればタイミングは計れる。回避だけなら、困難ではない。
だから問題は、よけるだけで済む事態ではないということ。
守るものを背にする戦いにおいて、それは決して許されざること。
圧縮はスザクでなく、巨大な棺桶と化している鉄塊に衝撃が起きる。

「しま…………ッ!」

狼狽するスザク。だが感情とは別の意志がその場で足を止めることを許さなかった。
脳に住む呪い(ギアス)のままに疾走する両足。通り抜けた道に伝わる、巨人の拳が空を叩く爆音。
必死の一撃を回避成功したのにかかわらず、未だギアスは最大限の警告を発している。
跳躍する方向を予測していたように、スザク目掛けて接近する黒衣の魔女の姿が、その理由を語っていた。

線に、触れる。魔術師とスザクの境界を示す魔力の壁に。
罠にかかった得物に、仕掛けられた飢えた蛇がスザクへと殺到する。
いや、その数、俊敏さはむしろ節足動物の触手のそれか。
抵抗しようと伸びる腕は真っ先に蛇身が伸びた。巻き付かれ、絡め取られ、宙に固定される枢木スザクの全身。
それはまさに、蜘蛛の巣にかかった憐れな蝶(むし)。

―――確かに、何回も同じ行動をすればその対応も同一であるべきだ。
そして対応が分かってる以上、そこから更に逆算して次の手を打っておけばいい。
しまったというのなら、それがこの上ない失態であった。

絶望という麻酔が、スザクの脳を麻痺させていった。



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289:絆キズナ語ガタリ 半端者・阿良々木暦 荒耶宗蓮 291:BRAVE SAGA『未来』
289:傷キズ泣ナ語ガタリ 螺旋眼・浅上藤乃 グラハム・エーカー 291:BRAVE SAGA『未来』
289:傷キズ泣ナ語ガタリ 螺旋眼・浅上藤乃 枢木スザク 291:BRAVE SAGA『未来』
289:傷キズ泣ナ語ガタリ 螺旋眼・浅上藤乃 両儀式 291:BRAVE SAGA『死踏』
289:傷キズ泣ナ語ガタリ 螺旋眼・浅上藤乃 織田信長 291:BRAVE SAGA『死踏』
289:傷キズ泣ナ語ガタリ 螺旋眼・浅上藤乃 伊達軍の馬 291:BRAVE SAGA『死踏』


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最終更新:2010年11月02日 14:35