ラストプロローグ『生地巡礼/死地観覧』 ◆0zvBiGoI0k



【――――――】



―――黒い夜の幕が明ける。
誰もが望み、誰しもが望まなかった到来が。
時刻は朝。日は昇り、空は明るく、されど世界は未だ闇の中。
この先に縋る希望などないかのように、太陽は躊躇いなく地上を焼き尽くす殺戮の火の如し。

相克スル螺旋が途絶えても、セカイのハテはなお遠い。
真の意味で世界に光が差すのも、正しい希望が叶うのも、全て遠き理想郷の彼方。





会場に伝搬するのは今まで通りの定期放送。
交信される情報、進入禁止区域、死者の通達、担当者の激励という名の毒。
定例の演説は既に4度目を越え嫌が応にも慣れてしまっている。
艶めかしい朱色に交わり生臭い赤く染まってしまった結果なのか。

その放送が5度目にして唐突に、明らかな変化を見せていた。
どう贔屓目に見ても即興感のある新たな進行役。
声には動揺があり、躊躇があり、諦観があった。
リハーサルもなしの初回にしては上出来だったろうが、そんな事情を知るわけもなし。
同じく急行な登場にもかかわらず、その1回のみで聞く者の心を鷲掴みにするのは暗き声の主。
前者はともかく、後者の存在はそれを知るものからすれば大きな意味合いをもつ要素だったが、今となっては意味のない展開である。

誰もが思っただろう、なにか『向こう』で異常が起こったのだと。
そこを突けば、この絶望的な状況の打開に繋がるかもしれないと。
不測の事態であれ、意図しての計略であれ、飛び付かずにはいられない。
目の前に吊り下げられた糸を、意地の悪い罠と勘繰るだけの余裕を持つものは果たしてどれだけいるものか。
それを成した者こそが―――千切れない糸を掴むことにも幾ばくかの期待を寄せてもいる。
そうして最後に残った生ある者を、己は問い殺したい。



罪科の在処を。
自己の許容を。
存在の価値を。



【???/???】



現状、企画進行の総司令ともみられそうな立場にいる言峰綺礼だが、別段忙殺されるほどに運営は難航してはいなかった。
一端停止した警備システムも復旧したし、黒服とているだけの役立たずではない。彼らもこの計画に組み込まれるだけの能は備えている。
各セクションの連携と信仰の管理さえ適切に指示してやれば、それぞれの現場での作業は今なお充分に円滑だった。
単に今まで敷かれていたレールの通りに諸事が運ぶよう旗を振るだけのことで、何ら難しい判断を必要とはしない。

原村和を使い、自身も生の声を向けての放送。
ここまで生き残った参加者達ならこの異常さには気付くだろう。此方に反逆への公算をしてくる可能性もある。
あまつさえ、黒幕がその展開を望んでいる以上、俄然その傾向は強いだろう。
それでいて自分が完全に勝つよう、周到に手を加えているというのだから嘆息ものだ。
綺礼にとってそれは好ましい結果ではない。彼はそのような茶番に付き合う気で協力しているわけではないのだ。
目論みを潰すための手も揃えているし準備も整えてある。混沌を招くという意味ではこれ以上ないモノを。

その時の為にも、綺礼は殺し合いの行われている会場を見て回る必要があった。
数々の激戦で各所が損壊してる会場、設計者である荒耶宗蓮の完全な死による影響がないかの確認のために。
黒服には知識、能力の面で任せられはしない。良くも悪くも彼らは走狗に過ぎない。
唯一残った軽薄な服装と態度の雇い術師、忍野メメは実力でなく性格面で信用におけない。

セクションが異なることもあって殆ど接触する機会はなかったが、腹に一物を隠していることぐらいは容易く把握できる。
バランスの調整、という目的にはある種で同調する点もあるが、わざわざ協調してやることもない。
隠れて細工を仕込もうというのなら、派手に露見しない限り手を出す気はない。
同様に、好きにやらしてもらうだけだ。





そうして、倫理の理に挑む神父は殺劇の舞台に降り立つ。
映写機のフィルムを巻き戻すように、過去を振り返りながら。
そこで有った喜びを。そこで起きた悲しみを思い出しながら。
さあ、その嘆きを再生しよう。
たとえ君が忘れ却ろうとも、
―――記憶は、たしかに君に録音されているのだから。



【B-3 城】



地図上で北西にあたる地帯は山岳に含まれている。
高地に建てられなお存在を強く示す安土城。
巨大な火を吹く山は静かにたたずみ、傍には間欠泉も噴き出してる。
斜面の台地は隆起し、体力のないものが登るのはここでは命取りにもなる。
特殊な環境だからこその特殊な施設が置かれていたが、人が立ち入りにくい地が原因か殆どの参加者はこの一帯には立ち寄っていない。
隅々まで巡り回ったのはヒイロ・ユイとファサリナの2人組くらいであり、他には武器を求めて城に立ち寄った織田信長、伊達政宗、バーサーカーくらいだ。
目だった被害といえば、柱を引き抜かれて崩れ落ちた安土城くらい。
そこに立てられた墓に十字を切るだけで、ここでの用は終わった。



【C-3 憩いの館】



山を降りふもとまで行けば、比較的進みやすいなだらかな道になる。
その位置に佇む廃屋は、憩いの館とよばれる施設だ。
名の通りにここは安息と娯楽のための設備が揃えられている。
殺し合いを是としない人にとっては数少ない身を休める館は、今はその姿を大きく変容させていた。
燻ぶる煙が立ち昇り、灰まで燃え尽きた木材が散乱するばかり。
首魁との契約により蘇生を受けたアリー・アル・サーシェスが、大きな戦を終えて弛緩しかかった参加者に発破をかけるために火を付けたのだ。
直接の戦場にこそなってないが、ここより撒かれた火種は多い。
その種が、悲観という滋養を吸い成長し芽吹く時を、心待ちにするとしよう。



【B-6 ギャンブル船】



実際に足を踏み入れたかは問わず、このエリアは参加者から多く関心を持たれている。
特にギャンブル船―――エスポワール号には非常に濃密に騒乱が集中している。
移動可能な船舶、ギャンブルというゲームとそれによる景品、それらが参加者を引き付ける誘蛾灯となった。
独自の通貨であるペリカを賭けてのギャンブルで資金を獲得し、それを元手に武装、兵器を購入できるシステム。
最終的には人型機動兵器まで売りに出されるという大盤振る舞いだ。
初期に多く集まった一団はここをに集まり情報を纏め、拠点として待機していたが、やはり見積もりが甘いと言わざるを得ない。
膨張しきった風船が弾けるように、悲劇は唐突に訪れた。
情報の錯綜、疑心暗鬼による同士討ち。想定しようのない偶発的に邂逅した自覚なき虐殺皇女の銃撃。
立て続けに血は流され、関わりがある者のうち生き残ってるのは今となっては片手ほど。
施設毎にあるサービスにより南の船着き場へと船は移動し、そこで希望の船は絶望に沈むことになる。

【A-5 敵のアジト】



もう一つ興味を引き寄せるは敵のアジト―――小川マンションは、もとは荒耶宋蓮の本拠地として機能していた建築物だ。
この会場の原型ともいえる設計で、魔術的、物理的双方で住人の精神を軋ませる仕掛けが施されている。
単独で根源に到達するために荒耶が造り上げた、疑似的な固有結界ともいえる神殿。。
政庁での戦いで元の肉体を失い、手札の大半を失いながらも代替え肉体で生き延びた魔術師とは、他の者達と違った協力関係にある。
態勢を立て直し、改めて両儀式の確保に乗り出そうとした矢先に、危険を感じたヒイロ・ユイが巫条ビル同様に破壊していった。
魔術師の苦悩を堆積した神殿は跡形もなく崩れ、無様に残骸の山を成している。
巻き添えを受け、無意味に押し潰された海原光貴こと魔術師、エツァリの存在を知らなかったのは、幸運なのか不運なのか。
結果として八方塞りとなった荒耶は両儀式の確保も叶わず二度目の死を迎えることになる。
それを世界の意思たる抑止力と見なすかは―――それこそ、個人の判断によるのではないだろうか。

荒耶宋蓮の悲願。歴史の終末、人間の価値を記したものの閲覧。
彼がもたらす救済に、綺礼もまた興味を抱いていた。
人を救おうと世界を周り、人の性に絶望した男。
それはかつて「正義の味方」を目指し、矛盾の果てに壊れてしまった誰かのようで。
果たして貌に刻まれたその苦悩の表情が晴れる時は来るのか。
その瞬間を見届けたかったのも、彼に協力した理由なのかもしれない。
墓標の山に踵を返しながら、そんな思いに耽っていた。



【C-5 神様に祈る場所】



地下に建てられている聖堂は、静寂と冷気と暗闇に包まれている。
生命の気配が断ち切れた静寂が包み。
生物の本能に怖気を走らせる冷気に包まれ。
生体が原初に忌避する暗闇に抱かれている。
神の家に相応しくない、墓所じみた不気味さを醸し出す部屋を抜け、地上に見える聖堂に入る。
火が灯ってないが朝の陽光に照らされた礼拝堂は、やはり地下と同じように澱んだ空気に満ちていた。

神様の眠る場所―――冬木教会は綺礼が誰よりも熟知している施設である。
なんら特別なものを隠してはいないが、勝手知ったる造形というだけでも綺礼にとっての利点は大きい。
元の世界においても縁があり、個人的な興味もある衛宮士郎と、その傍に付き彼の矯正を試みた白井黒子が訪れた際の顛末が好例だ。

生者のいない教会で、神父は声なき懺悔を聞き届けるように祭壇に立つ。
信徒席にも着かず、隅に横たわる不心得者といえど拒みはしない。説法も無用の死体となれば、なおさらに。
無念を嘆くように、許しを希うように、ここで起きた事実を残骸は声でなく肉で語る。
感動的に再会した少女達を尻目に、その喜びを引き裂いた狂人の宴。
接近を許したキャスターを一突きのもとに胸を貫き、何の抵抗もできず、ただ立ち向かった黒桐幹也を斬り伏せ、
秋山澪の目の前で、親友の田井中律を嬲り殺しにした。
瞬く間に血飛沫の絨毯(ヴァージンロード)を染め上げた目を瞑りたくなる程の惨劇。
だが、綺礼にいわせれば些かの勿体なさを感じている。
苦痛より苦悩、悦楽よりも怨嗟を是とする者としては、あのやり方は杜撰に過ぎる。
殺すのは最初の2人に留め、残った親友の片方を天秤に乗せ、もう一方に難題を与えておくべきだったのだ。
既に終わった過去の話で、そも手を染めたのが殺人快楽者の明智光秀では望めるべくもなかったが、やはり惜しいと思わざるを得ない。





短いを黙祷を終え、薄暗い広間をあとにする。
再び、静かな死が教会を包んだ。



【D-4 円形闘技場】



会場の中心部に位置する、中世のコロッセオを模した円形闘技場、決闘の舞台。
されど男は、なんら気負う事もなくそこへと踏み込んでいく。
当然と言えば当然の話だ。なぜなら、すでに決闘は終わりを迎えている。
今残るものは終わりの風景のみ。
剣と剣を打ち鳴らす音も、肉を裂く音も、全ては過去のものだ。
抉れた土、砕けた壁、染み込んだ血の跡、こびり付いた肉片、今残るものはこれだけだ
先人の例にならい、無人の観客席に立ち戦場跡を俯瞰する。
歌姫のコーラスをBGMにした、奥州筆頭・伊達正宗、冷眼下瞰・明智光秀の決戦。
武器を駆使し、策を巡らせ、地力を引き出しての命の鬩ぎ合いは、秋山澪の不意打ちによる光秀の死で唐突に幕を迎える。
己の死にすら恍惚する狂人は、この戦場にたいそう満足したことだろう。

帰り際に、ふと思い出したように足を目的とは別の方へ向ける。
辿り着いた一室は戦闘の痕跡があり、多々なる物質で散々に荒れていた。
それは風穴の空いた壁であったり、誰かが取りこぼした雑多な小道具であったり、血反吐であったり、うち捨てられた2つの死体であったり。
悲劇があり、惨劇があり、逆転劇があり、茶番劇があった控え室。
偶々、一枚の紙が目に付く。神に仕える身にとって、決して許せないはずの悪魔の薬。
それを拾い、薄く笑みをこぼす。塵の山から宝物を見つけた子供の様な、純粋な好奇心が湧く。
そこに充満した空気を十分に満喫した後、今一度部屋を立ち去った。



【E-4 薬局】



パキリと、小さな何かの破片を踏み砕く。
ガラス瓶、電灯、棚、壁、床。いずれの判別もできないほど造形物は原型を留めていない。
中規模のドラッグストア程度の広さは、火戦飛び交う戦いの場としてはやや不足感があるように見える。
だがその破壊ぶりと、尋常でない量の渇いた血痕を見れば、否が応にも起きたことを想像できる。
粉々に撒かれる破片の中には、赤色の肉の欠片も食い残しのように飛び散っている。

戦いの起きた場所は数あれど、このうち最も凄惨を極めた惨劇と死があった場所は、この薬局だと断言できる。
理由など、長々話すこともないほどに明白。他ならぬ綺礼がその仕掛人であるからだ。
10分に満たない時間で、この狭い空間で4人もの命を弾け散らした。
学園都市最強の超能力者・一方通行(アクセラレータ)。
異世界集う参加者の中で疑いなく最強の能力は、それに見合うだけの制限をかけられながら、これだけの成果を上げている。
更にその後、同世界の上条当麻をも殺害して今は休息に費やしている。
この世全ての悪に染められ、かつての残虐、望まぬ殺戮に身をやつしている者。
彼が戦う理由。それが汚れることだけは死守して、それ以外の全てを穢された。
悪を自認し、悪を行い、それでいて願いを守ろうとするその姿。
果たして彼は、己の行いを許せるのか。

その悲喜劇を招いたのも、ひとえにここに設置された救済措置によるものが大きい。
傷の治療魔術。綺礼とインデックスの担当する施しは生傷絶えない殺し合いでは頼れる命綱だと錯覚させる。
それが悪魔との契約になると分かっていても、命の瀬戸際に追い詰められた者は縋らずにはいられない。
福路美穂子が、アンリマユによる治療と強化を、肉体的に既に死んでいる己か瀕死の伊達政宗かの天秤にかけ自身に施したように。
銃傷を負った白井黒子のために、天江衣が首輪爆破のリスクを抱える借金を負ってまで救おうとしたように。
多くの参加者が、明確に罠に嵌められたと気付きながらも、治療を受ける枢木スザクを見捨てられないために死地に残ったように。
どれも払った代償、救った人以上の犠牲を生みだしている。
救うために行った行為が、悪性に変性されて反射され、願いと真逆の結果を生む。
それは秒針の狂った時計。そうなるよう仕組み、想像通りの筋書きを描いていても心に退屈はない。
その悪辣なる皮肉。踏み躙られる心の純朴。まさに言峰綺礼の魂を歓喜させる醍醐味だ。



【D-5 政庁】



瓦礫の散乱する歩道。左右前後、見境なくビルの骸が突き刺さるビル街。
消え去った人間。砕け散った現実。
さながら世紀末の黙示録を思わせる路を、我関さずして神父は黙々と歩く。
足を止めた先は、破壊の根源となった政庁タワー。
下界を俯瞰しようと高くそびえていた7階層の床は、今は見る影もなく地上を這い転がっている。
闘争の到来を、魂の躍動を煽る何かがここには集中していたのか、
実に都合四度、この内部とその周囲で絶え間ない戦乱が巻き起こっている。

一度目は、屋上情報室でのセイバーと荒耶宗蓮との対決。
最優のサーヴァントであるがゆえに縛られた出力制限、直前のライダーの吶喊を受け止めたことによる魔力消費に、荒耶の魔術の特異性。
複数の要素を合わせることでセイバーの力を大きく削ぎ、華奢な胴体を貫いた。
その不足を補ったのが、ルルーシュ・ランペルージの「ギアス」と東横桃子の「ステルス」。
魔王の智謀と少女の粒子の鎌が、200年の時を経た魔術師の胴体を両断した。
同時に下の階では、おもし蟹を従えた平沢憂阿良々木暦とのデッドチェイス。
初期より因縁のあった2人の再戦の勝敗は、再び阿良々木暦の勝利。
またしても命を奪わず見逃した罪は、如何なる罰として返るのか。

二戦目は、狂戦士バーサーカーと9名以上との殲滅戦。
幾度となく戦場を渡り歩き、満身創痍の傷を負いながらも更なる闘争を求める狂戦士は、数の不利をものともせず絶望を与える。
ギアスにより潜在能力を引き出した張五飛は、突破口と引き換えに五体を粉砕された。
妹を守ろうと、その身を呈した平沢唯は姉として生涯を終えた。
幾重にも張り巡らされたルルーシュの策を悉く粉砕し、爆破したビルごとの埋葬でも殺し切れない程の生命力。
最後は両儀式の持つ直死の魔眼により完全に殺され、戦士を称える言葉を残し黄昏は幕を閉じる。

塔が消えてもなお、三度目の戦いは容赦なく始まる。
混沌の幕開けは心の支えにしてた平沢唯の死で暴走した福路美穂子。
いや、この時点でもはや彼女にそんな名は不要であった。
レイニーデビル、アンリマユを混合されて誕生した「黒い聖母」。
元あった人格など微塵も残さず、狂気の赴くまま、近づく生命を根こそぎ壊しにかかる。
泥の様な波涛の勢いに飲まれるように参加者が集合し、混沌は4回戦に突入する。

コンクリートのジャングルを駆け巡るライダーのサーヴァントと聖母との攻防。
かつて自らの守り手の血を啜った騎兵に明確な殺意を宿す福路美穂子であった存在は呵責なく膨張した左腕を振り上げる。
サーヴァント・キラーともいえる特性を身に着けてはいても、その骨子は戦の心得など一切ない女子高生、嬲られるように命を削られていく。
ライダーが切り札の天馬で仕留めようとする直前、福路美穂子は意識を覚醒し、生への願いを取り戻した。
織田信長、衛宮士郎、一方通行、ヒイロ・ユイとファサリナに荒耶宗蓮。矢継ぎ早に群がる者の間で思惑が交差していく。
ライダーの脱落と信長を巻き込んだヒイロの自爆により、半日以上に渡る激戦の波は収まることになる。





絶え間ない戦火で、次々と消えていく命の篝火。
燃え盛る猛火は飛び火し、新しい炎を産み出す。
くべられる命を燃料に、決して途絶えることなく。

【廃ビル/E-2学校/ショッピングセンター】



西端に揃い立つ3つの施設。現在大半の参加者がこのいずれかに集結している。
ここまで生き残っただけあって、誰もが未だに進む意志を失ってはいない。
熱と鎚に打たれた鉄のように、浴びてきた辛酸や苦難を研磨剤に己を磨いてきた。
余計な装飾は剥がされたむき出しの魂の躍動が、何とも心地よい。
自然、残った参加者同士には、自覚無自覚に関係性が持たれている。
信頼、不信、敵対、協調。
様々な糸が歪な三角形を形成している。
解れを直し正しき印を結ぶか、それとも絡み合い形のない崩壊を招くのか。
その結果も、そう遠からず決まることになる。



一個の施設の名称でなく、周囲の建造物の総称である廃ビル群。
ゲーム開始直後にヒイロとファサリナ、ヴァンとキャスターが交戦したきりまったく人が立ち寄ってない。
樹海、あるいは迷路のように入り組んだ土地は何かを隠すには最適。
綺礼も全容を把握しておらず荒耶も死んだ後となっては好きに細工が仕込めそうな所だ。

現在は、ルルーシュ・ランペルージが先導する集団がここの調査を進めている。
秋山澪と東横桃子が抜け、新たにアリー・アル・サーシェスが加入している。
体力的に限界にきてるだろうルルーシュ・ランペルージ。
姉への思いを失くし、姉の死を目の当たりにした平沢憂の精神は瓦解寸前だ。
既に崩れかけている心をルルーシュに依存することでギリギリのラインで自己を保っている。
綺礼が手を出すまでもなく、時を置かずして壊れるのも時間の問題だ。
一度死亡した後リボンズ・アルマークにより蘇生された参加者きってのイレギュラーであるサーシェス。
妹達(シスターズ)の肉体に転生した獰猛な傭兵としての本能は、更なる戦争のため牙を研いでいる。
戦力も充実し毒にも薬にも成りえるチーム、その行動如何で今後の趨勢も変動するだろう。



取り立てて目を引く要素のない学校の校舎。その一室には不出来な人形が捨てられている。
関節という関節が千切れて、人の形を成していない。
癇癪を起こした子供に振り回され用を成さなくなった玩具のように、加治木ゆみは人の尊厳を奪われた死を受けていた。
死に接触して快楽する存在不適合者、浅上藤乃の魔眼による虐殺劇。
全身を捻じ曲げられて憤死した少女は、どれ程の苦痛と恐怖を味わったのか。
だが真に痛みと恐怖を刻まれたのは、目前でそれを目撃した琴吹紬千石撫子だろう。
月詠小萌の命を引き換えとした救援は、彼女らにとって救いとは真逆の結果を生むことになる。
逃走中の事故により千石撫子は墜落死し、ひとり残された琴吹紬は精神を軋ませていく。
主催より参加者の扇動を受けた荒耶の手によりその心を混ぜられ、やがて最低の結末に行き着いていく。
人間が与えられることのない死を迎えた事で人形と化した加治木ゆみと、人間が最低限持つ倫理を忘れ生きた人形と化した琴吹紬。
この対極は、中々皮肉の利いたことではないだろうか。

ここに留まる参加者は数でも戦力においても他の集団と一歩抜きんでている。
直死の魔眼と古来の刀法を持つ両儀式、今となっては唯一破壊者に対抗できる戦力。
2体もの機動兵器を保有しそれを駆る枢木スザクとグラハム・エーカーも一級のパイロットだ。
阿良々木暦も純粋な一般人といえず、むしろ精神的には一番強靭やもしれない。
万全と思えるメンバーだが、それらをまとめて吹き飛ばすほどの爆弾を知らず抱えている。
天江衣にかけられた、首輪爆破の借金は今も動いている。
大切な人の前で死ぬかもしれない恐怖、誰にも打ち明けられない孤独。幾ら耐えようともやがて刻限の時は迫る。
内部からの爆破には、強固な団結も意味も成さずに分裂する。
首輪解除の目処も立たない中、選択の時は迫っている。



ショッピングセンターには一般的なものと大差ない品が揃えられている。
ここの施設サービスは高性能な義手の購入と、その取り付けだ。綺礼はその執行者も務めている。
傷を負い、戦いを経験した者と合法的に謁見することが可能となる。
そうして個人的な目的での接触を試みる時こそ綺礼の本領発揮だ。
疲弊した心身の傷を切り拓き、その苦痛を遺憾なく愉しむ事が出来よう。
黒幕の悲願などよりも、綺礼にとってはそちらの方が優先される目手なのだ。

ルルーシュの集団から離反した東横桃子と、多くのメリットを捨てても彼女に味方した秋山澪。
教会での親友の死から気まぐれに生かされ、ここまでの道を狂わせ続けた少女。
思考の全てを放棄してもおかしくない数々の不幸を受けながら、彼女は戦う道を選んだ。
狂気に蝕まれての捨て鉢ではなく、確たる一個の望みを以て勝ち抜くために。
失った全てを取り戻そうと決意し、その上で命を切り捨てることを割り切れない、心の軋轢を生みながら生きている。
殺された想い人を生き返らせるために全てを捧げ、全てを捨てると決めた東横桃子。
自ら剣を取り人を殺すことになっても。誰からも認識されない「孤独」の起源を持つとしても。想い人から拒絶される結果を生むとしても。
愛という、純粋で、底抜けで、酷く濃密な感情。
躊躇わず、戸惑わず、焦がれた想いで優勝に臨んでいる。

事情が違えども、大切な人のために戦うという覚悟の元では共通している。
戦力は心許ないものの、その姿勢、心構えには実に心を打たれる。
つい、いらぬ手を出したくなるほどに。
都合のよいことに、東横桃子は腕に重傷を負っている。料金も充分備えていたはずだ。






手に届く距離にある酒瓶の味を想像しながら、閑散とした商店街を楽しげに眺めていた。



【工場地帯】



無味乾燥な倉庫や工場がない開けた土地にそびえる象のモニュメント。
祈願する客など微塵も来ないことには気にも留めず、殺し合いの無事な成就を約束するように像は立つ。
神に従する男であっても、この偽神には祈ることはしない。

少し先に進むだけで、癒えぬ爪痕は見つかった。
くまなく蹂躙された戦場。光の粒子で焼き焦げた大地。
何もかもが消えまっさらになった所にひとり立ちその光景を睥睨する。
最も激しい戦闘が起きたのは先の通り政庁付近だが、最も甚大な破壊が及んだ場所はこの工場地帯に他ならない。
ほぼ全域に渡っての崩壊、倉庫の外装どころか一戸丸ごと吹き飛んでいる。
なにせエリア二つ分がまるまる崩壊しているのだ。局地的な超大型の台風が通過したとでもいえば大概の者は納得してしまうだろう。

船着き場の付近は、潮と鉄の混じり合った奇妙な異臭を残して沈下している。
戦いの跡すらも残らない大地に、とんだ場違いな荷物がひとつ。
電車のホームに置き忘れたような橙色の鞄。使い魔を封じる魔物の匣。
既に故障したそこに食われた一人の少女に意識を向ける。
自ら切開を試みた福路美穂子がここに至るまで生存していたことは少々予想外だった。
度重なる不幸で心を苛み、レイニーデビル、アンリマユという埒外の存在を取りこみ、完全に人外になり果てていた。
そこから、怨敵の戦いの佳境で突如として意識を取り戻し、己に打ち克って見せた。
切欠はあったろうが、それはやはり最後のひと押しに過ぎない。人格を構成したのは彼女自身の決断だ。
あの混濁した汚泥の肉体の内面で何を思い、何を決めたのか。問い質すことができなかったのが残念でならない

そうだ、残念といえば。
ここには更に2人、綺礼の目をかけていた素材が命を落としていたことを今更ながらに思い出す。
衛宮士郎。綺礼綺礼の宿敵に救われた男。
この場に連れられた時点では未熟極まりない腕をたった1日で飛躍的に伸ばし、短時間ながらも戦国武将と打ち合えるまでに上達する適応性。
正しい時の流れなら、いずれ自分の前に立つ筈だった男。
その命運が尽きたのは、いったいいつの頃からだったのか。
白井黒子に自身の歪みを認識させられた時か。
荒耶宗蓮の駒として利用された時か。
福路美穂子を通してアンリマユの汚染に晒された時からか。
自我を蝕まれ、己が信条を破り秋山澪に斬りかかった時なのか。
そもそも、この殺し合いに参加させられた時点で命運尽きたといえばそれまでだが。

どれにせよ、彼が敗北し死亡したのは揺るぎない事実。それはもう不可変の出来事だ。
正義の味方を目指すといいながらその実守るべき弱者に刃を向け、何も為せず死んだに過ぎない。
末期の一念で両儀式に願った白井黒子の守護も叶わずに命を落とした。
無様と嗤うべきだろう。滑稽と嘲るべきなのだろう。
胸にわだかまる感傷を切り捨て、そう結論付ける。
どうもここでは綺礼が見繕っていた相手が悉く消えているらしい。
人の不幸を悦とする自分への罰だというのなら、なるほど確かに覿面だ。
自らに降りかかった不幸すらも是とし、慰みとするのが似合いということか。

最低限として当初の目的は果たしている。福路美穂子に聖杯の泥の一端を授けた真意の裏付けには。
始めから福路美穂子に特定したわけではないが、結果として彼女に浴びせる形になったことは幸運だ。
同世界の対象で結果がアレなら、そう食い違うことはないだろう。
その時に生まれる悲哀、それから生じる地獄なら、この胸の穴も埋められるだろう。

【F-3 船着き場(ギャンブル船)】



停泊していた北から逃れるように移動し位相を変えようとも凶星の流れからは逃れられない。
文字通りに船体を両断された希望の船は仄暗い水の底でまどろんでいる。
海中はおろかその一帯が陥没していては綺礼ではその末路を見ることは叶わない。
征天魔王・織田信長。参加者中、最高に域する身体能力。団地公園に滞留していたアンリマユの瘴気をも取り込み、逆に支配するほどの精神力。
傲岸なる性質、自然災害染みたその暴威の嵐は、己のよく知る黄金の王を思い起こさせる。
その王がそうであるように、この魔王もただの暴力の塊ではなく、人を率い統べるだけの器というものを備えている。
他者に希うような願いなど持たず、ただ己を捕らえた帝愛への憤怒、そして自身の信念がそうさせている。
地獄とは自らが作りだしてこそと。破壊の先に何もないことを知ってなおその手を緩めることはしない。
語る機会など永劫ないだろうが、その在り方を見るだけでも、綺礼の心は充足していた。



【G-2 太陽光発電所】



不自然に開けた海原。それが何かがここにあったことを示している。
太陽光発電所があるべきエリアは、動力の暴走と爆破で施設が完全に消滅している。
ここまで甚大なる破壊の原因は、三度に渡って激突した2つの「最強」。
戦国最強と最強のサーヴァント。武将と狂戦士。本田忠勝とバーサーカーとの最強証明。
出井会い頭に始まった緒戦は水入りに終わった。
次戦は運命の邂逅を果たしたガンダムマイスターを一時の相棒として認めた後。
変革者、復讐者、殺戮者、知恵者、平和主義者らが一堂に会する場での乱戦。
皮肉にも平和主義者の命で戦闘は収められ苦渋の撤退を選ぶ。
終戦は、尋常なる一騎撃ちのもとに。誇りと命を賭けた最後の死合。
力は互角でも蘇生の業を持つバーサーカーが耐久力に勝り、戦国最強は胴を両断され地に落ちるが、戦いの決着はそれでは終わらなかった。
刹那・F・セイエイ。新人類イノベイダーとしての覚醒を見せていたガンダムマイスター。
GNファング、KMFの装備、太陽光発電所に設置されていたGNドライブ、そして刹那と忠勝の命を燃やし尽くしての自爆。
沈めるには一歩足りなかったが、世界の未来を切り開く男達の壮絶な最後は狂戦士をして完全な敗北を認めさせた。





改めて、圧壊した土地を見やる。
微かな小波だけが綺礼の耳に届く。
誰かの声など、聞こえはしない。



【F-6 展示場(宇宙開発局)】



近代的な街並みの宇宙開発局には殆ど人が立ち寄っていない。
他の区画が濃密だったばかりに取り残されたように閑散とし、戦いの痕跡らしきものも殆どない。
各所に施された施設、装置は虚しく佇み、閑散とした空気が漂っている。
だからこそ、今綺礼がいるここも誰にも認識されていないのだが。

陽の元の届かぬ闇の玉座。座る主は既に亡い。
巨大な鉄板は熱を失い、滴る水滴音が小さく響く。
死の気配の充満している空間は、主の死によって真なる意味で死している。
宇宙開発局の一角の、母なる星を飛び越えていく船の模型の展示場の地下。
荒耶宗蓮がこのバトルロワイヤルのために新設した工房。
存在を知るのは偶然にも踏み込んだ伊達政宗だけであり、その政宗も死んだあとはここを知る参加者は存在しないはずだ。
主催の一員、黒服はおろか幹部級でさえ侵入困難の場所に綺礼は平然と足を踏み入れている。
綺礼が荒耶の悲願を知るように、荒耶もまた綺礼の目的を認知していた。
互いに協力し合える関係と分かった2人は主催陣営の中で密かに盟約を結んでいる。
そして綺礼は、ここに自分の持物を置くことを承諾された。
監視の目が隙間なく光る主催の拠点において、この工房こそが唯一の穴だ。
荒耶の死で運営に影響を出したくない主催の判断によって、この工房の防衛機能はまだ活きている。
ここでなら、何をしようと気取られることもない。
派手に動けば察知されるだろうが、時間稼ぎには充分過ぎる防壁だ。
魔術師の采配に感謝しつつ、無視の闇で綺礼は声もなく笑った。



【F-7 ホール】



宇宙開発局より更に東のホールにも、訪れた参加者は数少ない
張五飛と、ルルーシュ・ランペルージの一団が一周りしたくらいだ。
エントランス広場にある五つ扉。
中に入るにはそれぞれ異なる条件があり、通れるものは更に限定されている。
その中で特異極まる扉、「」の部屋を手持ちのパスで容易に中入る。

照明の薄い大部屋には、荘厳に立つ人影が待ち構えていた。
否、それは人の姿をしてはいなかった。
顔があり、両腕がある。だがそれ以外は悉く欠けている。
巨大な能面の顔の横に直に腕が繋がれ、顎下の台座に鎮座している。
金属の光沢が輝く機械仕掛けという点を除けば、小民族の部族が掘った石像を思わせる。
これは記念碑だ。ある男の夢、「幸せの時」の成就を祝う誕生日(バースデイ)。
新世界誕生の象徴たるヨロイはただ沈黙し、既に亡い主の到来を意味なく待つ。
このまま誰にも知られることなく朽ちらせるには、余りに忍びない。

故に意味を与えよう。もうすぐ生まれる命の誕生を祝おう。
全ての嘆きを、全ての苦悩を刈り取る幸福(あくむ)の祭司として。



【???】



そして、全ては巻き戻る。
船へ帰還し、指令室から運営の確認をする。
運行は切り替え完了し、命令系統は安定。見た目には何事もなく元通りに動いている。
『あちら側』から指示はなし。リボンズは退場したことになり、イリヤスフィールはいちいち干渉する意味もないので当然か。

参加者達は今も待機。もうしばらくは休憩状態に入っていると予測される。
ただし戦意にはやる者がいる以上もはや長く続きはしない。燻ぶる火種は数多く散らばっている。
人数、経過時間を考えても、次に火を吹く時が最後の戦いになるだろう。
そこに余計な横やりを入らせはしない。準備を急ぐ必要もあるかもしれない。

離反したディートハルト・リートとインデックスはいまだ発見できず。
といっても綺礼から捜索を後回しにさせた口だが。今から捜しても恐らく見つかるまい。
そろそろ、会場に降りて参加者と接触する頃合いだろうか。





ひと通りの事務が終わり、黒服たちが去った指令室に一人残る。
事実上帝愛グループの最高責任者という立場でありながらも、それには一切の興味がない。
権威も、金銭も、栄誉も自身には不要だ。
当然、アインツベルンの求める悲願にも何の価値を感じない。
正しくは、その目的に至るまでの軌跡にだ。

殺し合い。命の破壊。そこにある悲鳴と苦痛と慟哭。それこそ言峰綺礼が喜悦を抱く性質。
それに思い悩んだ時もあったが、既に解脱し今はその歪みを良しとしている。



望むのは、この戦争に残る最後の勝利者との問答。
人を殺し、欺き、捨て、その果てに得た自身の願い。
全てを壊し、全てを捨ててでも手に入れたい願いが叶った後にソレは何を思うのか。
誰もいない、何もない世界でひとり残された時、ソレには何が残るのか。
許し、認め、その結果を良しとするのか。はたまた許せず、耐えられず、後を追うように壊れてしまうのか。
その決定的な差異をこの目で確かめたい。
明確な理を知るに至りたい。
願いと呼ぶにはあまりに小さい、単純な疑問。
その答えこそが、叶えたい願いを持たぬ綺礼の願いだ。





解答が明かされる時は近い。
その答えが、自分の満足いくものであることを切に願い。
この物語の完結を見据えよう。





【???/飛行船・指令室/二日目/早朝】

【言峰綺礼@Fate stay/night】
[状態]:健康
[服装]:神父服、外套
[装備]:???
[道具]:???、麻婆豆腐の詰まったタッパー
[思考]
基本:???
1: ただ一人残ったモノへの問答。
2:参加者が主催者へ戦いを挑んだ場合、『アレ』を優先させる。
3:この立場でバトルロワイアルを楽しむ。
4:ディートハルト・リートとインデックスの離反を楽しむ。
5:原村和、宮永咲の使い方を考える。


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292:第五回定時放送 ~黒衣の男~ 言峰綺礼 294:プロローグ/モノローグ


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最終更新:2011年09月02日 01:00